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今日も今日とて、隣のコイツが腹を空かせて。皆を困らせています!!   作者: 土竜交趾
過去編 ~素敵な世界に一時の終止符を~
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第二百一話 森の賢者のお仕事内容

お疲れ様です。


本日の投稿になります。




 清らかな空気が漂う森の木々の間を縫って美しい光が上空から差し込む。その光を受け止めた植物達は太陽の力を成長の糧として人知れず日々成長して行く。


 自然が育つ様は目に捉えられる程の速さでは無く、ふとした瞬間に気付く。


 例えば俺の右前方に生えるやたらと黄色が目立つ花弁を持つ植物は花を咲かせる事によって成長している事を伝え、その後ろに立つ樹木は立派な幹によって出来る大きな影の面積によって。


 言うなれば人と自然の間に流れる時間には大きな差異があり、その差異を埋める為に人は鋭い観察眼を持ち自然と接する事によって自然の成長する形を明瞭に理解する事が可能となる。


 それはこの森の中で生きて行く上で必須の事柄であり観察を疎かにすれば約十日前の愚者の様に優しそうに見えてその実、物凄く厳しい自然から恐ろしいしっぺ返しを頂く羽目になるのだ。



「シュレン。周囲に気を付けろよ??」


「分かっている。何度も同じ事を聞くな」


 それを重々理解している俺とお尻の可愛い鼠ちゃんは慎重且警戒心全開の所作で禁忌の森の中を移動しているのだが……。


「ふんふ――んっ」



 俺達を先導する彼女はまるで大勢の人々が跋扈する街中で買い物をする若い女子の様な鼻唄を奏でて無警戒な足取りで森の中を散歩感覚で歩いていた。



 どうしてあの人は素敵な笑みを浮かべながら散歩感覚で恐ろしい植物達が跋扈する森の中を歩く事が出来るのだろう??


 まぁアレは人よりも此処で暮らす時間が長い事と膨大な知識量の成せる業。


 素人である俺達は見習ってはいけない所作ですので反面教師とさせて頂きますね。


 森の賢者の歩法に舌を巻いて進んでいると彼女が鋭い声色で俺に停止を求めた。



「ん?? ダンさん、ちょっと止まって下さい」


「何ですか!? あ、危ない植物がその辺りに自生しているので!?」


 取り敢えず命令通りに停止すると腰の短剣に手を当てて軽く腰を落として備えた。


「あはっ、警戒し過ぎですよ?? 珍しい薬草が見付かったのです」


「な、なぁんだ。薬草ですか。俺はてっきりこの前と同じ位の危険な植物が見付かったのかと思いましたよ」



 ふ――、やれやれ……。


 そんな感じで移動と緊張の疲れによって浮かび上がった額の汗をクイっと拭うが。



「あ、それ以上こっちに近付いてはいけません。今から採取する薬草はこの前の絶界の花の蕾と同じで強い刺激を与えると破裂してしまいますので」


「ぜ、全然危険じゃん!!」



 マリルさんの形の良い口から軽い口調でサラっと超危険な言葉が出て来たので慌てて彼女から距離を取った。



「大袈裟ですって」


 両目から血涙を流して死の瀬戸際を経験すれば誰だって慎重にならざるを得ないのです。


「ダン、大きな声を出すな。他の植物に不必要な刺激を与えるべきではない」


「お、おぉ。了解した」



 黒装束に身を包む彼からお叱りの声を受け取ると母親にこっぴどく叱られた子供の様に口をンっと閉じてマリルさんが超危険な植物を採取する様を眺めて居た。



「こうして花弁を丁寧に持って……。茎から切り離せば……」


 嫋やかな所作で黄色い花の花弁を抑え、右手にあるとても小さな刃物で花弁を優しく切り離すと肩から掛けている鞄の中に丁寧に仕舞う。


「うんっ、これで良し。ダンさん!! お待たせしました!!」


「し――っ!!!!」


 禁忌の森の中の植物達に対して不必要な刺激を与えてはイケナイと俺とシュレンに注意したのは他ならぬ貴女なのですよ!?


 その張本人が大声を出して一体どういうおつもりなの!?


「もうこの辺りに脅威はありませんから大丈夫です。さっ!! 目的の植物を採取するまでもう少しですよ!! 頑張って進みましょう!!」


「は、は――い……。シュレン、行こうぜ」


「了承した」



 マリルさんから薬草の採取に出掛けると聞いてひょいひょい付いて来た己の軽率な判断を呪いたくなるぜ……。



 この禁忌の森付近に印されていたマル印の意味を探求する事がこの冒険の終着点なのだが、森を進んでも待てど暮らせどその意味は一向に現れやしない。


 まぁ向こうからやって来ればそれは楽に越した事は無いのだが、この地に暮らすマリルさんが理の外側に住む超生命体は存在しないと決定付けてしまった。


 つまり、俺達はソレ以外の存在を探さなければならないのですよ。


 ほぼ手探り状態で探すのは大変骨が折れそうな気がしますよ――っと……。



「今日も良い天気ですよねぇ」


 マリルさんが森の上部からスっと差し込む陽光を柔らかい眼差しで見上げる。


「三ノ月の中頃にしてはちょっと強過ぎる気もしますけどね。所で、今日は一体どんな植物を採取つもりなので??」


 恐ろしい植物が自生する森の中にある家を出てからずぅっと楽し気な彼女の背に問う。


「今日は軟膏の制作に欠かせない花の花粉の採取に向かっています」


「軟膏?? 薬を制作して各地で売って生活費を稼いでいると御伺いしましたがぁ……」


 あっぶね。


 会話に夢中になってやたらと橙色が目立つ花を危うく踏んでしまいそうになったぜ。


「手作業で制作するので大量に作れませんがある程度の量を作ったら街に出掛けて売る感じですね」


「へぇ、この森を抜けて売りに行くんだから大変そうだ。因みに売る薬はどんな種類なので??」


「傷に良く効く軟膏です」



 傷に良く効く軟膏。


 その言葉を聞いた時、一昔前に仕事中に聞いた会話がふと脳裏を過って行った。



「軟膏……。それってもしかして『箒印の傷薬です』 ??」



 生傷が絶えない農作業の従事者や土木作業員達が口を揃えてこう言っていたのだ。


『傷にはこの軟膏が良く効く』 と。


 仕事仲間が見せてくれたのは大人の手の平の上に丁度乗る大きさの木箱。


 一辺約十センチ四方の直方体の天辺には箒の焼き印が刻まれ、それをパカっと開けると白濁の軟膏が御目見えした。


 傷に塗れば立ち処に傷が塞がり、酷い出血もある程度抑えてくれ、火傷にも効く万能の傷薬として皆から重宝されているのですが……。


 その薬を販売する者は各街に偶にしか訪れないので入手難易度は途轍もなく高いと聞いた。


 ここで利益を得ようとした良からぬ事を考える者が登場するかと思いきや……。


 この事を知っているのは限られた人物なので転売しようとしても買い手は限られているのでそこまで値を釣り上げる事は叶わない。それ以前に効能の差で速攻でバレちまうから、詐欺行為を働いたとしてお縄に付くのが目に見えている。


 箒印の傷薬を入手出来た幸運の持ち主は頭上で光り輝く太陽も思わず顔を背けてしまう明るい笑みを浮かべ、荷物の中に大切に木箱を仕舞って今日も元気に現場に出掛けて行くのだ。



「あら?? 御存知なのですか??」


 やっぱりそうか!!!!


「本当ですか!? 以前、仕事仲間から聞いた事があるんですよ。その軟膏は滅茶苦茶良く効くって!!」


「ふふ、皆さんの傷を癒す為に作っていますのでそうした言葉が聞けて嬉しいですよ」


 幻に近い傷薬を売る薬剤師がこうして目の前に存在すると思うと何だか感慨深い感情が湧いて来るぜ。


「その軟膏の原料となる花粉は一体何処にあるのだ??」


 俺の直ぐ後ろを進むシュレンが普段と同じ口調で問う。


「もう間も無く到着しますよ?? 物凄く危険な場所なので命が惜しければ私の指示に従って下さい」


 超危険地帯に至るまで通い慣れた、この森に住み慣れた者が危険だと言うのだ。


 初見である俺達にとってそこは彼女が感じる危険よりも数百倍危険な場所である事に違いない。


「わ、分かりました」


「りょ、了解した」


 俺とシュレンは一切反論する事無く素直に頭を一つ大きく縦に揺らした。



「危険な花で思い出したのですが、俺とハンナは南の大陸で自爆花の実の採取に出掛けた事があるんですよ」


 人によってはおっかなびっくりにも映る慎重な足取りで素敵な空気が漂う森の中を進んで行く。


「へぇ!! あの危険な自爆花の採取に??」


 おっ、その反応と言葉からして自爆花の存在を知っていたのか。


 流石は森の賢者さん。博学多才という文字が本当に良く似合いますね。


「とあるモノ好きの大蜥蜴ちゃんの依頼を請け負って実の採取に出掛けて……。それから数日間掛けて花の生態を詳しく観察。それから実の採取に取り掛かったのですが」



 俺があの時の恐ろしい経験を事細かく説明していくと彼女は僅かに歩みを遅らせ、此方と肩を並べて歩き興味津々といった様子で小さく頷いていた。



「――――。そして、野生生物のとんでもねぇ横着を乗り越えて実の採取に成功。お互いに煤塗れになりながら頂く実の味はそれはもう言い表す事が出来ない位に美味しかったんですよ」


「実の味が気になりますが、私的にはフ、フフっ。ダンさんのお尻に攻撃を加えた野生動物さんの方が気になっちゃいましたね」


 マリルさんが口角を上げて陽性な笑みを浮かべつつ話す。


「あ――、駄目だ。死の瀬戸際の御話なのにその姿を想像すると笑いが込み上げて来ちゃいますよ」


「あの時は本当に死を覚悟しましたよ……。何でよりにもよって実を採取する時、しかも!! 慎重な行動が必要とされる場面の時に来るんだ!! って思いましたからね」



 あの横着ピッディが俺の大切な二つの袋を蹴り付けた時は本気マジで死ぬかと思った。


 又の間から下半身に伝播して行った痛みを誤魔化す為に叫ぶと同時に相棒が命綱を思いっきり引っ張ってくれて常軌を逸した爆発から逃れる事が出来た。


 もしも相棒が少しでも引く機会タイミングが遅ければ今頃俺は向こうの世界で御先祖様達にこっぴどく叱られていた事だろうさ。


 ほら、何であそこで声を我慢出来なかったんだ!! って。


 勿論俺は御先祖様にこう言い返してやる。


 生命の神秘が詰まった二つの玉を思いっきり踏ん付けられて我慢出来る訳ねぇだろうが!! ってね。



「お尻の間に鼻頭を突っ込まれた時も相当ヤバかったですね」


「あ、あはは!! そんな事もされたんですね!!」


 肩を並べて歩くマリルさんの御口が上下に開くとその間から軽快な笑い声が飛び出して来る。


 その音量は危険が蔓延る森にとって少々不釣り合いなのだが俺達が醸し出す明るい雰囲気には酷く似合っていた。



 へぇ、マリルさんの笑った顔って滅茶苦茶可愛いな……。



 生徒達と会話を続ける時は口角を軽く上げる位なのだが、陽性な感情を全開に押し出して笑う様は何処にでもいる笑う事が大好きな女性って感じだし。


 その素敵な笑み、確と脳裏に刻み込みましたよっと。


 それから暫く互いの苦労話に花を咲かせて歩いているとマリルさんの顔から笑みが消失してその代わりに大変真面目な顔が現れた。



「はい、ダンさん達は此処で待っていて下さい」


「っと……。目的地に着いたので??」


 俺とフウタは彼女の指示に従い等間隔に動かしていた足をその場に止めた。


「あの背の低い藪の向こう側に今回の目的である花が咲いています」


 マリルさんが指差した先には今し方話した通り、七つ程度の子供の背丈の低い藪が確認出来る。


「藪の先を見る事は出来るか??」


 シュレンが興味津々といった感じで薮の先に視線を送る。


「見るだけなら構いませんよ。それでは私の後に付いて来て下さい」


 了解ですよっと。


 必要な装備や物資が入った背嚢を背負い直し、いつも通りの歩みで薮の先に向かって行く彼女の背に続く。


 そして、マリルさんが背の低い藪を嫋やかな手で掻き分け進んで行くと心臓がバックンバックンと強烈な拍動を叩き出してしまう驚愕の光景が目に飛び込んで来やがった。



「「ッ!?!?」」



 藪の先には俺に上等をブチかまして来やがった絶界の花の蕾が所狭し一面びっしり生え揃っており、蕾の丸み具合からして少しでも刺激を与えればあの針が炸裂してしまいそうだ。


 群生する蕾の間に僅かながら足の踏み場は存在するが……。あの毒針の威力を知っている者は決して近付こうとは思わないでしょうね!!


 何アレ!? 絶対死が待ち構えている超危険地帯じゃん!!



「ひゅ、ひゅぉぉ……。と、とんでもねぇ場所じゃないですか」


「ダ、ダン。懐を借りるぞ」


 鼠の姿に変わったシュレンが俺の了承を得ずに懐に避難する。


「絶界の花の蕾の恐ろしさを知っている者にとってはそう映りますよね。この森での無知は即刻死に繋がります。ダンさん達には時間を掛けてそれを少しずつ教えて行こうかなぁっと考えているんですよ??」



 マリルさんがいつも通りにそう話していい感じに経年劣化した灰色の外蓑コートをパパっと脱ぎ捨てて身軽になると……。



「ひぃっ!?」


 何の警戒心も持たずに絶界の花の蕾の群れの中に足を踏み入れて行くではありませんか!!


 ちょ、ちょっと!! 夕方の買い出しのついでみたいな感じで超危険地帯に入っていかないで!!


『マ、マリル殿!! それ以上進んではいけない!!』


 俺と同じ感情を持ったのか、シュレンが懐から微かに顔を覗かせて彼女の背に向かって小さく叫ぶ。


「あ、大丈夫ですよ?? この中には数千回以上足を踏み入れて……」


 やっべぇ!! 急に風向きが変わって彼女の踏み出そうとする足に蕾が触れようとしているではありませんか!!


「群生する絶界の花の蕾の中央にそっと静かに咲いている花の花粉の採取に成功していますので」


「「は、はぁぁ――……」」


 急に傾いて来た蕾を巧みな足捌きでひょいと躱す様を捉えて一先ず二人同時に安堵の息を漏らしたが。


「わっ」


「「ッ!!!!」」



 再び横着な風が吹いて彼女の足元に向かって一斉に傾いて来た蕾達の姿を捉えると口から心臓が飛び出しそうになってしまった。



「もうっ、今日はいつもより風が強いみたいですねっ」


 頼むからもっと慎重な足取りで進んで下さい!! このままじゃ俺達の心臓がもたないって!!


「ふんふふ――んっ」



 マリルさんが夕方特売で安くなった品々を見定める主婦の鼻歌を奏でつつ蕾が群生する中央で無警戒のまましゃがみ込む。


 それから右肩から掛けている鞄の中から小さな瓶を取り出して今回の危険な御使いの目的である花粉を採取し終えると勢い良く立ち上がった。



「ダンさん!! シュレンさん!! 採取出来ましたよ!!」


「「し――っ!!!!」」



 普段は物静かなシュレンも彼女の所作に触発されたのか、俺と同じく前足の人差し指を唇に当ててもっと静かに行動しなさいと忠告した。


 勘弁して下さい!!


 これ以上の危険行動の継続は俺達の心臓がもたないって!!



「あはは、大袈裟ですって。さて!! 目的の物は入手出来ましたので家に帰りましょう!!」


「そ、そうしてくれ。このままでは某の心臓がもたぬ」


「激しく同感するよ。此処に来るまでの三時間よりもこの数分間の方が心臓と体に悪いぜ」


「向こうに帰ったら夕食の準備とぉ、フィロ達がハンナさんとフウタさんの教えをしっかりと咀嚼したのかの確認をしないといけませんよね」



 相棒とフウタはフィロ達に徒手格闘の指導を施して、彼女達を預かる身として生徒達の理解の度合いが気になるのは十二分に理解出来ますけども!!


 先生が此処で命を落としてしまったら本末転倒になってしまいますのでも――少しその自覚を持って行動して下さいまし!!!!



「わわっ、また風が……」


「「ン゛ッ!?!?」」


「大丈夫ですからそこまで驚かなくても結構――ですよ――」


「だから!! もう少し身構えて!!!!」


「あはっ、大袈裟なんですからっ」



 惨たらしい死のみが蔓延っている絶死帯の中で無警戒且生活感丸出しの姿のままで歩み続けている一人のうら若き女性の姿が俺達の心臓と精神を酷く傷つけて行く。


 此方が何度も注意を放っても彼女は軽やかに無視しつつ無謀にも見える行動を継続。その姿はまるで俺達が驚く様を楽しんでいるかの様に映ったのだった。




お疲れ様でした。


風邪の影響によって投稿が遅れてしまい申し訳ありませんでした。


かなりしつこい風邪でまだまだ鼻水が止まりませんよ……。



沢山のいいねをして頂いて有難う御座いました!!


プロット執筆活動の嬉しい励みとなりましたよ!!!!



それでは皆様、体調に気を付けてお休み下さいませ。

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