第二百二十四話 誰しもが笑みを浮かべる宴 その一
お疲れ様です。
本日の前半部分の投稿になります。
随分と遠い位置にある筈の巨大な光の玉から放たれる熱量は四ノ月にしては強く、その暑さは動かずに居ても肌にじわりと汗が滲む。
雲一つ無い青く澄み渡った空に浮かぶ太陽の機嫌は頗る良く地上で暮らす者達の影の濃さを強めようとして燦々と光り輝いていた。
天然自然の摂理を捻じ曲げる事が出来ない矮小な力しか持ち合わせていない人々は太陽の超御機嫌な笑みをほぼ強制的に受けながら平和な時を過ごしている。
「おぉ――い!! そっちはどうだ!?」
「材料が足りないよ!! 胴縁を北側に搬入してくれ!!」
ハーピーの里の中央付近で傷付いた家屋の修理用の材料を運搬、指示する者達の活発な声。
「もう直ぐお昼だぞ!! 昼食の準備は出来たか!?」
「まだです!! 足りない分はルミナの街に買い出しに行っていますよ!!」
「本当かよ!! 夜の宴の分も頼んでおけば良かったぜ!!」
汗水垂らして修復作業に取り掛かっている者達の腹を満たそうと躍起になっている食料供給班の覇気のある声。
「あはは!! 今日は西の森に遊びに行こうよ!!」
「うんっ!! 後でミルフレアちゃんとイスハちゃんを誘おうね!!」
そして頑是ない子供の駆けて行く後ろ姿。
数日前までの暗い様相が嘘の様にこの里には明るい雰囲気と笑みが溢れ返っていた。
「ふぅ――。皆様元気で宜しい事ですなぁ」
作業の手を休め、俺の背後を駆け抜けて行ったお子ちゃま達の明るい背を見送ると額に浮かぶ汗をクイっと男らしく拭った。
やっぱり、うん。この里には平穏が良く似合う。
この素敵な雰囲気を勝ち取る為に大量の血を流した甲斐がありますよっと。
ハーピーの里の東から西へと抜けて行く通りに面した家屋の側で一人静かに感無量の心を胸に抱き里の平和な姿に顔が綻んでいると。
「おい、手を止めるな」
家屋の裏手に続く影から相棒のこわぁい顔がぬぅっと出て来やがった。
「あのねぇ。俺は馬鹿みたいに血を流して倒れていたんだぜ?? たった一日休んだだけで体調は回復しないの」
お分かり?? そんな意味を含めて肩眉をクイっと上げてやる。
「貴様の体調なぞ知らん。大体、俺達が修復作業に携わる必要はあるのか?? 里の者達がそれぞれの家を修復すればいいのだ」
またこいつは……。独りよがりの考えを放ちおって。
「いいか?? 世の中には慎始敬終って言葉がある。最初から最後まで一切合切気を抜かずにやり切るって意味だ。俺達の今回の仕事はフィロ達の監視業務から始まり、大雀蜂ちゃん達の撃退に及び、そして里の修復作業に至る。これら一連の仕事は全て見事に連なりそのどれもが気の抜けないモノだ。ちゅまり!! 俺達は家々の壁や玄関、果ては屋根を修復する事によって初めて与えられた責務を全う出来るって事さ!!!!」
長ったらしい台詞を一切噛まずに言い終え相棒の感嘆の吐息を受け止める為に両手を左右に大きく広げてやるが。
「ふんっ……」
な、なぁんと!! 我が相棒は感嘆の吐息を漏らす処か俺を蔑んだ目で見つめ溜息を吐いて家屋の影に戻って行くではありませんか!!
幾ら温厚なダンちゃんでも今の態度は見逃せませんぜ!?
「テメェ!! もうちょっとマシな態度を醸し出せや!!」
家屋の東側の影に引っ込んで行った相棒を追いかけ、カッチカチのお尻をまぁまぁな勢いで蹴り上げてやった。
「貴様……。今の行為は決して安くないぞ」
あ、あぁ。うん、思いの外強く蹴っちゃってごめんね??
「睨んでも駄目ですぅ――。テメェのこわぁい目はもう見慣れて逆に全然効かねぇ……。ってぇ!! 全然進んでないじゃん!!」
家屋と家屋の間にある通路上には中途半端に切り分けられた木材が大人しくスヤスヤと眠っており、彼等の寸法を測りキチンと切り分ける道具類は素敵な影を満喫する様に体を弛緩させて心地良いひと時を過ごしているのだから。
「五月蠅いぞ。俺は俺なりの時間で仕事を仕上げるつもりなのだ」
こいつの頭に一度納期って言葉を叩き込んでやりたいぜ。
まぁ叩き込んだとしてもどうせ直ぐに忘れるだろうけどさ!!
「あ、あのねぇ!! こんなちんたら作業をしていたら何時まで経っても帰れねぇだろうが!! 決められた時間の中で決められた数だけの仕事量をしろよ!!」
「作業の邪魔だ。退け」
こ、こ、この戦いしか能が無い不器用で大飯ぐらいでほぼ童貞の白頭鷲めがッ!!
「優しいダンちゃんでも我慢の限界ってもんがあるんだぞ!! とうっ!!!!」
俺に向かって無防備な背を向けている相棒に向かって飛び付き、大変かったい体をヒシと抱き締めてやった。
んぅ!! 今日も相変わらず抱き心地は最悪ですわねっ!!
「止めろ!! 気色悪い!!」
「いいや止めないね!! お前さんが態度を改めるまで俺は決してこの手を離さんぞ!!」
俺の拘束の手を必死に剥そうとする相棒の横着な手に抗いつつ大変大きな相棒の背にムチュっと鼻をくっ付けてやる。
おぉ……、すっげぇ汗くせぇ。
どうして男の匂いってこうも咽返る様な感じがするんだろうなぁ。女の子とは全く違う匂いで辟易してしまいますよ。
どうせならぁ、そう!! 大人の女性の性欲をギュンギュンとそそる馨しい香りを堪能したいもんだぜ。
人間の男の凡そ五倍程度の膂力を持つ相棒の手に必死に抗っていたが、どうやら俺の虚しい抵抗も此処までの様だな。
「こ、この……。大馬鹿者がぁぁああああ!!!!」
相棒が真っ赤な顔のままで俺の腕の拘束を解くと、病み上がりの弱々しい体を掴み上げて表通りに向かって力の限りにぶん投げてしまった。
「ヒィィアアアアアア――――ッ!?!? あべちっ!!!!」
面白くも何とも無い回転数と速度で土の地面の上を転がり続けて勢いそのまま、通りの反対側の玄関に衝突するとやっと回転の勢いが止まってくれた。
「テメェエエエ――――!!!! やって良い事と悪い事があるだろうが!!」
俺の体に必死にしがみ付く砂達の手を払い退けて勢い良く立ち上がると正面の影の中に潜む相棒の薄暗い影に向かって叫んでやった。
ひ、人様が折角仕事の遅さを注意してやったってのにぃ!!!!
今日という今日は許さん!! テメェの服を全部ひん剥いて白日の下に晒してやらぁ!!
正面の涼し気な影に向かって一歩踏み出すと大人の女性の声が俺の喧嘩腰の歩みを止めてしまった。
「あら?? ダンさん。どうかしましたか??」
んぅっ!! この清らかな声色は!!
「マリルさん!! えへへ、お疲れ様ですっ」
「はいっ、お疲れ様です」
砂と埃に塗れている俺の姿を若干怪し気に見つめた後にニコっとすんばらしい笑みを浮かべて俺の労を労ってくれる。
青みがかった黒き髪は本日も美しく、空から降り注ぐ太陽の光を反射して更に輝きを増している。端整な顔の中央にスっと走る鼻筋の頂上、そして額には微かな汗が浮かび彼女の疲労具合を見事に表していた。
あれまっ、マリルさんも俺達と同じく忙しそうで御座いますね。
「かなり疲れていそうですけど……。レオーネさんの状態は宜しく無いので??」
肉体労働は俺達やフィロ達が担当してハーピーの里の長の治療は彼女が請け負う予定で、大雀蜂との激闘の二日後に里の復旧作業は始まった。
疲れた体に鞭を打つ様な仕事量にフウタが憤りの声を上げたが、マリルさんの一睨みで彼は秒で口を閉ざしてしまった。
予定通りに作業は開始されこうして平和になった里の中で汗を掻いているのです。
俺も本当なら涼しい部屋の中で二人の大人の女性の美味しそうな体を舐める様な視線で鑑賞したいよ??
でも、俺の様なとんでもねぇ馬鹿に治療は無理だし体の線が鶏ガラみたいに細い奴に肉体労働は無理。
詠唱型であるマリルさんは傷付いた里の者の治療を担当し、体を動かす事しか能が無い俺達は里の復興に携わる。
要は蛇の道は蛇って奴。
その法則に従い、浴びたくも無いあっつい太陽光を浴びせられながら肉体労働に勤しんでいるって訳さ。
「治療は滞りなく終わりましたよ?? しかし、彼女は元々病弱であったので体力の回復が心配ですね」
マリルさんがそう話すと静かに吐息を漏らして俺と相棒が担当している家屋に視線を向けた。
「もうかなり修復出来ていますね」
「正面は大丈夫なんですよ。問題はぁ……」
「くっ!! 何だこの脆弱な道具は!! 握り締めたら柄が割れてしまったぞ!?」
あの野郎……。また道具を壊しやがったな。
「ふふっ、戦いに関しては絶大の信頼を置けますが私生活については……。といった感じですよね」
「全く仰る通りですよ……」
だが、そこが相棒の可愛い所なんだよなぁ。戦いも家事も全て完璧にこなす超人だと逆に取っつき難いし。
人間や魔物は少し位の弱点があった方が、味わいがあって良いと思う次第であります。
「レオーネさんの経過観察を終えて今は里の状況を見回っているって感じですかね」
「その通りです。私の生徒達は汗水垂らしながら各地域に木材を運搬しています。まだまだ体が出来上がっていない彼女達には持って来いの状況ですよ」
体力や筋力は一朝一夕で出来上がるモノではありませんからねぇ。
「この状況を有効活用した訳ですか」
そう話して何気なく空を見上げると。
「ねぇ!! これは何処に運べばいいの!?」
丁度東の森から大量の木材を運搬している深紅の龍の姿を捉えた。
巨大な翼を左右に一杯に広げ大きな手には丁寧に切り分けられた沢山の木材が握られている。
「お疲れさん!! それは南に運んでくれ!!」
「分かったわ!! よっしゃ!! どんどん運んでジャンジャン直しちゃうわよ!!」
陽気な龍が翼をはためかせると俺達の髪をしわくちゃにしようとして地上に強力な一陣の風が吹き抜けて行った。
「はは、相変わらず元気の塊だな」
空に浮かぶハーピーの男性の指示に従い南の方角に飛んで行った龍の軌跡を見送ると静かに言葉を漏らす。
「彼女の陽気が生徒達の士気を上げる一端を担っていますから。さて!! 西方向のイスハ達の様子を見て来ますね!!」
顔に疲労の色が残る彼女が小さな拳を作ってムンっと己に喝を入れると西方向へと歩み出す。
「お疲れ様です。イスハ達はハーピーの里の子供達とじゃれ合っていますが……。あまり叱らないで下さいね??」
先程駆けて行った子供達の台詞をふと思い出してそう話す。
「――――。その程度にもよりますねぇ。私達は遊びに此処へ参った訳ではありませんので」
お、おぉっ。急に声色が変わってどうしました??
清らかな声色からその辺りのチンピラ程度なら声一つで圧倒出来るドスの利いた声を捉えると若干後ろ足加重になってしまう。
「か、彼女達はまだまだお子ちゃまなので大目に見てあげると幸いで御座います、はい」
「ふふ、ダンさんは優し過ぎます。強くなりたいと願う生徒達の想いを叶えるのが私の役目ですのでぇ……」
イスハ、ミルフレア。可能であれば今直ぐに持ち場へと戻りなさい。
さもなければ鬼指導教官からとんでもねぇ罰が下されちまうぞ……。
「そ、そうですか。では自分は作業に戻りますね!! 余り無理をなさらないで下さい!!」
「私の体調を気遣って頂き有難う御座います。素直に嬉しいですよ?? それでは失礼します」
いつも形の良いお尻をマジマジと見ているから重心がぶれているって判別出来たなんて口が裂けても言えませんっ。
「はぁいっ!!」
ふふっ、去り際の美味しそうなお尻ちゃんも堪能出来ましたし!? 後一息頑張りましょうかね!!
「では……。ダンさんも頑張って下さいねっ!!」
うん?? ダンさんも??
ダンさん『も』 という言葉を耳に捉えると緩んだ気分を一気に引き締めた。
えっ?? 何?? 俺も監視対象って事なのかしら……。
手厳しい指導がこの身に襲い掛かる前に与えられた責務を全うするとしましょうかね。
アイツ等のとばっちりを食らうのは御免だ。
「ううむ……。しっかりと寸法を測っているのに何故この木材は俺の考えた通りの長さにならないのだ。甚だ疑問が残るばかりだっ」
そう考えて双肩から大変強力な圧を滲み出すマリルさんの背を見届けると、相棒の狼狽する声を受けつつ早速修復作業に取り掛かったのであった。
お疲れ様でした。
現在、冷やしうどんを食べながら後半部分の編集作業中ですので次の投稿まで今暫くお待ち下さいませ。




