第二百二十八話 色が行き交う街 その一
お疲れ様です。
本日の前半部分の投稿になります。
人の心に不安を与える白一色の世界から幾千もの色が存在する多色の世界が現れると人知れず安堵の吐息を漏らす。
マリルさんの空間転移の魔法は何度も経験していますけども、馬鹿げた魔力の圧と視界の不明瞭さにまだまだ慣れていないのか心に小さな不安の種が咲いてしまうのですよ。
「ふぅっ」
取り敢えず強張った双肩の筋線維を解す為に無意味に腕を回し、そして少しばかりの疲労を籠めた瞳で茜色に染まりつつある空を見上げる。
間も無く一日の終わりを迎えようとしている太陽は顎が外れそうな口の開き具合で欠伸を放ち、両の瞳から零れ出る温かな雫を拭きつつ俺達を見下ろしていた。
もうこんな時間か……。出発前にマリルさんが言っていた様に今日は問題の街、ウォルで一泊する事になりそうだぜ。
「はいっ、それでは皆さん出発しますよ――」
隊長殿が俺達の様子をざっと確認するとまだ見ぬ不安が存在するであろうかの街へ向かっていつもより大股で進んで行く。
どんな種類の魔物が実効支配しているのかも分からないのにどうして彼女は勇み足で進めるのでしょうか??
心に止めどなく湧く好奇心から?? 己の強さを磨きたい向上心から?? 将又先の見えない不安を楽しもうとする冒険心からか……。
俺はマリルさんでは無いので彼女の心は計り知れないが体全体から滲み出す陽性な感情からして、ワクワクとした心に突き動かされているのは確かであろうさ。
怖いもの知らず又は見たさを見習うべきかそれとも反面教師にするべきか。
それは定かでは無いがこのままでは何も無い平原に取り残されてしまいますので隊長殿の頼もしい背に続くとしましょう。
「はぁ、分かりました。じゃあ皆、行こうか」
必要最低限の荷物が入った背嚢を背負うと青みがかった黒髪をフルンっと嬉しそうに揺らすマリルさんの背に追従した。
「ったく、肝っ玉が据わっているよなぁ。今から向かう街が魔物に占領されているかも知れねぇってのに」
人の姿のフウタがマリルさんの小さくなりつつある背を見つめながら話す。
「マリルさんはアレじゃない?? ほら、人助けの為に一肌脱ごうとしているんだよ。それにマートの街じゃあ不穏な話は聞かなかったし」
街を実効支配している者達が余所者に対して傷害や殺人を与えているのなら無頼漢共はこぞって押し寄せようとは思わないだろう。
例え金や欲に目が眩んだとしても悪者やチンピラでも己の命が大切なのだから。
「どうだか。シューちゃんとハンナと一緒で強ぇ敵と戦いたいんじゃね??」
その線も捨て難いけども普段の生活態度並びに彼女の優しい?? 性格からしてそれは無いと思うけど。
「先生は人間の事を尊敬しているからね」
フィロが正面を見つめつつ静かに言葉を漏らす。
先の街で少し食料を摂ったお陰か、その顔色は良好だ。
「尊敬??」
「うん。千年生きるとされている私達魔物と違って人間の寿命は本当に短い。その短い人生の中で懸命に命を光り輝かせて文化を発達させる人間って生き物は本当に素敵だって私達に教えているのよ」
ほぉ、そうなのか。
「この大陸を愛するのなら魔物達の魔の手から人を守れ。人の役に立て。彼等を愛し、敬い、共に生きろ。わし達に何度も口をすっぱくして教えているのじゃよ」
「ほぉん。生徒達をシバキまくっているだけじゃなくてちゃんと真面目な教え方もしてんだなぁ――」
フウタがのんびりとした口調で言うと茜色の空に視線を送った。
技術や経済の発展、勉学によって集積されて行く知識、歌や詩や絵画等の芸術、そして愛の延長線上である子孫繁栄。
人が生み出す文化は目に見えぬが確実に成長し続けている。
文化は一朝一夕で成長するモノではなく気が遠くなる程の長い時間を経て実るモノ。壊すのは一瞬だが現在の文化基準に達するにはそれ相応の時間が掛かってしまう。
恐らく彼女は人単体だけでは無くその背後にある文化を愛しみ、守って欲しいとフィロ達に教えているのだろうさ。
「当り前じゃない。あんた先生の事を何だと思っているのよ」
「デカくも小さくも無い微乳で怒った顔が本気で怖くて、有無を言わさずとんでもねぇ折檻を与えて来る姉ちゃんかなぁ」
「はぁぁああ……。まぁ大体は当たっているけどマリル先生の教えは本当に素晴らしいのよ?? 魔法の指導に人生を歩んで行く上の道徳に倫理観。これまで教えてくれた指導内容は枚挙に暇が無いけどどれも私達の心に染み入ったのは確かだわ」
「わしもフィロの意見にさんせいするぞ。先生の指導は真すばらしいからな!!!!」
指導、自体は俺も頷くモノがあるのですけども時折とんでもねぇ指導をいきなりぶち込んで来るし。それだけが不安というか、もうちょっと抑え気味でも良いのでは無いのですかと問いたくなるのですよ。
まぁそれら全ては今後長い人生を歩んで行く上で必要な経験だと思うけどね。
「しっかし腹減ったなぁ――……。よぅ、ダン。何か食い物無いか??」
「焼き菓子ならあるぞ」
先程さり気なく購入しておいた焼き菓子を背嚢の中から取り出して見せてやる。
「おぉ!! 一つくれ!!」
「私も食べたい!!」
「わしもじゃ!!!!」
「だ――!! 一気に纏わり付くな!!!!」
背嚢から取り出した焼き菓子に群がる雛鳥の世話に四苦八苦しつつ大変長閑な景色が広がる大地の上を進んで行くと、漸く件の街が見えて来た。
背の低い草々が生える大地の上に立つ建物の群は以前訪れた時とは然程変わらず、夕焼けに照らされている街並みは人に何処か朗らかな感情を抱かせてくれる。
しかし魔物達が街を跋扈している可能性もあるので気を引き締めねばならない。
何とも言えない感情を胸に抱いたまま馬車と人の足が踏み均した街道を進んで行くと、俺の心に湧いていた感情は速攻で霧の彼方へと消失してしまった。
「いらっしゃいませぇ――!! 旅の疲れは当店で癒して下さいねぇ――!!」
男の性を何処までも刺激してしまう薄着姿の女性が店先に立って通りを行き交う人に色目を使い。
「さぁさぁ寄って見て!! 触ってごらん!? うちのカワイ子ちゃん達のあつぅい接客は他店じゃあ味わえないよ――!!!!」
耳に残る野太い声を放つ男性店員さんがどの店よりも利益を出そうとして汗を流す。
「ギャハハハハ!! 次は向こうの店に行こうぜ!!」
「おうよ!! 今日は飲んで食って憂さを晴らすぜ!!!!」
酒の効力に寄って千鳥足になった酔っ払い共が街の主大通りを右往左往すれば。
「そこのお兄さんっ。うちの店に寄って行きなさいな」
「も、勿論です!! 今日はその為にお金を溜めて来たのですからぁ!!!!」
女の色香に頭をヤられてしまっている男が女性の手に誘われる様に怪しい色を放つ店の中へと吸い込まれて行った。
農業を生業としていた長閑な街の景色は酒に酔っ払った客達の喧噪と、淫靡な雰囲気を放つ店々によって百八十度変化。
男と女の欲が入り乱れる色欲の街を捉えるとポッカァンと開いた口が塞がらなくなってしまった。
い、いやいや……。何があったらこうも田舎街が豹変するんだよ。
それに街を支配している魔物とやらは一体何処に居るのです??
「うっっひょ――!! な、何だよこの街!! 田舎町処か俺様好みの色街じゃねぇか!!」
フウタが喜々とした表情を浮かべて街の入り口付近で客引きを行う色のある女性達に視線を送る。
「ふふっ、お兄さんっ。大盛でぇ、特盛のぉ果実をご賞味しませんかぁ??」
「で、デヘヘ!! さ、触り放題食べ放題なのかなっ!?」
「それはぁ秘密ですぅ――。気になったらお店に来てねっ」
「くぅぅうううう!! た、堪らねぇぜ!!」
「マリルさん。この変わり様はちょっとアレですよね」
「何故この街がふざけた雰囲気に変化してしまったのか。その原因究明をする必要がありますねっ」
マリルさんが客引きのお姉さんの前屈みになって露わになった超大盛の双丘を捉えると死んだ魚の目になり、甘い花の香りに誘われる蜜蜂みたいに女に吸い寄せられて行くフウタの後ろ姿に冷たい声を送った。
あの野郎……。いきなり羨ましい行動を取りやがって。
俺だってこの素敵な雰囲気を堪能したいのに我慢してんだぞ?? テメェも少しは堪えやがれ。
「フウタ、遊ぶのは後にするぞ」
「ぐぇっ」
たわわぁんと左右に揺れる双丘の虜になっている馬鹿野郎の襟を掴み、無感情な足取りで街の奥へと進んで行くマリルさんの背に続く。
「何すんだよ!! あの果実を堪能すれば俺様の聖剣が復活するかも知れないんだぞ!?」
「どうだろうなぁ。ほら、先日の大雀蜂のたぁくさんの姉ちゃん達を目の当たりにしても復活しなかったしさ」
「あ、アレは命のやり取りをする戦いの最中だったからだ!! 命を紡ぐやり取りなら回復するかも知れねぇだろう!?」
はいはい、言い訳は後でたぁくさん聞きますから取り敢えず今は彼女の指示に従いましょうねぇ。
さもないと……。
「……ッ」
後で再び高度一万メートル落下の刑が処せられるかも知れませんからねっ。
街のチンピラ程度なら視線一つで御せてしまうであろう殺気を身に纏うマリルさんの顔を捉えると脱兎も満場一致で合格点を叩き出す速度で彼女に追い付いてあげた。
お疲れ様でした。
現在、後半部分の編集並びに執筆作業中ですので次の投稿まで今暫くお待ち下さいませ。




