第二百二話 活発快活っ子達への指導 その一
お疲れ様です。
本日の前半部分の投稿になります。
本日も満面の笑みを浮かべていた太陽は西へと傾き始め徐々に光の力が弱まると森の影の中には三ノ月に相応しい冷涼な空気が漂う。
仕事帰り若しくは日常行動中であればそこまで寒さは感じ無い程度の気温なのですが、俺とシュレンは別の意味で朝から肝が冷えっぱなしであった。
「ダンさん、聞いて下さいよ。私が成長する為には沢山食べなきゃいけないって言ってもフィロを除く生徒達は年相応の量しか食べないんです」
マリルさんがニコっと軽快な笑みを浮かべつつ足元のやたらとおどろおどろしい色の植物を跨ぐ。
「んっ!? そ、そうなのですか」
今、植物に一切視線を送らずに回避しましたよね??
住み慣れた又は通い慣れた道なのだから何処にナニがあるのかは全て掌握済みなのかも知れませんが、出来ればそれを確と捉えて回避行動に移って頂きたいのが本音だ。
「まぁ疲れて食欲が湧かないのは理解出来ますけど……。彼女達を預かる身としてはやはり気になってしまうんですよね」
彼女がそう話すと潤いを帯びた形の良い唇に人差し指を当てて考える仕草を取る。
「成長だけでは無く強くなる為にも食は欠かせぬ。食べる事も一つの訓練として捉えるべき……。ッ!?」
「シュレンさんの仰る通りです。沢山食べて栄養を摂取して体に蓄えて力に変える。これこそが食の真意であり、成長する秘訣だと私は常々考えていますよ??」
シュレンが目ん玉をひん剥いて驚いたのも頷けるぜ。
俺達に視線を向けつつ木の上からぶら下がっている棘だらけの蔦を華麗に回避したものね。
年末年始の大安売りに大勝利した主婦の朗らかな笑みを浮かべている彼女に対し、此方は歴戦の主婦達にボッコボコにされてお目当ての品を買えずに敗走している新米主婦といった感じですかね。
双肩に覆い被さる疲労感と心に強制的に与えられる精神攻撃によってズゥんとした倦怠感が体全体に広がりますもの。
これも全てマリルさんの所作の所為だ。
そう声を大にして言ってやりたいが彼女の住む地にお邪魔させて頂いている俺達は言わば居候の身。
そんな奴等が声を大にして指示を出すのはお門違いだろう。
しかし、多少の注意喚起であれば許される筈だ。
「あ、あの――。マリルさん」
「はい?? 何ですか??」
「お願いしますからちゃあんと前を向いて歩いて下さい。俺達の心臓はマリルさんの恐れ知らずの所作によってそろそろ限界を迎えてしまいそうなので」
その考えに至った俺は彼女の横顔にさり気なく俺達は参っていますよと伝えたのだが……。
「あはは!! 安心して下さいっ。この森は私の庭みたいなものですからね。何処に何が生えているのかは手に取る様に理解出来ますから」
「だから!! 前を向いてっ!!!!」
もう間も無く接触してしまうと他人に思わせる距離感にまで近付いたドス黒い植物を跨いでしまった彼女に強く叫んでやった。
も、もう嫌!! 何で普通に歩いてくれないの!?
「ダンさんは大袈裟ですねっ。そう言えば……。ハンナさんから御伺いしましたけど、南の大陸で冒険をしていたんですよね??」
「えぇ、色んな地に出掛けて沢山の恐怖と死を味わって来ましたよ」
無敵感を醸し出す彼女に視線を送るから心が参ってしまうのだ。
マリルさんに降りかかりそうになる危険よりも自分に危害を加えようとする植物に注視して歩くとしますかね。
「差し支えなければどの様な冒険を繰り広げたのか御聞かせしてくれます??」
「構いませんよ。俺と相棒はマルケトル大陸を発ち、それから南南西へと飛翔してリーネン大陸に向かいました。それから……」
相棒の生まれ故郷から砂が跋扈する大陸に至る経緯をサラっと説明し、人と大蜥蜴で溢れ返る王都に到着してそれから経験した沢山の楽しくも恐ろしい経験の数々を説明してあげる。
彼女の横顔しか視界に映らないがその表情は何処か楽し気だ。
「王都には職業斡旋所みたいのがありましてね?? そこの快活乱暴受付嬢さんとモノ好きの大蜥蜴ちゃんから自爆花の依頼を請け負いまして」
冒険の序章である自爆花の実の採取の御話をすると。
「自爆花の実の採取の話は伺いましたが実の味に付いての話はまだ聞いていませんでしたね!!」
珍しい実の味に大変関心を頂いたのか、男女間の通常あるべき距離感からはかけ離れた距離にググっと近付いて来た。
うぅむ……。中々の端整な顔に体全体からふわぁっと香る女の子らしい甘い香りが心に宜しく無い感情を与えて来ますね。
「そ、そうですけど」
「この大陸には自生していない貴重な植物であり、その存在は限られた文献の中でしか書かれていません」
あんな恐ろしい植物がその辺りにホイホイ生えていたら恐らく、数日後にはこの大陸に住む者達は半数以下にまで減少してしまうでしょうね。
「こうして実体験を聞ける機会は早々ありませんからねっ。是非とも詳細を聞かせて下さい」
「勿論です。煤塗れになりながら御口に実を迎えてあげると先ず舌に感じたのは砂糖をこれでもかとクツクツと煮込んだ強烈な甘さですね。」
俺が親切丁寧に説明して行くとマリルさんは興味津々といった感じで小さくコクコクと頷いている。
その姿が餌をがっつく栗鼠に見えてしまったのは内緒にしておきましょう。
「――――。そして熟した林檎の甘味の後に最初甘さが再びやって来て……。あ、実は決して噛んではいけませんよ?? 大変美味しい味の実ですが、機嫌を損ねてしまうと実が破裂して首から上に彼岸花が咲いてしまいますので」
「危険と新発見は表裏一体、ですね。熱砂が広がる大地に素敵な冒険の数々……。私は生まれてからこの大陸を離れた事が無いので大変興味が湧きますよ」
ふぅっと柔らかい吐息を漏らして頭上から降り注ぐ陽光を見上げる。その瞳の色は少しだけ寂しそうに映った。
「危険が蔓延る冒険に興味があるので??」
美しい太陽の光を浴びて輝く彼女の艶のある髪を見つめつつ問う。
「襲い掛かる危険に恐れを感じ、新しい発見に息を飲み、そして貴重な経験を仲間と共有して絆と知識を深めて行く。これこそが冒険の醍醐味であり一色に偏りがちな普遍的な人生をより多彩に彩ってくれるのです」
その意見には大いに頷けるな。
冒険に出るまでの俺の人生はつまらない灰色に染まり、勇気を振り絞って生まれ故郷から出るとそれはもう言葉に表せない程に豊かなものへと染まったので。
「いつか、そういつか……。手の掛かる生徒達が一人前になって私の下から羽ばたいて行ったのなら冒険に出るのも一つの選択肢かも知れませんね」
う、うん?? 急に此方を見つめてどうしたのですか??
「じゃあ何年後になるか分かりませんがフィロ達の指導を終えたのなら俺達と一緒に世界を見て回ります??」
多分、彼女の何かを請う瞳の答えはこういう事でしょうね。
「本当ですか!?」
ほら大正解だ。
新しい玩具を見付けた様な煌びやかな瞳を浮かべていますもの。
「男臭い連中に囲まれていても構わないのなら」
「それは気にしていませんよ。よぉし、それまでの間に素晴らしい発見をする為にもっと知識を高めなきゃいけませんね」
里の戦士である相棒は残り一年ちょっとで故郷に帰還、シュレンとフウタは忍ノ者の修練の為。
俺を除く三名の冒険の猶予は限られているのでマリルさんが冒険に出るとしたら俺と二人っきりになる蓋然性がある。
ちゅ、ちゅまりぃ……。
「生と死の表裏一体の大冒険の先には一体何が待ち構えているのか……。危険が恐ろしくあり新しい発見が楽しみでもある。交互に訪れる感情に心臓が嬉しい悲鳴を上げそうですよねぇ」
中々の大きさと極限の触り心地を与えてくれるあの双丘を独り占めに出来るってぇ事になりませんかね!?
ぬ、ぬふふ……。冒険の醍醐味は危険だと仰っていましたのでぇ。この私めが極上の危険体験を献上させて頂きましょう!!
心によからぬ感情が渦巻き厭らしい視線を彼女の胸元に送っていると、俺の邪気を捉えたのか。
「マリル殿。我々とハンナは期間限定でダンと共に行動を続けている。フィロ達の成長を見届けている間にそれぞれの国へ戻る可能性もあるのだぞ」
シュレンが懐から小さな鼻を覗かせてこの獣と二人っきりでの冒険は危険だとして忠告した。
こ、この横着鼠めが!! 俺の素敵な計画の邪魔をしやがって!!!!
「お、俺はそんなやましい事は考えていませんよ!? 世界各地の不思議を求めに旅立っているのですからっ」
聖人である事を強調するようにムンっと胸を張って言う。
「ふんっ。口では聖人ぶっているがどこぞの馬鹿者と同じく直ぐに正体を現すだろうな」
「まぁそうなのですか……。ダンさんは獣なのです??」
「まさか!! 俺は紳士な事で有名なのですよ?? ほらっ、こぉんなに近付いても手を出そうとしないでしょう??」
疑心に塗れた瞳を浮かべているマリルさんに近付き、美しい瞳をじぃっと見下ろしてあげる。
「ま、まぁそれはおいおい判明すると思いますので保留とさせて頂きましょう」
彼女は大きく目を見開き、俺から一歩距離を取るともう間も無く見えて来るであろう我が家へと向かって大股で向かって行ってしまった。
うふふ、あの初心な感じが堪りませんわっ!!
「おい、ダン。我々は居候の身なのだぞ?? 行き過ぎた行為は止めろ」
「へいへい。真摯に受け取ますよ――っと」
右から左へ、馬耳東風。
クソ真面目な鼠ちゃんの言葉を聞き流して夕焼けに染まる居住地へと無事に帰還した。
「くたばりやがれ――――ッ!!!! この卑猥なクソ鼠がぁぁああああ!!!!」
あらあら……。とても女の子が放つ台詞だとは思いませんわよ??
ちょいと開いた森の上部から降り注ぐ茜色の光を浴びている唐紅の髪の色の女性が真っ赤な忍装束に身を包む野郎へと物凄い愚直な勢いで突っ込んで行く。
「口がわりぃぞこのド貧乳が!!!!」
鼻頭に物凄い皺を寄せているフウタが猪突猛進を余裕で越える突撃を迎え撃つ。
そして互いの距離がほぼ零になった刹那。
「貰ったぁぁああああああ!!!!」
フィロがカッチカチに固めた拳を地面スレスレの位置からフウタの顎先に向かって打ち放った。
んぉ!! 相手の死角から放つ昇拳は中々の速度じゃあありませんか!!
相手の真正面よりも死角から放つのは大変良く考えた戦法なのですがぁ。
生憎俺達は腐る程それ用の対象方法を習って来たからねぇ……。
「はい残念でした!! 大人しくおねんねしてろや!!!!」
「アウグッ!?」
フィロの拳は虚しく空を切りがら空きになった彼女の胴体にフウタが激烈な掌底を捻じ込み、それを真面に受けた体は物理の法則に従って遥か後方へと吹き飛ばされて行ってしまった。
うっわ、痛そ――……。
「う、うぎぃぃ……」
木の幹に背を思いっきりぶつけた彼女はそのまま矮小な草が生え揃う地面に力無く倒れ込んだ。
「またまた一本頂きだぜぇ!! クソ雑魚過ぎて話になんねぇって!!!!」
「お、おいおい。フウタ、少しやり過ぎじゃないか??」
中々の重さを誇る背嚢を地面の上にポンと置いて、右の拳を夕焼け空に向かって掲げて勝鬨を上げている野郎に向かってそう話す。
「はぁ?? あの超絶怒涛ド貧乳にはアレ位の威力が丁度良いんだよ」
「だ、誰がまな板残念娘だってぇ……」
フィロが震える体を必死に支えて立ち上がると物凄い殺気を籠めた瞳でフウタを睨み付ける。
「お前さんの事だよ。馬鹿の一つ覚えみたいに突撃を繰り返しやがって。いい加減学べよ、ば――か」
「ゴホッ……。わ、私は敢えて相手の最も得意とする戦法の中で勝利を見出すのよ。そ、そうすればぐうの音も出ないでしょう??」
あのぉ……、それはあくまでも実力が拮抗した者同士が行うべき戦い方であって。小兵であるお前さんは幾つもの策を講じる必要があるのですよ??
「それはあくまでもある程度の修練を積んだ者が好んでする戦法ですよ。フィロ、貴女の実力は場数を踏んだ彼等の実力とは雲泥の差なの。力も、経験も、そして技術も劣る貴女は貴女なりの戦い方をすべき。無策で突貫をするよりも相手の一挙手一投足を見逃さぬ様、鋭い鷹の目を持って戦闘に臨めば勝機が訪れる事でしょう」
ほぉ、近接戦闘が苦手と仰っていたのに今の攻防で俺と全く同じ考えに至るとは……。
「接近戦は不得手なのにあの二人の攻防をちゃんと目で追えていましたし。しかも言葉も的確。俺達が指導を与えなくてもいいんじゃなんですかね」
俺の隣で顎に手を添え、泥と汗に塗れながらも尚立ち続ける一番弟子を感慨深そうな瞳で見つめているマリルさんにそう話す。
「い、いえいえ!! 私はダンさん達に比べればまだまだですよ。言い換えれば私も未経験なのでフィロ達と同じ立ち位置で学んで行こうと考えている所なのです」
彼女の殊勝な考え方に好感を覚える一方。
「お、劣っている所は気合と根性で埋める!! そしてぇ!! この手に勝利を掴み取るまで私は決して諦めん!!!!」
それとは真逆の姿勢を保とうとするお馬鹿さんの言葉を受け取ると双肩をガックリと落としてしまいそうになってしまった。
いやいや、お嬢さん。マリル先生の有難い御言葉と姿勢をちゃんと咀嚼して飲み込みなさいよね。
さてさて、こっちはほぼ勝負は付いたみたいですしアッチはどうかしらね。
「ハンナ先生!! 行きますわよ!!!!」
木剣を持ったフォレインがほぼ身構えていないハンナに向かって上段から鋭い剣筋で振り下ろすものの。
「温い剣筋を放つな!!!!」
「きゃっ!?」
人の瞬きよりも素早い一閃で彼女の木剣を吹き飛ばしてしまった。
あ、あはは……。あの野郎。
相手は素人に近いんだからもう少し手加減してやりなさいよ。
「す、凄い剣筋ですね。全く目で追えませんでしたよ……」
「あれでも加減した方だと思います。あの馬鹿野郎が本気を出したらフォレインが持っていた木剣は真っ二つにへし折れて、その衝撃を受け止めた彼女の細い腕は間違いなく負傷したでしょうね」
「成程。指導用の剣筋、という事なのですね」
弟子は持たない主義だ。いつかそう言っていたのに流れとは言え今現在は数名の弟子を抱えている。
俺達が地図の真なる意味を探り当てるまでの間、彼女達に傷を負わせてはいけないと判断した結果が今の一撃なのだろう。
彼なりの優しさにちょいとほっこりしてしまいそうになるのだが、手心を加えられるのなら俺達との組手でもその半分でもいいから加えやがれと突っ込みそうになってしまった瞬間であった。
「つっ……」
「フォレイン、貴様の太刀筋は悪くない」
痛そうに右手を抑えて蹲る彼女を悠々と見下ろしつつ口を開く。
「打ち込みの速度、軌道、気の入れ方。その全てが及第点だ」
「で、では私の剣技を認めて下さるので??」
「話を良く聞け馬鹿者。俺は及第点と言ったのだ。お前の剣が俺の身に襲い掛かって来ても身の毛がよだつ恐怖心は生まれなかった。背筋が凍る事も無かった。本物の剣士が放つ剣技の数々は視界に捉えるだけで死を覚悟する程に強烈だ」
まぁ――、多分そう言うと思ったけども。
もう少し優しい言い方ってのがあるんじゃないかね。
「剣は見様見真似で、一朝一夕で身に着くものでは無い。日頃の厳しい研鑽が実を結ぶ事と知れ」
口調は厳しいけど相手の事を良く見て考えて言ったんだよな??
その事をフォレインも深く理解したのか。
「わ、分かりましたわ。御指導、有難う御座いました」
少しだけ頬を赤らめて立ち上がると相棒に向かってキチンとお辞儀を放った。
ん――……。フォレインはまだまだお子ちゃまだけど将来確実にイイ女になる可能性があるから今の内に唾を付けておこうって考えじゃねぇよな??
もしも怪しい雰囲気を少しでも醸し出したのなら速攻でクルリちゃんにチクってやろう。
そして酷い仕打ちを受けやがれ。
お疲れ様でした。
この御話は一気に書き上げたかったので二話連続となってしまいました。
現在、後半部分の編集作業中ですので次の投稿まで今暫くお待ち下さいませ。




