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今日も今日とて、隣のコイツが腹を空かせて。皆を困らせています!!   作者: 土竜交趾
過去編 ~素敵な世界に一時の終止符を~
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第百六十七話 晴れ色の送別会

お疲れ様です。


本日の投稿になります。




 リーネン大陸最大の規模を誇る王都に住む者達が巻き上げる土埃は常軌を逸しており、只道を歩いているという普遍的な行為をしているだけでも鼻と肺が苦い顔を浮かべてしまう。


 風や馬等の他の要因もこの現象に一役買っているがその最たる原因はあくまでも数えるのも億劫になる二つの足である。


 又、人若しくは大蜥蜴が踏み鳴らす雑踏の音は静けさが漂う田舎出身の者にとってかなり堪える様であり時折すれ違う者が顔を顰めているのは恐らくその所為であろう。


 沢山の粒をぎゅっと圧縮した様な超ド級の人口密度が起こす弊害は枚挙に暇がないが、感情と意思を持った生物は慣れという特殊な能力を持つ。


 此処に来てから数か月が経過する間にどうやら俺もその特殊能力が開花したらしい。



「ふぅ――。これだけ買えばドナ達も満足するだろうな」



 茜差す東大通り。


 少しでも気を抜けば通行人と体が触れ合ってしまう密度を誇る人の流れに沿いつつ、普段通りの声色で声を放った。



 これだけの大勢の人が行き交う中でも通常通りの呼吸や歩法を行えるのは慣れの他にならないだろう。


 初めて王都に来た時は人の多さや暑さに参っていたけども……。人の慣れというのは本当に恐ろしいものだぜ。



「もう少し肉を多めに買うべきでは無かったのか?? クソッ、今すれ違った奴……。俺の足を踏んで行ったぞ」



 俺の左隣りを歩くハンナが西の方角へノッシノッシと歩いて行った大蜥蜴ちゃんの大きな背中を睨み付ける。


 彼の場合、この場所に慣れるのには後数年を要するようですね。



「早く移動してくれ。某は人の多さで酔いそうだぞ」


 左の肩に留まるお尻の可愛い鼠ちゃんが息苦しそうに天を仰ぐ。


「これだけ人が多いんだから少し位我慢しなさいよ」


 憤り顰め面を浮かべる者に対して大人らしい処世術を施す様に注意を促すが。


「ふん……。この刀で正面を斬り付ければ少しは歩き易くなるだろうか??」


 我が相棒は左の腰にしっかりと装備している白き鞘に手を当てて真正面を睨み付けてしまった。


「勘弁しろって。そいつが思わぬ一振りを招いてしまったら数十人の精神がヤられてしまい病院送りになっちまうんだぞ??」



 ミキシオン陛下から頂いた天下無双八刀の一振り 『月下美人』。


 大変気紛れな刀であり使用者を選ぶのだが、刀の想いを汲めば天下無双の一撃を繰り出す事が可能となる妖刀と位置付けられる代物だ。


 何物をも両断する一撃は剣の達人でも十に一つ出れば万々歳であり、現在の所有者である相棒は未だその領域に達しておらず。彼の報告では十五に一つ程度らしい。


 刀を打った蜘蛛の御方は女性らしいので、刀には彼女の魂が宿っていると推測出来る。


 女心は山の天気の様に移ろい易い。


 ほぼ童貞の相棒が気紛れな女性の魂が宿る刀を自在に操る様になるのは数百年以上掛かりそうだよなぁ。



「ふんっ、冗談だ」


 お前さんの場合は冗談じゃなくて、誰かが止めないと本当に実行しちまう蓋然性があるんだよ。


「新しい玩具で遊びたい気持ちは分かるけど、家に帰るまで我慢なさい」


 両手に一杯の荷物を持ちつつ息子の横着を咎める母親の口調でそう言ってやった。


「フウタもそう思うだろ??」



 俺の頭の上。


 微動だにせずしかもいつもの口喧しさは何処へやら、移動開始時からずぅっと静かに頭の上に乗り続けている小鼠のお尻をちょいと突いてやる。



「あそこの綺麗なおねぇさんのお尻を見ても全然性欲が湧いて来ねぇ……。い、一体俺の聖剣はどうなっちまったんだ!!!!」


 うん、コイツはコイツで色々と問題を抱えている様だな。


 俺の話を全く聞いちゃいねぇ。


「今日の朝もおじいちゃんのアレみてぇにしおしおのダルンダルンだったし。前も言ったけど使い過ぎて休憩中なんだよ。――――。多分」



 人でごった返す大通りから酔っ払いが大半を占める裏通りへと足を乗せてそう話す。



「多分って何だよ!! 一過性の症状だったらいいんだけどさぁ……。これがもしも死ぬまで不能になっちまたら洒落にならねぇって」



 男としての機能を喪失してしまうその悲しさは同性なら痛い程理解出来る。


 しかし、チミは金貨二十枚もの大金を歓楽街で宵越しの金は持たない主義だと言わんばかりに使用してしまったのだ。


 自業自得若しくは因果応報って言葉が良く似合うぜ。



「世の中には因果応報という言葉もあるのだ。これまでの罪が一気に押し寄せた結果であろう」


 シュレンが少しだけ陽性な感情を籠めて俺の頭上で頭を抱える鼠に視線を送る。


「シューちゃんよぉ。今、何でクスっと笑った??」


「気の所為だ」


「気の所為じゃねぇし!! なぁ!! ダンなら俺の気持ちを理解してくれるだろう!?」


 口煩い子鼠が俺の顔面に張り付き腰をヘコヘコと上下させながら憤る。



「お前さんの気持ちもシュレンの気持ちも大いに理解出来るさ。これから俺達は送別会を始める訳であって、そこで沢山の栄養と酒を飲めばきっとお前さんの聖剣は天高く聳える山々をも凌駕する反り立ちを披露してくれる事だろうよ」


 彼の背を摘まんで顔面から離すと、微妙にヒクヒクと動いている髭に向かってそう言ってやった。



「だ、だよな!! きっと栄養不足なんだよな!! う、うん!! きっとそうに違いない!!」


 小さな前足をワチャワチャと動かすと再び俺の頭の上に登り。


「うっし!! そうとなったら沢山飲んで食べるぜ!!!! 待ってろよ?? 俺の聖剣ちゃん。今からたぁくさんの栄養を送り込んで元気一杯にしてあげるからねっ」


 前足で股間をキュっと抑え、人目も憚らず卑猥な所作を取りやがった。



 不能に陥るきっかけは恐らく……、心因的な物だろう。


 ほら、良く言うでしょう??


 初体験の時上手くいかないと次以降の行為の時に元気が出なかったり。


 大きな失敗をすると次も失敗するんじゃないかと思ってフニャフニャなままだったり……。


 男の子の剣は心の空模様と上手く同調しているのだ。


 時に悪鬼羅刹を屠る聖剣ばりの威力を誇れば、時に蟻も殺せぬ矮小な爪楊枝にも変化する。


 彼の尊厳を保つ為、敢えてこの事は言わないでおこう。


 立ち直るきっかけは自分で掴み取るがいいさ。そうすればまた一つ上の男になるのだから……。


 頭の上で元気を取り戻してしまった小鼠を乗せたまま下らない会話を交わしつつ裏通りを進んで行くと漸く件の家が見えて来やがった。



 やれやれ、やっと着いたか。


 大量の物資を運んでいる所為か、いつもよりやたら遠く感じまったぜ。



「ちわぁ――っす。変態一名と美男子イケメン三名を届けに参りました――」


「おい!! 誰が変態だ!!」


 フウタが今の言葉を訂正しろとして勢い良く右の前足で俺の頭をペシペシと叩く。


「――――。前半は合っているけど、後半はちょぉっと間違っているわよ??」


 良い感じに経年劣化した扉が開くとドナが溜息混じりに笑みを浮かべて俺達を迎えてくれた。


「そうか?? ほぼ正解じゃないか。お邪魔しま――っす」


「いらっしゃ――い!! おぉ!! 沢山の差し入れだね!!」



 扉から見て左側。


 ソファと机が並べられている場所からミミュンが軽快な笑みを浮かべて俺達が運んで来た大量の物資を見つめる。



「態々有難う御座います。ハンナさん、どうぞお座り下さい」


「あ、あぁ。失礼する」


「俺様も座るぜ!! ダンの歩き方が悪いから腰が痛んじまったよ」


「それは貴様の座り方が悪いからだっ」



 レストの言葉に促され、我が相棒が大変ぎこちない所作でソファに腰掛けるとそれを合図として捉えたフウタとシュレンがそれに続いた。



「もう少し大人しくしていなさい。ほら、ドナ。受け取れ」


「っと……。おっも。これ全部食料なの??」



 豊潤な香りが嬉しいお酒や庶民が貰って喜ぶまぁまぁ値の張るお肉等々。


 本日の送別会に相応しい品が大量に入った袋を彼女が受け取ると素直な驚きを表す。



「この街で今まで培った情報を元に買い集めて来た差し入れだよ。気に入ってくれれば嬉しいかな」


「ふふっ、うん。有難う。じゃあ早速作って来るから待っててね!!」



 ドナがニっと素敵な笑みを浮かべると部屋の奥の扉へと向かって行く。


 心が死んでしまった人でも思わず陽性的な反応を見せてしまう彼女の明るい笑み。


 その余韻を楽しむ、じゃあないけども。彼女が見えなくなっても俺は数秒前までドナが居た場所を見続けていた。



 う、うむ……。今の笑みは結構な破壊力だったな。


 この場に誰も居なかったら思わず後ろからキュっと抱き締めていましたもの……。



「おい、ダン!! いつまでそこで突っ立っているんだ??」


「あ、あぁ。悪い悪い……」


 人の姿に変わったフウタに促され、ほぼ満員状態のソファに腰掛けた。


「ねぇ、ダン。もう直ぐお別れなんだけどさ、次は何処へ行くのかなっ」



 俺の正面に腰掛けるミミュンがえへへと軽快な笑みを浮かべながら問うて来る。


 あの無邪気な笑みはこれから運ばれて来る御馳走を想像してのものだろうさ。



「あぁ、ついでだから言っておこうかな。俺達はこの大陸から北西方向に向かってずぅっと進んで行った場所にあるガイノス大陸って場所に向かう予定だ。相棒の背に跨り、時折見付けた島で翼を休め、焦らない速度で向かって行く。相棒のマルケトル大陸とほぼ反対の位置にあるからぁ……。大雑把に見繕って数日あれば到着するだろうさ」



 問題は風の動きだよな。


 向かい風なら相棒の体力を温存させる為により多くの時間を取って休まなきゃいけないし。



「ふぅん、聞いた事が無い大陸の名前だね」


「私達には一生縁の無い場所だから無理は無いわ。ハンナさん、決して無理をなさらないで下さいね??」


「うむ、善処しよう」



 相棒の隣に腰掛けるレストが相手の身を真に案ずる優しき瞳を浮かべて彼の端整な横顔を見つめた。


 その瞳の色は何処か色っぽく、男の性をそぉっと刺激してしまう威力を備えておりそれを受け止めた彼は若干狼狽えてまま机の上に置かれている水を勢い良くガブっと飲んだ。


 ちっ、ほぼ童貞野郎が。


 この場面な端的な言葉では無く、ちょいと格好付けて相手を安心させてあげる場面だってのに。


 もう少し言葉の使い方を覚えなさいよね。


 そして密着し過ぎだから少し離れやがれ、じゃないとクルリちゃんに密告しちゃうからな。



「フウタ達も行くんでしょ??」


「勿論だ!! 俺様が付いて行かないとダン達はすぅぐに死んじまうからな!!」



 向こうの大陸は龍一族が跋扈する危険な場所だし、彼の言っている事は強ち間違いでは無いのだが……。


 あの口煩い鼠が厄介な問題を引き連れて若しくは起こしてしまう可能性が高い。


 更なる問題に頭を抱え苛まれている自分の姿が容易に想像出来てしまうぜ。



「それは貴様に当て嵌まる言葉だ。某達は己の実力を磨く為に行動を続けている。それを努々忘れるな」


「そんなテメェに言われなくても分かっていますぅ!! ぬ、ぬふふっ。きっと向こうの大陸には俺様の症状を治してくれる美人ちゃんが居る筈だ。あつぅい一夜を過ごせば俺様の聖剣も……」


 フウタが厭らしい笑みを浮かべると己の股間辺りをさり気なぁくきゅっと抑える。


「症状?? フウタ怪我とかしたの??」


 彼の機能不全を露知らぬミミュンがあっけらかんとした表情で問う。


「へっ?? あ、あぁ、うん。ちょっと股辺りを……、ねっ??」


「ふぅん。酷い怪我なら出発前に病院に行った方が良いよ?? 怪我したまま出発するのはちょっとアレだし」


「い、一過性って事も有り得る話だから!! 病院に行かなくても大丈夫なの!!」


「うん?? 変なの」



 機能不全を悟られまいとして狼狽えるフウタの姿を見ていると腹の奥底から笑い声が込み上げて来るがそれを懸命に堪え、送別会に相応しい日常会話を続けていると大変腹が空く香りを放つ料理が運ばれて来た。



「おっまたせ――!! ドナ様特製の料理を御持ちしましたぁ――!!!!」


「「「おぉぉおおおおっ!!!!」」」



 彼女が運んで来た料理の品々を捉えるとほぼ全員の口から感嘆の声が漏れてしまう。


 食欲を誘う肉汁が滴る焼きたてのお肉に、柔和な線を描くふんわりパン、季節の野菜と一口大に切り分けられた肉を一緒に炒めた料理。


 机の上に続々と並べられて行く品々を眺めて居ると腹の虫がググぅっと素直な感情を放ってしまった。



 すっげぇ……。庶民的な空間でよもや高級料理店顔負けの料理を頂けるとは思わなかったぜ。



「私が腕を揮ったんだから有難く食べなさいよ??」


「勿論さ!! それでは皆様、これより俺達の送別会を始めます!!」



 机の上に置かれた酒瓶から己のグラスに酒を注ぐと勢い良くソファから立ち上がり、この会の始まりに相応しい第一声を放つ。



「俺達が此処に来てからはや数か月……。色んな人に出会い、そして色んな危険に出会った。時には自分の命が危ぶまれてしまう依頼もありましたがぁ、友人達の力添えもあってそれを乗り越える事が出来た。こうして和気藹々と食事の席を楽しめるのは皆の力があったからだと思っている」


「「「……」」」



 ソファに腰掛け、俺の話を今の所静かに聞いている皆へ視線を送る。



「自分の力を過信するのでは無く友の力を信じる。それこそが長生きの秘訣であると俺は考えている。そして首を傾げたくなる摩訶不思議な光景や、心臓がキャァっと叫んでしまう危機。これこそが冒険の醍醐味なのだがたった一人ではその全てを網羅するのは不可能だ。友人と互いに手を取り合い、同じ方を向き、同じ歩みで向かって行く。俺達は個では無く集となってこれからの冒険を……」


 そっと瞳を閉じてこれまで経験して来た冒険の数々を思い出しながら語っていると。


「はい!! 長いから却下!! それでは皆様!! グラスを持って!!」


 俺の隣に腰掛けたドナが始まりの言葉をピシャリと切断。


「あ、ちょっと!! まだ全部話し終えて……」


「かんぱ――いっ!!!!」


「「「乾杯ッ!!!!」」」



 各々が軽快な声を放ち、互いのグラスを合わせて乾いた音を奏でると俺の意思とは無関係に送別会が始まってしまった。



「あのなぁ……。もう少し語らせてくれてもいいんじゃないの??」


「ぷっはぁ!! 何コレ!? 滅茶苦茶美味しいじゃん!!」


 王宮からくすねて来た琥珀色のお酒を一気にクイっと飲み干してしまったドナの横顔へ向かってそう話す。


「駄目駄目!! 私達の家でやる送別会だからシンミリした雰囲気は御法度なのよ」


 左様で御座いますか……。


 別れの時は豪快に笑いながら見送るのが貴女なりの作法なのですね。


「へいへい、以後気を付けますよ。ほら、お代わりだぞ」


「おぉ!! 苦しゅうない!! 注げ注げ!!!!」



 君は民に圧政を強いる暴君かい?? 俺は善意でお前さんに酒を注いでいるってのに。



「美味し――!! ダン!! この御酒凄く美味しいよ!!」


「えぇ、豊潤な香りがすぅっと鼻に抜けて行って……」


「王宮内で出された酒をちょぉっと拝借したのさ。味良し、香り良し、舌触り良しの三拍子揃ったお酒だ」


「んっ……んっ……!! ぶはぁっ!! うみゃいっ!!!!」


 さてと!! お酒の味に酔っているラタトスクちゃん達の隙を窺い、今の内に沢山の料理を腹に詰めておきましょうかね!!



 目元が既にとろぉんと溶け始めているドナから視線を外し、大人しく食べられるのは今この時しかないと考えた俺は慣れた手付きで机の上に乗っている料理へと手を伸ばした。



「おぉっ、美味そうだ……」



 イイ感じに焦げ目が入ったお肉さんを箸で持ち、ある程度視覚で楽しんだ後。


 期待感を満載した所作で肉を口に迎えてあげた。



「ふぁむっ……。うんっ、うん!! 美味い!!!!」



 日々の食卓に出すのには億劫になる値段のお肉の味は俺の舌を余裕で喜ばせるモノを持っていた。


 肉を迎え入れて先ず感じたのは丁度良い塩梅の塩気だ。


 辛過ぎず尚且つ足りないとは思わせない塩加減は彼女の料理の腕によるものであり、この微妙な匙加減はこれまで行って来た戦闘の経験値の賜物である。



「え、えへへ。お酒のお代わりぃ――」



 だらしない目元で酒瓶に手を伸ばすその姿からは到底想像出来ない腕前に思わず舌を巻いてしまうよ。


 ってか、いきなり飛ばし過ぎじゃね?? 結構強い酒だから程よい速度で飲むのを推奨しますよ??


 前歯で肉をサクっと裁断すると肉の中身からじわぁっと肉汁が溢れ出して来る。その量は舌がちょいと困惑気味になってしまう程であり、脂っこくてちょっと嫌になるかなぁっと思いきや……。


 粘度の低いサラっとした肉の脂は舌と口内にいつまでも残る事無く、肉本体と共に胃袋へと消失してしまった。


 肉の素晴らしい余韻が残る内に一口大に千切ったパンを口に押し込み、口内に漂う肉の旨味と共に咀嚼をすればあら不思議。どれだけ食べても全然飽きない食事の循環が完成してしまうではありませんか。



「この肉めちゃ美味いな!!」


「あぁ、某も気に入っている」


 フウタとシュレンも肉の味に酔いしれ。


「フム……。ふぉむっ……」


 相棒に至っては喋る時間を惜しむ様、一心不乱に机の上に置いてある料理を胃袋に詰めていた。


「本当に美味いよな。これはやっぱり、料理人の腕前もあると思うんだよね。有難うな、ドナ。美味しい料理を作ってくれてぇ……」



 一旦食事の手を止めて温かな瞳の色で彼女の横顔を見つめたのですが……。


 俺は早くもその行為を後悔してしまった。



「あんっ?? もっと感謝しろ!!!!」


 彼女の可愛らしい顔は既に茹でた蟹もドン引く程に赤く染まり、瞳は獲物を追い求める獣様に血走り、怪しい呂律は誰がど――見ても酔っ払っていると判断出来るものだ。



「あ、はい。感謝しているからこうして礼を述べているのですよ??」


「んっふふぅ――。そうかそうか!! 私の腕前に惚れ惚れしているのかぁ!?」


「うっ……」


 ドナが通常あるべき距離感を盛大に削って接近して来たので思わず身を引いてしまったのが不味かった。


「おらぁ!! 私が酒臭いってかぁ!?」


 中途半端に開いた口から漂って来る酒の香に一瞬だけ怯んでしまった事を悔いる。


「め、滅相も御座いません!! ドナ様には大変麗しい香りが漂っていますですよ??」


「嘘!! 絶対嘘だもん!! 臭かったから身を引いたんでしょ!?」



 このどうでもいい酔っ払いの絡みは何とかなりませんかね??


 これは所謂酒の席で先に酔っ払った者の特権なのですが、乗り遅れた者は今更追いつけやしないし。此処は一つ、厄介な酔っ払いから潰して行こうかしらね。



「思わないって。ほら、近いだろ??」


 酒の香が強烈に漂う間を一瞬で突破。


 互いの息が吹きかかる距離に顔を置いてそう話すと。


「距離感ッ!!」


「いでぇっ!!!!」


 沸騰寸前にまで顔を真っ赤に染めたドナお嬢様から強烈なビンタを頂戴した。


「わ、私が許可を出すまで近付いたら駄目っ!! わらった!?」


「わ、分かりました。そ、それではお代わりをど、どうぞ……」



 グニャリと歪んだ視界のまま机の上に置かれている酒瓶に手を伸ばし、何があっても空のグラスを放そうとしない彼女の手元に持って行ってあげる。



「うむっ、苦しゅうない!! 何よ――、やっぱりダンって私の事を完璧に理解しているんだね!!」



「それは語弊だ。俺達が他人同士である限り完璧に理解し合えるのは不可能だ。これは所謂分かった気がするって奴さ。今回の場合、俺は偶々ドナのやって欲しい事を汲んだだけ。お互いの表情や感情の変化を上手く読み取り、言葉や行動の取捨選択に取り掛かるのは人が持つ秀でた能力だ。それを駆使して他者との良好な関係を構築して信頼関係を……」


「うっさい!!!! 酒の席で説教じみた言葉を放つな!!」


「ンブゲッ!?」



 び、びんたの後はグ――ですか!?



「何すんだよ!!」


 意外と強烈な拳を頬に受け、ソファから転げ落ちてしまう。


「いい!? 今日は葬式ぃ……。んっ?? 送別ぅ?? まぁどっちでもいっか」


 良くありません。


 前者の場合、俺は死んでしまった事になるので縁起が悪いでしょう??


「兎に角!! 今日は私の命令を絶対に守る事!! 良いわね!?」


「へいへい、従いますよ――っと」



 これ以上機嫌を悪くされても困る。


 そう考え、ちょいと傷が目立つ木製の床にキチンと足を折り畳んで暴君の素質を持つ女王様の命令を待つ。



「ぎゃはは!! ダン――!! 尻に敷かれてるぜ――!?」


「ごめんねぇ――!! ドナってお酒が入ると結構厄介な絡みをするからぁ――!!」


 俺の姿を捉えた者達が指を差して笑い転げる。


 酒の席に酷く似合う笑い声なのだが……、こちとら全然楽しくありませんよ。何が楽しくて酒の席で正座をせにゃならんのだ。


「ミミュン!! 私は厄介じゃあないぞっ!!」


「きゃあ!! こっち来ないでぇぇええ――!!」


 暴君が席を立ち、大変美味しそうな柔肉に襲い掛かる。


 しめた!! 今の内にソファに座って目の前の御馳走を平らげ……。


「おらぁ!! そこぉ!! 誰が正座を解除していいって言ったぁ!!」


 ちぃ!! 抜け目のない奴め!!


「こ、これはお酒を取る為ですよ。へ、へへっ。さ、さぁ――。ドナ様?? 王宮から拝借させて頂きましたお高い酒でも飲んで機嫌を直してくだせぇ」


 相も変わらず右手に持つ空のグラスにトクトクと酒を注いでいく。


「おう!! ジャンジャン注げ!!」



 ふっ、馬鹿な奴め。


 先にお前さんを酔い潰せば滞りなく食事を済ませる事が出来るのさ。


 人の気持ちを露知らぬ彼女はちょっと心配になる速度で酒を飲んで行くのですが……。



「ふふ、ハンナさん。余程お腹が空いていたのですね??」


「そ、そういう訳では無いが。味が良いから手が止まらないのだ」


 俺の直ぐ後ろでは相棒が物凄い勢いで料理を平らげているのだ。


 コイツを酔い潰すのが先か、それとも相棒が大量の料理を食い尽くすのが先か。


「えへへ、はいっ、ダンお代わり――!!」


「え、えぇ!! 喜んでぇ!!」


 そんなハラハラした感情よりも、何だか自分の立場が情けなくて思わず両の瞳にじわぁっと矮小な雫が浮かんで来やがったぜ。


 折角の送別会だってのに何でお酌に全力を出さなければならないんだ!!


 そう声を大にして叫びたいが、もしもそんな事を口走ったのなら俺の顎は粉々に砕け散ってしまうし……。ここは大人しく暴君の命令に従っておこう。


 目の前で何の遠慮も無しに馬鹿笑いをする暴君、直ぐ後ろで猛烈な勢いで御馳走を平らげて行く大馬鹿野郎。


 何とも複雑な状況に板挟みされながら酒の席は進んで行ったのだった。




お疲れ様でした。


本当は一気に書き上げたかったのですが、執筆中に指と背中が猛烈に痛んで来たので本日は此処までとなります。


大変申し訳ありませんでした。〆の部分にいつまでも留まっている訳にはいかないので早めに書き上げますので今暫く彼等の日常にお付き合いくださいませ。



それでは皆様、お休みなさいませ。

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