第百六十三話 唐突な急接近
お疲れ様です。
週末の深夜にそっと投稿を添えさせて頂きます。
己に試練を与える修行僧や過酷な環境下でも生き抜く術を身に着けようと霞漂う山に籠る仙人。
辛く過酷な試練を乗り越えた者達でさえもこの陽射しは少々応えるなぁっと、思わずそうぼやいてしまう強烈な陽光が肌を差す。
只何もせずじぃっとしているだけでも肌全体から汗が滲み、目に見えぬ光の力を痛感する様に肌が痛む。
体全体が日差しで熱せられるだけでは無く海面から照り返す光が目の奥をツンっと刺激。
傍から見ればあの人は何で過酷な状況下で釣りをしているのだろうと皆一様に首を傾げるだろう。
俺だって木陰に入って海から届く潮風に身を委ね、等間隔に鳴り響くさざ波をおかずにして昼寝をしたいですよ??
しかし、昨晩の大失態もあってかそれは叶わず。
強面白頭鷲ちゃんにほぼ強制的に日の元へと引きずり出されて本日の昼食のお供を釣ろうとこうして躍起になっているのです。
「あっつぅ。何でこんなカンカン照りの日に釣りをせにゃならんのだ」
穏やかな波間に漂う浮きとしての役割を持つ鳥の小さな羽を睨む。
「まぁっ、百歩譲って俺が悪いのは受け止めますよ。でもね?? 朝飯も抜きでしかも傷が完治していない状態の人に過酷な環境下で働かせるのはちょっと間違いだと思うのですよ、えぇ」
誰も聞いていない事を良い事に愚痴を零していると直ぐ後ろの海水を張った桶の中で泳ぐカサゴちゃんがぴちゃりと跳ねた。
「お前さんもそう思うかい?? 美女三人が生まれたままの姿で湯浴みをするとなれば普通――の男の子は欲情しちゃう訳なのですよ」
目を瞑ればほぉらっ、麗しの女神ちゃん達の裸体が瞼の裏にほんやりと浮かんでくるではありませんかっ。
レシーヌ王女様の絹よりも滑らかな肌、トニア副隊長の健康的に焼けた肌、そしてぇ!! ティスロのたわわに実った果実ッ!!
想像が現実を越える訳ねぇし、三人の裸体を想像するだけ無駄だよな。
昨晩の出来事を今も引きずっているって事は逃がした魚は大きいって事ですねっ。
何も焦る事は無い。
休暇は本日で終わりではなく、明日まで続くのだから……。
目を瞑ったまま性懲りも無く彼女達の一糸纏わぬ姿を想像していると。
「釣れましたかっ」
湯気が漂う浴場内で顔全体を赤らめ、己が両腕を体の前で交差させて肌理の細かい肌を必死に守っている想像上のレシーヌ王女様の声が聞こえて来た。
「――――。先程漸く一匹釣れましたよ」
想像上の人物が話す訳無い。
自分にそう言い聞かせてそっと目を開けると昨日と同じ様に鍔の広い麦わら帽子を被ったレシーヌ王女様が此方に向かって歩いて来る様を捉えた。
彼女が一歩踏み出すと木製の桟橋が波音に絶妙に合う心地良い音を奏で、空を舞う鳥達は彼女の姿に一瞬だけ視界を奪われその飛行速度を緩めるが波風に乗って島の奥へと渋々姿を消してしまった。
視線を奪われてしまった鳥の気持ちはよぉぉく分かるぜ。
俺も可能であるのならば日がな一日、涼し気な木陰の中から端整な顔立ちをずぅっと眺めて居たいですもの。
「わっ!! 本当ですね!! 元気に泳いでいますよ!!」
彼女が桶の中で静かに泳ぐカサゴの姿を捉えると太陽の光に負けない位の眩い笑みを浮かべた。
「でも一匹だけじゃ少々心許ないですよね??」
「えぇ、ですからこうして過酷な環境下の中で海に糸を垂らしているのですよ」
彼女へ視線を送らず、中々動こうとしない浮きをじぃっと見つめてやる。
一匹釣れてからというものの、うんともすんとも言いやしねぇ。昨晩といい、今日の釣りといい。
思った通りに事が運ばないのは堪えますなぁ。
「それは自業自得じゃないですかね。トニアさんから聞きましたよ?? ダンが馬鹿な真似をしたので懲らしめてやったって」
レシーヌ王女様が隣に腰掛け、俺と同じく桟橋から両足を投げ出す。
「じ、自分は皆さんの安全を確認する為に行動したまでなのです。それをあの馬鹿とトニア副隊長が早とちりしたのですっ!!」
「物は言いようですねぇ……。普段の生活態度からしてその言葉を信用してくれる人はほぼ皆無だと思いますよ??」
うぅっ、痛い所を突かないで下さいまし。
レシーヌ王女様の的を射た言葉を受け止めるとまだ微妙に痛む傷口に響いちゃいましたよ。
「私達の湯浴みの姿を覗こうとするなんて……。どうして男の人は女性の体に興味津々なのですかねぇ」
彼女が投げ出した足をプーラプラと揺れ動かしつつ話す。
「男性にとって女性は同じ人でも別種の人に映るのです。恐らくそれは我々人が生まれた時から備わっている生殖本能がそうさせているのでしょう。つまり!! 女性の体に興味を持つ事は自然な事であり!! 決して咎められるべきではないのだと考えます!!」
「それは原始の世界の話です。現代社会には公共の福祉と社会秩序を守る為に法という概念が存在しています。ダン、貴方はその法を破ろうとしたのですよ??」
ぐぬぅぅっ!! まさにぐうの音もでないってのはこの事ですねっ!!
「返す言葉も御座いません……」
しょんぼりと項垂れたまま本当に遠い海へと視線を送り、そろそろ餌を付け替えようとして海底付近に沈む針を手繰り寄せた。
「今は何をしているのです??」
彼女が興味津々な瞳の色で俺の手元を見つめる。
「餌を付け替えようかなと考えておりまして……。うっわ、やっぱりそうだ。さっきの当たりで食われちまったか」
針の先に餌の役割として千切った蚯蚓を掛けていたが、海面から引き上げて見ると蚯蚓の姿は消失していた。
畜生……。ぼぅっとし過ぎていた所為か上手く引っ掛けられなかったぜ。
「あらよっと」
直ぐ後ろの麻袋の中から新たな蚯蚓の身を取り出して針に引っ掛けると手慣れた手付きで海に入れてやった。
「あの魚はどうやって釣ったのですか??」
また質問で御座いますか。
まぁ内陸育ちの彼女にとって釣りという普遍的な行為は珍しく映るのだから仕方ないでしょう。
先ずは釣りの方法よりも環境面から丁寧に答えて行きましょうかね。
「この島には人がほぼ訪れていないので海は天然自然の姿を良く保っています。魚達も貝類達も自然そのままの姿を保っているので所謂釣り放題、取り放題の状態のですが……。その場から素早く動けない貝類は兎も角、魚は強い警戒心を持っています」
無表情なまま波間を漂う浮きを見つめつつ話す。
「その中でも比較的に釣り易い魚。つまりそこの桶の中で泳いでいるカサゴを選択しました。カサゴは熱帯の海に生息してサンゴ付近で泳ぎまわる魚と違い、海底付近でじぃっと大人しくしたまま獲物を待っています」
「へぇ、海底付近で泳いでいるのですねぇ」
レシーヌ王女様が再びぴちゃりと跳ねたカサゴへ視線を送る。
「釣りを始める前にここの桟橋から水深を測り、お目当ての魚が居るタナを調べて……」
「ダン、棚とは??」
おっと失礼。
内陸育ちの人には余り馴染の無い言葉でしたねっ。
「魚達が居る水深の深さの事ですよ。タナを調べ、持ち運んだ私用の荷物の中から糸、針、浮きの役割を果たす鳥の羽、重りとしての石。その全てをこの竿に装備してから漸く釣りの開始です」
いきなり釣り竿に糸と餌を括り付けても釣れる訳ねぇし。
いや、運が良ければ釣れるけれども魚の生態系を熟知していないと釣りは上手くいかないのさ。
「そして今は……。丁度干潮時から満潮へ向かって潮が満ちて行く時間帯ですから釣れ易い時間に移行したとも考えられますね」
「うん?? 満潮時が一番釣れるのでは?? ほら、御風呂と一緒で沢山お湯があれば泳ぎ易いですし」
「魚達は潮の動きに対して非常に敏感です。潮の流れが滞り、餌となる生物が動かなくなれば捕食者は無駄な体力の消費を抑える為にじぃっと身を顰めます。そして潮の動きが活発になれば……」
もう分かりますよね?? そんな意味を含めた視線をレシーヌ王女様の端整な横顔へと送る。
「成程っ、餌を探し求める為に泳ぎ始めるという訳ですね!!」
「正解です。ですからここからの時間帯が勝負所といった感じです」
まぁあくまでも釣れ易いってだけで爆釣が確約されている訳ではないんですけどね……。
「釣れ易い時間なら私でも釣れるかも知れませんねっ」
レシーヌ王女様が釣り竿に視線を送ると何やら若干興奮気味にフンスっと鼻息を漏らす。
「え?? えぇ、そうかも知れませんが……」
「……ッ」
お、おぉう。滅茶苦茶煌びやかに瞳を輝かせているではありませんか。
頑是ない子供が新しい玩具を発見した時の様な、己の内から沸き起こる興奮を抑えきれないといった表情で俺が両手に持つ釣り竿へと視線を送り続けていた。
「釣ってみます??」
これ以上お預けをしていたら恐らく強奪されてしまうのでそうなる前に渡しておくのが賢明な判断でしょう。
「是非っ!!」
「はい、ど――ぞ」
コクコクと上下に頭を揺らしている彼女へ釣り竿を渡してあげる。
「ほ、ほぅっ。これが釣りなのですね!!」
「余り興奮しますと竿から糸へ、そして針に振動が伝わって釣れなくなりますよ??」
「それはいけませんね!! で、では暫く気持ちを抑えて様子を見ますね!!」
ですから、その興奮がイケナイのですよ――っと。
まぁ人生で初めてする釣りなのだ。興奮するのも致し方ないって感じかな。
「これからどうすれば良いのでしょう?? あの鳥の羽をじぃっと見つめていればいいので??」
「基本的にはそれで合っていますよ。針の先に引っ掛けてある餌に魚が食らい付くと、微妙な振動が竿から手元に伝わります。想像してみて下さい。海底で魚が針の先の餌をついばんでいる姿を」
俺がそう話すと。
「ふぅ――む……。餌に食いついていますけど針はまだ飲み込んでいませんね」
彼女は静かに瞳を閉じて魚の様子を頭の中で思い描いていた。
「その通りです。そこで焦って糸を手繰り寄せてしまっては一生魚は釣れません。決して焦らず、魚が針を飲み込むまで必死に我慢する。その我慢が実ると……」
「針を飲み込んでしまった魚が慌てて泳ぎ、それを知らせる様に海面の浮きがグゥンっと沈むのですね!!」
正解です。
そんな意味を含めた笑みを送ってあげた。
「よ、よぉしっ!! 仕組みは完璧に理解出来ましたよ!! 後は魚が餌に興味を持ってくれるのを待つだけ!!」
「頑張って下さいね。自分はちょっと休憩しますのでぇ……」
朝も早くから強烈な日差しに晒されている所為か、体力面に陰りが見えて来たのでね。
不意に訪れてくれた微妙に頼りない助っ人に釣り竿を任せて桟橋の上でコロンっと横になろうとすると何やら喧しい声が島の方角から飛来して来やがった。
「やっほ――!! 釣れてるぅ――!?」
「あのねぇ。そんなに大きな声を出したら魚が驚いて逃げちまうだろうが」
レシーヌ王女様の右肩に留まった馬鹿鳥……、基。ティスロの使い魔であるチュルに苦言を呈してやる。
「海の中にまで聞こえる訳ないじゃない。っていうかレシーヌが釣りって……。大丈夫なの??」
チュルが己の嘴で彼女の頬を優しく突く。
「静かにして下さい。今、私は集中しているのですからっ」
「ふぅ――ん。まぁ釣れたら大儲けって感じね」
「真剣に釣りをしているんだから邪魔するなよ?? ってか何しに来たの」
おぉ――、空に流れる雲が日差しを遮ってくれて丁度良い感じに影がやって来てくれたぜ。
出来る事ならずぅっとそこに居座っておくれよ。
「もう直ぐ昼ご飯が出来るから呼びに来たのよ。ティスロ達は爆釣の釣果を期待しているんだけどぉ……。たかが一匹だけじゃ全然物足りないわよねぇ」
青き鳥が俺の直ぐ後ろにある桶に視線を送ると大変分かり易い溜め息を吐く。
「喧しい。釣りってのは簡単そうに見えてその実、物凄く難しいんだぞ」
「ティスロが大陸南端の海で漁をした時みたいに海に向かって稲妻を落とせばいいじゃん。そしたらこの一帯の魚がぷかぁっって浮かんで来るから取り放題よ??」
そんなエゲツナイ釣りをして堪るか。
大体、それは漁と呼ぶよりも虐殺と呼んだ方が正解だろうさ。
「あのなぁ……。生態系を破壊する恐れがあるんだから緊急時以外は魔法の使用は禁止なの」
「回りくどい方法は好きじゃないのよねぇ――。んっ!? レ、レシーヌ!! 竿が微妙にしなっているわよ!?」
チュルが慌てた声につられ上半身を起こして彼女が手に持つ竿の先へ視線を送ると海底の魚が餌をついばんでいるのか、本当に良く見ないと分からない程に竿が上下にピクピクと動いていた。
「は、早く引き上げなさいよ!!」
「駄目です!! 今、竿を上げてしまえば魚が逃げてしまうので!!」
「その通りっ。いいですか?? 今から言う事をよ――く聞いて下さいまし」
海面に漂う羽をじぃっと見つめつつ話す。
「あの浮きが海中に沈み、竿が引っ張られる感覚が広がったのなら勢い良く竿を引き上げて針を魚の口に引っ掛けて下さい。そして……」
「引っ掛けたのなら糸を慎重に手繰り寄せる!! ですよね??」
レシーヌ王女様が俺の顔をチラリと見つめて笑みを送る。
「正解です。さ――、そろそろ来ますよ?? 集中して……」
「「「……ッ」」」
この場に居る全員が口を閉ざし、集中力を高めたまま海面に漂う浮きへ視線を送っていると……。
浮きの役割を果たす羽が勢い良く海中に向かって沈降して行った。
「今です!!」
「は、はいっ!!!!」
彼女が俺の指示通りに竿を勢い良く振り上げると糸が前後左右に激しく揺れ動く。
「掛かりました!!!! 後は糸を手繰り寄せて!!」
「よ、よぉし!! 引き上げてやりますからね!! 大人しくしていなさい!!」
「絶対大物よ!! ほら気合を入れて手繰り寄せて!!!!」
レシーヌ王女様が興奮気味に左右の手を交互に動かして釣り糸を手繰り寄せて行く。
その間にも針に掛かった魚は逃れようとして必死に暴れ回っているが……。どうやら今回の勝負は彼女の勝ちの様ですね。
「えぇい!!!!」
レシーヌ王女様の気合を入れた声が桟橋に響き、釣り針に引っ掛かった魚が海面から漸く姿を現した。
「「おぉ――!!!!」」
桟橋の上でピチピチと跳ねているのは俺が釣ったカサゴよりも大きな同種だ。
背びれの棘は大変勇ましく生命の偉大さを釣り人に与え、ぷっくりと膨らんだお腹が成長した軌跡を印象付けてくれる。
この大きさなら……、そうだな。市場に出回れば銀貨数枚は確実にする値段でしょう。
釣りの超初心者がたった一投で俺よりも大きな魚を釣り上げる、ね。
きっと彼女はそういう星の下に生まれて来たのだろう。不運の星の下に生まれ落ちた俺から見れば羨ましい限りですっ。
「す、凄いじゃん!! ダンが釣った魚よりもずぅっと大きい!!」
「ふふっ、私の釣りの才能はどうやらダンよりも上みたいですねっ」
釣り糸を引っ張り上げて今も元気に跳ねるカサゴを持ち上げると誇らし気な笑みで此方を見つめる。
「素直に降参しますよ。さて、カサゴを桶の中に入れましょうか」
カサゴの大きな口から釣り針を外し、先客が居る桶の中へ静かに入れてあげた。
「おぉ――。凄く美味しそうね……」
チュルが桶の中で泳ぎ続ける二匹のカサゴへ視線を送る。
「カサゴの身は焼いても、煮ても、揚げても美味い。料理方法はティスロに任せましょうか」
「そうしましょうか。で、では!! 二匹も釣れた事ですし砂浜に帰りましょう!!」
レシーヌ王女様が中々に勇ましい所作で桶を持ち上げると二匹のカサゴが急な動きに驚いて大きく跳ねてしまう。
「きゃっ!?」
「っと……。大丈夫ですか??」
桶の中からの思わぬ強襲に驚き、体勢を崩しそうになってしまった彼女の体をそっと支えてあげた。
「え、えぇ。だ、大丈夫です」
「慎重に運ばないと魚が暴れてしまいますよ??」
「その様ですね……」
俺の急な接近に驚くものの、そこから一切動こうとしない。
しかも何故か俺の体の方に向かって本当に、超絶微妙に体重を掛けているし……。
こ、これは……。ひょっとしてひょっとするのかしら!?
「……」
無言のままレシーヌ王女様の細い腰に右腕を回し、そしてさり気なぁく左手で桶を持つ手に己が手をそっと添えると。
「……っ」
彼女は一瞬だけ体をピクっと動かしたが振り解く真似はしなかった。
成程、これはイケって事で合っている様ですね!!!!
更に距離を縮めて互いの体の距離をほぼ零にすると陰っていた空から眩い光が降り注いで来た。
それはまるで俺達の不意の接近を祝福する様に見えてしまう。
イケナイ場面が急に訪れて俺自身も驚いていますけども!! この好機を逃したら俺は一生後悔するでしょう!!
レシーヌ王女様のしっとりと汗ばんだ体から放たれる大変甘い女の香が心の奥に潜んでいるイケナイ感情を呼覚ましてしまった。
『ココしかないんだぞ?? 今いかなければ何時イクんだ??』
だ、だよねぇ!! 俺は間違っていないもんね!?
『そうさ。いつも君の判断は正しいんだぞっ』
了解しました!! それでは目の前の美味しそうな果実を摘まみ食いさせて頂きますっ!!
心の中の煩悩様の声に従い、俺を誘う様に優しく手招きしているレシーヌ王女様の濡れた唇に向かって遅々足る速度で接近を図った。
後数センチで互いの唇が密着しそうになったその時。
「――――――。接吻をしたら禁固二百年ね」
「「ッ!?」」
突然チュルの冷ややかな声が響いたので慌てて正常な男女間の距離へと離れた。
「ちょっとぉ、昼間っから見せつけてくれるじゃない」
「そ、そういう訳ではありませんっ」
「そうですよ!! お、俺は別に疚しい気持ちを胸に抱いた訳じゃあ……」
五月蠅く鳴り響く心臓を必死に宥めながらそう話す。
「まぁいいわ。皆には内緒にしてあげるから……。と言っても?? 使い魔と主人の関係であるティスロにはバレちゃうけどね。ほら、皆がお腹空いているから早く行くわよ――」
「い、行きましょうか」
「分かりました……」
呆れた溜息を吐いて砂浜へ向かって飛んで行ったチュルの軌跡を追う様に、俺達は互いに顔を朱に染めて桟橋の上を歩き始めた。
あ、あ、あっぶねぇ!! 休暇中もあってか互いの身分の差を忘れかけていたぜ……。
で、でもさ?? ひと夏の過ち程度ならきっと見逃してくれるよね??
俺達は誰一人として成し得なかった偉業を達成した功労者なのだから!!
「ふ、ふぅ――。日差しが強いですねっ」
レシーヌ王女様が砂浜の方へ向かって視線を送りつつ話す。
「え、えぇ。強い処か慣れない人にとっては強烈過ぎるでしょう」
「早く日陰に入って休まないと……。うん?? あれは一体何をしているのでしょうか??」
良い感じに痛んだ桟橋の上から砂浜の方へ視線を送るとそこには熱き汗を撒き散らしながら互いの体をぶつけ合っている二体の雄が居た。
「ハンナ!! 掛かって来い!!」
大蜥蜴の姿のグレイオス隊長が砂浜の上で大きく手を広げると。
「言われずとも!!」
相棒が自慢の脚力を生かして巨体へ向かって行く。
二人の雄の体がぶつかり合うと四本の腕が互いの体をガッチリと掴み、どちらの力が上かどうかを競う合う様に相手の体を投げ飛ばしてやろうと万力を籠めていた。
うわぁ……。あせくっせぇ光景だなぁ……。
可愛い女の子達が組み合う微笑ましい光景なら喜んで己の眼に収めるのですが、筋骨隆々の雄達の取っ組み合いなんて金を貰っても見たくねぇぜ。
「何でアイツ等ぶつかり稽古なんてしてんだ??」
「私はそれを聞きたいのですよ」
「グレイオス隊長は体が鈍るのを嫌い、恐らく相棒は……。クスっ」
そうだ、アイツは昨晩俺にぶん投げられて敗北を喫した。
それが悔しくて俺に二度と負けない様に訓練をしているのだろう。
「ダン?? どうかしました??」
レシーヌ王女様が横目で此方をチラリと見つめる。
「あ、いえ。恐らく彼等は鍛える事が飯よりも好きですからね。こぉんな平和な島に居続けて居たら感覚が狂ってしまうと考え、己の内から滾って来る得も言われぬ感情を誤魔化す為にあぁしているのでしょう」
「ふんぬぅぅうううう!!!!」
グレイオス隊長がハンナの体を地面から引っこ抜く様に持ち上げるが。
「ま、負けてなるものかぁぁああ――!!」
相棒もまた彼の巨体を持ち上げようとして両腕だけでは無く、体全身に積載している筋肉を駆使して抗っていた。
二人の雄から飛び散る汗、口から零れ出る雄臭い吐息、そして熱砂によって体表面の水分が蒸発して陽炎を放つ光景は普通の人から見れば別空間に見えてしまうだろうさ。
砂浜に到着しても絶対あそこには近寄らないでおこ――っと。
折角の休暇中なのにむさ苦しい男相手にぶつかり稽古なんてしたくねぇし。
「男の人って感じがしてちょっとカッコよく見えますね」
嘘でしょ!?
「近寄ったらいけませんよ?? アイツ等が放つ汗でムンムンとした雄臭い香りが漂い、それをもしも吸い込んでしまったら咽てしまいますからね」
「アハハ!! もぅ、そんな訳ないじゃないですかっ」
レシーヌ王女様が両手で桶を持ちながら明るい笑みを浮かべる。
麦わら帽子の奥に映るその笑みの明るさは頭上の太陽を越えるものであり、もしもこの刹那を絵画にしたのならきっと金貨五十枚を優に超える価値があるでしょう。
今の笑み、確と記憶に刻まさせて頂きましたっ。
「遅いぞ!! 早く魚を持って来――い!!!!」
「くそう!! 今のは俺の油断だ!!」
ハンナを砂浜の上に転がしたグレイオス隊長が満面の笑みで此方に向かって手を振る。
汗でテッカテカに塗れ、ぶつかり稽古でワンパクしていた所為か全身の筋力が盛り上がり微妙にピクピクと動き、雄の臭いがふんだんに含まれた吐息を口から宙に大量に散布する。
その体から放たれる豪快な笑みときたら……。レシーヌ王女様の笑みを見た後でアレを見ると思わず辟易してしまいますよっと。
「喧しいぞ!! 無駄にデカイ筋骨隆々の大蜥蜴が!! 大人しくそこで待って居ろ!!」
「何だと!? その言葉を忘れるなよ――!! 後で貴様もハンナと同じく投げ飛ばしてやるからなぁぁああ――!!!!」
「ぜぇぇええったいに嫌だ!!!!」
俺達に向かって砂浜から叫んだグレイオス隊長に対して拒絶を叫んでやると普段と変わりない速度で進んで行くレシーヌ王女様の背に続いた。
むさ苦しい男達によって疚しい感情がフっと立ち去ってしまいましたがぁ……。まだ心の隅で燻ぶっている。
焦るなよ?? 俺……。
休暇は明日迄。ちゅまり!! 今日の夜こそが本番なのだ。
騒ぐ狩人の血を必死に抑え、今は牙を研ぎ済ませてあつぅい夜を待てば良いだけの話なのさっ。
「っと……。水を張った桶って意外と重たいですよね。それとカサゴの背びれの線って本当にカッコイイですよね」
「えぇ、その通りです……。ほわぁぁ、全く見事な線ですよねぇ」
「ダンもそう思いますか。自分で釣った魚だから余計にそう見えるのかも知れませんねっ」
「え、えへへっ。大きな魚は逃さない様にしないとイケませんからねぇ……」
レシーヌ王女様の手元では無く、可愛らしい曲線を描き左右に揺れる桃尻に視線を送りながら彼女の言葉に生返事をしていたのだった。
お疲れ様でした。
本来でしたらもう少し先まで書く予定でしたが……。急な体調不良に陥り、本日は此処までとなります。
体調不良と言いますか怪我に近いですかね??
今日はこれからゆっくりと休んで体調回復に努める予定です。
彼等の休暇は残り二話の予定で、それから南の大陸編の〆の部分へと突入。立つ鳥跡を濁さずじゃあないですけども関係各所に別れを告げて新たなる冒険に旅立ちます!!
もう間も無く新しい御話が始まりますのでそれまで今暫くお待ち下さいませ。
ブックマーク、そして評価をして頂き有難う御座います!!!!
読者様達の温かな応援のお陰で連載が続けていられる。本日の投稿で改めてそう思い知りました!!
これからも皆様の期待に応えられる様に執筆を続けて行きますのでどうか温かな目で見守って下さいね。
それでは皆様、引き続き良い週末をお過ごし下さいませ。