表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
今日も今日とて、隣のコイツが腹を空かせて。皆を困らせています!!   作者: 土竜交趾
過去編 ~素敵な世界に一時の終止符を~
1062/1225

第百六十六話 立つ鳥跡を濁さず その二

お疲れ様です。


後半部分の投稿になります。長文となっておりますので予めご了承下さい。




 本日も元気一杯だった太陽が欠伸混じりに西の空から本日の終わりを告げようとして大地を真っ赤に照らす。


 昼のそれと比べて幾分か威力は落ちたがそれでも尚彼の光の強さは健在であり、こうして外蓑を被って居ないと日の力によって体力をそぎ落とされてしまう。


 一年中、真夏日。


 生まれ故郷であるアイリス大陸は四季の移り変わりが視認出来る程に明瞭であるが一年、三百六十日決して変わらぬ季節というのは少々不憫だと思う。


 厳しい寒さを越えて漸くやって来てくれた春の温かさに肩の力を抜き、夏の暑さに辟易しながらも生物の多様性に驚き、暑さでヤラれた体を労わる様に秋の恵みに感謝して、冬の寒さに顔を顰める。


 こうして自然界の豊かさをまざまざと痛感しながら日々を過ごしていく生活循環に慣れてしまった体は此方の大陸の変わらぬ暑さに参っている。


 しかし、此処で数か月過ごしたお陰か。気温、湿度、日の強さにはある程度慣れて来た。


 本当に時々雨の一日が訪れると肌寒さを感じてしまうのがその良い証拠だ。



 漸くこっちの気候に慣れて来たってのにさ、これから旅立たなきゃいけないと思うとちょいと寂しいよねぇ……。



「いらっしゃいませ――!! 間も無く閉店しますのでお安くしておきますよ――!!」


「ちょっと!! 今、肩が当たったわよ!?」


「そっちがぶつかって来たんじゃない!!」



「ふぅ――」



 家路、若しくはこれから仕事に向かう大勢の大蜥蜴ちゃんと人で大混乱を極める南大通りの歩道を進みつつ陽性とも陰性とも受け取れる溜息を吐いた。


 この辟易してしまう雑踏も、網膜の奥が焼けてしまう様な日の強さも暫しのお別れであると思うと自然に溜息が出て来ちまうよ。



「どうした」


 俺の左隣。


 裏通りの清掃作業によってイイ感じに埃と汗に塗れた姿のハンナが前方を捉えつつ話す。


「あぁ、ちょっと黄昏ていたのさ」


 相棒に視線を送らず、本日も元気一杯にお客さんの興味を惹こうとして躍起になって叫んでいる通り沿いの店員に視線を向けた。


「旅の準備、ガイノス大陸への航路。その他諸々を考えて七日後に出発すると昨晩決めただろう。情が移ってしまうのは理解出来るが貴様の旅の本来の目的を忘れるな」


「お前さんに言われなくても理解しているって。でもさ、やっぱり素直に寂しいよ」



 街や仕事で知り合った気の合う大蜥蜴ちゃん達、何んと人の言葉を話す聖樹ちゃん、元気一杯のラタトスクちゃんや品行方正に見えて意外とやんちゃな大蜥蜴の王女様等々。



 ここで得た宝物は枚挙に暇がない。


 それを全て放置して旅立ってもいいのか?? と。本当に後ろ髪惹かれる思いで昨晩は床に就いたのだ。



「某達は既に準備は出来ているが故、出発の行程を早めてもいいのだぞ??」


 新たなる強敵を想像したのか、左肩に留まるシュレンが小さな鼻を忙しなくヒクヒクと動かしながら此方を見上げる。


「挨拶回りをしなきゃいけないから予定通り七日後に出発するよ」


「そうか……。それは仕方が無いな……」



 あらまっ、ちょっと凹んじゃったのかな??


 親犬に叱られた子犬の様に両耳がペタンと垂れ、それと同調する様に尻尾もダランと垂れちゃったし。



「こっちに来て日が浅いお前さん達と違って俺達は本当に多くの人に世話になったんだ。立つ鳥跡を濁さず、じゃあないけども。いつか戻って来た時の為にやっぱり別れの挨拶は必要だと思うんだよ」



 これから俺達は旅の発端となった地図のバツ印の意味を調べにガイノス大陸へと向かい、そしてその次は俺の生まれ故郷であるアイリス大陸南西部に向かう。


 全てを調査し終えたのなら冒険話を土産に此処へ戻って来て竹馬の友達と酒を片手に夜通し語るのだ。


 俺達が体験した不思議や危険を聞くと、きっと皆は目ん玉をひん剥いて驚くだろうさ。



「分かっている。某はそれまで牙を研いでおくとしよう」


「悪いね。よぅ、フウタはもう準備出来ているのか??」


 大変頼りない足取りで俺達の後ろに付いて歩く彼に問う。


「俺様自身は準備出来ているけどよぉ……。もう一人の俺様はまだ準備不足だってさ……」


「あ、あぁ……。うん、そうなんだ。きっと使い過ぎてちょっと休憩が必要なんだよ」



 元気と喧噪の塊みたいな野郎が項垂れて歩く姿を捉えると腹の奥から笑い声が込み上げて来やがる。


 フウタがしょぼくれている理由、それは彼の下半身のアレの所為だ。


 二日前の晩。



『な、なぁダン。男の象徴を使い過ぎて使い物にならなくなったって事あるか??』


 もう直ぐ眠りに落ちそうになっていたその時に一匹の鼠が困惑気味に俺の顔をペシペシと叩く。


『はぁ?? 何だよ、藪から棒に』


『ほら!! 俺様は昨日一日中、女の子達にイイ様に悪戯されていただろ?? 今日の朝起きた時に下半身の調子が悪くてさぁ……。いつもなら向日葵もドン引く位にソソリ立つんだけどぉ……』


『あぁ、朝の生理現象ね。俺の場合はぁ……』


 静かに目を瞑るとシェファに性的に頂かれた翌日の朝の風景を思い出して行く。


 あの時は確か……。



『クスッ、逃げようとしているのにこっちは私と一緒に居たいって言っているよ??』


『それ以上弄っちゃだめぇぇええええ――!!!!』


 っとぉ!! も、もうちょっと後の風景でしたねっ!!


 あっぶねぇ。もう少しで精神的苦痛トラウマの扉を開いちまう所だったぜ。



『ん――。お前さんみたいにミイラ擬きとなって、カッラカラのカッサカサの状態で命辛々性の監獄から逃げ出したからなぁ。朝の生理現象は特に起きなかったぞ??』


『そ、そっか。じゃ、じゃあもう一人の俺様は疲れているから元気が無いんだな!! 眠い所わりぃね!! 助かったぜ!!』



 しょぼくれていた鼠が活力を取り戻して己がベッドに戻って行くと早朝の生理現象を期待して即刻眠りに落ちた。


 しかし、どうやらもう一人のフウタは思っていた以上に疲弊し傷付いていた様である。



『お、おかしいだろ!! 俺様が二日連続朝の生理現象を迎えないなんてぇ!!』


 彼が裸一貫の姿になると俺に向かってダッルダルンに伸び切った己の御柱を勢い良く指差した。


『分かったから一々披露するんじゃねぇ!! 朝一番から野郎の股間なんて見たくねぇんだよ!!!!』


 一番の被害者である俺は思いっきり目を瞑り、自分の枕を野郎の股間目掛けて力の限りに投擲してやったのだ。


 そして、本日も彼は朝の生理現象を迎える事無く一日を始めたのだ。



「こっちに来てから激動の日々を過ごしていただろ?? そ、それに使い過ぎって理由もあると思う。新しい環境に身を置いて、ゆぅぅっくり休めばきっと良くなるさ」


 アハハと乾いた笑みを浮かべて肩を落として進んでいる彼の背を叩いてやる。


「そ、それならいいけどさぁ。一生このままだったら俺様は……、生きている価値なんて無くなっちゃうし」



 男が生殖能力を喪失したのならきっと落胆するだろうなぁ。


 それにフウタは普通の男子よりも性欲が馬鹿みたいに強いし、落ち込む度合いもまた強烈なのだろう。



「う、うん!! きっと大丈夫!! 機能不全に陥ってもフウタ自身を愛してくれる女性が現れてくれるからさ!!」


「不全って言うんじゃねぇ!! 俺様はこの世に別れを告げる時まで一生現役なんだよ!!」


 彼の頭に優しく手を乗せたらそれを勢い良く跳ね退けてしまった。


「もう少し声量を落として話せ、馬鹿者が」


「某もハンナの意見に肯定する。人前で話して良い内容では無いだろう……」



 クソ真面目な二人が呆れた溜息を吐くと、中央通りを東へ西へと元気良く駆けて行く馬達に視線を送った。



「お前らなぁ……。同士ダチが不全で悩んでいるんだぞ?? 相談に乗るのが心情ってもんだろうが」


「そ、その通りだ!! ダン!! やっぱりお前はイイ奴だよなぁ!!」


「俺も一人の男だから苦しいのは分かる!! これから一緒に苦難を乗り越えて行こ――ね!!!!」


「うん!! 俺様頑張るね!!!!」


「「はぁぁ――……」」



「はぁぁああ――い!! 皆さん進んで下さいねぇ――――!!!!」



 先程よりも重たい溜め息を受け取りフウタと固い抱擁を交わしていると本日も交通整理に勤しむ大蜥蜴のあんちゃんから横断の許可を頂いたので、大勢の人波に乗って中央通りを横断。


 その足で今日も大盛況であるシンフォニアの扉を開いた。



「なぁ、一体いつになったら報酬を渡してくれるんだよ」


「い、今計算をしている最中なのでもう少々お待ち下さい!!」


 相も変わらずミミュンの列の前に出来ている列は中々解消されず、刻一刻と伸びて行き。



「えへへ!! 今日も自分は元気良く依頼をこなして来ました!!」


「いつも有難う御座います。御蔭様で助かっていますよ」


 レストの前に出来た列を構成する野郎共の顔はナニかを期待している様に朗らかであり。



「テメェ!! 俺が先に並んだって言ってんだろうが!!」


「はぁ!? 俺の尻尾の方が先に列に到達しましたぁ!!」


「そこの馬鹿野郎二人!! 他の人に迷惑になるから喧嘩なら外でやれぇぇええ――!!!!」


「「し、失礼しましたッ!!」」


 ドナの前に出来た列の大蜥蜴ちゃん達はまるで借りて来た猫の様に大人しく、受付所から雷が放たれたのなら双肩をビクっと上下させて怒られない様に姿勢を正して只前を向いていた。



 ははっ、此処は今日も変わらず良い活気に包まれているぜ。


 まっ、大蜥蜴ちゃん達が放つ饐えた匂いだけは勘弁して欲しいけどね。



「ん?? 列に並ばないのか??」


 いつもならドナの前に出来た列に並ぶのだが、今日はちょっと大切な話をする必要がありますのでね。


「報酬を貰う前にちょいと話しておきたい事があるからさ」



 そう話すと入り口から向かって左手に設置されている椅子に向かって歩み、机の上に夕食前の小腹対策として買っておいたパン一式を広げた。


 ピッディのお肉ちゃんが挟まれたパン、揚げたパンに砂糖を塗した甘味重視のパン、更にお店の隅で寂しそうな表情を浮かべていた焼いた卵を挟んだパン等々。


 傍から見れば素敵な夕食会をこれから始めるのかと思われてしまいますが、残念ながら相棒の胃袋はたったこれっぽちのパンでは満腹にならないのですよ。


 節約を心掛けているが少しでも気を抜くと家系は火の海なのです。


 お母さんは家族の財布をキッチリと守り抜く務めを継続させねばならないのっ。



「どれどれぇ。俺は揚げたパンを食べようかなっ」


「俺様は精が付く様に卵を食すぜ!!」


「某は肉だな」


「あぁ、それは間違いないだろう」


 それぞれが好みのパンを取り、依頼で若しくはそっち方面で失われた体力を補おうとして食事を開始したのだが……。



「頂き……」


 左方向から強烈な視線を感じたので一旦その動きを止めて視線の主を確認した。



「……ッ」



 由緒正しきシンフォニアの受付台の向こう側で報酬受け渡しの業務に勤しむ受付嬢様がとても浮かべるべきではない表情で俺の手元をじぃぃっと見つめている。


 ドナの瞳は獲物を狙う猛った猛禽類の瞳を優に超える熱量を帯び、僅かに腰を浮かしている様からして今直ぐにでもこっちに向かって襲い掛かって来そうだ。


 口内からジャブジャブと溢れて来る涎をせき止める為にプルンっと潤んだ口を必死に閉じ、口内の許容量を超えたのならゴックンと唾液を飲み干す。


 あれは所謂、飢餓錯乱状態って奴だな……。


 普段ならこれ彼女の食欲を以上刺激しない為にそ――っと背を向けて食事をするのですが、本日は嗜虐心が勝ってしまった為。


 敢えてドナに見せびらかす様に揚げたパンを食してやった。



「頂きまぁぁす。はむっ……。うふっ、仄かな甘味がぁ。大変ぅ、美味しいですぅ――」


 甘味に目が無い乙女の様に、頬に両手を当ててイヤイヤと顔を振るととんでもねぇ仕返しが襲い掛かって来やがった。


「私はお腹が空いているんだから見せびらかすなぁぁああ――――!!!!」


「アベチッ!?」


 恐らく受付台の上に文鎮代わりに使用していたであろうまぁまぁ重い石がこめかみに直撃。


「い、い、いってぇなぁ!!!! 血が出たらど――すんだよ!!」


 床の上に転がり、使用用途を間違った石を拾い上げて素直な憤りを叫んでやった。


「私の逆鱗に触れたあんたが悪い。次ぃ!! 早く依頼書を持って来い!!!!」


「へ、へいっ!!」



 ったく。あの暴力がなければ可愛いってのによぉ……。



「あの姉ちゃんは相変わらずだなぁ」


 フウタが忙しなく咀嚼を続けながら今も荒れ狂う鬼神の表情で業務に追われているドナへ視線を送る。


「それが良い所じゃねぇか。表裏が無い人ってのは意外と少ないんだぜ??」


「誰しもが面に出さない顔がある、か。って事は俺様も数少ない表裏が無い人って事になるな!!」


「貴様の場合は表も裏も変わらないという意味であろう」



 口の中の咀嚼物が此方に向かって来ない様に敢えてフウタから距離を取って食事を続けているシュレンが溜息混じりにそう話す。



「んだと!? テメェの裏の顔はムッツリじゃねぇか!! 俺様は敢えて、そう敢えて裏の顔を出して女の子達と接しているんだよ!!」


「それが裏目に出て酷い目に遭ったでは無いか。相手の気持ちを察して行動に移る。その美学を一から学べ」



 ほぉ、シュレンの考えは淫猥一色のフウタと違って大変奥ゆかしいものがありそうですなぁ。


 相手が疲れた表情を浮かべているのなら手を差し伸べ、涙を流しているのなら優しい声色で伺い、怒っているのならその理由を聞いて解決に一役を買い、笑っているのなら一緒に口角を上げてあげる。


 所謂、察しと思い遣りって奴ですわね!!!!


 彼の育ての親である祖父は大変心の広い方なのかも知れない。機会があれば一度会ってみたいぜ。



「ちぃ……。一々そんな事を気にしていたら肩が狭くて思い通りに行動出来ねぇじゃねぇか」


「社会には色んな人が居る。十人十色って奴さ。み――んなシュレンみたいな人だったら世の中は静寂で包まれ、フウタみたいな奴等ばかりだったら喧噪が渦巻く。沢山の色の人が居るから世界は素敵な色に輝くのであって、その色を楽しむのが大人の嗜みって奴さ」


「んだよ、ダン。優等生みたいな解答をしやがって」


「これは俺が得た処世術さ。色んな所に出掛けていると色んな人に必然的に出会う。彼等の考え方、物事の捉え方、生き方。その他諸々を吸収して己の人生観に供えればお前さんも俺みたいに賢く生きられる筈さっ」



 俺の顔をじぃっと見つめているフウタの肩を優しくポンっと叩いてやる。



「その割には酷い目に遭っているではないか」


 んぅ!! ハンナちゃん!! それは言わない約束よ!?


 それは悲運の星の下に生まれた者の宿命って奴なのです!!


「どうしても避けられない危機ってのは必ずあるものさ。俺の場合はその危機が人一倍多いんだよ……」



 しょんぼりと肩を落として大変甘いパンを食んでいると相棒と出会ってから襲い掛かって来た危機が脳裏を過って行く。


 今更だけどさ、よくもまぁ生き永らえる事が出来たよな??


 今も元気良く心臓ちゃんが動いているのは己の実力なのか将又運なのか……。


 それは定かでは無いが、人生というながぁい道を歩き続けて行く上でかけがえのない素敵な友人達と出会えた事は素直に嬉しいぜ。



「ハンナ、そこのパンを取ってくれ」


「分かった」


「ダン!! 卵のパンをもう一個食っていいか!?」


「好きにお食べなさい」



 小さな夕食会だけでもこうして温かな気持ちが湧いて来るのは無意識の内にもう一人の俺がその事を認めているからであろう。


 俺の旅立ちは間違っていなかった。


 笑い合い、肩を叩き合いながらそんな事を考えていると此処の大御所が静かに席を立ち。女性らしからぬ大股で此方に向かってやって来た。



「あんた達ぃ……。腹ペコの私の前でよくもまぁ――上等ブチかましてくれているわね??」


 怒りでドナの双肩がワナワナと微かに震え、右の拳を今にも炸裂させようとしてぎゅぅっと強く握り締めている。


 少しでも彼女の気に障ったのなら、あの硬そうな拳が頬を穿つ事であろう。


「い、いやね?? 報酬の受け取りの列が想像以上に長かったからさ」


「我慢すれば良かったじゃん。大体、これから掃除するってのにそこを汚したら余計な仕事が増えるでしょうが!!」


「お、仰る通りで!! と、所でドナ様。い、今お時間宜しいでしょうか??」


「何」



 声、つめたっ!!



「あ、あのですね。私の口から直接伝えたい事がありましてぇ……。宜しければ個室を貸して頂ければ幸いであります」


「はっ?? 大事な話って事??」


 右手の拳を解除して逆鱗から大変真面目な瞳の色に変わる。


「その通りで御座います。勿論タダではと申しません。ささ、此方をお納め下さいましっ」


 女性が好みそうな甘いパンがみっちり詰まっている袋を手渡してあげる。


「いいの!? やったね!! レスト、ミミュン!! パンあるからこっち来なよ――!!」


 受付台の向こう側で真面目な顔で作業を続けている二人に手招きをする。



「わぁ!! 皆楽しそうだね!!」


「ハンナさん、御隣失礼しますね」


「か、構わん」


「さて!! 私も食べようかな――っと!!」



 い、いやいや。


 大事な話があると伝えたばかりなのにど――してチミは俺の隣に男らしい所作で腰掛けたのだい??



「あ、あのぉ。ドナさん??」


「ふぁっ??」



 お行儀が悪いので口にパンを食んだまま話さない!!



「私、今大切な話があるとお伝えしたばかりですよね??」


「あぁ――……。個室行くのが面倒だから此処で話せ」


 何故命令形?? 俺は貴女の僕ではありませんぜ??


「はぁ――、いいよ。どうせ皆に伝わる話だし。オホン、では……。俺達はこの大陸でなすべき事を終えたので本日より七日後に新たなる大陸へ向かって旅立ちます!!!!」


 一つ咳払いをして、ちょいと大袈裟に席を立つと旅立ちを告げてあげた。



「えぇ!? もう行っちゃうの!? 折角仲良くなったばかりなのに!!」


 ミミュンがクリクリの大きな目を見開いて此方を見上げ。


「ハンナさん、本当なのですか??」


「む、無論だ。キマイラとの交渉を終え行政側の依頼を全て終わらせたからな」


 レストは相棒にそっと寄り添って真意を問うた。


 そして、このシンフォニアの大魔王様と言えば……。



「……っ」


 信じられない。


 そんな風に大変驚いた瞳の色で俺を見上げていた。


「ドナ、どうした??」


「へっ!? あ、あぁ。うん、いつか旅立つって知っていたけどさ。急だから驚いちゃった」


「安心しろって。冒険が一段落したらまた戻って来るから」


「そうよね。永遠の別れって訳じゃないもんね……」


 気の合う連中とパンを食みながらではなく、大袈裟な別れならもっと畏まった席で話すって……。


「五月蠅いダン達が居なくなったら寂しいよねぇ……。そうだ!! 明日の夜お別れ会をしない!?」



 ミミュンが小さな手でポンっと柏手を放つ。


 お別れ会??


 と、言いますか。五月蠅いは余計だと思います。



「私達の家で皆が集まってさ!! 盛大にダン達の出発を祝うんだよ!!」


「おぉ!! それは面白そうだな!! 俺様は乗ったぜ!!」


 鼠の姿に変わったシュレンがミミュンの手と手を合わせて軽快な音を鳴らす。


「私は構いませんよ。ハンナさんはどうでですか??」


「か、構わんっ」


「某も賛成しよう」



 皆は参加の方向ね。


 ドナはどうかな……。やれアレを買って行こう、やれ大量の肉を購入しよう等々。


 宴の席で用意すべき食材を考えて明るい話題が飛び交っている輪を他所に彼女の顔をチラっと窺うと……。



「……」



 先程までの鬼神は何処へやら。


 恋人との別れを悲しむ乙女の表情を浮かべて食べかけのパンをじぃっと見つめていた。



「ドナは賛成だよな??」


「え??あ、うん。勿論賛成よ??」



 俺に言葉を掛けられて初めて気が付いたって感じだな。


 ん――……。こりゃいかん。ちょいとダンお兄さんがお節介を掛けてあげようかしらね。



「ドナ、ちょっとこっちに来て」


「へ?? ちょ、ちょっと!!」



 彼女の手を取り、大蜥蜴達が残して行った饐えた匂いがまだまだ漂う受付所から表に出た。



「ふぅ――。夜風が気持ち良いぜ」


「う、うん。そうだね」



 夜の帳が下りた街にビュウと吹いて行く風が優しく肌を撫でると心地良い涼しさを感じる事が出来る。


 星達はまだ寝起きなのか、その光量は本当に頼りないが夜を迎える準備が出来ていない者にとってはあの儚げな明るさが丁度良いのかも知れない。



「ちょっと歩こうか」


「良いよ」


 大通りを西へ向かって歩み始めると家路に急ぐ沢山の大蜥蜴ちゃん達とすれ違う。


 彼等の表情は皆一様に陽性に包まれているのだが、ラタトスクの彼女は普段の生活態度からは想像出来ない程に落ち込んでいた。


「ドナ、急に告げてごめんな?? 中々時間が取れなくて伝えられなかったんだよ」


「別にいいって。それよりも次は何処へ向かうの??」


「此処からずぅっと北西に向かった所にあるガイノス大陸って場所だよ」


「ふぅん。そこに何があるのか分からないけど無茶な真似だけは止めてよね」


「俺がそういう事をする前提で話をするのを止めて」


「だってそれがダンらしいんだもん」



 あはは、いいぞ。


 ちょっとずつだけどいつもの調子を取り戻して来たな。



「ひでぇなぁ。俺は慎ましく生きているつもりだぜ??」


「ダンはそうしているつもりでも向こうから五月蠅さが押し寄せて来るんだよ。ほら、光に吸い寄せられる小さな虫みたいに」


「その通りかもなぁ。気が付いたらフウタ達が側に居るし。あ、そうそう!! この前もさぁ……」



 それから暫く、俺達は徐々に人通りが少なくなりつつある西大通りを全然疲れない速度で進みながら他愛の無い世間話を続けていた。


 此方が苦労した話をすればドナもそれに合わせた相槌と話をして、彼女が笑い話をすれば此方もそれに似た話を提供する。


 永遠に続くと思われた仲睦まじい男女間の世間話であったが、背の高い西門が現れいつしか道が終わりを告げると俺達の会話も途切れてしまった。



 王都の中央から西門までかなりの距離があるってのに全然時間の経過を感じ無かったぞ。


 時間の流れを掴めなかった最たる理由は恐らく、俺自身がドナとの会話に飢えていたのだろうさ。



「わっ、もう道の端まで着いちゃったね」


 彼女も俺と同じ感情を抱いているのか、少し驚いた表情を浮かべると門の上に立つ篝火に視線を送った。


「ハンナ達も待っているし。このまま踵を返すか」


「そうしよっか。ね?? ダン……」


「ん――??」



「私はずっと此処で待っているからね」



 ドナがふと歩みを止めるとか弱い笑みを浮かべて静かに俺を見上げた。


 その瞳の奥は不安や寂しさで染まっており、普段の快活な姿とはかけ離れ姿に俺の心臓ちゃんは思わずキャァっと可愛い声を上げて素直に驚いてしまった。



 びっくりしたぁ……。ドナってこんな表情も浮かべるんだ。



「おう!! たぁくさんの冒険話をお土産に絶対帰って来るからな!!」


「ふふっ、うん。待ってる。さぁって!! 明日の夜は馬鹿みたいに食べて、馬鹿みたいに飲むぞぉぉおお――!!」


 お、お嬢さん。もう夜なのですから声量を抑えて下さいまし。


 ほら、道行く人が何事かと思って此方に振り返ったでしょう??


「程々にしておけよ」


「ヤダっ!! しんみりした別れは嫌いだもん!!」


 左様で御座いますか。


「私達は明日も仕事だからぁ……。後で買って来て欲しい物を纏めておくからダン達はそれを全て!! キチンと揃えて来なさい」


「エ゛ッ!? 支払いは俺持ちなの!?」


「勿論よ。私達は残されて行く側なんだからそっちが払って当然でしょうに」



 ミキシオン陛下から褒賞を頂いたけれども……、果たして手持ちで足りるのでしょうか。


 ドナ達の胃袋は意外としっかりしているからそれだけが不安だぜ……。


 明るい月の光を頼りに西大通りを進み先程と同じく他愛の無い会話を続けて行く。先程と変わった所と言えば、ドナの表情だな。



「あはは。ば――か。私の胃袋は天下無敵なのよ??」



 まるで地上に太陽が出現したのかと錯覚してしまう程に光り輝く彼女の笑みを見つめていると心と体が高揚しているのを嫌でも理解してしまう。


 もう直ぐこの素敵な笑みともお別れ。


 そう思うと心がチクっと痛んでしまう。


 俺も彼女と同じく此処に居る事を望んでいるのかも知れない。しかし、その一方で未だ見ぬ冒険に想いを馳せている自分も居るのだ。


 この相対的事象を解決しない限り此処に居ては駄目だ。


 我儘な自分にそう言い聞かせつつ、地上に現れた太陽ちゃんと共に肩を並べながら夜の散歩を時間が許す限り思いっきり楽しんでいたのだった。




お疲れ様でした。


今更気が付いたのですが……。この御話の中の一年を初めて本話で触れた気がします。


彼等が住む星の一年は三百六十日。一か月三十日の計十二か月で経過します。勿論うるう年も存在しますが、それに触れるのはまた後の御話になります。



さて、南の大陸編も残す所後数話で御座います。


さり気なく開始時を確認すると、何んとほぼ一年掛かりで執筆していた事に気付いてしまいました!! そりゃ長く感じる訳ですよ……。次の大陸ではそう長居をしませんので御安心?? して下さいませ。



そして、ブックマークをして頂き有難う御座いました!!


執筆活動の嬉しい励みとなりましたよ!!!!


それでは皆様、お休みなさいませ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ