第百六十四話 夏の定番 その一
お疲れ様です。
本日の前半部分の投稿になります。
雲一つ見当たらない夜空の黒はいつもより暗くその中で光り輝く星達は互いに手を取り合い煌びやかな輝きを増して行く。
夜空の中央で本日もニッコニコの笑みを浮かべている月が星達を、そして地上で暮らす者達を怪しく照らす。
まるで宝石を散りばめた様な美しい光をそっと静かに放つ幾千の星達。
夜空の主役でありながらも決して前に出ようとしない謙虚な月、又目立たぬ存在だとしても決して采配を外せない漆黒の夜空。
脇役の巧妙な演技と演出、更に主役のとても大きな存在が風光明媚な景色を更に昇華させていた。
しかし、その風光明媚な景色はあくまでも夜空の下にだけその効能が認められるのである。
「ギャハハ!! んだよハンナぁ!! もっと飲めってぇ!!!!」
巨匠が魂を籠めて描いた風景画を優に凌駕する夜空の下。
人が作りし屋敷の中では彼等の名演技が無駄になってしまう馬鹿騒ぎが行われており。
彼等は己の演技が徒労に終わってしまうと考え呆れた笑みと息を吐きつつも、きっと誰かが自分達を見てくれるだろうと淡い期待を抱きながら己の役目を健気に果たし続けていた。
「んほぉぉおお!! 酒も美味ければ料理も美味いッ!! 本当に最高な休暇だよなぁ!!」
楽し気な晩酌が行われている食堂の大変座り易い椅子に腰掛け、人目も憚らず大きく口を開けて陽性な笑い声を放つ。
気の合う友人達を酌み交わす酒の席は本当に心地良いものであり俺は時間が許す限りこの時間を大切に過ごそうと心に決めていた。
「五月蠅いぞ。黙って飲めないのか」
俺の右隣りに腰掛ける相棒が物凄い勢いで酒のつまみを食しながら此方を睨んで来る。
「笑いたい時に笑わないとぉ……。精神的に堪えちゃうんだゾっ」
モッグモグと懸命に大量の食べ物を咀嚼して膨らんでいる彼の左頬を優しく突いてやる。
うはっ、この微妙な柔らかさ。
誰かに取られまいとして頬袋に必死に餌を詰め込んでいる栗鼠みてぇだな。
「人の迷惑になる事をするなと言っているのだ。それと、今直ぐに指を離さないと貴様はこの地で永眠する事となるぞ」
おっと、これ以上の揶揄いは人生を強制的に終了させてしまう恐れがありますので彼の言う通り大人しくしましょう。
「んもぅ――。折角の酒の席なのだから少し位羽目を外せばいいのに。ねぇ、そう思いませんか?? レシーヌ王女様」
俺の左隣に腰掛け、薄っすらと明るい笑みを浮かべながら酒を飲んでいる彼女のきゃわいい顔に問う。
「その羽目の程度にもよりますが……。気の合う友人達と酒を酌み交わす席ですからね。多少なら構わないのでは??」
おぉ――見事なまでの模範解答だな。流石は品行方正を生業としている王女様ですわ。
「レシーヌ王女様、いけませんよ。そこの馬鹿者を付け上がらせる言葉を放っては」
俺から見て斜向かいに座るトニア副隊長が軽い溜め息を放ち。
「俺もトニア副隊長に同意だ。何事にも程度があるのだぞ、程度がっ」
彼女の隣に腰掛けるグレイオス隊長が男らしい所作で手元のグラスに注がれている酒を一気にクイっと飲み干した。
「だってさぁ、今日で休暇が終わるんだぜ?? こうして六名が揃って飲み合う機会なんか早々訪れないしぃ。パァッ!! と景気良く騒ぎたくなるのも致し方ないと思うのですよっと」
グレイオス隊長の所作に触発され、此方も彼に倣って琥珀色の酒を一気に飲み干してやった。
くっっはぁ!! ちょいと酒の力が強いけども鼻から抜けて行く香ばしい匂いが堪らねぇぜ!!!!
「ダンの言った通り、私達はそれぞれの人生を歩んでいますのでこうして交わう機会は中々難しいかも知れませんね」
ハンナの隣に腰掛けるティスロが少しだけ寂しそうな瞳で手元の空になったグラスを見つめる。
俺と相棒は間も無く北西のガイノス大陸へと旅立ち、レシーヌ王女様とティスロは引き続き公務に勤しみ、グレイオス隊長とトニア副隊長は行政の手足となって大勢の人々が暮らす王都を守る戦いへと赴く。
魔物は約千年生きると言われているがこれからの長い人生の中でこの六名が交わう機会は滅多に……、いいや。もしかしたら一生訪れないかも知れない。
この刹那を大切に、そして魂の記憶に強烈に刻み込む為に何かすべきではないのか??
「「「……」」」
ティスロの発言を受けた者達が俺と同じ考えに至ったのか、皆一様に口を紡ぎ何やら思考を凝らしている姿勢を取った。
「こっちの大陸ではこの暑さが一年中続くんだけどさ、俺の生まれ故郷では真夏の季節と位置付けられている。夏の風物詩として有名なのはぁ……」
それは勿論!! 一夏の危ない男女間の関係でしょうね!!
夏の陽気が若い男女の性の解放感を促し、彼等は本能に赴くまま異性の体を貪る。
一晩のあつぅい思い出は、それはもう一生忘れられる事が出来なくなる事でしょう!!
「一夏の間違い!!」
「それなら肝試しなんて如何ですか??」
むっ!?
レシーヌ王女様と発言が被ってしまいましたね!!
「肝試し?? また随分と唐突な考えですね」
トニア副隊長が取り皿に乗せられている鶏肉のピリ辛炒めをひょいと口に含んで話す。
「肝を冷やしたいのならそこに馬鹿デカイ大蜥蜴と、此処に人食い白頭鷲が居るじゃないですか。想像上の魑魅魍魎よりも現実に存在する怪物を目の当たりにした方が宜しいのでは??」
「誰が物の怪の類だ!! 俺は魔物だぞ!!」
グレイオス隊長が赤らめた顔のまま苦言を吐き。
「俺は人を食らった事は無い。訂正しろ」
ハンナは箸の先っぽを俺の喉元に突き付けて来やがった。
「ご、ごめんなさい……」
「ふふっ、盛り上がって来ましたね。島に夜が訪れましたがまだまだ昼の残り香が漂い少し暑いですし、涼を兼ねて。という意味もありますよ??」
「この島にいわくつきはあるのか??」
相棒が大変こわぁい表情を浮かべて俺の顔を睨みつけつつレシーヌ王女様に問う。
その恐ろしい表情……。さり気なく先程の発言を無かった事にしようかと思っていたけど俺の発言をちゃんと聞いていたのですね。
次は気を付けて発言しますのでそろそろ眉毛の角度を柔和にしてくだせぇ。
「聞いた事はありませんね。あ、そうだ!! ダン、こういった状況に合う怖い話はありませんか!?」
レシーヌ王女様がワクワク感満載の表情を浮かべるとググっと距離を削って来る。
「えぇっと、それは怖い話をしろという事合っています??」
「はいっ、勿論」
う――む……。ある事にはあるけども、肝試しなんかよりも俺的には女性と肌を重ね合わせたいのですけどねぇ。
他ならぬレシーヌ王女様の願い、そして眠る前のお伽噺を期待する子供の表情を浮かべている彼女の為にも俺が一肌脱ぐとしますか。
「ありますけどぉ……。この話を聞いた後に皆で外に出掛けるのはどうです?? そっちの方が怖さが倍になって大変肝が冷えると思うんですけど」
「その考えは良いですね!! ティスロ、肝試しに丁度良い場所はありませんか??」
「そうですね……。屋敷から北東に向かって行くと黄色い花が咲いている場所があります。屋敷からそこへ向かって出発するのはどうですか?? 夜道も暗くて丁度良いかと思いますよ」
「うんうん!! それで行きましょう!! 二名一組の三班が屋敷の北、東、西の三つの道から出て黄色い花を採取しに行きます。三班同時に出発して花を採取、最後に帰って来た班の人達がこの食器の片づけをするのはどうです!?」
レシーヌ王女様が可愛らしく鼻息を漏らして皆に提案する。
「私は構いませんよ」
トニア副隊長は小さく頷き。
「あぁ、俺も構わん」
「右に同じく――」
相棒が軽く了承したので俺もそれに続き。
「私も特に異議はありませんね」
そしてティスロも楽し気に頷いて彼女の案を受け入れたのだが……。
「お、俺は急に腹が痛くなったのでこの食堂で待機していよう」
グレイオス隊長だけが大変旗色の悪い発言を放った。
さっきまで酒の力によって朱に染まっていた顔の鱗はサっと青ざめ、目に見えぬ何かに怯える様に視点が定まらないでいる。
ははぁん?? 奴さん、こっち方面の話が苦手なのかぁ……。
「王都守備隊の隊長の肩書を持つ者が、たかが肝試しでビビるなんてなぁ――。世も末ですなぁ――」
「ば、馬鹿者!! こ、こういう類の行動は面白半分でしてはいけないと教わらなかったのか??」
「それ、正解っ。さぁ――、皆様お待たせました。色んな所にお出掛けして搔き集めた怖い話の一つを御話させて頂きましょう……」
大変わるぅい笑みを浮かべてグレイオス隊長を見つめると、場の空気を明るい雰囲気から暗ぁい雰囲気にする為に普段よりも数段声色を低くした。
「この話は港町イーストポートで漁師から聞いた実際にあった話だ。皆は山彦って知っているよな??」
俺がそう話すと。
「「「……っ」」」
皆静かに一つ頷いて肯定してくれる。
「山に登った際に向こう側の山へ向かって叫ぶと音の反射作用で己の声が返って来る現象だ。開けた場所で叫ぶ行為は本当に気持ちが良いけども……。それを夜の海に向かって放ってはいけないと俺は教わったのさぁ……」
おどろおどろしい声を放ち、一つ咳払いをすると酒の席で酔っ払った漁師から聞いた怪談話を開始した。
お疲れ様でした。
現在、冷やし中華を食べながら後半部分の編集作業中を続けておりますので次の投稿まで今暫くお待ち下さいませ。
久々の怪談話の執筆に苦戦していますので深夜の投稿になりそうです……。