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今日も今日とて、隣のコイツが腹を空かせて。皆を困らせています!!   作者: 土竜交趾
過去編 ~素敵な世界に一時の終止符を~
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第百七十六話 北の領地からの打診 その二

お疲れ様です。


後半部分の投稿になります。長文となっておりますので予めご了承下さいませ。




 遠く、本当に遠い空の上に浮かぶ雲が物一つ言わず大変ゆっくりした速度で流れて行く。


 それは俺達が過ごす時間を視覚的に表す様に見えてしまう。


 遅々足る時間の流れを掴み取れる程の平穏な時間の中で生活を続けている所為か、暇を持て余した体が素直な反応を見せてくれた。



「くぁっ……」



 空に浮かぶ雲、湖の上を流れて行く微風が俺の顎をほぼ強制的に開かせて新鮮な空気を取り込むと幾分か暇も和らいで来る。


 しかし、それは刹那の出来事。



「はぁ――……。ねっむ」


 数分後には欠伸の代わりに暇の相棒でもある眠気が体の奥底から首を擡げて出て来やがった。


 ここで体の反応に素直に従って眠ればいいのだが、そうは問屋が卸さないのである。


「ねみぃのは分かるけどよぉ。食料である魚を釣らないとひもじい思いをして眠れなくなっちまうぞ」


 右隣りで俺と同じく湖に糸を垂らしているフウタが欠伸を誤魔化しつつそう話す。


 そう、彼が今話した様に食料不足は死活問題なのだ。



 湖以外の場所へ出掛けても良いけど……。


 他の龍族さんの縄張りに勝手に足を踏み入れたら大変手痛い歓迎を受ける恐れがあるのでそれは叶わない。では森の中へ向かって狩りに向かえば?? という安易な考えも当然出て来るだろう。



「別に釣れなくてもいいんじゃね?? 横着で傍若無人な白頭鷲とクソ真面目な鼠が森の中に向かったんだし」


 この安易な考えに従い俺達は班を二つに分けて飢え死にしない様に食料確保に努めているのである。


 黒龍の大火球を受けて相棒が気を失い、そして目を覚ましてから本日で二日目。


 つまり此処で過ごす事になってから五日が経過。ハンナの体調を窺いつつ本当に久し振りに訪れた暇を咀嚼しているのだ。



「おいおい、まだ昨日の事を気にしているのかよ」


「べっつに気にしていねぇ――って」


「その言い方だともっと気にして下さいって言っている様なもんじゃねぇか。久々に獲れた野生の鹿の肉の殆どはハンナの腹の中に消えちまったけどさ。アイツは病み上がりなんだししょうがねぇだろ」



 それは当然であると理解していますよ?? しかし、問題なのはたった数口しか寄越さなかった相棒の態度なのです!!


 俺が火を起こして、肉を切り分けて、魚を捌いている最中に美味しそうな肉の七割が消えたら誰だって憤るでしょう??



「まっ、今日も狩って来る事を願うんだな。おぉっ!! また来たぜ!!」


 フウタが丸い目をキュっと見開き、激しく左右に揺れ動く釣り糸を大変手慣れた所作で手繰り寄せて行くと水面から大変丸々と太った山女魚さんが御目見えした。


「うっひょ――!! 今日も大漁だぜ!! グシフォス!! この湖の釣りは簡単だな!!」



 あっ、その台詞は止した方が……。



「ふんっ。本物の釣り人は当たりが来るまでを楽しむものだ。貴様の様にそう何度も釣れたらお、お、面白くもなんとも無いっ」


 俺の左隣に座る彼が、誰がど――聞いても無理をしているんだなぁっと思える口調で話す。


 俺達が釣りに興じてからというものの、グシフォスが魚を釣った場面が思い浮かばない。


 ちゅまり彼は数日間、一切当たらない釣り糸を眺め続けているのだ。


「そんな訳あるかよ。釣りは釣れなかったらなぁ――んにも面白く無いし」


「ほ、ほら。フウタが作ってくれた釣り竿があるだろ?? それを使えば直ぐに釣れるだろうからさ」


 グシフォスの傍らに寂しそうな表情を浮かべている釣り竿を指差してやる。


「要らん!! 俺は俺の道具を使って釣るんだ!!!!」



 此処まで頑固だと呆れを通して逆に尊敬しちまうぜ……。


 一生釣れない釣りに興じて何が楽しいのか?? それは彼が話した通り当たりが来るまでを楽しむ為であろう。


 その道を極めし者、頂点に君臨する者しか味わえない未曽有の暇な時間は素人である俺は一生掛かっても理解出来そうにないのでこのまま普通――の釣りを継続させて頂きましょう。



「おっ!! 俺にも当たりが来たぜ!!!!」


 浮きの役割を果たす羽が水面に向かってグンッ!! っと勢い良く沈んで行く様を捉えると釣り糸を勢い良く引っ張り未だ見えぬ魚さんの御口に引っ掛けてあげた。


 この引きの強さ……。中々の大きさだと思える!!!!


「んぉ!! 大物の予感がするぞ!!!!」


「へへっ、だろ?? 釣り上げたらアイツ等が帰って来る前にちょいと腹拵えをしようぜ」


 二日連続で飯を横取りされたら優しいダンちゃんでも堪忍袋の緒がプチっと切れてしまう恐れがありますからねっ。


「いいねぇ。鬼の居ぬ間にって奴だな」


「そういう事――。さぁぁああ!! 出でよ!! 超大物の魚ちゃん!!」


 もう間も無く現れるであろう力強い生命の姿を想像して両手に力を籠めると。




「すまん。どういう訳か手が滑った」



 阿保な野郎が右手の先に伸ばした鋭い爪で釣り糸を切断しやがった!!



「ああああああああ――――ッ!!!! グシフォス!! てめぇ!! 何で釣り糸を切っちまったんだよ!!」


「だから手が滑ったと言っているだろうが」


 ずぅっと座りっぱなし、若しくは寝っ転がって居る奴が手を滑らせる理由を知りたいんですけど!?



「ギャハハ!! ダン――、災難だったなぁ??」


「ちぃっ……。おい、グシフォス。今の所業を絶対忘れるなよ??」


 奴の竿に万が一、億が一に当たりが来たら同じ様に糸をプッツリと断ち切ってやる……。


「もしも俺の釣り糸を切ってみろ。地獄すら生温い痛みを貴様の体に叩き込んでやるぞ」


 グシフォスの瞳の中に憤怒の業火が刹那に灯ると、これは最終警告だと言わんばかりにドスの利いた声で脅して来やがった。



 あ、うん。やっぱ復讐は駄目ですねっ。


 酷い目に遭いたくないし大人しくしていよ――っと。


 釣り竿に新たなる撚糸を括り付けて餌と針を付け替えて湖に投擲すると、これを見計らったかの様な機会で相棒達が森から帰って来た。



「今戻ったぞ」


「ごくろ――。狩りの結果はどうだった??」


 まっ、お前さんの口調からして結果を聞くまでもねぇな。


「今日は果実のみだ。野生動物の姿を探しては居るが……。おかしな森の雰囲気の所為か、全く見当たらなくてな」


 シュレンが鼠の姿に変わり俺の頭の天辺に上ってそう話す。


「じゃあ昨日のお肉ちゃんは超僥倖だったんだ――!! あ――あっ!! 俺も食べたかったなぁ――!!」


 両手に零れる位の果実を持っている相棒の背に向かって嫌味を解き放つが。


「ほぅ、今日も美味そうだな」


 彼は俺の憤り等微塵も気にせず、桶の中で泳ぎ続けている魚さん達に視線を向け続けていた。


 はいはい、どうせお母さんが悪いんですよ――。



 育ち盛りのワンパク坊主を持つ主婦達の気持ちを痛い程理解して釣りを継続させていると、不意に強烈な風が上空から舞い降りて来やがった。



 ん?? 何だ、この強力な風は……。



「お、おいおい!? 何だよ!! あの二頭の龍は!!」


 フウタが驚きを素直に表すかの様に二つの御目目ちゃんを大きく見開いて上空を見上げた。



 空高い位置から二頭の龍が俺達、若しくはグシフォスを刺激しない速度で大きな旋回を描きながらゆっくりと降下してくる。


 巨大な二つの翼は風を呼び、大きな口には岩をも噛み砕く鋭い牙が生え、あの黒龍と同程度の装甲を持つであろう重厚な龍鱗で体全てを覆う。


 一頭は薄い灰色を基調とした龍鱗、もう一頭は淡い水色を基調とした龍鱗。


 相棒の巨躯と同じ位の大きさの体を持つ二頭の龍が静かな大地に逞しい両足を突き立てると逆巻いた風が俺達の間を通り抜けて行った。



 でっかぁ……。そして顔付ヤバっ……。


 これだけの大きさを誇る二頭の龍が肩を並べて地上に降り立つと、空の覇者でもある相棒の体の大きさにある程度慣れているとは言え流石にビビっちまうよ。



「よ、よぉ。グシフォス……。あの二頭の龍はお前さんが呼び寄せたのかい??」


「「……」」


 縦に割れた瞳孔で俺達をじぃっと見つめている二頭の龍から一切視線を外さず、自分の道を決して曲げずに釣りに興じている彼の背に問う。


「いいや、その二人は東の出身では無く北のゴルドラドの出身の者達だ」



 へぇ、そうなんだ。


 じゃあ東を治める貴方は彼等を手厚く迎える若しくは領域侵犯によって手痛い罪を与えるべきなのでは??


 前歯の裏側まで出掛かった言葉をゴックンと飲み込み、いつ始まってもおかしくない戦闘に備えて集中力を高め続けていると二頭の龍の体から眩い閃光が迸った。



「――――。グシフォス様。此方の方々は何方どなたですか??」



 薄い灰色の龍は中々に渋い中年男性の姿に変わり、俺達の姿を物珍しそうな瞳で見つめている。


 キチンと整えられた灰色の髪に黒を基調とした四角四面の服装を身に纏う。


 顔立ちは恐らく四十代後半から五十代前半。


 体力と気力に陰りが見え始める御年頃の姿なのだが、天に向かって伸び行く樹木を彷彿とさせる真っ直ぐ伸びた背筋と体中に積載されている筋力量からして老いという概念は全く感じ無い。


 大変御立派な体格なのだが纏う雰囲気は柔和であり、初対面ながらこの人にはある程度の信頼を寄せても構わないと思えてしまった。



「あ、初めまして。俺の名は……」


 俺の目を捉えては離さない彼に向かって簡易的な自己紹介を始めようとしたのですが……。



「グシフォス様ぁぁああ!!!! 会いたくてまた来てしまいましたぁ!!!!」


「あいたっ!!」



 淡い水色の髪の女性に軽く吹き飛ばされてしまい自己紹介は一時中断されてしまった。



「こら、シュランジェ。彼を吹き飛ばしたら駄目じゃないか」


「私の恋の道を塞ぐ輩は踏み潰されて当然なのっ!! グシフォス様っ、今日は釣れましたか??」



 シュランジェと呼ばれた女性がグシフォスの隣に腰掛け、仲の良い恋人と思しき距離を取って彼の横顔を見つめる。


 その瞳の色は恋する乙女そのものって感じか。ほら、両の御目目にキッラキラのお星様が輝いていますもの……。



 淡い水色の髪に澄んだ黄色い瞳、端整だと位置づけられる顔立ちに大変健康的な体付き。


 灰色の髪の男性と違い此方は随分と若い顔立ちだ。


 恐らく俺達と同年代、若しくは話し方からして年下だろうさ。



「大変申し訳ありません。お休みの最中にお邪魔させて頂いて……」


「あ、いえいえ」


 彼が腰を折って謝意を示してくれたので此方もそれに倣いキチンと腰を折る。


「所で……。見た所、貴方達はこの地の……。いいえ、この大陸出身の者ではありませんよね??」


「はい、俺達は…………」



 南の大陸からこの大陸にお邪魔させて頂き、紆余曲折あって湖で休んでいる此方の事情。並びに簡易的な自己紹介を漸く終えると。



「――――。成程。ダン様達は南のバイスドールに手痛い歓迎を受けたという訳ですな」


 己の顎に手を添えて此方の痛みを理解してくる様に大きく頷いてくれた。


「そういう訳なのです」


「其方の事情は理解出来ました。怪我と旅の疲れを癒して下さいね」


「有難う御座います。所で……」



「あぁ、まだ私の名を申していませんでしたね。私の名はベッシム、そして向こうでグシフォス様の釣りの邪魔をしている愚か者はシュランジェ。二人共北のゴルドラドが治める北の地出身であり、彼女はグシフォス様の許嫁で御座います」


「「許嫁!?」」



 ベッシムさんの口から出て来た驚愕の言葉にシュレンと共に素直な驚きの言葉を放ってしまう。



「おいおい!! グシフォス!! そんなイイ姉ちゃんが言い寄って来るのに無視とか有り得ねぇぞ!!」


 フウタが堪らず無言を貫き釣りに興じている彼の大きな背中に向かって叫ぶので。


「そうだそうだ!! 俺達にもお裾分けをするべきだぞ!!」


 此方もそれに便乗して龍族の可愛い子を紹介すべきだと声高らかに叫んでやった。



「ふんっ、俺の親とそっちの領主が勝手に決めた事だ。結婚するしないの選択権はあくまでも俺達にある。そして俺は結婚よりも……」


 うん、釣りが大事って言いたいのよね??


 それは重々理解出来ますけども、流石に人生の大事な選択肢をたかが釣りに割く理由になるのかね。


「ふふっ、私はそれでも構いません。貴方の隣に居るだけで満足なのです……」



 あ――あっ、自分の世界に行っちゃったよ……。


 まぁ本人同士がそれでいいなら良しとしますかね。



「それで?? ベッシム殿は一体何故この地に降り立ったのだ。此処は東の地であり、北の地の出身である二人には本来勝手に足を踏み入れる事は出来ぬ筈だが??」


 ハンナがベッシムさんの逞しい体付きを注視しつつ話す。


「我々は彼から許可を得ていますのでこの地に足を踏み入れる事が出来るのでその点に付いては御安心下さいませ。そして私が足を踏み入れた理由なのですが……」



 これ以上俺達に話しても良いものなのか??


 そんな意味を含めた視線をグシフォスの背に向けるが。



「今日も釣り糸は全く動きませんよね。まるで私とグシフォス様の間に結ばれた強固な糸の様に見えてきませんか??」


「見えん。後、それ以上近付くな」


 彼は俺達の様子を窺う事も無く、どこ吹く風といった感じで釣りだけに集中していた。


「はぁ――…………。まぁ良いでしょう、どの道此処で休んでいるのならいつかは耳にすると思いますし」


 あ、あはは。釣りバカを相手にすると物凄く疲れますのである程度流しておくべきですぜ??



「今回我々が此処に訪れた理由は……。間も無く『覇王継承戦』 が始まるのでその参加の打診に伺ったのです」



「「「「覇王継承戦??」」」」



 おぉ!! 初めて四名が綺麗に声を揃えて首を傾げましたね!!


 何気無い所作だがちょっと嬉しかったのは内緒です。



「覇王、つまり我々龍族を纏める頂点に立つ者の名を指します。現在の覇王は我々が住む北の地を治める グレイグ=ゴルドラド様で御座います。彼が覇王の座に就いてから今年で約三百年。力に陰りが見え始めたグレイグ様は次の代に覇王の名を譲るべく、各地に継承の知らせを送りました」


「よぉ、どうやったらその覇王って座に就けるんだい??」


「今からそれを話してくれるからちょっと黙っていなさい」


 体の前で腕を組みベッシムさんを見つめているフウタの頭を軽く叩いてやった。


「いてぇな!! 何すんだよ!!」



「あはは、大変御仲が宜しいですな。覇王継承戦の方法は現覇王が決めます。今回の覇王継承戦もこの大陸中央に鎮座する 『覇王魂はおうたましいノ座』 で行われる予定です。詳しい方法は当日まで伏せられる為。我々でも知る由はありません。そして、覇王継承戦は十日後に開催される予定ですよ」


 へぇ、もう直ぐじゃん。


「覇王継承戦の内容は伏せられていますがグレイグ様は各地に五名の戦士を集結させる様に通達しました。恐らくその事から……」


「その覇王魂ノ座ですんばらしい戦いが行われるって訳だ」


 俺がそう話すとベッシムさんが肯定の意味を示す様に大きく縦に頷いてくれた。


「その覇王って人は龍族を一手に纏める役職である事は分かったんだけど……。具体的にどんな仕事をするんです??」


「定期的に行われる龍一族の会議の中心人物、各地に出没した危険生物の討伐指令、各地の縄張り争いの仲裁等々。その仕事は多岐に渡ります。そして……。万が一、他の大陸と戦が勃発したのなら陣頭指揮を執ります。行政権の頂点に立つ御方と同じ仕事内容だと思ってくれて構いませんよ」



 他の地に何やら指示を出したりする訳じゃないので恐らく覇王の名は、言い方は悪いけど飾りなのかも知れない。


 しかし、彼から出て来た最後の言葉でそれは俺の間違いであると決定付けられてしまった。



「ちょ、ちょっと待って下さい。龍一族と喧嘩なんかしたら普通の魔物や人間なんて一瞬で消し炭にされてしまいますよ??」


 俺達は身を以て龍一族の恐ろしさを知っているからね。


「御安心下さいませ。向こう側から仕掛けて来ない限り此方からは決して手を出しませんので」


 ほっ、それを聞けて安心したぜ……。


「覇王継承戦が行われるのに……。どうして奴は鍛える処か釣りに興じているのだ??」


 ハンナが呆れた瞳を浮かべてグシフォスの背を見つめる。


「それに戦士五名といったか……。東の地に居るであろう戦士も姿を現さないぞ」



「その点に付いては大変難しい問題でして……。覇王継承戦は東西南北を治める龍一族に強制参加を義務付けているのですけど、グシフォス様が治める東の地には力を持った龍は住んでおらず。彼はたった一人で参戦すると仰ったのです」



「いやいや!! そんなの絶対不利じゃん!! 相手は五人居るんだろ!?」


 フウタが驚きの声を上げ、まるで恋人同士の様な距離感に四苦八苦しているグシフォスへ視線を送った。



「私も当然そう申しました。他の領地に住む龍の者を誘っても構わないという覇王の特例も認められたのですが、それでも彼は首を縦に振らず一人で勝ってみせると申したのですよ」


「恐らく既に他の地では覇王継承戦に臨む戦士達の取捨選択は終わっているのだろう。グシフォスは余り物の戦士では勝てぬと踏んだのでは??」



 シュレンが腕を組みつつ何だか複雑な視線を彼の背に向ける。



「それも考えの一つでしょう。しかし、それ相応の力を有している者は各地に点在します。確実に負ける試合に挑むよりも僅かな勝機に掛けて試合に臨む方が得策だと思うのですが……」


 後は言わないでも分かりますよね??


 ベッシムさんがちょいと重苦しそうな息を吐いて肩を落とした。


「あ、あはは。それは大変……」


 彼の苦労を労わる為に大変温かな言葉を送ろうとした刹那。



「事情は分かった。では、我々がその覇王継承戦に参加する事は可能か??」



 我が相棒が思わず首を捻りに捻りたくなる驚天動地な言葉を発しやがったのでそれは叶わなかった。



「いやいや!!!! 余所者の俺達が大陸の頂点を決めようって戦いに参加出来る訳ねぇだろうが!!」


 それにぃ!! あぁんな化け物がウヨウヨいる大会に参加しても俺達じゃあボロ負けしてしまうのが目に見えて居るんだぜ!?


「おぉ!! ハンナも俺様と同じ意見だったのか!!」


 はい??


「ふっ、某もハンナの意見に同意する。猛者共が一堂に集う大会だ。腕を鍛えるのに誂えた様な戦いだからな」


 んんっ!?


「ち、ちみ達。俺の話を聞いていたかい?? 他所の者は参加出来ないって相場が決まってぇ……」


「ふむ、出身は違うが強力な戦士が四名も……」



 あ、あれれっ??


 何だかベッシムさんも俺達の参戦に興味を持っていますけども??



「あのぉ――……。普通は余所者が参加出来る大会じゃないですよね??」


 このままでは本当に化け物が集う試合に強制参加させられてしまう。


 そう考えて顎に手を添えて深く考え込む仕草を取るベッシムさんに問う。


「普通に考えればダンさんが仰った通りですが……。今回は特例が認められていますので今一度グレイグ様にこの件の了承を頂ければ参戦は可能かと」


「いやっほぉい!! 俺様の力を世に知らせる時がやぁっと来たぜ!!!!」


「駄目ですっ!! 俺達はあの湖の調査に来たのですからね!! 化け物と戦う為に来た訳じゃあありません!!」


 遊びに行こうとする子供咎める口調でフウタに釘を差してやる。


「湖の調査?? それは一体何故です??」


「あ、えっとですね。俺が旅に出た切っ掛けが……」



 あの日、見ず知らずの男から託された地図の話をすると。



「ふぅむ……、それは興味深い話ですね。既に東と南の大陸は調査済みで、この大陸の湖を調べる為に訪れたのですか」


 ベッシムさんは深く頷いて温かな視線を向けてくれた。


「あの湖に纏わる話は何かあります??」


「――――。いいえ?? 私が住む場所は北の地ですので分かりかねますね」



 おっとぉ?? 何だ今の間は??


 俺達に話していいものか躊躇した感じだったし。恐らく、何か知っている筈だ。



「よぉベッシムさんよぉ!! 俺様達は参加するから北に居る覇王に参加の打診を送っておいてくれよ!!」


「駄目ですぅ!! 危険過ぎるから絶対に却下だ!!」


「はぁ!? 何でだよ!! そんなものってみないと分からないだろうが!!」


 こ、こいつの頭は空っぽなのか!?


「南のヤベェ黒龍が居ただろ!? アレ級のヤバイ奴等がうようよ出て来るんだぞ!? そいつ等と真面に戦えるとは到底思えないから参加は出来ないんだよ!! それにグシフォスの了承も得ていないし!!」



 戦いの方法は当日まで伏せられているので分からないが、ど――せお互いの力と力を発揮して戦うのが目に見えているぜ。


 ハンナ達は鼻息荒くして参戦を希望しているが、彼等の保護者として五体満足で帰って来られない大変危険な試合の参戦はとてもじゃないけど了承出来ない。



「じゃあアイツに聞いてみればいいのか?? お――い!! グシフォス――!! 覇王継承戦に俺様達も出たいんだけどぉ――!!!!」


 フウタが相も変わらず釣れない釣りに興じている彼に問うと。



「構わんぞ」



 意外や意外。


 超絶簡潔に参戦了承の言葉を頂けましたとさ。



「う、嘘だろうぉ……。化け物揃いの超ヤベェ試合に参加しなきゃいけないのかよ……」


「いやっほぉい!!  ダン聞いたか!? これで俺様達は東の地の選ばれた戦士達になった訳だ!!」


「テメェは嬉し楽しいかも知れないけど俺の心は土砂降りの大雨だぜ……」


 俺の肩をペシペシと叩くフウタの手を邪険に払ってやった。



「最後まで俺の話を良く聞け。覇王継承戦の試合に参戦させるのには一つの条件を提示する。俺の代わりにこの大陸の北北東の洞窟へと赴き、鉱石百足を討伐して来い。これが参戦の絶対条件だ」



「「鉱石百足こうせきむかで??」」


 今まで耳にした事が無い言葉にフウタと共に首を傾げた。



「今回我々がお邪魔させて頂いたのは今し方グシフォス様が仰った様に、鉱石百足の討伐の打診も含まれていました。この大陸では時折強き力を持った野性動物が暴れ回り力の無い者の命を奪うのです。その危険生物の討伐を命じるのも覇王の仕事の一つで御座いまして……」


「ちゅ、ちゅまり。その鉱石百足の討伐の拝命を受け賜ったがアイツは腰を上げずに釣りに興じていると??」


「仰る通りで御座います」


 ベッシムさんの言葉を聞いた刹那、頭の中のとても小さな血管がプチっと切れる音が聞こえてしまった。



「テメェ!! いつまでも釣れねぇ釣りに興じているのならさっさと百足を討伐して来いよなぁ!!!!」


 アイツのサボリの所為で俺達が超危険な野生生物とやらを討伐しなくちゃいけなくなったし!!


「ふんっ。奴が居る洞窟は俺の領地では無いからな」


「それでも覇王から下命を受け賜ったのなら動くのがこの大陸の決まりだろうが!!」


「俺は自分の信念を決して曲げぬ。次の魚が釣れるまで決して此処から動かぬと決めたからな」



 な、何んという呆れた頑固さだ。


 い、いやそれよりも覇王の大切な下命よりも釣りを優先するテメェの図太い神経にちょっと引いちゃったよ……。



「はぁ――……。降参だよ。どうせどの道首根っこ掴まれて参加させられちゃいそうだし……。ベッシムさん、その鉱石百足が居ると思しき場所を教えてくれます??」


「洞窟までは私が案内します。それと、今回の件について今一度覇王様の了解を得たいので我々は一度北の地に帰ります。再び戻って来るのは……、そうですね。二日後でどうですか??」



 えぇ、構いませんよ。


 そんな意味を含めて大きく頷いてやった。



「分かりました。それでは一旦失礼しますね。シュランジェ、帰りますよ」


「グシフォス様!! 一度帰りますけどまた直ぐに戻って来ますね!!」


「当面の間帰って来なくていいぞ」


「ふふっ、棘のある言葉も嬉しく思いますよ??」


「それでは皆様、失礼します」



 ベッシムさんが俺達に深く頭を下げると彼等の体の奥から眩い閃光が迸り、その光が止むと相棒と同じ大きさの体を持つ龍が姿を現した。


 巨大な翼を大きく上下に動かすと真夏の嵐を彷彿とさせる風が逆巻き、その風が更に強力に吹くと彼等は恐るべき速度で遥か上空へと飛び立って行ってしまった。



「ち、畜生……。なぁんで俺達には危険がずぅっと付き纏って来るんだよ……」


 力無く項垂れて己の素直な想いを吐露する。


「それが俺様達の宿命って奴じゃね?? まっ、古代遺跡の奥地に居たあのデケェ砂虫よりかは楽な相手だろう」


「俺はテメェの楽観的な考えが羨ましいぜ」


「褒めるなってぇ」


 褒めていません、これは誰にでも分かり易い皮肉という奴なのです。


「鉱石百足とやらの情報を今の内に入手しておくか。グシフォス殿、先程の会話で出て来た百足の件についてなのだが……」


「ふむっ、某もその話には興味があるなっ」


「俺様も折角だからついでに話を聞いておこ――っと!!」


「どうせだから生態についての詳細を聞いておきさないよ――」



 意気揚々とグシフォスの下へ向かう三名の悪い子供とは反対方向に進んで行く。



「うん?? ダンは来ないのかよ」


「あ、貴方達の御飯の準備があるんですぅ!!!!」


 いつも後先考えずに遊び惚ける君達と違ってお母さんには家事という決して逃れる事が出来ない仕事が残っているのですからねっ!!


「そっか!! 果実の身をキチンと切り分けて、んで俺様の魚の焼き具合は皮をパリっとこんがり焼く感じで頼むわぁ!!」


「うるせぇ!! 偶には家事を手伝いやがれ!!!!」



 ギャハハと明るい笑みを浮かべるフウタに悪態を付き、野営地の簡易竈の前に着くと巨大な溜息を吐いて天を仰いだ。



 ったく……。俺達が向かう先にはどうしてこうも危険が転がっているんだい??


 運命と幸運を司る女神さん達よ、偶にはその危険を排除してくれない??


 己の願いを良く晴れ渡った空に向かって唱えるが。



『『あはっ!! 当然却下ですぅ!!』』



 想像上の意地悪で、性悪な二人の女神様から当然の却下判決が下されてしまった。


 鉱石百足を運良く退治出来れば、次は覇王継承戦だろ??


 危険が危険を呼び俺の背には常に死が付き纏っているので命が幾つあっても足りやしねぇ……。


 東の地を治めるグシフォスにあの湖に何が潜んでいるのかこっそり聞いて、んでその正体を知ったらさり気なく諸々を辞退しようかしら??



「嘘だろ!? 超絶ヤベェ奴じゃんその鉱石百足って奴!!」


「ふむっ、腕が鳴るぞ……」


「あぁ、俺の剣で両断してやる」


 あ、駄目だ。


 あの目を浮かべている三名を説き伏せる方法は無いしそれに例え逃げようが隠れようが相棒の鋭い嘴が地の果てまで追いかけて来るもの……。


 まるで恋人と死に別れた男の様にガックリと肩を落とすと、三名の意気揚々とした歓声を背に受けつつ今日も一人寂しく家事に勤しみ続けていたのだった。




お疲れ様でした。


どうしてもこの大陸の話の流れを書きたかったので本日は二話連続の投稿になってしまいました。


白頭鷲ちゃんに上等をブチかまして来た黒龍さんも当然、覇王継承戦に参加しますので誰と対峙するのか楽しみにして頂けると幸いです。


そして次の投稿なのですが……。ちょっとキツイ夏バテを罹患してしまいまして少し遅れる可能性があります。今年の夏の暑さはちょっとヤバイです……。


いいねをして頂き有難う御座います!! 早く夏バテを治す様に頑張りますね!!



それでは皆様、お休みなさいませ。

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