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今日も今日とて、隣のコイツが腹を空かせて。皆を困らせています!!   作者: 土竜交趾
過去編 ~素敵な世界に一時の終止符を~
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第二百二十六話 長閑な日々 その二

お疲れ様です。


二話目の投稿になります。




 空から降り注ぐ陽光は私の心の空模様を表す様に明るく強きモノであり地上で暮らす者達の体を温めようとして今日も光り輝いている。


 その強さは四ノ月の後半に差し掛かったばかりなのにもう初夏を感じてしまう程だ。


「ふぅっ」


 額に浮かぶ矮小な汗をハンカチでスっと拭い柔らかい吐息を漏らして正面に映る平和が蔓延る里を見つめる。



 雀蜂一族の襲来の問題を解決して本日で五日目。


 先日行われた戦闘が幻であったのかと有り得ない妄想を駆り立てる程に里には素敵な空気が漂っている。


 人々が求め恋焦がれていた平穏な空気を胸一杯に取り込むと彼等の生活を決して侵さぬ様、大変静かな足取りでハーピーの里の入り口に足を踏み入れた。



「あ!! マリルさん!! お疲れ様です!!」


「どうも。精が出ますね??」


 私の姿を見つけて直ぐに声を掛けてくれた里の青年に挨拶を返す。


「里の完全復興までまだまだ時間が掛かりそうですけどね!! 所で今日は一体どんな用事で??」


「レオーネさんの容体の確認に参りました」


 右肩に大変大きな材木を担ぐ彼に向かって静かな口調で話す。


 私の言葉を受け取った彼はキュっと目を見開いて私の瞳を直視した。


「え!? まだレオーネ様の容体は宜しくないのですか!?」


「ふふ、違いますよ。経過観察という意味です。彼女の体はもう既に回復していますよ」


 私の往診の意味に素直な驚きを提示した彼の心の凪を鎮めてあげる様に柔らかい口調で端的に説明してあげた。



 レオーネさんの体の傷は確実に癒えましたが病弱な体質な事もあってか、彼女に暫くの間は経過観察を続けるという事を告げて私達は森の中に帰還したのです。


 本日は経過観察の初日という事もあり私の来訪を勘違いしてしまう者も多い事でしょうね。



「あ、あぁ。良かった。レオーネ様はランドルトさんと元気に行動していたのでびっくりしちゃいましたよ」


 彼がアハハと軽快な笑みを浮かべる。


「ランドルトさんと??」


 あれ?? おかしいですね。


 暫くの間は部屋で安静にしているようにと伝えておいたのに。


「えぇ。里の復興の指示やらルミナの街へ送る蜂蜜の量、そして新たに提案された南部防衛線の話を里の者達に伝え回っていましたから」


 ふむ、南部防衛線の話は初耳ですね。


「その南部防衛線の話を詳しくお聞かせ願えますか??」


「勿論。ランドルトさんが提案した案なのですが……」


 彼が右肩に担いでいた木材を地面に下ろすと親切丁寧に説明を開始してくれた。



 聞けば。


 今回の事件を踏まえ、同じ過ちを繰り返さない様に南の島に里の者を駐在させて必要最低限の防衛及び里への連絡手段を構築するという話だ。


 平和な里を守るという案は私も頷くものがあるのですが、問題なのは病弱な彼女が里の中を歩き回っているという一点ですね。


 あれだけ口を酸っぱくして大人しくしている様に伝えたのに……。



「――――。と、言う訳で現在はランドルトさんとレオーネ様が南の島に駐在する者を選んでいる最中ですね」


「丁寧に説明して頂き有難う御座います。では、失礼しますねっ」


「はい!! レオーネ様の事、宜しくお願いしますね――!!!!」



 誰しもが陽性な感情を抱いてしまう陽気な笑みを背に受けて里の北へと向けて歩み始めた。



 全く……。主治医の指示を無視して歩き回るなんて何を考えているのですか。


 聡明な彼女が私の指示を無視するとは思えませんし、一体何故彼女は遊びを覚えたばかりの子犬の様に里の中を歩き回っているのでしょう??



「あ!! お疲れ様です!!」


「マリルさん!! 後で蜂蜜をお持ちしましょうか!?」


「お疲れ様です。蜂蜜はまだまだ残っていますので大丈夫ですよ」


 里の中ですれ違う里の者達にありふれた笑みを返しつつ私なりの推理を開始した。



 横着な小鳥ちゃんが元気一杯に歩き回るという事は体調自体に問題は無い。では、問題があるとしたら一体何処なのか??


 それは恐らく……。精神的な問題が彼女の心に発生しているのでしょう。


 これを主軸にして先程彼と交わした会話を思い出して行くと、とある言葉に行き着いた。



『ランドルトさんと』



 恐らく、というか確実に彼が彼女の精神に影響を与えていると考えられますね。


 何故この考えに行き着いたかというと、私は彼女の彼に対する淡い恋心を知っていますので。


 つまり考えられる事由は。



一つ。飛ぶ事を覚えた小鳥ちゃんは己の体を鑑みず思いを寄せる彼と行動を共にする事を優先してしまった。


 二つ。彼が提案した案を里の者へと共に通達する為。そうすればランドルトさんが提示した案を態々承認するという手間が省けますからね。


 この二つに絞られるのですが恐らく、というか確実に彼女は一つ目の事由を選択してしまったのでしょう。


 彼女は女王の立場でありながらも心は乙女なのだ。


 手を伸ばせば届く距離に居る想い人と行動を共にしたいのは女性の本質ですからね。


 私としても病弱な体に鞭を打つ真似はしたくないのが本音ですが、主治医の言いつけを守らない我儘な患者にはちょっとした釘を差すべきなのです。


 貴女の軽率な行動が想い人と共に過ごせる時間を削っているのですよ、と。



「はぁ……。これは説教かしらね」


「ッ!?」


 私の口から出て来た説教という言葉を里の女性が捉えるとギョっとした顔で此方を見つめる。


「うふふ、独り言なので気にしないで下さいね??」


「へっ?? え、えぇ。分かりました」



 おっと、いつもの癖で生徒達の横着を咎める指導者の面持ちを浮かべてしまいました。


 里の平和を乱す訳にはいかないので冷静沈着な仮面を被りましょう。


 心に湧く微かな怒りを鎮火させると万人が認めざるを得ない静けさの仮面を被り、私の指示を綺麗さっぱり破ってしまった小鳥ちゃんが住まう立派な家屋の扉を開いてお邪魔させて頂いた。



「……」


 復興を目指す活発な声が行き交う里の中と違い、小鳥ちゃんの住まう家屋の廊下には静謐な空気が漂っている。


 廊下の隅には一切の埃や塵は確認出来ず清掃が行き届いている事にほんの少しの感嘆の息が漏れてしまう。



 私の家の場合、どれだけ綺麗にしてもたった数十分で元の状態に戻ってしまいますから。


 いや、彼等が私の愛する土地に訪れてからはたった数分に縮まってしまっていますね。


 彼等が放つ陽気な空気に触発されたら最後、彼女達は厳しい親の目を逃れた子犬の様に好き勝手に暴れ回ってしまいかすから……。



 まぁでも、ダンさん達の存在が彼女達の成長に一役。ううん、二役も三役も買っている事を加味すれば少しの汚れは目を瞑るべきですね。


 私の下で勉学に励む生徒達は言わば井の中の蛙なのですよ。


 この世界の強さという尺度は正に天井知らずという事を時に訓練で、時に実戦で身を以て知らせてくれていますので。



 ダンさん達が近くに居ると私の指導時間が減り仕事の時間が増える事に喜ぶ一方、不必要な喧噪が巻き起こり微かな憤怒が発生。


 一定の感情が続いていた静か過ぎる日々から陽性と陰性が交互に訪れる忙しい日々に天手古舞になってしまいます。


 でも、不思議と嫌な感情は湧かなかった。


 それは恐らく彼等……。ううん、彼の存在が一番だと思うのですよ。



『えへへっ、マリルさん。お疲れ様です。』


 私の労を労う様に浮かべる明るい笑み。


『ま、まぁ。彼女達も彼女達に頑張っていますので細かい所は目を瞑るべきかとっ』


 生徒達の横着を見逃そうとしてはにかむ顔。


『こ、これは違うんですぅ!! た、偶々手に取ったのがマリルさんの下着であって!!』


 私がスっと被った非情の仮面に狼狽える彼の顔。


 そのどれもが私の心の中で輝いている。


 この世に生を受けて約二百年ですが、これまで得て来た経験を以てしても判別出来ない意味不明な感情が私の心に芽を咲かせていた。



 時々甘く、時々酸っぱく、そして時々切ない。


 この感情を言葉に表そうとすると一つの単語に辿り着いてしまう。


 そう、横着な小鳥ちゃんがランドルトさんに抱いている感情と酷く似ているものだ。



 私は……。彼の心に惹かれているのでしょうか?? それとも同じ指導者として尊敬しているのか??


 他者の診断は簡単ですが、己の心の診断は本当に難しいですよねぇ……。


 まぁ私の心の診断の結果は経過観察としましょう。


 時間という概念がきっと答えを導いてくれるのですから。



「マリルです。レオーネさん、いらっしゃいますでしょうか??」


 目的地に到着すると綺麗な木目の扉を優しく三度叩き、主治医が到着した事を告げてあげた。


「あ、はい!! どうぞお入り下さい!!」


 ふむっ、予想通り物凄く元気の良い声色ですね。


「失礼します」


 里の長に許可を頂き、本当に静かに扉を開けて女王が住まう部屋に足を踏み入れた。



 部屋に入って先ず目に入って来たのは顔色の良い彼女の柔和な笑顔だ。


 燦々と光り輝く太陽もあの笑みを捉えれば思わずその光量に顔を背けてしまうでしょう。


 艶のある薄い桜色の髪は輝きを帯び、溢れ出る笑みは周囲を照らし、まるで視認出来てしまいそうな柔らかい雰囲気が体全体から染み出して部屋一杯に広がっていた。



 あの様子を端的に言葉で表すと……。そう、ですね。


 恋する女性といった感じでしょうか。


 恋心という感情は女性を美しくするという効果があると本や口伝で聞いた事がありますので。


 所詮は眉唾なモノであると私は考えていましたが……。こうして目の当たりにしてしまうと古人の言葉は強ち間違いでは無いと判断出来てしまいます。



「マリルさん、お疲れ様です。態々御足労頂き有難う御座いますね」


「いえいえ、お気になさらず。それでは失礼します」


 椅子にキチンと腰掛ける彼女の声に誘われる様に部屋を進み、マリルさんの前に立つと早速診察を開始した。



 脈拍は正常、魔力の流れも濁り無く清流を彷彿させる様に澄み渡り、肌艶も良い。


 簡単な触診の結果。


 彼女の容体は正に健康体そのものであった。



「――――。ふむっ、経過は良好といった感じですね」


 レオーネさんの細い腕から手を離して診断結果を伝えてあげる。


「こうして健康で居られるのもマリルさんの御蔭ですよ」


 彼女が細い指で捲った袖を直しつつ話す。


「私はあくまでも客観的に判断しているだけですよ?? 健康で居られるのは他ならぬレオーネさんの努力の賜物なのですから」


「そう御謙遜しないで下さい。あ、どうぞお掛け下さい」


 レオーネさんがもう一つの椅子に向けて視線を向けたので彼女の厚意に預かり椅子に腰かけて吐息を漏らした。


「ふぅっ」


「もしかしてかなりお疲れの御様子ですか??」


 私の息を捉えた彼女が人の身を案じる優しき瞳を此方に向けてくれる。


「まぁ程々にですかね。横着な生徒達の指導に食事の世話、そして更なる喧噪を生み出すダンさん達の存在が私の体力を悪戯に削っていますので」


 此処に来る時も。



『あぁ!! マリルさん!! 何処へ行くのですか!? お出掛けなら自分も付いて行きますよ!?』


『ダンは大人しくしておれ!! わしが付いて行くのじゃ!!!!』


『放しやがれこの馬鹿狐めが!! 俺がマリルさんと楽しいお出掛けをするんだよ!!』



 何かと理由を付けて付いて来ようとしていましたからね。


 願っている訳でも無いのに喧噪が生まれてしまう日常生活を続ける内に私の体力は徐々にですが減少して行く傾向が見られてしまうのです。


 でも……。この生活がいつまでも続いて欲しいなと思う感情も存在する。


 一人静かに生活していた頃には決して起こり得なかった素敵で明るい喧噪が生活を彩っているのですからね。



「あ、あはは。でもその割には楽しそうな表情を浮かべていますよ??」


「そう見えます??」


「えぇ。子供の世話に辟易しつつも成長が楽しみでしょうがない若妻みたいな顔ですね」


「子供を授かる行為をした事が無いのにその表現は…………」



 彼女の形の良い口から出て来た言葉に答えようとしたその時。


 もう一人の悪い私が首を擡げて出現してしまった。



「そう言えば、里の人達からランドルトさんと共に行動をしていると御伺いしましたけど??」


 私が牽制程度の揶揄いを放つと。


「……っ」


 レオーネさんの頬が桜色にポっと染まってしまった。



 ふむ、成程。


 これはもう既に確定事項と捉えても構わないでしょう。いきなり核心に迫るのは彼女の体と精神に宜しく無い影響を与えてしまう可能性があるので、先ずは小手調べ程度の質問から始めますか。



「以前から淡い恋心を寄せていた彼と何か進展でも??」


「え、えぇ。まぁっ……」


 レオーネさんの頬の色は桜から朱へと変わり、その情熱的な光景を思い出したのか赤色は彼女の頬で留まる事無く耳にまで侵食を開始。


「何だか煮え切らない返答ですね。此処には私とレオーネさんしかいないのでいつも通りに話して下さいよ」


「こ、こ、これから話す事は絶対に内緒ですからね!? いいですね!?!?」


 羞恥の赤はレオーネさんの精神の煮沸具合を分かり易く示す様に時間の経過と共に赤みを増し、今になっては頭頂部にまで到達してしまいポッポッと赤い湯気を放つ温度にまで上昇していた。



「実は、ですね……」


 今にも倒れそうな赤らみ具合を見せている彼女曰くあの事件の後に意中の彼に想いを伝えた所、約百年の恋は漸く実を結んだそうな。



 今の関係性を重視しようとする重圧な殻を破り、相手の答えを聞くのが怖いという臆病な自分に別れを告げて相手に想いを伝えるのは生半可な精神ではとても不可能だ。


 しかも、彼女の場合は百数十年の募った想いと二人の間に構築されている強い絆を改めて破壊しようとしたのだから。それがどれだけ勇気の要るのかは痛い程理解出来てしまいます。


 彼女の口から放たれている言葉は途切れ途切れではあるがその言葉一つ一つに温かな想いが籠められている。


 二つの瞳は闇が辟易する程の光が宿り、口から放たれる言葉には温かな感情が乗り、体全体から放つ柔和な空気は周囲の空気さえも変えてしまう程の力が籠められていた。



 これが恋する女性の力、ですか。


 精神は体に途轍もなく大きな影響を与えると言われていますが……。よもやここまで顕著に現れるとは思いもしませんでしたよ。



「――――。そして彼と共に夜間飛行をした後に告白をしました所、何んとか想いが通じ合う事が出来たのですっ」



 はいっ、最後まで良く言えましたねと。


 友人同士のじゃれ合いではありませんけど、端的な言葉で労おうとしてあげたのですが……。


 肝心要な部分がすっぽりと、ばっさりと抜けていたのでその点に付いて問うてみた。



「百年を越える恋が実った事に関し、友人としてこの言葉を送らせて下さい。おめでとう御座いました。レオーネさんの勇気を改めて賞賛しますよ」


「は、はいっ!! 有難う御座います!!」


 ふふ、その眩い笑みは私の言葉を受けても保つ事が出来ますか??


「では、続きまして……。彼に告白した際、若しくはその後に情熱的な接吻キスはしましたか??」


「へっ!?!?」



 あら、一度は冷めかけた熱がまた再燃したみたいですね。


 レオーネさんが私の追撃を受け取ると目をギョっと見開き、海面から顔を覗かせて窒息してしまいそうな魚さんの様に口を無意味にパクパクと動かしていた。



「聞いています??」


「も、勿論ですよ。告白した後にそのぉ……、何んと言いますか。自分の想いが通じて燥いでしまうという訳ではありませんが上昇し続ける想いに身を任せて彼と、えぇ。そういう行為に致しました……」


 ふぅむ、人の精神は時に体を乗っ取り本能の赴くままに行動に移るのですか。また一つ勉強になりましたね。



「人体は精神の影響を受けて本能に突き動かされてしまうと理解出来ました。この例によりますと……。情熱的な抱擁と接吻の跡に続く性行為は既に済んでいますよね??」


 核心の正中線を射貫く質問を放つと。


「ブフッ!?!?」


 彼女は小休憩のつもりで飲みかけていた水を盛大に吐いてしまった。


「そ、そ、そこまで言う訳ありませんよ!! 一体何を考えているのですか!?」


「長きに亘り積もりに募った想いを爆発させた場合の人間の行動を知りたいが為、そして私とレオーネさんの友好的な関係を加味して質問をしたまでです。まぁ、これは建前で本音としては愛する彼と体を重ね合わせた感想を聞きたいですね」



 私の感情を持つ一人の女性だ。


 好意という感情を持ったまま異性と接した場合、どのような感情が湧くのか多大に気になりますから。



「えぇっとぉ……。実は、ですね。私が想いを告げた場所は森の中にひっそりと佇む場所であって。そこには恋人と若しくは一人で過ごせる必要最低限の施設があるのです」


 むっ、その話は初耳ですね。


「だ、駄目ですよ!? その場所は歴代の指導者しか知らない秘密の場所ですからぁ!!」


 私の視線を速攻で看破した彼女が両手を慌てて振って質問を拒絶してしまう。


「そこまで私は不躾ではありませんよ。さ、続きをどうぞ」


 羞恥の熱が時間の経過と共に帯びて行く彼女に対して静かに一つ頷く。


「そこにあるこじんまりとした家屋の中で…………。え、え、えぇ。彼と無事に?? 添い遂げる事が出来ましたよ??」


 頭の天辺から爪先まで真っ赤なレオーネさんが勇気を出して私の質問に答えてくれると床に視線を落として俯いてしまった。


「それは話の流れから理解出来ます。私が聞きたいのはもっと具体的な感想なのですよ」



「最初から最後まで心臓が五月蠅く鳴り響いてどうにかなってしまいそうでしたけど……。彼の柔らかい笑みや温かな体を感じていると羞恥は霞の中に消え去り、それから鋭い痛みが体を突き抜けて行きました。でも、全然嫌じゃない痛みでした。あぁこれが愛なのかと徐に自覚して彼と共に深い眠りにつ、就きました……」


 彼女の口から放たれた言葉はありふれた感想なのですが、親しき友人から送られた言葉もあってか私の心に深く染み入った。



 恋が芽生え、愛という木に育ち、そしていつの日か子という実を結ぶ。



 太古の時代から今の時代まで呆れる程繰り返されて来た普遍的な行為でも当事者にとっては愛を育てる素敵な特異的な行為になる。


 私もいつか彼女の様に顔を赤らめつつその光景を思い出す日が来るのかしら??


 ま、まぁ?? 徐々にですが私の想いが傾きつつある異性は身近にいますので遠い日にはならないかも知れませんけども……。



「レオーネさん。勇気を出して良かったですね」


 本物の真心を籠めた言葉を勇気ある一歩を踏み出した友に掛けてあげた。


「は、はい!! そう言えばマリルさんもそろそろ前に踏み出す機会じゃあないのですか??」


「私が??」


「えぇ、先日の宴の時。ダンさんと手を取り合って踊っている姿は物凄く嬉しそうでしたよ??」


「……ッ」


 や、やはり見て居ましたよね??


 数日前の記憶が脳内に鮮明に映し出されてしまい顔の温度が二度程上昇してしまう。


「彼とその友人は時が経てば新たなる冒険に旅立って行きますので」


「そうなんですか?? だったらマリルさんも生徒さん達の指導を終えたら彼等と一緒に冒険をしてくればいいじゃないですか。一族を一手に纏める私と違ってマリルさんには自由に羽ばたける翼があるのですからね」


 確かに私は彼女が言った通り危険と愉快が犇めき合う素敵な冒険に飛び立てる翼を持っている。


 でも、この翼を動かすには多大なる勇気が必要なのですよ。


「ダンさんも誘ってくれましたよ?? フィロ達の指導を終えたら一緒に冒険しませんかって」


「だったら!!」


「でも、やはり両親が残してくれた土地から離れるのは勇気が要ります。それに私の薬を必要としている人達も居ますので」


「そんな事を言っていたら何時まで経っても前に進めないじゃないですか!! 人生は一度きり何ですよ!? 自分を優先しないなんて勿体ないです!!!!」



 人生は一度きり。


 彼女の口から放たれた言葉を捉えると心臓が一つ大きく、トクンっと鳴った。


 この音は私が今後も歩んで行く人生という長い道の分水嶺になるかも知れませんね。



「有難う、レオーネさん。その言葉を心に刻んでおきますね」


「どういたしまして。ふぅ……。一気に色々話したから少し疲れちゃいましたね??」


 彼女がそう話すと再び木製のコップを形の良い唇に付けてお行儀良く水を飲んで行く。


「話が終わりそうな雰囲気を醸し出していますけどね?? 私の質問はまだ終わっていませんよ??」


「そうなのですか??」


「えぇ、彼との行為の最中に何処に視線を置いていたのか。行為中はどんな風に相手の体を支えればいいのか。またどの体位がレオーネさんに最高の効用を与え……」


「も、もぅ!! その話はお終いです!!!! 大体!! 人においそれと伝えるものでは無いでしょう!?」


 ふふっ、揶揄うのは此処までにしましょう。


 これ以上は彼女の心と体が耐えられなさそうなので。



 キャイキャイと嬉しく抗議の声をあげる雛鳥を見つめる親鳥の感情を胸に抱いていると木製の扉から乾いた音が三度響いた。




お疲れ様でした。


現在、三話目の編集作業中ですので次の投稿まで今暫くお待ち下さいませ。

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