第二百二十三話 取り敢えずの決着
お疲れ様です。
本日の投稿になります。
人々は勿論の事、この世に生きとし生ける生物全てが心地良い睡眠を興じているであろう超深夜の時間帯になると空を覆い尽くしていた分厚い雲は風に流されて何処かへと流れ行き超眠気眼のお月様が地上で暮らす者共を怪しい光で照らす。
夜虫も鳴く事に疲れて眠りに就く刻。
この時間帯になっても起床している人々の顔色はすこぶる悪く中でも敗戦が決定付けられた戦士達の顔は、それはもう目も当てられない程に落ち込んでいた。
「くっ……」
ある者はまだ己の負けを認められないのか、巨大な白頭鷲の険しい瞳を睨み返し。
「ちっ……」
ある者は己の敗戦を噛み締める様に奥歯をぎゅっと噛み。
「うぅっ……。敵の前で失態を晒したままじゃ故郷に帰れないよぉ……」
またある者は俺達の前で盛大にアレを放出してしまった事を悔いてクリクリとした丸い目から屈辱の雫を垂らしていた。
ハーピーの里からマリルさんの空間転移で運搬した者達と俺達が島で倒した者達が島の中央で一堂に会し、勝利者である俺達の前で静かに座していた。
侵略行為を働いた総勢三十名の大雀蜂ちゃん達を必死になって集めましたけども……。一体これからどうするおつもりなのでしょうかねぇ。
彼女達の前で只々静かに立つハーピーの里の長であるレオーネ様と俺達の隊長格兼指導者であるマリルさんが特に何を言う事も無く、敗北の暗い雰囲気が漂う彼女達へ向かって静かに視線を向けていた。
「よぉ、これからどうなると思う??」
万が一に備えていつでも飛び出せる様に身構えつつ右隣りのフウタに問う。
一応敵達の武装解除はしてあるけどもあの二人に向かって牙を向けようとする可能性も捨てられないのでこうして身構えているのですよっと。
「どうなるかって……。お優しい二人の事だ。どうせ故郷に送り返すんだろうよ」
だよなぁ。俺もその意見に賛成だぜ。
これが大蜥蜴達の国なら牢獄にぶち込まれる事は確実であり、今も大変こわぁぁい目を浮かべて彼女達の一挙手一投足を見逃すまいとしている相棒の生まれ故郷なら確実に首を刎ねられてしまうであろう。
ガーナード率いる部隊はそれだけの横着を働いたのだ。
暴力、略奪行為、そして里の重要人物の誘拐。
傍から見ればこれらの罪の数々に対する罰は重いものであるのが当然なのですけども、人の罪を悔いる清い心を信じている優しい彼女達の事だ。
無罪放免とまではいかないだろうけど一応の釘を差して故郷に帰すのだろうさ。
「まっ、後は流れに任せて見守ろうや」
フウタの左肩を優しくポンと叩いてやる。
「おうよ。はぁぁ――……、ってか。これだけ沢山の女達を前にしても俺様の聖剣が全く反応しやがらねぇって……。一体どんだけ傷付いているんだよ」
彼が双肩をガックシと落として己が下半身へと視線を送る。
その視線を追う様にフウタの下半身に視線を送るが……。
『ぐぅぅ……』
もう一人の彼は風に乗ってふわぁっと届く女の香を感じても全く無反応であり、地面に向かって只々頭を垂れ続けていた。
「ま、まぁまぁ。もう直ぐ朝だし?? そうなれば反応するかもよ??」
東の空へ向かって視線を送るとほんの微かに太陽の光が見え始め、空の黒が薄っすらと白み始めている所であった。
もうこんな時間かよ……。夜通し戦い続け、尚且つ失神した戦士達を運び続けて疲労困憊で御座います。
大人の俺がこれだけの疲労を感じているのだ。まだまだ体が出来ていない連中は猛烈な眠気を感じている事であろう。現に。
「すぅ……」
人の姿のフィロは隣で静かに眠るエルザードの右肩に頭を乗せて眠り。
「う、む……」
「……」
イスハは木の幹に体を預けて休んでいるフォレインの膝に頭を乗せて熟睡し。
「んんっ……」
ミルフレアに至っては鼠の姿のシュレンをしっかりと握ったままフォレインの近くで安眠に興じていた。
と、言いますか。シュレンの奴も眠っていねぇか??
遠目だから分かり辛いけどいつも文句を言っている口が全く動いていないし……。
野郎め、状況を良い事に一人だけ休みやがって。
後でお母さんがしっかりと言い聞かせておかないとね。大人連中は皆疲れているのに頑張って起きていたのに一人だけ眠っちゃあ駄目でしょう?? っと。
さて、どうやってあの鼠を起こしてやろうかと考えていると。
「さて……。そろそろ御話を始めさせて頂きましょうか」
マリルさんが重苦しい声色を放ったのでちょいとだらけ始めた気を一気に引き締めた。
いよいよ大説教会の始まりって訳ね。
里の長の判断とマリルさんの考えをお聞かせ願いましょうかっ。
「今回、貴女達は私の友人であるレオーネさんが治める地に対して侵略行為を行い、里の者達を傷付けるばかりか彼等が心血を注いで作った蜂蜜を略奪。更に里の長でもあるレオーネさんを誘拐した。これらの罪に対する罰はそれ相応のモノであると私は考えています」
それ相応の罰。
その単語を雀蜂一族が聞き取ると数名がヒュっと息を飲み込んだ。
「それはそうですよね?? 平和な時を享受していたのに突如としてそれが崩れたのですから。慣習法で罰するのかそれとも痛みで罰するのか……。それを決めるのは私では無くハーピーの里を治める彼女です」
マリルさんが静かに一歩下がるとそれに代わってレオーネさんが一歩前に踏み出す。
彼女の瞳の色は里の一族を代表に相応しい威厳があり背筋を確と伸ばして立つ姿は正に女王の風格があった。
顔は可愛いのに醸し出す態度は死刑執行官もドン引きする位に恐ろしいですなぁ……。
まぁ、敵を目の前にしてヘコヘコと頭を下げている様では里の長は務まらないか。
「貴女達が私の里を襲った理由は、貴女達の生まれ故郷であるバーズド島の女王の体に相応しい食材を探す為だと御伺いしました。この大陸には物々交換や金品での交換という経済が発達していますが、そちらの故郷ではこれらの行為は行われていないとも御伺いしました。今回の事件の発端は経済文化の相違が招いたものだと思われますが……。それは全く着目点が違います」
レオーネさんが覇気のある声で雀蜂一族に対して説く。
その声色は腹の奥にズンっと響く重いものであり流石は一族を一手に纏める者であると認めざるを得なかった。
「言葉という意思伝達能力があるのにも関わらず貴女達は里の者達を傷付けそればかりかルミナの街に住む住民達も傷付けてしまった。物資を必要としているのなら言葉でそれを伝えて交渉するべきなのに……」
彼女がそう話すと傷付いて行く民を思い出したのか、己が胸に右手を添える。
「我々に時を遡る手立てが無い以上、一度起こってしまった事象は変える事が出来ません。里に対する暴力行為は我々の歴史に確実に刻まれてしまいました。女王である私はこの不義に対する罰を与えなければならないのです」
さぁ、いよいよ雀蜂一族に対する罰が発表されるのか……。どんな罰になる事やら。
俺と同じ思いを抱いているのだろう。
「「「……」」」
静かに座す雀蜂一族の数名が辛そうな表情を浮かべると双肩を落として項垂れてしまった。
「私とマリルさん、そして私を支えてくれているランドルトと相談した結果。貴女達に対する罰は……。我々の地に足を踏み入れる事を一切禁じます」
「えっ?? たったそ、それだけ??」
首を刎ねられる、惨い痛みを受ける等々。酷い重罪を想像していたのだろう。
雀蜂一族の一人の女性が呆気にとられたまま口を開いた。
「此方の大陸と貴女達の大陸との間に存在する文化の相違。死者が一人も出ていない事。そして貴女達の目的。それら全てを加味した結果です」
「そ、そうですか。それなら……」
「ですが、今一度この様な侵略行為を働いたのなら此方の大陸に存在する魔物達に我々は協力を要請します。貴女達は知らないと思いますがこの大陸には九祖と呼ばれるこの星の生命を生み出した末裔が暮らしているのです。神に等しき力を持つ魔物の末裔達が静かに暮らす大陸に侵略行為をしたのなら……、一体どうなると思いますか??」
レオーネさんがかなりドスの利いた声で問うと彼女達は皆一様に重い唾をゴックンと飲み込んだ。
「今回の被害は我々の里で留まりましたが彼等の済む場所まで侵略行為が及んでいたら結果はまた違ったでしょうね。見知らぬ地での無知は死に繋がるのです。それを努々忘れぬ様に」
「「は、はひ……」」
ハハ、泣きっ面を浮かべてら。
「今回の件はこれにて終了です。もう貴女達の顔は見たくないので早く生まれ故郷であるバーズド島に帰りなさい」
レオーネさんが大変怖い顔を浮かべながら冷たい声色でそう話すとマリルさんの後ろに下がって行った。
「情けは無用だと考えていたが随分と軽い罰であったな」
彼女達の総隊長であるガーナードが静かに立ち上がるとマリルさんとレオーネさんに冷たい視線を向ける。
体は傷だらけだがマリルさんの懸命な処置もあってか日常行動に支障は無さそうだ。
「私は重罪を求めましたよ?? しかし、最終判断に至ったのはレオーネさんです。彼女の器と心の大きさに感謝する事ですね」
「ふんっ……。お前達!! 準備はいいか!?」
「「「「はいっ!!!!」」」」
ガーナードが覇気ある声で号令すると雀蜂一族全員が魔物の姿に変わり暁の空へと昇って行く。
巨大な虎色の胴体の背に生える四枚の羽が奏でる音は俺達の鼓膜を大いに刺激し、耳障りな音を奏でる羽が巨大な風を生み出した。
「もう悪い事はしちゃいけませんからねぇ――!!!!」
続々と東の空へと向かって行く雀蜂の群れに釘を差すじゃあないけども、忠告の意味を含めた別れの言葉を掛けてあげた。
「それはどうだろうな。我々はあくまでも女王に仕える身。女王の命に従うのが責務だ」
「その彼女が再び侵略の命令を下したら…………。って訳かい??」
俺の言葉に反応して宙に留まり続けているガーナードへそう話す。
「貴様等の邪魔の所為で我々に与えられた使命は半分も達成出来なかった。故郷に帰ればそれ相応の罰が待っているだろう。しかし……、命までは取られまい。この敗走を糧に我々は一つ強くなる。それを忘れぬ事だな」
俺の問いに肯定も否定もしなかった彼女が捨て台詞に近い言葉を吐くと雀蜂の大群の先頭へ向かって飛翔して行った。
まっ、これで取り敢えずの決着って事で。
アイツ等が強くなって帰って来てもそして更なる大軍を引き連れて帰って来てもその時は相棒達と手を取り合い撃退してやろう。
お前さん達が強くなるのなら俺達もまた強くなっているのだから。
大群の最後方の雀蜂の姿が見えなくなり太陽の光が地平線の彼方から頭を覗かせると今日の一日の始まりの光が森の木々の合間を縫って俺の頬を照らす。
その光を捉えると安堵の息を長々と漏らした。
「ふぅぅ――……。何んとかなったか」
「だなぁ。それよりもめっちゃくちゃ眠いからさっさと帰ろうぜ!!」
俺の言葉を拾ったフウタが景気付けの様に一つ柏手を打つ。
「了解。相棒!! 疲れている所わりぃけど俺達を乗せてぇ……」
鋭い瞳で雀蜂が残して行った軌跡を捉え続けている白頭鷲ちゃんに声を掛けた刹那。
「ラ、ランドルト!?」
レオーネさんの悲壮な悲鳴が島の中央で響いた。
彼女の声につられて視線を動かすとそこには地面の上で力無く俯せの状態で横たわる黒翼の戦士の姿があった。
「ど、どうしたのですか!? な、何故急に倒れたの!?」
あ――、多分気が抜けて疲れと痛みが一気に噴き出して眠っちゃったんでしょうね。
ほら、よぉぉく見れば微かに胸と背が上下していますし。
疲れ過ぎてぶっ倒れた事が何度もある俺には彼の心地良い眠りが痛い程理解出来ますよっと。
「安心して下さい。彼は物凄く疲れていて限界が来たのですよ」
マリルさんが大事に彼の体を抱き抱えたレオーネさんにそう話す。
「ほ、本当ですね。弱々しいですがちゃんと呼吸も脈もありますし……」
安堵の息を漏らして彼の傷だらけの頬にそっと手を添えた。
何だろう、このモヤモヤした気持ちは。これを強いて言い表すのなら……。
悪い俺は必死に頑張ったのにヨシヨシの一つも無いなんてちょっと酷く無い?? と叫び。
善い俺は彼と彼女の親しい間を邪魔するなと忠告しているって感じですかね。
善と悪の狭間に置かれ両腕を双方向に引っ張られ続けていると頭の中に次に出すべき言葉が浮かんだ。
「んふっ。レオーネさ――まっ。どうしてランドルトさんの体をそんなに大切に扱うんですかぁ??」
腕の綱引きの結果……。
結局、悪い自分が勝ってしまったので彼の言葉を代弁して揶揄ってあげた。
「こ、これはですね!! 里の者である彼の身を案じるのが私の使命であり女王の責務を確実に遂行したまでなんですよ!!」
んぅっ、つまらない返答だなぁ。も――少し捻ってくれた方が面白いのに。
顔を真っ赤にしながら弁明している彼女に対して次なる言葉を用意した刹那。
「ふぅむ……。その割には距離感が近過ぎませんかね??」
な、何んと!! 四角四面のマリルさんが援護攻撃をしてくれるではありませんか!!!!
「マ、マリルさん!! 止めて下さいっ!!」
「いいじゃないですか。心を寄せる人の体を介抱したいという気持ちは大切なんですよ??」
「そ、そういう事じゃなくて!! 私は女王としての責務をですねぇ!!」
「あはは!! だったらそこまで顔を真っ赤に染める必要はありませんよね!?」
腹を抑えてケラケラと笑いながら今も安心しきった顔で眠り続けているランドルトさんの顔に指を差したその時。
「も、もぅ!! これ以上、女王である私を揶揄うのは許しませんッ!!」
「どわぁぁああっ!?!?」
レオーネさんが俺に向かって手を翳すと真夏の嵐なんてメじゃない暴風が体を直撃。
「うげぶっ!?!?」
元気過ぎる餓鬼が道端の石を蹴り上げた様に、俺の体は面白い角度で宙に浮かびつつ後方へと押し飛ばされてしまい頑丈な木の幹に直撃してしまいましたとさ。
「ちょ、ちょっと!! レオーネさん!! ダンさんは酷い傷を負っているんですよ!?」
「そ、そうでしたね…………。はっ!! そう言えばマリルさんも彼の事をやたらと心配していますよねぇ?? ほらっどうですか?? 彼の体を治療しに向かわれたら」
「か、彼の体は馬鹿みたいに頑丈ですから放置していても構いません」
「へぇ――。でしたらぁ、どうして私に強く言ったんですかっ」
「知りません。さ、ハンナさんフウタさん?? 眠りこけている生徒達を起こして一旦ハーピーの里に帰りますよっ」
「敵前逃亡ですか!? それならこっちも容赦しませんっ!! ダンさんに向ける瞳が他の人よりも優しいのは……」
「聞こえませんよ――」
「聞きなさい!!!!」
あ、あの――……。女性同士の会話に華を咲かせるのは一向に構いませんけど早く治療を開始してくれませんかね??
今の衝撃で折角塞がった傷口がまた開いてしまってとんでもねぇ出血量が確認出来ますので……。
地面の上で横たわったままうら若き女性達の軽い口撃の応酬を眺めつつ治療の手を願うが。
「おい、そこの馬鹿者。いつまでそこで横になっている。早く出発の準備をしろ」
「ハンナぁ――。動くの面倒だから俺様を運んでくれ――」
「むっ、ミルフレア。いつまで某の体を掴んでいるのだ。いい加減に離せ」
「眠たいからやっ」
俺の切なる願いが叶ったのは太陽が元気を見せ始めて彼女の生徒達が全員起床し、更に更に相棒達がのんびりと出発の準備を完全完璧に整え終えた後であった。
お疲れ様でした。
これにて一応、雀蜂強襲編の大部分が終了しました。この長編は第二部でも繋がりがある御話なので少々長めになってしまいました。
後数話投稿した後に新しい御話が始まりますので引き続きお楽しみ頂ければ幸いです。
いいねを、沢山の応援を。そしてブックマークをして頂き有難う御座います!!
週末の深夜に嬉しい知らせとなり執筆活動の嬉しい励みとなりましたよ!!
それでは皆様、引き続き良い週末をお過ごし下さいませ。




