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今日も今日とて、隣のコイツが腹を空かせて。皆を困らせています!!   作者: 土竜交趾
過去編 ~素敵な世界に一時の終止符を~
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第二百十一話 金城鉄壁を誇る彼女 その二

お疲れ様です。


後半部分の投稿になります。




 強力な光と白い靄に視界が奪われるとほぼ同時に腹の奥が目に見えない大きな手でぎゅっと握り締められている様な痛みとも嗚咽感とも捉えられる不快な感覚が続く。


 空間転移中はこの感覚がずぅっと続くのだろうか??


 ちょっとでも気を抜いたら喉の奥から新鮮な空気を吸おうとして色んな物が飛び出て来そうになってしまうんですけど??


 俺の五臓六腑に困惑してしまう感覚を与えている張本人さんの姿を捉えようとしてギュムっと閉じていた瞼を遅々足る早さで開いた。


「……」


 んっむ……。移動開始時と変わらず目に映るのは眩い光と白い靄のみですか。


 何の面白みも無い光景を見つめていても退屈ですのでもう一度目を瞑りましょうかね。


 もういい加減閉じ疲れたよとグダグダと文句を言う瞼の筋力ちゃんの御機嫌を宥めつつ夏の直射日光を避けるかの様に、強烈に瞼の筋力を酷使して光を遮断していると瞼の表側に微妙な変化が現れた。


 ん?? 光量が下がって来たか??



「うひょう!! 到着ぅ!!」


 フウタの五月蠅い叫び声と瞼に感じる光量の変化を捉えると瞼ちゃんの御機嫌を取る為にそっと静かに瞳を開いて現れた光景は……。俺が知る場所じゃあなかった。



 俺達が何も無い空間から出現した場所は恐らくハーピーの里の中央だろう。此処を起点にして四方向に横幅の広い道が里の終着点へと向かっているのだから。


 青き空から降り注ぐ光と太陽の位置から方角は簡単に割り出せる。


 北側へと続く通りは美しい緑が広がる森へと、西も北側の通りの終着点とほぼ変わらず。東と南の通りは森の中へと続く通路と繋がっていた。


 中央付近並びに各通り沿いにはどの街でも見かける普遍的な家屋が建てられており、そのいずれからも人の気配は感じられない。


 外部から力を加えられて砕け散った窓ガラス、大槌で破壊したのかと首を傾けたくなる大きな穴が開いた木製の壁、そして雨風を凌ぐという基本的な機能を失った屋根。


 通り沿いの家屋は戦闘の影響を受けたのか所々傷付き破壊され、此処で何があったのかを分かり易く第三者である俺達に知らせていた。


 人質達は中央付近に集められていないのか?? それ相応の人々が一箇所に集められているのなら気配がするのだけれども……。


 五感の内の聴覚と視覚を最大限に高めて周囲の様子を窺っていると悪意ある気配と視線を空から感じ取った。



 やれやれ……。想像していたけどいきなり戦闘開始になりそうな気配だぜ。



「だ、誰だ!? 貴様達は!!!!」


「まさか敵襲!?」


「各員最大限の警戒を怠るな!!!!」


 まっ、いきなり正体不明の四名が何も無い空間から出現したら誰だって焦るだろうさ。


 それが侵略行為中なら尚更だ。


「私の予想通りいきなり見つかってしまいましたね」


 青き空から急降下して来る三名の女戦士をいつもの表情と然程変わらぬ顔色で見上げているマリルさんが言う。


 敵が目前に迫っているというのに全く焦る様子も見られないのは肝っ玉が据わっているのか、将又これまでの戦闘経験値による賜物なのか……。


 相変わらず底が知れない人だよなぁ。


「常軌を逸した魔力が突如として発生したのなら誰しもが警戒するだろう」


「だなぁ――。おっしゃ!! 侵略行為を働いているわるぅい奴等にお仕置きをしてやろうぜ!!」


「了解了解っと。マリルさん、俺達の後ろに下がっていて下さい」


 背負っている威嚇用の大弓をすっと外そうとした彼女の前に出て話す。


「あら?? 私が女性だからですか??」


「その通りです。俺……、いいや俺達がお守りしますので後方支援をお願いしますね!!」



 さぁって二回戦の始まりだ。気を引き締めて行こうぜ!!!!


 ちょいと強張った首の筋力を解す様に左右に傾け、その時に備えて両の拳を開いては閉じていると背に四枚の羽が生えた人の姿の大雀蜂の魔物が大地に降り立った。



「貴様等!! 一体何をしに此処へ来た!!」


「それよりも何故何もない空間から出現したのだ!?」


「速やかに答えろ!! さもなければこの場で拘束する!!」


 拘束しようとするのならそんな物騒な武器は仕舞って下さいよね。危ないじゃないか。


「俺達はあんた達に拘束されているルミナとハーピーの里の可哀想な住民達を解放しに来た横着且不愛想な正義の使者さ」


 俺の前に立ちはだかった女戦士が解し終えた喉元に細剣の切っ先向けて来るので端的にそう答えてやった。


「何故その事を知っている!! ま、まさかルミナに向かった五名を無力化したと言うのか!?」


「大正解っ!!」


 貴女の考えは確実に的を射ています。


 そんな意味を含めて右手の親指を天に向かってクイっと上げてやった。



「ふ、ふざけるなぁ!! 我々雀蜂一族が貴様等に負ける筈がないだろう!!!!」


「勝ったからこうしてやって来たんだけど?? 後、住民達は何処にいるのです?? この辺りには居ないって理解で……」


 理解出来たと言葉を続けようとしたのですが、どうやら敵さんは相当怒り心頭らしい。


「食らぇぇええええええ――――ッ!!!!」


 俺の喉元にずぅぅっと切っ先を向けていた女戦士ちゃんが激昂すると同時に襲い掛かって来ましたからね!!



 始まった!!!! いいか、油断するなよ??


 俺達の双肩には輝かしい命の煌めきが乗っている事を忘れるな!!!!



「相棒!! フウタ!! 絶対に相手を殺すなよ!?」


 腰から黒蠍の甲殻で制作された短剣を抜剣して彼等に視線を送らずに叫ぶ。


「努力はするが保証はせん」


「右に同じぃぃいい!!」


 い、いやいや!! これは絶対的な指示ですからね!?


「御二人共、ダンさんの仰る通りにして下さいねっ」


 ほ、ほら。最後方からマリルさんのちょっとだけ怖い声色が俺達の背に届いたし!!


「ちっ!! しかし手加減はせんぞ!!!!」


「ハァァアアアアッ!!!!」


 相棒の剣と敵の細剣が接触すると眩い火花が飛び散り戦士達の顔を刹那に照らし、鉄と鉄が触れ合う強烈な音が戦いの狼煙を告げた。



「だぁっ!!!!」


 俺と対峙する敵が細剣の切っ先を喉元に向かって一直線に突き刺して来る。


 初見なら目ん玉をひん剥いて驚く正確無比な軌道なのだが、生憎数十分前に見た軌道ですのでね!!


「んっ!!」


 短剣で軌道を逸らして初手を完璧に封じてやった。


 さっきのお漏らしさんと同じ軌道で切り付けて来るって事は良く訓練されている証拠だぜ。


 コイツ等の上官は中々の指導力を持っていると理解出来るな。



「良く見切ったな!! だがこれはどうだ!?」


 女戦士が此方から距離を取ると俺の体の正中線に向かって鋭い連続突きを放つ。


「んおっ!?」


 初撃は無難に回避。


 続いて襲い掛かって来る二撃目に対して防御態勢を取ろうとしたのだが、相手の突きの速さは俺の想像を上回りまるで目の前に大きな壁が出来たのでは無いかと錯覚してしまう程の攻撃の波が襲い掛かって来た。


 い、意外にはっや!!!! これ全部捌けるか!?



「ハァァアアアアアッ!!!!」


 右手に持つ細剣の切っ先を人体の弱点に向かって的確に突き、それを躱されたのなら突いた速度よりも早く手元に引き付け相手に休む時間を与えさせない速度で再び突く。


 自分が休めない代わり相手も休ませない体力任せの連続攻撃に思わず上擦った声を出してしまった。


「ひゃぁっ!? ちょ、ちょっと待って!! 危ないってぇ!!!!」


 体捌きで躱せない攻撃は短剣で弾き、明確な殺意を持って急所に向かって来る攻撃には最大限の注意を払って確実に回避する。


 中々の風の圧を纏った剣の突きの速さは全身全霊の力と体力を消耗しても躱しきれず細剣の切っ先が頬の皮膚を切り裂き。


「いつっ!!」


 恐怖の音を奏でる鉄が服を掠ると脇腹のお肉ちゃんがサっと顔を青ざめてしまった。



 俺が不用意に手を出せばそれを待っていました!! と言わんばかりに剣の切っ先がガラ空きの腹に向かって突き出されてしまう。


 しかし、だからといってこのまま見に回れば良い様に体の節々をズタズタに斬り付けられてしまう。


 行くも地獄、帰りも地獄とは正にこの事を言い表しているんじゃないでしょうかねぇ。


 だけど絶対焦るんじゃないぞ?? 勝機は必ず俺にもやって来るのだから……。


 戦場にユラユラと漂う勝利を掴み取る鍵の在処を探る為に奥歯をぎゅっと噛み締めたままその時を待ち続けていた。



「ワハハハ!! どうした!? 手も足も出ないのか!?」


「そ、そりゃあこんなに早く攻撃を……。ンビィッ!? 出されたら誰だって……。ヒャン!? 防戦一方になっちまうだろうが!!」


 鼻に付く高笑いを続ける敵に向かって若干気持ち悪いなぁっと思われる声色で話す。


「このまま押し通らせて貰うぞ!!!!」



 ン゛ッ!! 漸く俺にも勝利の鍵を手繰り寄せる好機がやって来ましたぜ!!!!


 敵が深く腰を落とすと戦いが始まってから一番強力な突きを見舞って来やがった。


 風の壁を突破して、音をその場に置き去りにする一撃は正に圧巻の一言に尽きる。


 だけどな?? こちとら数えきれない程の強烈且熾烈な指導を極悪指導教官から受けて来たんだ。


 この程度の速さと戦意で俺に勝てると思うんじゃねぇぞ!?



「くっ!!」


 俺の心臓に向かって真っすぐ直進して来る細剣の腹を短剣で弾いてやると眼前に眩い火花が飛び散る。


 恐らく己の剣が確実に肉を食らい臓器を穿つと確信していたのだろう。


「何っ!?」


 想定外の反撃を受けて面食らっている敵の表情を捉えると同時に両足の筋力を最大限にまで引き上げ、己の影をその場に置き去る勢いで女戦士の懐に飛び込んでやった。


 お前さんは勝ったと思っていた様だが俺の方が一枚上手だったな!!!!


「ハァッ!!」


 敵が防御態勢を整える前に短剣の柄を力の限り握り締め、大きな隙の匂いが漂う顎に向かって勝利の拳を振り上げてやった。


「グァッ!?」


 顎が跳ね上がると同時に女の苦悶の声が鳴り響く。


 拳に残る感触が勝利を予感させ、確実な勝利を掴み取る為に完全に伸び上がった体に向かって追撃を図ろうとしたのだが……。


「…………っと。流石に気の毒だな」


 跳ね上がった顔が真正面に向き、そして力無く地面に向かって行く体の様を捉えると拳に宿る火の力を解除してやった。


 完全に白目を向いて気を失っている奴に追い打ちを掛ける程俺は巨悪ではありませんっ。


 それに女の子の体は無意味に叩いてはいけないのです。



「ふぅっ、一体撃破っと。相棒!! そっちはどうだ??」


 地面にぐしゃりと崩れ落ちて無力化した敵の姿を見届けると相棒達の方へ振り返る。


「こっちは済んだぜ!! 余裕過ぎて欠伸が出ちまうよ」


 フウタの足元には恐らく彼の足撃を真面に食らったのであろう。


「……」


 微動だにしていない敵が地面の上で仰向けの状態で横たわり、戦う事が三度の飯よりも大好きな相棒と対峙した憐れな敵ちゃんはというと。


「ぐ、ぅぅぇぇ……」


 物凄く痛そうにお腹ちゃんを抑えたまま地面に蹲り苦悶の声を漏らし続けていた。


「お、おいおい。腹に何発捻じ込んだんだよ」


 敵の後頭部に愛剣の切っ先を向けて誇らしい勝利の姿を取っている相棒に問う。


「俺が気の済むまでだ」


「そ、そっか。殺しに来てる相手だから手加減は不要なんだけどね?? 女の子のお腹を強烈な力で殴っちゃ駄目って習わなかったのかい??」


 女性は次の世代へ命を紡ぐ機能を腹に宿している。それを破壊し尽くす訳にはいかぬのですよ。



「襲い掛かって来る敵は無慈悲に倒せと習ったぞ」


 そう言うと思ったぜ……。



「はぁ――……。まぁいいや。マリルさん!! 取り敢えず三名の敵を無力化しましたよ――!!」


 俺達の後方で戦いの推移を見守っていたマリルさんに向かって飼い主にべったり甘える愛犬の如く駆けて行く。


「お疲れ様でした。不殺を心掛ける姿は本当に素晴らしかったですよ」


「へへっ、相手から情報を入手しないといけませんからね!!」


 御主人様の命令を忠実に遂行しましたのでこの憐れな愛犬にご褒美を下さいましっ。


 た、た、例えば優しい口付けとかをね!!!!


 口角を微かに上げて笑みを浮かべるマリルさんの前に立ち、通常あるべき男女間の距離よりも近付いてあげると彼女は何を思ったのか。


「あら……。ちょっと失礼しますね」


 俺の想像通りに一歩近付いて来るではありませんか!! こ、これはもしかするともしかしちゃってぇ!?



「ご、ご褒美を頂きます」


 息の届く距離に近付いてくれた彼女に対して無言で唇を尖らせて、ん――っと突き出してあげた。



 鼻腔に徐々に近付いて来る女の香が男の性をグイグイと刺激し、目に見えない空気越しに届く温かな体温が昼寝に興じていた性欲の獣を呼覚ましてしまう。


 あわよくばこのまま建物に影に移動をしてぇ!! そ、それから次世代に命を紡ぐべく愛の営みを行おうじゃあありませんか!!!!


 期待に胸を膨らまし続け柔らかな感触を待ち続けていたのだが……。



「――――。頬の怪我を治しますね」


 唇ちゃんに届いたのはマリルさんの微かな吐息のみで求めていた柔らかさは決して訪れる事は無かった。


「あ、あ――…………。はい、宜しくお願いしますです……」


 今回は不発に終わったが次回こそは温かく、そして魅惑的な大人の時間を楽しんでやるぞ!!


「そんなに見つめたら治療がしにくいです」


「マリルさんの瞳が魅力的過ぎるからよくないんですよ」


「ふふっ、褒め言葉として頂戴しましょう」


 人知れず強烈な決心を固めて怪我の治療を施し続けてくれる彼女の吸い込まれる様な魅力溢れる瞳を直視していると、背に嫌な感覚が届いてしまった。


 俺が感じるという事はこの場に居る全員も掴み取る訳であって??



「「「……」」」


 皆一様、東の方角へ険しい瞳を向けていた。


「ったく。休む暇も無いってか??」


 フウタが左右の首を傾けつつ話す。


「俺はまだまだ戦い足りない。あの二体は俺が相手にしよう」


「うぅ――……。痛いぃぃ……」


 相棒が今もウ――ウ――唸っている敵をその場に置き去り東の方角へ歩み出そうとしたのだが。


「ダンさん達は少し休憩して下さい」


 マリルさんが俺の治療を終えると背負っている威嚇用の大弓を右手に装備して相棒の歩みを止めてしまった。


「マリル殿。その威嚇用の弓は役に立たぬぞ」


 相棒が大好物の餌を取られてしまった犬の様に大変不機嫌そうな声色で彼女の背に向かって言う。


「あぁ、矢筒が見当たらないからそう見えるのですね。これはれっきとした弓でありちゃんと機能しますから安心して見ていて下さい」


 矢を放てぬ弓が果たして機能するのだろうか??


 俺達の方へ向かって柔らかい笑みを零している彼女に尋ねようとしたのだが、どうやらその時間は残されていない様だ。



「て、敵襲!?」


「嘘でしょう!? さ、三人がヤられているじゃん!!!!」


 上空から襲来した二名の女戦士がマリルさんの前に立ち塞がってしまったのだから。


「どうもこんにちは」


 マリルさんが新手の二人に対してお手本にしたくなるお辞儀を放つ。


「つかぬ事を御伺いしますがこの里の住民、並びにルミナの住民の方々はどちらに居ますでしょうか」


「はぁ?? あんた一体何様のつもりよ」


「私達に手を出してタダで済むと思っているの!?」


「お友達が倒されてしまって激昂する感情は痛い程理解出来ますが、今の私の質問に答えて頂けます??」


「言う訳ないでしょう!? あんた馬鹿なの!?」


「あの子達を助けるのは後回しにしましょう!! 今はコイツを倒すべきよ!!!!」


 片や冷静沈着、片や右往左往。


 対の感情や行動を露わにする両者を眺めて居ると何だか得も言われぬ感情が湧いてきますなぁ……。



「マリルさん!! 加勢しましょうか――!!!!」


 俺達から少し離れている彼女の背に向かって叫ぶ。


「大丈夫で――す!! ダンさん達はそちらの三名を監視していて下さいね――!!」


 あ、うん。そうですか……。マリルさん一人ではあの速さは手に余ると思うんですけども。


「相棒、彼女はあぁ言っているけどやばくなったら助太刀するぞ」


「了承した」


 戦闘態勢を維持し続けて険しい相棒の横顔に言ってやった。


「鬱陶しいわね!! 色々尋ねたい事があるけど後回しだ!! 先ずはあんたを倒す!!!!」


 おっ!! 始まったな!!


 新たに現れた敵の一人がマリルさんの体に向かって細剣の鋭い切っ先を突く。


 体に纏う風の圧、確実に刺殺しようとする明確な殺意、そして殺人の罪を犯す事に一切の躊躇が見当たらない軌道。


 傍から見ても敵の剣技は鍛え抜かれた戦士のモノでありマリルさんのどちらかと言えば華奢な体躯では捌ききれない代物であると瞬時に看破出来てしまう。


 非情の刃が刻一刻とマリルさんの体に近付くものの、当の彼女といえば。



「ふむ、最短距離を一直線に進む剣撃。体に纏う風の力はフィロと同程度のモノですか」


 至極冷静な面持ちのまま目前に迫る剣を興味津々といった感じで観察し続けていた。



 い、いやいや!! 見に回るのは理解出来ますけどもそろそろ避けないと串刺しになってしまいますぜ!?


 マリルさんの呑気な後ろ姿を見つめていると、断崖絶壁の向こう側に飛び込んで行こうとするヒヨコの無謀な背中を捉えてしまった親鶏の口から零れて来るヒュッとした息を思わず放ってしまった。



「かなりの威力を有していますがどうやら私の方が一枚上手だった様ですね」


「なっ!?」


 敵戦士の剣撃がマリルさんの体の前に展開された結界に弾かれてしまい、虚を突かれた敵がぎょっと目を見開く。


「その隙が命取りですよ。水鎖拘束ウォーターバインド


 マリルさんが微かに魔力を解放すると女戦士の足元に淡い水色の魔法陣が浮かび上がり、その中から幾重にも折り重なった水色の半透明鎖が勢い良く出現。



「な、何よこれぇ!!!!」


 淡い水色の鎖は敵に息を付く暇を与える事無く体中を拘束し、体中に絡みついた鎖は敵の体をぎゅうぎゅうと締め付けものの数秒で無力化してしまった。


 結界の展開から魔法陣の出現まで。この間、僅か一秒にも満たない早業に思わず舌を巻いてしまう。



 すっげぇ、労する事無く早くも一体を無力化しちゃったよ。


 あれだけ余裕をブチかましていた理由が何となく理解出来てしまった瞬間であった。



「ちっ!! 詠唱型か!!!!」


 距離を取って戦えば負けると判断したもう一体の女戦士が大雀蜂の姿に変わり空へと飛翔して行く。


「ハハハハ!! この移動速度なら魔法を当てられまい!!!!」


 無駄にデカイ大雀蜂が体全体に風を纏い俺達の視界の端から端まで目まぐるしい速度で移動し続ける。


「そうですねぇ。それだけの速度ですと手加減するのが難しいかも知れませんね」


 あ、あのぉ……。敵を煽る真似は止めた方が宜しいですぜ??


 窮鼠猫を嚙むと言われている様に相手がどう出て来るか分からなくなってしまいますので……。


「貴様ぁ!! その減らず口を閉ざしてやる!!!!」


 マリルさんの挑発に激昂した大雀蜂が更に速度を増して空の中を縦横無尽に駆けて行く。


 瞬き一つの間に姿が消える敵に対してどのようにして魔法を直撃させるのか、お手並みを拝見させて頂きましょうか。



「魔法を当てるのは難しいですが、これならちょっとだけ自信ありますよ??」


 マリルさんが右手に持つ古ぼけて経年劣化した大弓を空に向かって翳す。


「馬鹿か貴様は!! 矢を撃てぬ弓など向けて!!!!」


「御安心下さい。貴女が想像しているよりもこれは遥かに優れた代物ですからね……。んっ!!」


 マリルさんが体を斜に構え、足を両肩と同じ位に開き大弓の弦を力一杯に引いた刹那。


「えっ!? 何アレ!!」


 何も無かった筈の弦に深紅の矢が現れたと同時に素直な驚きの声が漏れてしまう。



「何だその弓は!?」


 俺と同じ感情を持ったのか、深紅の矢は空に舞う大雀蜂ちゃんからも驚きの声を勝ち取ってしまった。


「その珍妙な矢に当たらなければ良い事だ!! 貴様の命を確実に狩り、後ろの男達も奴隷に加えて……」


「ほら、行きますよ!?」


 空の中を縦横無尽に飛び回りつつ長ったらしい台詞を吐いている雀蜂ちゃんに向かって矢を射ると。



「グァッ!?!?」


 彼女が放った深紅の矢は素敵な直線の軌道を描いて大雀蜂の腹を見事に穿った。


 すっげぇ……。あれだけ素早く動く的を正確に射貫いちゃったよ。


「ゆ、油断した!! だがこの矢を引き抜けば……」


 地面に背中から激突した大雀蜂がぷっくりと太った胴体に突き刺さった矢を顎の力で引き抜こうとするが、矢はその場で不動の姿勢を貫いていた。


「何故引き抜けぬ!? そ、それに力が……」


「この弓は抗魔こうまの弓と申しましてね?? 私の家系に代々伝わる物なのです。自分の体力と魔力を犠牲にして深紅の矢を放てます。矢の効力は御自身が痛感していると思いますけど、敵性対象の魔力と力を奪い続けます。貴女程度の素の筋力じゃあ矢は決して引き抜けませんよ」



 抗魔の弓、ね……。


 己の体力を犠牲にすると言っていたので恐らく南の大陸で見た虫払いの魔笛と同じ魔呪具の類のモノであろうさ。


 遠距離で戦えば魔法と抗魔の弓が襲い襲い掛かり、近距離で戦えば結界を展開されて此方の攻撃が無効化されてしまい遠距離と同じで矢と魔法が無慈悲に浴びせられる。


 遠近及び中間距離。


 そのいずれにも適応した戦いの型に思わず唸ってしまった。



「はぁ――。相棒、見たかよ。今のやりとり」


「遠近両方に即座に対応する力は正に素晴らしいの一言に尽きる。あれこそが詠唱型の極みなのかもな」


「だろうなぁ。マリルさ――ん!! お疲れ様でした――!!」


「はぁ――い!! さて!! 貴女達には少々お尋ねしたい事があるんですけどねぇ……」


「「ひぃぃっ!?」」


 マリルさんが新手の二人に対して前屈みになると恐怖に引きつった声が飛び出して来た。


 背中越しだから表情は窺えないけどきっとアノ顔を浮かべたのだろう。


 ご愁傷様ですと労ってやりたいが生憎、そっちが仕掛けた戦いですので一切の手加減はしませんよ――っと。


「時間が無いので端的に済ませましょう。ダンさん!! ちょっと手伝って下さい!!」


「へ、へい只今!!!!」


 いつもの表情に戻ったマリルさんに向かって強面御主人に呼ばれた愛犬よりも素早く駆けて行く。


 命令に少しでも遅れたらアノ顔で説教されてしまうからな……。


 自分でもちょっと情けないと感じてしまうが兎に角!! これでハーピーの里とルミナの街を襲撃した部隊は全て無力化出来た訳だ。


 後は南の島で陣取っている連中の情報を入手するのみ!!


「うふふ。さぁぁってどっちが先に口を割るのか、楽しみですよねぇ……」


「あ、あっちに行ってよ!!」


「そんな顔で見下ろさないで!!!!」


「時間が無いのでさっさと済ませましょうか!!」


 ご愁傷様でした。彼女の拷問は熾烈を極めますが、せめて貴女達の体に精神的苦痛トラウマが残りませんようにっと。


 マリルさんの御口から零れて来る嗜虐感満載の声を受け取り戦々恐々して震え上がっている二人の女戦士に向かって心の中で静かな哀悼の意を捧げてやったのだった。



お疲れ様でした。


いつもより投稿日が遅れてしまい申し訳ありません。執筆時間が取れなかった事と今回の話を書き直していたので想像よりも時間が掛かってしまいました……。



日頃の疲れ、そして背中の筋肉を労わる為に先日の日曜日はお気に入りのスーパー銭湯へ赴きその帰り道に通い慣れたラーメン店にお邪魔して四川ラーメンを食してきましたよ!!


ピリっとした辛みが食欲を誘うのですが、こればっかり食べていていいものだろうなのかという素朴な疑問をふと思いついてしまいました。偶には県外に出て地元民に愛されている食事を摂るのも一考だろう?? ともう一人の自分が問いかけて来たので近い内にブラリ一人旅に出る予定ですよ。



いいねをして頂き、そして沢山のブックマークをして頂き有難う御座いました!!!!


リアル生活でちょっと凹む事が起きたばかりだったので物凄く嬉しいです!!!! これからも頑張って執筆を続けますのでどうか温かな目で見守って頂ければ幸いです。



それでは皆様、体調管理に気を付けてお休み下さいませ。

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