第二百九話 まだまだ手の掛かる雛鳥達 その一
お疲れ様です。
本日の前半部分の投稿になります。
青き空から降り注ぐ陽光が人の営みの残影を眩く照らす。
良い感じに使い古されて玄関の戸の脇に立てかけてある箒、中途半端に磨かれたガラス窓、そしてこれは一体何に使ったのだろうかと思わず首を横に三十度傾けてしまいそうになる痛んだ桶擬き。
人が生み出し育んだ文化は本日も物言わず第三者に向けて此処で人が暮らしていたのだと俺に向かって強烈に叫んでいた。
「んぅ――む……。人が確かに暮らしていた形跡はあるけども全く人の気配がしないよな」
取り敢えず身近にある窓から家の中を覗き込むが室内は不気味な静けさを醸し出す薄闇が跋扈しており、此処に人は居ないぞと教えてくれる。
その教えに反して居間の奥の更に濃い影の中から住民の方がひょいと顔を覗かせてくるのを待っているが……。
待てど暮らせどその兆候は見られない。
この薄気味の悪い雰囲気は何処の家からも放たれており、俺達は横着な教え子の監視の任に就きながら街全体が放つ目に見えぬ不安に包まれていた。
此処が小説や物語の話の中なら人っ子一人居ない街の至る所から恐ろしい化け物の影が次々と襲い掛かって来るのだけども、現実は全く以て面白くも何ともないですよねぇ。
俺達に向かって来るのは家と家の間を抜けて行く風の音や何処からともなく聞こえて来る鳥の歌声だけなのだから。
「人だけが何処かに出て行った。そう捉えられるのは確かだ」
相棒が家屋の壁に身を預け、街の通りで漂う土と埃の薄いカーテンを見つめつつ話す。
「そんな事は分かっているんだよ。俺が知りたいのはその『理由』 なんだけど??」
当たり障りのない台詞を何とも無しに放った相棒の端整な横顔にそう言ってやるが、彼の口からは相も変わらずの大変ちゅめたい言葉が出て来た。
「知らん」
んまっ、本日も辛辣です事。
「住民だけが消えた街ねぇ。ちょっと早いけどよ、俺達が顔を出すか??」
フウタが前に、前に出そうになる足を必死に宥めて言う。
「俺達が監視の任を解くのはもうフィロ達がもうどうしようも無い位の危機に陥ってからって、マリルさんからとぉ――ってもド太い釘で差されたから止めておけって」
龍の姿に変わったフィロが一体の雀蜂を撃退してから数分が経過。
戦場の音色が響いていた街の通りは再び静寂を取り戻し、街には平穏な環境音だけが鳴っている。
通りの影から彼女達の様子をそっと監視していたがマリルさんが言った危機という現象は起こらず、俺達はヤキモキした感情を胸にぎゅっと仕舞い込んで彼女達に此方の存在が知られぬ様にちょいと入り組んだ街の裏通りに引っ込んだ。
フィロ達の身を案じてあのクソデケェ雀蜂をぶっ飛ばしても良かったけど、マリルさんは出発前の俺に対して物凄くこわぁい顔で何度も釘を差して来たからなぁ……。
『では行ってきますね!!』
『ダンさん、フィロ達に手を差し伸べるのは本当の危機が訪れてから。これだけは絶対順守して下さい。いいですね??』
『あはは!! 勿論ですよ!! でもその見極めが難しいですよねぇ。例えば御米が足りなくなって餓死しちゃう――って時は此方からさり気なぁく古米が入った麻袋の彼女達の進路上に……』
『いいデスね??』
『ッ!?』
俺が軽快な笑みを浮かべて饒舌に話していると顔は笑っているけど、目だけは笑っていない彼女がズズっと近付き心臓に大変冷たい釘をぶち込んで来た。
あの時のマリルちゃんの顔……。
思い出すだけで背筋の肌が一斉に泡立っちまうよ。
南の大陸で相棒と共に死闘を繰り広げたジャルガンと同じ位の覇気を纏い、ガイノス大陸に暮らす龍達と何ら遜色無い殺気を放っていましたもの……。
死神も涙目で地平線の彼方へ逃げ出す笑みの教えに従い、フィロ達の様子をずぅっと窺い続けていると彼女達は苦労の末に目的地であるルミナに到着。
それから突然来襲した一体の雀蜂を撃退して今に至るのだ。
不気味な静けさが漂う街、消えた住民、そして有無を言わさず襲い掛かって来た魔物。
此処から先は素人目にも分かる通り大変きな臭い展開が待ち構えているだろう。
それなのに何も出来ないってのは大分歯痒いぜ。
「アイツ等じゃあこの事件は絶対対処出来ないだろうし、此処は一つ俺達の出番じゃあないのかい??」
マリルちゃんに説教を食らう前提で話を無理矢理進めようとするが。
「駄目だ、俺達の任務はあくまで監視だからな」
頭の固い相棒は俺の提案を考える素振も見せずに撥ねつけてしまった。
「だからさぁ俺が言いたいのはね?? フィロ達が自分の手に負えない事件に首を突っ込む事を危惧しているんだよ。あの雀蜂の力を見ただろ?? アレ級がわんさか出て来たら手に余る処か命の危機なんだし」
常軌を逸した移動速度、頑丈な樹木を噛み千切れる強力な顎に丸みを帯びた尾の先端から覗くド太い針。
大雀蜂の戦力を街角からそっと確かめていたがかなり強力な部類に属すると速攻で看破出来てしまったのだ。
「俺様のダンの意見に賛成――。分隊の主力であるフィロが毒を食らっちまった。もしも連戦になる様だったら速攻で隊が崩れちまうぞ」
フウタが鼠の姿で前足を器用に動かして体の前で腕を組む。
「それを克服する為の訓練だ。某達はハンナが言った通り監視の任を続行すべき」
シュレンが大変可愛い鼠のお尻を此方に向けつつ話す。
「んだよシューちゃん!! 愛弟子であるミルフレアが心配じゃあねぇのかい!?」
フウタの右前足が丸くてふわふわのお尻を思いっきり叩くと。
「心配では無い。後、もう一度その下らない動作を取ったのなら此処で貴様の命を刈り取るぞ」
ただでさえ鋭角な目元が更にキッ!! と尖って同郷の忍ノ者を思いっきり睨み付けてしまった。
「その目は見慣れたからどれだけ睨んでも無駄ですぅ――」
「これで意見は完璧に分かれた訳だ。今の所何か起こる気配はねぇし。このまま静観を続けますかっ」
此処で意見を交わしていても時間の無駄。
そう考えた俺はちょっと早い昼食を取る為に背嚢からお目当てのカッチカチに固まった朝食の残り物の一つであるおにぎり擬きを取り出そうとしたのだが……。
「……、おう??」
それはまだちょっと早いぜと言わんばかりに中々の強い魔力を持った者達が接近して来た。
俺が感じるって事は当然彼等も気付く訳であって??
「「「……っ」」」
三者三様、大変難しい顔を浮かべて通りの方へ視線を送っていた。
お疲れ様でした。
後半部分がまだ執筆出来ていないのでこれから執筆作業に取り掛かります。
次の投稿は書き上げてからになりますので今暫くお待ち下さいませ。




