第二百十話 南の島から訪れた略奪者達 その二
お疲れ様です。
後半部分の投稿になります。
「お邪魔しま――っす!!」
「ヤダ――!! 痛いのはいやぁぁああ――!!!!」
無意味にジタバタと両足を必死に動かし続けている敵ちゃんの虚しい抵抗を無視しつつ普遍的な家屋の扉を開けてお邪魔させて頂いた。
一辺七メートルから八メートル程度の普通の広さの居間の中央には使い古された大きな机が鎮座しており、机を囲む様に四つの椅子が並べられている。
机の上にはこの家屋の住民さんの所有物なのか御主人様の帰りを待つ木製の皿や箸、コップが主人に代わり寂しそうに俺達を迎えてくれた。
使用感、そして生活感溢れる室内を見て回ると部屋の奥の扉から住民さんがひょっこりと顔を覗かそうな気がするけどもその兆候は見当たらず。シンっとした不気味にも映る静けさが家の中を跋扈していた。
「ではダンさん。その椅子にその人を座らせて下さい」
「へいっ!! 畏まりました!!!!」
何とか逃げ遂せようとする敵ちゃんの肩をグイっと掴み、マリルさんが指示した椅子にちょっと乱暴に座らせてやった。
「いたっ!! ちょっと!! もう少し優しく座らせないよね!!!!」
「お――い、そこの馬鹿野郎。これから楽しい楽しい時間が始まるってのにその態度は頂けないなぁ」
フウタが口角をキュっと上げて女戦士を見下ろす。
「あぁ、その通りだ。先ずは左手の指を全て切り落とす。それでも口を開かないのなら手首。出血多量で死にそうになったのなら止血を施し、右手にも同じ痛みを与えてやる」
「あ、あのですね。いきなり流血沙汰を招くよりも平和的に物事を解決すべきだとは思わないのかい??」
女戦士の前で静かに愛剣をすぅ――っと抜剣した相棒の肩をちょいちょいと突きながら話す。
「私もダンさんの意見に賛成します。さて!! 敵さん?? この街の住民は何処に行ったのか。そして貴女達は一体何故このルミナに訪れたのか。その理由を教えて頂けますか??」
マリルさんが両膝に己の両手をちょこんと乗せて女戦士の顔を覗き込む様な形で話すが。
「だ、だから言う訳無いって言っているでしょう!? あんた達の頭の中はスッカラカンなの!?」
敵は此方の最終警告を盛大に無視する処か汚い言葉で此方の要望を完全完璧に撥ねつけてしまった。
あ――あっ、し――らねっと。
「これだけ親切丁寧にお願いしても私達のお願いを聞いて頂けないのですか……」
マリルさんがふぅ――っと大きな溜息を吐くと右肩に掛けていた鞄を机の上に置き、背負っていた大弓を家屋の壁に立てかけた。
「な、何よ。わ、私は拷問されても絶対に情報を漏らさないからね!!!!」
「体に積載している筋肉量、四名の大人達に囲まれても揺るがぬ意思。ぴーちくぱーちく騒がなくても貴女の口を割るのはそれ相応の時間を要してしまうと理解出来てしまいます。時間に余裕がある場合はじぃぃっくりと時間を掛けて貴女の体にお馬鹿さんの文字を刻んであげても宜しいのですが……。生憎、私達には時間が無いのですよ」
「「「……っ」」」
目の輝きが消失したマリルさんが女戦士の前に立つとある程度の修羅場を潜り抜けて来た俺達の背を泡立たせてしまう低い声で脅す。
声質、こっわ……。
あのドスの利いた声は一体全体どうやって出すのでしょうかね。甚だ疑問が残るばかりですよ。
「では早速始めましょう!!」
「了承した。それで貴様の左手の指を全て貰い受ける!!!!」
軽快に柏手を打ったマリルさんの声を受け取ると相棒が剣を女戦士の指に向かって定めるものの。
「違いますよ、ハンナさん。その剣を仕舞って下さいっ」
彼女は素早く相棒の腕を止めてしまった。
「何故止める」
「先程も言ったじゃないですか。此処から先は時間との勝負だと」
「だから俺はこうして相手に痛みを……」
「ハンナさんは敵さんの両肩を、ダンさんは両足を。そしてフウタさんは鼠の姿に変わって服の中に潜り込んで下さい」
「いやっほぉい!! 美味しそうな体ちゃんだと思っていたんだよねぇ!!!!」
「ちょ、ちょっとぉぉおおおお!?!?」
フウタが彼女に指示されるとほぼ同時に鼠の姿に変わり敵戦士の襟下から素早く内側に侵入。
背中側からあっと言う間の早業で正面に移動してしまった。
「え――っと……。指示には従いますけども一体全体何故こんな事を??」
「暴力にある程度の耐久力を持つ敵に対して痛みを与えても効果は薄いです。しかし、ソレと違う痛みを与えた場合はどうなると思います??」
「そりゃあまぁその効果は覿面でしょうね」
「んおっ!! 結構柔らかいじゃねぇか!!!!」
「キャハハ!! ちょ、ちょっと!! そこは駄目――!!!!」
お腹に与えられる形容し難い感覚から逃れようとして暴れ回る両足を抑えつつ大変わるぅい笑みを浮かべているマリルさんを見上げる。
「住民の方々の安否を最優先で確認したいので強硬手段を取ります。それでは早速始めましょう!!!!」
彼女がそう話すと長袖を男らしくキュっと捲ると左右の十の指を有り得ない速度でわちゃわちゃと動かす。
そして服の中から与えられる鼠の攻撃に対して軽快な笑い声を上げている女戦士の脇腹に十の指を添えた刹那。
「キャハハハハハハハハ!?!?!?!? な、な、何ぃ!? これぇぇええ――っ!?」
女戦士から常軌を逸した声量の笑い声が飛び出て来た。
それもその筈、マリルさんの指は海で暮らす八本の足を持つ蛸さんでさえも思わず顔を顰めてしまう程に複雑に動き尚且つ敵の弱点を的確に攻めているのだから……。
「ほらほらほらぁぁああ!! 早く言わないともっとくすぐりが強力になって行きますよぉ!?」
う、嘘でしょう?? 今よりも複雑且強力な指の動かし方を出来るので??
今でも目で追うのがやっとの勢いなんですけど……。
「止めて!! 離してぇぇええええ――!!!!」
「中々強情な人ですね!! 私の生徒達は此処でいつも音を上げていますよ!!!!」
「あ、あの――。フィロ達にもこの酷い拷問を与えているので??」
ジタバタと上下に暴れ回る足を必死に抑えつつ問う。
「これはまだ序の口ですよ!! フィロ達には粗相の度合いにもよりますがこれよりも酷い擽りの刑を与えていますからね!!!!」
マジかよ……。これだけでもかなり強力だってのにこれ以上の力を与えられたら俺の場合、盛大に漏らす自信があるぜ。
「そしてぇ!! 敵であり中々口を割らない強情な貴女には一切の遠慮はいりません!! フウタさん!! もぉぉっと激しく動き回って下さい!!」
「喜んでぇぇええええ――――!!!!」
「キィァァアアアア――ッ!?!?」
マリルさんの御手手が脇腹から両脇の下に移動を果たし、そしてフウタの動きが勢いを増すと今日一番の大絶叫が女戦士の口から放たれたしまった。
う、うわぁ……。ひでぇなこりゃ……。
下手な拷問よりも強力なんじゃないの、コレ。
「キャ、キャハハハハ!?!? 止めてぇぇええええ!!!!」
マリルさんが女の抵抗する声を無視して脇の下に的確な攻撃を続け。
「おらおらぁぁああ!! 毛と尻尾の攻撃だぜ!!!!」
「アハハハハハハ!!!! 胸元から離れてぇぇええ!!!!」
敵の声が熱を帯びて行くとそれに呼応したフウタの動きも苛烈を増して行く。
服の外側から、内側から与えられる擽りとは呼び難い酷い拷問の惨状を見つめているとついつい本音が口から漏れてしまう。
「よ、よぉ。姉ちゃん。早く言わないと一生笑い続ける事になっちまうぞ」
「い、い、言わない!! わ、私はぁヒャッン!? 女王様の命を受けてぇ!? キャハハハ!!!! 此処に来たんですからぁぁああああ!!!!」
女王様??
確か、コイツはある国の空撃部隊に所属しているって漏らしたよな??
ちゅまり敵部隊はどこぞの国の女王様の指示によりアイリス大陸に上陸したって事になる。
「女王様?? そいつの指示でお前さん達は……」
此処に来たのかと問おうとしたのですがぁ……。
「あ、あぁっ…………」
女戦士がクタァっと草臥れ果て椅子から大量の水分が滴り落ちて来たのでそれは叶わなかった。
「あ――あ、盛大に吹き出しちまった様だな」
お腹ちゃんの服から顔を覗かせたフウタが床に出来た大量の水溜まりを見下ろしつつ残念な溜息を吐く。
「夏の大雨が通り過ぎた後に地面に出来た水溜まりよりも大きな円ですねっ。さて!! まだ口を割らない様ですし?? 穴という穴から体内の水分を吹き出してしまう強力な攻撃を再開しましょう!!!!」
マリルさんが満足気に鼻の息をフンと出すと女戦士の顔色がサっと青ざめた。
「あ、穴という穴ぁ!?」
「えぇ、そうです。一生忘れられない精神的苦痛になる事間違い無しですっ。それでは第二回戦の始まり始まりぃ……」
悪鬼羅刹も思わず仰け反ってしまうわるぅい顔を浮かべたマリルさんが女戦士に接近すると。
「わ、分かったぁ!! 分かったからもう止めて!!!!」
これから起こる惨状の果てに待つ己の姿を想像した女戦士が遂に降参した。
「おや?? 話す気になったので??」
「わ、私が知っている範囲なら話すわ」
「それなら結構です!! それでは御聞かせ下さい」
マリルさんの表情がいつもの優しいモノに戻ると俺とハンナは拘束の手を解き、そして徐々に広がりつつある床の歪な形の『円』 から距離を取った。
「わ、私達は此処から遥か離れたバーズド島からやって来ました。その理由は懐妊した女王様の御体に合う食材を探す為です。次期女王を出産する為に栄養摂取は必要不可欠。そう考えた彼女は私達、空撃部隊に命令を下しました。島にある食材よりも栄養価値の高い食材を探して来いと。私達は命令に従い大海原を越え、道中見付けた島で羽を休めて此処に辿り着きそして素晴らしい蜂蜜を見付けたんです。これこそ女王様の御体に相応しい食材だと。それからこの街とハーピーの里を襲撃して蜂蜜の収集作業に取り掛かりました」
ほぉ、女王様の御体の為に遥々海を越えて侵略行為を開始したって訳ね。
「蜂蜜が必要なら普通に買えば良かったんじゃないの??」
頭の中に浮かんだ素朴な疑問を問う。
「私達が暮らす島には通貨という物がありません。この大陸に来て初めて通貨という物を知りましたよ。それに私達大雀蜂一族は昔から必要な物は奪い取るという習慣がありますので」
「あんた達の法慣習を俺達の国に押し付けるなよ……」
郷に入っては郷に従えという考えをまるで持っていない大馬鹿野郎に対して溜息混じりにそう言ってやった。
「部隊の規模は」
ハンナが鋭い瞳を浮かべたまま涙目の女戦士問う。
「私達の空撃部隊は総勢四十名です」
「四十名かよ。こっちの戦力だとちと骨が折れそうだな」
俺の右肩に留まるフウタが小さな溜息を吐く。
「この街の住民とハーピーの里の人達を利用して既に集め終えた蜂蜜は第一陣十名が島に運搬を開始しましたので今現在は三十名で監視作業を続けています……」
「ではハーピーの里に三十名が駐留しているので??」
マリルさんが険しい顔のままで尋ねた。
「里には私を含めて十名の隊員で警戒と蜂蜜の収穫作業を監視しています。残りの二十名は南の島で強固な陣形を形成し、里から拉致した女王を捕縛して拘留しています」
「お、おいおい。里の人達とルミナの住民だけじゃなくてハーピーの里の女王様も人質も取っているのかよ」
呆れた溜息を吐いて女戦士を見下ろす。
「向こうの女王がこれ以上の戦闘は不利益しか被らないと判断して私達に降伏しました。ハーピーの里の者達は彼女の身を案じて蜂蜜を集め続け、この街の住民は私達に対する恐怖で。此処で作業を開始してから既に四日経ちましたが作業は驚く程順調に進み、間も無く第二陣の出発準備が整う所ですよ」
「テメェ等に与えられた任務を継続している内にフィロ達が街に訪れた。んで、警邏中の部隊に見つかって戦闘が開始された訳だ」
「南の島に居る連中が此処に訪れるのは何時?? それとその場所は何処??」
フウタの言葉に続いて問う。
「南の島は私達が飛んで凡そ一時間程度の距離にある孤島です。報告及び引継ぎ業務は一日二回。真昼の十二時と深夜の零時。その間は奴隷達を監視し続け、此方の命令に従わない場合は武力行使も厭わないという指示を受けています」
「今の時間は……」
窓から差し込む光の角度からして午後二時前後といった所か。
「次の引継ぎまで残された時間は約十時間。その間に対策を練る必要がありますね」
俺と同じ考えに至ったであろうマリルさんが窓のから差し込む光を見つめつつ言葉を漏らす。
「俺達が救出するのはルミナとハーピーの里の住民、そしてハーピーの女王か。救出すべき対象が多過ぎるぞ」
「相棒、ハーピーの里に駐在する敵を無効化するのはそう難しく無いさ」
「ダンさんの仰る通りです。相手は私達の存在を知らないので雷撃作戦が通用します。問題なのは南の島で捉えられているハーピーの女王の救出です。盛大に漏らしてしまったそちらの敵さんが……」
「す、す、好きで漏らしたんじゃない!! あんた達がそうさせたんでしょう!?」
女戦士がマリルさんの言葉にすかさず噛みつく。
そりゃあ大の大人が人前で漏らせば文句の一つや二つは言いたくなるでしょう。
「失礼。拷問を受けて辱めを受けた貴女が言った強力な陣形って単語がどうにも引っ掛かりますよね」
その辺りの野盗が組む陣形なら此方の戦力を加味すれば速攻でぶち抜けるだろうけども、相手はそれ相応の訓練を受けて尚且つ強力な魔力を持つ魔物達だ。
戦士達が構築した陣形を突破して尚且つ敵の刃が振り下ろされるよりも早く女王様を救出せねばならない。
それがどれだけ難しいか。
幾多の戦場を駆け抜けて来た戦士達なら容易く理解出来てしまうだろう。
「よぉ、姉ちゃん。南の島に陣取っている連中が構築している陣形は分かるかい??」
「いいえ、分かりません。でも昨日引継ぎでやって来た人達なら知っているかも知れませんよ」
「そいつらはハーピーの里に居るのだな??」
フウタの問いに続けて相棒が質問をする。
「えぇ、そうです。今も監視の任に就いています」
ふぅむ……。これで俺達が成すべき事は確定した訳だな。
「ハーピーの里に居る敵を急襲して南の島に居る連中の情報を得ると同時に住民達を解放。それから南の島に突撃してハーピーの女王様を救出か……。次の引継ぎが南の島から来る前までにこれらを確定させなきゃいけない。思ったより時間が無いな」
次の引継ぎが来るのは凡そ十時間後。それまでに此方は戦力を整え南の島に向けて作戦を練らなきゃならないのだから。
「此処からハーピーの里まで歩いて行くとかなりの時間を浪費してしまいますよねぇ……」
マリルさんが細い指を顎に当てて深く考え込む姿勢を取る。
「此方の戦力はダンさん達と私だけ。そして南の島に付いての情報は一切無し」
「俺達の目下の目標はハーピーの里に居る連中を無効化して南の島の情報を得る事。その点に付いては一切の疑問を持っていないけど、何か考える事があるので??」
「いいえ?? ダンさんの考えは私の考えと見事一致していますよ?? 私が危惧しているのは蜂蜜を運搬した第一陣の事です。南の島に再上陸、若しくは里に再び訪れるかも知れませんので」
あぁ、前と後ろの挟撃を危惧していたのね。
「あ、その点に付いてなのですが。第一陣はもう戻って来ませんよ?? 此処に来るまでかなりの時間を要してしまいましたし、それに大量の蜂蜜も持って行ってしまったので帰って来る力も残されていません」
ほう!! それは良い事を聞いた!!
「んだよ、姉ちゃん。随分と親切だな」
フウタが小さな鼻をヒクヒクと動かしつつ話す。
「も、もう二度と擽られたくないからです!!!!」
失禁の屈辱を受ければ誰だって口が軽くなっちゃうよね。
「そうですか!! うん、それなら結構!! これから凄く忙しくなりそうですよ!!」
「あぁ、俺の剣も逸っているぞ」
「上等ブチかまして来た大馬鹿野郎共に俺達の力を見せつけてやろうぜ」
「「「フフフ……」」」
「た、戦いの目的を忘れないでね?? 俺達の目標はあくまでも住民と女王様の救出なんだから」
これから始まる戦いを想像して不敵な笑みを浮かべている三名に対し、俺は慌てて当初の目的を告げてあげた。
この三名なら全員を無力化するのは容易いだろうが俺達の双肩には輝かしい命が乗っている事を忘れてはいけない。そう考えて本来の目的を強調して話すものの。
「あ、あ、あのぉ――。そろそろこの縄を解いてくれません?? それと出来れば乾いた着替えを用意して欲しいのですけど……」
「私が敵を引き寄せて……」
「この剣で奴等の針を打ち砕く……」
「俺様の拳が火を噴くぜ……」
大変御強い三人は今も涙目の敵の懇願を無視しつつ、血沸き肉躍る戦いに想いを膨らませ続けていたのだった。
お疲れ様でした。
投稿時間が深夜になって申し訳ありません。何分、色々と書き直す所がありましたので……。
まだまだ寒い日が続きますよね。
体の芯からキンキンに冷えてしまう日々が続き、私の足の指も冬の名物である霜焼けが出来てしまいました。
指で押すと微妙に痛いこの何とも言えない痛覚が冬はまだまだ続くのだと教えてくれますよ。
それでは皆様、体を温かくしてお休み下さいませ。




