第百九十八話 再び刃交えるその時まで
お疲れ様です。
本日の投稿になります。
綿雲や千切れ雲等々。
青色に嫉妬した白色が空の中を漂い続けており突き抜ける青とまではいかないが、中々に美しい青がほぼ占める空から温かな陽光が降り注ぐ。
湖の水面には微風によって矮小な凪が生まれ、空から降り注ぐ光が凪によって反射されて俺の視界を柔らかに照らす。
頭上と水面の二方向から太陽の笑みを受け取ると心に陽性な感情が生まれるのだが、本日の心は明るい気持ちと暗い気持ちがせめぎ合っていた。
その最たる理由は今日、この地を発つ事によって暗い気持ちが生まれているのだろうさ。
「よぉ、荷物は纏め終えたかい??」
俺の直ぐ後ろ。
朝も早くから荷物の整理整頓に追われている相棒とシュレンに向かってそう話す。
「あぁ、俺は滞りなく済ませた」
「某の分は既に終えたのだが……。何故あの阿保の分までやらなければならないのだ」
「うぐぅぅ……。まだまだ体がおもてぇ……」
本日も真っ黒な忍装束に身を包む彼が少し離れた先にある一塊に置かれた荷物の天辺で仰向けになって休んでいる鼠を睨み付ける。
「ま、まぁまぁ。フウタは一昨日漸く拷問……、じゃなくて。素敵な男女の交わり合いから解放されたんだからそっとしておいてやろうぜ」
今から遡る事、約四十八時間前。
いつも通り魚を釣る為、湖に向かって釣り糸を垂らしていると妙に元気な巨龍が空から颯爽と舞い降りて来た。
『待たせたわね。フウタを返しに来た』
彼女の大きな手には小さな鼠が握られており、ディアドラがそっと手を開くと思わず顔を背けてしまいそうになる状態の生物のなりの果てが姿を現した。
『カ、カペペ……』
田舎の道端でたまぁに見かける死後数か月経過した鼠のミイラよりも酷く乾いた体、両目は虚ろで生気の影さえも掴めず、四肢はピクピクと矮小に痙攣しており医術の知識が無い俺でもこれは本当に不味い状況であると速攻で理解出来てしまった。
『お、おいおい!! フウタ!! 大丈夫か!?』
カサカサに乾いたフウタの体を気遣う様にそっと掬い上げてやる。
『み、み、水……。そ、それと何か食い物を……』
『わ、分かった!! 直ぐに魚を焼いてやるからそこで待ってろ!!!!』
重病患者よりも丁寧に緑の絨毯の上に寝かせてやると親友を死の淵から救う為に速攻で食事の準備に取り掛かった。
『ディアドラ。貴様、加減という言葉を知らないのか??』
『人生で初めて充実した時間を過ごせば誰だって加減は出来なくなる。貴方も毎日が爆釣だったら釣りを止めないでしょう??』
『むっ。確かにそれはそうだな』
『釣りとこれは全然違うでしょう!? 自分の欲求を満たす為に人の体を弄んではいけないの!!!!』
見当はずれな意見の交換を続けているお馬鹿な二頭の龍に一言注意を放つと今にも死神さんに連れて行かれそうになっている一頭の鼠を救う為、懸命な救助活動に励んだ。
大変小さな鼠のお口ちゃんにそ――と水を与え、焼きたての魚の白身も静かに口の中に入れてあげる。
痛んだ体の筋力を解き解し、ぐっちゃぐちゃになった毛並を櫛で梳かし、皿の中に溜めた温かな湯に浸からせてあげると漸く意識が明瞭になって来たのか。
『ハッ!? こ、ここは何処だ!?』
底の深い皿からガバっと上半身を起こして生気が宿った目で周囲を見渡した。
『漸く現実世界にお帰りかよ。安心しなって。此処は安全と安心が蔓延る湖の周辺だからさ』
『ダ、ダン!! よ、良かった!!!! お、俺様はあの悪夢から漸く解放され……』
『あ、フウタ。起きたのね』
『ギィィヤアアアアアア――――ッ!! う、嘘付きぃ!! 全然安心出来ない場所じゃねぇか!!!!』
『落ち着けフウタ!! も、もう彼女に敵意は無い!!!!』
ディアドラの姿を捉えると同時に錯乱状態に陥った彼を必死に抑え付けて、状況説明を開始。
これ以上彼を刺激するのは不味いと考えた俺はディアドラに帰る様に懇願すると彼女は、素敵な玩具を諦めきれない子供の様に後ろ髪惹かれる思いで渋々と巨龍一族が住まう南の地へと飛び立って行った。
その姿を見届けると彼は漸く安心しきった柔らかい表情を浮かべて深い眠りに就いた。
フウタの精神と体が回復するのを待った為に出発が遅れてしまったのですよっと。
「阿保の所為で某達の予定が大いに狂ってしまったのだぞ?? 忍ノ者としてあるまじき行為に甚だ呆れるばかりだ」
シュレンが巨大な溜息を吐いて今もぐったりとしている鼠を睨み付ける。
「ダン、これから貴様の生まれ故郷に向かう訳なのだがある程度の行動は決まっているのか??」
ミキシオン陛下から受け賜りし天下無双八刀の一振り、月下美人に丁寧に手入れを施しているハンナが問う。
「先ずはアイリス大陸に向かう為に東進。相棒の飛翔速度なら凡そ半日程度で到着するそうだ。今が午前九時頃だからぁ……。向こうに到着するのは夜の九時以降。海岸線付近で一泊してそれから大陸南南西の森へと向かおうぜ」
此度の奇妙で不思議で危険な冒険の発端となった地図。
それに印されていたのは相棒の生まれ故郷のマルケトル大陸の東、大蜥蜴ちゃん達が跋扈するリーネン大陸の南、龍が棲む大陸には此処の湖。
そして俺の生まれ故郷に印されていたのは大陸南南西の森の中。
これら四つの場所に刻まれた印の内、相棒の生まれ故郷と大蜥蜴ちゃん達の大陸の印の意味は理解出来ている。
そう……。とんでもねぇ力を持った滅魔と呼ばれる化け物が封印若しくは眠っている場所なのだ。
この綺麗な湖にも五つ首級の化け物が眠っているのかと思うと呑気に釣りなんか出来ないよなぁ。
「……っ」
本日も朝一番から決して釣れない釣りに興じているグシフォスの大きな背中をじぃっと見つめていると。
「ダン、話がある」
件の彼から召集命令が下った。
「はいは――い。ちょっと待ってねぇ――」
家事の途中で夫に急遽呼ばれた主婦の気の抜けた台詞を吐きつつ次期覇王様の下へと馳せ参じた。
「用は何かしら?? もう少ししたら出発するから色々と準備が忙しいのよ??」
「貴様は地図に印された意味を求めて旅に出たと言っていたな??」
「あぁ、そうだけど……」
「今から話す言葉は俺の独り言として捉えろ」
俺が彼の少し離れた場所に腰掛けると何だかクソ真面目な口調で独り言の様に言葉を語り始めるので俺は彼に向かって只々静かに頷いた。
「この湖には……。一体の滅魔が眠っていると言い伝えられている」
彼の口から『滅魔』 という単語が出て来ると。
「「……ッ」」
いつの間にやら俺に近付き聞き耳を立てていたハンナとシュレンから緊張の吐息が零れた。
「此処に眠っている滅魔は一つの神器が破壊され亜人の力が解放された時に目覚めると言われている。目覚めた滅魔は封印を解いた者に向かって進み、狂気の牙を加える。例えソイツが地の果てに逃れようが執拗に追跡して己に課された任務を遂行する」
「い、いやいや。地の果てに居るのなら追いかけようがないじゃん」
「神器に封印されている亜人の力を解放するとその者に目に見えぬ印が刻まれるそうだ。滅魔はそれを目印に追跡を始めるのだ」
「ふむ……。此処にナニが眠っているのか、又は封印されているのかは理解出来たが……。何故グシフォスはそれを知っているのだ??」
俺の左肩に留まるシュレンが小さな鼻をヒクヒクと動かして問う。
「幼い頃、俺達を見捨てて世界の果てに飛び立って行った親父から聞いたのだ。この湖は俺達の領地に存在し、いつかお前が此処を治める様になった時。世界に破壊を齎す悪魔を退治しろとな」
自分の土地から世界中を恐怖のどん底に叩き落とす悪魔が生まれてしまったのなら居たたまれない気持ちが心に浮かぶだろうが……。ソイツを単騎で抑え込むって話は滅茶苦茶じゃあありませんかね??
俺が彼の立場だったのならそれ専門の力を持った戦士達を湖の近くに常在させて警備に当たらせるぞ。
「その滅魔はどういった姿形なのだ?? それとソイツが持つ力を知りたい」
戦う事が三度の飯よりも大好きな相棒が言葉の端に高揚感を含ませて話す。
「姿形並びにどういった力を持っているのかまでは聞いていない。俺が聞いたのは世界に破壊を齎す恐ろしい力、この一点だけだ」
随分と漠然とした言葉だが、先代覇王が警戒する程の力だ。
きっと見るだけで正気度が狂ってしまう様な恐ろしい姿形で、抗う事を諦めてしまう程の力を有しているのだろうさ……。
「世界に破壊を齎す者、か。願わくば手合わせを願いたいぞ」
「お前さんはそうかも知れないけど俺は肝が冷えっぱなしだよ」
新しい玩具を見付けた子供の様に煌びやかな瞳を湖の青に向けている相棒の横顔にそう言ってやった。
これで地図に刻まれた印の四つの内、三つの意味が解明された。それはいずれの箇所にも滅魔と呼ばれる強力な悪魔が眠っている事だ。
この法則に従うと俺の生まれ故郷にも一体の滅魔が眠っている事になるよね??
五つ首級の滅魔が目覚めて俺の愛する故郷を蹂躙する恐ろしい姿を想像すると背に冷たい汗がじわりと浮かんでしまった。
お、おいおい。勘弁してくれ。アレ級の化け物がアイリス大陸に眠っているのかよ。
知りたかった様な、知りたく無かった様な……。
知らない事が本当の幸せだと聞いた事があるが、よもや自分がその当事者になるとは思わなかったぜ。
「ダン、地図を譲渡した者は何か言っていなかったか??」
「え――……っと。ちょっと思い出すから待ってくれ」
シュレンの言葉を受け取ると瞼をキュっと強く瞑りあの時の光景を思い出して行く。
「確か……、世界の終わりが刻まれて……。いや、違うな。『世界の終わりの始まりが刻まれている』 だ」
「「「世界の終わりの始まり??」」」
俺がそう話すと三名が仲良く声を合わせた。
「あぁ、確かそうだ。それから一言二言会話を交わすと息を引き取ったよ」
「終わりの始まり……。つまり、いずれかの滅魔が目を覚ませば世界の終焉が始まるという事か??」
「シュレン、それは違うぞ。俺の生まれ故郷に居る五つ首は約百年に一度目覚めて行動を開始する。今回は長時間の眠りに就いて居た所為か、普段の力よりも増していたが……。周期通りの目覚めなら我々鷲一族で抑え込める力なのだ。それが世界に破壊を齎すとは考え難い」
「それに南の大陸の国食いだっけか。ソイツは目覚める気配すら無いし、此処に眠っている正体不明の滅魔は神器とやらを破壊されなければ目覚める事も無い。とどのつまり、世界を滅茶苦茶に破壊する為には普通の方法じゃあ無理って事さ」
「そんな事は某でも理解出来る。一番の問題は……。世界を終焉に導く存在を知っている奴等が居るという事だ」
やっぱりそこが気になるよなぁ……。
俺に地図を渡してくれた人は滅魔達の存在を知っている者達から命辛々逃れて俺にそれを託した。
彼を亡き者にした奴等は滅魔の存在を知ってどうするつもりだったのだろう??
この素敵な世界を終わらせる為に使用するのか?? 将又俺達が想像に及ばない方法で滅魔達を使役して我がモノとして世界を恐怖に陥れるのか……。
どういった連中か知らねぇけども、凡そ真面な考えを持った連中では無い事は確かだ。
「大陸を渡り歩いて情報を集めた。古文書を解読して知識を得た等々。その方法は多岐に渡るけどさ。それを知っても活用方法が無ければ意味ねぇだろ。それに……。各大陸の魔物が力を合わせれば滅魔の一体や二体、屁でも無いだろうし」
「あぁ、ダンの言う通りだ。もしもよからぬ考えを持った連中が俺の故郷に足を踏み入れたのなら即刻首を刎ねてやる」
あ、いや。俺はいきなり血生臭い事件を起こそうとするよりも可能であれば話し合いで問題を解決したいと考えているのですよ??
「詰まる所……。これ以上は俺達の想像の域を出ないって所かぁ。はぁ――……。何だか気が重くなって来たぜ」
双肩をガックリと落として長々と溜息を吐く。
「気を落とすな馬鹿者。寧ろこれを好機と捉えるのだ」
「あぁ、その通りだ。某は強くなる為に生まれ故郷を発ったのだ。恐ろしい強さを持つ者と対峙するのは好都合と呼べよう」
そりゃあこれから向かう先にもおっそろしい化け物が眠っていると思えば誰だって肩の一つや二つを落とすでしょうに。
「俺はお前さん達と違って真面な思考を持ってんだよ。有難うな、グシフォス。余所者である俺達に貴重な情報を教えてくれて」
「貴様等は覇王継承戦に微力ながら尽くしてくれた。その礼だと捉えればいい」
微力、ね……。
目ん玉が眼窩から飛び出てしまう程にぶん殴られて、喉の奥から血反吐が噴出して、体内から鳴ってはイケナイ音が二つの手の指じゃあ数えきれない程鳴り響いてしまう。
一歩間違えれば殺されたかも知れない死闘を乗り越えたのにその言い方はちょいと不味いんじゃねぇの??
俺と同じ考えに至ったのか。
「某達は強敵と対峙して勝利を収めた。それを微力と呼ぶのは些か疑問が残る言い方だぞ」
「貴様は一戦しか戦っていないだろう。俺は二戦して二勝を掴んだ。それが微力とは一体どういう了見だ」
ハンナとシュレンがほぼ同時にグシフォスに噛みついた。
「一回戦、二回戦とも速攻で三勝を収めて釣りに興じる予定だったのだ。俺の予定を狂わせたのだから微力以外の何物でもないだろう??」
「それはお前さんの理想さ。後、相棒。さり気なぁく俺は勝率十割だぞ――って自慢している様に聞こえたんだけど??」
「ふっ、すまぬな。貴様達は一勝一敗の勝率五割であったか」
こ、このほぼ童貞野郎が!!!! 調子に乗りやがって!!
「テメェだってベンクマン戦はギリギリだったじゃねぇか!!」
「そう見えるのは貴様だけだ。俺は余力を残して勝利を得た」
「脇腹をブッ刺されて余力もクソもねぇだろう!! その意味不明な自信は何処から湧くんだよ!!!!」
静かに釣れない釣りに興じる馬鹿野郎を他所に相棒と激しい舌戦を繰り広げていると、此処に向かっている幾つもの強き力の源を感じ取ってしまった。
「本日は旅立つ日にうってつけの晴天で御座いますね」
「カカカ!! いよぅ!! ハンナ!! 見送りに来てやったぜ!!」
北龍の気の優しいベッシムさんと南の巨龍の剣客が俺達の前で人の姿に変わると優しい笑みを浮かべてくれる。
此方もそれに倣ってニッコニコの口角を上げようとしたのですが。
「グシフォス様――っ!! 今日もお邪魔させて頂きますねっ!!」
「あいたっ!!」
釣り馬鹿の事で頭が一杯の女性の体当たりをブチ食らってしまったのでそれは叶わなかった。
いたた……。見た目は普通の女性だけど膂力は段違いの力を備えていますよねぇ。
無駄にデカイ猪に撥ねられたかと思ったぜ。
「こら、シュランジェ。ダン様に失礼じゃないか」
「私の恋路を塞ぐ方が悪いのです。ささっ、グシフォス様。今日は私が丹精を籠めて御作りしたお弁当の差し入れが御座いますよ??」
「要らん。後、もう少し離れろ」
「ふふっ、この距離感が好きなのですっ」
人に体当たりをブチかましても謝意の一つも寄越さずに己の恋の道を爆進するのは結構で御座いますけどね??
その内に君は残酷な事実を目の当たりにする事になるのだ。
そう……。覇王継承の際に許嫁の契約を破棄されるという事をね!!!!
今は敢えて言わないでおこう。もしかすると余りの衝撃の強さに膝から崩れ落ちて立ち上がれ無くなってしまうかも知れないから。
「お前達と剣を交えなくなるのは寂しくなるよなぁ」
「時間が出来たのなら再び戻って来る。それまで剣技を磨いておけ」
「某も貴様達に負けない膂力を身に着けておく」
「それは楽しみだな!!」
「ベッシムさん、本当にお世話になりました」
「いえいえ。私はあくまでも必要最低限の行為をしたまでですからね。礼は不要ですよ」
「またお邪魔させて頂く事があるのなら両手一杯のお土産を持ってきますね」
方々で陽性な声が上がりこの地で出会った彼等と会話を続けているともう少し此処に居てもいいんじゃないのかと考えが湧いて来てしまう。
風光明媚な湖に死が渦巻く森、そして他種を凌駕する力を持つ龍一族。
俺達が知らない危険な場所はまだまだそこかしこに存在するだろうが、今は自分の冒険を優先すべき。
断腸の思いでこの地に留まろうとするもう一人の自分の願望をバッサリと捨て切って相棒に声を掛けた。
「よっしゃ!! そろそろ行こうぜ!!」
「あぁ、分かった」
相棒が一つ大きく頷くと白頭鷲の姿に変わり巨大な翼を上下に大きく羽ばたかせる。
風によって舞い上がった土や塵芥が目に入ると嬉しい痛みがズキンと走って行く。
「荷物をテキパキ載せて――っと。おい、フウタ。そろそろ起きないと置いて行くぞ」
だらしなく仰向けの状態で木箱の上で休んでいる鼠の腹を突いてやると。
「わ――ったよ!! 起きればいいんだろ!? 起きれば!!!!」
憤り全開に口を開いて切れ味の鋭い前歯を覗かせた後に人の姿へと変わり、俺達の搬入作業に加わってくれた。
額から零れ落ちる嬉しい労働の汗を手の甲でクイっと拭い、必要な物資を全て載せ終えると改めて彼等に対して頭を下げた。
「今まで世話になりました!! またお邪魔させて貰うよ!!!!」
「えぇ、いつでもお越し下さい。我々は貴方達の帰りを待っていますよ」
「その通り!! 強い奴ならいつでも大歓迎だ!!」
「グシフォス様との恋路を邪魔しない程度ならまぁ許容しましょう」
ベッシムさん達から温かな言葉を頂くと相棒の背に颯爽と乗り込み彼等に向かって勢い良く手を振ってあげる。
「グシフォス!!!! 俺達が戻って来るまでに釣りの腕を上げておけよ!?」
「喧しいぞ。貴様に言われなくてもそうするつもりだ」
あ、あはは。世界を知るという覇王継承の条件は無視ですか??
釣りばっかりしていると現覇王様からお叱りの声を頂きますぜ??
「ギャハハ!! その釣り竿じゃあいつまでたっても上手くならねぇぞ!? 俺様が作った竿を使いやがれ!!!!」
「要らん!! 俺は自分が制作した釣り竿で釣るのだ!!」
「強情な奴め!! 新しい釣り竿が欲しくなったら俺様の生まれ故郷に来い!! いつでも超カッコイイ釣り竿を用意してやっから!!」
「それでは皆さん!! 行ってきますね――――!!!!」
俺が別れの挨拶を放つと相棒が大きな翼を力強く羽ばたかせて自由が蔓延る大空へと飛翔して行く。
「相棒!!!! さぁ、行こうぜ!!!! 新しい冒険が俺達を待ち構えているんだ!!!!」
「ふっ、そうだな。新たなる危険が俺をもう一つ強くしてくれる。それを求めて……」
や、やっべぇ!!
「総員!! 衝撃に備えろぉぉおおおお――――!!!!」
「出発するのだから!!!!」
「「ギィィエエエエエエエエ――――――ッ!?!?!?」」
俺とフウタの叫び声をその場に置いて行ってしまう程の殺人的加速度が襲い掛かった。
ひ、久々の長時間の飛翔だからって気合が入り過ぎじゃないの!?
「相棒!! この速度じゃ向こうまでもたねぇよ!! それに荷物を抑え込む俺達の事も考えろ!!」
「ハンナ!! テメェ!! もう少し加減しやがれ!!!!!」
「ふっ、すまんな。貴様等勝率五割組にこの衝撃波少々酷であったか」
「「は、は、ハァァアアアアアアッ!?!?!?!?」」
相棒の珍しい揶揄いを受け取ると俺とフウタの口から素直な憤りの声が漏れてしまう。
当然?? 俺達は売られた喧嘩は必ず買うという信念を持っておりますのでね!!
今の仕返しを執行させて頂きますわ!!
「よぅ、フウタ。今の言葉聞きました??」
「えぇ、それはも――よぉぉく聞こえましたわよ??」
「そうですかっ。それでは……」
「必殺超悶絶擽り攻撃を食らいやがれ!!!!」
フウタと共に相棒の羽の中へと潜って行き、彼の背の皮膚に手を伸ばすと十の指を有り得ない速度及び角度でいじくりまわしてやる。
「むぉっ!? き、貴様等!! 止めろ!!!!」
「ギャハハハハ!! 止めろと言われて止める馬鹿が何処にいやがる!!」
「その通りさっ!! 相棒!! テメェの弱点は熟知してんだよ!! さっきの言葉を訂正しない限りずぅぅっと擽り続けてやっからなぁぁあああ!!!!」
空の上から降り注いで来る明るい笑い声と怒気に塗れた憤りの声。
地上で彼等を見上げている龍一族はその音を捉えると得も言われぬ表情を浮かべて柔らかい吐息を漏らした。
神々しい翼を持つ白頭鷲が描く軌跡が空の果てへ消失すると深紅の髪の男性を除く者達は己の住む場所へと帰って行く。
美しい湖には普段の静寂が戻り、大地の彼方から吹く風が水面に矮小な凪を生じさせ男の肌をそっと撫でる。
誰しもが認めるであろう風光明媚な景色の中。
「……」
今日も釣りに没頭している男は苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべていた。
釣れない事に憤りを覚えたのか将又彼等が去って行った事によって生まれた寂しさからか。
その理由は伺い知れぬが、誰も近くに居ない事を確認すると口の悪い鼠が用意してくれた釣り竿を手に持ち湖へと向かって釣り糸を垂れた。
その僅か十分後。
「わ、わはは!! 遂につ、釣れたぞ!!!!」
彼は頑是ない子供の様に明るく陽性な笑みを浮かべて漸く釣れた魚を大事そうに両手で掴んだ。
「何だ。魚を釣るという行為はこうも簡単だったのか!! ククク!! これなら数年の内にこの湖にいる全ての魚を釣る事が出来るだろう!!」
釣り上げた魚を桶の中に入れると再び釣り糸を垂らすが……。待てど暮らせど当たりを知らせる動きは見られなかった。
日が昇り、月が目覚め。
大地に生命が芽吹き、大地が冷たくなっても彼は釣りを続け。その哀愁漂う姿はいつしかこの大陸の名物の一つと呼ばれるまでに成長したのだった。
お疲れ様でした!!
取り敢えず龍の大陸編を書き終えてホっと胸を撫で下ろしている最中であります。
ですが、これから過去編の最終編に突入しますのでまだまだ気が抜けない日々が続きます。皆様の期待に応えられる様に頑張ってプロットを執筆して行きますね。
これから過去編最終編の導入部分となるプロローグを執筆します。
次の投稿まで今暫くお待ち下さいませ。




