第二百七話 空中の激戦 その二
お疲れ様です。
後半部分の投稿になります。
私よりも速く動けるのは……、そうだ。ハンナ先生とフウタか。
速度零の停止状態から最高速度までの時間が瞬き一つよりも速い、そんな馬鹿げた加速と速度を持ち合わせていたからね。
あの二人の突貫の速度は正直目を見張るモノがあった。
まぁダンもシュレン先生も速いけども何か手加減してくれているのか底を見せてくれなかったし。
ハンナ先生とフウタは訓練の時なんて言っていたっけ??
『お、おい見たかよ。フウタ』
『あん?? 昼寝の邪魔だから喋りかけてくんな』
『今さ、マリルちゃんが軽く弾んだ時に大変掴み心地の良さそうな双丘ちゃんがポッッヨォォンって弾んだぜ!? いやぁ、これぞ眼福って感じだ』
『俺様はもっと大きな双丘ちゃんが好みだけどよ。アレも中々にソソルよなぁ』
『だよねぇ!? ぬ、ぬふふぅ……。あわよくばさり気なぁぁく後ろから掴んじゃおうかしら!?』
『転んじゃったぁ!! とかという奴だな!! よっしゃ!! テメェには貸しが沢山あるから俺様が一肌脱いでやるよ!!』
『流石分かっているじゃねぇか!! それこそが親友って奴だよな!!!!』
『――――――――。そこから一歩でも動いたのならコロす』
『『キャアアアアアアアア――――――ッ!?!?』』
おっと違った、これよりももうちょっと後だったわね。
私達の訓練中に大変ケシカラン事を考えて実行に移そうとしていた馬鹿野郎二人を成敗した時の光景のお尻を蹴り飛ばして本物の記憶を探って行く。
『良く聞け。速さが違い過ぎる相手に対して無暗に動くのは自殺行為だ』
『そ――そ――、ハンナの言う通りだぜ。鈍足な相手が向かって来たら好きな様にこっちから攻められるからなぁ』
『だったらどうすればいいのよ。相手は好き勝手にこっちに対して攻撃を仕掛けて来るっていうのに』
『圧倒的に開いた速度の差を克服するのは不可能だ。しかし、それでも戦いの場を制する方法はある』
ハンナ先生が鋭い視線を放ちながら私の眼をじぃっと捉えつつ言葉を続ける。
『相手は敵を倒す為に、戦いの場を制する為に必ず攻撃方法に移る。そう、必ずだ』
彼がそこまで話すとこれ以上は話さなくても分かるよなと言わんばかりに口を閉じた。
『――――。つまり、相手の一挙手一投足を見逃さず攻撃に至ったその刹那を狙い打てって事??』
『正解――。どっちも動かないのなら相手が動くまで待つんだよ。んで、相手が攻撃を仕掛けて来る時を待つ。要はアレだ、返し技って奴よ。まぁ当然相手もそれを見越して攻撃を加えて来るから返しの返しも用意しておけ』
『じゃあ返し技が躱される事を前提にして攻撃を返せって事??』
体の前で腕を組み満足気にウンウンと頷いているフウタにそう話す。
『馬鹿かテメェは。圧倒的速度の差がある敵にそんな中途半端な攻撃を加えてどうするんだよ。向こうがたじろぐ強烈な殺気と覇気を纏い正確な攻撃を繰り出せ。向こうがそれで怯んだら儲けもの、返しの返し技を繰り出されたらそれを外してぶっ飛ばしてやれ』
『ふぅん、成程ねぇ……。後、もう一回馬鹿って言ったらあんたの小さなお尻に穴が開くからね??』
修羅場を潜り抜けて来た忍ノ者の有難い金言を受け取り妙にしみじみと頷いた。
圧倒的な速度差を制する為には大山を揺れ動かす強力な一撃も大地を震わす神の一撃も要らない。
私が今必要としているのは相手の小さな体を捉える針の穴を通す様な鋭くて正確無比な攻撃だ。いや、寧ろ攻撃すらも不要なのかも知れない。
相手の影を、実体を捉える為に全ての感覚を研ぎ澄ませ……。
「どうした?? 私に強烈な攻撃を加えるのでは無かったのか??」
再びブゥゥンという耳障りな羽音だけを残して姿を消した大雀蜂ちゃんの声が耳に届く。
人の感情を逆撫でる余裕綽々な声に一瞬だけ怒りの炎が湧くがそれを懸命に抑えて相手の出方を窺い続けていた。
コイツは絶対に私の研ぎ済ませた一撃を躱す。
それを断定出来た理由は何故だと問われてもその理由は答えられない。
何となく、漠然的、直感。
論理的と言うよりも感覚的と言えばいいのかな?? これまで交わして来た攻撃の数々と相手の所作が私にそう強く訴えているのだ。
最初の返し技は囮にして二撃目に全てを賭けるのか、将又最初から最後まで全力でぶち込むのか。
ハンナ先生と卑猥な鼠なら後者を選択するであろう。
幾多の危険を乗り越え、死を克服して来た本物の戦士に倣って私も最初から最後まで抗って見せるッ!!!!
「……」
口を閉じて呼吸を停止させ肌に感じる空気の流れを掴んで行く。
「食らいなさい!! 火球連弾ッ!!!!」
地上からエルザードの連続火球がブンブンと飛び続けている大雀蜂の影に向かって放たれるが。
「ハハハハ!! これだけ離れた距離で戦っているのだ。貴様の生温い魔法が当たる訳が無いだろう!!!!」
野郎は余裕を持って中々の威力を誇る火球を回避して嬉し気に顎をカチカチと鳴らした。
「あぁもぅぅうう!! イライラする!!!! フィロ!! もうちょっと高度を下げて戦いなさいよ!! 私の魔法が当たらないじゃん!!」
ふふ、当たらなくても十分助かっているわよ??
地上で悔しそうにキっと視線を尖らせている淫魔のお子ちゃまの援護が無ければもっと酷い傷を負っていた事だろうし。
彼女の言われた通りに高度を下げて五人全員で戦えば勝利を確実に掴めるであろう。でも、万が一彼女達の身に何かあれば私は一生自分を許せなくなってしまう。
それにルミナの街の家々を壊す訳にはいかないしね。
「さぁ、これで幕引きだ……」
よぉぉおおし!! 掛かって来い!! こっちは準備万端よ!!!!
「それはこっちの台詞よ!! 何処からでも掛かって来なさい!!」
空の覇者の如く両手をグワっと天に向かって掲げてやると弱気な心を蹴飛ばし、烈火の闘志を更に燃やして轟炎にまで昇華。
生温い攻撃じゃあ燃え盛る私の炎は消せないぞと相対する見えない敵に強調してやった。
「死に急ぐ愚者め。望み通り……。貴様の命を刈り取ってやる!!!!」
さっきから弱者、弱者って何度も言って!!!! 人の姿だったのなら胸倉を掴んで何度も往復ビンタをぶっ放している所よ!?
「ッ!!!!」
刹那にグンっと上昇した怒りを鎮めて三百六十度に気を張っていると左翼上方に不思議な風の流れを掴み取る事が出来た。
あんたの姿は目で追えないけども!! こちとら物心付いた時から風を読んで大空の中を自由に飛んでいたのよ!?
空の覇者である龍一族の力を嘗めて貰っちゃあ困るわ!!!!
「そこだぁぁああああああ――――――ッ!!!!」
左翼上方に向かって一切視線を送らず鍛え抜かれた筋力がこれでもかと積載されている龍尾を勢い良くぶち込んでやった。
「何ッ!?」
体を反転させる勢いで解き放った龍尾の一撃を予想していなかったのか。
大雀蜂ちゃんのお口から驚嘆の声が放たれるものの……。
「クソッ!!!!」
私の予想通りというか蓋然的と言うか、返し技である龍尾の一撃は不発に終わってしまった。
「私の影を捉えた事は褒めてやろう。一撃で仕留められなかった己の無力を嘆いて死ねぇっ!!!!」
ほぼ零距離にまで接近した大雀蜂の二つの黒き眼が鋭く尖ると尾の先から極太の張りを覗かせて私の喉元に狙いを定めた。
蜂の針には当然毒が含まれている。天然自然を相手に遊んでいる者なら周知の事実だ。
蜜蜂程度ならイテッ、と小さく呟く位の痛さと毒の強度なのだが大雀蜂なら話は別。
自然界に住む奴等は尾の先から出す毒針で敵が絶命するまで何度も刺すからね。勿論、その毒性も蜜蜂のソレに比べればもっと強力だ。
アレが喉元を穿てば猛毒によって藻掻き苦しみながら死を迎えるでしょう。
「……」
こんな何も無い場所で私は死ぬ訳にはいかない。黙って死を迎える程私は人生に悲観していない。
それと何より……。大切な友人達とこれからも危険で楽しい冒険を続ける為に!!!!
「私は此処で倒れる訳にはいかないのよぉぉおおおお――――――ッ!!!!」
右腕の筋肉がブチ切れる勢いで喉元まで苛烈な速度のまま動かして猛毒の針を受け止めると勢いそのまま、人間の頭部と同じ位の大きさの大雀蜂の体をガッチリ掴んでやった。
オッシャァァアアアア――――ッ!!!! やぁぁっと捉えられたわ!!!!
「貴様ぁぁああああ!! 私の行動を読んでいたのか!?」
「勿論よ!! あんたは必ず私の動きを避けて反撃すると思っていたからね!!!!」
手の平の中から響く怒気に塗れた叫び声に答えてやる。
「小娘に攻撃を読まれるとは一生の不覚!! だが、貴様の指を全て噛み千切って脱出してやる!!!!」
手の中でウジウジと、むじゃむじゃと蠢く昆虫は何を考えたのか知らんが私の大切な指に噛みついて来るではありませんか!!!!
「イっっだぁぁああああ――――――ッ!?!?」
右手の人差し指に超激烈な痛みが迸るとほぼ同時に体の中で今も轟々と燃える闘志が更に勢いを増し、戦いを生業とする闘神でさえも制御不可能に陥るまで高まってしまった。
じょ、上等じゃない!! あんたが私の指を噛み千切ろうとするのならコッチはこっちで考えがあるんだから!!!!
今も私のガジガジと指を食み続ける大雀蜂ちゃんを掴んだまま右手を天高く掲げ、そして街の真ん中を走る道に狙いを定めた。
さぁぁああ、これで決着よ!!!!
「この星の中心にまで送り届けてやらぁぁああああああ――――――――ッ!!!!」
物理こそ至高、力こそ正義。
そう言わんばかりに右腕の筋力を最大限にまで膨れ上がらせ、上半身の力を最大稼働させて右手の中の無駄にデカイ大雀蜂を地上に向かって思いっきりぶん投げてやった。
「ウォォオオオオオオオオ――――――ッ!?!?!?」
いきなり空中に放り出された大雀蜂ちゃんは四枚の羽を必死に羽ばたかせるものの、物理の法則を覆すまでには至らなかった。
「グァァアアッ!?!?」
戦闘に特化した昆虫が地上に激突すると天まで轟く轟音が鳴り響き大量の塵が地上に舞い上がった。
頼むわよぉ……。こうして空に浮いているだけでも気を失いそうなんだからもう立たないで……。
「ぜぇっ……。ぜぇぇっ……」
荒い呼吸を続けながら土埃が張れるまで宙に浮かびつつ戦闘態勢を維持。
そして空気中に舞う塵芥が微風に乗って晴れ渡って行くと……、遂に私が待ち焦がれていた光景が現れた。
「……」
地面には大雀蜂から人の姿に戻った女性の姿が確認出来、件の彼女は指先一つ動かさず地面の上で気持ち良さそうに横たわっていた。
か、勝ったのよね?? 私が勝ったのよね!?
「よ、よ、よっっしゃああああああああ――――ッ!!!! 超大勝利ッ!!!!」
澄んだ空気が漂う空の中、光り輝く太陽に向かって勢い良く右腕を上げて勝鬨をあげてやった。
な、何んとか初めての実戦を美しい勝利で飾る事が出来たわね!!!!
絶望の中から掴み取った勝利が何処までも心を温めて、湧かせてくれるがここでふとした疑問が脳裏を過る。
というかさぁ!! 最初の冒険で出会う敵って大体ちんけなナイフを持った街のチンピラとかボロを纏った野盗とかじゃないの!?
それが私の冒険の場合はどうだい?? 普通の冒険の冒頭の敵程度なら余裕で瞬殺出来てしまう攻撃力とべらぼうな速度を持つ強敵だったし……。
まぁこれもイイ経験になったと思えばいいのかなぁ?? でも微妙に納得出来ないわよねぇ。
「うっし。取り敢えず勝ったから全てヨシとしましょう!!!!」
体に纏う風の力を弱め、頑張って動いてくれた両翼を労わる様に高度を落として行き地上付近に到達すると人の姿に変わり華麗に大地に足を着けた。
「よっ、起きてる??」
窪んだ地面の中央で身動きを取らず横たわっている女性に話し掛ける。
あれだけの勢いで地面に叩き付けられたのだ。気絶しているのが当然……。
「クッ……」
じゃあ無かったわね。
砂と土に塗れた体が何んと起き上がろうとするではありませんか!!
は、はは……。すっげぇ根性ね。敵ながら天晴って感じよ。
「頑張って起き上がろうとしている所悪いんだけどさぁ。もしも起き上がったのなら容赦しないわよ??」
「フィロ――!! 大丈夫か――――!!!!」
ずぅっと後方から私の下へ駆けて来るイスハ達に視線を送りつつ口を開く。
「ぐぅっ……」
「あの子達に怪我の一つでも負わそうものなら手加減しないから」
怪我と土塗れの上半身を起こして震える下半身に対して必死に命令を送り続けているが、どうやら上体を起こすだけで精一杯だった様ね。
「ふ、ふんっ。次は負けないからな」
苦し紛れにそう言うと彼女は地面の上で大の字に横たわり目を瞑ってしまった。
「再戦の申し込み?? あんたの挑戦なら勿論受けて立つわよ!!
「あんたではない。私の名はロゼヴァル 第二部隊の副隊長を務める者だ」
第二?? って事は幾つもの部隊がこの辺りに展開しているって事かしら??
「私の名前はフィロよ!! また戦いましょうね!!」
「ふっ、あぁ……。またその時が来れば手合わせ願おう」
ロゼヴァルが口角を微かに上げて軽く息を吐くとそのまま眠りに落ちてしまった。
その表情は何処か誇らし気でもあり、満足感を得た様な温かなものであった。
何はともあれ、これにて状況終了――っと。
はぁぁああ……、つっかれたぁ。本物の実戦って訓練の何十倍も疲れるのね。
でも、イイ経験になったわ。
いきなり超絶怒涛に強い神格性を持った化け物はさておき、理の内側に存在する生命体はこうして一つ一つ強くなっていくのだっ。
「フィロ!! あんたねぇ!!!!」
「皆!! 見てた!? 私が勝ったのよ!?」
さぁ平隊員共よ!! 最大の功労者を喝采しなさいっ!!!!
勝利の余韻を引きずりつつ彼女の達の前で両手一杯に広げて賞賛若しくは労いの言葉を受け取る姿勢を取って上げたのですがぁ。
「このたわけが!! もうちょっと考えて戦え!!」
あれっ??
「戦術的優位性が見出せない場所で戦うなんて馬鹿の極みよ!!」
あれれ??
「マリル先生がいつも仰っていますでしょう?? 単独行動は御法度だと」
あれれれぇ??
おっかしいなぁ、彼女達の口から出て来るのは賞賛処か耳が痛くなる棘のある言葉の数々だぞ??
折角隊長が命を張って戦ったというのにチミ達は辛辣且悪辣な声を掛けるのかね。
「でもけっかてきにフィロのバカ力がこうをそうした。だからみんなでほめてあげよう」
そうそう!! 私的にはこうした労いの声が欲しかったのよ!!
「ミル――!! やっぱりあんただけよ!! 私の事を優しく労ってくれるのは!!!!」
家の影から出て来たラミアのお子ちゃまをギュっと抱き締めると大変艶のある薄紫色の髪に思いっきり頬ずりをしてあげた。
「つぶれちゃうからはなしてっ」
「あはっ、ごめんね!!」
むぅっと唇を尖らせて私を睨んでいるミルフレアを地面に優しく置いてあげると美し晴れ渡った空を見上げた。
むふぅん、太陽も私の勝利を祝う様に燦々と輝いていますなぁ!!
父さん、母さん……。私、ちゃんと勝ったからね??
深い青の中に浮かぶ両親の幻の顔に向かって勝利の吉報を届けてあげると腰に手を当てて満足気にふぅっと大きく息を吐く。
マリル先生やダン達も初めての実戦の勝利の後はこうした深い余韻に浸っていたんだろうなぁと思いつつ。
「あぁ!! 気絶してんじゃん!! 折角情報を引き出そうと思ったのに!!」
「フィロ、貴女はもう少し私達の事を考えて行動すべきですわ」
「そうじゃ!! わしも戦いたかったのだぞ!!!!」
背に届く友人達の辛辣な声をぜぇぇんぶ無視して、目を細めつつ空の青の中で懸命に光り続ける太陽の光を見上げながら一人勝手にそう決めつけていたのだった。
お疲れ様でした。
投稿時間が深夜になってしまい申し訳ありませんでした。何分、色々と作業をしていたので……。
ブックマークをして頂き有難う御座いました!!
執筆活動の嬉しい励みとなります!!!! これからも皆様のご期待に応えられる様に連載を続けて行こうと考えています!!
それでは皆様、お休みなさいませ。




