第二百十九話 限られた時間の中で その一
お疲れ様です。
本日の前半部分の投稿になります。
突如として出現した敵幹部に斬り付けられた左肩の痛みが秒を追う毎に激しくなって行き、それと呼応する様に呼吸も荒々しいモノへと変わる。
痛みと疲労を籠めた息を吐くとその動きに合わせて傷口からビュっと血が噴き出して俺の服を深紅に染め上げ、衣服が吸収しきれぬ大量の水の流れは天然自然の法則に従い地面へと流れて行く。
足元に微かに出来た深紅の水溜まりが徐々にその直径を広げていくと背に嫌な汗がじわりと滲んだ。
痛み、だけなら奥歯をギュっと噛み締めて我慢すれば良いのだが失われた出血量だけはどうにも出来ない。
聖樹から受け賜った有難い抵抗力によって痛みに対してある程度の力を持つ様になったのだが体内から失われて行くモノに付いては対処法が無いからねぇ。
足元に形成され続けている血溜まりが死神の鎌の大きさに見えて来たぜ……。
『キヒヒ……。さぁ、早く傷口を塞がないと貴様の命を刈り取ってしまうぞ??』
何故なら血溜まりの広がりの終焉は俺の死を意味するのだから。
「ぜぇっ……。ぜぇっ……」
失われて行く血が増えるに連れて意識が白み始め、少しでも気を抜けばぶっ倒れてしまいそうになる体を支えつつ敵を捉えた。
「それだけの出血量で意識を失わないとはねぇ。お前さんの体は一体どんな造りなんだよ」
敵の名はジェルチェとか言ったか。
「誰よりも体が頑丈なのが取り柄なのさ」
右手に持つ曲刀を肩にポンポンと当てて俺の体の品定めを継続させているジェルチェにそう言ってやった。
「へぇ!! そりゃあ切り甲斐がありそうだな!!」
いやいや!! それは勘弁して下さいよ!!
此処は相手の傷を労わって違う戦場に向かう場面ですぜ!?
「ダン!! 戦えるのか!?」
俺の少し後方から此方の身を案ずるイスハの声が耳に届く。
「よ、よ、余裕――」
誰がどう見ても私は無理をしていますぅっといった感じの声を出して応えてやる。
「ひ、酷い面じゃな。顔面そうはくじゃぞ」
そりゃこれだけの血を失っているんだ。顔色が変わらない方がやべぇって。
「こういった危機を何度も乗り越えて俺達は強くなって来たんだ。それに?? 俺の相棒だったら心配する処か、尻に蹴りを入れて発破を掛けてくるって」
『さっさと敵を倒せ、この馬鹿者が』
そうそう、悪鬼羅刹もペタンと腰を抜かす程の目力で満身創痍の俺を睨み付けて来る筈さ。
それに早い所コイツをブッ倒さないと女王様救出作戦に影響を及ぼしかねない。
出血多量で動けなくなるまで凡そ五分。
この限られた時間の中でジェルチェを倒す。それが今の俺に与えられた最優先課題だ。
「出血多量の状態で私と対峙しても闘志は絶えないか。いいねぇ!! 戦いはこうじゃないと!!」
コイツはよっぽど戦いが好きな様だな。
重傷の状態で戦闘狂の女戦士と対峙しなければならない俺の気持ちを汲んでくれれば幸いですよっと。
「おっしゃ!! それじゃあ第二回戦と行きますかね!!!!」
限りある時間の中で雌雄を決すべく、両手に魔力を籠めて戦闘好きな姉ちゃんと改めて対峙してやった。
「大賛成だ!! 少しでも私を楽しませてくれよ!? 死裂風!!!!」
ま、またそれかよ!! いい加減うざくなって来やがったぜ!!!!
雀蜂一族の基本付与魔法を捉えると胸の中の闘志の炎が微かに揺らいでしまう。
風の付与魔法によって速度がするだけじゃなくて武器や体に纏う風の刃が例え攻撃を回避されたとしても相手の体を傷付ける様に出来ている。
近接戦闘に重きを置く者にとって攻防一体となった理想とも呼べる付与魔法だ。
「さぁ行くぞ!! 私の姿を捉えてみろ!!」
「「ッ!?」」
ジェルチェが第二回戦の始まりを告げる雄叫びを放つと砂浜に存在する無数の砂が舞い上がり俺達の視界から姿を消した。
い、いやいや!! 速過ぎるだろうが!! 今までの敵はそこまで速くなかったんですけど!?
「ダ、ダン!! 敵が消えたぞ!!」
俺の直ぐ隣からイスハの狼狽える声が届く。
「馬鹿!! 目で追うな!!」
「ならどうすればいいのじゃ!!」
「体全部で感じるんだよ!!」
相手の体を目で追えぬのならソイツが放つ魔力や殺気、そして闘気を体で追えば良い。
速度で劣る者が速度で勝る者に対して唯一対抗出来る手段なのだが……。これには欠点がある。
「相手の魔力や殺気を……。ッ!!!!」
「おせぇぇええええええ――――――!!!!」
そう!! こっちが感じるよりも速く攻撃されたら全くの無意味になってしまいますからね!!
ジェルチェの雄叫びが耳に届くとほぼ同時に体の前に短剣を咄嗟に翳す。
「どわぁっ!?」
奴の曲刀の刃面が俺の短剣に触れると眩い火花が闇の中に飛び散り、常軌を逸した速度で放たれた剣撃は思いの外重く両腕処か体全部が後方へと弾かれてしまった。
あ、あっぶねぇ!! 偶々翳した場所が良かったお陰で直撃は免れたぜ。
どうやら相手も俺と同じ考えに至ったらしく??
「へぇ!! 中々ツイているじゃねぇか!!!!」
あっと言う間に目の前から姿を消すと人を小馬鹿にする様な口調で俺の幸運を祝いやがった。
「違いますぅ――!! ちゃんと見えていました――!!!!」
ど――考えても見苦しい言い訳を放ち、敵の雷撃に備える為に再び周囲に気を張り始めた。
「イスハ、良く聞け。俺達の視覚じゃあ追い付けない速度で相手は移動している。つまり目には見えないが相手の実体はこの世から消失した訳じゃない」
微かに双肩が震える彼女の隣に立つと静かに言葉を漏らす。
殺されるかも知れない恐怖の中で逃げ出さず、しっかりと戦地に両足を突き立てているのは見事だぜ。
「そんな事はわかっておるわ!!」
「敵の実体から放たれる魔力や闘気、殺気を探り続けろ。周囲の環境の変化を絶対に見落とすな。そして敵の雷撃に備えて集中力を高めろ」
こっちが我武者羅に動いても敵から見ればそれは子供が無意味に木の棒を振っている様に見えるだろうさ。
つまり、余裕がある敵はどうやって相手を切り刻んでやろうかという攻撃の選択権が無数に生まれるのだ。
上段から切り付けて頭蓋を割ってやろうか。中段突きで胴体に穴を開けてやろうか。下段から切り上げて胴体の臓物を取り出してやろうか等々。
無数にある選択肢の中から敵は取捨選択を繰り返し最適な攻撃方法を選択して襲い掛かって来る。
そう……。確実に襲い掛かって来るのだ。
『奴は身動きが出来ない俺達に対して舌なめずりをしている。今も恐らく俺かお前に攻撃を企てようとしている筈さ』
周囲に鳴り響く真夏の嵐なんてメじゃない強烈な風の音に紛れて小声で話す。
『つまり……。相手の攻撃に合わせて此方も攻撃を繰り出すのか??』
『正解っ!! 無意味に動いて相手の攻撃を誘うよりもその場でじっとして動かず、相手に動きに合わせた乾坤一擲となり得る一撃をぶち込んでやるのさ』
『そ、そんな事!! 見えない相手に出来る訳ないじゃろうが!!』
そこで狼狽えるのが素人である証拠だぜ??
「狼狽えるな。いいか?? 心に映すのは一切の凪の無い澄んだ水面だ。奴の動きを捉え続けて心の水面に映し、清らかな水面に浮かぶ凪を追え。そして拳に宿すのは烈火の闘志。研ぎ澄まされた一撃を相手に叩き込め」
すぅ――……。ふぅっ。
こっちの攻撃を外せば俺の命は無いぞ?? もっと深く集中しろ……。
「……っ」
静かに目を閉じ五感の一つである視覚を遮断させて集中力を高めて行く。
心に美しい水面を思い描いて行くと肌に感じる強烈な風の痛さ、鼻腔に届く潮気の強い浜風、そして鼓膜に届く暴風の音等が一切合切消失。
暗き闇の中に微かに光り輝く水面を生み出す事に成功した。
「ククク!! テメェ恐怖で頭がおかしくなったのか!? 戦場で目を閉じるなんて自ら死を選ぶものだ!!」
姿の見えないジェルチェが何やら叫んでいるが五感全てを捨て置き心に浮かぶ水面を形成する事だけに一点集中する。
すると……。凪が見当たらない澄んだ水面に一筋の轍が形成された。
野を走る馬車の車輪が形成する轍の様にそれは俺の心に映る水面に一筋の線を描いて行く。
その轍は水面の中心から離れて歪な円を描き、時折深く、時折浅く線を引く。
轍の高低差は恐らく地上と空に描く軌跡なのだろう。そして歪な線は俺を注意深く観察している証拠だ。
此方に攻撃の気配を察知されぬ様に接近しては離れ、感覚を乱す為に上下に激しく飛翔する。
複雑な軌道を描いて確実に相手を殺そうとする飛翔技術に感心する一方で……。垂れ流しの殺意に呆れてしまった。
こうして集中して見ると本当に呆れた速度で飛んでいると理解出来るぜ。だけどな?? 目に見えぬ実体が放つ殺気までは隠しきれなかった様だな。
それがお前さんの敗因だ。
これからダンお兄さんがそれを証明してやるぜ!!!!
「……」
「ちっ、こっちの威嚇にも動じねぇか。それならこれならどうだ!!!!」
ジェルチェから呆れた圧の魔力が迸ると水面が激しく揺れ動く。
そして複雑且不規則であった轍がとある一点へと向かって急激に移動を開始した。
「ダン!! 早く相手をとらえぬか!!」
どうやら奴さんは俺じゃ無くて狐のお子ちゃまに狙いを絞った様だな。
イスハの体が放つ綺麗な光の背後に突如として漆黒の明かりが灯ったのだから……。
「――――。クソ餓鬼。テメェから殺してやるよ」
「なッ!?!?」
イスハの魔力の圧や感情が大いに乱れた様を捉えるよりも早く、俺は彼女の背に向かって突貫を開始していた。
「そこだぁぁああああ――――ッ!!!!」
「う、嘘だ……。グホァッ!?!?」
火の力を籠めた拳がジェルチェの胴体をぶち抜くととんでもない快感が全身に駆け巡って行った。
く、く、くぅぅうう!! 拳に感じるこの痛みは何度味わっても超絶怒涛に快感だぜ!!!!
「う、後ろから来ていたのか……」
「はぁっ、はぁっ……。そ、そういう事さ」
天にまで昇る快感が駆け抜けて行ったのは刹那で今度は途轍もない疲労感が体に襲い掛かって来る。
そりゃそうだ、これだけの出血を伴っているのだから。
荒い呼吸をする度に血で濡れた服から血が流れ出て足元の砂を濡らし、白み始めた意識を現実の中に必死に留めてやる。
怪我の無い状態でもかなりの精神の摩耗を伴うが大量の出血を伴う精神作業はしょ、正直常軌を逸していやがるぜ……。
お疲れ様でした。
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