第二百二十七話 不穏な影が漂う街へ その二
お疲れ様です。
後半部分の投稿になります。
使い慣れた短剣にリーネン大陸で入手した黒蠍の甲殻を利用した短剣と必要最低限の荷物が入った背嚢。シェファの親父さんから頂いた大弓はかさばるので此処に置いて行くとして、持って行く荷物はこれ位かしらね。
人に安寧を齎す空気が漂う森の中で満足気に荷物を纏め終えると一人勝手に大きく頷き満足気な吐息を漏らした。
「ふむっ、これで良しっと」
転ばぬ先の杖じゃあないけども先の見えない未来に備えるのならこれに黒蠍の甲殻で作られた防具一式を揃えるのですが、俺達が向かう先は危険渦巻く地では無く人々と魔物達が平和に暮らす何処にでもある街だ。
これ以上の荷物は不要だしそれに重装備の野郎が急に街に訪れたら何事だと街の人々は目ん玉をひん剥いて驚くだろうからね。
適材適所と言われる様にその場に合った服装並びに装備で向かうべきなのですよ。
「ふわぁぁ……。よぉ、ダン。荷物多くね??」
俺の直ぐ後ろからフウタの気の抜けた声が届く。
「こんなもんだろ。と、言いますか。お前さんは少な過ぎだ」
彼が取捨選択した荷物は懐に忍ばせた幾らかの現金に腰に装備している小太刀のみ。
どうせ後で鼠の姿に変わるのだろうからその全ては結局俺の背嚢の中に収まるのであろう。
「街にお出掛けして軟膏を売るだけだろ?? これ位が適量だって。てなわけで!! ダンの荷物の中に入れさせて貰うぜ!!」
ほら、思った通りだ。
彼が手際よくそして慣れた所作で俺の背嚢の中に己の荷物を乱雑に突っ込むと鼠の姿に変わり。
「あらよっと!! はぁ、落ち着くぜ」
四つの足を器用に動かして俺の頭頂部に登り終えると休日の居間で寛ぐお父さんの体勢を取ってしまった。
「お前さんは落ち着くかも知れねぇけど俺は大変不快だぞ」
「まぁそう言うなって!! 俺とダンの仲じゃねぇか!!」
「マリル殿に迷惑を掛けるな。それを心掛けろ」
「それは重々理解しているさ。ってか、お前さんはいつになったらミルフレアの御手手から出るつもりなんだい??」
無意味に俺の頭をペシペシ叩いているフウタの右前足を軽く払うと、今も頑是ないお子ちゃまの手にすっぽりと収まっているシュレンにそう話す。
「某は先程まで彼女達に指導を施していた。しかし……。その、何んと言うか……」
あぁ、また強烈なおねだりを断れなくて収まっちゃったのね。
「ミルフレア。偶にはシュレンを放してやったら?? ほら、犬だって毎日毎日抱き着かれたら辟易しちゃうでしょう??」
細い指を器用に動かして鼠の毛並感を満喫している彼女にそう話すが。
「やっ」
たった一文字で俺の提案は見事綺麗にへし折られてしまった。
「ミルフレア。今は構わぬがダン達を見送ったら指導を再開させるぞ。己の身を鍛える為に某達は居残るのだから」
「ううん、シュレン先生はこのままでいなさい」
「む、むぅ……」
「あはは!! シュレン先生もミルの前じゃ形無しね!!」
「フィロ、喧しいぞ。某は仕方なく付き合っている訳であって進んで収まっている訳では無いのだっ」
子供の我儘に付き合うシュレンの優しさ、小動物を愛でるお子ちゃまの愛らしい姿に心が綻んでいるとマリルさんの家の扉が静かに開かれた。
「お待たせしました」
青みがかった黒の髪を嬉しそうにフルっと震わせながらマリルさんが俺達の下へと歩いて来る。
くすんだ灰色のローブを羽織り右肩から沢山の荷物が入った鞄を下げている。俺と同じ考えに至ったのか、彼女の背に抗魔の弓の存在は確認出来なかった。
そりゃあ戦闘をしに行く訳じゃないんだから武器は置いて行きますよね。
「先生!! 早く行こうよ!!」
「そうじゃそうじゃ!! わしはもう待ちきれないぞ!!」
彼女の登場を待ち侘びていた御使い組のフィロとイスハが陽性な声を上げる。
遠足に臨むその気持は分からないでも無いけどもう少し落ち着きましょう??
「フィロ、イスハ。ちゃんとハンカチは持ちましたか?? それと先程も説明した通り一泊二泊するかも知れないので着替えの用意もしましたよね??」
「勿論よ!! ほら!!」
フィロが背負っている背嚢をマリルさんに向けると彼女は冷静な面持ちのままで一つ頷いた。
「それなら結構です。では、ハンナさんシュレンさん。留守番と生徒達の面倒を頼みますね??」
「任せてくれ」
「あぁ、某達がこの地を確実に守る」
シュレンちゃん?? 物凄くカッコイイ台詞だけどもお子ちゃまの手にすっぽりと収まったままだと格好良さは七割減ですぜ??
「くれぐれも食べ過ぎない様にな??」
「ふっ、喧しいぞ」
御使い組である俺達の見送りに参加しているシュレンと相棒に対して宜しく頼むと一つ大きく頷くと俺達の足元に巨大な魔法陣が浮かび上がった。
まだ空間転移の魔法が発動していないのにも関わらずこの圧……。
淡い光を放つ魔法陣から放たれる魔力は只そこに立っているだけでも五臓六腑が握り潰されてしまいそうになる力を放つ。
ハーピーの里から帰る時に、昨日の殺意全開のお仕置きの時にも利用したけどいつまで経っても慣れる気はしないね。
「では皆さん!! 行きますよ!!」
マリルさんが覇気のある声が放つと足元の魔法陣から強烈な光が放たれ俺達を包み込む。
白一色の世界に足を踏み入れるとまるで異世界に迷い込んだ様な錯覚を感じてしまった。
何処に視線を向けても白が視界を占めており五感の一つである視覚はまるで機能を果たさない。
五感を駆使して生きる俺達にとってその一つを奪われてしまうのはかなりの労力を要するよなぁ。
失われた一つの五感を補う為、俺の少し前に居るマリルさんの馨しい香りを捉える為に鼻からスンと息を吸い込んでやる。
ほ、ほぉ……。視覚が奪われている所為かいつもより強烈に甘い香りを捉える事に成功したぞ。
どうせならもう少しだけこの素晴らしい香りを……。
そう考えてマリルさんの背に近付こうとしたのですが、生憎時間切れの様ですね。
「――――。到着です」
魔法の使用者である彼女の声が白の世界で広がると純白が徐々に薄らぎ周囲の景色が明確になった。
何処までも広がる大地の上に広がる背の低い草は世界の果てから届く風によって嬉しそうに揺れている。
空の青はいつもより機嫌が良いのか、その鮮やかさは見上げていて目が痛くなる程だ。
「うぅむ。物凄く田舎じゃあありませんか」
街道から外れた位置に空間転移した俺達は大変長閑な景色に囲まれており、俺はこの景色に良く似合うのんびりとした口調で第一声を放った。
強張った肩の筋力を解き解し、鼻からすぅっと息を吸い込むと緑と土の匂いが鼻腔一杯に広がって行った。
「なぁんにもねぇな。よぉ!! これから何処に薬を売りに行くんだ!?」
右肩に留まる鼠が威勢良く声を出す。
「先ずは西側に移動して街道に出ます。それから北上してマートの街で軟膏を売り、そしてそこから北東に向かってウォルの街でも売買をしますよ」
「予定は理解出来たわ!! 早速移動を始めましょう!!」
「大賛成じゃ!! ほれ行くぞ!!」
こらこら、先生よりも先に移動を開始するんじゃあありませんよ。
フィロとイスハが己の荷物が入った背嚢を背負うとこれから遊びに出掛ける子供の様な足取りで西へと駆けて行ってしまった。
「相変わらず元気の塊だな……。マリルさん、軟膏を売る街についてなんですけど」
「はい?? 何か問題でも??」
「マートは街道沿いなのでそれ相応に発展していますけど、ウォルはかなりの田舎町ですよ?? そこで得られるお金は微々足るもので財布は満足しないと思いますけど」
元気な二つの背を追いつつ彼女と肩を並べながら俺ながらの意見を述べる。
この大陸の各地を渡り歩いている時、物資補給の時にウォルに寄る機会があったのですが。
あそこは酪農、農業、養鶏等々。
田舎町特有の産業を生業としており長きに亘る移動によって辟易した心を潤してくれるカワイ子ちゃんの接客を受けられなかった。
物資は潤ったけども心は乾いたままで再び北上を開始したのですよっと。
「私は金銭に拘りません。ウォルの街の作物はどれも味が良く特に鶏の卵の味は絶品なんですよ??」
「えぇ、それは知っています。朝ご飯に卵掛け御飯を五杯食べて出発しましたもの」
「それは食べ過ぎですよ。兎に角、軟膏を売り幾らかの金銭と作物を頂いて帰る予定ですね」
予定は完全完璧に理解出来ました。でも、この時間からだとぉ……。
「――――。マート、ウォル間を空間転移で移動したとしても今日中には間に合いそうにありませんぜ??」
青き空の中で今日も自分自身の存在を強烈に強調している太陽の角度を計算して話した。
「それは織り込み済みです。出発前に一泊二泊すると申したのは移動時間を加味して、そして私自身が素敵な朝ご飯堪能したいが為です」
「あはは、成程。森の賢者さんも美味しい朝ご飯には勝てないって訳ね」
「仰る通りです」
南北に向かって真っすぐ伸びている街道に到着すると長閑な風景に似合う柔らかい笑みを浮かべているマリルさんの瞳を真っ直ぐ見つめてあげた。
お疲れ様でした。
続けて投稿させて頂きます。




