第百七十話 意外と好奇心旺盛な王女様
お疲れ様です。
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開かれている窓から心地良い風が吹くとカーテンが嫋やかに揺れて美しい月明かりが部屋を優しく照らす。
室内に入って来る風が私の微熱を冷まそうとしてくれるが……。月光が私の頭の中に渦巻く少しだけ背伸びした厭らしい考えを増幅させてしまい、それに素直に反応した体が熱を帯び風の効力をほぼ無力化してしまった。
「ふ、ふぅ――。何だか緊張しますね」
椅子に腰掛け、机の上に置いてある水を少しだけ飲んで喉を潤すと強張っていた双肩の力がスっと抜けて行く。
ダンが来てくれる時はいつも緊張感よりも高揚感が増してしまうのだが、怪しい月が輝く今宵は訳が違う。
今日という日が過ぎ去れば私の部屋で彼と共に過ごす時は暫くの間訪れないのだから……。
暫く、では無くて一生かも知れない。
彼は新たなる冒険へと旅立ちきっとこれまで以上の危険に出会うのだろう。
ダンの命が保証される根拠は何処にも無くしかも私以外の素敵な女性と出会う可能性だってある。
私と彼は夫婦という関係ではありませんので彼を拘束する権利は一切与えられていないが、私も一人の女性だ。
ダンが他の女性と共に笑い合い、愛し合っている姿を想像するだけで心がズキンと痛んでしまうのですよ。
家名や権力を濫用して彼をこの地に拘束する事は容易い、しかし彼の心まで拘束する事は決して叶わないのだ。
「心の拘束、か……」
独り言を放ち、空になった硝子のコップの淵を指で静かになぞる。
彼が私の存在を気に留めてくれればこの地に残ってくれるかも知れない。可能性は僅かかも知れませんが、心が後ろ髪を引かれる思いを抱いてくれれば必ず戻って来てくれますよね??
問題はぁ……。ダンの心がこの地に留まる出来事、若しくは行為ですよね。
彼は人一倍異性に関して興味が強い。
先日出掛けた休暇でも私の目を盗んでティスロの大きな双丘やトニア副隊長の健康的な肌をこれでもかと凝視していましたし。
そんな彼の心を拘留する方法と言えば……。
「は、はぁ――……。ティスロやお母様はグイグイ行けと仰っていましたけども。何分そういう経験が無いので行動に移るのには多大なる勇気が必要なのですよ」
椅子に背を預けて宙を仰ぎ、暗闇が跋扈する天井へ向かって臆病な吐息を吐き出してやった。
中々眠りに就けなかった昨晩。
『ふぅ――……。これで一応服装は決まりましたねっ』
私のベッドの上に乱雑に置かれている衣服の中央にドンっと腰を据えている長めのスカートとちょっとだけ冒険したシャツを見つめて満足気に一つ大きく頷いてやる。
その脇に大人の女性が着用する淫靡な下着が侘しそうにその存在感を放っているが今は敢えて見ない様にしていた。
『着用する下着、服装は我々三名が長時間を掛けて取捨選択をしましたので抜かりはないと思われます。しかし……』
『しかし?? どうしたのティスロ』
何やら頬を朱に染めて言い淀んでいる彼女の横顔を見つめると。
『ふふっ、レシーヌ。貴女、もしかしてダンと只お喋りするだけだと思っていません??』
お母様が厭らしい角度で口角を上げながら私の肩に優しく右手を置いた。
『一応そのつもりですけど……。って!! し、し、しませんよ!? そういった行為は!!!!』
自分の母親の意味深な発言を受け取ると顔が煮沸する様に熱くなってしまう。
『あらあらまぁまぁ……。この子ったら、いつまで子供の考えなのでしょうかねぇ。いい?? レシーヌ。良く聞きなさい』
お母様が肩から右手を離すと私のベッドに腰掛け、厳しくも優しい瞳で此方を見上げた。
『貴方の肩書は大陸を統べる国王の娘です。ダンさんは心優しき方ですからそれを理解して決して手を出す真似はしませんでしょう』
そ、そうですね。
彼は私との間に目に見えない境界線を引き、それを越えようとしたのなら断腸の思いで一歩身を引いているという感じでしたし。
『しかし、彼と此処で二人っきりで過ごす時。貴方は只の女性なのよ?? 男と女の間から肩書という枷を外したらどうなるのか。それが分からない貴女ではありませんよね??』
お母様がそう話すと。
『……ッ』
自分でも理解出来てしまう程に顔の熱が更に急上昇してしまった。
『無理にするなとは言いません。しかし、機を逃して後悔だけはしない様に。これが人生の先輩として今の貴女に送る金言よ』
お母様は私の心を見透かして今の言葉を送ってくれたと思うのですが……。何分、臆病な私は清く正しい男女間の関係しか知らないのですよ。
『その顔……。クスッ、どうしたらいいか分からないって感じね??』
『え、えぇ。その通りです。ダンと話している時は本当に楽しくて、心地良くて……。でもいざ男女の関係に及ぶとなるとどうしていいのか分からないのが本音ですね』
彼が私の体を抱き寄せ、甘い言葉を掛けてくれる場面を想像するだけでも体が熱を帯びてしまいますし。
『では、奥手で恥ずかしがり屋な貴女に私の家系に代々伝わる『交渉術』 を伝授しましょうか』
『アルペリア王妃様!! そ、それはレシーヌ王女様には時期尚早なのでは!?』
『いやいや、王妃様が仰る様に女性は時に獰猛な獣になるべきなのですよ』
心優しき母が浮かべるとは到底思えない妖艶な笑みを浮かべるとティスロが慌てて私とお母様の間に割って入り、ゼェイラさんはお母様と同じ位に淫靡な笑みを浮かべていた。
『そんな事を言っていたらいつまでも進展しないわよ。政治と同じ様に、時には強引な判断も必要なのですっ』
『そ、それとこれでは全然話が違いますよ!!』
『その割には貴女も興味津々といった顔じゃない』
お母様の発言を受けてティスロの横顔を何気なく見つめると。
『ま、まぁ……。やぶさかではありませんがっ』
羞恥と興味が入り混じる何とも言えない女性の顔を浮かべていた。
『そっ、それじゃあ深夜の授業の始まり始まりぃっ!! 二人共ベッドの上に乗りなさい。私が直接実技指導してあげるから……』
『わ、分かりました!! テ、ティスロ。行こうか……』
『しょ、承知しました……』
『ふふっ、王妃様。私も興味が湧いたのでこの場から静聴させて頂きますね』
同性の私でも背筋がゾクっと泡立つお母様の手招きに従い、ティスロと共に恐る恐るベッドの上に腰掛けた。
『人の姿のまま尻尾だけを形態変化させてぇ……』
『えぇ!? そんな事したら死んじゃうよ!!』
『盛る雌から逃げる雄が悪いのよ。そして尻尾で両手両足を拘束したらぁ……』
『お、王妃様!! それは流石に破廉恥過ぎますッ!!!!』
『ふぅむ……。成程、勉強になります』
顔処か足の爪先まで朱に染まる私達を他所にお母様の熱血指導は深夜……、ううん。暁の頃まで続けられた。
その所為か本日行われた大事な公聴会中にぼぅっとしてしまう失態を招いてしまったのですよ……。
「だ、大体!! お母様もお母様ですよ!! 私がそ、そういう事に及ぶ前提で話を進めて!!」
いざ、その時が来た時の為に知識は持っておいた方が良い。
その考えは十二分に理解出来ますけども!! 実の娘にベッドの上の作法を熱心に教えますかね!?
プリプリと分かり易い怒りを振り撒き、再び煮沸し始めた熱を抑えようとして水をがぶりと飲み込むと。
「――――。ダンです。レシーヌ王女様いらっしゃいますか??」
「コ、コホッ!!!!」
件の男性の声が扉の向こう側から聞こえて来たので少々大袈裟に咽てしまった。
び、びっくりしたぁ!!
「レシーヌ王女様??」
「しょ、少々お待ち下さい!!」
い、いけない!! 先ずは身嗜みを確かめなきゃ!!
突然の来訪によって驚いてしまった髪型をササっと手で直し、着衣の乱れが無いかどうか姿見の前で確認する。
濃い肌色の長いスカート、少しだけ冒険した開き具合のシャツに一切の着崩れは確認出来ず。髪型も普段通り……。
んっ、前髪をちょっとだけ直してっと……。
「よしっ、大丈夫」
鏡の中の自分を励ます様に一つだけ小さく頷くと先程腰掛けていた椅子へと戻り、一つ咳払いをして彼を迎え入れた。
「こほんっ。――――。どうぞお入り下さい」
「失礼しますね」
ダンが私の声を受け取るといつも通りの所作で部屋に足を踏み入れてくれる。
「こんばんは。今日もいい天気ですよねぇ」
彼が静かな足取りで私の方へ近付いて来ると、背後の開かれた窓の外に浮かぶ夜空へと視線を送る。
「えぇ、星も月も綺麗に見えますよね」
「語らうには絶好の夜、といった感じでしょうか」
「そ、そうですね。雨空ですと声も聞こえ辛いでしょうし……」
柔和な線を描いて夜空を見つめる彼の目元を捉えると私の心臓が嬉しそうに一つトクンっと鳴る。
濃い紺色のズボンに少しだけ胸元が開いたシャツ。そこから覗く男らしい胸元が私の女の部分を柔らかく刺激する。
キチンと整えた髪型では無く、若干蓬髪気味の髪型がダンらしいですね。
「今日は別れの前の御挨拶に参りました」
ダンが夜空から視線を外して私の瞳を直視する。
その瞳の色はいつも通り優しかったが少しだけ疲労が滲んでいた。
「ゼェイラさんから御伺いしましたよ。二日後に出発するそうですね」
「ある程度の準備を終えましたので何んとか予定通りに出発出来そうですよ」
アハハと軽い笑みを浮かべてそう話す。
「次の大陸は確かぁ……。あ、ごめんなさい。椅子に腰かけて下さいね」
いけない、私ったら……。気の利かない女だと思われたかな??
「有難う御座います。それでは失礼しますね」
彼が静謐な環境を崩さぬ様、大変静かに椅子を引いて滑らかな所作で椅子に腰かけた。
良かった、どうやら機嫌を損ねて居ない様だ。
ダンが立ったままだったのは恐らく私の身分を加味しての事でしょう。いい加減そうに見えてその実誠実で、遜る所は遜り、己の立場を弁えて行動する。
素晴らしい処世術を持っているのは彼の育ての親、そして社会という荒波の中で得た経験値による賜物なのだろう。
「此処から北西に向かったガイノス大陸?? でしたっけ」
「仰る通りです。向こうの大陸まで何日掛かるか分からないので食料の取捨選択に苦労している次第であります」
「あはは。ハンナは沢山食べますからねっ」
彼等と共に出掛けた休暇中の食事風景が脳裏にフっと過って行く。
ダンはある程度の量で満足出来る体ですが、グレイオス隊長やハンナはどちらが大量に食べられるか。
お互いが競い合う様に私達が目を見開いてしまう量の御飯を摂取していましたからね。
「そうなんですよ!! アイツと来たら……。やれ、肉をもっと買え。やれ、その肉は駄目だ。味なんか絶対気にしてないってのに買い物中の俺に文句を言うんですよ?? それだけじゃなくてフウタやシュレンも食材に難癖付ける始末でぇ……」
顔を顰めて冒険の仲間の文句を吐いているが、その顔は何処か朗らかであり見ていて大変気持ちがいいものであった。
私も……、王女という肩書がなければ彼等と冒険を共に出来たかもしれない。
そう考えると心の中にふと寂しい風が吹いてしまった。
「紆余曲折あり、出発の前日に立ち寄る店を決めた次第であります。あ、申し訳ありません。自分ばかり話をしてしまって」
「いえいえ、ダンの話は聞いていて面白いのでもっと聞かせて下さい」
これは嘘偽り無い私の心の声です。
彼の声色が私の鼓膜に届くと物凄く落ち着いてしまう。
それはまるで眠りに落ちる直前まで、枕元で母親が子供に聞かせるお伽噺の様にワクワク感と安寧が同時に押し寄せて来るとでも言いましょうか。
聞いていてちっとも飽きないし、腹ペコの犬の様にもっと餌を寄越せと叫んでしまいそうですもの。
「有難う御座います。では、今日はどんな御話を御所望ですか??」
彼が陽性な笑みを浮かべて此方を見つめる。
「そうですね……。では、今日はダンが小さい頃の話を聞かせて下さいっ」
「え?? 自分の餓鬼の頃の話を??」
「これまで数々の冒険を話してくれましたが、ダンの幼少期の頃の話は流れ程度でしか聞いていませんでしたからね」
「失敗ばかりのつらぁい経験がたっぷりと詰まっているから話し辛いですよ」
苦い顔を浮かべて後頭部を少しだけ乱雑にガシガシと掻く。
「その経験が今に活かされているんじゃないですか。さ、時間はたっぷりありますからね?? 舌が乾き、喉に疲労感を感じましたのならそこにある水差しから水を飲んで下さいっ」
「あ、あはは。随分と用意がいいですね。それでは、オホンっ!! 僭越ながら私の失敗ばかりであった子供の頃の話を初披露させて頂きます!!」
「はいっ、宜しくお願いしますっ」
彼が男らしい所作で胸をドンっと叩くと、それに合わせて小さな柏手を打ってあげた。
子供の時分のダンは友人達と共に生まれた街の近くにある雑木林に出掛けて虫の採取に勤しみ、珍しい昆虫を捕まえるとそれを持ち帰り彼の義理の母親に対して誇らし気に掲げるものの。
どうやら彼女は昆虫類が苦手らしく??
『野に返して来なさい!!』 と。
鬼気迫る表情で叱られ、母親にこっぴどく怒られた子犬の様にしょんぼりと肩を落として渋々返して来たそうな。
少し成長すると行動範囲も広がり採取出来る昆虫や物珍しい出来事に遭遇する事も出来る様になった。
子供の冒険心とは大人が想像するよりも大きく、彼とその友人は隣町まで冒険してみようぜ!! と鼻息荒く計画を立てた。
肩からかけた鞄の中に仕舞い込んだ食料、御菓子、竹筒の水筒、心許ない現金。
それを頼りに大人でも数時間かかる道のりを子供達だけで踏破した。
ダンが今も冒険に心を逸らせているのはきっと幼少期の頃が影響しているのでしょう。
隣町に到着するとほんの少しの現金でお腹を満たし、知らない街の光景で心を潤して帰還したのですが……。
『『『こ、この大馬鹿野郎どもがぁぁああ――――!!!!』』』
『『『ごめんなさ――――い!!!!』』』
子供達が数十時間も音沙汰無しになっていたのだ。
母親の心情としては気が気じゃ無く、街の入り口で仁王立ちの状態のまま彼等の帰還を待っていたらしい。
彼が住んでいた地方の治安は比較的安全だがそれでも野盗やら犯罪者らが襲い掛かって来る可能性もあるのだ。
激昂した彼等の母親は子供を確保すると人目も憚らずお尻にとぉぉっても厳しい指導を与えたそうな。
彼の口から語られた幼少期の思い出の数々は少し目を瞑るだけで容易に想像出来るものであった。
誰しもが経験し得る普遍的な思い出だが、そのどれもが私の心を何処までも温めてくれる。
簡単にその景色が思い浮かんで来るのはきっと彼の性格や行動を熟知しているからでしょうね。
「――――。と、言う訳で。俺達は自分のお尻が四つに割れてしまうんじゃないかと思われる勢いでぶたれ続けていたんですよ」
「あはは!! もぅ、子供なのに無理をするからそうなるんです」
両目からスっと零れ落ちて来た陽性な涙を拭いつつ話す。
「まぁでも苦労をした分、得る物も多かったですよ??」
彼が話し疲れた顔で言い終えると懐かしむ顔をフっと浮かべる。
頭の中ではその懐かしき光景が過っている事でしょうね。
「確かに得る物は多いかもしれませんがその所為で友人やダン自身が大怪我をしたり、犯罪に巻き込まれたらどうするつもりだったんですか」
「まぁそれも含めても冒険ですので……。さて、レシーヌ王女様?? 自分は幼少期の頃のながぁい時間を掛けて説明したので今度は其方の番ですよ??」
「へっ??」
ダンが柔らかく口角を曲げて私の瞳を見つめる。
「私の話を聞いても面白くはありませんよ??」
彼の様に友人達と昆虫採取をしたり冒険をした訳でも無く、この広い城に囚われたまま過ごしたので……。
「それはレシーヌ王女様の主観ですよ。それと何より……、自分はレシーヌ王女様の幼い頃の話に大変な興味を持っていますので」
そ、それなら仕方が無いですねっ!!
私の過去に興味を持ってくれている。
彼が放った一言にとても大きな陽性な感情が湧き、勢いそのまま口を開くと私の幼少期の話を捲し立てる様に語り始めた。
「私が幼い頃は……、そうですね。母とティスロと一緒に過ごす事が多かったですね。ティスロは私の教育係を務めており王政学やこの国の歴史。簡易魔法や護衛術。あ、護衛術は王都守備隊の方々と御一緒させて頂きましたね。そうだ!! 聞いて下さいよ!! その時に……」
私が思い出を懐かしむ様に語っていると彼は時折頷き、そして私の話を大切に咀嚼する様に女心を多大に刺激してしまう柔らかい笑みを浮かべていた。
苦く辛い思い出の筈なのに、彼に向かって話しているとどうしてこうも陽性な感情が湧いて来るのでしょう??
それはきっと……。彼と思い出を共有出来るから。
他の誰でも無い貴方と二人で。
「――――。それで聞いて下さいよ。私がクタクタに疲れているってのにティスロったら死体に鞭を打つ様に勉学に励めって言うんですよ?? 大人なら理解出来ますけども、子供の時分の体力を考慮して……。あれ?? ダン??」
両目を瞑り得意気にティスロの意地悪を語り、彼の相槌が無い事にふと気付き目をあけると。
「すぅ……」
ダンは体力の限界を迎えてしまったのか。机に突っ伏して心地良い眠りを享受してしまっていた。
む、むぅっ!! 折角私が思い出を語っているというのに貴方は眠るというのですか!?
「もう、折角二人きりで話していたのに。ダン、そこで眠っていると風邪を引きますよ??」
椅子から静かに立ち上がり彼の左肩を本当に優しく揺さぶるが。
「う、うぅん……」
彼の眠りはこれまで蓄積された疲労でかなり深いものであり、全く起きる気配は無かった。
仕方がありませんね。今日だけ特別に私のベッドを使用させてあげますよ。
「よいしょっ」
魔物の姿に変わり、ダンの体を優しく抱きかかえるとベッドに優しく横たわらせてあげた。
「うんっ、これならゆっくり眠れ……」
人の姿に変わり本当に安らかな顔で眠っているダンの顔を捉えるともう一人の悪い私が首を擡げて出現してしまった。
『ほら、彼の右腕が空いていますよ??』
枕に頭を預けて眠り続けているダンの右腕に視線を送ると、成程。確かに人一人分の頭を預けられる空間が確認出来た。
『あそこで眠ればきっと素晴らしい睡眠を享受出来るでしょうね。貴女も疲れているんでしょう??』
で、でもぉ……。男女二人で一つのベッドを使用するのは少し勇気が要るといいますか。はしたないといいますか……。
『ティスロとお母様と相談していた時間を無駄にすると言うのですか!? 貴女は!!』
い、いきなり過ぎますよ!! ま、先ずは心の準備をさせて下さい!!
「ふ、ふぅ――……」
何度も新鮮な空気を肺に取り込みトクっトクっと嬉しい鼓動を続けている心臓を一つ宥めて、改めて彼の寝顔を見つめると私が本当に求めているモノに気付いてしまった。
私の心は……。彼の心を求めているのでしょう。
私を置いて何処にも行って欲しくない。私だけを見つめて欲しい。
卑しい女の心が体を侵食。
気が付けば私は悪い私に唆されてしまい、彼の安眠を妨げぬ様にベッドにお邪魔させて頂いた
「し、失礼しますね。え、えいっ」
勇気を振り絞り彼の右腕に頭を預けるとほぼ同時。
男の香と若干の汗が混ざり合った匂いが私の体に侵入すると、只でさえ五月蠅い心臓が壊れそうになってしまうのでは無いかと心配してしまう強烈な拍動が始まる。
鼻息が掛かる距離にあるダンの寝息が顔に掛かると体温を煮沸させ、傷が目立つ右腕の硬さとシャツの隙間から覗く肌が女の性を何処までも刺激してしまった。
す、凄い……。これが男の人の匂いと体なのですね……。
話には聞いていましたけども、まさかここまで刺激的だとは思いませんでしたよ。
「ダン、本当に有難うね?? 貴方のお陰で私……、ううん。私達は元通りの生活を送る事が出来ました」
若干蓬髪気味の彼の髪を撫でてあげる。
「今も眠っているのは私の我儘の所為だよね?? ごめんね。いつも苦労を掛けて」
ちょっとだけ硬い髪の毛を指に絡ませつつダンの匂いを堪能していると……。どういう訳か彼の顔が徐々に近付いて来た。
へっ!? な、何でダンの顔が近付いて来ているの!?
慌てたまま視線をフっと下に逸らすと……。
な、成程っ。近付いているのは彼では無く私の様ですね。
しかも!! ダンが寝ている事を良い事に逞しい体をぎゅと抱き締めているしっ!!
「貴方が居てくれて……。私の下に来てくれて本当に嬉しかった。これからもどうか貴方の心の中に私がいつまでも居ますように……」
も、もうどうにでもなれ!! ここまで来たら流れですよね!?
「ダン……」
無防備な彼の唇にそっと、本当に優しく己の唇を重ね合わせると心臓がビクンと飛び上がり頭の天辺から爪先まで凄まじい稲妻が駆け抜けて行った。
「……っ」
こ、これが所謂口付けという奴なのですね。
静かに唇を外すと今本当に起きたのが現実なのかどうか、それを確認する為に己の唇にそっと指を添える。
う、うん……。僅かに湿っているから確実にしちゃっていますねっ。
父親以外の男性と初めて交わす口付けは体に稲妻が走る程に強烈であった。
では二回目はどうなのでしょう??
「こ、これは実験ですよ、実験。口付けが人体及び精神にどれだけの影響を及ぼすかの」
我儘な自分に体の良い言い訳を放ち、再び唇を重ね合わせると今度は心のシコリが解ける様な。
安心とも安寧とも捉えられる感情が心の中を通過して行った。
ふ、ふむっ。口付けは慣れると人の心に安寧を齎すのですね。勉強になりました。
では三回、四回目は一体どうなるのか??
「時間はたっぷりありますし。も、もう少しだけ実験に付き合って下さいね……」
無防備で穴だらけの彼の防御陣営を良い事に、私は梟が眠りに落ちる深夜にも関わらず何度も何度も唇を重ね合わせて己の心に起こる変化を楽しみ続けていたのだった。
お疲れ様でした。
本日は予約録画した番組を鑑賞しながら執筆をしていました。
その番組とは……、そう!!
『真夏の恐怖映像 日本で一番コワい夜』 です!!
いやぁ、これを見ると夏がやって来た!! という感じになりますよね。ついつい魅入ってしまって執筆が中々進みませんでしたよ……。特に心霊写真特集が良かったですね!!
窓の外に映る人の顔……。そこに居る筈が無いのに……。
背筋と肝を冷やして今日は良く眠れそうな気がしますよ。
ブックマーク、そして感想並びに評価して頂き有難う御座いました!!
間も無く始まる新しい冒険の執筆活動の嬉しい励みとなりました!! 本当に嬉しいです!!!!
それでは皆様、お休みなさいませ。