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第二十話 本日も利己的な御令嬢様です

お疲れ様です。


皆様、土曜日の深夜。如何お過ごしでしょうか。


真夏の夜にそっと投稿を添えさせて頂きます。


それでは、御覧下さい。




 私は夢を見ている。


 何故、それを確知出来たかというと……。



 彼が愛馬であるウマ子ではなく、雪よりも真っ白な白馬に跨っていたからだ。


 その姿はまるで私を迎えに来た王子様にも見えてしまった。



 そして、私の服装は小説の中に出て来るようなふわっとした白いドレスに身を包み。何一つ遮蔽物が存在しない平原に立っていた。



「……」



 彼が無言で手を差し出すと。



「…………っ」



 私は無言でその手を取る。



 彼の逞しい腕の力で引き寄せられた体は、彼の腕の中にすっぽりと収まってしまった。



 彼の鼓動、体温、そして香り。



 その全てが女の私を呼び醒ます。



 何処にも向けようの無い熱い感情が私の体を動かし、彼の唇へと己の唇をそっと添えて……。




「――――――――――。っ」



 まぁ、夢……よね。



 はぁ――――。


 この歳にもなって何でこんな陳腐な夢を見なきゃいけないのよ!!



 真っ暗な部屋の中。


 現実の下へと帰って来た体がじんわりと熱を帯びている事に気付いてしまう。


 それを誤魔化す様にうつ伏せの姿勢へと変わり、枕にポフっと顔を埋めてしまった。



 初めてかも。


 夢の中で異性を見たのって……。



 え?? これってさ。


 もしかして、もしかすると……。そういう事なの!?



「…………っ!!!!」



 湧き起こる羞恥を誤魔化す為、四肢を悪戯に動かし。


 嫌々と首を横に振りながら枕の中心へと顔を埋めて行く。



「はぁ――――。自分でも驚きだわ」



 小説の中で女の子が男の子に恋心を自覚する場面があるけども。


 よもや、自分がそれを経験するとはね。



 いや、でも!!


 まかり間違って、違うかも!?


 これは今一度、確かめる必要があるわね!!!!


 私は好いた人を物陰からそっと覗く、しおらしい女性ではないのよ。


 必ず、何があっても物にしてやる。


 そう……。獲物を追う猛禽類もあわわと口を開いて、此方に獲物を譲らせる。強烈な力を帯びた狩人なの!!



 待ってなさいよぉ……。


 絶対に確かめてやるんだから!!



 颯爽と寝返り、シーツを蹴り上げ。


 着替えを開始しようとすると、扉からノックの音が響いた。



「レシェット様。間も無く、食事が始まります」


「おはよう――!! 入って良いわよ――!!」


「失礼します」



 いつも通りの声を上げアイシャが部屋に入って来ると。



「レシェット様??」


「なぁに――」


「大変申し訳ありませんが……。下着は着けた方が宜しいかと……」



 生まれたままの姿の私を見付けると、ぎょっとした顔で至極真っ当な意見を述べた。



「分かってるわよ。いや、今日はさ……。何色の下着を履こうかなぁって!!」



 彼って……。


 何色が好きなのかしらね。



「ふむ……。爽やかな日に誂えた様な黄色、初夏の香りを醸し出す淡い緑、情熱的な欲情を指し示す赤等が宜しいかと」



 途中までは良かったけど。


 何で最後は情熱的って加えたのかしらね??



 赤、かぁ……。


 彼の仲間の赤い髪の子と被るから嫌なのよねぇ。


 かといって、青だと藍色の子と被るし。緑も駄目。



 取捨選択の末選んだのは……。



「黄色で御座いますか」


「まぁね。ねっ!? レイドって何処に居る??」



 颯爽と着替えを済ませ、本日も華麗に使用人の服を着熟す彼女を捉えた。



「部屋で休んでおられます」


「起こしていいかな!?」


「それは止した方が宜しいかと。本日はレイド様と明日に控えた継承式典の長きに渡る打ち合わせが御座いますので」



 それとこれは別よね。


 第一、彼は私の飼い犬なんだから。飼い主の命令には従うのが当然!!



「あっそ。じゃあ起こして来るねぇ――!!」


「はぁ……。いってらっしゃいませ……」



 アイシャの呆れにも似た声色を背に受け、扉を蹴破る勢いで開き廊下へと躍り出た。


 窓から射しこむ朝日もイケイケ!! って私を応援してくれているし!! 大丈夫だって!!


 一日の始まりに相応しい軽快な足取りで廊下の先へと向かう。



 これ程までに高揚した朝は人生で初めてかも。


 んふっ。


 今日はどんな命令を与えようかなぁ――。


 驚き、慄く彼の顔を想像したら歩む速度が跳ね上がってしまった。



 待っていなさいよ!? 飼い主が今から起こしにいってあげるからねっ!!



















 ◇













 ずばり問いましょう


 睡眠とはあなたにとって、何ですか?? と。



 勿論、俺はこう答える。


 生命活動を維持する為に必要な行為であると。



 命を光り輝かせる為に必要な行為なのに、ここの現当主はその活動を行う事を良しとせず。



「ほらっ!! 行くわよ!!」



 眠りたてホカホカの俺の頭をどこからともなく取り出した箒の柄の部分で勢い良く叩く始末。


 汚れている穂先で叩かないだけでも丸くなったと喜ぶべきなのでしょうか。


 起き立ての頭では理解に及びません……。



「えぇ……っと。眠りに就いて間もないので、もう少々寝かせて頂いても宜しいでしょうか」



 シーツの中へとモゾモゾと潜り込み、くぐもった声で尋ねる。



「駄目」



 お、おぉ……。


 たった二文字で拒絶されてしまいました。



「この屋敷の当主である私が朝食に誘っているのに……。それに従わない飼い犬なんて聞いた事がないわ」



 飼い犬にも犬権があるのですよ。


 静かに暮らすというね。



「屋敷の当主はベイスさんです。レシェットさんではありませんよ」


「今は、って言ったでしょ。あぁ、もう!! まどろっこしい!! いい加減……。起きなさい!!」


「ヤダァッ!!!!」



 シーツを引っぺがされ、カーテン全開の窓からの光が体に当てられると。条件反射なのか。


 体がクルンっと丸まってしまった。



「ねぇ、レイド」


「何ですか……」


「そのダッサイ寝間着は何」



 ふっ。



 レシェットさんも向こう側の人間でしたか。



「汗の吸収性、肌触り、保温性。それらを加味した結果なのです。見た目は二の次。自分は服装に対して機能性に重きを置きますので」


「あっそ。はい、じゃあ着替えて」



 簡単に言いますけどね??


 眠って直ぐ行動するのって物凄く疲れるのですよ??



 これならまだ起きていた方がマシだった……。



「はぁ……。分かりました」



 お気に入りの毛布から中々出ようとしない犬の動きを模倣し、立ち上がると上半身の……。


 っと。



「申し訳ありません。着替えるので外に出て頂けますか??」



 此方の背中をじぃ――っと眺めている御令嬢にそう話す。



「あ、うん。そうだったね。でもさ!! 飼い犬の体調を気遣うのも飼い主の役割だし!? 裸を見るのも……。きゃあ!!」



 彼女の細い肩をむぎゅっと掴み。



「二分で着替えますの、お待ち下さいね」



 大変小さい背中を押しつつ扉の向こう側へと押し出して上げた。



「こらぁ!! 飼い主に対して扱いが存外だぞぉ!! 大体……」


「失礼しますね――」


「まてぇ!! まだ話終えて……」



 はぁ――…………。


 朝っぱらからこれだもの……。


 明日に控えた継承式典を無事に乗り越えられるか。それだけが心配です。


 通常のノックの四倍近い大きさの音源に急かされる様に寝間着を脱ぎ、颯爽と軍服に着替え。


 此れから始まるであろう激務に備え、栄養を補給しに飼い主様と共に肩を並べつつ移動を開始した。














 ◇












 食堂に到着すると、既に二人分の朝食が配膳されており。眠りたて且寝起きの体が食堂内に優しく漂う馨しい香りに反応してしまった。



「お腹、空いているんだね??」



「え、えぇ。人並みに……」



 深夜から早朝に掛け、平原に生え並ぶ木々の姿を模しての護衛の任。


 必要最低限の動きしかしていないけれども、それ相応に体力を消費してしまったのです。


 ですので……。


 卑しくお腹が鳴り響くのも致し方無いかと思われます。



 レシェットさんが着席したのを見届け。



「どうぞ、掛けて」


「失礼します」



 現在の当主さんのお許しを受け、席に着いた。



「態々許可を待たなくてもいいのに」



 僅かに口角を上げ、クスリと笑みを浮かべて此方を見つめる。



「護衛の任務中ですからね。私生活と公務ははっきりと区別を付ける必要があるのです」


「本当、馬鹿真面目ねぇ……。さっ!! 頂きましょうか!!」



 レシェットさんがパンを一口大に千切って口に運ぶのを確認し終え。



「頂きます」



 配膳されたパンと乳白色のスープ、並びに白磁の皿に乗せられた野菜達。そして、この料理を提供してくれた料理人に感謝を述べる形で頭を垂れて食事を開始した。



 ほほぅ……。


 このパン、まるで朝に誂えた様な形と色じゃあないか。



 角が丸い四角形のパンを半分に千切ると、頭がもう味を想像してしまったのか。


 卑しい唾液がじわぁっと滲む口に迎えてあげた。



 うっわ……。


 うっま!!



 小麦の甘味と若干の塩気。


 そしてふわっとした食感!!!!



 このパンなら幾らでも食べられそうだよ……。



「どう?? おいしいっ??」



 レシェットさんが細い顎で咀嚼を終え、紅茶を一口口に含みつつ話す。



「えぇ、最高に美味しいですよ。――――――――。そう言えば、レシェットさんの御母様は何処に居られるのですか??」



 此処に来てからというものの。


 母親らしき御方とお会いしていないのでね。


 ふと疑問に思った事を問うてみた。



「あ――。そっか。レイドは知らないのか」


「知らない??」



 どういう事だ??



「お母さんは私が物心付く前に亡くなっちゃったんだ」


「え??」



 し、しまったぁ!!!!



「も、申し訳ありません!!!! 大変失礼な事を伺ってしまい!!」



 食事の手を急いで止め、キチンと膝元に置いて頭を下げ。謝罪を述べた。



「あはは。そこまで畏まらなくても良いよ。私もお母さんの顔を覚えていないからさ」


「そう、なのですか……」


「うん。お母さんは……。馬車で移動中、崖から落ちて亡くなっちゃったんだ。酷い雨の日でね?? 御者さんが馬の扱いを誤った結果だって、お父さんが言ってた」



 大雨の中を移動、か。


 余程急ぎの用事があったのだろう。



「お父さんは結構年配で、お母さんは若くて。歳の差で結婚した結果、私が産まれたの。それはもう二人共大喜びしてたみたいでね?? これから三人で仲良く過ごして行こうと考えた矢先……。って、感じらしいのよ」



「何んと言いますか……。お悔やみ申し上げます」



 朝の清々しい雰囲気が霧散し、此方の双肩に重苦しい空気がドカっと圧し掛かる。


 数分前の自分をぶん殴ってやりたい気分だよ。



「だからさぁ。気にしないでって言ったよ?? それに……。一人で食事をするのはもう慣れちゃったから」


「一人?? ベイスさんと食事は共にしないのですか??」


「偶に時間が合う時に食事を共にするくらいよ。普段は私一人で食べているのよ」



 その言葉を受け、左右を見渡す。



 ガランと広がった大きな食堂の中、たった一人で食事を済ますのか。



 蝋燭の淡い橙の色が照らし出す贅を尽くした料理を無音の中で頂く。


 それはそれで料理自体を味わうのに適した環境なのかも知れないが。



 満天の星空の下。


 焚き木を囲んで馬鹿騒ぎをしつつ、質素な食事をおかずに下らない話という名の御馳走を頂く。



 両者共に食事を摂る光景なのだが……。


 俺の場合は圧倒的に後者が似合いますよねぇ……。そして何より、後者の方が好ましいと考えている。



 狂暴な龍がお代わりを所望すれば、呆れ顔を浮かべつつも彼女からお椀を受け取り。


 深緑の髪の女性がついでと言わんばかりに、快活な笑みを浮かべて龍の所作を倣う。



 海竜さんは先に御馳走様でしたとお行儀よくお辞儀を放って本を読み。


 黒き甲殻を備える横着な蜘蛛は食事もそこそこに、此方の肩口へと乗っかって器用に両前足を動かして首筋を刺激する。



 せめて、数十分位静かにしてくれよと懇願するものの。


 睡眠時間以外ではずぅっと誰かがしゃべっていますからね。賑やかなのが我が隊の取り柄です。



「一人では寂しくありませんか??」



「ん――……。何て言えばいいのかなぁ。一人なのが当たり前だから、逆に五月蠅い方が不自然に映る感じかしらね?? でも、レイドと違って私は恵まれているわよ。お父さんが居るから」


「自分には血の繋がった家族は居ませんからね」



 その代わり、今は喧しい連中に囲まれて寂しさを感じる暇も無いのが本音かな。



「ねぇ、探してあげようか?? 御両親を」


「絶対不可能ですよ。証拠も何も残っていないのですからね」


「今から遡る事、二十二年前。ランバートの街の近くの雪原の上に毛布に包まれて捨てられていた。時間帯は夜。状況証拠は揃うから……。何んとかなりそう??」



 腕を組み、ふむっと一つ頷いて話す。



「いやいや。何もそこまでして頂く事もありませんよ。ほら、探すのにもお金が掛かりますし」


「お金なら幾らでもあるからいいの。それより、飼い犬を買ったらさ。後でその犬は家の子でした――って難癖つけてきたら困るじゃない。その為に前もって手を打っておくのよ」



 ん――……。んっ??


 その飼い犬って、誰の子を指すのかしらね??



 その事について問おうとすると、背後の扉が静かに開かれた。



「レイド様、今宜しいでしょうか??」



 アイシャさんの声だ。



「あ、はい。大丈夫ですよ」



「本来であれば、本日の午後に明日の式典に付いての打ち合わせを行おうかと考えていましたが……。この後直ぐでも構いませんか??」



 時間が押しているのかな??


 まぁ、早めに決めておいて損は無いし。



「構いませんよ」



 彼女の提案に一つ頷き、此方の肯定を伝えた。



「では、食堂の一つ手前の使用人室でお待ちしております」



 宜しくお願いしますと礼儀正しくお辞儀をすると、相変わらずの無音歩行で食堂を後にした。



「いよいよ明日かぁ――……。皆の前で挨拶するからちょっと緊張しちゃうな」


「レシェットさんでも緊張する事があるのですね??」


「まぁね――。知り合いの前ならまだしも。下院議員の人やら、上院議員の人が訪れてくるからさ」



 うぅむ……。


 お偉いさん達の前に堂々と立ち挨拶、ね。


 俺だったら終始噛み続ける自信があるっ。胸を張って言う事ではありませんけども……。



「体調不良を理由に何んとか休めないかなぁ――」


「あはは、無理ですよ。体調不良の者としては不釣り合いな顔色ですので」



 艶々な白い肌に、綺麗に整った眉。


 丸い瞳は今も煌びやかに輝いていますものね。



「では、自分はこれを食べ終えてから打ち合わせに行って参ります」



 そう話し、最後のパンに手を伸ばそうとするが。











「…………っ」



 カリッ……。カリリッ……。っと。




 窓の外面を引っ掻く深紅の髪の女性を捉えてしまった。



 寝起きで不機嫌なのか、将又食に対する飽くなき欲望の所為なのかは窺い知れぬが。血走った眼で此方をじぃぃぃっと睨み。


 美しい窓の面を此方に見せつける様に鋭い爪でなぞる。


 口から零れる怒気を含んだ息が硝子に吹き掛けられると白く濁り、俺の背筋に要らぬ寒気を与えた。



 何て顔してんだよ。


 あなたは一応女性ですよ?? もう少し、状況を考えた顔色を浮かべなさい。



『よぉぉ……。私、今から警護なんだけど??』



『お疲れ様です。本日は好天に恵まれていますので、水分補給を怠らない事に注意して下さい』



『スイブン?? 私は今、あんたが、食べようとしているパンを求めているんだけど??』



 何で態々区切ったのかしら……。



「ん?? どうしたの?? ――――――――。あはっ!! またお腹が空いたの!? ほぉぉらっ。美味しいパンはこっちですよ――??」



 お願いします。


 窓を蹴破って侵入して来ますのでそれ以上、狂暴な龍を刺激しないで下さい。



『モッファ――――!!!! ムキィィ!! そのバン!! よごぜぇえええ!!』


『よがった猿か』


『ギャイン!!!!』



 後方から現れたユウの一撃を脳天に食らい、此方の視界から消失するものの。



『背が縮んだらどう責任とってくれんだごらぁあああ!!』



 速攻で立ち上がって彼女の聳える山に喝を入れた。



「うっわぁ……。ねぇ、レイド。あの人の胸、一体どうなってんの??」



 知りませんし、知ろうとも考えません。



 狂暴な龍が視界を反らしている隙にパンを口の中に放り。


 御馳走様でしたとしっかりとした口調で述べ終え、アイシャさんが待つ使用人室へと向かった。




最後まで御覧頂き、有難う御座いました!!


蒸し暑い夜ですので体調を崩さぬ様、気を付けて週末をお過ごし下さいね。

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