第二百二十四話 誰しもが笑みを浮かべる宴 その二
お疲れ様です。
後半部分の投稿になります。一万文字を越える長文となっておりますので予めご了承下さいませ。
満点の星空に浮かぶ真ん丸お月様の御機嫌は本日のお昼の太陽よりも機嫌が良く、篝火が無くても遠く離れている位置に居る人物の表情が容易く判別出来る程に今宵の月光は強力だ。
ハーピーの里を東西南北に走る通りが交わる里の中央。
大人数が余裕で通行出来る広さの広場で人の輪を形成する各々の表情はこれから始まる宴を想像しているのか、皆一様に朗らかでありそれは俺達も例外では無かった。
「あぁ早く始まらねぇかなぁ」
左隣に腰掛けるフウタが輪の中央の篝火を見つめつつ口角をキュっと上げ。
「五月蠅いぞ。黙って待っていろ」
彼の隣に座るシュレンは、口では同郷の者に辛辣な言葉を漏らしているものの黒装束から覗く目は柔和であり。
「ふぅ……」
俺の右隣りの相棒は空腹を誤魔化す様に右手を開いては閉じていた。
「もう直ぐ始まるからそれまでの我慢さ」
相棒並びに忍ノ者達を宥める様に柔らかい口調でそう話すと柔らかい吐息を吐いて体を弛緩させた。
日中の作業もあってか俺のお腹ちゃんの機嫌は宜しく無い。今も早く食料を寄越せと叫んでいますもの。
しかし俺は大飯食らいでほぼ童貞の白頭鷲ちゃんと違い分別が付く大人なのですっ。
俺達の為、そして里の者達の為に用意されたこの宴の雰囲気を台無しにしてしまう態度は頂けないのですよっと。
「ねぇ、先生。私物凄くお腹が空いているんだけど??」
「そうそう!! わしもじゃよ!!」
フィロとイスハがさも不機嫌な雰囲気を醸し出して静かにその時を待つマリルさんにちょっかいを出せば。
「はぁ、ねっむ……。さっさと宴とやらを済まして早く寝たいわね。フォレインもそう思うでしょ??」
それに便乗する様に淫魔のお子ちゃまが仲間を揶揄う。
「えっ?? え、えぇ。そうですわね」
蜘蛛の女の子が淫魔のお子ちゃまの揶揄いに戸惑い。
「あはは!! あんたまたハンナ先生の方を見つめていたのぉ??」
それを深紅の髪の女の子が揶揄う。
君達……。里の者達が物凄く静かにしているのでも――少しだけ周囲の雰囲気を汲みなさい。
そうじゃないと……。
「……ッ」
そろそろ我慢の限界に達していようとする貴女達の先生にドきつい説教を食らう破目になりますよ??
「ち、違いますわ!! 視線の延長線上に偶々居ただけなのですっ!!」
「貴女達……。ハーピーの里の皆さんが静かにしているのですから彼等を見習いなさい」
ほ、ほら!! さり気なく発した言葉の節々にとんでもねぇ大きな棘が含まれていたでしょう!?
「「「ッ!!」」」
マリルさんの形の良い唇から出て来た大変おっそろしい声色を捉えると、生徒達は瞬時に姿勢を正して輪の中央の篝火に視線を送った。
そうやって怒られているのはまだまだ未熟な証拠なのさ。
俺達の様に厳かにこの雰囲気を享受するのが真の大人…………。
「シュレン先生。ねずみのすがたにかわって」
「今は大人しくしていろ」
「やっ」
「んおっ!! ダン見てみろよ!! あの子、すっげぇ胸がでけぇぞ!?」
基。幼子にしつこくせがまれている彼と場違いも甚だしい台詞を吐いた馬鹿野郎を除く俺の態度を見習って欲しいものさっ。
それぞれがそれぞれの者の不躾な態度を何んとか抑え込み、咎めていると里の北側に動きが見えた。
「皆の者、待たせたな。レオーネ様が間も無く御到着になられる。それ相応の態度を持って迎えるのだ」
「「「……」」」
黒を基調とした清潔感溢れる執務服を身に纏ったランドルトさんが輪の間を抜けて中央に出ると里の者達に声を掛ける。
そして声を受け取った彼等は口を閉ざすと厳かな雰囲気を瞬時に纏い、里の長を迎えるべく静かに立ち上がった。
やべっ、俺も立ち上がらないと……。
彼等に倣い少しだけ遅れて立ち上がると。
「皆様、お待たせしました」
ハーピー一族を一手に纏める女王が超分厚い威厳溢れる雰囲気を身に纏って登場した。
髪の毛と同じ色の薄い桜色のドレスを身に纏い細い両腕には職人の素晴らしい装飾が施された銀の腕輪を身に着けている。
長髪の髪の毛は後ろで綺麗に纏められており、南側からサァっと風が吹くと彼女の髪が嬉しそうに一つ左右に揺れ動く。
俺は夜空に浮かぶ月や無数の煌めきを放つ無数の星達よりも、美しさと威厳が絶妙に混ざり合った彼女の立ち姿に思わず魅入ってしまった。
ほぉ……。南の島でマリルさんと可愛い言い争いをしていた姿からはとてもじゃないけど想像出来ない姿だ。
彼女と他愛の無い会話をしていたのは裏の顔で、表の顔は誰しもが認めざるを得ない尊厳ある女王様って感じかしらね。
「皆様お疲れの事だと思いますのでお座り下さい」
彼女が輪を抜けて中央の篝火付近に到着すると里の者達に指示を出し、俺達はレオーネさんの美しい声色を受け取ると命に従い地面に腰掛けた。
「それでは宴の前に私から幾つかの言葉を送らせて頂きます」
レオーネさんが静かにコホンと咳払いすると瞳に優しき色を宿して輪の方々へと視線を送る。
「周知の事実ですが私達の里は南の蛮族の襲撃により酷い傷を負ってしまいました。私の実力が至らず皆様の財産、御体に傷を負わせてしまい大変申し訳ありませんでした」
一族の長が里の者達に対して静々と頭を下げると。
「そ、そんな!! 頭を上げて下さい!!」
「そうですよ!! 里が傷付いてしまったのは自分達の所為ですから!!」
輪の方々から慌てふためく声が放たれた。
そりゃそうだろう。里の長がいきなり頭を下げて剰え謝罪を述べたのだから。
「どれだけ謝罪しても謝り足りないと考えているのが私の本音です。もしもあの時、私が彼女達を撃退出来たのなら皆さんが傷付く事もなかった。そう考えると悔恨の念が胸を悪戯に傷付けるのです。我々は武器を手に取り悪に立ち向かいましたが、結果はこの里処かルミナの街にまで被害が及んでしまいました。このまま命尽きるその時まで蛮族の手足と成り下がるのかと最悪な未来が脳裏を過りましたが…………。戦を司る神々は素晴らしい戦士を寄越してくれました」
「あぁ!! 本当に有難うな!!」
「この恩は決して忘れないぞ!!!!」
「イスハちゃん!! ミルフレアちゃん!! 私達とたくさんあそんでくれてありがとうねっ!!」
レオーネさんが俺達に向けて柔らかい視線を向けると里の者達から威勢の良い声が放たれた。
いや、恥ずかしいからそんなに直視しないで下さいまし。俺達は偶々この里に通りがかって助けを請う者達に手を差し伸べただけなのですから……。
「マリルさん達のお力添えを頂いたお陰で我々は幸せな日常を勝ち取る事が出来ました。まだまだ里の復興には時間が掛かりそうですが、幸せな時間は有限である事を噛み締めつつ共に汗を流しましょう」
形の良い唇をフっと曲げると給仕を担当している里の者達が輪に加わる人々にお酒の入った木製のコップを運んで行く。
恐らく、もう間も無く乾杯の合図が送られるからその為の前準備でしょう。
『お嬢ちゃん達は、お酒は駄目だからお水ね』
『私は飲めるから持ってきてよ!!』
こ、こらこら……。幾ら龍族の体が頑丈だからって内部までは鍛えられないから彼女の言う通り水で我慢なさい。
偶々聞き取ってしまったフィロの言葉にヤキモキした感情を胸に抱いていると遂にレオーネさんから腹ペコの俺達が待ち望んでいる言葉が放たれた。
「今宵の席は皆様の労を労い、彼女達に感謝を捧げる席です。沢山の食事とお酒で御体を御自愛下さいませ。これを以て挨拶の言葉とさせて頂きます。皆様、杯を掲げて下さい」
「「「……」」」
里の長の指示に従い右手でお酒が入ったコップを満点の星空に掲げる。
「それでは……。乾杯っ」
「「「「「「乾杯ッ!!!!」」」」」」
レオーネさんの言葉とほぼ同時に各々が両隣に座る者達と杯を合わして宴の音を鳴らすと勢い良くお酒の口の中に迎えた。
「ング……。へぇっ!! 口触りも柔らかくて美味いな!!」
舌の上に広がるお酒特有のピリっとした辛みが広がるとその直後に葡萄の香りが鼻腔を抜けて行く。
その香りと来たらまるで鼻の真ん前に皮を剥いた葡萄を置かれたみたいだ。
乾いた喉を葡萄酒が潤して空腹の腹に魅惑の液体が届くと腹の奥がじわりと熱を帯びて行く。
葡萄の果実酒が生み出す効用は中々の物であり、俺の心は一瞬でこの果実酒の虜になってしまった。
これは素直に驚いた……。滅茶苦茶美味い酒じゃないか。
「さぁ皆さん!! 今宵の宴を堪能して下さいませ!!!!」
「「「おおぅ!!!!」」」
ランドルトさんが一際強い声を放つとそれに呼応した里の者達から喝采の声が上がり、弦楽器の音が美しい夜空の下に広がる。
「へぇ!! 洒落た事をするじゃねぇか!!」
人に高揚感を与える弦楽器の音の威力は抜群の様で?? 俺の隣でもう既に酒を飲み終えたフウタは首を縦に揺らして明るい音楽に乗っていた。
「はぁい!! お待たせしました!! 食事ですよ――!!!!」
自然と体が揺れてしまう弦楽器の音が輪を形成する者達の心と体を楽しませていると給仕係の人達がそれぞれに食事を配給して行く。
「おぉ!! すっげぇ美味そうだな!!」
この陽気な雰囲気に合わせたのか、将又目の前に置かれた食事に反応して声が出てしまったのか。それは定かでは無いが俺の前に置かれた食に素直な声が漏れてしまう。
木製の皿の上に乗せられた鶏肉はしっかりと焼かれており、ちょいと焦げた皮の茶褐色が食欲を悪戯に刺激する。
大人の拳大程の大きさの二つのパン、コップに再び注がれた葡萄の果実酒。
そ、そしてぇ!! 大雀蜂一族が目の色を変えて欲しがった蜂蜜が入った小鉢を捉えると口内に濁流の様な唾液が生まれてしまった。
傷付いた体を癒す為に鶏肉に勢い良く齧り付きたいけども!! ま、先ずはこの蜂蜜の香りを楽しみましょうかね!!
これでもかと期待感を籠めた右手で小鉢を掴み、静かに鼻の前に近付けてスンっと香りを嗅ぐと……。
「お、おいおい。すっげぇ良い匂いじゃん!!」
まるで春の訪れを予感させる様な沢山の花の香りを捉えてしまった。
蒲公英の花の様な質素ながら自然感溢れる香り、桜の花の儚くも淡い春の香り、そして椿の香りに良く似た控え目の甘い香り。
蜂蜜本体から感じる香りは幻の花を脳内に映し出す程に強烈なものだ。
す、すげぇ。匂いを嗅いだだけなのに目の前に色とりどりの花が現れたかと思ったぜ……。
匂いは百点満点。では、味はどうなのか??
「……っ」
小鉢の脇に添えられている小匙で粘度の高い蜂蜜をそっと掬い上げてパンの上にトロリと乗せ、期待に胸を膨らませて魅惑の品を恐る恐る口に迎えてあげた。
「ふぁむ……。う、嘘だろ?? 冗談かよ、これ……」
人は時に常軌を逸した旨味を感じると美味しいという感想よりも驚嘆の声が出てしまうようですね。
俺の口から出て来たのは味よりも素直な驚きであった。
サクっとしたパンを前歯で寸断すると小麦本来の風味が口内に広がって行くのだが、その後直ぐに蜂蜜の甘味が小麦の風味を上書き。
更に!! 蜂蜜に沢山含まれている花の香が蜂蜜の甘味と相乗化を生み出して顎の筋力を最大限に稼働させてしまう。
咀嚼すればする程花の香りが口内に、鼻腔内に所狭しと広がって行き俺の口は蜂蜜じゃなくて花本体を噛んでいるのでは無いかと錯覚してしまっていた。
す、すっげぇ……。アイツ等が躍起になってこの蜂蜜を入手しようとなっていたのが痛い程分かるぜ。
俺が今まで食べて来た蜂蜜は紛い物で、これこそが本物の蜂蜜なんだな……。
また一つ勉強になったぜ。
「うっっっっめぇぇええええ!! マジかよ!! 何だよこの蜂蜜は!?!?」
「ふふっ、甘さが疲れを溶かす様だ」
蜂蜜の美味さにより忍ノ者達から百点満点の声が漏れ。
「くっ……。何たる美味さだ。まさかこれ程の物だとはな……」
相棒の口からは驚嘆の声を勝ち取ってみせた。
あ、あはは。物凄く気に入ったみたいだな?? 前髪がふっっわぁぁって浮かび上がっているぜ??
「この美味さの為に頑張って来たと思えないかい??」
ドングリに齧り付く栗鼠もドン引きする物凄い勢いで咀嚼を続ける相棒の横顔を見つめつつ問う。
「あ、あぁ。これは相当な代物だぞ。アイツ等が欲しがるのも理解出来る」
これだけの逸品は早々出会えはしないからね。
腹がはち切れるまで、限界を超えた限界まで腹に詰めてやるぞ!!
「俺もそう考えていた所さ。あ、すいません!! パンと蜂蜜のお代わりを貰えますか!?」
「俺様もお代わりぃ!!」
「某も頼む」
「すふぁむ。こちらふぃも持ってふぃてくれ」
「あ、はぁい!! 直ぐにお持ちしますね!!」
輪の内側で配給に勤しむ里の女性にお代わりを伝えると俺の考えに同意した野郎共からも同じ言葉が出て来やがった。
「相棒、そこはせめて口の中の物を飲み込んでから伝えろよ……」
「うるふぁい。無くなったら困るふぁろう」
そんな早く無くなりはしないだろうと普段なら考えるだろうが、里の者達が生み出す高揚感溢れる雰囲気によって輪の方々では物凄い勢いで食事が進んでいるし。
相棒の考えは強ち間違いじゃないかもね。
果実酒の葡萄の香り、蜂蜜の馨しい花の匂い、そして里の者達と共に燥ぐ親しい友人達の燥ぐ声。
ここは一面の花畑の楽園なのかと錯覚してしまう高揚感に包まれて食事を楽しんでいると弦楽器の音が一段と激しく鳴り始めた。
「おい!! 踊ろうぜ!!」
「え、えぇ!? 急じゃない!?」
一人の男性が女性の手を握り篝火の近くに躍り出ると激しい音に合わせて陽気な舞いを披露し始める。
それにつられる様に輪の中から数名の男女が互いに手を取り合い輪の中央付近で明るい踊りを始めてしまった。
ほぉ、宴会に相応しい踊りですなぁ。俺もこの音に従って踊りたいですけども、生憎体はこの蜂蜜を……。
「先生は踊らないの??」
「えっ?? 今はこの蜂蜜を食べていますから遠慮しましょうかね」
「ッ!!」
フィロの声にちょっとだけ戸惑う声を放ったマリルさんの言葉を俺は逃さなかった。
い、今この大好機を逃したらぜぇぇったいに後悔する!! 食事は後でも出来る!!
だから今は行動を起こすべきだ!!
食欲よりもそっち方面の欲が勝ってしまったのでお尻に付着した砂ちゃん達をパパっと払い退けて立ち上がると、篝火と酒の力によって頬がぽぅっと桜色に染まっているマリルさんの前に颯爽と移動を果たした。
「宜しければ一曲踊って頂けませんか??」
自分でもキザな台詞だと思うが、今この場に合うであろう台詞を述べて素直に驚いているマリルさんに右手を差し伸べた。
「え、でも……」
差し伸べられた俺の手を取ろうかどうか迷う彼女の目に指導者の厳しさは消え失せ、一人の女性としての羞恥の色が浮かんでいる。
彼の手を取りたい、しかし周囲の目がそれを躊躇させておりマリルさんの手は中途半端な位置に留まったままだ。
「はいはい!! そういうのはいいからさっさと踊って来なさい!!」
俺と彼女の意見、心の空模様を速攻で看破した淫魔のお子ちゃまがマリルさんの背を派手に押してくれた。
エルザード!! 良い援護だぞ!!
「じゃ、じゃあ一曲だけ」
「有難う御座います!!」
「きゃっ!?」
静々とそしてたどたどしく伸ばされた彼女の右手を男らしくぎゅっと握り締めて立ち上がらせてあげると、篝火の側で踊り続けている彼等に合流した。
「ちょ、ちょっと!! もうちょっと大人しく踊って下さい!!」
「あはは!! こんな感じですかね!?」
「きゃあ!?」
彼女の左手を優しく掴み、女性らしい細い腰に右手を回して勢い良くその場でクルっと回ってあげるとマリルさんの御口から可愛い叫び声が出て来る。
「も、もう!! 目が回ってしまいますよ!!」
「いいぞ!! もっとド派手に踊ってやれ――!!」
背中から届いたフウタの声を受けると困惑の一色に染まっているマリルさんの顔を更に困らせてやろうとして横着なもう一人の俺が首を擡げて現れてしまったので、陽気な音楽に合わせて激しく腕を振って踊ってあげる。
俺達の姿は余程可笑しく映ったのだろう。
「あはは!! 先生!! もうちょっと格好良く踊りなさいよ!!」
「そうじゃぞ!! ダンに合わせてばかりじゃ面白くないじゃろうが!!」
フィロとイスハから笑い交じりの声援が上がり。
「だっさ!! あんな恥ずかしい動き、良く出来るわね」
「いいじゃあありませんか。二人の男女が仲睦まじく手を取り合って踊っているのですから」
「あっそ。じゃああんたもハンナ先生を見てばかりじゃなくて誘ってくればいいじゃん」
「へっ!?」
エルザードとフォレインは何やらチンプンカンプンな台詞を述べ。
「シュレン先生。んっ」
「断る。某はアイツの様に踊れぬ」
そして俺達の様に明るく踊りたいという子供の願いを籠めたミルフレアの手は堅物鼠ちゃんの心を溶かすにまでは至らなかった。
「も、もう怒りました!! 私もこう見えて結構力持ちなんですからね!?」
「おわぁっ!! もうちょっと手加減して下さいよ!!」
生徒達の声を真に受けたマリルさんが俺の腰をキュっと強く掴むとこの細い両腕からはとても想像出来ない力で俺の体を左右に流し始めてしまう。
俺の体を自由に動かし続けるのは一向に構いませんけどね?? 踊りの途中で何度も足を踏みつけるのはなんとかなりませんか??
両足の小指ちゃんがまぁまぁ酷い泣きっ面を浮かべていますので。
「ふふっ、楽しいですね??」
周囲の景色が激しく回りながらもその中央に居る彼女の笑みだけは俺の瞳の中で制止し続けている。
屈託のない素敵な笑みが俺の心を何処までも温め続け、親しい者だけにしか見せない宝物を大事に記憶の海の底に刻み続けていると……。
周囲に鳴っていた陽気な音楽がしっとりとした音色に変化した。
「「……っ」」
音の変化を受けた里の者達は互いの距離をほぼ零に縮めて互いの瞳を見つめ合いながら体を優しく左右に揺らしている。
ほ、ほぅ。俺達もあぁしろって事かしらね。
でもぉ……。いきなり淫靡に踊り始めたら張り手を食らわないかしら??
物は試し、じゃあないけどもこのままじゃあ周囲から浮いてしまうので失礼しますねっ。
「……」
俺が静かに距離を零にしてマリルさんの腰を優しく抱き締めてあげると。
「あっ……」
普段の真面目一辺倒の彼女からはとても想像出来ないあまぁい声が漏れてしまった。
俺の胸に感じる女性らしい柔らかさ、両手に感じるマリルさんの命の鼓動、そして鼻腔をやんわりと刺激する女性の甘い香り。
そのどれもが疲労困憊の体に良く効き、昨日までの疲れが嘘の様に癒されて行く。
ふむ、女性の体は疲労の特効薬にもなり得る。これはとても有益な情報じゃあないだろうか??
どこぞのお偉い先生に時間があれば情報提供してあげたい気分だぜ。
等と下らない事を考えてマリルさんの瞳の中に映る篝火の橙の色を見つめていると。
「どうかしました??」
是非とも枕元で聞かせて貰いたい女性の甘い声が鼓膜を刺激してしまった。
「マリルさんの御顔に魅入っていた所ですよ」
これは揶揄いでも、おふざけでも無く心に浮かんだ素直な言葉だ。
弧を描く眉の下にある目元はしっとりと濡れて男心をグンっと刺激し、何かを求める様に潤んだ唇は男の性を最大限に引き出してしまいますもの。
「も、もう。ダンさんはお世辞が上手いですよね」
「御世辞じゃないですけどね」
「え??」
キョトンとした顔の彼女の体を更に俺の体に沈みこませてあげるとマリルさんの御顔が煮沸寸前にまで真っ赤に染まってしまった。
お互いの鼓動が体を通して相手の体内を鳴らし、互いが放つ男と女の混ざり合った匂いが心を温めてくれる。
時間が許す限りこのまま彼女と親身な距離のままで踊り続けていたいが、どうやら時の神様は非情な様で御座いますねっ。
「「「「……っ」」」」
しっとりと濡れた音楽が鳴り止むと互いに手を取り合っていた男女は通常あるべき距離へと戻り、踊りの相手に対して静かに腰を折って礼を述べているのだから。
「残念。もう少し踊っていたかったのに此処までの様ですね」
マリルさんの体を断腸の思いで手放して普段通りの距離に身を置く。
「わ、私はこの距離の方が助かりますねっ」
ふぅ――っと息を吐くと暑さで参っている顔に右手でパタパタと風を送る。
「あはは、茹で蛸みたいですよ??」
「もう!! 揶揄わないで下さいよ」
「それではまたいつの日か、この下らない野郎と踊ってやって下さいね??」
俺がマリルさんに向かって静々と頭を下げると。
「あ、え、えぇ。此方こそ宜しくお願いします。」
彼女も此方に倣って頭を下げてくれた。
んも――。後少しで大変美味しそうな果実にありつけると思ったのに!!
誰だよ、音楽を止めちゃった奴は。後でこっそり頼んで今の音楽を鳴らして貰おうかなっと独り善がりの考えを纏めているとランドルトさんが篝火の側に居る俺の下にやって来てくれた。
「中々素晴らしい舞いでしたよ??」
「あはは、有難う御座います。本当はもう少し長く踊っていたかったんですけどね」
「先生!! 大丈夫!? 顔が真っ赤じゃない!!!!」
「だ、大丈夫です。お水を飲めば直ぐに治りますよ」
マリルさんの背に視線を送りつつそう話す。
「左様で御座いますか。まだまだ宴は続きますので引き続きお楽しみ下さいませ」
「えぇ、そうさせて頂きます」
「まだまだ宴は続く!!!! 皆の者!! 今宵は朝まで踊り、飲み明かそうぞ!!!!」
「「「「おおおうッ!!!!」」」」
びっくりしたぁ。急に隣で叫ばないで下さいよね。
若干お酒が入って陽気になっているランドルトさんが場を盛り上げると周囲の闇は彼等の明るさを嫌ってこの場に入る事を拒絶してしまった。
まっ!! 夜は長いんだし。俺も彼等に合わせて盛り上がろうとしますか!!!!
「よぉ!! 相棒!! お前さんも誰かと踊って……」
陽気な心を胸に抱いたまま元居た席に戻って来るとこの陽性な感情を消し飛ばしてしまう景色を捉えてしまった。
「断る。俺ふぁこの蜂蜜ふぉ限界まで食わねばならぬふぉ」
こ、こ、この野郎!!!! 俺の分まで勝手に食いやがってぇぇええ!!!!
「テメェ!! ふざけんな!! 何で俺の蜂蜜とパンを食っているんだよ!!」
「――ッ」
相棒がモックモクと長ったらしい咀嚼を続け、そして口の中の宝物をコックンと飲み干すと。
「知らん」
端的且非常にムカツク言葉で説明を終えてしまった。
その瞬間、頭の中で何かが思いっきりブッッチィィンと切れてしまう音が鳴り響いた。
「こ、この野郎ぉぉおお!! 今日という今日は絶対に許さねぇぞ!!」
「うぉ!?」
無防備に座る彼に向かって勢い良く飛び付いて体を拘束してやるとカッチカチのお腹ちゃんに顔を埋めてやった。
「止めろぉ!! 気色悪いだろうが!!!!」
「テメェが謝るまでぜぇぇったいにこの手は離さんぞ!!!!」
「うっひょう!! 楽しそうじゃねぇか!! 俺様も参戦するぜぇぇええ――!!!!」
「離せぇぇええ――――!!!!」
フウタがハンナの背後から抱き締めると振り解こうとする力が明らかに増すが前衛で鍛えられた俺達の拘束力は思いの外強く、相棒は只その場で無意味にジタバタと暴れるのみ。
んふっ、イイ感じに拘束出来ているでありませんか!!
このままテメェのベルトに手を掛けて宴の席でむき身の刀を披露してやらぁぁああ!!
羞恥に塗れて憤死しやがれ!! それだけお前さんの罪は重いんだよ!!!!
今日こそは勝ってみせると己に誓い、彼のベルトに手を掛けた刹那。
「い、いい加減にしろぉぉおおおおおおおお――――!!!!」
「「ギィィアアアアアッ!?!?」」
ハンナの体から眩い光が迸り、それが収まると神々しい翼を持つ白頭鷲が満点の星空の下に出現した。
「ふぅっ!! ふぅぅうう!!」
彼の目の色は羞恥と復讐心によって強烈な炎が浮かんでおり屈強な男でもたった一睨みで撤退を決める様な熱量を帯びていた。
ひゅ、ひゅぉぉ……。こっわ!! とても味方に向けるべき瞳の色じゃあありませんぜ!?
「やべっ!! 俺様はずらかるわ!!」
フウタが彼の洒落にならない憤怒を捉えると鼠の姿に変わって闇の中へと逃亡してしまう。
「あっ!! お前だけずるいぞ!!」
魔物の姿に変われない俺の事を考えやがれ!! この薄情者が!!
「覚悟は出来たか??」
「カクゴ??」
ナニそれ。美味しいの??
そう言わんばかりに首をカックンと曲げたのだが、どうやらこの態度が更に彼の憤怒を刺激してしまった様だ。
「死の……。覚悟とやらをなぁぁああああ!!!!」
「ギャアアアアア――――!! 止めて!! 嘴で体を突き刺そうとしないでぇぇええ――!!!!」
地面の上を器用に転がりながら上空から何度も急襲し続ける鋭い嘴を躱し続けてやる。
空気を切り裂く音を捉えると心の臓が冷や汗を浮かべ、地面に勢い良く突き刺さる嘴の強烈な打撃音が全身から冷や汗を強制召喚させた。
こ、こいつ!! 本気で俺の命を狙っていやがるな!?
ほ、ほら!! キュポっと抜いた地面の穴から摩擦熱の湯気が出ているもん!!!!
「あはは!! いいぞ――!! もっとやれ――!!!!」
「これは楽しい余興だな!!」
「ふんっ!!」
「いやぁっ!?!?」
この死亡遊戯を只の戯れだと捉えた里の者達から歓声が沸くとそれに同調する様に相棒の攻撃力が増し。
「ダ――ン!! ほれ、かわさぬと殺されてしまうぞ――!!!!」
「そうそう!! 一度死ねばその馬鹿な頭も直るんじゃないのぉ!?」
「ハァッ!!!!」
「ば、馬鹿野郎!! お、俺のひぃっ!? 状況を見て揶揄いやがれぇぇええ――!!!!」
イスハとエルザードがキャキャっと笑いながら声を放つと白頭鷲ちゃんは首の力を最大限にまで高めて攻撃の速度を上昇させてしまった。
も、もう嫌!! 何で宴の席で殺されそうにならなきゃいけないの!?
俺だって偶には平穏に過ごしたいって言うのにぃぃいい!!
「「「「「「わはははは!!!!」」」」」」
宴の席に相応しい明るい笑い声。
「ハンナ先生!! もっと的確に狙うべきですわ!!」
「そうそう!! ほらダン――!! もっと早く転がり続けないとハンナ先生の嘴の餌食になっちゃうわよ――!!!!」
生徒達の首を傾げたくなる笑い声と明るい叫び声。
そして。
「ふふっ、ハンナさん。ダンさんの体力の陰りが見えて来てから攻撃を加えるべきですよ??」
今日一番耳を疑いたくなるマリルさんの声を捉えると堪らず叫んでしまった。
「お願いしますから止めてくださぁぁああああ――いっ!!!!」
「「「「あはははは!!!!」」」」
暗闇が蔓延る大地の中に浮かぶ矮小な光から放たれた明るい笑い声は周囲の闇を払拭して空高く天に舞い上がって行く。
空に浮かぶ雲、鳴く事を止めた夜虫達、そして何処かの木々の枝で翼を休めている鳥達は彼等の明るい声に顔を顰めつつ夜のひと時を過ごしていたのだが……。
「ぐぇっ!?」
「さぁ覚悟は出来たか!? この大馬鹿者がぁぁああ――!!!!」
「ギィィイイヤアアアア――――ッ!!!!」
一人の男の口から放たれた大絶叫が放たれるとホっと胸を撫で下ろし、徐々にだが夜に不相応な音量が鳴りやんで行く事に安堵の息を漏らした。
「グェベッ!?!?」
「ふん、そこで猛省していろ」
そして完全完璧な夜の静寂が訪れてくれると彼等は素敵な明日を夢見て心地良い眠りに就いたのだった。
お疲れ様でした。
PCの調子が悪くて投稿するのがいつもより遅れてしまいました。大変申し訳ありませんでした……。
さて、来月の頭から始まるゴールデンウイークですが読者様達の予定は既に決まっていますか??
私の場合はそうですね……。趣味の一つであるZIPPOの手入れとメンテナンスをしようかと考えていますよ。
自分好みのヒンジ調整をして、インナーの綿の交換等々。やる事が沢山溜まっている為充実な日々を過ごせそうです。
勿論、執筆も続けますので御安心下さいませ。
いいねをして頂き、そして沢山の応援をして頂き有難う御座いました!!
もう間も無く始まる新しい御話の執筆活動の嬉しい励みとなりましたよ!!!!
それでは皆様、良い週末をお過ごし下さいませ。




