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今日も今日とて、隣のコイツが腹を空かせて。皆を困らせています!!   作者: 土竜交趾
過去編 ~素敵な世界に一時の終止符を~
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第百九十六話 茜色の空の下の決着

お疲れ様です。


本日の投稿になります。




 今にも倒れそうになる体を二つの足が必死に支え、体内に微かに残る闘志が枯れかけた体力と魔力を補い風前の灯となった戦闘意欲を懸命に繋ぎ止める。


 口から零れて来るのは濃度の濃い疲労感が籠められた重たい息、舌に乗るのは敗北を予感させる鉄の味の液体、肌に感じるのは敵の膨大に膨れ上がった魔力から生じる大気の震え。


 そして目に映るのは絶望の二文字だ。



「フゥッ……。フゥゥウウ!!!!」



 ストロードが呼吸する度に膨れ上がった己の筋力が上下し、秒を追う毎に魔力が高まり続けて行く。


 天井知らずの力の高まりは相手を跪かせるのに十分、いいや過剰とも受け取れる。


 頭のネジが一つ二つ外れた戦闘にだけ特化した狂戦士。


 コイツと対峙して戦意を保てる者はこの広い世界に果たして何人居る事だろう??


 例え存在したとしてもそれは世界広しと言えども手の指で数えられる程度だろうさ。


 そして、俺はその稀有な一人として数えられる。何故なら今もこうして一歩も下がる事無く化け物と正々堂々対峙しているのだから。



「はぁっ……。はぁっ……」



 少しでも気を抜けば意識を失い地面に倒れ込んでしまう体を必死に支えつつ化け物を見上げてやる。


 相手の力は限界を知らずに上昇して行くのに対し、此方は現状維持が精一杯。


 全く……。相手を見誤っていた訳では無いがたった一発の攻撃を受け止めるだけでこれ程に不利な状況になるとは思わなかったぞ。


 巨龍一族の力は他種を圧倒する程に膨大であり強力。


 己の身を以てそれを知る事が出来て光栄だ。



「さぁ、どうした?? 御自慢の力を直接当てても俺は立っているぞ。貴様の力は全てを滅却するのではないのか??」


 馬鹿げた突進の速さ、そして三百六十度の攻撃に対応出来る様に微かに腰を落として四肢に魔力を送り込んで迎撃態勢を整える。


 魔力の源から送り込まれる力は……、そうだな。普段の五割にも満たない力をいった所か。


「その生意気な口を塞いでやる。生きて此処から帰れると思うなよ!? ハァッ!!!!」


「っ!?」



 俺の言葉に反応したストロードの体内から更に苛烈な魔力が迸ると二つの拳に、体全体に黒褐色の光が宿る。


 俺を屠る為に炎の力だけでは無く土の付与魔法で更なる自己強化を図ったのか。


 火炎の攻撃に黒鉄の防御。


 攻守共に隙の無い采配が脳裏に敗北の二文字をちらつかせる。



「さぁ、行くぞ!!!! この戦いに決着を付けてやる!!!!」


「望むところだ!! 強き者よ!! その暴力的な力で血統を越えてみせろ!!!!」


 ストロードの瞳が更に色濃い朱に染まると俺に向かって愚直な突進を開始。


「ガァァアアアアアアッ!!!!」


 此方の攻撃範囲に身を置くと防御を一切捨て去った拳を振り上げて来る。


「はぁっ!!!!」


 顎下に迫り来る暴虐の塊を回避すると共に奴との距離を零して右手に烈火の闘志を籠めた一撃を脇腹に見舞ってやるが、拳に伝わったのは鉄等生温いと感じる硬度であった。


「くそ!!!!」


 最大値にまで硬度を高めた鉄壁の防御力は俺の拳では貫く事は叶わず、此方の攻撃が相手の逆鱗に触れてしまったのか。


「纏わり付くなぁぁああ!!」


 遥か高い位置から左の拳が降り注いで来た。


「そのまま当たらない攻撃を続けていろ!!!!」


 半身の姿勢で攻撃を躱し、刹那に出来た距離を再び縮めて相手の装甲を貫く事が出来ない憐れな攻撃を開始してやった。



「グシフォスの野郎、離れたら不味いと考えて敢えて超接近戦に切り替えたのか」


「だろうな。離れたら大火球の連続攻撃が絶え間なく襲い掛かり、中間距離では四肢の長さからして超不利。活路を見出す為には勇気を振り絞って超接近戦を仕掛ける。俺様もアイツの立場ならあの選択肢を取るぜ」


「それだけじゃねぇぞ。あの超接近戦は大火球の連続攻撃から観客達を守る意味も含まれている。アイツは見た目以上に優しいんだなぁ」


「それはどうだろう?? 優しい奴ならも――ちょっと俺様達に気配りが出来てもいいんじゃね??」



 風を切り裂き鼓膜をろうする拳の鋭い音、心の臓が竦む狂戦士の雄叫び、そして絶対的な強者が放つ殺意が俺の戦意を容赦なく削る。


 心に灯る戦意を掻き消されぬ様、勇気と闘志で再燃させて勝利へと繋がるとても小さな攻撃を積み上げて行く。


 それは天を支える山脈の頂上へ向かって行く登山家の小さな一歩にも満たないモノである。


 勝利への道は途轍もなく、果てし無く遠い。しかし千里の道も一歩よりと言われている様にこれこそが唯一の正解であると信じて攻撃を続けていた。



「しつこいぞ!! 纏わり付く蝿がぁぁああ!!!!」


「何ッ!? グァッ!!!!」


 攻撃の打ち終わりを狙われ土の付与魔法で超硬度にまで高められた拳が腹部を穿つと腹部の肉からでは無く、背中から鳴ってはいけない音が生じてしまう。


「ク、ハッ……」



 たった一発の拳が只立つという意思を揺らがせ、これまで蓄積された疲労と激痛がそれに拍車を掛ける。


 出したくも無い粘度の高い液体が口から零れ出て踏鞴を踏み、天使の甘い表情を浮かべている地面に向かって両膝を着こうとしたのだが。



「地面に倒れて計上カウントを受けられると思うなよ?? 貴様はこれから死すら生温い攻撃を受け続けるのだから……」


 ストロードの左腕が俺の胸倉を掴み上げて宙に浮かしてしまい、休むという行為を拒絶。


「ハァッ!!!!」


 右の拳に烈火が宿ると何の遠慮も無しに先程と同じ個所に拳を捻じ込んで来た。


 その威力と来たら……。


 此処まで受けた攻撃が前菜と感じる程に苛烈且猛烈な力の塊であった。


「うぐっ!?」


 強烈な力が宿る一発の拳が筋力を穿ち。


「セァァアアアア――――ッ!!!!」


「ゥッ!?」


 二発の拳が無防備な状態の体の中に収まる五臓六腑を激しく傷つけて行く。



「「「……っ」」」


 拳が肉を食む鈍い音は放射線状となって轟き闘技場内に存在する者達の心の中に恐怖を植え付けた。



 このまま気絶すれば痛みを受ける事も無い。降参の二文字を口から出せば苦痛から脱却する事が出来る。


 何度も腹を、顔を穿つ拳を受け続けていると甘い考えが頭の中を侵し尽くす。


 だがそれでも俺の意識は非情な現実に留まり続けていた。



「良いぞ、貴様の体に攻撃を与える度に力が溢れて来る。さぁもっと貴様の苦悶の声を聞かせてくれ!!!!」


「ゴッハァッ!?」


 一際強烈な拳が鼻頭を襲うと二つの瞳が激しく明滅して視界に霞が掛かり始めた。



 仲間や友、そして領民達。


 守るべき存在が輝かしい勝利への障害となり人生の中で最も強烈な痛みを受ける破目となってしまう。


 たった一人でコイツと対峙したのなら余計な攻撃を受ける事も無かった。



『守るべき者の存在がお前を強くする』



 俺達を見捨てて世界の果てに飛び立って行った馬鹿親父の教えとは全く逆の事象に苛まれていると奇妙な苛立ちが心にフっと湧く。



 何故俺が無慈悲に殴られ続けなければならないのだ……。


 心静かに釣りに興じ、約千年という長き人生に華を添えようとしているだけなのに……。



「さぁそろそろ決着の時だ。食らえぇぇええええ――――ッ!!!!」


「ッ!!」



 ストロードの巨大な拳が顎を打ち砕くと意識に霞が掛かり、体全体にしつこくしがみ付いていた痛みが水に溶ける砂糖の様に甘く溶け落ちて行く。


 これで……、俺の役目は終了か。


 南龍の連中が覇権を取っても俺の人生の意味でもある釣りが出来なくなる訳では無い。敗北は甘んじて受けよう。


 襲い掛かる暴力に抗う為に持ち上げようとしていた右の腕をダラリと下げ、辛うじて四肢に籠めていた力を解除した。



「ふんっ、他愛の無い奴め。俺の火球を受け止めた時の力を発揮する事も無く力を抜きおって」


「……」


「誰かの為に強くなる、か。そうだ。この中で誰かを傷付ければ貴様は甦るかも知れんな。では……、貴様達にもコイツ以上の力を与えてやろう」



「「「「ッ!?!?」」」」



 強烈な殺気を纏うストロードがダン達では無くシュランジェ達や東の地の領民に向かって殺気を放った刹那。


 俺の頭の中で何かが盛大にブチ切れる音が鳴り響いた。



「……ッ」


「むっ!?!?」



 貴様は俺だけでは飽き足らず俺の事を見限らず東の地に留まってくれた者達に殺意を向けるのか??


 彼等に指一つでも触れてみろ……。この世に塵一つ残さず焼却させてやるぞ!!!!



「ハ、ハハハハ!! 何だ!! やれば出来るでは無いか!!!!」


 ストロードが俺の力の発動を捉えると拘束を解除して距離を取る。


「よくも……。俺が守るべき者達に殺意を向けたな?? 龍の逆鱗に触れた事を後悔しろ!!!!」



 これが最後の攻防だ。体の中に存在する力の源を全て出し切って貴様を叩きのめす!!!!


 いくぞ、我が刃よ。俺の燃え盛る心に応えてみせろ!!!!



「我が体に流れる絶対王者の力よ、地を引き裂き空を穿て。そして全てを薙ぎ払え……。必滅の龍皇剣、アルギウス!!!!」



 体の内から湧き起こる憤怒、激情に任せて右手を掲げると朱の魔法陣が宙に浮かぶ。


 美しく激しく明滅する魔法陣の中に手を入れて普遍が蔓延るこの世に破壊と打壊を齎す特異な得物を召喚。


 俺の身の丈と変わらぬ大剣からは五臓六腑が震える程の魔力が迸り、剣身に纏う残炎を振り払うと両手に勝利の願いを込めて柄を深く握り締めた。



「それが貴様の真の力か……。それと我等巨龍の力の解放と遜色の無い覚醒の力。ク、ククク!!!! そうだ!! これこそ俺が求めていた真の戦いなのだ!!!!」



 アルギウスの力を捉えても慄く処か高揚感を惜しげも無く醸し出して高笑いを放つ。


 神々しい力を目の当たりにして頭を垂れて絶望に打ちひしがれるよりも貴様は笑い声を放つというのか。


 覚醒の力はもって数分。刹那に全てを賭けてその笑い声を今直ぐにでも止めてやる……。



 決着は一瞬で付けてやるぞ!!!!



「受けてみよ、我が刃を……」



 大剣の柄を更に強烈に深く握り締めて相手に背を見せる程に捻り、乾坤一擲の一撃の行動に耐えられる様に下半身の力を総動員させて収束させてやる。


 闘志を極限にまで高め、燃焼させ、それに呼応した魔力が体全体に漲って来た。



 これを外したら俺の負けが確定する……。


 勝利への渇望、敗北の憂い、生の歓喜、死の恐怖。


 燃え盛る闘志によって荒れ狂う水面の心に浮かぶ不必要な感情、考えは捨て去り只目の前に聳え立つ敵を倒す事だけに全神経を集中させるのだ。



 大地の上を縦横無尽に動き回る清らかな風の様な俊敏性や、不動の大地を震わす脚力までは求めない。



 一撃、そうたった一撃で良い。


 俺の体よ、奴を倒す為にただ一度だけの行動を可能とさせてくれ!!!!



「ギィィアアアアアアアア――――ッ!!!!」



 ストロードが野生の雄叫びを放つと全てを破壊し尽くす魔力と剛力を身に纏う。


 その姿は自我を失った獣そのものであり口から覗く牙の間からは白む息が零れ出て清純な空気を侵食。


 体全体に身に纏う筋力は膨張し、拳の硬度は更に厚みを増す。


 獲物を捉える事に特化した二つの目は朱よりも赤く染まり、一切の瞬きをせずに俺の一挙手一投足を深く探り続けていた。



 あれがストロードの真の姿、か。全てを破壊し尽くすまであの暴力的な力は収まらぬであろう。


 奴の力を引き出した事に対して光栄と思うべきかそれとも嘆くべきか。それは定かでは無いが今やれる事は只一つ。


 俺の力を全て出し切り、あの暴力の塊の獣を屠るのだ。



「すぅ――……。ふぅぅぅぅ……」


 荒ぶる心の水面を鎮めつつ両腕に、両手に力を籠めて全神経を奴の体に向けた。



 さぁ、掛かって来い!! 貴様が倒すべき敵は此処にいるぞ!!!!



「全てを破壊し尽くせ……。狂王破断撃きょうおうはだんげきッ!!!!!!」



 ストロードが放出していた魔力を全て体内に取り込むとほぼ同時に一筋の光となって俺に向かって突進を開始した。


 これが正真正銘最後の応酬だ。


 互いに悔いの残さぬ様、そして全てに決着を付けようぞ!!!!



「全てを断ち切れ……。覇天はてんつるぎッ!!!!」



 体内の魔力の源が闘志に呼応すると周囲に存在する空気を吹き飛ばす程に爆発的に上昇。


 体全体に魔力の圧を纏い己の影を、存在をその場に置き去る様に。此方もまた奴と同じく一筋の光となって突貫を開始した。




 ほぼ原型を留めていない戦闘場リングの中央で敵性対象を破壊し尽くす攻撃と、全てを断ち切る刃が交わると。


「「「「ウワァァアアアアアア――――――ッ!?!?!?」」」」



 火炎を纏う巨大な竜巻が生じて二人の姿が爆炎の中に消失した。


 炎の竜巻の勢いは留まる事を知らず、闘技場内に存在する者達の肌を、髪を焦がし茜色に染まる空に浮かぶ雲を霧散させる。


 炎の竜巻が闘技場内の空気を取り込むと更にその熱量を高めて行き戦闘場の岩を、大地を煮沸させた。



「あっぢぃぃいい!! お、おぉぉおお――い!! アレ、大丈夫なのかよ――!!」


 ダンが襲い掛かる熱から逃れる為に両腕を前に翳して叫ぶ。


「俺様に聞くんじゃねぇぇええ!! よぉシューちゃん!! ハンナは大丈夫かぁぁああ――――ッ!!!!」


「無事だ!! 馬鹿げた魔力同士の衝突で目を覚ましているぞ!!」


「よぅ相棒!! どうだ!! あのふざけた力の衝突は!!!!」


「ふっ……。正に圧巻の一言に尽きるな」



 生と死のやり取りを呆れる程に繰り返して来た歴戦の戦士の口から感嘆の吐息を勝ち取る程に両者の熱量は激烈であった。


 夕焼けに染まる空の下で渦巻く火炎の竜巻の朱色は非現実的な美しさを輝かせ、観客達はそれに只々魅入られていた。


 空気を、大地を、そして空を貫く火炎の竜巻の威力が徐々に収まって行くと濃厚な黒煙が漂い始めた。



 あの咽返る程の濃厚な黒煙の中に彼等が求めている答えがある。



「「「「「「…………っ」」」」」」



 この場に居る全員がその答えを求めて、ある者は呼吸を止めて、ある者は瞬きする間も惜しむ様に直視し続け、またある者は神に祈る様に体の前で両手を合わせて求めている答えが現れるのを只管に待ち続けていた。


 大地の彼方からそっと吹く微風が答えを阻む炎焔の揺らめく陽炎を、黒煙を徐々に押し流して行き遂に……。



 その答えが彼等の前に露呈した。










































「さぁ、どうする?? 片腕を失ってもまだ戦いを継続させるのか」



 俺の目の前で失った左腕を抑えて地面の上に片膝を着いているストロードの眼前に切っ先を向けて言い放ってやった。



「「「「ワァァアアアアアアアア―――――ッ!!!!」」」」


 俺の勝利宣言を受け取ると今日一番の歓声が闘技場内に轟く。


 その音量は空の果て、大地の果てへと轟き彼等の明るい声を捉えた者の心は等しく驚きの色に染まる事であろう。


「一――ッ!! 二――――ッ!!!!」


「ストロード様ぁぁああああ!!!!」


「う、嘘だろう!? ストロード様の片腕が……!!」


 審判役の男性の冷徹な計上が開始される中、南龍の観客席から悲鳴が上がる。


「最高硬度まで練り上げた俺の腕を切り裂く刃。岩をも溶かす熱量を断ち切る闘志……。ふっ、よもや歩く事を漸く覚えた小僧に俺の武を越えられるとはな」


「武の世界に年齢は関係無い。俺の力が貴様の力に勝った。それがこの戦いの単純且明快な答えだ」


「六――ッ!! 七――――ッ!!!!」


「そうだな……。ふぅ――……。やはり正当な血統の力は侮れなかった。いいや、貴様の己の身を賭して誰かを守る純粋で強力な力に屈したと言えばいいのか」



 ストロードの目がフっと緩むと俺を見上げる。


 そして、計上が間も無く終局を迎える頃。




「俺の負けだ。覇王の座に相応しい力を持つ者は貴様だ」




 南の巨龍の戦士達を統べる総大将の口から降参の言葉が解き放たれた。


「「「「オォォオオオオオオオオ――――――ッ!!!!!!」」」」


「ふっ、それはどうだろうな。俺は只釣りがしたいが為にこの戦いに参加したのだぞ??」


 観客達の大歓声と拍手喝采が轟く中、アルギウスを魔法陣の中に仕舞い空いた右手でストロードの右腕を掴んで立たせてやる。


「参加の動機は不純だが、貴様が戦いの中で放ったのは本物の力だ。次回の覇王継承戦まで俺は牙を研いでおく。その時こそ、俺が真の覇王となるのだ」


「随分と気の長い話だな」


 お互いに微かに口角を上げて互いの健闘を称える。


 あの湖で釣りに興じている時に決して湧き起こらぬ温かな感情を捉えると、誰かの為に戦うのも悪く無いと思えてしまうぞ。


「覇王決勝戦、第五試合は東龍の勝利!!!! 此れにて覇王継承戦の終局を宣言する!!!!」


 審判役の男から試合終了の声が放たれると足の力が全て消失。


 自重を支えられなくなった体はまだ戦いの余熱が残る大地に横たわってしまった。



 も、もう限界だ……。これ以上目を開けてはいられぬ。



「ス、ストロード様!! 早く治療を!!!!」


「よう大将!! 早い所腕をくっ付けないととんでもねぇ事になっちまうぞ!?」


「治療班!! 彼の救護を最優先に!!!!」


「は、はいっ!!!!」



 意識が夢の世界へ向かう最中、鼓膜に様々な情報が届く。


 目を瞑り、暗闇の中でその一つ一つを精査したいがこの体には生憎それまでの体力は残っていない様だ。


 右の鼓膜から届いた情報は左の耳を通り抜けて新鮮な空気に触れてしまったのだから。



「ひぃぇぇ……。向こうのおっちゃんもヒデェ姿だけどグシフォスも相当やべぇな!!」


 瞳の中が驚きの一色に染まっているフウタが戦闘場の上に存在する二名の戦士達に対して素直な感想を述べる。


「だなぁ。しっかし……。口では釣りだ面倒だと言っておきながら観客席に居る連中を守った時は鳥肌が立ったぜ」


 ダンもまた彼と同じく驚嘆の吐息を漏らしつつ今も濃厚な戦士達の臭いが漂う戦場を見つめていた。


「グシフォス様ぁぁああああ――――ッ!!!! あぁ!!!! わ、私の為にこんなに激しく傷ついて……」


 グシフォスの傷付いた様を捉えたシュランジェが観客席から堪らず飛び出して彼の下へと駆けて行く。


「よ、よぉ。姉ちゃん。そんなに揺らすと怪我に障るぜ??」


「愛の力で治しますから構いませんの!!」


「い、いや。そんな事より彼女の治療に任せなさいよ」


「いいえ!! その様な下賤な女の世話にはなりませんっ!! ささっ、グシフォス様。私の愛を受け取って下さいませっ」


「だから!! 死にかけているって言ってんだろうが!!!!」


「この卑しい鼠め!! グシフォス様の高貴な体から汚らしい右前足を離しなさい!!!!」



 誰でもいい。頼むから早く治療を受ける様に忠告してくれ。


 このままでは夢の世界では無く、俺の祖先が住む世界に旅立ってしまう恐れがあるのだからな……。



「誰が汚ねぇドブ鼠だごらぁ!! 服全部噛み千切って裸体を晒してやんぞ!!!!」


「そんな事をしたら北龍の戦士達が貴方に襲い掛かるわよ!? ベッシム!!!! そこで笑っていないで貴方も早く彼の体を確保しなさい!!」


「はは、いえいえ。私は此処でいつまでも勝利の美酒を味わっていたいので」


「「「「ワハハハハ!!!!」」」」


 勝利に良く映えた明るい笑い声が響く中。


「あ、あのぉ――……。本格的に不味い状況なので一刻も早く治療を開始したいのですがぁ……」



 治療係の女性の声が微かに流れるが、それは瞬き一つの間に陽性な声に掻き消されてしまい誰にも届く事は無かった。


 いや、修正しよう。



「……っ」



 意識が混濁して生命の輝きを消失しかけている彼だけはその音を聞き逃す事は無かった。


 せめてもの抵抗、或いは懇願なのか。


 唯一動かせる右手の五指を必死に動かして茶の大地を必死に握り締めるがそれを確知出来た者は皆無であり、闘技場内には止む事の無い素敵な大歓声が轟き続けていた。


 その音は進行役の男性が咎めるまで続けられ彼等がそれを受け取りフと正気に戻った時、激闘の真の勝者の異常事態に漸く気が付く事が出来たのだった。




お疲れ様でした。


投稿が遅れてしまって申し訳ありませんでした。連載を小休止した所為か中々執筆速度が上がらなくて四苦八苦しながら執筆を続けていましたので……。


さて、龍が統べる大陸の御話も残す所一、二話で御座います。


それが終了しましたのなら、過去編最終章のアイリス大陸編に突入致します!!!!


過去編も漸く終わりが見えて来ましたのでより一層気を引き締めて執筆に取り組んで行きたいと考えております。



沢山のいいねをして頂き有難う御座いました!!


これからも読者様の期待に応えられる様に頑張って連載を続けて行きますね!!



それでは皆様、お休みなさいませ。

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