第二百五話 自称隊長のわんぱく龍 その一
お疲れ様です。
大晦日の夜にそっと投稿を添えさせて頂きます。
新たなる旅立ちの日に相応しい光の雨が森の木々の合間を縫って上空から降り注ぎ、背の低い草が生え揃う大地の上で忙しなく動き続ける者達を照らす。
五名の少女達が目を回す様な忙しさで支度を続ける様は何故か人に心配、若しくは杞憂なる感情を与える。
俺の心もその例に倣って得も言われぬ不穏な感情が心に広がって行き、遠い街に初めての御使いに出掛ける我が子を心配する母親の声色で確認を促した。
「イスハちゃん?? お着替えはちゃあんと持った?? それと可愛い狐ちゃんの刺繍の入った下着も。貴女は昔っからおっちょこちょいだから不必要な位の量が適量だって私は口を酸っぱくして……」
「じゃかましいぞ!! クソたわけが!! 一々小言を言わんでも理解しておるわ!!」
イスハがお義母さんの言葉を小さな背に受けると三本の尻尾を天に向かってピンっとそそり立たせて汚い言葉を放つ。
「あらそうなの?? だったら早く準備を済ませなさい。貴女とミルフレアちゃん以外はもう既に準備を終えているんだからね」
一塊に置いてある荷物から少し離れた場所でマリルさんと談笑を続けている三名の女性に向かって顎を差してやる。
いや、あれは談笑と言うよりも最後の懇願と呼んだ方が正しいか。
「ねぇ先生。本当に行かなきゃ駄目なの??」
「そうよ。マリル先生が空間転移して行けばいいだけじゃん」
「フィロが話した通り、この訓練は非効率的だと思われますわ」
三名の少女が辟易した表情を浮かべて思い直す様に言っていますからねぇ……。
その気持は痛い程理解出来ますけども強くなる為に必要な行動だと考えればやる気も出て来るもんさ。
「駄――目ですっ。貴女達は最近座学を中心にした授業を受けていたので偶には体を動かさないといけませんからね」
フィロ達の言葉を受けてもマリルさんの表情は一切変わらず、彼女達とは対照的にニッコニコの笑みを浮かべていた。
「うむっ!! 準備出来たぞ!! これなら……、よっこいしょっと!! 十日以上の行軍にも余裕で耐えられるじゃろうて!!!!」
「十日で足りるのか?? 大人の足で最低でも十五日は掛かる距離なんだぞ」
パンパンに膨れ上がった背嚢を背負い、これから始まる行軍に備えて足首の柔軟を続けているイスハに向かって話す。
「余裕――じゃよ、余裕。この森はわしらにとって庭みたいなものじゃし。それに森を抜けてルミナの街までひたすら東進すればいいだけじゃろ?? 馬鹿でも分かる超簡単な行程では無いか」
ううん、お義母さんが言いたいのはそうじゃないの。
「ば――か。体が頑丈なお前さんだけじゃなくて、まだ体が出来てない子も付いて行くんだぞ?? それに気を付けろって言っているんだよ」
フウタが呆れた表情を浮かべて俺の心の声を代弁してくれた。
「ばかは余計じゃ!! ミルフレア!! 荷物が重いのならわしが持つ!! さっさと渡せ!!」
「ちかくにいるんだからそこまでさけばなくてもいいよ」
直ぐ隣の狐ちゃんから叫び声を受け取ると曇りがちな表情が更に雲行きが怪しくなって来る。
そりゃそうか……。子供達だけでこの森を抜けてハーピーの里の蜂蜜を受け取りに数十日の行軍を課せられたのだから。
昨日、昼食を作っている時にマリルさんは何を考えたのか。
『そうだ!! 皆でハーピーの里の蜂蜜を買って来て下さい!!』 と。
貴女はこの大陸の地図を見た事が無いのですかと思わず問いたくなる言葉を放ったのだ。
禁忌の森を南へ抜けてハーピーの里までは大人の足で数十日以上の距離があり、それを子供だけで歩いて行けと言うのだ。当然、猛抗議は必至。
『はぁ!? 先生!! あそこまでどれだけ距離が離れていると思っているのよ!!』
『再考を所望しますわ』
『却下!! 絶対に却下よ!! 私まで脳筋専用の訓練を受けさせないで!!』
『それはやり過ぎじゃ!! わし達にも体力というがいねんがあるのじゃぞ!!』
『わたしはおるすばんでいい??』
年長組と年少組から速攻で抗議の声が飛び出て来るが一度決めたらテコの原理でも動かない彼女は続いて行軍の取り決めの説明に入った。
『私はそこまで厳しくありません。行きは徒歩で帰りは龍の姿に変わったフィロの背に跨って帰って来なさい。街に到着するまでの最低限の食料は此方が用意します。明朝、起床と同時に身支度を整えて家の前に集合して下さい。そして、ダンさん達にもこの行軍を手伝って頂きます』
『俺達も??』
『はい、彼女達がズルをしない様に暗闇の中から監視を続けて欲しいのです。私の目の届かない所で龍の姿に変わり、移動する恐れもありますからね』
『私はそこまで卑怯者じゃない!!』
『監視するだけでは面白く無いのでフィロ達は額に白い鉢巻をして貰います。それをダンさん達に奪取されたら……。辛い訓練を受けて貰いますよ?? それはもう生まれた事を後悔してしまう程に強烈な指導を……』
マリルさんが形の良い唇をニィっと上げると。
『『『……ッ』』』
彼女の生徒達は皆一様にサっと青ざめ、マリルさんから視線を外して木製の床に焦点を合わせたのだった。
「本当に彼女達だけで大丈夫ですかね??」
「イスハ!! 早くこっちに来い!!」
「やかましいぞ!! わしはミルフレアの準備が終わるのを待っているのじゃ!!」
口喧しい生徒達の慌ただしい姿を眺めて表情が綻んでいるマリルさんの横顔に問う。
「大丈夫ですよ。森の中の危険な植物はもう既に全て教え終えていますので。辛い経験を共に享受してこそ仲間達の絆は深まって強固なものに変化するのですから」
その途中で命を落としてしまったのなら本末転倒ですぜ??
そう言おうとしたのだが彼女は一度決めた事は決して曲げない主義なので黙ってフィロ達の出発を見守りましょうかね……。
「先生!! 準備出来たわよ!!」
額にちょいと色褪せた白色の鉢巻をキュっと嵌めたフィロがマリルさんに向かってそう叫ぶ。
「はぁ――い。それでは最終確認をしますので皆さん集まって下さいね――」
生徒達の準備を鋭い鷹の目で見守っていた彼女が柏手を一つ打ってこの場に居る全員の注目を集めた。
「昨日も話した通り、貴女達にはこれから長い道のりを踏破して貰います。その間、ダンさん達が貴女達の行動を逐一監視している事を忘れずに。それと……。額に巻いてある鉢巻をダンさん達に奪取されたら体中が悲鳴を上げる特別訓練を受けて貰います」
特別訓練。
彼女の口からその単語が出て来るとフィロ達の顔色が一斉に青ざめる。
「彼等は貴女達が想像しているよりも遥かに過酷な状況を潜り抜けています。言わば場数を踏んだ歴戦の勇士とでも呼びましょうか」
「デヘヘ……。そこまで褒めるなって」
照れ笑いを浮かべるフウタが小恥ずかしさを誤魔化す為に後頭部を掻くと。
「も、もうっ。大袈裟ですわよ??」
俺も彼に倣って人差し指で鼻下を素早く掻いた。
「マリル殿。そこの二人が勘違いするのでそういった言葉を使用しないでくれ」
「某もハンナの意見に同意しよう」
はぁい、クソ真面目な野郎共の声は一切合切聞こえませ――んっ。
俺の耳は都合の良い風に出来ていますのでねっ。
「この場所からハーピーの里までは大人の足で約十五日程度。貴方達に与えた食料は約十日。一日に使用する食料の量もよく考え、逐一地図で現在位置の確認。そして最も重要なのが仲間の状況を怠らない事です。誰かが倒れてしまえば行軍の速さに支障が出るばかりでは無く、行軍そのものが失敗に終わってしまう蓋然性がありますからね」
「その点は抜かりないわ。私がコイツらの手綱をしっかり握ってやるから」
エルザードがこんもりと膨れ上がった背嚢を背負いつつ話す。
「はぁ?? 何言ってんの。隊長は私に決まってんじゃん」
「あんたが隊長を務めると周りの状況を一切確認せず、馬鹿みたいに突っ走る事が目に見えているからね」
「駄目よ!! 昔っから隊長は赤って相場が決まってるんだから!!!!」
フィロがキっと目を尖らせると己の唐紅の髪にビシッ!! と指を差して自画自賛を体現するかの如くゆぅぅっくりと頷くが……。
「今回ばかりはエルザードの意見に賛成しますわ」
「同感じゃなぁ。阿保に隊全体の指揮を任せる訳にはいかぬし」
「イスハ。おもいからこれも持って」
横着な龍の性格を熟知している隊のほぼ全員から却下判決が下されてしまった。
俺もイスハ達の意見に賛成だな。
アイツに任せたら怪我上等で前に突っ込んで行きそうだもの……。
「何よあんた達!! 私の指示がそんなに不安なの!?」
「不安処か聞く耳さえも持ちたくないのが本音ですわ。それでは先生、行って参りますわ」
「よしっ、私が完全完璧に指示するからちゃんと言う事を聞くのよ??」
「何度も言わんでも理解しておるわ。むっ!? ミルフレア!! これは一体何が入っておるのじゃ!? 重過ぎるぞ!!」
「みんなのごはんだよ」
「おらぁ!! 私が先頭を歩くんだからねっ!! そして隊長は私に任せなさい!!!!」
フォレインがマリルさんに向かってお手本にしたくなるお辞儀を放つとそれを合図として捉えたお子ちゃま達がふかぁい緑と危険な植物が跋扈する森の中へと進んで行くが、何を考えたのか。
「……」
大変名残惜しそうに彼女達の様子を見守り続けていたシュレンに向かってミルフレアちゃんが小さな両手を差し出した。
「何だ、ミルフレア。皆の者はもう進んで行ったぞ」
「んっ」
あ、あはは。どうやら彼女は本日もお人形を御所望の様子で御座いますね。
あの両手はきっと。
『お出掛けの時間だから早く行くよ??』
そういう意味を含ませているのだろうさ。
「我々はお主達の行動を監視する者。敵に向かって両手を差し出すのは言語道断だ」
「シュレンさんの仰る通りです。今回は諦めて早く彼女達の後を追いなさい」
「むぅ……、わかった。わたしたちがあぶなくなったらかっこよくたすけてね??」
「だ、だから某は敵だと言っているだろう!!」
「ギャハハ!! シューちゃん!! お前さんは小さな姫様を助ける騎士様ってかぁ!?」
「わはは!!!! シュレン!! 顔が真っ赤だぜ!?」
フィロ達の下へ軽快にタタっと駆けて行ったミルフレアちゃんの小さな背に向かって叫ぶシュレンを捉えると、この機を逃すまいとしてフウタとほぼ同時に揶揄ってやった。
「某は早速行動に移る!! いいか!? 我々に与えられた任務を忘れるなよ!?」
シュレンが鼠の姿に変わるとあっと言う間の早業で森の中へと姿を消してしまった。
あ――あっ、拗ねちゃった。
もうちょっと揶揄いたかったのに。
「ふふ、あの二人は本当に仲が良いですね」
「えぇ、本当にその通りですよ。では俺達もフィロ達から付かず離れずの距離で監視行動に移らせて頂きます!!」
「……ッ」
必要な装備と物資が入った背嚢を背負い、俺に向かって早く来いと厳しい視線をぶつけ続けている相棒の下へと向かって歩み出した。
「宜しくお願いします。私も販売用の傷薬を各街で売り終えたのならルミナの街に向かいますね」
あぁ、今回の訓練で出来た時間を利用して彼女達の生活費を賄おうとしているのね。
フィロ達は訓練で体を鍛えて、マリルさんは空いた時間で生活費を稼ぐ。
正に一石二鳥の行軍って訳か。
「到着は……、多分十日前後でしょう。その間、久し振りに出来た素敵な静寂を楽しんで下さい」
「えぇ、勿論。有意義に使用させて頂きます」
「それじゃあ俺達も行ってきます!! 相棒!! 行こうぜ!!」
「はぁ――い!! 宜しくお願いしますね――!!!!」
森の賢者様にお別れの挨拶を景気良く放つとハンナの肩を軽快にポンっと叩き深い森に足を踏み入れた。
さぁって、俺達の下された任務は横着な子達の監視兼鉢巻の奪取だ。
本来ならば速攻で奪ってやってもいいのだがそれだと面白くも何とも無い。
ほら、誰かが見張っているという目に見えぬ緊張感がアイツ等の行動を引き締めるだろうし?? それにこっちも彼女達と同じ長距離を移動するのだ。
闇に紛れて適度な休憩をした方が楽チンだものねぇ。
こっちが手を出さぬ限り向こうはイイ意味での緊張感がずぅぅっと漂い続ける。
その緊張感に耐え切れず、単独行動を取った馬鹿野郎の鉢巻から奪ってやろう。
「くぁぁ……、ねっむ」
俺と同じ考えに辿り着いたのか、フウタが顎の可動域を最大限にまで稼働させた欠伸を放つ。
「楽をしたいのは分かるけどよ。向こうの誰かが酷い怪我を負ったのなら訓練は中止なんだぞ?? 監視の目だけは怠るなよ??」
「わ――ってるって。今はシューちゃんが木の上から熱い視線を送り届けている事だろうし。俺様の番が回って来るまでてきと――に流しているだけさ」
その適当の最中にフィロ達が負傷したら不味いのではないか?? そんな不安が心に生まれるが彼女達はこの森で俺達が過ごした時間よりも数十倍もの長き時を過ごしているのだ。
危険な植物は熟知しているだろうし、それに地形も完璧に頭に入っている筈。
しかし、子供は時に突拍子もない行動を取る場合がある。
きっと子を持つ親は俺と同じ感情を胸に抱いて子供の行動を見守り続けているのだろうさ。
「時間だけが大量に余る可能性があるな。その時間を利用して剣でも振るか」
アイツは例え己の子供が出来たとしてもこの不安そうで温かい、そんな得も言われぬ気持ちを抱く事は無いだろうなぁ。
子供に向けるべき温かな目を己の剣と愛刀に向けている相棒の大きな背を見つめながらそんな事を考えていた。
お疲れ様でした。
時間がある時、一気に書き綴ったので本日は三話連続投稿になります。
編集作業が終了次第、順次投稿して行きますので今暫くお待ち下さいませ。




