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今日も今日とて、隣のコイツが腹を空かせて。皆を困らせています!!   作者: 土竜交趾
過去編 ~素敵な世界に一時の終止符を~
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第百七十三話 想像を遥かに超える手厚い歓迎

お疲れ様です。


後半部分の投稿になります。一万文字を超える長文な為、ごゆるりとお読み下さい。




 何処までも続く青き大空の中にはとても澄んだ空気が漂い、それを肺の中に取り込むと穢れた感情や心が洗われて行く感覚を捉えてしまう。


 正面から向かい来る風の音が鼓膜を楽しませ、その余韻を楽しむ様に更なる上空に向けて顎をクイっと上げればじわりと黒ずんだ空が俺達を見下ろしていた。


 地上で暮らす者達はその足で大地を捉えなければならずこの星の重力に囚われている以上、その行動は絶対的だ。


 しかし、空の上はどうだい??


 歩く若しくは立つという普遍的な行動に縛られる事無く地上では不可能な上下という行動を可能としており、自分が進みたい方向に進む事を可能としている。


 全ての自由がここに詰まっていると呼んでも過言では無い。


 ふっわふわの毛が生え揃う相棒の背の上で胡坐を掻き、一切の雑味も含まれていない清涼で清潔な大変美味しい空気を咀嚼しながらそんな事を考えていた。



「ふわぁぁああ――……。よぉっ、相棒。何か見えて来たかい??」


 巨大な白頭鷲の背の上でコロンっと寝転がり何の遠慮も無しに相棒の白き後頭部へ向かって声を掛けてやる。


「見えん」


 あらまっ、も――少し心の籠った声を放っても宜しいのよ??


 相棒の端的且明瞭な言葉の端に微かな怒りが含まれている。


 その原因は恐らく、俺達が向かっているガイノス大陸の片鱗が未だ見えて来ないからであろう。



 俺達が南のリーネン大陸を発ってから本日で九日目。


 道中見付けた海にポツンと浮かぶ幾つかの無人島で羽を休めつつ目的地へと向かっているが未だ発見には至っていない。


 適度な休憩と適切な運動時間によって安全安心な空の快適な旅を続けているが……。只座っているだけなのも退屈なんだよねぇ。



「お――い、フウタ。起きているかぁ――??」


 彼が潜んでいるらしき場所の羽毛に向かって声を掛けると。


「あん?? 何か用か??」



 濃い茶の羽を掻き分けて一頭の小鼠が顔を覗かせた。


 その顔色は俺と同じく退屈の色に染まっており、久方振りに空の青を捉えると小さな鼻をヒクヒクと動かして周囲の様子を窺っている。



「別に用はないさ。只、起きているかなぁ――って」


「用も無いのに呼ぶんじゃねぇ!! 俺様は体を労わる為に沢山休まなきゃいけないってのに!!」


 フウタが俺に向かって中々立派な前歯を覗かせて悪態を付くと再び羽の間に潜って行ってしまった。


 彼が憤る理由、それは恐らくアレの所為でしょうねぇ……。


 リーネン大陸を発つ際。


 俺達は別れの挨拶と彼の体の異変を知る為に生の森の中央、つまり世にも珍しい人の言葉を話す聖樹の下へと訪れたのだ。



『ちわ――っす!! 聖樹ちゃん!! 元気にしていた!?』


 清らかな空気が漂う森の中に到着するとほぼ同時、大地にしっかりと根を下ろして不動の姿勢を貫いている巨大な樹木へと向かって軽やかに右手を上げる。


『ダンさん!! お久し振りですね!!』


 ルクトの陽性な言葉が届くと、俺の話を半信半疑に聞いていた鼠二頭が素直な反応を見せてくれた。


『き、き、木が喋った!!!!』


『この世には某の想像に及ばない不思議な出来事が存在しているのだなっ』


『あらぁ――。随分と小さなお仲間を連れて来たのですねぇ……』


『聖樹ちゃんと別れてから色んな事があってさ。コイツ等とは紆余曲折あって行動を共にする事になったんだよ』


『そうですか。積もる話もある事ですし、それにダンさんの体の状態も確かめたいのでいつもの様に私に背を預けて下さいます??』


『ん――。了解』



 彼女の言葉に従い、体を弛緩させて巨大な樹木に背を預けると光る触手が俺の腕に入って来た。



『げぇっ!! 何だよそれ!? 触っていいのか!?』


『安心しろ。アレは聖樹殿とダンの精神を繋げる為に必要な行為なのだ』


『それならいいけどさぁ……。よぅ!! ダン!! 俺様の症状も聞いておけよ!!!!』


 フウタの叫び声が徐々に聞こえ辛くなり、気が付けば俺の意識は現実世界から互いの心が混ざり合う精神の世界へと落ちて行った。


 素敵な緑に囲まれて清らかな空気が漂う森の中で目覚めるかと思いきや……。



『え、えっとぉ……。どうして俺の体は茨の蔦で拘束されているのでしょうかっ』



 緑に囲まれているのは俺の想像通りだったのだが、どういう訳か俺の体は周囲の森の木々から生え伸びる茨の蔦に拘束されて宙に浮かされていたのだ。


 四肢、胴体、そして首。


 体の至る所に巻き付く茨の蔦が今もグイグイと体全部を締め付け、棘が皮膚をピリっと引き裂くと矮小な血が溢れ出て来る。



『どうして?? 分からないのですか??』



 ちょいと離れた下方の地上に立つルクトが死んだ目のまま首を傾げて此方を見上げる。


 その目を浮かべている女性の大半はものすごぉく怒っているのですよねぇ……。彼女の逆鱗に触れたら恐らく現実世界へは返れませんので遜って対応しましょう。



『は、はい。自分は慎ましい生活を送り続けていたのでこうして拷問を受ける理由が思いつかないのですよ……』


『ふふっ、慎ましいですか。ダンさんの慎ましいと私が思い浮かべる慎ましいの間には途轍もない差異があるようですねぇ』



 背筋の肌が全て泡立ってしまう恐ろしい笑みを浮かべると俺の体を拘束する茨の蔦の巻き付く力が増加。



『いでででで!! ちょ、ちょっと待って!! このままじゃ出血多量で死んじまうって!!』


 服にじわぁっと浮かぶ血の染みを捉えると目に矮小な涙を浮かべて助けを請うたが、どうやら俺が傷付いて行く姿を見ても彼女の謎の怒りは収まらない様で??


『死なない程度に手加減してありますから御安心を』


 聡明な貴女が安心の意味を履き違えるとは思いませんけども!! 一応確認させて頂きますね!!


『安心の使い方を間違っています!!』


『クスっ、分かっていますよ。ダンさんは惚けているので私が起こっている理由を教えてあげますっ』


 肯定の意味を、そして彼女の怒りをこれ以上買わぬ様に遅々足る速度で首を縦に振った。



 生の森を守護するルクトが怒り心頭な理由。


 それはどうやら俺が二人の女性と関係を持った事に対してだそうな。



『ラタトスクの女性ならまだ分かりますよ?? 彼女はダンさんが王都に初めて訪れた時から親身になって生活を幇助していましたので。しかし、ですね。一国を統べる王の娘さんに手を出すのはちょぉぉおおっと感心出来ませんねぇ』


『イングゥゥウウウ!?!?』



 蔦の力はどうやらルクトの感情と同期している様で?? 茨の蔦が俺の体全てを覆い尽くすと常軌を逸した力でグイグイと締め付けて来やがる。


 顔を覆い尽くす蔦が瞼を、そして唇の端の肉を薄く切り裂くと口内に鉄の味がふわぁっと広がって行った。



『ゴヴェンナサイ――!!!! 流れと言いますか!! あ、あんな切ない顔を浮かべれば誰だって美味しく頂いちゃいますってぇ!!!!』


『ダンさんが直さなければいけないのはそういう所ですよ。でもまぁ……、彼女達の気持ちも大いに理解出来ますし。それに今日から暫く会えなくなりますので今回は特別に此処までにしてあげます』


 ルクトが指をパチンっと軽快に鳴らすと。


『いでっ!!』


 茨の蔦が音もなく消失して俺の体は重力に引かれて硬い地面の上で盛大な尻餅を付いてしまった。


『は、はぁ――……。助かった。所で、俺の体に異変は無いかな??』



 至る所からプツプツと湧き出る血を右手でささっと拭いつつ俺の真正面に静かに座ったルクトに問う。



『魔力の源も流れも驚く程に安定していますよ』


 ほぅ!! それは良い事を聞いた!!


 それなら安心して冒険が続けられそうだぜ!!



『ダンさんの体に魔力の源が定着して末端まで滞りなく魔力は流れています。しかし……、先日会敵した大蜥蜴のジャルガンとの戦闘時に使用した異なる属性を混ぜ合わせる技。体から放たれ朧に揺れる美しい桜色の魔力の影は 『桜花』 とでも呼称しましょうか。あの技の多用は控えて下さい』



 あの時は確か感情が高まって火と光の魔力が発動して体内で混ざり合い、美しい桜色となって体外に滲み出た。


 桜花状態の体は超感覚と呼べばいいのか。


 二つの属性が体内で混ざり合うと周囲の景色がゆっくりと流れる様に映ったな。



『超感覚と筋力の増強を得る代わりに大量の魔力を消費。桜花を多用すればいずれ体内の魔力が枯渇して死に至ってしまいます……』


 ルクトがそう話すと俺の事を労わる様に優しく右腕に手をそっと添えてくれた。


『あの時は仕方が無かったんだよ。あのままじゃ相棒と俺はアイツに殺されちまっただろうし』


 俺達二人が力を解放してもどう転ぶか分からなかった死闘が脳裏に浮かぶ。


『それは分かっています。これから向かう先に何が待ち構えているのか分かりませんが、きっとこれまで以上の危険が存在しているの。貴方が皆を守る為に無茶をしないかどうか。それが心配なのです……』


 この精神の世界では俺の記憶がルクトに共有されてしまう。


 彼女は奴との死闘、そして南の遺跡での巨大砂虫との激闘の記憶を覗いたのだろうさ。


 そうじゃなきゃこんなに親身になって心配する声を上げる筈は無いし。


『ルクトにたぁっくさんの土産話を持って帰って来なきゃいけないからね。無理はしないと約束するさ』


 通常の男女間の距離から恋人の距離に身を置いた彼女の頭を優しく撫でてあげる。


『本当??』


『勿論。心配なら俺の心を覗いてみなよ』


『ふふ、その目を見れば分かります。ダン、必ずまた此処に帰って来て下さいね??』


『約束するよ。あ、そうそう!! 聞き忘れる所だった。口喧しい鼠、フウタって名前なんだけどさ。アイツが股間に持つ聖剣のキレが悪くなっちまってね?? その治療方法を知っていれば教えて欲しいんだけど……』


 俺がそう話すと。


『一過性の心因的な病、若しくは使用し過ぎた。このいずれかが彼のその……、御柱に多大なる影響を及ぼしていると考えられますねっ』


 ルクトの頬がポっと朱に染まってしまった。


『つまり、女医さんの診断結果からすると暫くの間心と体……。じゃあなくて御柱の使用を控えれば宜しいと??』


『え、えぇ。恐らくはっ』



 恐らくは??


 医者の不養生じゃあないけれども、今後俺にも降りかかって来る可能性が無きにしも非ずなので是非ともこの機会に確実な治療方法を聞いておきたいんですけど。



『し、知りませんよ!! 大体私は女性なのですよ!? 男の人の体は男の人の方が詳しいに決まっているじゃないですか!!』


『ぐぇっ!!』



 ルクトが真っ赤な顔で憤りを全面に押し出すと一旦は森の中に引いて行った蔦が再び俺の体に絡みついて来やがった!!



『コ、コヒュ!! あ、謝るから蔦の拘束を解いてくれるかい??』



 森の木々から伸び来る蔦が四肢ばかりでは無く胴体と首を強烈に締め付け此方に一切の抵抗を許さぬ様、馬車に踏み潰されてしまった憐れなペチャンコの蛙の様に地面の上で拘束されてしまった。


 相も変わらず強烈過ぎる拘束力だぜ……。



『謝罪の言葉は特に必要ありません。しかし、その……。何んと言いますか、物凄くソソル光景ですよねぇ』


 ルクトの翡翠の瞳に妖しい光が灯ると仰向けの状態の俺の腹にそっと手を添える。


 ちょっと、止めて?? そんな猛った瞳で俺の体を見下ろすのは。


『後学の為にフウタさんが不全に陥ったその理由、そして傾向と対策を調査する必要があるかも知れませんねっ』



 今も猛々しい光を瞳に灯す彼女が俺の腹の上に跨るとニィっと口角を上げて此方を見下ろしてしまった。


 はい!! 猛烈に嫌な予感がしますっ!!



『お、俺の記憶を覗いたからその理由は理解しているだろ!?』


『えぇ、勿論。彼は世界最高峰の技を受けて不能へと陥ってしまいました。つ、つまり!! 私がそれとほぼ同じ位の威力の技を披露すればダンさんも彼と同じく不能に陥るのです!! そしてダンさんの体を隈なく調べればその治療方法を発見出来るかも知れませんよ!?』



『だ、だからって男の人の体を滅茶苦茶にして良い理由にはなりませんぜ!?!?』



『ふふ、それは建前で本音は……。これからダンさんに言い寄って来る女性が現れるかも知れませんし。それに貴方と暫く会えませんので愛を高めておきたいのです。さっ、覚悟は出来ましたかっ??』


『ふ、不能の二歩手前までで宜しくお願いします……』


『久々に会えたので手加減出来るかどうか怪しいですが善処しましょう』


 善処じゃ無くて確実に実行しなさい!!


 そう言おうとしたのだが、彼女の柔らかな唇が覆い被さり己の本心を伝える事は出来なかった。


『んぶっ!?』


『誰にも邪魔されない二人だけの世界で素敵な愛を育みましょうね……』



 研究熱心なルクトの調査という名目で俺の体は良い様に扱われ、涙を流そうが、喉の奥から叫ぼうが彼女は容赦なく俺の体を貪り食い続けた。


 気が遠くなる程の愛の攻撃を受け続け、意識が白み始めると安全と安心が蔓延る現実世界へと帰還。


 精神の世界と現実世界は乖離している様でその実、密接している。


 それを証明する様に俺の体は三日三晩走り続けていたかの如く、途轍もない疲労感が双肩に圧し掛かっていた。


 自重さえも支えて居られない虚脱感や疲労に苛まれていると相棒達が俺の顔を捉えてギョっと目を見開いてこう言った。



『大丈夫か??』 と。



 ここで精神の世界で起きた出来事を話してしまえばもっと酷い仕打ちを受けてしまう蓋然性があるので俺は只無言のまま、静かに大きく頷いたのだ。



『あ、あはは。その疲労感はダンさんの体の状態を隈なく調べていた結果ですので御安心下さい。二、三日休めばきっと治りますから。それとフウタさん。貴方の症状は一過性の心因的な病、若しくは使用過多が最たる原因なのでダンさんと同じく安静にしていて下さいね??』


『よっしゃあ!! それを聞けて安心したぜ!!』


 ルクトの妙に元気一杯な声色をフウタが受け取ると大袈裟に宙に舞う。



『聖樹殿。これからの旅に必要になるかも知れないのでケルト草を少しばかり頂けないだろうか??』


『構いませんよ。好きなだけ持って行ってくださいねっ』


『了承した。おい、ダン。いつまでそこで惚けているのだ。さっさと採取作業に取り掛かるぞ』



 テメェは俺の状態を見て今の台詞を吐いたのか??


 地面に胡坐を掻いて項垂れている俺の背を爪先で蹴った彼にそう言おうとしたのだが、ルクトに生も根も吸い取られた俺にそんな元気は残されておらず。


 まるで墓場から出たばかりの死人の様に静かに立ち上がり、死霊使いの命令に従順に従い貴重なケルト草を採取して旅立ったのだ。



 まぁっ、無理矢理とは言え彼女のすんばらしい体も味わえましたし?? 極上の心地良さを堪能出来ましたのである程度の虚脱感はやむを得ないって感じでしたもの。


 それにルクトも満更でも無い表情を浮かべて襲い掛かる快楽に身を委ねていたし。


 俺は別れの寂しさを紛らわせる為、そして彼女は愛の蓄積。


 持ちつ持たれつの関係であったのは確かだ。



「俺もまだ微妙に疲れが残っているし……。このまま美味しい空気を咀嚼し続けましょうかね」


 体を弛緩させて空に漂う一切の雑味が含まれていない清涼な空気を肺一杯に取り込み、右目からフっと零れてくる温かな雫を拭った。


「貴様等……。だらけてばかりいないでもう少し気概を見せろ」


 俺とフウタの姿が気に障ったのか。ハンナが鋭い鷲の目を此方に向けて凄んで来る。


 気概を見せてみろって……。見せようにも空の上じゃあどうしようもありませんでしょう??


「仕方が無いさ。こうしてなぁんにも無い空の上を飛んでいるとぉ……。ン゛っ!? お、おい!! あれじゃないか!?」


 今も俺の顔をキっと睨み付けている白頭鷲のずぅぅっと前方に紺碧の海の上に浮かぶ巨大な大陸が見えて来た。


「うひょう!! でっけぇ大陸だなぁ!!」


「あの大陸には一体どの様な強者が居るのだろうな」



 小鼠二頭が羽毛の間から出て来ると四つの足を巧みに動かして俺の頭の天辺に到達。


 そして仲良く声を合わせてもう間も無く到着するであろうガイノス大陸を捉えて陽性な声を放った。



「ハンナ。地図のバツ印は大陸南東の湖に記されていた。俺達は現在、南方から向かっているからぁ……。ガイノス大陸の海岸沿いに東へと向かってくれ。そうすれば見えて来るだろう」


 リーネン大陸から此処に至るまでに制作した簡易地図を見下ろしつつハンナに指示を出す。


「了承した」



 彼が高度を下げて行くと肌に感じる寒さが徐々に和らいでいく。


 上空は風も強く高度が上がるに連れて寒くなるからねぇ。


 今はニノ月の末。


 俺の生まれ故郷では冬に位置付けられている季節だが、ガイノス大陸周辺の気温は真冬のそれに比べると若干温かいといった感じだ。



「その湖に到着したら何をするんだよ」


 フウタが右の前足で俺の頭をペシペシと叩く。


「ん――……。地形とか、棲んでいる生物とかの調査かな?? ぐるっと見渡して何も見つからなかったら龍一族の方々にご挨拶ついでに湖に纏わる話を聞きに行く予定だ」


「龍一族は排他的であると聞いたが……。某達が勝手に上陸しても良いのか??」



 あぁ――、俺もそこだけが気が掛かりだったんだよねぇ。



「シューちゃん?? そんな事一々気にしていたら冒険なんて出来ないぜ??」


「排他的。つまり他種族の侵入をこれまで頑として跳ね除けて来たのだ。そこに許可を得てない某達が侵入してみろ。奴等が大挙を成して襲い掛かってくるやも知れぬぞ」



 大空を統べる両翼を左右に広げて旋風を巻き起こし、鋭い牙が生え揃った巨大な口から灼熱の炎が吐かれる。


 屈強な筋力が詰まった腕の先には岩をも切り裂く爪が生え、頑丈な鱗の装甲は中途半端な攻撃を無力化。


 龍の前に立ち塞がる者達はきっと己の愚行を後悔しながらこの世を去る事だろうさ。



「だよなぁ――。じゃあ湖に到着する前に龍達が暮らす街?? とかを探してぇ……」



 俺がそこまで話すと、親指の爪程度の黒き粒が大陸の南端の地上から空へと舞い上がって行く様を捉えてしまった。


 そして黒き粒が徐々に此方に近付いて来るに連れて五臓六腑がギュウっと締め付けられる感覚に陥ってしまう。



 ん――……。んんっ??


 大陸から結構離れているってのにどうして俺の目はあの黒き粒を捉えられたのでしょうか??


 これを証明する為に幾つかの仮説を立ててみますかっ。



 その一。


 ルクトから授けられた能力が開花して視力が急激にそして偶発的に増加した。


 これはこれまでの冒険からして有り得ないので却下。



 その二。


 実は大陸からでは無くて相棒の羽の上で矮小な虫が俺に向かって飛んできている。


 この仮説を証明する為、試しに黒き粒に向かって手を振ってみるが……。手の平は虚しく空を切ってしまった。



 その三。


 あの黒き粒が異常にまで馬鹿デカイので遠い位置でも確知出来てしまった。



 うむっ!! 恐らく、と言いますか。十中八九これが正論でしょうね!!


 ほ、ほ、ほらっ。俺達の進行を妨げる様に真正面からグングンと近付き、有り得ない程に黒が大きくなって行きますもの!!!!



「お、おいおい!! 何だよ!! あのふざけたデカさは!!」


 フウタが己の驚きを端的に表す様に俺の頭を両前足で激しく叩き。


「ふっ、古代遺跡の巨大砂虫といい。あの黒龍といい。この世には摩訶不思議な大きさの生物が存在するのだな」


 シュレンは酷く落ち着いた様子でもう間も無く会敵するデカブツを静かに捉え。


「どうする?? 襲い掛かって来る様なら撃退するが??」


 相棒に至っては絶対取ってはならない行動をさも簡単に取ろうとしていた。


「何でテメェあの常軌を逸した化け物相手にはいきなり喧嘩腰になれるんだよ!! こういう時は先ず、挨拶って相場が決まってんの!!」



 それにアイツがこっちに向かって来ているのは恐らく、領空侵犯の恐れがあると睨んだからだろう。


 俺達は彼等の土地に無断で足を踏み入れようとしている不届き者。


 つまり此処は大いに遜り、お得意様にヘコヘコと頭を下げる御用聞きの様に慎ましい態度を取るべきなのさ。



 大陸南端から飛び立った親指の爪大の大きさが俺の視界のほぼ全てを覆い尽くす巨大さに変化。



「……ッ」



 相棒の進行を妨げる様に巨大な黒き翼を横一杯に広げて俺達の前に正々堂々と立ち塞がった。



 こ、こいつ。本気マジでデケェ……。


 相棒もかなりの大きさだがコイツはそれを一回りも二回りも上を行く大きさだぞ。



 頭の天辺から二本の足の爪先までの体高は三階建ての建物よりも高く、今も左右にガバっと広げている翼長は体高よりも広い。


 二つの黒き瞳の瞳孔は僅かに赤く染まり、口から覗く牙の僅かな間からは白む吐息が漏れ続けている。


 黒龍の体全てを覆い尽くす黒き外殻は灼熱の業火でさえも跳ね退けてしまう程に重厚であり、大量の筋力が積載されている胴体の先の四肢には岩をも切り裂く爪が確認出来た。



 お伽噺に出て来る様な巨大な黒龍と対峙すると口内の唾の硬度が鉄に変化。


 それを渾身の力でゴックンと飲み干すと相手を刺激しない様に遜った第一声を放った。



「あ、あのぉ――。初めまして。俺達は南のリーネン大陸と呼ばれる場所から此処までやって来ました。大変申し訳無いのですけども、上陸の許可を頂けないでしょうか??」


「……」



 お得意様の前でコネコネと手揉みをして相手の機嫌を窺っているのだが、奴は俺の言葉を無視し続けて俺達の強さの尺度を図る様に鋭い瞳で睨み付けていた。


 み、耳が遠いのかしらね?? それとも奴がデカ過ぎてこっちの声が聞こえないのか。



「あ、勿論タダではと言いませんよ?? 気に入るかどうか分かりませんが僅かばかりに手土産も持参しておりましてぇ……。ヒヒ、それはもう世の男垂涎物でさぁ……」


 俺の背嚢の中にキチンとしまってある厭らしい本を取り出そうとした刹那。



「ッ!!!!」



 何を考えたのか知らんが、相棒の背に乗る俺達に向かって鋭い爪を叩き付けて来たではありませんか!!



「あ、相棒!!!!」


「ふんっ!!」



 俺が叫ぶよりも早くハンナが回避行動を開始。


 あっと言う間の早業で黒龍の背後を捉えた。



「貴様……。いきなり襲い掛かって来るとは一体どういう了見だ」


「そこのあんちゃん!! 俺様達は喧嘩しに来たんじゃないんだぜ!? 一回落ち着こうや!!」


「某に刃を向ける。その意味が分かるのか??」



 三名がそれぞれの思惑を下方に存在する巨大な黒龍へとぶつける。



「俺達に戦闘の意思はありません!! そ、その無駄にデカイ爪を一回仕舞って下さい!!」


「……ッ」


 相変わらず無口な黒龍が俺達に向かって鋭い牙が生え揃う大きな口をパカっと開けた。



 ははぁん?? 成程。


 俺は腹が減っているから食料を寄越せって事なんだな??



「食べ物は腐りかけの肉とパン。そして乾物しかありませんけども!! それでも宜しければその御口に……。へっ!?!?」



 い、いやいや!? 何アレ!?



 巨大な口の真正面に真っ赤な魔法陣が浮かび上がりその前に大きな火球が出現する。


 そして魔法陣が一際強烈に光り輝くと火球の大きさが刹那に膨張。


 奴との距離はかなり離れているがそれでも産毛を焦がしてしまう熱量を感じてしまった。


 黒龍が口を開けたのは食料を請うのではなく、どうやら大火球を放つ為だった様ですわね!!!!



「グォォオオオオ――――ッ!!!!」


 黒龍が大地を揺るがす雄叫びを放つと俺達に向かって大火球が解き放たれてしまった!!


「ハンナァァアアアア!! ぜぇぇったいに避けろよぉぉおおおお――!!!!」


「分かっている!!」


 相棒が巨大な翼をはためかせて急上昇すると、先程まで俺達が浮かんでいた位置に大火球が通過して行った。



 や、野郎……。今のは明瞭な攻撃の意思を持って放ちやがったな!?



「ど、どうするよ。ここじゃあ俺様達は真面に戦えないぜ??」


「馬鹿野郎!! 戦うんじゃなくて逃げるんだよ!! 相手を怒らせたら上陸処か……、龍一族と全面戦争になっちまうからな!!」



 この黒龍が一頭ならまだ何とかなるかも知れないが……。三頭、いいや。十を超える数で襲い掛かって来たら確実に殺されるからな。



「貴様!! 俺に攻撃を加えた事を後悔させて……。ッ!?」


 ハンナが鋭い猛禽類の瞳を奴に向けると、言葉は不要と言わんばかりに先程の大火球が再び襲い掛かって来やがった!!


「あっぶねぇ!! 相棒!! と、取り敢えず東へ逃げるぞ!!」


 徐々に西へと傾きつつある太陽と真逆の方向へと指を差してやる。


「ちぃっ!! 了承した!!」



 俺達を背に乗せたままだと満足に戦えないと判断した相棒が東へと向かって飛翔して行く。


 しかし、黒龍の怒りはまだまだ収まらぬ様子で??



「ギィィアアアア――――ッ!!!!」


 大変肝が冷える雄叫びを放ちながら追跡を開始しやがった!!


 しかも大火球のおまけ付きで!!


「あの野郎!! あれだけの火球を連発する事が出来るのかよ!!!!」


 フウタが前から押し寄せる風と後方に引っ張られて行く飛翔速度に負けぬ様、俺の髪をしっかりと掴みながら後方へと向かって叫び。


「一発でも貰ったら大怪我は避けられん。ハンナ!! 必ず避けるのだぞ!?」


 シュレンはフウタと同じ格好を取りながらハンナの後頭部へと向かって叫んだ。


「そんな事分かっている!!」


「ハンナ!! 来たぞ!!!!」


 彼の尾を、体を穿とうとする大火球が真後ろから襲い来た。


「はぁっ!!!!」


 両翼を巧みに動かして器用に躱したのは良いが……。



「いぃぃぃいいいいやぁぁああああ――――ッ!!!!」



 激しい回避行動の際に一頭の小鼠が海へと向かって落下して行ってしまった。



「フウタぁぁああ――!!!!」


「あの阿保が!!」


 ハンナが鋭い嘴を下方に向けると海面に落下して行くフウタを救いに急降下を開始。


「こ、この大馬鹿野郎が!! 何で手を離したんだよ!!」


 海面に到達する前に一頭の小鼠を受け取ると素直な気持ちを叫んでやった。


「あ、あんな急に動くとは思わねぇだろうが!! もっと丁寧に避け……」



 俺を見上げていたフウタの瞳が刹那に恐怖に染まる。


 その瞳の意味を確かめる為、再び鉄の硬度を持ってしまった生唾を飲み込んで見上げると……。



「ゴァァアアアアア――――ッ!!!!」


 直ぐ上空に浮かんでいる黒龍が何の遠慮も無しに俺達に向かって大火球をぶっ放とうとする大変おっそろしい様を捉えてしまった。



 あ、あはは……。こりゃ駄目だ。避けられねぇ……。


 俺の命運も此処まで。


 どうか痛みを感じ無い様に逝けます様にっと意地悪な死神様に懇願したのだが。



「うぉぉおおおおおお――――ッ!!!!」



 直撃は免れぬと判断したハンナが俺達を背に乗せたまま体を捻り、そして己の両翼を体の前で重ね合わせて大火球を受け止めてしまった。



「「ギィィヤアアアアアア―――――ッ!?!?」」


 周囲の空気を煮沸させる大火球が相棒の翼に着弾すると天然自然の法則に従い俺達の体は後方へと吹き飛ばされて行く。



 ち、畜生!! 手厚い歓迎はある程度予想していましたけども!!


 まさかこれ程まで強烈だとは思いませんでしたよ!?



「ち、畜生がぁぁああ――――!! テメェェエエ!! 俺達に上等ブチかました事をぜぇぇったいに忘れるんじゃねぇぞぉぉおお――!!!!」


 徐々に迫り来る大変硬そうな大地を捉えると、何故か此方に向かって追撃を図ろうとしない黒龍に向かって素直な想いを叫んでやったのだった。





お疲れ様でした!!


本日から龍の大陸編が始まります!! 彼等がガイノス大陸でどの様な冒険を繰り広げるのか、それを楽しんで頂ければ幸いです!!



ブックマークをして頂き有難う御座いました!!


そして、ブックマークの数が四百という連載時からは到底想像出来ない数字に到達する事が出来ました!!


今でも連載を続けられているのは読者様達の温かな応援の御蔭。


それを噛み締めつつ文字を書き続けている次第であります。その感謝の意味を籠めて、本編と平行する形で番外編を執筆させて頂きますね。


番外編の内容は……。腹ペコ龍が幼い頃の話を書こうとしております。


興味がある御方は番外編の更新の様子もちょくちょく気にしてあげて下さい。



それでは皆様、お休みなさいませ。

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