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今日も今日とて、隣のコイツが腹を空かせて。皆を困らせています!!   作者: 土竜交趾
過去編 ~素敵な世界に一時の終止符を~
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第百八十一話 更なる激戦に備えて その一

皆様、お早う御座います。


御盆休みの午前中にそっと投稿を添えさせて頂きます。






 遠い彼方から静かに漂って来る微風には湖の清らかな水気が含まれておりそれを鼻腔から吸い込み肺を満たすと双肩の力が自然にふっと緩んでしまう。


 頭上に浮かぶ綿雲が千切れ青の中に吸い込まれ、森の木々が奏でる葉と葉が擦れ合う柔和な音が心に安寧を齎す。


 心が穏やかになる景色に囲まれていると、例え強く心を持っていたとしても隙が生まれてしまう。


 常在戦場を心掛ける一人の戦士としてそれは了承出来ぬ事態なのだが……。この風光明媚な景色に囲まれている以上致し方ないと言った所か。



「ふぅっ」



 体の中に渦巻く安寧を吐き出してやろうと画策するがどうやらもう一人の俺が掴んでいる心の安らぎは考えている以上に強力であり、たかが一度の呼吸ではそれは叶わなかった。



「ギャハハ!! 冷たくて気持ちが良いな!!」


「全くその通りだぜ。ってか……、フウタ。お前さんの右の袋。異常に腫れてね??」


「はぁ?? そんな訳……。い、いやいやナニこれ!! お風呂上りのじいちゃんの玉袋みてぇにダルンダルンになってんじゃん!!」


「わはは!! 一つ勉強になったぜ!! 不能に陥ると大事な袋がパンパンに膨れ上がるってなぁ!!!!」



 この気が抜けてしまう感情はあの阿保共の騒ぎ立てる声も少なからず含まれているのだろう。


 全く……。他人が治める地で好き勝手に暴れおって。



「すまんな、グシフォス。あの阿保共が好き放題に暴れ回って」


 遠い位置で水浴びに興じている阿保二名を捉えつつ話す。


「俺の釣りを邪魔しない限りは気にせん」


 それは釣りというよりも水面に向かって只糸を垂らすだけの行為では??


「そうか」


 そう言いたいのを堪えて本日の夕食用の魚を釣る為に再び竿を振った。



 しかし、釣れない釣りというのは酷く退屈なものなのだな。


 幼少期の頃、一度だけクルリや仲間達と共に湖畔に向かって釣りをしに行ったのだが。



『あはっ、ハンナだけ釣れていないねっ』


 幼馴染のクルリに情けない釣果を笑われてしまったのだ。


『何故俺だけが釣れないのか。その理由を知りたい』


『ん――、多分だけどね?? ハンナの持つ釣り竿からこわぁい感情が漏れているから魚が寄って来ないんじゃないかな。ほら、今も眉が尖っているもん』


 意外に器用な彼女曰く、どうやら魚は釣り針若しくは釣り糸に敏感らしく釣り人の感情をそれから察知してしまうらしい。


 魚如きにそんな能力があって堪るかと叫びたい気持ちだったが、自然界で生きる生物は周囲の環境に敏感でならざるを得ない。


 そして己の生死に直結する危機回避能力は親に教えられずとも備わっている。


 己の心の奥底から沸き起こる負の感情を誤魔化し、決して動かぬ釣り糸を眺めながら無駄な一日を過ごしたのだ。



 その経験が今になって生きようとはな。人生とは本当に不思議なものだ。



「ふぅ――……」


 己の欲求を満たそうとする卑しい感情を押し殺し、周囲の景色に溶け込む様に気配を消失させると釣り糸を垂らしてから初めて微かな当たりを両手に感じる事が出来た。


「むっ。引いているぞ」


「あぁ、分かっている。どこぞの阿保は当たりが来てもいきなり竿を引くなと言っていたからな」



 水面下で釣り針に括り付けている餌をついばむ魚の姿を想像し、逸る気持ちを必死に抑えてその時を待つ。



 まだだ……。奴が餌を完全に飲み込んだ刹那を狙うんだ。


 静かに目を開き、水面に浮かぶ浮きの役割を果たす矮小な羽を見つめていると遂にその時が訪れた。



「今だッ!!」


 水面の羽が沈むとほぼ同時に竿を振り上げて魚の口に釣り針を引っ掛けてやる。



 おぉっ!! これは中々の引きだぞ!!


 釣り糸が激しく左右に揺れ動くと今まで静かだった水面に僅かな凪が生まれる。糸の振れ幅、そして釣り糸を水底に引っ張ろうとする張力からしてこれはかなりの大物だと推測出来るなっ。



「うむっ!! 俺の予想通りだ」


 慎重に釣り糸を手繰り寄せ、そして青き空の下に川魚が姿を現すと素直な感想を述べてやった。


 体長凡そ十五、六センチだろうか。


 中々の太り具合に生きの良さからしてかなりの美味さを提供してくれるだろうさ。


「ちっ、素人は運気に恵まれているからな。きっとその所為だろう」


「ふっ、負け惜しみか??」


 水を張った桶に川魚を入れ終え、再び彼の隣に腰掛けてやる。


「勝つ負ける云々の話をしているのではない。真の釣り人は当たりを待つ時間が大切だと教えてやったのだ」



 それは俗に言う負け惜しみという奴なのだがな……。


 まぁ本人が釣れない事に喜びを得ているので深くは問わん。



 唇を尖らせて本日も当たる気配すら見せない釣り糸を眺める彼を他所に、三度水面に向かって釣り糸を垂らしてやった。



「ムムムッ……。今日は凪が悪いから釣れないのか??」



 こうして見ると釣りが好きな好青年にしか見えぬのだが、彼の体の奥を注視すると巨大な力の源が確認出来てしまう。


 恐らく、あの力の源はベッシム殿が言っていた継承召喚なるものであろう。


 その力の源は……。灼熱の炎の中に揺らめく更なる熱量を持った赤き火炎、とでも呼ぼうか。


 もしもあの力が世に放たれたのなら大地を焦がし空を揺るがすであろう。


 恐るべき力ではあるが荘厳で雄大な力も同時に感じてしまう。人は雄大な自然に神格性を見出して崇拝するとあの阿保から聞いた事がある。


 この感情はそれに似たモノであろうさ。


 可能であるのならば一度手合わせ願いたい所だ。



「餌が悪いのか?? いや、今日は新鮮な生餌を用意したからそれは有り得ないか」



 いい加減フウタが制作した釣り竿と仕掛けを使用したらどうだ、と。


 要らぬお節介を試みようとした刹那、遥か上空に二つの強き力が出現した。



「――――。グシフォス様、本日の釣果は如何で御座いましょうか」


 ベッシム殿が地上に降り立ち人の姿に変わると今日も先日と変わりない物腰の柔らかさで挨拶を放つ。


「グシフォス様っ、御隣失礼しますね」


 そしてグシフォスの許嫁であるシュランジェ殿が陽気な足取りで彼の隣に腰掛けた。


「いつもと変わりない。それと釣りの邪魔だ」


「あはっ、辛辣なグシフォスの顔も素敵ですよ??」


「左様で御座いますか」


「今日は一体何の用だ。覇王の下命は滞りなく遂行した筈だぞ」



 それは貴様では無く、俺達が遂行したのだがな……。



「本日の予定は三日後に行われる覇王継承戦についてで御座います」


「「――――。ほぉ??」」



『覇王継承戦』


 その単語がベッシム殿の口から出て来ると図らずともグシフォスと声を合わせてしまった。



「三日後の午前十時から大陸中央の覇王魂ノ座で覇王継承戦が行われます。その方法は当日まで伏せられている為、我々でも知る由はありません」


「能書きはいいからさっさと要点を話せ」


「畏まりました。グシフォス様単騎で出場されると仰られていましたが……。先の鉱石百足の討伐を条件にダン様達の参戦を認めると仰っていたので今回の東の戦士の代表はその五名になります。覇王様は東西南北を治める者に五名の戦士を用意しろと通達を出していたのは御存知ですよね??」



「あぁ、そう聞いたな」


 彼の言葉に一つ頷く。



「覇王様は五名の戦士に順序を決めろという新たなる通達を発しました」


「順序??」


「先鋒、次鋒、中堅、副将、大将。この様に戦いに向けて出場する順序を決めろという話で御座います」



 ふぅむ……。そうなると東西南北の戦士が一堂に会し、互いの順序通りに戦士を送るのか??


 それとも先鋒から勝ち抜き戦になるのか……。



「戦いの方法も当日まで伏せられているのだな??」


「ハンナ様の仰る通りで御座います。勝ち抜き戦になるのか将又これはただの気紛れなのか。それは覇王様しか知り得ない事で御座います」


「分かった。話の腰を折って悪かった、続きを話してくれ」



「順序を決めたのならそれを紙に書いて提出。私が明日の正午頃に受け取りに来ますのでそれまでの間に戦士達の順序を決めて下さいね。ここからは覇王継承戦の細かい決め事に……」



 ベッシム殿が引き続き言葉を発しようとしたのだが阿保達の登場でそれは叶わなかった。



「よぉ!! ベッシムのおっちゃん!! 元気ぃ!?」


「ふぅ――!! 気持ち良かったぜ!! 相棒も一浴びどうだい!?」


「要らん。今は大事な話をしている最中なのだ。もう少し真面な姿で話を聞く姿勢を持て」



 着用していた服装を脇に抱え下着姿で此方にやって来た愚か者二人を睨み付けてやる。



「あ、そうなんだ。ベッシムさん、俺達も聞きたいから申し訳無いけど必要な部分でいいからもう一度話してくれます??」


「構いませんよ。おほん、それでは……」



 ダンが申し訳無さそうに詫びると四角四面なベッシム殿が態々阿保の為にもう間も無く行われる覇王継承戦の決め事の話を続けた。



「――――。へぇ、それじゃあ出場する順番を決めなきゃいけないんですね」


「仰る通りで御座います」


「切り込み隊長である俺様は絶対一番目な!! これは譲れないから!!!!」


「はいはい、分かっているから落ち着けって……」


「あはは、気負っていない御様子ですね。それでは、引き続き決め事を説明させて頂きます」


 ダンが了承の意味を籠めて静かに頷くとベッシム殿が真面目な瞳のままで言葉を続けた。



「一度決まった順序は後で変更不可で御座います。戦いの途中で負傷して次戦に出られない場合、その者は棄権とみなされます。要は次戦で棄権とみなされた者と戦った者は不戦勝になるという話ですな。続きまして、戦闘方法についてです。戦闘の際は必ず人の姿で戦う事。これは恐らく龍一族の体の大きさを加味して公平に戦えるようにしたのでしょう」



 あの馬鹿げた大きさの黒龍と人の姿で戦うのは不利処か戦う前からほぼ負けが決まってしまうからな。当然と言えば当然、か。



「戦闘時には人の姿で、そして戦闘中使用して良いのは己の拳と魔法ですが武器を使用したいのなら使用しても構いません。しかし、使用している武器が戦いの最中に破壊されたのなら例え肉体が無事でも負けと判断されます」



「げぇっ、じゃあ俺様は小太刀を使用しない方がいいのかな」


「相手を見て決めたら?? 向こうが武器を使用するのならこっちも使用しないといけないし」


「だなぁ――」


「戦闘方法並びに戦闘時間は今も不明で御座います。恐らく、それらの情報は現地で発表されるでしょう。ここまで何か質問は御座いますか??」


「はいっ!!」


 ダンが勢い良く右手を挙手する。


「戦いは一日なのですか!! それともかなりの日数が掛かるのでしょうか!!」


「それは私も知り得ないので教えられません」


「はいは――いっ!! 相手の衣服を切り裂いて裸にしたら負けになるのですか!!」


 あの馬鹿め。


 不埒な質問をしおって……。


「フウタ、馬鹿な質問をするな」


「んだよ、ハンナ。これは大事な事だぜ?? もしも奴等の火炎を受けて俺様の衣服が一切合切消失してさぁ。反則負けしたら洒落にならないもん」



 その火炎を避ければいいだけの話ではないか。


 そう言いたいのは山々だが強ち有り得なくもない出来事なので聞いておいて損は無いな。



「えっと……、大変申し訳ありません。その様な事は伺っていませんので後で確認しておきますね」


「宜しく頼むぜ!!!!」


「フウタ様が仰った行為並びに細かい反則行為は出場表を受け取りに来た際に再び説明させて頂きますね」


「あぁ、御苦労だった」



 グシフォスが興味無さそうにそう話すと少々強引な手捌きで釣り糸を手繰り寄せて行く。



「ん?? グシフォス、釣れたのか??」


 フウタが首を傾げて彼の手元を見つめる。


「釣れん。餌を変えるだけだ」


「餌を変えても無駄だってぇ――。大人しく俺様が作った釣り竿と仕掛けを使えよなぁ」


「俺は俺の釣り道を行くのだ!! これは決して曲げん!!」



 水分を大量に含みもう殆ど原型を留めていない飛蝗の死体を釣り針から外すと新たる餌を釣り針に付けて投擲。


 苦虫を嚙み潰したよりも更に酷い表情を浮かべて大変静かな湖面を睨み付けていた。



「あっそ――。んじゃ、俺様達は夕食の用意があるから失礼するぜ!!」


「飯を作るのはお前さんじゃ無くていつも俺だろうが。相棒!! 魚が釣れたら野営地まで持って来てくれよな――!!」



 ダンとフウタが軽快な声を上げると野営地の方へ向かって軽快な足取りで向って行く。


 その様はまるで自分の家の庭を歩く様に遜る若しくは遠慮という様子は微塵も見受けられなかった。


 アイツ等……。此処は他人の領地である事を忘れて行動していないか??



「全く……。無粋な連中ですね」


 俺と同じ感情を持ったのか、シュランジェ殿が能天気な奴等に手厳しい視線を向ける。


「それは貴様にも当て嵌まるぞ」


「私は良いんですっ。グシフォス様の許嫁ですからね!!」


 彼女が軽快な声を出してグシフォスに寄りかかろうとするが。


「……」


 彼は釣りの邪魔をされては叶わないと考えたのか、彼女から人一人分の距離を維持しながら離れてしまった。


「ふふっ、相も変わらず恥ずかしがり屋さんなのですねっ」


「シュランジェ、そろそろ北へ帰りますよ」


「はぁ――い。それではグシフォス様、またお邪魔させて頂きますね!!」


「来年辺りに戻って来い」


「んふっ、辛辣な言葉も嬉しく思います。ではごきげんよう――!!!!」


 ベッシム殿とシュランジェ殿が龍の姿に変わると一陣の風を纏って大地を飛び去り、僅か数秒程度で大空高く舞い上がって行った。



 ほぉ……。俺の飛翔能力といい勝負をしそうなだな……。


 龍一族の身体能力はやはり侮れないぞ。


 覇王継承戦ではすぐりの猛者共が一堂に会すであろう。強力な戦士達が持つ能力はベッシム殿よりも数段上の力を持っていると言っても過言では無い。


 俺が想像している以上に強き力を持つ者達が出て来ると覚悟すべきだな。


 今まで磨き上げて来た己の武を遺憾なく発揮出来る場を設けてくれた事に感謝すべきなのか、将又立ち塞がる壁に絶望してしまうのか。


 高揚と不安が入り混じる複雑な感情が胸に渦巻くがこれは好機として捉えるべきなのだろう。


 今現在の己の力がどの程度の位置に存在しているのか確かめられる良い機会なのだから。



「むっ、まだ火を起こしたばかりなのか」


「シューちゃんお帰りぃ!! 今日も美味そうな果実だよなぁ!! 飯の前に一つくれ!!」


「某が採取して来た果実だ。食す権利は某に有るが故、貴様には一個たりとも譲渡せん」


「いやいやいやいや!! 共有って言葉知ってる!? 皆で分け合うのが普通なんだからな!?」


「はいは――い。兄弟喧嘩はそこまでにしなさいっ。お母さんが料理を始めるからそれまで大人しくしていなさいよ――」


 折角高めた高揚な気分が野営地の方から流れて来た馬鹿騒ぎによって霧散してしまう。


 奴等はもう少し武に対して真剣に向き合うべきだ。


「ちっ、五月蠅い連中め。俺が釣れない理由はアイツ等の喧噪じゃないのか??」



 野営地で騒ぐ連中もそうだが、貴様ももう少し己の置かれた立場を理解すべきだ。


 背中側から押し寄せる喧噪と左隣から放たれる苛立ちに挟まれつつ俺は一人静かに中々釣れない釣りという下らない行動を続けていたのだった。




お疲れ様でした。


今回は二話連続の投稿となります。


これから大掃除並びに掃除を終えた後に二話目の執筆活動に取り掛かります。


次の投稿まで今暫くお待ち下さいませ。

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