第二百十話 南の島から訪れた略奪者達 その一
お疲れ様です。
本日の前半部分の投稿になります。
広い通りの端で行われる旦那の愚痴を肴にした井戸端会議で漏れて来る主婦達の溜息、何処かの家屋の中から微かに聞こえて来る温かな笑い声、本日の釣果を成功させて高揚感がふんだんに含まれた豪胆な漁師の笑い声等々。
イイ街には良い声が溢れ返っているものだがルミナの街には相も変わらず不気味なまでの静謐が蔓延っている。
いいや、一つ訂正しよう。
「食らえぇぇええええ――――ッ!!!!」
「遅いぞ!!」
遥か上空で行われている大雀蜂と白頭鷲の空中大烈戦を除けばの話だ。
雀蜂が風を纏い白頭鷲の巨体に突貫すれば、巨大な神翼を持つ白頭鷲はそれを余裕を持って回避して敵が残した軌跡を追って空の端へと向かって飛翔して行く。
アイツ……。一体何処まで行くつもりなんだろうなぁ。
地上とは違って空の戦場は広く使えるのが特徴的なのだが使い過ぎってのも考え物だ。
戦いに夢中になって気が付いたら何も無い海の上。
此処は一体何処だ!? という事態になりかねないもの。
「ほぉ――。見えなくなっちまったな」
俺と同じ気持ちを抱いているのか、フウタが目元をキュっと細めて二体の傑物が空に描いた軌跡を追っていた。
「まっ、アイツの場合は何も心配要らないし。俺達は俺達の仕事を済まそうぜ」
フウタの右肩をポンと軽快に叩いて空から地面へと視線を落とした。
「「……っ」」
俺達とフィロ達に上等をブチかまして来た二人の女戦士は忍ノ者の強撃を受けて気を失ったまま地面に横たわり。
「うぅっ……。痛いぃ――」
俺が相手にした奴さんは大きなお目目ちゃんの端っこに涙を浮かべて痛む体を労わる様に優しく擦っていた。
「よぉ、姉ちゃん。早速だけど色々聞きたいんだけど??」
フウタが泣き虫ちゃんの前にしゃがみ込んで話す。
「わ、私は何も言いませんからね!!」
「あっそ。それならこっちもこっちで強気の手段に出るけど構わないよな??」
彼が懐から殺傷能力の高い小太刀を覗かせ、ギラっと光る刃面を強調させる。
「ご、拷問!? そんな酷い事したら駄目じゃないですか!!!!」
「消えた住民、某達に襲い掛かって来た理由、そして貴様等が一体何処から来たのか。聞きたい情報は山程ある。安心しろ。その硬いと自負する口を簡単に開けさせる方法は幾らでもあるからな」
更に泣きそうな顔にクシャっと歪めた彼女に対して鼠の姿のシュレンが恐ろしいまでの低い声で追い打ちを掛けてしまった。
自分の教え子を殺されそうになって怒り心頭なのは十二分に理解出来るけども……。
「シュレン先生。いたいのはだめ」
「むっ、ミルフレア。いい加減この手を離せ」
小さなお子様の御手手に掴まれたまま話したら威力半減処か、全く通用しないんじゃないのかしらね。
「俺達は今回偶々この街に訪れた者達なんだ。あんた達が何者か、そして何をしているのかは全く知らない。そして其方が武力行使をして来たのでそれに応えたまで。此処までは理解出来るな??」
「……」
俺がそう話すと涙目の女戦士は静かにコクコクと二度頷く。
「いきなり攻撃を加えて来たら誰だって驚くし、理由も聞かされずに殺されそうになったら必死に抵抗するだろ?? 俺達は悪い奴じゃないしお前さん達を取って食おうとも思っていない。だからこの街の住民が消えた理由だけでも教えてくれ……」
ませんかと問おうとしたのだが、それよりも早く女戦士が口を開いてしまった。
「言いませんっ!!!!」
こりゃ駄目だ。
この大馬鹿野郎は一度死ぬ程怖い目に遭わなきゃ自分の置かれた立場を理解出来ないらしいな。
「ちょっとあんた!! いい加減にしなさいよね!!」
「そうじゃそうじゃ!! 街の人達がどこに行ったのか教えろ!!」
「エルザード、イスハ。そう事を荒立てても話は進みませんわ。此処は一つ、大人の彼等に一任すべきでしょう」
「はぁ!? それが時間の無駄だって言ってんのよ!! 後!! そこでグースカ眠っている大馬鹿龍を誰か起こしなさい!!!!」
「う――うんっ……」
それに此処で二の足を踏み続けていると新手の増援が襲い掛かって来る可能性もあるし。
どうしたものか……。
「それにしても……。姉ちゃん、結構イイ物を持っているよなぁ」
鼠の姿に変わったフウタが厭らしい目付きで女戦士の胸元をじぃっと見つめる。
「ど、何処を見ているんですか!! ハッ!? ま、まさか私を凌辱するつもり!?」
それにすかさず反応した彼女が両手両足を縛られた体を器用にサっと捻って隠す。
「そいつ、目下不能中だからその線は無いから安心しな」
「ダン!! テメェ!!!! 俺様が滅茶苦茶気にしている事を敵に教えるんじゃねぇ!!!!」
「あ、あはははは!!!! 雄としての機能を喪失しているんですかぁ!? プクク!! 恥ずかしくないんですかねぇ!!!!」
「うっせぇぞ!! このクソ女!! 本気で指の一本や二本噛み千切ってやろうかぁ!? ああん!?」
「ご、ごめんなさぁぁああああ――い!!!!」
拷問に近い尋問を行う為にはその辺りの家屋を借りて行えば良いんだけども、子供がいる手前。乱暴な真似は控えなければならない。
そしてこの手の話について最も厄介且融通が利かない相棒が帰って来る前にある程度の情報を入手しないと更に問題がややこしくなりかねないな。
「うし、分かった。お兄さん達とちょぉぉおお――っと大人の話をしましょうね」
己の手にガッチリと前足を乗せている厭らしい鼠の対処に四苦八苦している女戦士に声を掛けた刹那。
「うわぁぁああああああああ――――――ッ!!!!!!」
「「「ッ!?!?」」」
上空から女性の悲鳴が降ってくるとそれから微かに遅れて地面が揺れ動いた。
「お、おいおい。大雀蜂が空から物凄い勢いで降って来やがったぜ」
余りの衝撃に驚いたフウタが後ろ足で立つと随分と離れた通りの北側に向かって視線を送る。
あの野郎……。一切の手加減無しに敵を地面に叩き付けやがったな??
「まさか死んでいないだろうな??」
シュレンが風に乗って届く土埃を嫌がる様に小さな鼻をヒクヒクと動かしつつ話す。
「その点に付いては安心?? しなよ。傍若無人の相棒でも一応手加減は出来るし」
女戦士の容体を確認する為に北側に向かって歩み出すと、彼女を大空から叩き落とした張本人が空から華麗に舞い降りた。
「ふんっ、他愛の無い。シェファ達の方がもっと歯応えがあるぞ」
「あ、あのねぇ。天空を自由自在に舞う大鷲ちゃんと比較したら駄目だろ」
大雀蜂と地面の衝突によって舞い上がった砂塵が彼の翼によって街の方々に散って行くと思わず顔を背けたくなる惨状が現れた。
「ク……。アァッ……」
巨体を持ち上げる四枚の羽には所々穴が開きその機能を喪失。
獲物を捉える鋭い爪はボッロボロに傷付き、更に体全体を覆う虎色の体色も所々剥げている。
大きな胴体にくっ付く四肢は微かに痙攣し、頭に生える触角は地面に向かってシナシナと萎れて垂れていた。
う、うわぁ……。ひっでぇ姿だな。
呻き声が聞こえるって事は生きているのだろうけども、何も此処まで酷く痛めつけなくても良かったんじゃないのか??
「ダン、コイツはどうする??」
白頭鷲の姿のハンナが大雀蜂の巨体を嘴で食み、地面から空高く持ち上げる。
「ちょ!! 食べるなよ!?」
嘴をクイっと上げた勢いでそのまま喉の奥に送り込んでしまいそうになった所作を取った相棒を慌てて止めてやる。
「食いはせん。大体、こんな節だらけの昆虫を食っても美味くないだろう」
ううん、違うの。お母さんが言いたいのはね??
魔物を食べちゃ駄目って事なのよ??
世の道理を説こうとして両腰に手を当て、満足気に獲物を咥えている相棒を見上げていると腹の奥にズンっと重たい衝撃を与える魔力の鼓動が迸った。
「はぁっ!? な、何あれ……」
南側の通りの終着点から随分と離れた位置から突如として届いた恐ろしいまでの魔力の圧に思わず驚きの声が漏れてしまう。
もしかして敵の新手の出現か??
「「「……ッ」」」
俺と同じ考えを持ったハンナ達が正体不明の新手に対して最大級の警戒心を持ち南の方角へ視線を送っている。
今の常軌を逸した魔力からして相当な使い手だぞ。果たして俺達四名で対処出来るかどうか……。
それ相応の修羅場を潜り抜けて来た猛者共に強烈な緊張感を与える者とは一体誰なのか。
恐ろしさと怖いもの見たさ。
複雑な感情が入り混じった心の空模様のまま警戒心を継続しつつ通りの南側へ視線を送り続けていると遂にその者が俺達の前に姿を現した。
「あら?? 皆さん、一体どうしたのですか??」
「マリルさん!?」
「「マリル殿!?」」
「微乳姉ちゃん!?」
フィロ達の指導者であるマリルさんがまるで主婦の買い物帰りの様なのんびりとした歩調で街角から姿を現すと再び驚きの声が口から漏れてしまった。
「あぁ、ダン達は初めて感じるのか。今のが先生の空間転移ね」
エルザードが然程表情を変えずに指導者の到着を待つ。
「い、いやいや。今の魔力の圧はおかしいだろ。俺達の数十倍……。いいや、百倍以上か若しくはそれ以上の桁違いの圧を放っていたんだぜ??」
「あんた達とはそれだけ魔力が離れているって証拠なのよ。先生――!! このふざけた事情を説明したいから早く来て――――!!!!」
はぁ――……。今回の冒険で本当に色んな体験をして来たけども、俺が得た経験はどうやらまだまだ底が浅いらしいな。
世の中は本当に広いのだと、まざまざと見せつけられた気がするぜ。
「ふぅ――。お待たせしましたね」
マリルさんが俺達の下に到着すると額に微かに浮かんだ汗をハンカチで綺麗に拭う。
右肩に掛けた大きな鞄に体全体を覆う使い古された灰色の外蓑。
外蓑の中はちょいと格好悪いなぁっと思える私服をいつも通り着用しているのですが……。
彼女の背から覗く大きな弓に目を奪われてしまった。
かなり古い木製の物なのか、気の温もりを与えてくれる茶は黒みがかった灰色に変色しており矢を撃つという本来の機能を果たしてくれるのかと素直な疑問が浮かんでしまう。
そして矢を射るのなら矢が入った矢筒が何処かにある筈なのですがぁ……。その存在は彼女の体中に視線を送っても発見に至らなかった。
威嚇の為に弓を背負っているのだろうか?? ほら、女性一人で行動していると何かと問題に巻き込まれてしまうし。
俺達の後ろにはボッロボロに汚れてぶっ倒れている正体不明の戦士達が、そして街のそこかしこに刻まれた戦場の跡。
威嚇用の大弓を背負い、戦場のド真ん中でのんびりと汗を拭う姿がどこか場違いに映るのは気の所為でしょうか。
「先生。おかえり」
「先生!! よく聞くのじゃ!!!!」
「マリル先生。態々御足労頂き有難う御座います。先ず私の口から説明させて頂きますと」
「マリル先生!! こいつらが街の……!!」
己の指導者が到着するとほぼ同時に生徒達が一堂に、自分勝手に、そして思うがままに台詞を吐いて行く。
「一斉に言葉を話されても対処に困ってしまいますよ。えっと……、ではダンさん。後ろに居る彼女達の存在と街の様子について。入手出来た情報だけでいいので説明して頂けませんか??」
「え、えぇ。分かりました。俺達は……」
フィロ達の監視の任に就きルミナの街に到着してからの状況を事細かに説明していくと、マリルさんは俺の話の途中で時折静かに大きく頷き此方の言葉を咀嚼していた。
「――――。そしてフィロ達じゃ対処しきれない状況が起こりましたので僭越ながら助太刀させて頂いた次第であります、はい」
妙に不機嫌な感情を身に纏うマリルさんの御怒りを買わぬ様。
いつまでもうだつが上がらない御用聞きよりも遜って説明し終えると大きく息を付いた。
表情自体はいつもと変わらないけど静かな怒りが瞳に宿っていますな。
それは恐らく、何度も足を運んだであろうこの街の住民に危害を加えた。そして愛弟子達に攻撃を加えたからだろうさ。
「成程、状況は理解出来ました」
「それでどうするよ。俺様達が今からちょ――っと大人の話をしようって考えていた所なんだけどさ」
フウタが後ろ足で立ち二足歩行になってそう話す。
「それよりも先ずは……。皆さん、よく頑張ったわね。この街を守ろうとして、そして仲間を守ろうとして戦った事は素直に喜ばしい事だと思いますよ」
「えへへ。わたしはね?? フィロをまもろうとしてがんばったんだよ??」
マリルさんが母親の様な優しい瞳を浮かべてミルフレアの頭を静かに撫でる。
「ですが……」
おっと、急に雲行きが怪しくなって来たぞ??
「まだまだ未熟である実力なのにも関わらず戦闘を始めるのは少々疑問が残る判断ですね」
「そ、それはじゃな!! わしらが戦わなければ自分の命を守れなかったわけで……」
「それに勝手にドンパチ始めたのは今も馬鹿面で眠っているフィロなんだからね!?」
エルザードがいつもより三割増しで眉を尖らせると地面で幸せな眠りを享受している胸の薄い龍族の小娘に指を差す。
「その間に何処かに隠れているであろうダンさん達を呼んでくる事は出来ましたよね?? 子供達だけで対処しきれない事は明らかなのですから」
「「「「……」」」」
ぐうの音も出ない説教をブチ食らうと全員が押し黙って細かい砂で覆われた地面に向かって視線を落とした。
「ま、まぁまぁ。彼女達の奮戦は本当に凄かったですよ?? これも指導者であるマリルさんの日頃の訓練の賜物だ!! って実感出来ましたからね」
渡りに船、じゃあないけども。
あれだけ頑張った彼女達に援護を送ってあげる。
「駄目ですよ、ダンさん。ここで甘い言葉を掛けては。彼女達は初めての実戦を辛くも勝利で飾りましたがそれに奢ってしまう可能性も残されていますので」
うはっ、結構処かかなり厳しい指導だな。
厳しい指導に関してはうちの相棒といい勝負をしそうだぜ。
「まぁこれ以上説教を続けると日が沈んでしまいますので次の行動に移りましょうか」
「へ、へいっ!!」
マリルさんがスタスタと俺達の間を通り抜けて無力化している五名の女戦士達の下へと歩んで行く。
「初めまして、私の名前はマリルと申します」
唯一意識が残っている女戦士に向かってお手本にしたくなるお辞儀と台詞を放つ。
「つきまして。この街が一体何故こうなったのか。その理由を教えて頂ければ幸いなのですが」
「い、言う訳無いでしょう!? あんた一体何を考えているのよ!!」
「そう、ですか。それなら此方もそれ相応の手段を取らざるを得なくなりますけど??」
マリルさんが俺達に背を向けたまま女戦士に向かって前屈みになり、己の顔をずぃぃっと近付けて行くと。
「ひぃっ!?!?」
女戦士の顔が一気にサっと青ざめ、まるで恐ろしい姿の化け物を見付けてしまったかの様に酷く歪んでしまった。
あ、あぁ……。きっとあれはあの目を見てしまったのだろうなぁ。
これまで多くの魂を刈り取って来た死神も裸足で逃げ遂せる恐怖の目を至近距離で見つめればそりゃ恐れ戦く声の一つや二つ出てしまうだろうさ。
「私がこれだけお願いしても駄目なのです??」
「普通にお願いされて秘密を話そうとする馬鹿が何処の世に居るのよ!!」
「それじゃあ仕方がありませんねぇ。其方が満足するような金銭は持ち合わせていませんし。ん――……、そうだ!! ダンさん!! あの家に此方の方を運んで下さい!!」
「へっ!?」
マリルさんが新しい玩具を見付けた子供の様に陽性な声を俺に向かって出すと。
「べ、別に構いませんけど」
「イヤァァアアアア――――!!!! 凌辱されちゃぅぅうう――――っ!!!!」
「あはは。そんな酷い事はしませんよ――」
両手を縄で縛られている女戦士の肩をグイっと掴み、その場に留まろうとする体をちょっと強引に引きずり指示された家へと運んで行く。
「フウタさん、それとハンナさんも私達に御一緒して下さい」
「勿論だぜ!!!!」
「了承した」
血気盛んな相棒と暴力行為が大好きな横着鼠ちゃん、そして生徒達の目から隠す様に一人の女性を家屋の中へと連れ込んだ。
これだけの条件が揃えば深く考えなくてもマリルさんの頭の中の考えが容易く読み取れてしまう。
本来であれば対話に時間を掛けて少しずつ情報を得て平和的な解決策を模索すべきなのですが、この街の住民の安否を考えると長い時間を掛けていられない。
マリルさんは消えた住民達の安否を最優先する為に中々のお胸ちゃんを持つ敵に拷問をこれから仕掛けるのだろうさ。
背に腹は代えられないと言われている様に拷問は致し方ないと言った所か。
まっ!! こいつらが先に仕掛けて来たんだし??
因果応報じゃあないけれどもそれ相応の痛みを受けて貰いましょうかね。
お疲れ様でした。
まだ後半部分が執筆出来ていないのでこれから作業に取り掛かります。
次の投稿まで今暫くお待ち下さいませ。




