第百八十七話 覇王継承戦 第一回戦 第四試合
お疲れ様です。
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見事な勝利を飾ったシュレンに歓声の声が上がるかと思いきや、二戦続けての北龍の敗北に闘技場内は静まり返っていた。
静まり返っている原因は恐らく他種族よりも身体能力に勝る龍一族が負ける筈が無いと高を括っていたのだろう。
誇り高き我等龍一族の連敗。
それは正に青天の霹靂と呼ぶに相応しい事態であり、全方向の観客はまるで狐に頬を抓まれた様に呆気に取られ俺達の方向に駆けて来るシュレンの姿を只々見つめていた。
いや、全方向では無く。東を除く三方向であったか。
「まぁまぁ……。あぁんな小さな体なのに頑張ったわねぇ」
「きっと日頃の努力が実を結んだのでしょう」
「小さいお兄ちゃ――ん!! よくがんばったね――――!!!!」
東龍の席から送られる微かな拍手が各方向に伝播すると彼の成果に応えるかの如く、勝利の祝福が轟音となって降り注いだ。
「あ、あぁ!! 確かに凄かったよな!!!!」
「小さな体なのに立派なものさ!!」
「いよ!! 東龍――!!!! これで二回戦進出に王手だぞ――!!!!」
「バドルズ様!! 目立つ真似はお止め下さい!!」
「別にいいじゃん!! こういう時は素直に祝うものなのさ!!」
ふっ、西龍の隊長格であろう者からも賛辞を勝ち取ったか。
それだけこの一勝は大きいという事であろうな。
「む、むぅ……。某は騒がしいのは苦手だっ」
シュレンが俺達の側に戻って来ると小さな体を更に縮こませてしまう。
「シュレン、お母さんは誇らしいわよ?? 勝った時は遠慮せずに誇りなさいっ」
大馬鹿者が彼の頭に優しく手を置くと。
「や、止めろ。そういう行為は苦手だと言っているだろうが」
シュレンが鼠の姿に変わり俺の右肩の上に登り、観客達から送られる勝利の喝采に対して尻を向けてしまった。
「キャッ!! 見て見て!! あの鼠ちゃんのお尻可愛くない!?」
「あはっ!! 本当だっ!! シュレンちゃ――ん!! お姉さん達と後で遊ばな――い!?」
「結構だっ!!!!」
「お、お、お姉さん達ぃ!! 俺なら空いているからいつでも相手にしてあげるよ――!?」
ダンが黄色い声援が送られた方向へ向かって勢い良く手を振る。
「あはは!! 気が向いたらね――!!」
「ちっ!! 何でテメェだけがモてるんだよ!! 俺だって頑張って勝ったんだぞ!?」
自分が思っていた反応と真逆の言葉が返って来るとその憤りを晴らす様にシュレンの尻を突く。
「知らん。それは兎も角……。ハンナ、今回の戦いではお前の経験が生かされた。礼を言うぞ」
あの影置とかという技か。
「礼には及ばん。俺はキマイラとの戦いの中で得た経験を語っただけだからな。それにしても見事だったぞ」
気配や魔力を影に残し、実体は爆煙の中に紛れて移動を開始。
相手が影に気を取られている内に敵の背後へと奇襲を掛ける。
あの時受けた攻撃と何ら変わりのない攻撃方法に思わず舌を巻いてしまったのが本音だ。
「ふっ、あの技を受けた張本人から及第点の言葉を送られるとはな。まだまだ修正の余地はあるのでより高みへと上る為に研鑽に励むとしよう」
「あぁ、そうだな」
勝利を掴んでも更にその上を目指す姿勢は俺も手本にすべき。
頼れる戦友に囲まれて俺は幸せなの……。
「ねぇねぇ!! お姉さん達!! 俺の勝利も見てくれていたでしょう!?」
「見ていたけどぉ、ちょっとカッコ悪い勝ち方だったもんねぇ」
「そうそう。卑怯っぽかったよ!!」
「あ、あれは奇をてらった戦い方なの!! もっと楽しませてあげるからさ!! この後一緒にお出掛けしましょう!! ね!?」
基。
一部!! は頼れる戦友である事に感謝してこれからも己の刃を磨くとしよう。
「それでは副将戦を始める。東龍、北龍の副将は戦闘場に上がれ!!」
進行役の男性から歓声に負けない声が放たれると一気に身が引き締まる。
俺達東龍はこれで二回戦進出に王手を掛ける事が出来た。
相手に主導権を渡さず、此処はこの勝ちの勢いを持ったまま一気に駆け抜けるべきだ。
「では行って来るぞ。ダン、預かれ」
大蜥蜴の王から授かった刀。
月下美人を彼に渡すと少しばかりの緊張感を口から吐き捨てて今も先の戦いの熱気が渦巻いている戦闘場へと向かう。
「相棒!! 俺達の勢いを潰すなよ――!!!!」
「某は勝利を確信しているが故、何も心配はしていない」
ダンとシュレンから放たれた言葉が背を押し。
「貴様なら確実に勝てるだろう」
グシフォスから送られた言葉が足を前に出してくれる。
勝利を願う者達の言葉は時に重圧にも感じるのだが、今回はどうやら逆の効用を与えてくれる様だ。
「絶対に負けるんじゃねぇぞ――!!!!」
「あの整った顔を滅茶苦茶にしてやれ!!!!」
北龍側から送られる野次も全く気にならぬ程に心の中には穏やかな水面が広がり、されど闘志は友の言葉によって温められている。
お前達はそこで俺の勝利を見届けてくれ。そして、必ずや二回戦進出を果たしてみせよう!!!!
「ふぅ……。成程、此処の景色は中々に良いものだな」
双肩の力を抜き、俺を三百六十度取り囲む観客席へと視線を送る。
多方面から送られる声援が戦士の闘志を高め否応なしに戦闘へと臨める造りに思わず唸ってしまう。
「エ゛ッ!? なにあの人!! びっくりする位の美男子じゃん!!!!」
「うっそ――……。あんなカッコイイ人が東龍の代表なんだ」
い、いや。少し訂正しよう。
黄色い声だけは余分だな。
「テ、テメェ!! 黄色声援を受けて鼻の下を伸ばしているんじゃねぇぞ――!!!!」
もう少し訂正だ。
あの馬鹿の声も多分に余分であった。
「お待たせ――。あんたが俺の相手か」
「むっ」
随分と間延びした声が背から届いたので其方へ視線を送る。
北龍の副将は黒を基調とした服に身を包み半袖の服から覗き出る両腕の筋力は巨木を彷彿とさせる程に太く、それに比例するかの様に全身の筋肉量も俺とは一線を画す。
程よく焼けた肌に良く似合う黄色がかった黒髪、顔や両腕に刻まれた傷跡はこれまで培って来た訓練や野生生物の討伐によるものであろう。
背丈は俺とほぼ同じ、しかし積載されている筋力量は俺の総重量を余裕で越えているので恐らく奴は膂力を主とした戦闘方法が得意である事はある程度推察出来る。
しかし、外見だけからの情報は戦いの役に立たぬ。
あれだけの筋肉量を誇り魔法戦を主とする者も存在するのだから。
「俺の名前はエニシダってんだ。宜しくな」
「ハンナだ」
戦いを前にして己から名を名乗る。
その心意気と礼節に応えて此方も簡素ながら自己の名を伝えた。
「あの人ハンナって名前なんだって!!」
「勿論聞いたわよ!! ハンナさ――ん!! 頑張って下さいね――!!!!」
「あはは、美男子は羨ましいねぇ。何もしていないってのに黄色い声援が送られるのだからさ」
エニシダが乾いた笑みを浮かべて観客席へと視線を送る。
「戦いには不要なものだ」
「おっ、渋いねぇ。武人気質って奴??」
「好きに捉えるがいい」
「双方使用する武器はあるか??」
軽い会話を続けていると進行役の男から使用する武器の是非について問うて来る。
「俺はこの剣を使う」
長きの間、俺の武を支えてくれた愛用の剣に右手を添えてそう伝える。
「じゃあ俺もこの剣を使用しますかね!!」
エニシダが背負っている刃幅の広い長剣を抜くと体の前で構えた。
ほぅ……。あれだけの大きさの剣を持っても一切体の芯がブレぬとは。見た目通りの膂力を有している様だ。
俺と同じく両刃の剣を使用するのだが、その厚さと長さは此方の剣よりも一回り大きく己の手に持たずともある程度の質量を誇ると察知出来る。
長年に亘って使用しているのか刃面の所々に傷が目立ち、切っ先と刃先も少し痛んでいた。
恐らくあの剣は敵を寸断するというよりも圧し潰す事に着目を置いて制作されたのだろう。
真正面から真面にぶつかるのは少々分が悪い……か??
「それではこれより第一回戦、副将戦を始める。両者構えッ!!」
「「……」」
進行役の男から覇気のある声を受け取ると俺の鼓膜を震わせていた歓声が徐々に聞こえなくなり、視覚はエニシダのみを捉え始めた。
行くぞ……。絶対に気を切るなよ??
そして、我等東龍の二回戦進出を掛けて己の武を衝突させてやる!!!!
「それでは……、始めぇッ!!!!」
「「ッ!!!!」」
進行役の男の声が聞こえるとほぼ同時に俺とエニシダが一切の小細工を捨て去り互いに襲い掛かった。
先ずは力勝負と行こうか!!!!
「はぁっ!!!!」
エニシダが上段の構えから一気呵成に長剣を振り下ろすとそれを迎え撃つ為に強固な防御態勢を取った。
「ぬぅっ!?」
奴の長剣が俺の剣に襲い掛かると眼前に眩い火花が明滅し双肩にとても心地良い衝撃が迸り、それは肩口から両足の裏へと突き抜けて行く。
この馬鹿げた力……。怪力無双のグレイオス隊長殿に匹敵するやも知れんぞ。
「ほぉ?? 俺の一撃を受け止めても芯は揺るがぬか」
「ふっ、温く感じる程だぞ。俺を倒したければもっと激烈な一撃を見舞う事だな」
俺はこれまでの冒険の中でこれ以上の力を何度も受け止めて来た。
俺の肉体を、魂を屠りたければ己の全てを賭して掛かって来い!!!!
「では、その通りにさせて貰おうかぁ!!!!」
「ッ!!」
エニシダが鍔迫り合いの状態を解除すると己の膂力に頼った乱撃を打ち込んで来る。
「せぁっ!!」
上段から襲い掛かる一撃は空気を撫で斬り甲高い音を奏で。
「むぅん!!!!」
返す下段から上段への昇撃が此方の焦りを生じさせ。
「はぁぁああっ!!!!」
大地と平行に薙ぎ払われる強撃は戦士の闘志を吹き飛ばす程に苛烈であった。
「ちっ!!!!」
奴の剣を受け止めれば強撃によって剣が撥ね飛ばされてしまい反応が一つ遅れ、身のこなしで回避しても間髪入れずに魂をも両断してしまう剣撃がこの体に襲い掛かって来る。
身体能力に長けた龍一族の剣撃はまるで夏の吹き荒れる嵐の如くに猛烈であり、一度それに巻き込まれたら脱出する事は叶わず敗北を喫してしまうであろう。
だが……。俺はこの程度の斬撃では怯まぬぞ!!
「ダァァアアアアアッ!!!!」
己の斬撃が当たらぬ事に痺れを切らしたのか、俺の防御陣を崩そうとしてエニシダが背を向ける程に体を捻り強力な一撃を見舞おうとする態勢を取った。
好機到来ッ!!!!
「隙が多いぞ!!!!」
俺から距離を取り今も魔力を高めて切っ先に己が魔力を流しているエニシダへと向かって鋭く踏み込む。
そして奴の頭蓋に一撃を叩き込もうとした刹那。
「荒れ狂え、我が刃よ。そして敵を屠るのだ!! 奥義!! 螺旋撃!!!!」
「ぐぉっ!?」
エニシダが捻っていた体を戻すと背に隠れていた長剣が出現し、切っ先から荒れ狂う嵐が現れ暴力的な風圧によって元の位置よりも更に後方へと吹き飛ばされてしまった。
「くっ!!!!」
刃の直撃は免れたが切っ先が掠っただけでかなりの距離を押し戻されたな。
戦闘場の上を転がり続け相手を視覚に再び捉える為に素早く受け身を取って立ち上がると、この隙を見逃すまいとしてエニシダが殺意を剥き出しにして襲い掛かって来た。
「ダァァアアアアアアッ!!!!」
先の一撃は恐らく牽制の役割を兼ねていたのだろう。
当たれば儲けもの、当たらなくとも暴風によって相手は吹き飛び態勢を崩してしまう。そして崩した態勢の相手に向かって切りかかれば勝利は目前なのだから。
「ちぃっ!!」
起き上がるとほぼ同時に長剣の雷撃を受け止めるが此方の態勢が完璧では無かったのか、微かに体の芯がブレてしまう。
「漸く隙を見せてくれたな!? はぁっ!!」
「ぐぉっ!!!!」
左の脇腹にエニシダの膝がめり込み、体内から鳴ってはいけない乾いた音が鳴り響いた。
異音から微かに遅れて強烈な痛みが脇腹に生じるが今はそれを気にしている場合では無い!!!!
「温いぞ!! 貴様の力はその程度のモノなのか!?」
「まだまだぁぁああああ!!!!」
地面に向けていた切っ先を奴の顔面目掛けて振り上げると、エニシダもまた此方の心意気に応える為に狂気の刃を上空から勢い良く振り下ろした。
「「ッ!?」」
宙で刃が再び交わると強烈な打撃音が空気を震わせ、まるで夏の日差しを彷彿とさせる火花が飛び散り互いの剣が後方へと弾かれてしまった。
「はぁっ……。はぁっ……」
「ふぅっ……。ふぅぅ……」
互いの間合いから離れると次の攻防に備える為に肩を揺らして息を整えて行く。
戦いが始まって十分足らずであるのにも関わらず此処まで体力を消費してしまうとはな……。
エニシダの剣撃の強さが精神を削り、強力な斬撃が心の力を疲弊させ、体全身から放たれる殺気が悪戯に体力を消耗させてしまう。
剣撃の鋭さは俺の方が上なのだが奴は己の剣技に膂力を上乗せして此方を上回る一撃を放つ。
この差を凌駕せぬ限り、俺に勝利は訪れぬか……。
「ふぅぅ――……。どうだい?? 俺の剣撃は」
此方とほぼ同時に息を整え終えたエニシダが微かに口角を上げて話す。
「斬撃自体は普通だが膂力を上乗せした攻撃が非常に厄介だな」
無駄に強張っていた双肩の力を抜いて答えてやる。
「ははっ、それは褒めているのかい?? まさか此処まで食い下がられるとは思っていなかったぜ。さっきの螺旋撃で決める筈だったのにさ」
「俺を倒そうとするのなら先の数倍を越える一撃を放て」
「そりゃあちと厳しいなぁ。力を溜めようとしてもお前さんはそれをヨシとしてくれないだろうし」
あぁ、その通りだ。今の技はもう二度と俺に通用せん。
一撃で仕留められなかった己の甘さを悔いるが良い。
「まっ!! 次の攻防で決めるから安心しろって!!!!」
エニシダが浮かべていた笑みを仕舞うと長剣を中段に構えて此方と対峙する。
「世の中は非情だ。それを俺の剣を以て貴様に教えてやる」
奴の心意気に応える様、此方も剣を中段に構えて相対した。
「「「「…………っ」」」」
俺達が対峙する様を捉えた観客達は耳障りだった歓声の声を止め、今は固唾を飲んでこの剣技の応酬の行く末を見守っている。
つい先程まで歓声に沸いていた闘技場内は地面に落ちた針の音を拾える程の静寂に包まれていた。
何んと心地良い静寂なのだろう……。
己の心臓の音が五月蠅い程に鼓膜に届き、指先で掴む剣の柄の擦れる音も拾える静寂な環境が俺の心を満たしてくれる。
しかし、この静謐な環境でも只一つ気に入らない事があるな。
「相棒ぉぉおお――――!!!! 野郎は絶対何かを狙っているから注意しろよ――!!!!」
悪友であり、親友であり、又心を許した友でもある大馬鹿者が俺の背に向かって怒号を放つ。
今はその雑音だけが俺の心を逆撫でてしまっていた。
「喧しいぞ。そんな事は言われなくても分かっている」
「んまぁっ!! お母さんが折角心配してあげたってのにその言い草は無いでしょう――!?」
「ワハハ!! いいぞいいぞ!! もっと揶揄ってやれ――!!」
「え?? もっと?? じゃあ……。コホン。此処で勝たないと故郷に残して来たクルリちゃんに浮気しそうになったって告げ口してやるからなぁぁああ――!!!!」
あ、あ、あの馬鹿者がぁ!!!!
「貴様と同じにするな!! 俺は何もしていないだろう!!!!」
顔を半分捻りふざけた台詞を叫んだ馬鹿者に釘を差してやる。
「え……。あの人って彼女居たんだ……」
「でもさっ、生まれ故郷に残して来たって事は付け入る隙もあるって事じゃない!?」
「「「「成程ぉぉおお――!!!!」」」」
「観客席の女性陣の皆さん!! 奴は色仕掛けに弱いのでそこを攻める事をお薦めしますよ――――!!!!」
「「「「はぁぁああ――いっ!!」」」」
はぁぁ……。頼むから戦いに集中させてくれ……。
「ったく。顔だけじゃ全てじゃないってのによぉ」
「俺もその意見に同意しよう」
呆れた吐息を吐いたエニシダに向かってそう話す。
「俺よりも余裕でカッコイイ奴にそう言われても納得出来ねぇって。さてと……。そろそろこの戦いも仕舞にしようか」
「むっ!?」
彼が両足を広く取る姿勢を披露すると背の肌が一斉に泡立つ。
武の道に通ずる者達が感嘆の吐息を漏らしてしまう筋肉量を積載した両腕を静かに上げて上段の構えを取る。
刃厚の太い長剣の柄を握り締める両手には万力が籠められ、体全体から滲み出る魔力と殺意は他を圧倒しており奴の姿を捉えた観客達は鉄よりも硬い固唾をゴクリと飲み込み手に汗握る表情を浮かべていた。
森羅万象を切ってみせるという不退転の姿勢は此方から向かって来いと言う無言の合図なのだろう。
それに応えなければ男として、そして武人として廃る。
「ふっ……。よもやこの俺を一撃で断ってみせようとするとはな……」
愛剣の柄を両手で一度だけ強く握り締めて、微かに力を弱める。
これを繰り返す内に強張っていた双肩の力が抜け落ちて体全身に力が漲って来た。
奴の間合いに入れば上段に構えられた剣が振り下ろされ、此方の迎撃が遅れたら恐らく剣を叩き折られ頭蓋に致命傷を受けるであろう。
敗北と勝利は表裏一体。
そう言われている様に相反する結果は双方の間を風に流される霧の如く行き来しているのだ。
輝かしい勝利を得て勝鬨を上げるのか、将又血飛沫を上げて敗北を喫してしまうのか……。それはこの手に掛かっている事を忘れてはいけない。
行くぞ?? 我が身よ。
これまで培って来た武を奴にぶつける為、そして眩い勝利を得る為に!!
今、此処で全てを出し切る!!!!
「はぁぁああ……ッ!!!! 行くぞ!! エニシダ!! 我が武を受け止めてみせろ!!!!」
風の力を身に纏い、己の影をその場に置き去る速度で不退転の態勢を維持し続けている彼の懐へと向かって突貫を開始した。
「さぁぁああ!! これで俺の勝ちだぁぁああああ――――ッ!!!!」
俺の体がエニシダの間合いに入ると同時に身が竦んでしまう雷撃が上方から解き放たれてしまう。
この体を両断する勢いで苛烈に振り下ろされる一撃は正に見事の一言に尽きる。
しかし、俺はその程度の斬撃では怯まぬぞ!!!!
この魂をも、そして森羅万象を屠る一撃で無い限り俺は絶対に負けない!!!!
「第七の刃!!!! 雷轟疾風閃…………」
己の刃に雷の力を宿し、燕が地に漂う虫を追うよりも更に低い前傾姿勢へと移行。
地と同化する突貫の姿勢を維持し続けて己の間合いに奴を捉えた。
「食らえぇぇええ――――ッ!!!!」
一気苛烈に振り下ろされる剣圧が戦闘場に転がる砂塵を舞い上げ、俺の眼前一杯にエニシダの剛剣が迫り来たその刹那。
「天穿斬ッ!!!!」
地から天へと向かって己の武と魂を籠めた一撃を振り上げた。
互いの得物が宙で接触すると両手に常軌を逸した反動が襲い掛かり、まるで分厚い雷雲から放たれる様な稲光が眼前で明滅して轟雷の音が闘技場内の空気を大きく震わす。
狂おしい程愛しい武の反動が両手から抜けて行き、遠雷の心地良い残響音が鎮まり返って行くと……。
「――――。はは、すっげぇ。俺の剣が真っ二つに折れちまったよ」
エニシダが長剣の中央から綺麗に両断された己の得物の断面を見つめて驚愕の声を上げた。
「膂力は素晴らしいの一言に尽きる。しかし、剣筋が甘い。勝負の分かれ目はそこだな」
切り裂いてやった長剣の残りが美しい回転を描いて宙に舞い、そしてそれが戦闘場に突き刺さる様を捉えつつ話す。
「力だけでは、膂力だけでは剣は完成しない。力と技、技術と経験。それら全てが剣に宿る。その全てを剣に宿した時、剣は完成するのだ」
「御高説ど――も。俺の負けだ。お前さんの剣技には参ったさ」
エニシダが降参の声を上げると、俺と彼を囲む全ての観客の口から大歓声が地に轟いた。
「すっげぇぇええ――――!! 今の技みたかよ!?」
「い、いや。只強烈に光ったとしか……」
「カッコイイお兄ちゃん――!!!! すごかったよ――――ッ!!!!」
「「「キャアアアア――――ッ!!!! ハンナさん素敵――ッ!!」」」
な、成程。フウタがそそくさと戦闘場を降りた理由がこれか……。
聞き慣れない大歓声が戦闘の余熱が漂う体の熱を更に温めてしまい、逃げ場を失った熱が上がって来ると顔全体が燃え盛る様に熱されてしまった。
「そこまで!! 得物が破壊されたので東龍の勝利とする!! そして三勝を収めた東龍は第二回戦へと進出する!!!!」
「「「「「「ウォォオオオオオオオオ――――――ッ!!!!!!」」」」」」
進行役の男性が俺達東龍の勝利を告げるとこれまでの歓声は序章であるかと錯覚してしまう大轟音が地に轟き、地面を微かに揺らしてしまった。
い、いかん。このままでは熱で体がどうにかなってしまいそうだ。
「し、失礼するっ」
「あはは!! おいおい、今にも失神してしまいそうな位に顔が真っ赤だぜ??」
剣を収め、エニシダに一つ頭を下げると俺の勝利を祝う東龍の戦士達の方へと向かって小走りで移動を開始した。
「相棒――!!!! 良くやったな――!!!!」
「某は何も心配していなかったぞ」
「ふっ、俺の出番を取られてしまったな」
ダン達が眩い笑みを浮かべて俺を迎えてくれる。
その姿を捉えると自分でも不思議に感じる程に周囲の歓声は気にならなくなってしまった。
東龍の代表としてこの場に立つ以上、負けは決して許されない。一歩間違えれば死に至る攻撃が待ち構えている死闘。
幾つもの要因が知らず知らずの内に俺の緊張感を高めていたのだろう。
アイツの馬鹿面を捉えると自分でも驚く程に双肩の力が緩んでしまったのがその良い証拠だ。
今回はエニシダの剣技が俺よりも僅かに劣っていたので勝機を掴めた。しかし、次はどうなるのか分からぬ。
戦場で命を落とすのは本懐であるが俺の帰りを待ってくれている人が居る限り負けは許されない。
そして己の墓標に敗北を刻む訳にはいかぬのでこれまで以上の緊張感と臨場感を持って龍族との次戦に臨もう。
「ギャハハ!! シュレン!! やったぜ!! 俺達が決勝戦に進出出来たんだぞ!?」
「や、止めぬか!! 某は騒ぐのは好きでは無い!!!!」
この戦いの重要さを理解していないあの馬鹿には今一度、手厳しい指導が必要の様だな。
「はぁぁ……」
愛剣を鞘に収めて体の中から熱と辟易を吐き出すと、観客の歓声と同調する様に騒ぎ立てている馬鹿者の下へと大変静かな歩みで向って行ったのだった。
お疲れ様でした。
これで第一回戦の話を書き終えたのですが、まだまだ覇王の座を賭けた戦いは続きますので油断が出来ない状況が続きますね。
少しずつプロットを書き溜めて精査しつつ投稿して行く予定です。
さて、台風は温帯低気圧に変化しましたが日本列島にはまだまだ特濃の雲が停滞しております。この後書きを書いている最中にも窓の外は大雨。
激しい雷鳴が鳴り響いている状況です。長雨によって地盤が緩んでいる地域も御座いますのでくれぐれもご注意下さいませ。
そして、ブックマークをして頂き有難う御座いました!!
これからも読者様の期待に応えられる様に精進させて頂きますね!!!!
それでは皆様、お休みなさいませ。