第百九十四話 覇王継承戦 決勝戦 第四試合 その一
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本日の前半部分の投稿になります。
闘技場内にどよめく歓声は中堅戦が終わっても暫くの間続き、観客達が放つ陽性な声色は青く澄み渡る空の下に良く似合っていた。
我が友の激闘を讃える声、両者が見せた攻防の駆け引きによる驚嘆の声、そして勝者を賞賛する声。
幾つもの声が入り混じり複雑に絡み合う声が闘技場内に漂う無色透明の空気を温め続けていた。
「すぅ――……」
間も無く始まるであろう副将戦に備えて熱気冷め止まぬ闘技場内の空気を肺に取り込むと今は静かな闘争心に微かな火が灯る。
戦士達が残して行った残り香の影響なのか将又観客達が温め続けている空気の所為なのか、その理由は不明だが秒を追う毎に心が高揚して行くのは事実だ。
これまで三戦行い南龍は二連勝を収め、それに対して此方は僅か一勝のみ。
先に三勝した方が栄えある優勝の座を掴み取るこの戦いにおいて先に王手を掛けるのはこれからの戦いに大きな優位性を齎すであろう。
負けは論外、引き分けも許されぬ厳しい戦いが待ち構えているが俺は窮地に追いやられても決して諦めぬ。
只目の前に立ち塞がる敵を屠り勝利の勢いを取り戻して東龍を優勝に導くのが俺の役目なのだから。
「それではこれより副将戦を始める。双方の副将は戦闘場に上がれ」
進行役兼審判役の男性から冷静な声が放たれると微かに心拍数が上昇した。
ふっ、これまで様々な経験をして来たがそれでもまだ緊張という感覚は体内に残っている様だな。
心拍数の上昇によって両手に微かな汗が浮かび、呼吸が浅く速くなり、発生源の分からぬ謎の高揚感が体を包み込んでいた。
負の方向では無く正の方向に緊張感が働いているのは気負っていない証拠であろう。現に視界は正常に働き観客達の表情を一つ一つ丁寧に捉え、聴覚は観客達の大声援と。
「ハンナ――――!!!! ぜってぇに勝てよ――――!!!!」
「相棒!! お前が負けたら向こうが優勝しちまうんだからな!? それを忘れるんじゃねぇぞ!!」
「某は何も心配していない。己の実力を存分に発揮するが良い」
友人達の覇気ある声を確実に捉えているのだから。
「喧しいぞ。大人しく怪我の治療に専念しろ」
軽い柔軟を行いつつ闘技場内の壁際で治療を続けている三人の男達にそう言ってやる。
「勿論そのつもりさ!! でもぉ……。どういう訳かレイミーちゃんがシュレンの治療ばっかり続けているんだよねぇ」
ダンが今も静かに治療を受けているシュレンの背に向かって話す。
シュレンはフウタとダンと違い、そこまで体の耐久性は高くない。
あの小さな体でよくぞ戦い抜いたと素直に賛辞を送ってやりたい気分だ。
「シュレンさんは激闘を終えたばかりで怪我の状態が酷いですからね。フウタさんとダンさんの治療は粗方終えましたので戻って頂いても宜しいですよ??」
「嫌だね!! 俺様はまだ体の節々がいてぇし!!!!」
「そ、そうそう!! 俺は腰付近?? かな。なぁんだかずぅんっとした痛みが残っているから治療を続けて欲しいんだよねぇ」
「わ、分かりましたからもうちょっと離れて下さ――い!!!!」
馬鹿共が……。戦いの場に不必要な感情を持ち込みおって。
「馬鹿騒ぎする元気があるのなら戻ったらどうだ。治療班の邪魔になるだろう」
グシフォスが鋭い眉の角度を保ったまま闘技場の壁に向かって振り返る。
「レイミちゃぁん、俺様邪魔かなぁ??」
「え、えっと。無意味に接近しなければ邪魔じゃあありませんよ??」
「東龍の大将が睨んで来てこわぁ――い。怖過ぎてぇ、ついつい手が滑っちゃったっ」
「あはは!! ちょ、ちょっとぉ!! 太腿を触らないで下さいよ――!!!!」
「ダン!! テメェ抜け駆けすんなよ!!!!」
「それはこっちの台詞だ!! 大体、お前は試合が終わったらあそこにいる巨龍の姉ちゃんとあつぅい夜を過ごすんだろ!?」
ダンが目くじらを立てたまま物凄い圧を纏っているディアドラを指差す。
「フウタ。その女性にシた行為は決して安くないわよ?? その報いは後で必ず受けて貰うから」
「へっ!? あ、あぁ。まぁ……。うん、頑張り?? ますよ??」
「頑張るじゃ駄目。死ぬ一歩手前まで私の相手を務めて貰うから」
「ひゃ、ひゃい……。善処します……」
「ギャハハハハ!! 情けねぇなぁ!! 女性が求めて来たら応えるのが男ってもんだろう!?」
「そ――そ――!! 尻尾巻いて逃げるなんて真似はしねぇよなぁ!?」
ダン達の言葉に触発された観客から陽性な声色の揶揄が降って来る。
「当り前だろうが!! 男ってのはその為に存在しているんだから!! そうだよな!? ダン!!!!」
「う、うんっ。そうだね……」
ダンがおっかなびっくり言葉を返したのは恐らく、シェファとの一夜が原因だろう。
鍛えている男がたった一晩であぁも憔悴する行為とは一体どの程度の運動量なのか……。
じょ、女性経験が一人の俺には想像に及ばないが恐らく呼吸する事も許されぬ激しい行為なのだろう。
「ふぅ――。これ以上此処に居るとアイツ等から馬鹿が移るな。それでは行くとしよう。グシフォス、この刀を預かって……」
馬鹿共達から視線を外して左腰に収めてある白き鞘に手を触れた刹那。
「ッ」
刀が微かに震えている様を捉えてしまった。
この感じ……。まさか武者震いか??
「おぉ――い。東龍の……、ハンナだっけか。さっさと始めよ――ぜ――」
先に戦闘場に足を乗せたベンクマンの声が此方に届くと更にその震えが増して行く。
成程……。貴様はアイツと刃を交えてみたいと考えているのだな??
先の戦闘でも、鉱石百足との戦いでもここまで震える事は無かった。つまり、奴が持つ剣技と戦闘力はそれらを凌駕するという事だ。
「どうした、刀を預けないのか??」
「いや、こっちの剣を預かってくれ」
愛用の剣が収まった鞘をグシフォスに渡し、左腰に収まっている月下美人を手に持つ。
刀身全体が微かに震え、今になっては白き鞘からも感じ取れる強き震えに変化していた。
そう慌てるな、アイツは逃げも隠れもしないから。
「相棒!! そっちの刀で戦うのかよ!!!!」
戦闘場に向かって行く俺の背にダンの声が届く。
「あぁ、その通りだ。刀の震えが止まらないからな」
ベンクマンに一歩、また一歩近付いて行くと感情の昂りを示す様に刀の震えが増していく。
「そ、そうなのか。分かっていると思うけど俺達はもう負けられないからな!? それだけは絶対に忘れるなよ!?」
「何度も聞かせるな馬鹿者。そこで一勝一敗同士、三人仲良く戯れながら俺の勝利を見届けろ」
「「はぁぁああああああ!?!?!?」」
他種族を凌駕する身体能力を持つ龍族相手に五分の勝率を収めているのは十分な戦績なのだが、これを認めてしまうとあの馬鹿達は増長する恐れがあるので敢えて揶揄ってやった。
「テメェも負けて俺様達と同じく一勝一敗兄弟になりやがれ!!!!」
「そうだそうだ!! ぬぁっ!? レイミーちゃん!! シュレンの裸を触るのなら俺の体も触ってよ!!!!!」
「ち、治療中なので後で相手にしますからそれ以上近付かないでくださぁぁああい!!!!」
馬鹿共が……。俺達は笑いを勝ち取る為に此処へ来たのではない。此処へ勝利を収めに来たのだ。
それを大いに履き違えている奴等には後で魂が折れてしまう程の説教をしてやるぞ。
お疲れ様でした。
取り敢えず編集を終えた分だけ投稿させて頂きました。
現在、後半部分の編集作業中ですので次の投稿まで今暫くお待ち下さいませ。




