第二百二十一話 指導者足る立ち位置 その一
お疲れ様です。
本日の前半部分の投稿になります。
戦場に渦巻く魔力の鼓動や咽返る様な濃い殺気、そして戦士達の雄叫びが俺の闘志を高め続けてくれる。
胸に宿る闘志の炎は開戦時よりも熱量を高め今は戦いを生業とする者共が手を付けられ無いと諦める程の轟炎と化していた。
この常軌を逸した熱量に駆られたまま剣を振ればどうなるか??
それは考えるまでも無い。
タガが外れた戦闘狂の様に敵を両断して肉の切断部分から吹き出す血の雨を浴び続け、死屍累々の中で薄ら笑いを浮かべる事だろう。
だが、俺は地に堕ちた屑でも己の楽しみの為だけに殺す快楽殺人者でも無いのだ。
「ふぅっ……」
戦闘狂と化す一歩手前で踏み留まると無力化した敵の前で一つ大きな息を付いた。
「う゛ぅ……」
俺に襲い掛かって来た三名の内、一体は腹を抑えながら砂浜の上で悶絶し。
「……」
もう一体は静かに瞳を閉じて意識を失い。
「あ、はぁっ……。美男子にヤられるのなら本望ねぇ……」
最後の一体は訳の分からない言葉を囁きつつ眠りに就いた。
これで三体撃破、か。
北側の砂浜に待機していた敵達は中々の実力者達であったが俺の本気を引き出すまでには至らなかった。
残りはフウタが相手にする二体とフィロが対峙する二体、更にフォレインが単独で相手にしている一体のみ。
此方側に形勢が傾いている事に安堵の息を漏らすものの刹那にそれを戒めて再び強烈な緊張感を身に纏った。
北側の戦場は俺達だけで制圧出来そうだが他の場所はどうだろうか??
マリル殿とシュレン達が向かった東西は心配要らぬが問題は俺をこの危険が渦巻く冒険に連れ出した大馬鹿者が担当している南側だな。
あの阿保が連れているのはまだまだ未熟な実力のイスハであり、二人共非詠唱型で更に近接戦闘からしか活路を見出せない不器用な二人。
情報通りでは二体の敵が南側に居る筈なのだが、所在不明の二名の幹部の存在が気掛かりだ。
俺達の戦いが各地での戦闘の狼煙となったのは確実であり、恐らくもう既に各地で戦闘が行われているであろう。
フウタにこの場を任せて南側に向かうか?? それともこの場を制圧した勢いで中央に向かうか……。
二者択一の選択肢に迷いつつ頭の悪い鼠に視線を送った。
「ヒィアアアア!?!? ちょ、ちょっとぉ!! そこにだけは入って来ないでぇぇええ!!」
「んひょぉう!! 姉ちゃん結構イイ物持ってんじゃねぇか!!」
「くっ!! ひ、卑怯だぞ!! 服の中から出て来い!!!!」
「はぁ――……。結局は作戦通りにこの場を制圧して中央に向かうべきだな」
駄目だ。アイツにこの場は絶対に任せられぬ。
フウタに指示役を任せたらそれを良い事に無力化した女戦士達に卑猥な限りを尽くす事であろう。
各地に散らばった仲間を信じる事も作戦成功の鍵の一つ。
それに奴は俺と出会ってから桁違いの力を身に着けたのだから偶には信じてやってもいいだろう。
「クソがぁぁああ!! さっきから私の周りをブンブンブンブン飛び回りやがって!! 攻撃が当たらないからじっとしていなさいよね!!!!」
「馬鹿か!! 敵を前にして棒立ちする奴が何処にいる!!」
「あぁうざったい!! そこの頭残念な龍!! 離れ過ぎだ!! もっとこっちに来なさいよね!!」
エルザードの援護によって善戦しているフィロの存在も気掛かりであり、フォレインの存在も……。
「これで幕引きです!!!!」
ほぅ……。単騎で敵を制圧したか。
「ふむ、良い攻撃だ」
一対一で敵と対峙していたフォレインの後ろ姿を捉えると素直な感嘆の息が漏れて来る。
彼女があの一体を足止めしていた事で俺達は目の前の敵に集中する事が出来た。
撃破したのはたった一体だが数字以上の戦果を齎したフォレインの背を見届けると右手に持つ剣の柄を強烈に握り締め、大馬鹿者に向かって力の限りに叫んでやった。
「馬鹿者!!!! もっと真面目にやれ!!!!」
「んぉ!! ハンナの所はもう終わったのか??」
女戦士の背から鼠の小さな頭が出て来る。
「そ、そこかぁ!!」
「うひょう!! 残念でしたぁ!! またまた潜らせて頂きますねぇ!!!!」
「やぁぁああああ!! 出て行ってぇぇええ!!」
鼠の頭を掴もうとする敵の手を逃れた鼠は再び彼女の服の中に潜り込み戦いを良い事に好き勝手を始めてしまった。
あの馬鹿め!! その下らない時間の所為で救出作戦が失敗に終わったらどうするのだ!!
遊びと戦いを履き違えている大馬鹿者を成敗する為、向こうの戦場に向かって一歩踏み出した刹那……。
「「……ッ」」
南側の森の中に異様な気配を捉えてしまった。
何だ?? この不気味な感覚は……。
例えるのなら、夜道の暗がりの中に映る不穏な人影の様な気配が漂い始め心に言い表しようの無い違和感が広がって行く。
「……」
「は、はれ?? も、もうお終い??」
俺と同じ違和感を掴み取ったフウタが服の中で動きを止めて静かに様子を窺い続ける。
馬鹿な事をしていてもこの感覚を捉えるのは見事だと言いたいがさっさと服の中から出て来い。この気配は少し不味いぞ。
一体何処だ、何処に居る……。
緊張感が一気に膨れ上がり限界値に達したその時。
「ッ!!」
「ハンナァァアアアア!!!!」
分かっている!!!!
女戦士の服の中からフウタが叫ぶよりも速く戦場に現れた不穏な正体へと向かって突貫を開始した。
「――――。クフフ。はい、お終いっ」
この距離……。間に合うか!?
「第七の刃!! 雷轟疾風閃!!!!」
フォレインに向かって放たれた狂気の刃を断つべく己の剣に闘気を籠め、両足の筋力が捻じ切れても構わない勢いで直進を開始。
新手の敵と俺がほぼ同時にフォレインの下に到着すると、敵の手から放たれた本当に細い剣の中腹辺りを叩き折る為に雷撃を解き放ってやった。
「ちっ」
「ッ!?」
剣を引いた!? この短い時間で俺の剣技を躱すというのか。
「ケホっ……。い、一体何が……」
「フォレイン、大丈夫か」
彼女の前に立ち塞がり砂煙を吸って咽ている彼女へと向かって問う。
「っ!!」
ヒュっと細かく空気を吸ったという事はそれだけ驚いたのだろう。
無理も無い、俺の剣が後少しでも届くのが遅ければその命は無かったのだから。
「ハンナ様……」
背後から少しだけ艶のある声色が届く。
「む?? ハンナ様??」
聞き間違いか??
「い、いえ!! ハンナ先生!! 救って頂き有難う御座います」
「姑息に蠢き続けていた敵の存在を察知したのは俺とフウタ、そしてフォレインお前だけだ。良く敵の存在に気付いたな」
フィロ達の中で彼女が一番気配察知能力に長けているかも知れん。それと戦場を俯瞰して見られる状況判断。
隊に不可欠な存在になりつつある彼女の将来が楽しみだ。
「気付いていたとしても対処出来なければ意味があ、ありませんわ」
「ふっ、そう謙遜するな。誇れ」
「は、は、はいっ。有難う御座いました」
さてと、指導者の顔は此処までだな。此処からは一人の修羅として貴様と対峙しよう。
「あはは、貴方。滅茶苦茶速いですよねぇ」
ほぼ黒色に近い虎色の髪の女性が目元を線状に曲げ、憎たらしい口元の角度でそう話す。
背にはこれまで対峙した敵と同じ様に四枚の羽が生えており今も空気を捉えようとして細かく振動している。
体躯自体は他の女戦士と変わらぬが纏う空気は別物だ。
視認出来てしまいそうな殺気を纏って他者を圧倒し、魔力の源から流れ出る魔力の圧は何もせずその場に立っているだけで空気を揺らす。
特筆すべき外観の中で最も注視しなければならないのが……。女が右手に持つ異常に細い剣だな。
筆とほぼ同じ直径の剣芯の先は鋭く尖り、相手の攻撃を一度でも受け止めたら恐らく剣自体が破壊されてしまうであろう。
敵を切り裂き肉を断つという機能は皆無であり、その代わり相手を突き殺す為だけに特化した剣。
相手の攻撃を回避する事だけに専念して向かい来る攻撃の隙を穿つ。
刺突のみに特化した剣と回避に特化した攻撃型を持つ敵か。
初めて相対する敵だけに高揚する一方で今現在俺の置かれている状況が若干の足枷となる。
俺がもしも倒れてしまったら隊の士気が下がり総崩れとなってしまうだろう。
誰かの指南となり手本となる役割は全く以て苦手だ。しかし、誰かを守る為の剣は強力無比であるのもまた事実。
この相対する事象に苛まれていると敵の幹部であろう女が徐に口を開いた。
「折角、労せず殺そうとしたのに。どうして邪魔をするんですかぁ??」
「あそこで馬鹿騒ぎをしている男を除き、俺はこの場に居る者共を預かっている。貴様が手を出すのなら容赦はせんぞ」
「ふぅん、貴方は指導者って訳ですか。こっちの戦力も残り僅かですし、さっさと片付けちゃいましょうかね」
新手の敵が微かに腰を落として構えると体に纏う漆黒の殺気が更に膨れ上がり戦場に冷たい一陣の風が吹いて行った。
ほぅ……、空気が変わったな。
此処から先は命のやり取りを行うという相手の明確な殺意を受け取ると背後のフォレインの気の乱れを掴み取った。
「フォレイン」
「は、はい」
「これから始まる戦いをよく見ておけ。必ずやお前の今後の糧となるだろう」
「分かりました。ハンナ先生の戦い、この目に確と焼き付けますわ」
「あぁ、そうするが良い」
さぁ、始めようか。貴様が所望した命のやり取りを!!!!
これから始まるであろう激闘を予感した右手が闘志に呼応して剣の柄を握る力を強め、両の足は毎秒変化する戦場に対応出来る様に牙を研ぎ続けていた。
お疲れ様でした。
現在、カレーうどんを食しながら後半部分の編集作業並びに執筆作業に取り掛かっていますので次の投稿まで今暫くお待ち下さいませ。




