第百八十八話 決勝戦のお相手は その一
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俺達東龍の大勝利が決定されると北龍の観客席に腰掛ける者達はまるで借りて来た猫の様に大人しく静まり返ってしまっている。
ある者は茫然自失となって闘技場内の戦士達に感情が一切籠められていない悲し気な視線を送り続け、ある者は素直な驚きを表示する様に今も両手で口を抑え続け、またある者は。
「「「ハンナさ――ん!! 後でこっちに来て下さいね――!!!!」」」
「結構だ!!」
己の領地の戦士達が敗北したのにも関わらず初心でほぼ童貞の相棒に黄色い声援を送り続けていた。
お嬢さん達、北龍の戦士達は傷心を抱えていますので今は相棒に黄色い声を送るよりも彼等に労いの声を送るべきなのですよ??
「これにて覇王継承戦第一回戦、第一試合を終了する。続いて西龍と南龍の戦いを始めるので両者は観客席へと移動しろ」
進行役の男性が事務的な口調で俺達の勝利並びに続いての激戦の開始を告げると。
「よ、よく頑張ったな!!」
「お前達は最善を尽くした!!!! 胸に誇りを持って帰って来い!!!!」
全方向から慰労と健闘の二つの意味を籠めた拍手が巻き起こり、その中で北龍側の観客席から戦士達を労う声が放たれた
「ヴァルド様……。大変申し訳ありませんでした……」
レドファーが俯きつつ北龍の先鋒戦の勝利を飾ったヴァルドに頭を垂れた。
「今回の敗戦を糧に強くなれ。俺が言える事は只それだけだ」
意気消沈した北龍の戦士達に柔らかい口調でそう話すと、誰よりも先に北龍側の通路へと向かって行く。
敗北を喫しても威風堂々足る姿勢を崩さぬのは天晴の一言に尽きる。
「「「はいっ!!!!」」」
それは北龍の戦士達も重々理解しているのか今も周囲に強烈な覇気を振り撒いている彼の背に続いて通路へと向かって行った。
全員が先鋒戦を務めたヴァルド並みの力を有していたら俺達は此処で敗戦を喫していただろう。
そして次鋒戦から続く副将戦までは客観的に見れば俺達の楽勝な雰囲気が漂っているが、それはあくまでも第三者からの視点であり当事者から見れば勝負は紙一重であった。
今回は偶々勝てたかも知れないけど次戦は一体どうなる事やら……。
「あんれまぁ――。去り際もカッコイイわねぇ」
「俺達も観客席に移動するぞ」
アレこそが本物の戦士の姿であると理解しつつ見送っているとグシフォスが通路に向かって移動する様に俺達を催促をする。
「どうやって観客席に移動するんだよ」
誰よりも先に移動を始めた彼の背に問う。
「通路の途中に階段がある。そこから観客席に移動するのだ」
そうなんだ。
緊張からから、東龍側から入場する時に見落としていたのかも。
「フウタはどうする?? 俺達が運んでも構わないけど……」
「……」
レイミーちゃんが展開した結界内で今も治療を受け続けているフウタへと視線を送る。
その寝姿はまるで天使の抱擁を受け止めているかの様に大変穏やかであった。
「私は治療を継続させます。彼が目を覚ましたのなら観客席へ誘導しますのでお気になさらず移動をして下さいね」
俺の言葉が聞こえたのだろう。
レイミーちゃんがニコっと笑うとフウタの引き取りは不要だと伝えてくれた。
うむむ……。俺もあぁんな大盛のかわいこちゃんの治療を受け止めたいぜ。
こぉんなむさ苦しい連中に取り囲まれているよりもそっちの方が断然心地良いもの。
「そうか、分かった。ダン行くぞ」
「あ、うん。了解」
俺と同じくフウタの様子を気に掛けていたハンナが静かに移動を開始すると俺もそれに続き、大変涼しい影が蔓延る東龍側の通路内へと足を踏み入れた。
そして、隊の先頭を歩くグシフォスの誘導に従い通路内の目立たぬ位置に作られた階段に足を乗せて疲れた体に鞭を打って一段一段慎重に上って行く
階段の出入口から微かに差す光を頼りに階段を上り切り、観客席に到着すると微かな吐息を漏らして先程まで戦っていた戦闘場を見下ろした後。静かに周囲へと視線を送る。
階段状に作られた東側の観客席には観客達が疎らに腰を下ろし、それぞれが思い思いの時間を過ごしており。他の観客席とは違い此処は長閑という言葉が大変似合う雰囲気が漂っていた。
「へぇ、上から見るとこんな感じなのか」
周囲の確認を終え、最も戦闘場に近い位置の観客席に腰掛けて言葉を漏らす。
つい数十分前に俺はあそこで激闘を繰り広げていたんだなぁ……。
そう考えると何だか不思議な感覚に包まれてしまう。
「次の戦いの勝者が俺達の相手となる。自分の対戦相手の特徴をよく見ておけ」
列の右端。
ハンナの隣に腰掛けているグシフォスが決勝戦の自分の相手となる戦士の特徴を捉えろと俺達に釘を差す。
「フウタの分は俺が担当するよ。シュレン達は自分の相手をじっくりと観察してくれ」
「あぁ、分かった」
「すまぬな、ダン。阿保の分まで担当して貰って」
俺の左隣りに腰掛けるシュレンが少々申し訳無さそうな声色でそう話す。
「いいのよ?? お母さんは子供の分まで頑張るのが仕事なんだから」
今も静かに眠る同郷の失態を詫びた彼の頭に手を乗せて優しく撫でてやると。
「や、止めるのだ」
シュレンは思春期特有の男の子全開の所作で俺の手を跳ね除けてしまった。
もぉ――、こういう時は素直にヨシヨシを受け止めるべきなのよ??
まっ、おふざけは此処までにして集中力を高めようとしますかね。何せこれから始まる戦いの結果は俺達の生死に直結しますので。
「おい、次の試合はまだかよ!!」
「絶対に負けるなよ――!! 南の奴等に西の強さを見せつけてやれ!!!!」
「我等巨龍こそが龍族最強なのだ!! 敗北は許されぬぞ!!!!」
「戦地に敗北者の血を降らせろ!! そして勝者は朱の拳を天に向かって突き上げるのだ!!!!」
西龍の観客席と南龍の観客席から物騒な言葉が飛び交う。
試合をするのは戦士達なのに君達が殺気全快になってどうするんだい??
一触即発の気配が漂う闘技場に漂い始めそれが時間の経過と共に刻一刻と膨れ上がって行く。
この気配に当てられたら戦士達は否応なしに闘志が高められ、殺し合いが始まるんじゃないのか??
そんな杞憂が浮かび上がる熱気に当てられ続けていると観客席の上段から一人の男の子が軽やかな足取りで俺達の前にやって来た。
「グシフォスお兄ちゃん!! 凄かったよ!!!!」
齢十歳前後であろうか。
黒き短髪が大変良く似合う男児が東龍の代表である彼の下に歩み寄ると頭上で光り輝く太陽も思わず顔を背けてしまう明るい笑みを浮かべた。
「俺は何もしていない。決勝戦に進めたのはコイツ等のおかげだ」
「そ――そ――。グシフォスは只、腕を組んでこぉぉんな怖い顔で相手を睨み付けていただけだからねぇ――」
俺達に向かって指を差すグシフォスの顔真似を男児に披露してあげる。
「あはは!! 見た目通りダンお兄ちゃんは面白いんだね!!」
見た目通りって……。
俺って街と街の間を行き来する大道芸人の風貌を備えているのかしらね??
「お父さんとお母さんも皆の戦いを凄いって言っていたよ?? それでね……、よいしょ。これは僕達から。それとこれは他の家族から皆への差し入れだって」
男児が鞄からもぞもぞと取り出したのはちょいと不格好なパンと中々に美味そうな焼き菓子であった。
「お腹が空いていると思ってね?? 僕が皆を代表して渡しに来たんだ!!!!」
「おぉ!! それは有難いぜ!! 皆さ――ん!!!! 差し入れ有難う御座いました――!!!!」
観客席の上段で大変寛いで居る観客達に向かって少々大袈裟に手を振ってあげた。
「いえいえ、お気になさらず」
「私が丹精込めて焼いた菓子ですので味は保証しますよ??」
ほほぅ!? それは聞き捨てなりませんなぁ!!
「じゃあ早速一つ呼ばれようかしらね!!」
小さな手から受け取った焼き菓子を御口に素早く迎えてあげると。
「うん!! 美味い!!!!」
疲れた体に嬉しい甘味が舌の上にふわぁぁっと広がって行った。
丁度良い塩梅の硬さが歯を喜ばせ、ザクっとした食感が顎を震わせると頭がもっとそれを咀嚼しろと促す。
焼き菓子が粉々に砕けて唾液と混ざり合うと更なる甘味を増し、大切に口の中で転がした後に喉の奥へと送ってあげた。
はぁぁ……。美味しかった。
「御馳走様でした。差し入れ有難うね」
「どういたしまして!!」
俺達の前でニッコニコの笑みを浮かべている男児に対して食後の礼を伝えてあげると、彼は此方の心に応える様にピョコンと頭を一つ下げた。
うふふ、礼儀正しいこの子は将来きっと立派な大人になるだろう。
子を持った事は無いが己の子供の温かな将来を願う母親の気持ちを胸に抱き体の力を虚脱させた。
お疲れ様でした。
長文となってしまったので前半後半分けての投稿になります。
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