第二百十一話 金城鉄壁を誇る彼女 その一
お疲れ様です。
お待たせしました。本日の前半部分の投稿になります。
長文となってしまいましたので前半後半分けての投稿になります。
室内に漂う鼻の奥をツンと突くちょいと生臭い空気から逃れる様に扉を開いて外に出ると胸一杯に新鮮な空気を取り込む。
新鮮な空気が体の中を循環して行くと自分でも気が付かない内に緊張していたのか、肩の力がフっと抜けて行く感覚を捉えた。
戦いは終わったばかりだがこれはあくまでも前哨戦。
残り三十名もの敵兵をブチのめさない限り俺達には真の安寧は訪れない。
それは態々頭で考えなくても十二分に理解しているが大変我儘な体ちゃんはもっと休みなさいよと新鮮な空気を欲し続けていた。
「すぅ――……。ふぅ――」
微妙な緊張感を解す様に肩をグルリと回して澄み渡る青き空を見つめていると俺の姿を捉えたイスハ達が駆け足で寄って来た。
「ダン!! 中はどうなっておるのじゃ!?」
「ちょっと!! 私達にも早く事情を聞かせなさいよ!!」
「ハンナ先生。先程、とんでもない笑い声が通りに零れて来ましたけれども一体何があったのですか??」
金色、桜色に白色の髪のお子ちゃま達が駆け寄って来ると折角抜けて来た力が再び熱を帯び始めてしまう。
「一気に話し掛けて来るなって。中の状況が気になる様なら俺の着替えを持って行きな」
開けっ放しにしてある扉へ向かって親指をクイっと向けてやる。
「まぁ笑い声からしてさっする事ができる。おそらく、先生のアレを食らったのじゃろう??」
「御明察。史上最大の擽りの刑を受けた敵さんは今もシクシクと泣きながら強情な態度を取った自分を戒めている所さ」
顎下よりもずっと下にあるイスハの丸みを帯びた顔にそう言ってやった。
「先生のアレはいつまでたってもなれる気がせんからのぉ。ダン!! 荷物の中の物を勝手にかりるぞ!!!!」
「ん――。着替えさせてあげな」
俺の背嚢の中に此方が了承するよりも早く盛大に手を突っ込んだイスハに返事をすると俺達の方へ鋭い視線を向け続けているシュレンの下へと向かって歩み出す。
「くっさっ!? あんたとんでもない量を漏らしたわね!!!!」
「いい大人が情けないのぉ」
「仕方ないですわ。先生のアレは常軌を逸していますので」
「どうでもいいから早く着替えさせてよ!! このままじゃ恥ずかしくて外に出られないからぁ!!!!」
「お待たせ――。良い情報と悪い情報。どっちから先に聞きたい??」
今もミルフレアの小さな御手手にしっかりと掴まれているお尻の可愛い鼠ちゃんに背後から聞こえて来るお子ちゃま達の笑い声に混ざって尋ねた。
「悪い情報から」
「人質はルミナとハーピーの里の全住人だ。人質全員が北にあるハーピーの里で今も監視下に置かれながら蜂蜜の採取作業に勤しんでいる。人質を監視するのは十名だったんだけど俺達が五名を無効化したから残りは五名だ」
「ふむ……。守るべき人物が多過ぎるな。では、良い情報を教えてくれ」
「ハーピーの女王が里から拉致されて現在南の孤島で捕縛されている。島を守るのは万が一の事態に備えて強力な陣形を構築している二十名の戦士だ」
「に、二十人もわるい人がいるの??」
ミルフレアの真ん丸お目目が更にきゅぅっと丸まって俺を見上げる。
「この街を襲った大雀蜂一族は、最初は四十名だったけど既に採取し終えた蜂蜜を第一陣の十名が生まれ故郷に向かって運搬を開始した。ちゅまり……」
「戦力が減って喜ばしい、といった所か。だが厳しい訓練を受けて来た二十名を無力化して尚且つ人質を救助するのは骨が折れるぞ」
何でこれが良い情報なのだと言わんばかりにシュレンの瞳が更に鋭角になる。
「奴さん達の引継ぎ若しくは作業の報告は昼の十二時と真夜中の零時に行われる。これから南の島からやって来た奴等から島の情報を入手して作戦を練る予定だ。戦う事が三度の飯よりも好きなお前さんにとってこれよりも良い情報は無いだろう??」
右の口角を四十五度に向かってニっと上げて笑ってあげると。
「ふっ、確かにそうだな」
彼もまた小さな鼠の口を微かに上げて笑ってくれた。
本当はもっと有益な情報を入手したかったけども今現在これが精一杯だし……。
残りの四名の女戦士達に尋問を掛けてもいいけども、全員仲良く夢の世界に旅立っていますからねぇ。
「さて!! 皆さん!! 集まって下さいね――!!!!」
地面の上で気持ち良く眠っている四名を見下ろしていると俺達の注目を集めようとしてマリルさんが無音が蔓延る街のド真ん中で軽快な声を出した。
「先生!! ちょっと待つのじゃ!! 敵のきがえが上手くいかないのじゃよ!!」
「ほら!! さっさと脱ぎなさいよ!! あんたのきったない着替えは私が部屋の隅に投げておくから!!」
「まぁまぁ……。敵の前で盛大に失態を犯したのですねぇ」
「そこのガキんちょ!! 私の服はちゃんと洗って乾かしておきなさいよね!!!!」
「あ、あ――……。あっちは暫く時間が掛かりそうだし、俺達だけで話を聞きますね」
敵の濡れた服を脱がして、水で洗い、室内で干す。新しい着替えは俺の着慣れた活動服を持って行ったから大丈夫だとして。
俺達が尋問を行った家の中から聞こえて来る喧噪から考慮するとあの対処にそれ相応の時間を割く必要がありそうですもの。
「その様ですね。まぁどの道彼女達はお留守番ですので大人達だけで話を進めましょう」
「マリル先生。わたしもいるからね??」
鼠の姿のシュレンを小さな御手手に持つミルフレアが自分の存在を強調する様にいつもよりちょっと強めに言う。
「ふふ、分かっていますよ。貴女とシュレンさんの口から彼女達にこれからの行程を後で伝えて置いて下さいね」
「分かった」
「後で伝える!? マ、マリル殿!! 某はもしかして此処で子供達のお守を……。ングッ!?」
「シュレン先生。ちょっとしずかにしようか」
ミルフレアの左手が円らな瞳の鼠ちゃんのお口を塞ぐ姿を見届けるとマリルさんが真剣な面持ちを浮かべて俺達に厳しい視線を向けた。
「先程の尋問から得た情報によりますとハーピーの里に全住民が拘留され監視下に置かれたまま強制的に蜂蜜の採取作業に就いています。ハーピーの里は此処から徒歩で向かいますとかなりの時間が掛かってしまいます。次の雀蜂一族さん達の監視業務並びに引継ぎ業務まで残り約十時間です。徒歩で向かうのは賢明な判断とは言えません。そこで!!」
マリルさんが再び柏手を勢い良くパン!! と叩いて俺の顔を直視する。
あの目は多分続きを言って御覧なさいって感じでしょうね。ほら、こんな時だってのにキッラキラに輝いていますもの。
「空間転移で移動し、五名の戦士が俺達の登場に驚いている隙を狙ってハーピーの里を制圧。全人質の安否を確認した後……。南の島に拘留されている女王様の奪還に対する作戦を練るって感じでしょうか??」
多分これで合っていると思うけど……。
「大正解です!! 私の考えとほぼ同じですよ!!」
ほぼという言葉が引っ掛かりますけど聡明な貴女と考えが似ていて幸いで御座います。
「ダンさんが今話した通り、此れから私とダンさん、ハンナさんフウタさんは空間転移でハーピーの里に空間転移で移動します。敵さんが魔力を感知して速攻で現れると思いますので適宜対応して下さい」
「ふむ、了承した」
「第二回戦の始まり始まりぃ!! 腕が鳴るぜ!!!!」
「マ、マリル殿!! コイツ等は血の気が多い故、某を連れて行く事を勧めるぞ!!!!」
「フウタさん。お気持ちが逸るのは理解出来ますけども作戦行動中は人質と仲間の命を最優先で守る事をお忘れなく」
お子ちゃまの手の中で必死に自分の存在を強調する鼠ちゃんの声を一切合切無視して淡々と、粛々と第二次作戦展開について話して行く。
「敵性勢力を無力化した後に全人質の安否を確認。先程と同じ要領で敵に尋問を開始して南の島の情報を入手します。それから女王様救出作戦を練ります。此処までで何か質問は??」
「「「「……」」」」」
厳しい瞳を俺達一人ずつに向けて行き何も返事が無い事を確認すると続け様に口を開いた。
「先の戦闘で敵はかなりの力を有している事が分かりました。人質救出の為にそれ相応の危険は避けられません。それでも皆様は私に付いて来てくれますか??」
「勿論です。女性一人を危険な目に遭わせる訳にはいきませんから!!」
「無論だ」
「一々確認しなくてもいいって!!」
「皆さん……、有難う御座います。あ、シュレンさんは私達が帰って来るまでの間、捕縛している敵さん達の監視業務と彼女達の世話を任せてもいいですか??」
「断る!! 某はお守のふぁめに……!?!?」
「わかった。シュレン先生といっしょにここでまっているね??」
ミルフレアが珍しく良く動くシュレンの口を再び塞ぐと不安そうな顔で一つ静かに頷いた。
「貴女は本当に良い子ね……。それでは皆さん!! 行きましょうか!!」
実の母親よりも温かな瞳を浮かべて彼女の小さな頭を優しく撫でた後、子を想う母親から修羅が蔓延る戦地に向かう一人の戦士の顔に変化。
余りの切り替えの早さに驚きつつマリルさんの小さいながらも逞しい背に続いて通りの北側へと静かに、しかし一種の強き意思を持った足取りで向かって行く。
さぁって、此処からは俺達だけじゃなくて人質の命もこの手に掛かって来るんだ。一切の油断、驕りを捨て去りかけがえのない命を救出する事だけに専念すべき。
自分に強くそう言い聞かせると右手を開き、決意を示すかの様に強く握り締めた。
「これ!! さっさと汚いお尻を上げぬか!!」
「うっわ、最悪……。私の魔法は汚物を洗う為に存在しているんじゃ無いってのに」
「敵の前で恥部を晒すとはあるまじき行為ですわねぇ」
「だ、だから好きでこうなった訳じゃないって言っているでしょう!?」
俺達も家屋から零れて来るイスハ達の声に背を押されてマリルさんの後に続いた。
あ、あはは……。アイツ等に後始末を押し付けて申し訳無いな。
全ての事が終わったのなら何処かの街に出掛けてお土産を買って来て労ってあげましょうかね。
「これにさっさと着替えぬか!!」
「これ男物じゃん!! 大きさも全然合わないし!!」
「文句があるのなら全裸で叩き出すわよ!? あるだけでも有難いと思え!!」
大変申し訳無い気持ちを胸に抱きつつ、イスハ達の激昂する声が聞こえない位置まで歩いて来るとマリルさんが歩みを止めて俺達の方に向かって青みがかった美しい黒髪をなびかせつつ振り返った。
「さて、これから移動を開始します。移動中は眩い光と白い霧に包まれて何も見えません。そしてダンさん達の視覚が明瞭になるとほぼ同時に敵が襲い掛かって来る。その様に想定して構えて置いて下さい」
「確か視覚を奪う理由は四次元の世界を認識させない為でしたよね」
「仰る通りです。時間がありませんので早速移動を開始します!!」
マリルさんの体から常軌を逸した魔力の鼓動が迸りその衝撃波が俺達の体を強烈に突き抜けて行く。
「「「ッ!?」」」
日常生活の中ではまず感じる事の無い力の鼓動に目を白黒させていると地面から頭上の太陽の光量よりも強力な光が出現。
「さぁ人質を救出しに行きましょう!!」
「まぶしっ!!」
そしてマリルさんが決意を籠めた声を出すと俺達の視界が強力な光と白い靄に包まれ平衡感覚や五感が不明瞭になり、神の雷が天界から降り注ぎ世界の終末が突如として訪れた様な有り得ない錯覚に陥ってしまった。
こ、これが空間転移の魔法の影響か……。
人体に影響を及ぼす程の魔力の鼓動は正に天晴の一言に尽きますが本当に五体満足で移動先に到達出来るのでしょうか?? 甚だ疑問が残るばかりだが今は人質救出に専念すべきだ。
よぉぉし、もう直ぐ三度の飯よりも戦う事が大好きな人達が人知れず向かいますからねぇ!!
静かな暮らしを破壊し尽くした奴等には申し訳無いがそれ相応の報いを受けて貰うからな。覚悟して待っていろよ!?
「……」
白一色の世界で何も言葉を発さず、俺達だけで横着な魔物達を成敗してやろうと一人静かに決意を固めた。
お疲れ様でした。
現在、温かな味噌ラーメンを食べながら後半部分を執筆しております。
次の投稿まで今暫くお待ち下さいませ。




