第二百二十二話 不義を断つ忠義の剣 その一
お疲れ様です。
本日の前半部分の投稿になります。
漆黒の闇が蔓延る森の中を前に向かって確実に一歩一歩進んで行くと己の心の中に灯る闘志の炎が高まる。
湿度を含んだ柔らかい土の上に存在する落ち葉を踏むと天然自然の静寂の中に微かな異音が響き、何処かの木の枝で翼を休ませていた鳥達がこの音を聞き取ると私達から離れて行く。
鳥達は普段鳴り得ない音を聞き取った為に羽ばたいたのだろうか?? それとも私の闘志の熱量に気付いて羽ばたいて行ったのだろうか??
自然界では矮小な違和感を捉えぬ限り残酷な死が襲い掛かって来る。
恐らく鳥達は私の放つ闘志に違和感を覚えた為、天然自然の法則に従い脅威から逃れる様に羽ばたいたのだろう。
今回の作戦の主目標はレオーネ様の救出。
憎き雀蜂一族との軋轢を残さぬ様に不殺を心掛けなければならないが、もしも目の前に敵が現れたのなら躊躇なく切りつけてしまうであろう。
自然界の生物が恐れをなして逃げ遂せる程に私の心の闘志は燃え盛っていた。
「ランドルト殿。そう逸るな」
私の直ぐ後ろから一切の足音を立てずに移動しているシュレンさんから小さなお叱りの声を受ける。
流石ですな。私の歩き方を見て心の空模様を看破した様ですね。
「申し訳ありません。何分、急いでいたので」
バツが悪そうに歩む速度を落とし、心の中の闘志……。いいや。憎悪の熱量を極力表に出さぬ様に努めた。
「里の最重要人物が囚われて急ぐのは致し方あるまい。しかし、戦いの前に復讐の炎を抑えるべきだ。その炎は戦いに有利に働くが雀蜂一族との間に火種を残す結果になるやも知れぬからな」
私よりもお若いのに随分と達観した性格と話し方に思わず舌を巻いてしまう。
「仰る通りです。未熟な私の実力の所為で今回の事件は起こってしまいました。もしもあの時、里に襲来した者達を全員倒せる実力があれば……」
思い返すだけでも腸が煮えくり返る。
瞳を閉じれば里の友人が傷付いて行く様やレオーネ様の悲痛な叫びが今にも聞こえてきそうだ。
「あれだけの数は単騎ではどうにも出来まい。某でも不可能だ」
「勿論分かっています。しかし、それでも悔いるべきなのですよ」
あの時、彼女を守れる力があれば。あの時、奴等を倒せる勇気があれば……。
過ぎてしまった時間を戻す事は決して出来ない。
私は悔いの無い決断と結果を齎す為にこれまで厳しい修練を己に課して来たというのにこの様だ。
だが、時の神は粋な事をしてくれた。
「シュレン先生。もうちょっとゆっくりあるいて」
「むぅ……。これでも遅いのだがな」
そう、私にもう一度勇気ある決断と戦う機会を与えて下さったのだから。
レオーネ様、必ずやお救い致しますのでそれまでどうか持ちこたえて下さい。
シュレンさんの黒装束を背後から小さな手で引っ張る幼子の姿とそれを受けて狼狽えている彼の姿が心の中の復讐の炎の熱量を下げてくれる。
冷静さを取り戻させてくれた彼等に心の中で礼を述べると改めて正面を見据えた。
「――――。むっ」
シュレンさんの黒装束の頭巾から覗く瞳が一際厳しくなると歩みを止める。
それは恐らくこの先に一つの大きな力を捉えたからであろう。
「気付きましたか??」
蚊の羽音にも劣る声量で彼に問う。
「あぁ、まだ遠いがこのまま進めば会敵するであろう」
「どうします?? 二手に分かれて行動するか、それともこのまま進むのか……」
「某達の存在は既に知られている。戦力を割くのは賢明だとは思えぬ」
私もそう思いますよ。只でさえ寡兵なのにそれを分断するのは得策ではありませんからね。
「奇襲は無意味ですか。それなら正々堂々、此方の存在を奴等に知らしめつつ進みましょう」
「承知」
暗闇蔓延る森の奥に感じる巨大な力の塊に向かって一歩、また一歩と進んで行くと体の正面から目に見えぬ風が吹き抜けて行く。
風の中に紛れ込んでいたのは雀蜂一族を一手に纏める隊長格が放つ殺気や闘気だ。
それ以上進めば命は無いぞ、貴様の武等私が粉砕してくれる、死にたく無ければ踵を返せ。
常識が蔓延る自然界を超越した場所にある武の世界から放たれた圧に気圧されそうになるが右手を痛い程強く握り締め、私は敢えて敵に此方の存在を知らしめる様に強き足取りへと変化させて移動を続けた。
そして森の中に吹き荒ぶ武の風を受け続けながら進んでいると正面に開けた場所が見えて来た。
厚い雲の隙間から地上に降り注ぐ月光を受けて光る森の中は幻想的に映るが、そんな事はどうでもよくなる事実が私の目に飛び込んで来た。
「……」
開けた場所の中央には雀蜂一族が持ち運んだのだろうか?? 大小様々な物資が乱雑に置かれておりその脇には私が敬愛して止まない人物が地面の上に座り縄で四肢を拘束されていた。
「レ、レオーネ様ッ!!!!」
潜伏している敵の存在に気を張らなければいけないのだが、彼女の痛々しい姿を捉えるなり森の中から開けた場所へと飛び出してしまう。
「え……。ランドルト……??」
私の声を受けた彼女が項垂れていた頭を上げて此方を見つめる。
温かな春を予感させる薄い桜色の髪は疲労によって若干蓬髪気味に乱れ、美を司る神も嫉妬する美しき瞳は絶望や憂い等の負の感情に占拠されている。
しかし、私の姿を捉えると瞳の中の黒き光は消失し代わりに白き光へと変換された。
よ、良かった。色濃い疲れは見えますが命に支障はない様だ。
「御安心下さいませ!! 今直ぐ助けます!!」
真の忠を尽くす主の下へと勢い良く駆け寄り四肢を縛っている縄を素早く解いた。
「どうして貴方が此処に?? それに島の方々で感じた強き魔力の鼓動は……」
「説明は後でします!! 今は貴女の御身を……」
数日間の拘束によって疲労しているが特筆すべき外傷が無い事に安堵した刹那。
「そこまでだ」
濃い闇が蔓延る森の中から一人の女戦士が現れた。
身の丈は世間一般の女性よりも頭一つ高く琥珀色の髪を短く纏めており体に積載している筋肉量は雀蜂の女戦士達とは一線を画す。
鋭い瞳から放たれる殺気は武人を慄かせる程の威力を備えており、体全体に纏う武の圧は他を凌駕。
奴と対峙するだけでも体全身から冷たい汗が出る程だ。
右手に持つ白銀の槍の穂先は刹那に現れた月光を反射して怪しい光を放つ。
接近戦に重きを置き強き者との戦いを何よりも楽しみとする戦闘に特化した敵が現れると私の心の中に渦巻く憎悪の炎が苛烈に温度を上昇した。
「島の各地で暴れ回っている不届き者を殺しに向かおうとしたのだが、此方に向かって来る殺意を捉えた戻って来た。そうしたらどうだ?? 主君を守れなかった敗残兵が顔を出すでは無いか」
「ガーナード……。貴様ぁぁああああ!!!! 我が主に働いた無礼の数々!! 決して許さんぞ!!!!」
「息込みは良し。しかし、それだけでは私に勝てぬ。先の戦いでそれを証明したであろう??」
「今は状況が違う!! 貴様を必ずや倒し、里の平穏を取り戻す!!!!」
喉が張り裂ける程の声量で己の決意を叫んで剣を抜き、レオーネ様を背に置くとガーナードの背後から二体の敵が現れた。
「ガーナード様。我々も助太刀しますか??」
「不要だ。お前達はあそこの男の相手をしろ」
「「はっ!!」」
どうする?? シュレンさんと協力して先に二体を倒してそれから総隊長を討つか……。
だが、奴はその状況を指を咥えて眺めて居る訳ではあるまい。
「……っ」
三名の敵に素早く視線を移していると。
「ランドルト殿。某があの二体を無力化する。お主は主君に仇なす敵を討て」
シュレンさんが本当に嬉しい言葉を私の背に掛けてくれた。
「有難う御座います。シュレンさんの心意気、決して無駄にはしません!! 風よ!! 想いのままに吹き荒れろ!!!!」
背に生える黒翼に暴風を纏い忠義の剣を中段に構えた。
前回は守るべき戦いであったが今回は全くの別物だ。
そう……。敵を討つという単純明快な戦いなのだから!!!!
我が刃よ!! 主君に牙を向ける黒き獣を討て!!!!
「行くぞ!! ハァァアアアアアアッ!!!!」
強力な風を纏い音よりも速くガーナードの懐に踏み込み、決して負けないという強力な思いの丈を籠めた剣を振り翳した。
「ほぅ!! 前回よりも速さと技のキレが増しているではないか!!!!」
白銀の柄で我が刃を受け止めると眩い火花が飛び散り互いの顔を刹那に照らす。
「当り前だ!! 今宵の刃には修羅が宿っているのだから!!!!」
「それならば此方もその心意気に応えなければならないな!!」
ガーナードが石突きで私の剣を押し返して距離を取ると丹田に力を籠めて魔力を高めて行く。
「すぅぅ……。行くぞ、迸れ我が槍よ。死裂風!!!!」
そして彼女が天に住まう戦神に槍を掲げると真夏の嵐よりも酷い風が戦場に吹き荒び始めた。
これまで見て来た敵が放つソレよりも強力な風圧に私の心の中の闘志が揺らぎ始めるが……。
その程度の風では私の闘志の炎は絶やせぬぞ!!!!
「ハァァアア!! 風よ!! 刃に宿れ!! 嵐剣!!!!」
奴の付与魔法に対抗すべく此方も体全体に纏っていた風を剣芯に宿した。
「貴様の風と私のが風。どちらが上か雌雄決する時が来た。さぁ饗宴の始まりだ!!!!」
ガーナードが脅威的と捉えられる暴風を身に纏って私の間合いに踏み込むと下段から穂先を鋭く切り上げて来る。
その速度と来たら……。これまで見て来た攻撃が児戯と思える程に強烈だ。
「くっ!!」
顎から頭蓋に掛けて切り裂こうとしていた穂先を剣で往なし体全体に襲い来る風の刃は風で防ぐものの、奴は私の行動を見透かしていたらしい。
「及第点以下の行動だぞ!!」
「ぐぅっ!?」
勢い良く振り上げた槍の勢いを生かし、白銀の槍全体を更に半回転させて石突きの部分で私の腹部に直撃させたのだから。
「こ、この程度の攻撃で私が参ると思うてか!!」
刹那に揺らいだ態勢を直して槍を中段に構えているガーナードの頭蓋に照準を絞った。
この手に握る剣で必ずや勝利を掴んで見せる!! それが私に課せられた使命なのだ!!!!
「二陣剣穿ッ!!!!」
「クハハ!! 遅いぞ!!」
敵を討ち滅ぼす金剛の剣を上段から鋭く振り下ろすと奴は私の剣を体捌きだけで回避。
奴の勝利の影が色濃く漂う私の顔面を穿とうとして右手に掴む槍に力を籠めた。
私の剣を此処で終わりだと思うなよ!?
今宵の剣は一味違う事を見せつけてやる!!!!
「セァァアアアアッ!!!!」
両足全体の筋力で自重を支えて更に大地を踏み台にして体を勢い良く起こし、上半身に広がる筋力の一つ一つに指令を送って剣の柄を反転させると下段から上段へ勢い良く切り上げてやった。
私の想いを乗せた剣は空気を切り裂き思い描いた通りの軌道を描いてくれた。
「何ぃっ!? ぐぁっ!?!?」
切っ先に微かに残る肉の感触が微かな勝利の予感を漂わせるが……。貴様はその程度の実力では無かろう。
「上段から下段へ。一切の繋ぎ目の見えない二連撃か」
右胸から微かに染み出す己の血を左手で掬うと私の剣技の賞賛にも己の失態にも捉えられる声色を放った。
「主に仕えるこの剣は全てを断つ。今なら見逃してやる。故郷に帰るが良い」
両足で確と大地を捉えつつガーナードの負傷箇所へ向かって切っ先を向けてやる。
「このままおめおめと帰ったのなら同郷の者に笑われてしまうだろうさ。貴重な労働力と資源をみすみす見逃す程私は愚かでは無いよ」
我々の輝かしい命を労働力と蔑み、魂を籠めて作った蜜を資源と抜かす貴様の腐った性根を此処で叩き直してやる!!
私の愛する地は誰にも渡しはしない!!!!
「戯言を!! 貴様の目論見はこの剣で断つ!!!!」
「グッ!!!!」
心に湧く闘志の炎に駆られる様、愚直に奴の間合いに踏み込むと風を纏った剣技を槍にそしてガーナードの体に叩き込んでやる。
「セアァアアアアア!!!!」
槍の柄で剣を受け止めた硬化質な音が闘志の炎の熱量を上げ。
「くぅっ!!!!
ガーナードの口から放たれる苦悶の声が剣技の精度を高めて行く。
このまま……。押し通るぞ!!!!
「貰ったぁぁああああ!!!!」
下段から振り上げた剣が槍を跳ね上げ、奴の胴体に巨大な隙の匂いが漂い始めたその刹那を狙い済まして暴力的に、しかし正確な中段突きを放った。
狙い通りの動きを見せてくれる剣の切っ先が奴の衣服に届いた瞬間。
「調子に……。乗るなぁぁああああ――――ッ!!!!」
「うぉっ!?」
ガーナードの瞳が深紅に染まると彼女の体から常軌を逸した魔力の圧が放たれ、その余波を受け止めた体が後方へと弾かれてしまった。
古代種の力を解放しただけで人体を吹き飛ばすのか……。何んと言う魔力の高さよ。
しかし、戦いは魔力の強弱で決まるのではなく己の魂の炎の強さで決するのだ!!
「クゥゥ……」
「ふ、ふぅ……」
恐れるな、恐れをなしたら死ぬぞ。
体全体から冷たい汗が滲み出るも刻一刻と高まり続けて行く敵の姿を注意深く捉え続けていると私の丹田を握りつぶしてしまう様な魔力の鼓動が迸った。
「硬土纏装!!!!」
「ッ!?」
「まさか貴様相手にこの技を使用するとは思わなかったぞ」
たかが魔力を高めて新たなる付与魔法で身体能力を向上させただけであろう!!
「その程度の圧で私が臆すると思うてか!!」
体中にしがみ付く恐れを蹴り捨てて勇気を手に籠めてガーナードの間合いに踏み込み、隙だらけの胴体に切っ先を鋭く突き立ててやった。
鉄が肉を食む勝利の感触を右手に掴むと思いきや……。
「なっ!?!?」
右手に感じたのは鉄よりも更に硬度の高い物質を叩いた感触であった。
何だ!? 何故私の剣がそこで止まるのだ!?
「この技はな?? 我々雀蜂一族が最も苦手とする土の属性を極めた者だけが会得出来る付与魔法だ。血の滲む様な修練の果てに得る物は……。そう、勝利の二文字よ!!!!」
「ウッ!?」
ガーナードの左拳が腹部に直撃すると気の遠くなる痛みが生じ、視界が激しく明滅。
「我が槍、全てを穿つモノなり。疾旋羅!!!!」
奴は私の大きな隙を見逃す筈も無く、必勝を籠めた槍技を私の体に向かって解き放った。
風を切る甲高い音、武人が放つ強烈な殺気を目で捉えると私の体が強力な警告音を奏でる。
そう、この技を真面に受け止めれば死は免れないと。
せ、せめて直撃だけは!!
剣を両手で掴み強力な防御態勢を取るが、どうやら私の防御力よりも奴の攻撃力の方が上回っている様だ。
「ウァァアアアアアア――――ッ!?!?」
槍の刺突技を真面に受け止めた私の体はまるで強風によって流される紙屑の様にその場から勢い良く後方へと吹き飛ばされてしまった。
「か、カハッ!!!!」
森の幹に背を穿たれ飛翔の勢いが止むとその場に力無く倒れ込んでしまう。
な、な、何んと言う一撃だ……。たった一発の直撃を受けただけで闘志の炎が消えかけてしまったぞ……。
このまま意識を失えばもう痛い思いをしなくて良い。これ以上戦えば死は免れないぞ。
頭の中に過って行く甘い言葉に耳を傾けようとするが。
「ランドルト!!!!」
「ッ!!」
我が主の悲壮な声が頭の中の甘い声を遮断。
「う、ウォォオオオオオオ――――ッ!!!!」
消えかけた闘志の炎を再燃させて大地に両足を突き立ててやった。
「はぁっ……。はぁぁっ……」
立つという普遍的な行為がこうも辛いものだとはよもや思いもしなかったぞ……。
一瞬でも気を抜けば意識が途切れてしまいそうだ。
「ほぅ!! 我が槍を真面に受けても立ち上がるというのか!!」
「あ、当たり前だ。ゴフッ!! ぜぇっ……。ぜぇっ……。私は例え意識が絶えたとしても、命が消えたとしても!! 魂がこの世にある限り!!!! 主の敵を討つのだ!!!!」
今にも消えかけてしまいそうになる意識を必死に現実世界に繋ぎ止めて戦場に戻ると魂の雄叫びを放ち、己を奮い立たせてやった。
お疲れ様でした。
二話分の投稿となります。現在、後半部分の執筆編集作業中ですので次の投稿まで今暫くお待ち下さいませ。




