第百六十八話 二人、良く晴れた空の下で その一
お疲れ様です。
本日の前半部分の投稿になります。
「ふ、ふぅ――……。漸く落ち着いたか……」
酒の力によって心の枷を解いた獰猛な獣達が残して行った爪痕を改めて見つめていると素直な感想が口から漏れて来てしまう。
木製の皿の上にべったりと付着した肉汁、中途半端に飲み残した安酒の瓶、空のグラスは本来向くべき方向では無い方に横たわり、乱雑に放置されている箸や匙等の食器類。
机の上に並ぶ食器類や食べ残しの数々が数分前まで吹き荒れていた嵐の強さを物語っていた。
強烈な雨や風を伴う嵐がやって来たのなら家屋の中に避難して自然の猛威が一刻も早く立ち去ってくれる様に願いつつその時を待てばいいのだが……。
今宵の酒の席では安寧を提供してくれる避難所は皆無であったので俺は野晒の状態で嵐の攻撃を受け続けていたのだ。
特に一番酷い攻撃を与えて来やがったのはコイツだな。
「すぅ……。すぅ……」
なぁんの不安も無さそうな安心しきった顔で眠りに就く快活活発受付嬢さんを視界に捉えると三十分前に受けた傷がズキンと痛む。
『ダァン!! 酒が切れたわよ!?』
『い、今注ぎますから!! 少々お待ち下さい!!』
『遅いって言ってんでしょ!! あんらは私の命令を聞いていればいいのよ!!』
『り、理不尽!! ウゲッ!?』
酒と疲労によって皆がイイ感じに寝静まり始めたってのに私はまだまだ飲み足りないと宣言。
腰の低い使用人の如く後片付けに追われている俺を顎で使い。しかも!! 少しでも遅れようものなら暴力という名の熱血指導をこの体に刻み込んで来たのだ。
人様が折角、孤軍奮闘で片付けを開始したってのにそれにいちゃもんを付けやがって……。
「んがらっぴぃ……」
「や、止めろ。誰だ……。某の尻を甘く食む獣は……」
鼠の姿のフウタがこれまた同じく鼠の姿のシュレンの可愛いお尻を前歯で甘く食み。
「んん……」
「す、すぅ――……」
酔い潰れたレストは漸く寝静まった相棒の肩を借りて熟睡。
「ま、まだ食べられるもん……」
意外と大食漢のミミュンは匙を食んだまま器用に眠りこけていた。
「ったく……。そんな所で寝ていると風邪を引くぞ」
送別会に参加した者達がソファの上で寝静まりその中でも特別寝相の悪いドナの頬を突いてやる。
間も無く夜は終わりを告げ、東の空から眠気眼を擦りながら太陽が昇って来る深夜とも早朝とも位置付けられる刻の寸前まで飲んでいたのだから猛烈な眠気に勝てないのは理解出来る。
しかし、それで体調を崩してしまったのなら本末転倒ですぜ??
「んっ……。んぅ――……。う、動けないから部屋まで運んで……」
人様に後片付けを命じ、しまいには運搬作業まで命じるのですか??
死人に鞭では無く巨大な棍棒でブッ叩く真似は止めて欲しいのが本音だ。
「へいへい。ほら、行くぞ」
ソファの肘掛けを枕代わりに使用していた彼女の体を抱きかかえ、彼女達の部屋があると思しき二階へと向かって行く。
あ、そう言えば初めて二階に上がるな……。
「ドナ、お前さんの部屋は何処だ」
大変軽い体を一つ上下に揺らして問う。
「一番手前ぇ……」
はいはいっと。もう少しで安眠出来ますから頑張りましょうね――。
酔っ払いが太鼓判を押すであろう酔い具合のドナの体を落とさぬ様、しっかりと抱きかかえて階段を上り終え。
ちょいと埃っぽい空気が漂う二階に到着すると一番手前の扉を器用に開き、快活受付嬢様の御部屋へお邪魔させて頂いた。
へぇ――、中はこんな風になっていたのか。
扉から向かって左手側には衣服が仕舞ってあるだろうと判断出来る箪笥や棚が置かれており、右手側には仕事用兼私生活用の机が設置されている。
机の上には書類やら中途半端に畳まれた衣服が乗せられており、微妙に散らかっている部屋の風景も相俟って彼女の性格を端的に表していた。
そして扉からほぼ真正面に位置するベッドの上にちょいと酒の匂いが強い柔肉を大変優しく置いてあげた。
「着いたぞ」
「うぅん……」
ドナが宙に浮く感覚から慣れ親しんだベッドの硬さを掴み取るとまるで母親の腕の中で眠る子供の様な安心した面持ちを浮かべて寝息を吐く。
表情そのものは大変柔らかなモノなのですがこのまま寝ると寝汗を掻く恐れもある。
それにもう間も無く日が昇り気温も上がるので窓を開けてやるか。
「失礼しますね――」
眠り続ける彼女を跨ぎ、部屋の窓を開けると深夜の侘しさと早朝の爽快な風が室内に入って来た。
うむっ、大変涼しくて結構。
微妙に揺れ動くカーテンとその隙間から差し込む本当に頼りない暁の明かりが部屋に漂う微睡をより昇華させてしまい一日の疲れもあってか、猛烈な眠気が襲い掛かって来やがった。
俺もそろそろ限界だな。
下の階のソファで仮眠を取って、それから安宿に戻って馬鹿みたいに眠ろう……。
数日後にはゼェイラさん達に別れの報告をしなきゃいけないし。
「ドナ、ゆっくり眠れよ?? 俺はそろそろ……」
揺れ動くカーテンを優しく退かして眠り続けているであろう彼女の顔へ向かってそう言ったのだが。
「……」
ドナの瞳は微かに開かれ俺の顔を確と捉えていた。
「あはは、起こしちゃった?? 疲れているだろうしそのまま眠るといいよ」
ベッドに腰掛け俺の動きをじぃっと捉え続けている彼女に向かって話すと。
「――――。駄目。絶対に寝ない」
「はっ?? おわっ!?!?」
女の子の力とは思えない勢いで腕を引っ張られ、そのまま組み伏せられてしまった。
「な、何だよ急に」
俺の上に跨り、何んとも言えない表情で此方を見下ろす彼女を見上げる。
酒の力と己の内から沸き起こる感情によって頬は強烈に朱に染まり、中途半端に開かれた口から放たれる酒の香と体全身から漂う女の香が徐々に俺の正常な思考を侵して行く。
あ、あれ?? どうしたのかなぁ――。普段の活発な姿からは到底想像出来ない程に色っぽいですよ??
「だって、だってさぁ。ダンと暫く会えなくなるんだよ?? そんなの寂し過ぎるもん……」
ははぁん、そういう事だったのか。
「安心しろって。今生の別れになる訳じゃないんだし。それに前にも言ったけど俺は必ずこっちの大陸に帰って来るから」
中々眠りに就かない子供をあやす様にドナの美しい湾曲を描く頬にそっと右手を添えてやる。
肌と手が触れた刹那に一瞬だけ体をピクっと動かすが、俺の手を跳ね除ける真似はしなかった。
「本当??」
「俺が一度でも約束を破った事があるか??」
「無いよ。でも、でもね?? やっぱり寂しくて、苦しくて……」
ドナがそう話すと右目から本当に小さな雫が零れ落ちて来た。
「らしくないぞ?? いつもの元気は何処へ行った」
右手の人差し指で彼女の温かな雫をそっと拭ってやるとドナの気持ちを汲む様に優しい笑みを浮かべてやる。
「べ、別にいいでしょ。こ、こんな時なんだから」
「はは、鬼の目にも涙って奴だな」
「五月蠅い!!」
ドナが顔を真っ赤に染めたまま俺の胸元に顔をポフンと埋めてしまう。
彼女が放つ温かな吐息で胸元の服がじわぁっと熱を帯びて行く。
「俺も色々と頑張るからドナも頑張れよ??」
「そ――する」
「ちゃんと沢山の土産話を持って帰って来るからな」
「珍しいお酒と食べ物も宜しく」
「おいおい、俺は御用聞きじゃないんだぜ??」
心地良い他愛の無い会話を続けて大変撫で心地の良い彼女の髪を優しく撫でながら窓から入って来る風を楽しんでいると、ドナがふと面を上げた。
「ダン……」
眠気なのか将又体の内側から込み上げて来る熱情からか、目元はトロンと蕩けきり激しい動悸によって有り得ない程顔が朱に染まった彼女の顔が近付いて来る。
そして瞳の奥には猛烈な寂しさと若干の不安が入り混じった不穏な色が確認出来てしまった。
男なら彼女の不安を払拭する為にこの行為を受け取るべきであろう。
それと何より、ドナの心を曇り空のままにして発つのは心苦しいし……。
「ドナ……」
俺は彼女の決意を無下にする事無く只々素直に受け止めてあげた。
「「……」」
二人の唇がそっと静かに重なり合うとそれを祝福するかの様に、やたら早起きな鳥達が歌声を上げながら何処かへと飛んで行く。
彼女は俺の上唇を食み、俺は彼女の下唇に舌を添える。
淫らに、そして強烈に互いの舌と唇が混ざり合い猛烈な色情が頭と心に渦巻いて行く。
「ぷはっ!! ふぅ――……。息苦しかったぞ」
俺の唇を塞ぎ、強烈に頭部を抱き締めていた彼女の拘束から一時逃れて新鮮な空気を肺に送る。
ふ、ふぅっ!! 危なかったぜ。
もう少しで窒息してしまう所だった。
「さてと、落ち着いただろ?? そろそろ寝ないと明日に響くぞ??」
本当はもう一歩踏み込んだ行為をしたいですけども、もう直ぐ朝だし。それに明日以降の行動に支障をきたす恐れがありますのでね。
断腸の思いで彼女の体をクイっと押し返そうとしたのだが……。
「イヤっ……」
「はい?? おっわ!! ちょ、ちょっと!!!!」
何を考えたのか知らんが、欲情と色情に汚染されたドナが俺の上半身の服を勢い良く脱がそうとするではありませんか!!
「こ、ここまで来て引き下がる訳にはいかないの!!」
「お、お止めなさい!! 二日酔いと酷い筋肉痛を罹患しても知らないぞ!?」
「う、五月蠅い!! ダンは大人しくしていればいいの!!」
「イ、イヤァァアアアア――――ッ!!!!」
脱がされまいと必死に抵抗していたが猛りに猛ったラタトスクの血には勝てず、ほぼ強制的に衣服を引っぺがされてしまった。
「ほ、ほぅ……。私の期待通りの体付きじゃない……」
ドナが曝け出された俺の上半身を捉えると淫らな唾液を纏わせた舌で己の唇をそっと濡らす。
「お、お願いします。優しくシてねっ……??」
これ以上無駄な抵抗をすると体中の骨や体内にキチンと収まっている五臓六腑。
果ては下半身で既に準備を整えている元気溌剌のもう一人の俺を破壊されてしまう恐れがあるので本来であれば女性が放つべき台詞を嫋やかに話してあげた。
い、一回すれば満足して眠るだろう。その隙に此処から脱出する!!
「ま、任せなさい。天井の染みを数えている内に終わるから」
「それは男が放つ台詞であって……、んむぅっ!?」
俺が話し終える前にドナが上半身を此方に預けてくると先程と同じ様に強烈で熱烈な接吻が開始された。
酒の香が残る口内から甘い女の吐息が俺の肺を侵し、互いの舌が強烈に抱擁し合うくぐもった水気のある音が耳に届くと脳内まで侵された感覚を捉えてしまう。
せめて一回だけはた、耐えるんだぞ?? 俺。
ドナを一回で満足させて眠らせないと体内から全ての精を吸収されてしまうのだから。
彼女が纏っていた拘束具を全開放し、俺のズボンに手を掛けた刹那。
「ふふっ、私が満足するまで絶対に寝かせないからねっ??」
此方の考えを完璧に読んだドナが大変淫靡で悪い笑みを浮かべてしまった。
「だ、駄目です!! せめて一回に……。ヒィアアアアアッ!?!?」
彼女が両手で俺の体を抑え付け古の時代から行われて来た次世代に命を紡ぐ行為が開始されてしまった。
それは愛を確認するかの様な優しいモノではなく、暴力的とも捉えられる行為であり俺は只々されるがままになっていた。
「ダン……」
「ちょ、ちょっと待って!! もうちょっと優しくしてぇぇええ!! んぶっ!?」
「やっ……」
男女の二つの体が一つに混ざり合い淫靡な音が部屋に響く。
俺から女々しい声が放たれようものなら淫らな唾液を纏わせた唇が覆い被さり、果てるのを我慢しようものならそれは決して許さぬとして温かな蜜壺が熱を帯びて行く。
上下左右、完全無敵の包囲網を敷かれて逃げ道が塞がれてしまった俺は只々敵の集中攻撃を受け続ける破目となり。それは彼女が満足するまで決して止む事無く無慈悲に続けられたのだった。
お疲れ様でした。
現在、卵チャーハンを食しながら後半部分の編集作業を続けております。
次の投稿まで今暫くお待ち下さいませ。