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今日も今日とて、隣のコイツが腹を空かせて。皆を困らせています!!   作者: 土竜交趾
過去編 ~素敵な世界に一時の終止符を~
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第二百十七話 秘めたる想いは後程に

お疲れ様です。


本日の投稿になります。



 夜の闇が蔓延る砂浜に降り立つと某の心の中に燻ぶり始めた闘志の炎が徐々に勢いを増して行く。


 斥候や暗殺。


 闇の世界で暗躍する忍ノ者にとって目を凝らさなければ視界を確保出来ぬ闇の中で行動するのは好都合かも知れぬな。


 背から届く等間隔に鳴る清らかなさざ波の音も鼻腔に届く潮気の強い香りも某の闘志を消し去る事は叶わない。


 一度心に灯った闘志を立ち塞がる敵に只々ぶつけて与えられた任務を遂行する。


 それが忍ノ者に与えられた宿命であり、更なる高みへと昇る為に目の前の壁は高ければ高い程良い。


 何故なら某は強くなる為に生まれ故郷を出たのだから。



「よし、私達はこれから作戦行動に移る。お前は里へと帰り吉報を待て」


「はっ」


 ランドルト殿が某達をこの戦地へと送り届けてくれた青年に一言声を掛けると彼は背に生える茶の翼を巧みに動かして海上へと飛び立って行った。


「シュレンさん。手筈通り北側の奇襲が始まったのなら行動を開始しましょう」


 背から聞こえて来る波の音に紛れてランドルト殿の覇気のある声が鼓膜に届く。


「承知。ミルフレア、これから某達は作戦行動に入る。激戦の中でお主を守ってやるが、それでも手が回らない場合が出て来るやも知れぬ。その時は結界を展開して己の身を守れ」


 不安気な様子で某達の正面に広がる暗き森へと視線を送っている幼子に向かって話す。


「うん、わかっているよ」


「それならいい」


 ふぅ……。マリル殿も酷な事をする。某は彼女の親でもお守でも無いのだぞ??


 戦闘経験を積ませたいのは重々理解出来るが、頑是ない子供を戦地に立たせるのは少々無理強い過ぎる気がする。


 現に彼女は闇に未だ捉えられない敵の幻影に怯えており戦闘の助けになる処か某達の足枷になり得る可能性の方が高いのだから。


「シュレン先生。ねずみの姿にかわらないの??」


 強力な警戒心を胸に抱き周囲を静かに窺っていると、不安な感情がこれでもかと籠められたミルフレアの震える声が耳に届く。


「あぁ、奴等は飛翔する能力を持っている。某の魔物の姿とは相性が悪過ぎるからな」


「そっか。じゃあせんとうが始まるまで私のかたにとまっていていいよ??」


「不安なのは分かるが耐えるのだ。お主の仲間達は此処よりも更に厳しい場所で戦闘を始めようとしているのだぞ??」


 大勢の敵と対峙する北側、単騎で中央へと突入する東側に不安材料が残る南側。


 いずれも激戦が予想される地点だ。


「んっ」


 こ、この幼子は一体いつになったら某の言う事を聞くのだろうな。


 甚だ疑問が残るばかりだぞ。


「戦闘が終わったのならいつでも相手にしてやる。それまでは耐えるのだっ」


「はは、シュレンさんも彼女の前では形無しですね」


 某に向けて両手を翳したミルフレアの姿を捉えるとランドルト殿が微かに口角を上げる。


「む、むぅ……」



 マリル殿と同じく彼女達に厳しい指導を与えようとしているが、どうも子供の前だと手心を加えたくなってしまう。


 これまで某は己のみを鍛える事しか行って来なかった。その一方でマリル殿は己のみならず実力が数段劣る者に対して厳しくも温かな指導を施して来た。


 彼女と某の差は指導経験の有無であろう。


 マリル殿との間に開いた経験の差は某が思っているよりも大きく、ミルフレアはそこに一部の隙があると感じて某に甘えて来るのだろう。


 これを頑として跳ね返すのが真の指導者足る姿なのだが、もう一人の甘い自分がどうしても前に出て来てしまう。


 甘えを消し去る事の出来ない自分が憎いものの某の行動を受けて心が休まる幼子の姿を見たいのもまた事実。


 この相対的な自分のやり取りに辟易してしまうがこの経験はいつか役に立つ。某にも部下や弟子が出来た場合の訓練として捉えておこう。



 生温い自分と修羅をも慄かせる厳しい自分が心の中でせめぎ合い、何とも言えない感情が心に灯る闘志の火を揺らしていると北側に柔らかい橙の明かりが灯った。



「むっ……。この魔力の鼓動はフィロのものか」


 どこぞのいい加減な同郷の者と似たような馬鹿正直な強き魔力の鼓動が体の中を駆け抜けて行くと北側に視線を送る。


「えぇ、手筈通りに開戦の狼煙が上がりましたね」


 ランドルト殿がそう話すと左の腰に差してある細剣の柄に右手を添えた。


「西側の敵は情報通りなら二体の筈だ。先ずは敵性対象の索敵に……」


 戦場に迸って行った龍一族の魔力によって苛烈に上昇した己の闘志の炎で甘い自分を滅却。


 西側に存在する敵の索敵行動に移ろうとしたのだが、どうやらそれは不要な様だな。


「な、何だ!? 今の魔力は!!」


「お、おい!! 見てみろ!! 北側の森が燃えているぞ!?!?」


 某達が居る砂浜のから少しばかり北上した位置から敵の動揺した声が届いたのだから。



 丁度良い、手間が省けたぞ……。



「「……っ」」


 女戦士達の声を捉えるとほぼ同時にランドルト殿と視線を交わし、無言のまま一つ頷いて北上を開始した。


 砂浜の上に無数に広がる柔らかい砂が某達の足音を消し気配を完全に消失しつつも音の発生源となり得る存在を注意深く探りながら敵の懐へと向かう。


 闇に紛れて完璧な歩法を継続させて数分足らずだろうか。


 強い緊張感の中だから体内時計はいつもよりその針を強く進めているかも知れぬが、体感ではそれだけの時間を費やして某達の戦場に到着した。



「ど、どうする!? 増援に向かうか!?」


「いや、この場で待機すべきだ。ガーナード様は持ち場を動くなと仰っていたから」


 ほぅ、戦場に広がった動揺を受けても己の任務を優先させるか。


 ガーナードといった者はかなりの指導力を持っているらしいな。


「で、でも仲間がヤられていたら……。ッ!?」



 ふっ、流石に此処まで接近したら某達の気配に気付くか。


 闇に紛れたままその首を撥ね飛ばしても良かったが此方にはまだ精神が幼い子が同伴しているのでな。


 命拾いしたと思う事だ。



「誰だ!! お前達は!!」


 北の森から微かに浮かぶ橙の光が敵の大きく見開かれた虎色の瞳を映す。


「某達は貴様等を地獄の底へ叩き落とす者だ」


 小太刀を抜刀。


 三百六十度からの雷撃に備える様に浅く腰を落とす。


「地獄に叩き落とす?? その体で私達に……。き、貴様はっ!!!!」


 ランドルト殿を捉えた一体の女戦士が更に大きく瞳を見開いて素直な驚きを表した。


「我々に再び牙を向けるのか!! この負け犬め!!!!」


「確かに貴様が言う通り私は主君を守れなかった弱き者だ。だが……、この剣を再び翳す機会を与えてくれた人達が居る。私は彼等の想いに、そして!! 自分の心に応える為に戦場に降り立ったのだ!!!!」


 ランドルト殿が抜剣すると戦場に一陣の強力な風が突き抜けて行った。


 只魔力を解放するだけでこの圧……。やはり某が睨んだ通り彼の力は相当なものだぞ。


「私は左の個体を相手にしましょう」


「この場は某に任せてくれ。ランドルト殿の刃が猛威を揮うのはこの場では無い」


「いや、しかし……」


「お主の刃は敵の総大将を討つ為にある。その時の為に今は刃を研いでおくのだ」



 真の忠を尽くしていた主君を守れなかったのだ。


 某達に悟られまいとして表面上は物腰柔らかくしているが内心は漆黒の炎が渦巻いているのであろう。


 真っ赤に燃え盛る復讐の炎を刃に乗せて敵の総大将の喉元を突き刺すべき。



 某の想いが伝わったのか。


「分かりました。その時に備え今は下がりましょう」


 ランドルト殿が細剣を左腰に収めて某の後方へと静かに下がって行った。



「クハハハ!! 負け犬がガーナード様を討つだと!? 笑わせてくれる!!」


「それに我々二人をたった一人で相手にするのか?? その体で!? しかも其方には戦力にもならない餓鬼が居るではないか。此処は遊び場では無いんだぞ!!!!」


「某の後ろに居るのは餓鬼では無い。静かなる決意を胸に秘めた一人の戦士だ。侮るな」


「ワハハハハ!!!! 一人の戦士ぃ!? 両足が震え今にも崩れ落ちてしまいそうではないか!!」


 全く……。コイツ等は余程見る目が無い様だな。見た目で判断する等愚の骨頂の極みだ。



「一度は破れたものの己の内に湧く復讐心を糧に立ち上がった一人の修羅。強くなりたいという強烈な想いを胸に抱いて参じた一人の戦士。そして……。某は武の極みへと昇る為に自ら死地へと足を踏み込んだ。某達と心の強さを比較すれば貴様等のそれは塵芥以下だぞ」


 嘲笑う大馬鹿者達に強き口調で説いてやると。



「貴様ぁ……。今の言葉を忘れるなよ??」


「後悔する間も無く殺してやる!!!!」


 二体同時に魔物の姿に変わり、耳障りな音を奏でつつ漆黒の闇が広がる空に浮かび上がった。



 ふむ、先の戦闘で見た大雀蜂と何ら変わりない大きさだな。人の姿での背の個体差はあるが魔物の姿での個体差は余り見られない様だ。



「「死裂風デスビーズ!!!!」」


 巨大な雀蜂が強力な風を身に纏うと背に生える四枚の羽を巧みに動かして某の視界の端から端まで目まぐるしい速度で移動。


 奴等の姿を刹那に見失うものの鼓膜の奥を震わせる重低音だけは消失せずに体に纏わり付いていた。



 地対空の訓練には持って来いの状況なのだが某達にはレオーネ女王を救出するという重要な任務が課せられている。


 それにミルフレアにも凶刃が襲い掛かる可能性があるので時間は掛けられていられぬ。


 さぁ、戦を始めるぞ。忍ノ者の実力をその身に刻み激しく後悔しろ!!!!



「後ろがガラ空きだぞ!!」


「それは敢えて見せたのだがな!!!!」


 背後から急襲して来た雀蜂の強撃を素早く回避。


 潮風を含んだ柔らかい砂に足を若干取られながらも素早く体勢を整え、某の背から駆け抜けて行った雀蜂の大きな背に向けてクナイを投擲してやるが。


「甘いぞ!!!!」


 もう一体の大雀蜂が闇の中から現れ巨大な顎でクナイを受け止め粉砕してしまった。



 確実に致命傷を与えるであろう角度と威力で投擲したのにも関わらず余裕を持って受け止め、更に噛み砕くのか。


 あの顎に挟まれたら某の頭蓋等、瞬き一つの間に両断されてしまうだろうな。



「ククク……。良い鉄を使用していない様だな」


 大きな顎を左右に閉じてカチカチと、耳障りな音を奏でつつ再び闇の中へと姿を消す。


「忠告痛み入る。次からは貴様の気色の悪い顎を切り裂く良質な鉄を使用させて貰うぞ」


「その余裕な態度もいつまでもつのか見物だな!!!!」


 さて、次はどちらから仕掛けて来る。二体同時かそれとも一体ずつなのか……。



「……ッ」


 強力な警戒態勢を維持しつつ人に生理的嫌悪感を与える羽音を奏でる二体の大雀蜂の急襲に備えていると、右上方から一際強い魔力の鼓動が迸った。



「死ねぇぇええええええ!!!!」


「ふんっ!!」


 某の胴体に突き刺そうとした毒針を小太刀の腹で受け止めて雷撃の速度を相殺してやるが思いの外雀蜂の巨体は重く、砂浜の上に二本の後退の線を描いてしまう。


 大雀蜂の体全体に纏う風の刃が服を傷付け肌を切り裂き鋭い痛みがそこかしこに発生した。


「くっ!!」


「これで終わりだと思うなよ!!!!」


 目と鼻の先にある巨大な顎が左右に開閉すると大きな口腔の中から虫特有の酸性の匂いが某の鼻腔を急襲する。


「その頭蓋!! 噛み砕いてやるぞ!!」


「ちぃっ!!」


 両手で毒針を受け止めたまま上半身を素早く屈めて顎の強撃を回避。


 己自身では完璧に回避したつもりであったがどうやら少し掠めた様だな。砂浜に忍装束の黒い切れ端がハラリと舞い落ちる様を両目で確と捉えた。


「しぶとい奴め!! さっさとくたばれ!!!!」


 小太刀を両手に構えて腹に突き刺そうとする毒針を受け止め、上半身は頭蓋を守る為に激しく上下左右に動かす。


 強固な防御態勢と体捌きを駆使して猛攻を防いでいるが某の体力は無限では無く有限だ。


 それに敵は眼前の一体だけでは無くもう一体居るのだ。


 この好機を見逃す筈が無い。


 某の背から腹に突き抜けて行く極太の毒針の姿を想像していると奴等は某の考え通りの作戦を取った。


「後ろから串刺しにしてやれ!!!!」


「そのつもりだ!!!!」


 背に出来た強烈な隙の匂いに釣られて闇夜の中からもう一体の大雀蜂が飛来。


 某の命を奪おうとして巨大な魔力の塊を身に纏いつつ猛烈な速度を伴って突撃を開始した。



 正面と後方からの挟撃は実に理に適った作戦だ。恐らく某でも同じ作戦を取るだろう。


 敵の死角から攻めて効率的に命を絶つ。


 戦士として良く訓練されている証拠であり訓練を施した上官達の技術の高さも窺える。


 この絶対絶命の窮地から脱出せぬ限り惨たらしい死は免れぬ。


 だがしかし、これも全て某の計算通りだとしたらお主達はどの様な反応を見せてくれるのか!?



「ダァァァアアアアアア――――ッ!!!!」


 死の雄叫びを放ちつつ某の後方に向かって来る敵の魔力の源を確実に捉えた刹那。


「螺旋炎昇!!!!」


 背後から急襲を仕掛けて来た個体目掛けて左手を翳すと刹那に古代種の力を解放して魔力を放出した。


「ギィィアアアアアアアア――――ッ!?!?」


 広範囲の炎の竜巻に巻き込まれた大雀蜂の羽は一瞬で焼け落ち、地面に落下した個体は砂の上を悶え苦しみながら炎の熱量から逃れようとしていた。


「ウァァアアアアアアッ!?!?!?」


 炎の中で激しく上下する巨大な胴体、無意味に砂を掻き毟る節足、そして常軌を逸した炎の熱量に焼かれて行く苦悶の絶叫が戦場にこだますると某の闘志が一気苛烈に上昇した。



「き、貴様ぁぁああああ!! 殺す!! 確実に殺してやるぞ!!!!」


 仲間の窮地を捉えた正面の大雀蜂が激昂すると節足の先に生える鋭い爪で某の体を拘束した。


 仲間が死の間際に立たされても己に課せられた使命を果たそうとする強き意思は良し。


 しかし、それだけでは某を倒す事は出来ぬ!!!!


「くらぇぇええええ――――ッ!!!!」


 只でさえ鋭角な虫の複眼が鋭く尖ると毒針を某の体に突き刺そうとして巨大な胴体から続く太い尾を勢い良く後方に引き下げた。



 空気を切り裂く苛烈な勢いで迫る毒針には大量の毒液が纏わり付いており、あの一撃を食らえば恐らく某の命はこの世から消失してしまうだろう。


 確実に敵を屠るという強烈な決意が籠められた一撃。


 戦場を制圧する乾坤一擲となり得る一撃は正に圧巻の一言に尽きる。


 だが貴様は某に一瞬の猶予を与えてしまったのだ!! それを後悔して眠れ!!



「ふんっ!!!!」


 忍装束を掴む鋭い爪を小太刀で全て切り落とし、正面から恐ろしい風切り音を奏でつつ迫り来る毒針を回避。


「なっ!?」


「せぁぁああああ――――ッ!!!!」


 強力且強烈な隙の匂いが浮かび上がった雀蜂の顎に向かって左足を軸にした上段蹴りを直撃させてやった。


「グゥェッ!?!?」


 右足に感じる堅牢な岩を蹴り付けた様な強い感触が勝利を予感させる。


「これで止めだ!!!!」


 美しい放物線を描き砂浜の上に落下した個体の喉元に向かって小太刀を突き刺そうとするが…………。



「シュレン先生!!」


 背後から届いたミルフレアの声が某を躊躇させてしまった。


「――――。ふっ、安心しろ。命までは奪うつもりは無い」


 古代種の力を解除して後方で燃え盛る炎の勢いを霧散させてやると小太刀を静かに納刀した。


「くぅっ……。うぁぁ……」


 炎の渦に巻き込まれた個体の背に生える四枚の羽は全て焼き落ちて虎色の体表面は黒く燻ぶる。


「……」


 そして渾身の力を籠めた上段蹴りの直撃を受けた個体は意識を完全に失い砂浜の上で細かい痙攣を続けていた。



 ふむっ……。二体を完全に無力化出来た様だな。


 完璧な展開とまではいかないが及第点を与えてやれる戦闘に満足しつつも何処か納得出来ない。そんな複雑な感情を含めた静かな吐息を漏らした。



「ふぅ」


 ルミナの街でコイツ等の攻撃方法を見て居なければもっと苦戦したかも知れぬ。


 それに奴等の攻撃によって体の至る所から出血を負ってしまった。まだまだ精進が足らぬ証拠だぞ……。


「シュレンさん。お見事でした」


 ランドルト殿が柔和な表情を浮かべて某の方へと向かって来る。


「致命傷にまで至らなかったが小さな攻撃を受けてしまった。自分の腕が未熟な証拠だ」


 黒装束の隙間から覗く肌は薄く切り裂かれ今も僅かな血液を吹き出しており完全回復まで暫く時間が掛かりそうだ。


 しかし此処で回復を待っている時間は無い。某は己に課されて任務を果たす為、愚直に前へと進むのだ。



「では行くぞ」


 これだけ派手に暴れても配置不明の幹部は出て来なかった。


 つまりマリル殿が単騎で行動している東かダンが行動を開始している南側に存在する筈であろう。


 完全に活動を停止させている二人の敵の様子を改めて確認して森の中央へ向かおうとするとそれを阻む様に小さな影が某の軌道上に現れた。



「シュレン先生、きずをなおすから服をぬいでっ」


 ミルフレアが少しだけ怒りを含ませた表情で此方を見上げる。


「何を言っているのだ。そんな時間は無い」


「だめっ。少しのけがでうごけなくなるかもしれないから」


「いいか、良く聞け。某達に与えられた時間は僅かなのだ。この間にもレオーネ女王に敵の刃が迫っている恐れもある。某達は任務を全うしに……」


「いいからぬぐのっ!!!!」


「ぬっ!?」


 ミルフレアが小さな手で某の黒装束に手を掛け此方の抵抗を他所に勢い良く捲って行く。


「や、止めるのだ!!」


 徐々に侵食して行く彼女の手を咄嗟に食い止めようとするが幼子とは思えない力に思わず防衛の手が止まってしまった。


「シュレンさん、私なら構いませんよ。それに彼女が話した通り怪我の影響を受けて戦闘が継続出来なくなる恐れもありますので」


「いや、しかしだな……」


「マリル先生でもこうする。だからいうことをききなさい」


 某はお主を指導する立場にあるのだぞ?? この子はそれを履き違えていないか??


 此処で押し問答を繰り返していたら無駄に時間を費やしてしまう可能性がある。此処は一つ、大人しく言う事を聞いた方が得策だな。


「分かった。時間が惜しいから早く済ませてくれ」


 頑是ない子供の手を押し退けて上半身の服を男らしく脱いで負傷箇所を空気に晒してやった。



「ほぉ……。優しき黒い瞳に端整に纏まった顔。いつもは顔が隠れていますがシュレンさんの顔はその様な面持ちなのですね」


 某の素顔を捉えたランドルト殿が満更でも無い吐息を漏らす。


「そうだよ。いがいとかっこいいんだからね」


「む、むぅっ。やはり素顔を見られるのは得意では無い」


 四つの瞳から隠す様に再び黒装束を着用しようとするが。


「だめっ。ちりょうが終わるまでじっとしてて」


 再び二つの小さな手によって阻止されてしまった。


「ちりょうが終わるまでもうすこしがまんしてね」


「はやくしろ。お主が出来ぬのなら自分で治療をするぞ」


「うん、がんばるね!!」


 とても小さな手から淡い水色の魔法陣が浮かび上がると徐々にではあるが負傷箇所の痛みが引いて行く。


 これから先、この小さな手でフィロ達の傷を癒して行くのだろうか。優しいミルフレアの性格からしてその姿は容易に想像出来るぞ。


 だが血気盛んな龍と狐も居るが故に彼女に圧し掛かる労働力は途轍もなく重いものになるであろう。


 マリル殿の役目は彼女達が巣立つその時まで面倒を見る事。某達はその補助の為に今は共に汗を流している。


 いつまでこの関係が続くのか分からぬがせめてその時まではしっかりと面倒を見てやろう。


「むむ……。けっこうつかれる……」


「四ノ月の闇夜は肌に堪える。早く治療を終えるのだ」


「わかっているもん」


 某は魔法陣から放たれた淡い光によって照らされた暗闇の中に浮かぶ一生懸命な幼子の顔を見下ろしつつ小さくも、しかし重要な決断を人知れず下したのだった。




お疲れ様でした。


最近は徐々に温かくなって来て春の匂いが仄かに香るので……。って香りませんよ。


そう、山から押し寄せる悪魔擬きの花粉の所為です!!!! 一足早くやって来た奴等に鼻腔を攻撃され続けており呼吸がし辛いのなんの。


此方も防御手段として早めに薬局へ向かって薬を買って来ましょうかね。



沢山の応援といいねをして頂き有難う御座いました!!


執筆活動の嬉しい励みとなりましたよ!!



それでは皆様、お休みなさいませ。

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