第百六十五話 真実は暗き海の底へ その二+おまけ
お疲れ様です。
後半部分の投稿になります。一万文字を超える長文となっておりますので予めご了承下さいませ。
「隊長、情けない歩みを解除してさっさと早く来て下さい。私は食器洗いをしたくありませんので」
「隊長に向かって命令するな!! せ、斥候の任務は前方の脅威を後方に伝える役割を担っているのだから離れるのは当然だろう!?」
「今は公務中ではありません。それに……。私はもっと貴方に近付きたいのですよ??」
おやおやぁ……?? 向こうの道も何だかイケナイ雰囲気に向かって行く気配がしますねぇ。
これは彼等の保護者としてちょっと様子を見守る必要がありそうですな!!!!
『レシーヌ王女様。ちょぉぉっと悪い事をしませんかっ??』
『ふふっ、私も今そう考えていた所ですよ』
俺と同じく聞き耳を立てていたレシーヌ王女様が淑女として相応しくない悪い笑みを浮かべると俺に続いて薮の中に突入を開始した。
抜き足差し足、忍び足。
地面に広がる天然自然の罠を踏まぬ様、大変慎重な歩みで彼等が進んでいると思しき道へと向かって行く。
「へっ!? ち、近付きたいとは一体どういう意味だ??」
「ありのままの意味です。私が病室で貴方に伝えた言葉を覚えていますか??」
「む、む、無論だ。忘れる訳ないだろう、あんな強烈な台詞……」
お――いおいおい。一体チミ達は俺達が死にそうになっている間にナニをしたというのかね。
病室はあくまでも怪我や病気を治す為に使用すべきであり、そういう事をする前提で作られていないのですよ??
思春期真っ只中の大蜥蜴とラタトスクちゃんが進んでいる道の直ぐ側に到着すると四つん這いの姿勢で聞き耳を立ててそ――っと様子を窺い始めた。
「ダン達が旅立つとこれまで以上に忙しくなるだろう。彼等の抜けた穴、それに俺は部下の面倒を見なければならない。今の仕事が落ち着き、そして全てを迎え入れる準備が出来たのならトニアの気持ちに応えよう……」
「有難う、グレイオス……」
ちょいと背の高い茂みから彼等の様子を覗くとあろうことか彼等は本来の目的を忘れて大変甘い視線を宙で絡み合わせているではありませんか!!
んまぁ!! お母さんの目の届かない所で何て破廉恥な行為に及んでいるの!?
そ、それにぃ!! 俺達が古代遺跡で死に物狂いで戦っている最中にあ、甘い告白をするなんて以ての外だぜ!!
『あ、あの野郎ぉ。ヤル事はちゃんとヤっていやがったな……』
誰にもぶつけようのない怒りを誤魔化す為に右手の拳を痛い程握り締めて憎悪を籠めた瞳で今も見つめ合っている両者を睨みつけてやった。
「さ、さて。黄色い花を採取しに行くか」
「えぇ分かりました」
恋人同士が放つあまぁい空気を撒き散らしながら彼等が立ち去ると俺と同じ様に四つん這いの姿勢で覗き行為を行っていたレシーヌ王女様が矮小な声を漏らした。
『そろそろ秒読み段階だと考えていましたが……。まさかあれ程までに接近しているとは思いませんでしたよ』
『自分も何となくそんな感じはしていましたけども、時と場合ってのがあると思いますっ。よりにもよって俺達が血反吐を吐いて危険を乗り越えているって時に、しかも!! 病室でイチャイチャしていたのですよ!?』
『彼等の仕事はいつ自分の命が消失してしまうのか分かりませんからね。その時を逃せば一生後悔してしまう。トニア副隊長はそう考え、勇気を出してグレイオス隊長に告白したんだと思いますっ』
それはまぁ理解出来ますよ?? そして友人達が危機に晒されている時に告白するのも百歩譲って許しましょう。
でもね?? 俺の心は羨望や妬みや嫉みでゴウゴウと燃え滾っているのです!!
あの思春期大蜥蜴はぜっったいに許すまじ……。
悪しき心が善の心の尻を思いっきり蹴飛ばして俺の心を占領。
如何にして復讐を果たしてやろうかと猛烈な勢いで計画を企てていると俺の気持ちを露知らぬ彼等が普段通りの歩調で戻って来た。
「わはは!! 意外と近くにあったな!!」
「食後の散歩に適した距離で助かりましたね」
グレイオス隊長、トニア副隊長の両名が右手に一輪の黄色い花を持ち俺達の前を通過すると屋敷方向へ向かって行く。
両名の軽快な足音が徐々に遠ざかって行き闇の中に存在が消えそうになると、ある計画がふと脳裏に過った。
にしし!! そうだよ、さっきの怪談を利用すればいいんじゃないか!!
俺ってどうしてこうも悪知恵が働くのかしらねぇ……
「すぅ――……」
四つん這いの姿勢を解除して胡坐の姿勢に移行すると胸一杯に空気を取り込み、グレイオス隊長の恐怖心を盛大に刺激する為に全島に轟く絶叫を放ってやった。
「おぉぉ――い――ぃぃ!!!!」
「ぬぉがっ!?!?」
俺の絶叫が耳に届いたのだろう。
暗闇の中からグレイオス隊長の驚く声が返って来た。
「び、びっくりしたぁ。急に叫ばないで下さいよ」
「あはは、御免なさい。彼の恐怖心を煽ってやろうと考えましてね」
怒った様な呆れた様な。
その両方にも捉えられる表情を浮かべているレシーヌ王女様に片目をパチンと瞑ってあげる。
「成程、怪談を利用しようとしているのですね??」
正解です。
そんな意味を含ませて一つ頷く。
「それでは第二弾を開始しましょう!! すぅ――……。ぉぉおおおお――いぃぃ……」
今度は先程よりも声色を低くして、遠い彼方から届いた様な声の震わせ方で叫んでやる。
「ぬぅ!? だ、誰だ!? 何処で叫んでいる!?」
ギャハハ!! 効果覿面の様ですなっ!!
周囲に蔓延る暗闇、数十分前に聞いた怪談の相乗効果が気骨稜々の彼を苦しめている様だ。
「さて?? レシーヌ王女様?? あの思春期大蜥蜴ちゃんをもぉぉっと怖がらせる為に協力して下さいません??」
わぁるい笑みを浮かべて彼女を見つめると意外や意外。
「協力を要請されたらし、仕方がありませんねっ」
意外と乗り気のレシーヌ王女様が意地の悪い笑みを浮かべて彼等が居ると思しき闇の方へ顔を向けてくれた。
くぬふふ……。虫も殺さぬ善き顔をしながら、意外とお主も悪よのぉ……。
「では行きましょうかっ」
「はいっ!!」
「「すぅぅ――……。おおぉぉぉぉ――――いぃぃいい――!!」」
俺とレシーヌ王女様が足並み合わせ、しかも普段の声色とは真逆の声で叫ぶと。
「ひゃぁい!? こ、今度は女性の声も混じり始めたぞ!? トニア副隊長!! 一時撤退だ!! 屋敷に避難する!!」
「あ、ちょっと待って下さいよ」
恐怖心に打ち倒された王都守備隊の隊長の慌てた足音と、冷静沈着な王都守備隊の副隊長の足音が屋敷の方へ向かって去って行った。
「ぎゃはは!! ざまぁみろってんだ!!」
藪の中から道へ躍り出て勝鬨を上げてやる。
「もぅ、意地悪し過ぎですよ。グレイオス隊長の心に精神的苦痛が刻み込まれたどうするんですかっ」
レシーヌ王女様も俺と同じく道に出て彼等が去って行った闇へと視線を送る。
「アイツ等はそんなやわな鍛え方をしていませんって。と、言いますか。レシーヌ王女様も意外と悪戯好きですよね」
「こう見えて幼い頃は悪戯好きだったんですよ??」
彼女が此方へ振り返り、えっへんと胸を張る。
「今は公務や立場の所為もあってか、自分を出す機会が中々訪れませんけど……。久し振りに童心に帰った気分ですよ。さて!! 早く花を採取して帰りましょう!! ティスロ達に先を越される訳にはいきませんよ!!」
了解しました、隊長殿。
肝試しを始める前は周囲に蔓延る闇に対して億劫になっていたが大分慣れて来たのか、将又悪戯が彼女の心を潤した所為なのか。
勇ましい足取りで花が咲いていると思しき道の奥へと一人向かって行く。
「置いて行かないで下さいよ」
「もう暗い所は慣れましたからね。魑魅魍魎だろうが、悪霊だろうが何でも掛かって来いって感じですっ」
「勇ましいのは結構ですけどそんなに急いで歩くと転んで……」
彼女の勇ましい背に続いて歩いて行くと。
『ぉぉ――ぃ――……』
蚊の羽音の様な小さな叫び声が前方……、いいや。左前方か??
音の発生源は特定出来ないが何処からともなく俺達の鼓膜を優しく揺らす叫び声が聞こえて来たので歩みを止めてしまった。
「今の声は……」
レシーヌ王女様が勇ましい歩みを止めると数秒前とは打って変わって酷く怯えた様子で周囲を窺う。
「あぁ、きっとハンナ達でしょう。ほら自分達の声が向こうにも届いて、そして此方を驚かしてやろうとワンパクしているんですよっと」
クソ真面目な相棒じゃなくてきっとティスロが提言したのだろうさ。
意外とお茶目な一面もあるじゃないか。
「あの二人が、ですか??」
ちょっと信じられませんね。
そんな猜疑心に塗れた瞳で此方を見つめる。
「ハンナじゃなくてティスロの企てですよ。魔法の扱いに長けた彼女なら音量を抑え、音の発生源を不明瞭に出来るかも知れませんし」
「だとしたら魔力の発生を感じる事が出来ますよね??」
「――――。え、えぇ。そうなりますね……」
あ、あらあらぁ?? おかしいなぁ。
とても小さな叫び声が聞こえる前に魔力の鼓動を一切感じる事が出来なかったぞ??
「た、多分!! 魔力を抑えて発動させたのですよ!! ほら!! アイツ等とはかなり離れていますし!?」
「そ、そうですよね!! きっとそうですよ!!」
そうに違いない!!
無理矢理にでも自分達にそう言い聞かせ、まるで錆びた蝶番の様なガッチガチに硬い歩みで道の上を歩いていると再び声が聞こえて来た。
『『おぉ――いぃ――』』
しかも今度は男女両名の声が入り混じった奴だしっ!!!!
「ダ、ダン!! 聞こえましたよね!?」
両目に大粒の涙を溜めた彼女が俺の肩を痛い程食んで海の方角へ向かって指を差す。
「ハンナ達が猛烈な動きで海辺へと移動して、それから俺達を驚かそうとして声を出したのですッ!!」
「だったら確認して来て下さいよ!!」
な、何ですと!?
この状況下で海辺へと向かって行けというのですか!?
「聞こえない振りをして進めばいいんですっ。大抵の幽霊は見えて居る者に気付いて欲しいからその姿を現すだけであって、自分達の存在に気付かない者には人畜無害なのですから」
「その言い方ですと今の叫び声は幽霊が放ったって事になってしまうじゃないですか!!」
「で、でしたら自分達の幻聴という事で片付けましょう!! 恐らく、恐怖心が精神及び身体に深い影響を与え在りもしない声を頭の中で勝手に想像してぇ……」
暗い夜道で一国の王女様と討論を続けていると、俺の仮説を見事なまでにぶち壊してしまう存在がノロノロとした速度で近付いて来やがった。
「む?? そこで一体何を言い合っているのだ??」
「あはっ、レシーヌ王女様。まだ黄色い花を採取していないのですね。早く取りに行かないと皿洗いが待っていますよ??」
「「し、し、し、失礼しま――すっ!!!!」」
海の方角からではなく。
俺達の『真正面』 から歩いて来たハンナ達を捉えると俺達は恥じも外聞もかなぐり捨てて屋敷の方へ向かって全力で駆け始めた。
「ダンッ!! ティスロ達が正面から来たじゃないですか!!」
「あれも気の所為ですぅっ!! 俺達は一種の錯乱状態に陥っているので幻影を見たのです!!」
「全部気の迷いで片付けないで下さいよ!!!!」
「それが一番都合がいいですからね!!」
猛獣から逃れる脱兎が思わずポカんと口を開けてしまう速さで安寧を求めて屋敷へ向かって駆けて行く。
意外と足の速いレシーヌ王女様と並走していると、ふと互いの視線が宙で交じり合う。
「ふふっ、何だか楽しいですよね」
「えぇ、童心に帰った気分ですよ」
闇が蔓延る森の中で行った肝試し、友人の家で部屋を真っ暗にして交わした怪談。
毎年恒例の夏の風物詩を堪能していると十代前半の大変青臭い記憶が蘇って来る。
大人になるとそれを味わう暇も無く時が過ぎて行くのだが偶にはこうして社会の肩書や地位を忘れて立ち止まり、一度しか無い人生を楽しむのも大切なのだと思い知るべきだ。
「ほら!! 早く走らないとこわぁい幽霊さんに追いつかれてしまいますよ??」
彼女の前に出ると懸命に両足を動かしているレシーヌ王女様に向かって右手を差し出す。
「は、はい!! 行きましょうか!!」
俺の右手を捉えた彼女は周囲の闇を打ち払う様なとても明るい満面の笑みを浮かべると、差し出した右手を女性らしい力でぎゅっと掴む。
「俺達に掛けられた呪いをグレイオス隊長達に擦り付けてから屋敷に帰りましょうね!!」
「あはっ!! それは良い考えですねっ!!」
あらあら、品行方正な王女様らしからぬ意地悪な答えじゃあありませんか。
きっと俺の悪い部分が彼女の真面目な心を侵食してしまったのでしょう。願わくば、王宮に帰るまでにその意地悪な部分をそぎ落として下さいね??
「む?? ダン!! お前は俺達を抜かそうとしているのか!?」
「違うって――!! はい、ど――ぞ!!」
トニア副隊長と肩を並べて歩いていたグレイオス隊長の左肩に勢い良く手を乗せると。
「私も失礼しますね――!!」
彼女もまた追い抜かし様に彼の左肩に勢い良く手を乗せた。
「わはは!! 何だ何だ、二人共。この闇が怖いから急いでいるのかぁ!?」
「その意見には同意できませんけど……。あぁして手を繋いでいるのが非常に羨ましいですね」
「だ、駄目だぞ、睨んでも……。俺達はまだそういった関係では無いのだからな」
「はぁ――……。臆病な大蜥蜴は一体いつになったら脱皮をして勇猛果敢になるのでしょうか」
「俺を天然自然の蜥蜴と一緒にするな!!!!」
大海原にポツンと浮かぶ孤島に大男の叫び声がこだまする。
それは周囲の空気に乗って夜の海にまで届いたのだが、その声量を捉えた海に潜む超自然的な者達はこれ以上の接触を試みるのは諦めてしまった。
彼等が放つ光は眩し過ぎるが故、自分達の存在が強烈な光によって消失してしまうのではないかと考えたからだ。
「ダン!! 私の手を離さないで下さいね!?」
「勿論ですよ!!」
「絶対!! 絶対ですからねぇ――!!!!」
形容し難い連中が深い海の底へ帰る途中。二度、三度も届く明るい声色が彼等の魂を揺さぶる。
光を優に凌駕する男女の明るい声色を背に受け止めた彼等は己の心を光で満たし、闇の底でその光を糧にして安眠しようと考えた。
僅か数時間で得た光の量は彼等の数百年分に値する。
形容し難いナニか達は大変満足気な表情を浮かべ、本当に静かな速度で海の底へと向かい。闇のみが存在する海の底でいつまでの静かに眠り続けていたのだった。
~おまけ~
「いらっしゃいませ――!! 間も無く閉店ですのでお安く取引させて頂きますよ――!!」
「安い!! 早い!! 美味い!! 三拍子揃った当店のパンは如何ですか――!?」
夜の始まりだというのにまだまだ絶賛営業中の服屋、在庫を抱えては明日以降の営業の響くと考え必死に売れ残りのパンを売るお店等々。
素敵な天然自然の島から文化が蔓延る都会に帰って来ると、人間社会に戻って来たのだと痛感してしまう。
自然の中に感じた静けさは一体何処へやら。
街の大変を占める大蜥蜴ちゃん達が放つ喧噪は天に轟き、天界に住まう神々の憩いの時を邪魔してしまう程に盛大なものであった。
「うっるせぇなぁ――……。どいつもこいつも好き勝手に叫びやがって」
王都の南大通りを南下しつつ誰を恨む訳でもないのに方々へ向かって愚痴を放つ。
「ほぉ、珍しいな。貴様が俺の愚痴を代弁するとは」
俺の右隣り。
出発前とは打って変わり随分と顔艶の良いハンナが真正面を捉えながら話す。
「こちとら休暇最終日だってのにさぁ。レシーヌ王女様に朝も早くから起こされて釣りを強要され、しかも釣った魚を料理しろと言うじゃあありませんか。愚痴の一つや二つは出ちまうのが人の心情って奴さ」
『ダン!! お早うございますっ!! 釣りに行きましょうか!!』
日頃の疲れを拭い去る為にゆっくり寝ようとしていた俺の計画は早朝から破綻。
遊び盛りの子供を持つ休日のお父さんの気持ちを痛い程理解して起き上がると彼女に手を取られてカンカン照りの桟橋へと向かった。
『今日は何の魚を釣ります?? 昨日のカサゴも美味しかったですし、違う魚も釣ってみたいです!!』
『分かりましたから一旦落ち着きましょう?? 魚は臆病ですので声に敏感に反応してしまいますので』
『そ、そうでしたね!! では早速釣りの準備を始めましょうか!!』
俺の意見を聞きそうで全く聞いていなかった彼女の指示に従い釣りの準備を始め、道具一式を揃えたので鼻息荒く俺の一挙手一投足を観察し続けていたレシーヌ王女様に釣竿を譲渡。
それからは流れる雲をおかずにしてうとうとしていたのですがぁ……。
『今日で休暇はお終いですからねぇ。最後に大物を釣って皆をアッと驚かせてあげるのが私の計画なのですっ』
俺の休暇計画は貴女の所為で既に破綻してしまいましたよ??
そう言いたいのをグッと堪え、アハハと乾いた笑みを放った。
『も――、私が釣れないと思っていますよね?? そうやって人の努力を笑うのは……。むっ!? あ、当たりが来ましたよ!!』
流石強運、豪運の星の下に生まれし者。たった一投で当たりを引き寄せるとは……。
羨ましいやら妬ましいやら。
『浮きが沈むのを待ってぇ……。えぇいっ!!!!』
だがしかし、今回ばかりは運に見放された様だ。
『あ――!! 外れちゃいましたぁ!!!!』
相棒、若しくは気の置ける友人ならざまぁぁああみろぉぉおお――!! っと思いっきり悪態を付いてやるのだが。
ここでそんな事をしたら確実に牢屋へブチ込まれてしまうので彼女の失敗を適当に笑って流してあげた。
『そうやって私の努力を笑って……。いいです!! 次こそは絶対に釣って……、あらら。針が風に流されて……』
餌となる蚯蚓を付けようとして宙に浮かせていた針が微風に乗って漂い、どういう訳か俺の鼻の穴に向かって豪快な着地を決めやがった。
『いでででで!! レシーヌ王女様!! は、針が鼻の穴にブッ刺さって居ますので引っ張らないでぇ!!』
『おぉ――……。確かにふかぁく刺さっていますねぇ。――――。えいっ』
『ぎぃぇぇええええ――――!!!!』
意外と嗜虐心強い王女様の悪戯を真面に鼻の穴に受けると眠気が地平線の彼方へ消失。
何とか針を取り外すとこれ以上彼女の攻撃を受けまいとして渋々釣りに参加させて頂いたのだ。
ワンパク王女様のお陰様で寝不足で、しかも日焼けが少々痛みますよ――っと。
「今日のカサゴも美味かったぞ」
昼食時のカサゴの唐揚の味を思い出したのか。
ハンナの前髪がふっわぁぁっと微かに浮き出す。
「お前さんは食う係だから羨ましいぜ。っと、こっちだったな……」
人と大蜥蜴でごった返す南大通りから静けさが蔓延る裏道へと足を踏み入れ、慣れた歩みで贔屓に使用させて頂ている宿へと向かう。
この微妙に薄汚れた裏通りを進むのも後僅か。そう考えると愛おしく見えて来るぜ。
「いらっしゃ……。何だ、あんた達かよ」
安宿の受付に入ると見慣れた大蜥蜴ちゃんが腰を上げそうで上げない、そんな微妙な姿勢で迎えてくれる。
「もうちょっと丁寧に迎えたら?? 俺達は一応客だぜ??」
「へいへい、次からはそうしますよ――っと」
若い大蜥蜴がふわぁっと欠伸を放つと手元の受付台に乗せていた本に手を伸ばし、俺達の存在を一切合切無視して読み始めてしまった。
ったく、愛嬌があるのか無いのか。相変わらずの接客態度だよなぁ。
まぁ安いからそこまで店員に満点の態度を望むのはお門違いって奴だよね。
受付から向かって右側の廊下へと進み、ちょいと埃っぽい廊下を進んで最奥の部屋の前に到着すると静かに薄汚れた扉をノックした。
「よぉ――っす。帰って来たぞ――」
「――――。ふむ、随分と日に焼けたな」
シュレンが物音を一切発生させずに扉を開いて招いてくれる。
本日も顔のほぼ全てを覆い付くす黒装束は健在で御座いますか。
「南の島の日差しは強烈過ぎたぜ……」
「その日焼け具合を見れば一目瞭然だ」
彼が鼠の姿に変わるとお気に入りである窓際へと四つ足を器用に動かして向かい、窓際に到着すると此方に大変可愛いお尻を向けて夜空に浮かぶ月を眺めた。
まるで故郷の月を思い出している様に彼の目元は柔和に細く、静寂を好むシュレンらしい落ち着いた姿だ。
「何か変わった事は無かったか??」
ベッドの脇に適当に荷物を置き、よっこいしょっと情けない声を放ちつつ硬いとも柔らかいとも判断出来るベッドの淵に腰掛ける。
「某は新たなる旅に向けて装備の準備に余念が無かったのでそこまでの変化は無い。あるとしたらそこのシーツの中に居る愚か者であろう……」
シュレンが溜息を吐き、フウタが使用しているベッドへ呆れた視線を送る。
「フウタが?? おい、さっきから全然動きを見せないけど一体何がぁ……」
いつもなら余計な動きや言動で人に迷惑を掛ける馬鹿野郎が一言も喋っていない事に違和感を覚えてシーツを捲ると、そこには俺の想像を超える惨状が広がっていた。
「カ、カペペ……」
人の姿をしたフウタの装束は所々開け、顔色は重病を罹患したかの様にさっと青ざめている。
十日間飲まず食わず熱砂の中を移動したかの様に頬は痩せこけ、生気の無い瞳がぼぅっと宙を見つめる。
己の生を維持させようとして懸命に呼吸を続けているが……。医者から見ればきっと余命数時間であると非情な診断結果を遺族に告げるだろうさ。
「お、おいおい!! 俺達が居ない間に何があったんだよ!?」
彼の肩を優しく掴み、体に障らない程度に揺らしつつ問う。
「あ、あぁ……。ダンか。お、俺様は……。俺様は……」
俺様は??
しっかり遺言を聞いてやるから最後までキチンと伝えやがれ。
「俺様は……。この世にある天国を見付けたんだ」
「は?? 天国??」
コイツ、今際の際で一体何を言ってやがるんだ??
「あぁ、そうだ。お前達が島へ休暇に行っている間、俺様は歓楽街に出掛けて目星を付けていた店にお邪魔させて頂いてさ。そこで値段相応の戯を楽しんでいたんだ。んで、俺様の接客を相手してくれたお姉さんにある店を紹介して貰ったんだよ……」
まるでミイラみたいな手がフルフルと震えながら此方に向かって伸ばして来るのでそれを確と両手で掴んで状況説明を聞き続けてやる。
「彼女曰く、その店には歓楽街の女帝が居ると。俺様の性欲を満足させてくれるのはきっとその御方しかいない。そう言われて俺様はウキウキした心持ちでその店に向かって行ったのさ」
ははぁん、コイツがミイラみたいに枯れ果てている理由が朧げに理解出来て来たぜ。
その歓楽街の女帝とやらにも興味をがあるのでこのまま静聴を続けましょうかね。
「紹介して貰った店に到着すると女帝に会わせてくれと受付のあんちゃんに伝えたが……。どうやら女帝さんは一見さん御断りのようでな?? 会わせてくれなかったんだ。だけど、その事を見越して彼女は俺に一通の紹介状を持たせてくれていた。それを受付のあんちゃんに渡すと」
『畏まりました。では、此方へどうぞ……』
「普通の利用客が向かう廊下とは正反対の廊下へと案内され、そして最奥の扉に到着するとあんちゃんが静かに扉を開いた。そしてその中で待ち構えていたのが……」
「女帝さんって奴なのか」
その通りだ。
フウタがそんな意味を含ませる様に一つ大きく頷く。
「彼女は豪華なベッドで暇を持てます様に読書に耽っていたが俺様の姿を捉えるや否や」
『クスっ。久々に訪れた客がケツの青い坊やだとはねぇ……。私も甘く見られたものさ』
「鼻で笑い読書を再開させちまった。これまで多くの悪鬼羅刹をブッた斬って来た聖剣を馬鹿にされちゃあ男が廃る。俺様はそう考え、一秒にも満たない速度で装束を脱ぎ捨て彼女のベッドに飛び乗ったんだ」
ほ、ほぅほぅ。
干乾びて今にも死にそうなフウタには悪いけども、中々面白そうな展開になって来たので続きをどうぞ。
「豊満な双丘に絹糸も羨む滑らかな肌、そして背筋がゾクリと泡立つ鋭い視線。女帝のベッドに乗るだけで俺様の聖剣は天に向かってそそり立ったのさ」
『ふふっ、坊やの割には立派なモノを持っているじゃないか。いいわ、丁度暇をしていたし。今日だけ特別に相手をしてあげる……』
「声を耳に、吐息を己の肺に入れるだけでイっちまいそうになるのを懸命に堪えて戯が始まったんだけどよぉ……。俺様は、俺様はぁ!! 情けない事に女帝の攻撃を受けて一分も満たない内に一発果ててしまったんだ!! な、情けなくて死にたくなるぜ!!!!」
フウタがその時の事を思い出したのか。
目元をクワっと大きく見開いて俺にしがみ付く。
「お、落ち着けって!! 誰もお前を攻めやしない!! で、でもさ。可能であればその戯の内容を教えてくれるか??」
「貴様……。ほぼ死人に鞭を打つ様な真似は止めろ」
ハンナが己のベッドから呆れた吐息を漏らしつつ話す。
いや、俺もそう思ったよ?? でもさぁ、百戦錬磨の男がたった一分で果ててしまう性技って滅茶苦茶気になるし。
「女帝は人の姿のままでお尻の方から大蜥蜴の尻尾を出して、その先っぽで俺様の聖剣を包み込む様に巻き付けて……。そ、それでぇぇええ!!」
「な、成程。その尻尾で一回負けちゃったんだ」
グスンっと情けなく鼻を啜るフウタの肩を優しくポンっと叩いてやる。
「で、でもそれだけじゃ終わらなくてぇ……。尻尾で俺様の体を拘束すると残る両手で敗北の印が残る聖剣を揉みしだき、尻の穴にもナニかを突っ込まれてさぁ。穴という穴から水分を垂れ流してもう勘弁して下さいと懇願するものの。『先生』 はそれを決して止めず、最終的には俺様に跨って聖剣を体内に迎え入れると、必殺蜜壺地獄を披露してくれたんだ。それから夜が明けるまでの間、彼女が満足するまでその拷問紛いの戯は続いたのさ」
んっ?? 先生??
「あ――、えっと。話の道中で先生って言葉が出て来たけど??」
「俺様は思い上がっていたんだよ。女性は俺様の聖剣と性技にメロメロだってな。で、でもな!? 武の世界と同じ様に性の世界も正に青天井だったんだ!! お、俺様は先生に頭を下げて自分の弱さ、浅はかさを悔いた。そうしたら先生は……」
『男がそう簡単に頭を下げるもんじゃないよ。お前さんは私を満足させた数少ない男なんだ。頭を上げて前を向いて歩いて行きな』
「天女よりも優しく、女神よりも大らかな笑顔を送って下さったんだよ!! あぁ、畜生。こっちの大陸に渡って来て本当に正解だったぜぇ……」
あぁ、成程。高くなった鼻を見事にへし折られて師事する様に、若しくは尊敬する人物になっちゃったのね。
フウタが満足気にそう話すと力無くベッドの上に倒れ込み、先程と同じ様に生気が宿っていない瞳の色でぼぅっと宙を見つめ始めた。
「ん――、女帝さんの攻撃だけでそこまでなるとは思えないんだけど??」
そう、たかが女性との一夜でここまで搾り取られる事はぁ……。
『ダン、駄目。私が満足するまで逃がさない』
『イヤァァアアアア――!! お願いだからもう帰らしてぇぇええ!!!!』
あ、ありますね!!
相棒の里でシェファに性的に食われてしまった大変苦い思い出が脳裏にふと過って行くと、下半身にヒュっと冷たい風が吹き抜けて行った。
「先生との戯は一晩で終わったさ。彼女が満足気な寝顔を浮かべ、優しい寝息を立てているのを見届けて部屋を出ると……」
フウタがそこまで話すと双肩をカタカタと震わせた。
『わぁ!! 本当だ!! 満足して寝てる――!!』
『貴方、やるわね。女帝を満足させて眠らせるなんて』
『きっと初めてじゃない?? あぁして安らかな寝顔で眠るのは……』
『女帝も満足する精力、そして彼女の性技を受けても自我が崩壊しない強き精神。ふふ……。皆、今日はもう店仕舞いよねぇ……』
『だねぇ。最近の客は自分が気持ち良くなれる事しか考えていなかったしぃ??』
『『『クスっ。あはは……。うふふぅ……』』』
『い、イヤァァアアアアア――――ッ!!!!!!』
「先生の接客を聞きつけた店員さん達が大挙を成して現れ、疲れ果てている俺様の体を拘束。それから店の奥へと運ばれ、彼女達の攻撃を代わる代わるう、う、受け続けぇ……」
あぁ、はいはい。
接客担当の女性店員さん達に精も根も吸い取られてしまったのですね。
「お、お疲れ様。ほら、肉入りのパンだ。これでも食って精を付けろよ??」
夜食用に買って来たパンを枯れ果てて萎んだ男の唇にそっと近付けてあげる。
「あ、有難う。流石は同士だな……」
「へへっ、よせやい。困った時はお互い様だろ??」
「この恩は忘れねぇぜ。いつかダンが死にそうになったら俺様が身を挺して守って……、やるから……、なっ……」
パンを一口分口に含み、美味そうに咀嚼をするとそのまま白目を向いてそのまま向こうの世界へ旅立ってしまった。
「フ、フウタ!? フウタァァアアアア――――!!!!」
「馬鹿者が。眠っただけだろう」
「ハンナの言う通りだ。大体、自分の所持金全てを歓楽街で使用するからそうなるのだ」
何ですと!? それは聞き捨てなりませんな!!
「馬鹿野郎が、有り金全部使いやがって。前言撤か――い。そのまま静かにくたばってろ」
彼の口からパンを外し、今にも死にそうな浅い呼吸を続けている大馬鹿野郎の額をピシャリと叩き己のベッドへと向かった。
し、しかし女好きのフウタでさえも全く歯が立たなかった女帝か……。
彼女が披露した技の数々は、それはもう恐ろしいモノばかりだけど。実際に味わってみないとその恐ろしさは理解出来ないよね??
フウタから聞いた技を頭の中で想像して淫靡な気持ちを膨らませていると。
「二体の死体を運ぶのは了承出来ぬぞ」
愛剣と愛刀。
二つの武器に手入れを施している相棒が俺の心を見透かして手痛い言葉を放った。
「わ、分かっているよ。想像しただけだって……」
「怪しいものだな」
いつかこの大陸に戻って来た、その時にフウタと共に俺も出陣しましょう!!
そして男を上げたと女帝に言わせてやるのさっ。
ベッドの上で仰向けの姿勢で目を瞑り一糸纏わぬ女性達の柔肌を想像していると夢の世界からのお便りが届いたので、本日はその便りを破る事無く真摯に受け止めて深い眠りに落ちていったのだった。
お疲れ様でした。
おまけ部分を執筆していたので深夜の投稿となってしまいました。読者様達への日頃の感謝として受け取って貰えれば幸いです。
女好きの鼠さんが先生と崇め奉る女帝さんは第二部でも登場予定ですので、この場を借りてサラっと登場させてしまいました。
さて、次話からは南の大陸編の〆の部分へと突入します。残り数話で立つ鳥跡を濁さずじゃあないですけども、彼等はケジメを付けて新たなる大陸へと旅立ちます。
過去編も中盤を過ぎたのですがまだまだ気を抜けない状況が続きますので気合を入れて執筆を続けて行く次第であります。
そして、ブックマークをして頂き有難う御座いました!!
執筆活動の嬉しい励みとなります!!!!
それでは皆様、お休みなさいませ。