第二百十八話 毎度毎度、くじ運が悪い男 その一
お疲れ様です。
本日の前半部分の投稿になります。
夜の砂浜に鳴り続けるさざ波の音が鼓膜を楽しませ、地平線の彼方から届く微風が肌にじわりと浮かぶ汗を乾かし、鼻腔に侵入するちょっと潮気の強い香りが心を潤す。
身体と精神に中々の効用を与えてくれる島の風景を捉えようとするが眼前に広がるのは濃い闇。
視界が完璧に確保出来ないのは致し方ないがそれでも風光明媚だと頷ける環境の中に身を置くと静かに、そして大きく胸一杯に空気を取り込んだ。
「すぅ――、ふぅっ。よし、無事に到着したな」
三本の尻尾を持つ狐のお子ちゃまと俺の横っ面をぶん殴ったハーピーの青年と共に目的地である島南部の砂浜に両足を突き立てて周囲の様子を静かに窺う。
厚い雲の僅かな隙間から覗く星達の姿を捉えると強張った双肩の力が抜け落ち心のド真ん中に火を灯した緊張感の明かりが消え失せようとするものの、今は未だその時では無いと己を戒めて緊張感の火を強め体全体に強烈な警戒心を身に纏った。
あの闇の中から突然敵が出て来るかも知れねぇし。
観光気分で歩いていたら即刻で死を迎える可能性があるのでもう少し緊張感を高めましょうかね。
「では武運を祈る。気を付けて行動してくれよ??」
「んっ、有難うね。そっちも気を付けて帰ってくれ」
俺とイスハに有難い言葉を掛けてくれたハーピーの青年は周囲の様子を注意深く窺うと深い闇が蔓延る夜空へと向かって飛翔して行った。
「さてと、これで退路は完全に塞がれた訳だ。俺達に与えられた選択肢は後退では無く前進のみ。一つでも選択肢を間違えたら生きては帰られない戦地に到着しましたけどもその感想は如何かしら??」
彼の素晴らしい飛翔を見送ると俺の前で鋭い瞳を浮かべている狐ちゃんの小さな背に問う。
「そこかしこに武の匂いがただよう砂浜じゃが……。マリル先生やハンナ先生とたいじする時の方がよっぽどきんちょうするぞ」
俺の問いに対して三本の尻尾を左右にフルっと振る。
へぇ、俺が想像していたよりも気負ってはいない様だな。
初めての実戦を終えた経験と、マリルさんと相棒の訓練が良く活かされている証拠だ。
これなら相手にビビって動けなくなる様な失態は無さそうだ。
「結構結構。んじゃ作戦行動を始めるとしますかっ」
腰に装備している二丁の短剣に触れ、索敵を開始する為に取り敢えず西方向に歩もうとするが。
「ばかもの。お主は夜目が効かぬじゃろう?? わしが先行するから付いて来い」
俺の前に中型犬と同程度の大きさの狐ちゃんが颯爽と躍り出て行く手を阻んでしまった。
「おっ、有難いぜ。敵影を確認したら取り敢えずその超可愛い尻尾を無意味に強く振ってくれ」
「うむっ分かったのじゃ」
「西側に敵影が確認出来ない場合は東へと移動するぞ。南に配置されているのは情報通りなら二体なんだけど、東西南のいずれかに存在する幹部が気掛かりだ。もしも幹部級の敵が出て来た場合は俺が対処する。お前さんは助攻に回れ」
ハーピーの里に居た奴等と同程度の力を持つ個体なら二体同時に倒せるのですが、二体に加えて幹部がやって来たのなら話は別だ。
異なる三方向からの攻撃の対応に加えてモッフモフの可愛い尻尾を持つ狐ちゃんを守らなければならないのだから……。
狐ちゃんの実力は確実に強くはなっているけども安心して背中を任せられるにまで至っていないからなぁ。
「やかましいのぉ。何度も復唱させるのはマリル先生と一緒じゃな」
「仕方ないだろ。これまでの遠足と違って俺達の双肩には輝かしい命が乗っているんだからさ」
俺達の作戦行動如何によって島の中央で拘束されているレオーネ女王様の命が失われてしまう可能性がある。
ハーピーの里の最重要人物の命を救出するのが今回の作戦の最優先事項であり、俺達の命は二の次。
見方によってはちょっと理不尽じゃね?? と思われるが一度乗り掛かった舟を降りる訳にはいかない。
途中下船してしまえば一生奥歯に物が挟まったみたいな違和感を抱き続けてしまうし、それと何より俺の良心がそれを許さない。
平和を愛して止まない彼等の里を脅かす存在に鉄拳をぶち込んで地面に這いつくばらせ、泣きっ面に蜂じゃあないけども二度とこの大陸に足を運べない様な恐怖と痛みを与えるべきだ。
そうでもしないと法や文化が未発達の未開の島で生まれ育ったアイツ等は撤退しなさそうだもんなぁ……。
武には武、痛みには痛み。
法や法慣習の概念を理解しない馬鹿野郎共を撃退するには古来から続く超簡単な図式に則って行動すれば良いのだが、それを実行する為にはかなりの労力を要してしまう
ある程度の融通も利かない野蛮人を相手にするのは全く以て骨が折れますよっと……。
「それは理解しておる。わしらで女王様をたすけるのじゃ!!」
「あ、こらっ。お母さんを置いて行かないのっ」
心に湧く闘志が狐ちゃんの四つ足を逸らせてしまい、歩く速度を上げて行くので慌ててモッコモコの尻尾に続いた。
それから体感で五分程度だろうか??
「――――。ッ!!」
美しいさざ波の音が響く何も無い砂浜を西進し続けていると世界最高の手触りの尻尾が天に向かってピィィンッ!! とそそり立った。
お?? 何か見付けたか??
『よぉ、どうした』
四つ足の狐ちゃんに見習い、此方も四つん這いの姿勢でイスハに並んで小声で問う。
『凡そ百メートル先にてきの姿をかくにんできた』
いやいや、月明かりが無い状態でそんな先まで見えるの?? ちみの目玉は。
『本当かぁ??』
『わしの目は正かくじゃ。あやしむのなら自分の目でたしかめて来い』
『ん――。了解っと。』
鼻をしわくちゃにして犬歯を剥き出し、今にも俺に噛みついて来そうな狐ちゃんのこわぁい顔を捉えると無言のままで移動を再開した。
『これっ、もっと速く進まぬか』
『あのねぇ。俺は四つ足のお前さんと違って四つん這いの姿勢で進んでいるんだぜ?? 多少の遅延は目を瞑れよ』
俺のお尻を鼻頭と右前足でちょいちょいと突く横着な狐に至極真っ当な答えを言い返してやる。
『ふべんな奴じゃな』
聖樹ちゃんから力を譲渡されて魔力の源を宿す様になったんだけれども、もしも彼女の力を発現出来る様になり魔物の姿に変われる様になったのなら俺は巨大な樹木の姿になってしまう蓋然性がある。
そうやって考えると魔物の姿に変われるのが便利って訳じゃないよな??
『ほれほれっ。もっと速く進まぬと尻をかみ千切るぞ』
『ちょっ!! お止めなさいって!!』
自爆花の採取の途中で現れたピッディ然り、尻尾が三本ある狐ちゃん然り。
どうして獣達は俺の尻に執拗に攻撃を加えて来るのでしょうか。疑問が残るばかりでありますっ。
左右のお尻に攻撃を加えて来る悪戯好きの狐の対応に四苦八苦しつつ、それでも何とか進んでいると俺の目玉でも二つの人影を捉えられる位置にまで漸く辿り着いた。
「ふぅ――……。しっかし暇よねぇ」
「すっごい顎の角度で欠伸をするわね」
「中央から一番離れている南側の守備に就けとガーナード様は仰っていたけどさぁ。その所為か御飯の支給も遅いし、交代の人員も遅刻当然とばかりに遅く来るし。まっ、裏を返せば一番危険が少ない場所だからのんびりできるのが利点って感じかな――」
俺が想像していたのはキリっとした瞳で周囲に厳しい視線を送り続けている歴戦の戦士を彷彿させる姿だったのですが……。暗闇に浮かぶ二つの人影はだらしなく立ったまま暇を持て余している自堕落な戦士の影であった。
あらあらまぁまぁ、敵がこぉんなに近くに居るのに随分と気が抜けた姿ですわね。
これなら北側の急襲が始まる前に取り押さえる事も出来そうだぜ。
いっその事、作戦の概要を無視して事をおっぱじめてやるか?? 今なら赤子の手を捻るよりも簡単にあの二人を無力化出来そうだし……。
「……っ」
四つん這いの姿勢で持ち運んで来た荷物を砂浜の上に置き、左手を器用に動かして愛用の短剣の柄に手を添える。
そしていつでも飛び出せる様に両足に力を籠めているとどうやら相棒達が作戦通りド派手に戦いを始めたらしい。
「な、何だ!?」
「おい見てみろ!! 北側に明かりが灯っているぞ!!!!」
一際強い魔力の鼓動を感じるとほぼ同時、島の北側に浮かぶ厚い雲に橙の明かりが灯ったのだから。
「中央に向かって現状を聞いて来る!?」
「いや、持ち場を離れたら……。ッ!!!!」
あ、あはは。雲の反射光で砂浜全体が明るくなってしまったのでばっちり目が合っちゃいましたねっ。
「ど、ど――も!! こんばんは!!」
全く、こっちの都合も考えておっぱじめて欲しいものだぜ。折角の奇襲がおじゃんになっちまったじゃねぇか。
取り敢えず素早く立ち上がり、親しい仲の者に送る笑みと挨拶を返してあげた。
お疲れ様でした。
現在、後半部分の執筆と編集作業中ですので次の投稿まで今暫くお待ち下さいませ。




