第百七十八話 物怖じしないワンパク坊主達
お疲れ様です。
本日の投稿になります。
一寸先は闇。
正にこの言葉に相応しい環境が俺達の目の前一杯に広がっている。
体の前に手を伸ばすだけで己の指先さえも捉えられない特濃な闇が洞窟内に蔓延り、先導役であるベッシムさんが手元に浮かべる光球の明かりが無ければ真面に進む事は不可能であろう。
洞窟の背の高い天井には鋭い剣山が生え揃い、左右の剥き出しの岩壁には古ぼけた埃や砂利が堆積されているのだが……。
大の三名の大人が肩を並べて進む事を可能とした横幅の地面にはそれが疎らにしか確認出来ない。
擦り減った地面と無尽蔵に確認出来る突起物の穴らしき箇所は恐らく鉱石百足の移動した跡なのだろう。
穴の大きさを測る為、地面に片膝を着けて空いている穴に向かって己の拳をあてがってみた。
「う、うぅむ……。俺の拳よりも一回り、いや二回り程大きいか」
人の足跡の大きさを測ればその人物のある程度の身長や体重が推測出来る。
地面に空いた穴の大きさ並びに深さ、左右一杯に広がる移動痕、そして所々擦り減っている左右の岩壁。
これらの情報から推測出来る生物の大きさは……、いや止めておこう。
想像するだけでも心の中から漸く追い出した弱気ちゃんが意気揚々と戻って来てしまう恐れがありますのでね。
「ダン、置いて行くぞ――」
「ん――。今行く――」
俺の様子を確認する為に振り返ってくれたフウタに追い付き、慎重な足取りで洞窟の奥へと向かう死にたがりの隊に合流した。
「あそこでしゃがみ込んで何をしていたんだよ」
いつもより真面目な表情の彼が俺の横顔にそう尋ねて来たので。
「そこら中にある百足の足跡の大きさと俺の拳の大きさを比較していたのさ」
先程の簡易的な調査の内容を話してやった。
「百足は百本の足が生えていると言われている様に夥しい数の節足を持つ。要は自重を支える為、複雑な行動を可能にする為にたぁくさんの足を生やしているんだな。俺達人間は二本の足で体を支えているので地上で暮らす四足歩行の動物に比べて大きい。そして動物の足は己の体の大きさに比例する。ちゅ、ちゅまり俺の拳よりも二回り程大きな足の先端を持つ百足ちゃんの体は途轍もなく大きいと証明された訳なのだっ」
人の好奇心や知りたいという欲求は時に残酷だよなぁ……。
調査の結果に待つ恐ろしい事実に辿り着いてしまうのだから。
「あぁ、そう言えばダンはグシフォスから鉱石百足のデカさとか特徴を聞いていなかったんだよな」
本当は俺も聞きたかったよ?? しかし、俺は貴方達の家事に追われていたのでそれは叶わなかったのですっ。
「いきなりドデケェ百足がわぁっ!! って来られても困るし。可能な範囲でいいから化け物の特徴を聞かせてくれるかい??」
「優しくて賢い俺様が親切丁寧に説明してやるから心して聞きやがれ」
有難う御座います。
しかし、出来ればもう少し遜って頂ければ幸いです。テメェ等の所為で俺は鉱石百足の特徴を聞き逃してしまったのだから。
若干……、いいや。確実に鼻に付く口調で説明を開始した男性機能の不全に陥っている彼曰く。
鉱石百足の頭から尻尾までの大きさは約二十メートルであり、百足の装甲は剣や矢を弾き返してしまう程の厚みを持つ。
夥しい数の足を利用して素早く動き、数珠繋ぎの体節を駆使してその巨躯に似合わぬ複雑な動きを可能としている。
頭の先には漆黒の目が左右にあり、百足の第二の特徴でもある鋭い顎は二つ。
第一の顎にある二本の毒牙を獲物の肉に打ち込み、第二の顎の強力な咬筋力で獲物の体を切り裂きむしゃむしゃと肉を食らう。
俺が子供の頃に捕まえた超大物の百足とほぼ同じ特徴を羅列的に説明して行くのだが、気になる点があったので待ったの言葉を掛けた。
「なぁ、俺が昔捕まえた百足には体節の側面に気門みたいなものが確認出来たんだ。恐らくそこから空気を取り込んでいると思えるんだけど……」
「ダン様の仰る通りで御座います。鉱石百足にも大きな気門がありますよ」
隊の先頭を歩くベッシムさんが此方に振り返らずに俺の考えに肯定してくれた。
「あぁ、そうだったな。わりぃわりぃ言葉足らずだったぜ」
「お前さんの不注意で一人の隊員が窮地に陥ってしまう可能性があったんだぞ?? もう少ししっかりしろや」
「いてっ」
まるで悪びれる様子を見せない愚か者の頭の天辺を軽く叩いてやった。
「鉱石百足はその巨躯に似合わぬ速さで動き獲物に襲い掛かります。頭の先端に備わる毒牙の威力は一度体に打ち込まれたのなら暫く麻痺して動けなくなってしまいます。麻痺した獲物の肉をもう一つの牙で切り裂き貪り食うのです」
お、おぉう。見事なまでに野生の百足と特徴が一致していますねっ。
「ベッシム殿。何故、只の百足では無く鉱石という単語が使用されているのだ??」
十分な警戒態勢を維持して進んでいる相棒がそう問う。
「鉱石百足はこの洞窟の最奥にある鉱石をも食らって生きています。それから付けられた名なのですよ」
「獲物の肉も食い鉱石も食う。ふっ、ハンナと同じで随分と食欲旺盛なのだな」
俺達の最後方に居るフウタが珍しく相棒を揶揄う。
「巨大な食いしん坊である事は理解出来たけどさぁ。鉱石百足の弱点とか無いの??」
そう、俺が聞きたかったのは呆れた食欲や生態云々よりもその点に尽きるのです。
生きてこの洞窟から脱出する為の情報は決して聞き逃せませんからね。
「数珠繋ぎの体節と頭部は強力な装甲に守られているので攻撃が通り難いです。奴の弱点は体節と体節を繋ぐ箇所、そして体の横に備わる気門です。巨大な体を動かす為に大量の空気を必要としますのでそれを断てば徐々に弱まって行くでしょう」
おぉ!! 古代遺跡で会敵した巨大砂虫と似たような弱点じゃあありませんか。
あのふざけた戦闘が初めて役に立つ時がやって来てくれたぜ。
「しかし、それはあくまでも弱らせるだけ。鉱石百足の毒牙、素早い動きそして……。巨大な口から吐かれる火炎と溶解性の毒液には細心の注意を払って下さいね??」
「「火炎と溶解性の毒液??」」
自然界に存在する百足はそんな攻撃方法を持っていませんよ??
そう言わんばかりにフウタと共に首を傾げてやった。
「おや?? グシフォス様から伺っていないのですか??」
「あの変態的釣り好き野郎からは百足の特徴と大体の弱点しか聞かされていなかったぜ?? アイツめ……。俺様達がビビると思って言わなかったな!?」
「あはは、戦闘前に聞けて良かったじゃありませんか。火炎の威力は鹿程度の肉体なら一瞬で消し炭になる威力、そして溶解性の毒液も火炎の息と同程度の威力を持ちます。相手が弱まっても決して油断せず戦う事をお薦めしますよ」
鉱石百足の戦闘方法、弱点並びに攻撃方法を知れたのは良いですけども……。
知りたかった様な知りたく無かった様な大変複雑な感情が胸の中に渦巻いてしまった。
これからこの世の理から外れた超生命体と戦うんだぜ?? 普通の神経を持った奴なら尻窄んで此処から逃げ出すだろう。
しかし、隊の殆どは頭のネジが数本外れた野郎共で構成されている。
「化け物級にデカイ百足かぁ。へへ、俄然やる気が出て来たぜ!!」
「相手にとって不足無し。某の修練に誂えた様な敵だな」
「俺の一撃で装甲を貫く事が出来るのか……。興味が湧くぞ」
若干後ろ足加重になる俺に対し、彼等は前に前に向かおうとする逸る気持ちを抑える事で手一杯の御様子であった。
見方によっては勇猛果敢に映るが、聡明な者から見れば自ら死地へと飛び込む愚か者にも見える。
この大陸に立ち寄っただけでもう何度も死ぬ思いをして来た。
願わくばその中で最も矮小な危険が待ち構えていますよ――にっ!!!!
叶いそうで叶わない願いを心の中で唱えながら歩いていると周囲に漂う空気が明瞭に変化した。
「くっさ!! 何だよ、この強烈な異臭は!!」
フウタが嫌悪感を露わにして右手で眼前の空気をパタパタと払う。
「猛烈な臭いと高い湿度、洞窟から出て狩りに出ているかと思いきや……。喜んで下さい。この先に鉱石百足が居る証拠ですよ」
それはよ、喜ぶ事ですかね??
普通はがっかりする場面だと思うのです。
肉食獣の口から漂う獣臭と真夏の通り雨で生じた湿気のある空気が混ざり合う様な、人に容易く嫌悪感を与える空気が正面の奥の闇から漂って来る。
鼻腔をツンと突く饐えた臭いが足を前に踏み出させる事を躊躇させ、確実に存在するであろう目に見えぬ恐ろしい化け物の姿が心の中に恐怖の花を咲かせてしまった。
この先に鉱石百足が居るのか……。
可能であるのならば安心安全が蔓延る地上へ向かって全力疾走を開始したいのだが、どうやら撤退行動を模索しているのは俺だけの様ですね。
「よし、俺に付いて来い」
「おいハンナ!! 俺様よりも先に出るなって!!」
「某が光球を浮かべて明かりを確保しよう」
怖いもの知らず将又大馬鹿野郎の三名は俺をこの場に残して闇と危険が蔓延る洞窟の奥へと向かって堂々と進んで行ってしまった。
「ったく……。怖いもの知らずにも程があるっつ――の」
「ふふ、頼もしい限りではありませんか。先程も申した通り私は此処で待機しております」
「俺達が死亡したらちゃあんと山の麓に埋葬して下さいよ??」
えっと、装備並びに物資に異常は無いよな??
服の上に着ている防具の最終確認を行い体のあちこちを調べて行くが残念ながら何ら異状無く、万全の状態を維持しておりさっさと彼等の後に続けと。装備達が物言わずとも辛辣な顔を浮かべてそう言っている様に聞こえてしまった。
「畏まりました。それでは御武運をお祈りします」
「お偉いさんの命令に従わない釣り好きの代わりに討伐へ行って参りま――すっと!!」
最終最後までこの場に居残っている俺にキチンと腰を折って見送ってくれたベッシムさんに対して軽やかに右手を上げると、もう全然見えなくなってしまった隊の最後方へ向かって駆け出した。
「――――。置いて行くなって何度言ったら分かるんだい??」
隊の殿を歩いているフウタの肩をポンっと叩いてやる。
「ヘタレなお前の尻を蹴飛ばしても中々前に進もうとしないし。それならいっその事って思ったのさ」
俺は夏の夜道にビビっている女の子ってか?? まぁ深い闇の中に置いて行かれたのならその女の子も慌てて前に進むでしょうね。
「そりゃど――も。所でぇ……、この道は一体何処まで奥に続いているのでしょうかねぇ」
入り口から此処まで体感時間は凡そ一時間。
かなり奥地まで足を踏み入れてしまったけども、俺達の討伐対象である鉱石百足の影すら掴めないでいる。
まぁ姿形は確認出来ないけども確実にその存在を証明するかの如く。得も言われぬ臭いは今も漂って来ていますけどね。
「知らね、ってかもう直ぐじゃね?? ほら、シューちゃんが歩みを遅らせたし」
シュレンが??
飄々な口調だが決して警戒心を解いていないフウタから隊の先頭を進む彼の背に視線を送ると、確かにいつもの歩調よりも随分と遅い歩みで洞窟の奥へと向かっていた。
「んじゃ俺達も警戒心を強めますかっ」
シュレンに倣い、隊全体の移動速度が遅々足るものに変化。
まるでこれから美女に夜這いを掛ける様な速度を維持して洞窟の中を進んでいると俺達の前に開けた空間が唐突に出現した。
天井の高さは凡そ十五、六メートルであり奥行と幅は二十メートル前後。
此処まで続いて来た洞窟と同じ岩肌で形成された岩壁は所々崩れ、入り口から向かって左右の壁と天井部分にとても大きな穴が確認出来た。
この広い空間は歪な円ではあるが閉塞感を覚えない広さを有しており此処まで狭い洞窟を通って来た所為か、思わず肩の力を抜いてしまいそうになるが……。
空間の中央に黒い塊が鎮座していたのでそれを改めた。
「……」
シュレンの光球に照らされた甲殻は生物的ななまめかしい艶を帯びており漆黒の光沢がやたらと強調されている。
重厚な体節の脇から生える野太い節足は静かに大地を捉え、体全体を蜷局状態にしており此方から見て右側と左側に触角と思しき二本の角が確認出来た。
どっちが頭でどっちが尻尾か分からないが……。
力の森で会敵した飛蝗よりも更に一回り大きな黒き塊を捉えると大変硬い生唾をゴックンと飲み干してしまった。
ひゅ、ひゅぉぉ……。つ、遂にで、出会っちゃったぁぁ……。
『よ、よぉ。取り敢えず発見したけどどうするよ』
フウタが蚊の羽音よりも小さな声色で俺達に問うので。
『奴は今、休眠している様だし。先制攻撃に持って来いの状況だ。そこで……、あの黒き蜷局からピョコンと飛び出ているのは恐らく触角だろう。あの二本を切り落とせば戦闘を優位に進められる筈』
背負っている背嚢を本当に静かに地面に置き、いつでも戦闘が開始出来る様に弱気な心を体の中から追い出して強き闘志を胸に宿した。
『筈って……。その根拠は何だよ』
『虫の触角は感覚器官の一つだからな。それを失えば俺達を捉えるのに微かな遅れが生じる。そこを突けば……』
『了承した。では、俺が全力を以て奴の触角を切り落とす』
ハンナが背から愛剣を抜くと体を捻り、両手に魔力を籠め始めた。
た、頼むぜぇ……。まだ起きてくれるなよ!?
刻一刻と彼の魔力が高まって行くがそれでも奴は起きる素振すら見せなかった。
微かな判断の遅れが生死に繋がる厳しい自然界で生きて行く動物は状況の変化に大変敏感だ。
自分の判断が遅れた所為で即刻死が襲い掛かって来るのでそれは野生が当然持つ機能なのだが……。奴は突如として生じた変化に反応する素振を全く見せない。
この洞窟若しくは周辺区域で奴の脅威となる生物はいないので奴はスヤスヤと心地良い眠りに興じているのであろう。
つ、つまり今も高まり続けているハンナの魔力でも起きないって事はだよ??
奴にとってその程度では脅威にもならないって事を指すのでは無いのでしょうか??
ハンナの力は俺達の中でも頭一つ抜けている。それが脅威にならないって事はぁ……。
俺の仮説がどうか間違っていますように!! っと心の中で唱えるとハンナが素早く剣を前方に向かって振り払った。
「第一の刃……。太刀風!!!!!」
相棒の得意技の一つである風の刃が空気を切り裂き無防備な状態の触角と思しき二本の角へと向かって行く。
風の刃が触角に着弾した刹那。
「あ、あ――……。はいはい」
「う、うん。あれは触角では無くてぇ、尻尾でしたね!!」
人の腕等容易く切り落とす威力を持った風の刃がキンっと甲高い音を奏で、見た目以上に分厚い二本の尻尾に弾き返されてしまう。
そしてこの異常事態を捉えた鉱石百足が首を擡げて俺達に向かって大変おっそろしい漆黒の瞳を向けやがった。
「ギギギッ……」
そ、そう言えば百足のお尻の先には触角に似た尻尾が二対生えていましたねっ。相棒はどうやら二分の一の確率を外して尻尾の方へ向かって風の刃を解き放ってしまった。
そして、己の眠りを妨げられた百足ちゃんの心の空模様は土砂降りの雨の様に大変不機嫌でありそれを外部に示すかの様に無数に生える節足が忙しなく蠢いていた。
や、やっべぇ……。来るぞ!!
「野郎共!! 構えろ!!」
「ギィィイイイッ!!!!!」
顔面の先端に備わる大きな牙がハンナ達に襲い掛かるが。
「「「ッ!!」」」
俺が叫ぶよりも早く戦闘状態に移行していた前衛三名が鉱石百足の雷撃を容易く回避。
「はっや!!」
「あぁ、だが想像以上では無い」
「某もハンナの意見に賛成する。この程度の速さなら容易く見切れるぞ」
各自が深く腰を落として次なる一撃に備えていた。
あはは、さっすが。
あれだけの図体と速さを目の前にしても恐怖心処か闘争心を全面に押し出す姿に思わず唸ってしまう。
俺も彼等に倣ってワンパクしましょうかね!! 奴が放つ圧に呑まれている様じゃあ陽の光を二度と拝める事は出来ねぇし!!
「さぁさぁどうした!? お前さんの力はその程度かい!? わるぅいお兄さん達に囲まれた以上、全力を出さねぇとアッという間に倒しちまうぞ!!!!」
取り囲む俺達に対して上半身を擡げて怪しく牙を開いては閉じている鉱石百足の顔面に啖呵を切ってやる。
不意打ちを食らって穴の中に逃げるかと思いきや俺達と殺り合う姿勢を取るのは天晴だと思うが……。
生死に敏感な野生生物が攻撃を受けても逃げ出さぬのは捕食若しくは己の縄張りを守る為だ。
奴が取っている姿勢は後者であると願おう。
何故なら前者であるのならば俺達は奴にとって非常に美味そうに見える捕食対象なのだから。
お疲れ様でした。
毎日暑過ぎてイヤになっちゃいますよねぇ……。夏バテも徐々に回復して来たのですが正直まだまだ体調は宜しくありません。今月の中頃に富士登山を予定しているのでそれまでに治さないと。
いいねをして頂き有難う御座います!!
バテている体に嬉しい知らせとなり執筆活動の励みとなりました!!
それでは皆様、お休みなさいませ。