第二百七話 空中の激戦 その一
お疲れ様です。
本日の前半部分の投稿になります。
青く美しい青空から降り注ぐ陽光が街の北側に広がる森林の緑を照らしてその美しさをより装飾させている。
眼下に広がる人が生み出した文化もまた頭上から降り注ぐ光を浴びて文明の色を濃く表現している。
何処までも広がる空の青、東西に伸び行く美しき森の緑、そして自然の中にひっそりと潜む文化の影。
空から見下ろす地上の景色は古来から続く天然自然と人が築き上げた文化の相乗効果によってそれはもう価値を表せない程に壮麗に映った。
この景色をおかずにして友人達と共に小一時間程語り合えば絆が深くなり楽しい思い出の一つとして記憶の海の底にしっかりと固定されるのだが……。
今はこの何物にも代えがたい景色をのんびりと堪能している場合では無いのは明らかだ。
「態々死地に馳せ参じたか、弱者め」
私の真正面で心に恐怖心を生み出す音を奏でる大雀蜂が鋭い眼で私の体を捉えつつ話す。
背に生える四枚の羽は視認できない程に上下に素早く動き、六本の節足は彼女の戦闘意欲と同調する様に細かく動きそして私の指程度なら容易く噛み千切れるであろう鋭い顎は獲物の肉を求めるかの如く怪しく蠢いていた。
初めての実戦がまさかこうもいきなり訪れるとは思わなかったわねぇ……。
お出掛け然り、買い物然り、好いた男の子との遊び等々。
ほら、女の子って色々準備が必要な生き物じゃない?? いきなりドッカァン!! って来られても心の準備と言うか心構えというか……。
兎に角!! それ相応の覚悟ってものを持たせて貰いたかったのが本音だ。
でもこんな事を言ったらきっとマリル先生やハンナ先生は怒るんだろうなぁ。
『常日頃から危険は潜んでいます。いつ何時それが襲い掛かって来るかも知れないので相応の準備をするという心構えが必要なのです』
『戦士足る者常在戦場を心掛けろ』
直ぐ近くに居ないのにも関わらず彼女達の辛辣な言葉が脳内に響いてしまう。
脳内で勝手に手厳しい言葉が聞こえるって事はそれだけ先生達の厳しい指導が活かされているという風にも捉えられるんじゃない??
一度受けた訓練は必ず実戦で役に立つって奴よ。
先生達から受け賜った激烈な痛みと辛辣な言葉の数々は私の体の芯若しくは心の隅々にまで刻まれているのだ。
受けて来た訓練は嘘を付かない、積み上げて来た努力は必ず実る、自分の力を信じて。
目の前に立ち塞がる恐怖に対して後ろ足加重になろうとしている弱気な心ちゃんのお尻を思いっきり引っぱたいて気持ちを切り替えると静かに口を開いた。
「弱者と決めつけるのはちょっと早いんじゃない?? まだ私の実力を推し量れるまで手を合わせていないでしょう??」
うっわ、今の声色ちょっとヤバイわね。
これじゃあビビっていますよぉって言っている様なもんじゃない。
言葉の端がほんの微かに震えていたのが自分でも手に取る様に理解出来てしまった。
「四肢の微かな震え、新兵特有の怯えた目、そして心の隙。初めての実戦に身を投じた素人丸出しの構えを見れば手を合わせずとも理解出来る」
むっ!? 今の私の姿ってそんな情けない恰好をしているの!?
「……っ」
ドデカイ大雀蜂から気を切らぬ様にそ――っと己が体を見下ろすと……。
確かに彼女が話す事は一理あるわねと頷ける情けない姿を醸し出していた。
視認できない程に十の指先が微かに震え、体全体は怯えを誤魔化す様に無意味に動き、そして自由を掴み取ろうとして軽快に動く両翼はいつもの半分以下の機能性しか見出せない。
それと、相手の威圧感の影響を色濃く受けてしまいいつもは無限に広がる空が今じゃあ鳥籠の中に入れられた鳥みたいに物凄く狭く感じてしまっているからねぇ……。
あ、あはは。何て情けない姿なのよ……。
これじゃあダンやフウタに馬鹿にされちゃうわね。
『お、おいおい。何だよその姿。無駄にデカイ荷物を背負って坂道を上がっているお婆ちゃんよりも心配になって来るぞ』
『ギャハハ!! ダッセェ――――!!!! 生まれたての小鹿みたいにプルプル震えてらぁ!!』
死という概念が微塵も感じられない訓練中であったのなら私に対してふざけた冗談を放った両名を成敗してやるのだが生憎此処は非情が跋扈する戦場だ。
彼等の言い分は正しいと言わざるを得ない姿に自分でも憤りと慚愧に耐えない想いが胸一杯に広がって行った。
私は一体何の為に強くなろうとしていたの??
私の事を馬鹿にした里の奴等を見返す為?? 両親に認めて貰う為??
それは違うでしょう??
私が強くなろうとしているのは絆を深めた友人達と共に世界中を冒険する為でしょうが!!!!
その為にぃぃいい!! 私は誰よりも強くならなきゃいけないのよ!!!!
「フンガァァアアアア――――――ッ!!!! おらぁ!! 掛かって来い!! 私は此処に居るわよ!!!!」
弱気、臆病、恐怖、そして死。
心と頭の中の大半を占めようとしている負の感情を気合で吹き飛ばしてやると堂々足る構えを取って叫んでやった。
「弱い奴程よく吼えるとは良く言ったものだ」
「うっさい!! そんな事は分かってんのよ!! 私は私なりに克服しようとしているんだから!!」
「ほぅ、自分の弱さを認めたか」
大雀蜂が顎をカチ、カチと鳴らしながら話す。
「えぇ、そうよ。私は弱い。だから地上で私を見上げている友人達も私の事を小馬鹿にするし、信を置いている指導者達も笑いながら揶揄って来るし……。でもね?? 弱いって事を裏返せば無限に強くなれるって事を証明しているのよ」
武の世界の頂に居る強者たちの視線は分からないけどさ。きっと私よりも世界が広く見えている筈。
地面に這いつくばっている私からその頂を見上げればどこまでも高く映るからねぇ。
私達の視界は物凄く狭く映るのに対し、頂きに居る連中の視線は武の世界を体現する様に広く映る。
いつか私も彼等と同じ視線に辿り着きたいものさ。
「随分と殊勝な考えだがそれはあくまでも生が続く限りという必然的な条件が課せられている事を忘れているぞ」
「はっ、私は此処で死ぬとは髪の先程も考えていないし?? それは私達の足元で見上げている連中も同じ事を考えているわよ」
口の悪い淫魔のお子ちゃまやモッフモフの可愛い尻尾を持つ狐ちゃん。
友人に対してちゅめたい態度を取る蜘蛛ちゃんに誰よりも優しい心を持つラミアの幼子。
皆私の大切な友人であり戦友でもある。彼女達は友を想い常に高みを目指して口から血反吐を吐いて、大量の汗を流して鍛えているのだ。
「こらぁぁああああ――――!! そこの阿保龍――!! 私の魔法が当たらないからもっと下がれぇぇええ――!!!!」
「たわけがぁぁああ――!!!! そんな高い所で飛んでいたらわしのこうげきが当たらぬじゃろうが!!!!」
友を想うって所はちょっと訂正しましょうかね。
これから死闘を繰り広げるってのに激励を送る処か汚い言葉を掛けて来ましたので。
「それを奢りと言うのだ、弱者め」
「私を弱者と決めつける方が慢心じゃないの?? ほら、さっさと掛かって来なさいよ。私は売られた喧嘩はいつでも買う主義なんだから」
相手に向かって大きな手でクイクイっと手招きをしてやると明らかに相手の態度が変わった。
「……ッ」
只でさえこわぁい虫の黒き眼が鋭角に尖り、カチカチと鳴っていた顎が静かに閉じ、そして虎色の体表面に微かに生える産毛が一斉に逆立ったのだから。
お、おぉ……。やっばいわね。
奴さん、確実に私を殺す気で襲い掛かって来るわ。
大きな胴体に生える四つの羽は空気を捉えようとして更に苛烈に上下して耳障りな空気の振動を奏で、フワフワと上下に動いていた体は空中に見事にピタっと停止した。
「貴様がその気なら私もそれ相応の力を発揮しよう」
「上等!! さぁ掛かって来い!!!!」
両手をグワッ!! と上げて戦闘態勢を整えた刹那。
「初手で死んでくれるなよ!?」
「ンオ゛ッ!?!?」
大雀蜂ちゃんの大きな体から眩い閃光が迸りその姿が私の視界から消えてしまった。
二つの御目々ちゃんを上下左右に必死に動かして青の中に虎色を探そうとするが、視界が捉えるのは青く澄み渡った青のみ。
耳障りな羽音は聞こえるってのに虎色だけは空の中に消失してしまった。
嘘でしょ!? 一体何処に消えたの!?
「何処を見ている」
「ッ!! そこかぁぁああああああ――――ッ!!!!」
私の真後ろから聞こえた女の声に向かって龍の拳を捻じ込んでやるが、拳が捉えたのはなぁんの手応えも無い空気のみ。
「ふっ、予想通りの行動だな」
「うぐっ!?」
拳を引っ込めるよりも早く私のお腹ちゃんに中々の痛みが生じて思わず出したくも無い呻き声を出してしまった。
「どうした?? 私を倒すのでは無かったのか??」
「お、おぉ。勿論その通りよ」
腹の奥にじぃんと広がる痛みを誤魔化す様に左手でお腹ちゃんをヨシヨシと撫でつつ姿の見えぬ相手にそう言ってやる。
「ハハハハ!! どうした!? 声が震えているぞ!!!!」
「うるさい!! これはむ、武者震いよ!! 強敵と対峙してワクワクしているんだから!!」
勿論これは強がり。
心を占める割合は恐怖が九割で残りの一割が高揚って感じだもの。
「漸く私の実力を認めたか。だが、もう既に手遅れだがな!!!!」
そこか!?
再び背後からうざったい声が聞こえて来たので今度は無策に拳を振り出すよりも、相手を捉える事に専念する為に体を必死に捻って相手を捉えようとした。
「食らえ……。死裂風」
何とか空の青の中で虎色の影を捉えたのだが、大雀蜂ちゃんが思わず首を傾げてしまう程の暴風を纏うと私に向かって突貫を開始した。
や、やっばい!!
これは反撃を試みるとか、相手の隙を窺うとかの話じゃない!!
防御しなきゃ……。死ぬッ!!!!
「うぐっ!?!?」
死を予感した体は頭が命令するよりも早く背に生える龍の翼を体を包む様にして展開。
夏の嵐を彷彿させる風が私の体を通り抜けて行くとほぼ同時に両翼に鋭い痛みが生じた。
「い、いてて……。あんた、とんでも無く鋭い風を纏うのね」
良かったぁ……。所々に出血は確認出来るけど翼は何とか無事みたいね。
相手の風に当てられただけで皮膚が切り裂かれるって……。一体どれだけの魔力の圧を纏えば今の芸当が出来るのやら。
「この羽に風を纏い相手の肉を切り裂く。我々雀蜂一族の基本的な技だ」
今のが基本的ねぇ……。基本って事はその上に乗っかる強力な技や魔法がまだまだたぁくさん存在するって事だ。
基本技を食らっただけなのに私の心はかなり不味い状況に陥りそうになってしまっていた。
だが、しかぁし!!
私はここで尻窄みする様な玉じゃないのよ!!!!
「私も貴女程度じゃないけども風を纏う事が出来るのよ!! こんな風にね!!」
ちょいとばかし鎮火に向かいそうになった闘志を再燃させて魔力を炸裂させると南からやって来た台風さんも顎に手を添えて唸ってしまう強力な風を纏ってやった。
「ふむ……。及第点といった所か」
あ、あらら。これでもまだ合格点に届かないのね。
結構無理して魔力を消耗しているんだけども……。
「さっきからずぅぅっと上から目線でぇ!! あんた一体何様なのよ!!!!」
空の中で上下にフワフワと浮かぶ大雀蜂ちゃんに向かって手の先に生えるすんばらしい威力を誇る四つの爪を叩き付けてやるが。
「動きに無駄があり過ぎる」
「ちぃっ!!」
鬱陶しい羽音を奏でる雀蜂は私の攻撃をヒラリと回避。
「洗練された動きとはこうするのだ!!!!」
「いぎぃっ!?!?」
あんたの動きは失敗で正解はこの様にして機敏に動くのだと言わんばかりに背中に激烈な痛みが駆け抜けて行った。
「私の攻撃を二度受けてもまだ墜落しないのか。龍鱗とは呆れた装甲を誇るのだな」
「こ、これ位よゆ――よ、余裕」
誰がど――見ても無理していますねと確知出来てしまう口調で再び姿を消した大雀蜂ちゃんに言ってやった。
敵との攻撃の速度に圧倒的な差があり過ぎて話にならない。いいや、攻撃じゃなくて移動速度もそうだ。
速い遅いの話じゃなくて、速さそのものの桁が違うと言うべきか。
う、うん。これはかなり不味いわね。
この圧倒的な速さの差をどうにかしない限り、私は何も出来ないまま空の中で殺されちゃうわ。
足りない頭で考えろ。記憶の海に、体に刻み込まれた想いを思い出せ。
「すぅ――……。ふぅ――……」
体の奥にしがみ付く恐怖を口からゆっくり吐き出して荒い呼吸を整え、混濁に陥ろうとする頭を冷静にする様に努めた。
お疲れ様でした。
取り敢えず書けた分だけを投稿させて頂きました。
これから部屋の掃除やゴミの纏め等々。色々の作業を終えてから後半部分の執筆作業に取り掛かりますので次の投稿まで今暫くお待ち下さいませ。




