第二百二十六話 長閑な日々 その三
お疲れ様です。
後半部分の投稿になります。
「レオーネ様。少々宜しいでしょうか」
おや?? この声はレオーネさんの意中の男性の声色ではありませんか。
彼の言葉を捉えるとほぼ同時。
「ちょ、ちょっと待って下さいね!!」
レオーネさんは慌てて髪型を直し、ちょっとだけ乱れた胸元を整え、そして一つ深呼吸をして揺らいでいた精神を治めると扉の向こう側に居る恋人に返事をした。
「どうぞ、お入り下さい」
「失礼します。おや、何やら楽し気な声が聞こえたと思えばマリルさんでしたか」
「お邪魔していますね」
本日も彼は黒を基調とした清潔感溢れる執務服で身を包み女王の側近に相応しい真面目な雰囲気を醸し出している。
しっかりと伸びた背筋、一切振れない重心の置き方や歩法を捉えると安堵の吐息を漏らす。
ランドルトさんも怪我の回復は順調そうですね。
両者の経過が良好である事、そして新しい関係を構築出来た事に喜びを感じていた。
「レオーネ様、南の島に向かう者の第一次選抜が終了しましたので目を通して頂けますか??」
少しだけ汚れが目立つ一枚の紙をレオーネさんに手渡す。
「分かりました」
それを彼女が受け取ると数分前のピィピィ無く小鳥の表情は消え失せ、一族を一手に纏める女王の威厳ある表情を浮かべた。
これから里の御話が始まりそうですし、そろそろお暇しましょうか。
「レオーネさん、その第一次選抜とは何ですか??」
聞き慣れない単語に対して素朴な疑問が湧いたので帰り支度を続けながら問う。
「今回の事件を反省してランドルトが提案した案です。先の戦闘が行われた島に里の者を駐在させて南からの防衛と里への緊急連絡網を完備しようと考えているのです」
それは良い考えですね。
只、それだけだと強力な魔物達に襲われた時に対処しきれない可能性がありますので……。
「緊急連絡は里だけでは無く、私の土地や此処から北東に向かったミノタウロス一族や蜘蛛一族にも伝えるべきでは??」
「私もマリルさんにはいつかこの案をお伝えしようと考えていたのですが……。ミノタウロス一族や蜘蛛一族は縄張り意識が強いので私共の協力に否定的になるのでは無いかと考えていまして」
「それを逆手に取るのですよ。万が一、ハーピー一族の里が占拠されてしまえば貴方達の土地にも被害が及びますよと伝えるべきですね」
彼等の協力を得られれば正に鬼に金棒だ。
しかし、それはあくまでも最終手段として捉えるべきですね。今回の事件はハーピー一族がそれ相応の力を有していれば女王を攫われるという最悪の結果を招かなかったのだから。
「それはあくまでも第二案として考えています。我々の里で起きた問題は我々だけで対処出来る様に力を付けねばなりませんので」
ふふ、私の杞憂でしたね。
「ランドルトさんの考えに私も賛成します。それでもこの里の者で対処出来ない問題が発生すれば私を頼って下さい。全力を尽くして問題解決に臨みますので」
「御心使い有難う御座います。今の言葉、本当に嬉しく思いますよ」
ランドルトさんが柔和な笑みを浮かべて私を見つめる。
「そ、そうですね!! 私もマリルさんの言葉を嬉しく思っていますよ!!!!」
あらあら、彼の瞳を勘違いしてしまった様ですね。
レオーネさんが紙から勢い良く視線を外すと私達の間に出来た視線を激しい声でスパっと断ち切ってしまった。
これ以上此処に長居をすると要らぬ怪我を負うかも知れませんので失礼しましょう。
「それでは御二人共余り無理をなさらないで下さいね??」
必要な荷物が入った使い慣れた鞄を右肩に掛けると扉に向かって行く。
「分かっていますよ。それ相応の働きに留めておきます」
「はいっ、それは重々承知していますよ」
まぁまぁ……。二人仲良く同時に返事をして。
まるで長年連れ添った熟年夫婦の様な反応を受け取ると大変悪いもう一人の自分がぬるりと湧いて出て来てしまった。
「御二人共?? まかり間違えれば死んでしまう怪我を負ったのに働き過ぎじゃないですかね。それだけならまだしも宴の後、深夜にも関わらず人目を盗んで森の中で如何わしい行為に及ぶとは……。愛を育むのは構いませんけどね?? それが原因でポックリ逝ってしまっては本末転倒なのでそういった行為は完治してから及ぶ事をお薦めしますよ」
扉を開け、部屋を出る際にとんでもない口撃を二人に当ててから女王様の部屋を後にした。
『ちょ、ちょっと!! レオーネ様!! 何で伝えてしまったのですか!!』
『そ、そこまで詳細に伝えていないから安心して』
『それなら構いませんけど……。はっ!? まさか里の者にも伝えたので!?』
『口が裂けても里の者には言えませんよ!!』
『私はレオーネ様に仕える者なのですよ!? しかもこれから訓練に入るというのに!! これじゃあ里の者に示しが付きません!!』
『わ、分かっていますよ。これからは慎ましい行動を心掛けます……』
『そうですか、それは結構……って!! 駄目ですよ!? 今からは真面目な仕事の時間なのですから!!』
『ふふっ、やっと二人きりになれたんだから少しだけ……。ねっ??』
はぁ――……。やっぱり付き合いたての男女に接触を禁じる方が難しいですよね。
節度ある距離感を心掛けて下さいと伝えに踵を返そうとしたが、私はそこまで卑劣ではありません。
お邪魔虫である私が目を離した隙に好きなだけ愛を育てて下さいな。
「あ、お疲れ様です!!」
「どうも、お疲れ様です――」
里に出ると復興の汗を流している里の者達から声を掛けられるものの、口から出て来る言葉は生返事ばかりであった。
その最たる原因はレオーネさんの表情だ。
誰だって満開の桜が顔に浮かんでいれば驚くでしょう。桜の花が咲いた理由は、恋が実ったから。
私もいつか彼女の様に満開の桜を咲かせる事が出来るのでしょうかね?? 甚だ疑問が残るばかりですよ。
「ふぅ……。この辺りでいいか」
里を出て誰も居ない森の中に到着すると魔力を開放して空間転移の準備に入る。
「すぅ――……。ふぅ!! では、我儘な生徒達と横着な人達が居る家に帰りましょうか!!」
私が地面に術式を展開すると周囲の木々が魔力の鼓動によって震え始める。
そして魔法陣から眩い光が迸ると周囲の光景が白一色の世界に包まれた。
レオーネさんとランドルトさんの間に出来た真新しい関係性は傍から見ても良く似合っていましたね。
長年連れ添っていたという親しい関係もそれに一役買っているのでしょう。
私の場合は一体どうなるのかしら??
例えば、ですよ?? 何年掛かるか分かりませんがフィロ達の指導を終えてダンさんと共に世界を回る事になれば……。
目の前に現れた巨大な壁を苦難の果てに乗り越えて充実感を優に超える満足感を得る。
新しい発見に戸惑いながらも瞳を光り輝かせて究明に取り組む。恐ろしい敵の牙から私を守るために傷付いた彼を魔法で癒し、共に強敵を打ち倒す。
立ち上がれ無くなる様な苦難の連続が襲い掛かって来るものの、それを見事に克服して新たなる世界に旅立って行く様は……。
うん、本当に楽しそうだ。
頭の中に浮かぶ幻の冒険が私の冒険心を沸々と刺激してしまう。
狭い森の中で生きて来た私の心を変えてしまいそうになる彼の影響力は途轍もなく大きなものだと考えられますね。
彼と新しい関係を構築する為に私も勇気ある一歩を踏み出すべきかどうか、それを見定めてみましょう。
異性に対する淡い心が芽生え始めた思春期特有の女性の嫋やかな心を胸に抱いていると、私を包む白が徐々に薄れ始めた。
「到着ですね。さて!! 皆さんが私の指示通りに行動していたのか。それを確かめてみましょう!!」
ダンさんのカッコイイ拳に比べて随分と可愛い拳をムンっと作り気合を入れると、目を瞑っていても何処に居るのか確知出来てしまう生まれ故郷の森を歩き始めた。
それから五分程度であろうか。
視線のずぅっと先に我が家の影が見えて来たので歩みを強めると。
「ち、ち、違うんですぅ――――!!!! これにはふかぁぁああい訳があってぇぇええ!!」
ダンさんの悲壮感溢れる素敵な……。基。
可哀想な叫び声が静謐な環境が漂う森に鋭くこだました。
うん?? ダンさんとハンナさんがまた喧嘩でもしたのかしら??
強めた歩みのままで二百年以上を過ごした私の故郷に足を踏み入れるとそこには思わず首を傾げたくなる光景が広がっていた。
「貴様……。その口を閉ざさないと嘴の餌食になるぞ」
魔物の姿に変わったハンナさんが大地に鉤爪を突き立ててダンさんを拘束しておりその隣には。
「ねぇ、いい加減白状しなさいよ。じゃないとこのまま焼き殺す事になるけど??」
「止めろや!! お、俺様はダンが誘ったから仕方なく行動したんだよ!!!!」
「はぁっ!? そっちが先に誘ったんだろうが!! あ、後相棒……。マジで結構洒落にならない位に胴体が痛いからもう少し加減して頂ければ幸いです」
「駄目だ」
「何で!?!?」
大きな龍の姿になったフィロが鋭い爪を器用に動かして鼠の姿のフウタさんの首根っこを掴んで宙に吊るしていた。
あらぁ……。一体どうなったらあのような状態になるのでしょうかね。
その原因究明を果たす為に私は素敵な行動を今にも起こしてしまいそうな二体の魔物の背に声を掛けた。
「只今戻りました。ハンナさん、フィロ。一体どうしたのです??」
「先生!!!! いい所に帰って来たわね!!」
深紅の龍が私の声を受け取ると勢い良く此方に向かって振り返る。
彼女の爪に抓まれプーラプラと揺れている小さな鼠さんは親犬に叱られた子犬の様にシュンっと項垂れ、私が来るよりも前に素敵な拷問を受けていたのか背中の毛が少しだけ焦げていた。
「ちょっと聞いてよ!! ダンとフウタがさぁ……」
「フィ、フィロ!! それ以上は言っちゃ駄目だ!!」
ハンナさんの太い足の隙間からダンさんの慌てた声が響く。
「ふふんっ、もう言い逃れは出来ないからねぇ――。実はさぁ、ダンとフウタがね?? 家の裏に干してある洗濯物にこっそりと忍びよってぇ」
あぁ、成程……。その先の詳細は言わなくても何となく理解出来てしまいます。
理解出来てしまう私もどうかと思いますがねっ。
「ほら、先生の形はちょっと格好悪いけど鮮やかな緑色の下着があるじゃん?? それを二人がこっそりと懐に入れようとしている姿を私とエルザードが見付けたのよ」
「そ――そ――。こいつら目を離すとす――ぐに鼻の下を伸ばして行動に移るから油断も隙もあったもんじゃないわ」
彼等から少し離れた位置で術式の構築に勤しむ淫魔の子から呆れた言葉が漏れて来る。
「それは誤解だ!! 俺はだな!! マリルさんが留守の間、洗濯物がキチンと干されていたのかを確認する為に行動したんだよ!!」
「そ、そうだ!! 俺様もダンと一緒に洗濯物を悪い奴等から守る為に行動したんだよ!!」
「テメェが話すとややこしくなるから黙っていろや!!」
「はぁぁああ!?!? 折角俺様が擁護してやったってのにその言い草はねぇだろうが!!」
「「「擁護??」」」
この場に居るほぼ全員がフウタさんの口から出て来た言葉に速攻で食い付く。
「あ、あぁえぇっと……。ありっ?? 擁護じゃなくて援護だっけ??」
「どちらも似た意味ですので結果は変わりませんよ。さて、ダンさん。ちょぉぉっと宜しいでしょうか」
断頭台に向かう執行官と似た厳かな歩みで彼の下へと歩んで行き全ての感情を殺した声色で問うた。
「ひゃ、ひゃい。何でしょうか??」
獲物の肉を鋭く抉る事を可能とした白頭鷲の爪先から少しだけ覗く今にも泣きそうな彼をじぃっと見下ろす。
「今、フウタさんが仰っていた擁護若しくは援護の意味を問いたいのですけど……」
「あ、あれはですね。彼は気が動転しているので上手く言葉のしゅ、しゅ」
物凄く舌足らずの言葉で私に懸命に伝えようとしている言葉は取捨選択ですね。
私の瞳は感情を殺し代わりに憎悪を籠めていますので恐らく、そこから生まれる恐怖心が彼の舌の機能を低下させているのでしょう。
「取捨選択を誤ったと考えられます!! はぁ、言えましたっ」
「精神は体に多大なる影響を与えると考えられていますからね。ダンさんの考えは肯定出来ますよ」
「そ、それならっ!!」
「まぁ精神状態は別にどうでもいいです。問題の根幹はそこではありませんので。今一度問います。何故貴方達は私の下着を盗もうと考えたのですか??」
刹那に光が宿ったダンさんの目を一切瞬きせずに見下ろしてあげた。
「ぬ、盗むのなんてそんな!! じ、自分は洗濯物が上手く干されているのかどうかを確認し、マリルさんのアレがびみょ――に傾いていたのでそれを直す為に手を出したのです。はい」
またこの人はこの期に及んで……。
見苦しい言い訳は聞きたくありませんのでこの際、スパっと断罪しちゃいましょうかね。
「そうですか、そちらの言い分は理解出来ました。持ち主である私が判断した結果……」
「「け、結果……??」」
フウタさんとダンさんの硬い唾をゴクリと飲み込む音が森の中に虚しく響いた後、私は端的に罰の内容を伝えてあげた。
「っとその前に。ダンさん、フウタさんを胸にしっかりと抱き留めてあげて下さいっ」
「へ、へい!! 只今!! 相棒!! さっさとこの無駄にデケェ足を退けやがれ!!」
「ふんっ」
私の声を受け取るとハンナさんの拘束から逃れフィロに抓まれているフウタさんをしっかりと胸に抱いて私の下に駆け付けてくれる。
「お、お待たせしました!! 自分達は何をすればいいので!? 掃除ですか!? それとも食事の世話ですかね!?」
取り繕う姿が私の嗜虐心をグっと刺激してしまう。
ふふっ、そんな慌てた姿を見せてくれたらもっと意地悪したくなるじゃあありませんかっ。
「何もしなくていいですよ??」
「やっほぉぉおおい!! ダン!! ほら言った通りだろ!? 微乳姉ちゃんなら絶対許してくれるって!!」
「あ、おい!!!!」
「――――。何もしなくていいという言葉の意味を深く咀嚼すべきでしたね。それでは、御二人共……。高度一万メートルからの自由落下を御楽しみ下さいっ」
「そ、それって一体どういう意味……。ひゃぁっ!?」
「うぉおっ!?」
刹那に魔力を開放して呆気に取られている彼等の足元に魔法陣を展開するとこの森の空高い位置に空間転移で送り届けてあげた。
「あ、あはは。先生、私達と同じ指導を与えたんだ」
龍の姿のフィロが大きな目を見開いて遥か上空を見上げる。
「えぇ、今頃楽しい楽しい空中散歩を楽しんでいる最中ですよ」
さてと、私は生徒達の食事の準備をしなきゃいけませんね。今日の夕食は何にしましょうか……。
「マリル殿。あの阿保共は何秒後に地上に激突する予定だ??」
フィロと同じ首の角度で木々の合間から覗く青空を見上げているハンナさんが問う。
「ん――……。凡そ四十秒程度でしょうかね。死なない程度に受け止めてあげて下さいっ」
「了承した。受け止めた後で反省する姿勢が見られなかった場合は俺が再び空の彼方から地上へ向かって放り投げてやる」
「あはっ!! 何度も空から落下する二人の姿を想像すると何だか面白いですよね!!」
「あぁ、心が湧くのは確かだ」
「先生って意外と平気でエグイ事するわよねぇ。そう思わない?? エルザード」
「そんな事前から分かっていたじゃん。ってか、あんたの龍鱗って微妙に饐えた臭いがするからそれ以上近付くな」
「はぁっ!? 私ってそんなに臭いの!?」
「さぁ、早く落ちて来い馬鹿者共。今日こそ俺が本物の恐怖というものを貴様等の体に刻み込んでやる」
生徒達の明るい声とハンナさんの覇気のある声を受け取ると素敵な空気が漂う家の中に足を踏み入れた。
疲労と少しの呆れ。
彼等が此処に来てから何度も吐いて来た吐息を漏らして手荷物を机の上に置くと、静謐な環境が良く似合うこの森に不釣り合いな大絶叫がこだました。
「「ギィィヤアアアアアアアアア――――ッ!?!?」」
うんっ、今日も後少しですしもうひと頑張りしましょうかね!!
彼等の悲壮感溢れる恐怖の雄叫びを糧にして女性らしからぬ勢いで袖をクイっと拭うと、早速台所に立ち生徒達のお腹を満たす為に奮闘を開始したのだった。
お疲れ様でした。
投稿が遅れてしまい本当に申し訳ありませんでした!!
全体プロットは既に書き終えて、それに従って書き進んでいたのですが……。ちょっと不味い問題に直面してそれを書き直していたら投稿が遅れてしまいました。
さて、間も無く始まるゴールデンウィークですが。読者様達の御予定はお決まりでしょうか??
私は食べ歩きでもしようかと考えております。
食べて、執筆して、寝て……。傍から見たらちょっと不健康そうに見える日常ですのでこれに少し花を添えようかなぁっと考えている次第であります。
お薦めの過ごし方があれば是非とも教えて下さいね。
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それでは皆様、お休みなさいませ。




