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今日も今日とて、隣のコイツが腹を空かせて。皆を困らせています!!   作者: 土竜交趾
過去編 ~素敵な世界に一時の終止符を~
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第百六十一話 美味しさの秘訣は友人達との絆 その二

お疲れ様です。


週末の深夜にそっと後半部分を添えさせて頂きます。




 ダンが沖へと向かい海中へ潜行を開始するとそれを見計らった様に少しだけ意地悪な浜風が私の側を駆け抜けて行く。


 潮気と湿気が含まれた風は肌に薄っすらと浮かぶ汗を蒸発させ、体内に籠る熱を逃そうとしてくれる。


 徐々に傾きつつある太陽は真昼のそれと比べると多少なりに力は衰えているがそれでも強力な力を持っている事に変わりは無い。


 我々大蜥蜴は暑さや日差しに強いが人の姿に変わっている間はその能力は少々衰えてしまう。



「ふぅっ、ちょっと暑いですね」


 額から顎の線に沿って流れ落ちて来た矮小な汗を手の甲で拭い紺碧の海へと優しい視線を送った。



 久し振りにこの島に来たけど……。本当に綺麗な海だな。


 私自身が己の部屋に長期間部屋に閉じ籠っていたからそう見えるのかも知れませんが、一番の要因は恐らく。



「わはは!! ハンナ!! 肉ばかりでは無くて米も食うべきだぞ!!」


「分かっている。今は肉の味を堪能しているのだ」


「そう言う隊長も野菜に全然手を付けていませんよ?? 栄養の偏りは体に良くありません」


 血の繋がった家族では無く、友情という名の絆を構築している者達と一緒に訪れているからなのでしょう。


「はぁ――……。風が気持ち良い……」


 海に向かって足を投げ出し、体を弛緩させて空を仰ぐ。



 一国の王女として少々だらしない姿であるとは思いますが今はお父様やお母様も居ないですし。少し位の怠惰は構いませんよね??


 それに休暇に来て一々そんな事を考えていたら休まるものも休まりませんよ。



「ブハァッ!!!!」


 あ、ダンが浮上して来た。


「はぁ、はぁぁっ……。きっつぅ……」


 海中から勢い良く浮上した彼は次の潜行に備えて新鮮な空気を胸一杯に取り込んでいる。


 沢山獲れたのかな?? それとも全く獲れずに憤っているのか……。


 かなり離れてしまっているので表情は何となくしか窺えないのでその判断は難しいですね。


「すぅぅ――……。ンッ!!!!」


 荒ぶる呼吸を整え彼が再び潜行を始めると再び静かな時が訪れた。



 褒賞授与式でダンは休暇を望み、お父様は彼の要望に応えるべくこの島で過ごす許可を与えた。


 本来であればダンとハンナさんだけで訪れる筈だったのに私まで足を運んで良かったのだろうか??


 この事について昨晩夜遅くまで悩んでいたのは事実だ。



『ん――……。この服だと少し狙い過ぎという感じがするかしら??』


『アルペリア王妃様の意見に付いて私も肯定します。そのスカートの丈では王族の品位の欠片さえも見出せませんからね』


『そう?? 若い男の子はこういった服装が好みなのよ??』


『例えそうだとしてもひと夏の間違いを犯さぬ為にも清楚な服装を心掛けるべきです』


『あら?? その間違いを誘発させる為にこうして考えているんじゃない』


『お、王妃様!! それはいけませんよ!! 私が監視の目を光らせますからねっ!!!!』


『あ、あの――。私の着て行く服装について熟考してくれるのは嬉しいのですが……。本当にダン達に付いて行っても良いのでしょうか??』



 私の部屋で沢山の服を広げて取捨選択に迷い続けている二人の楽し気な背に問う。



『お父様も言っていたでしょう?? ダンさん達に付いて行きなさいって。それに貴女は認識阻害が解けてからというものの、一日たりとも休まずに公務に勤しんでいる。体はまだ大丈夫かも知れないけど、心の休養は必要なの』


『それは分かりますけど……。』


『私が言えた義理ではありませんが休む事もまた仕事の内なのです。それに危険な事があればハンナさん達やグレイオス隊長達が守ってくれますので御安心下さい』


『そっか、うん……。そうだよねっ、よぉし!! 久し振りに羽を伸ばしますよ!!』



 両手に可愛い拳を作ってムンっと胸を張る。


 ダンの休暇を邪魔しちゃいけないと考えていたけど……。彼は暫くすればこの大陸から居なくなってしまう。


 この短い時間に彼と沢山の思い出を作っておきたい。


 我儘な願いかも知れませんがどうか今暫く貴方の時間を私に下さいね。



『さてとっ、服装は粗方決めたから次は下着の選択ねっ』


『お母様!! それ位自分で決められますよ!!』


 下着がキチンと仕舞ってある棚に向かって行く母の背に叫ぶ。


『下着の選択は大切なのよ?? いざという時、穴の開いた下着では相手も萎えてしまいますでしょう??』



 私達は遊びに行くのであって、次世代に命を紡ぐ行為をしに行く訳じゃないのですけど……。


 そう言おうとしたのだが。



『アルペリア王妃様。レシーヌ王女様にはまだ少し早い気がしますけど……』


 私の気持ちを汲んでくれたティスロが援護してくれた。



 あ――、でも少し早いってのはちょっと傷付いちゃうな。


 私はもう子供を産める体ですし、そ、それに……。彼となら構わないと言いますか………。ひと夏の間違いをちょっとだけ期待していると言いますか……。



『世継ぎが生まれる事は良い事なの。私は主人と夫婦の契りを交わし、その数十年後に貴女を授かった。まだ冒険の途中である彼はきっと短い期間の内に他の大陸へ旅立ってしまうでしょう。レシーヌ、好機を逃して後悔しない様にしなさい』



 お母様が優しくも少しだけ真剣な眼差しで私の瞳の奥を直視する。


 あの瞳の色の意味は恐らく私の心の奥底にある温かな想いに気付いていたのでしょうね。



『わ、分かりましたお母様。その時が訪れましたのなら勇気を出してみたいと思います』


 顔が煮沸してどうにかなってしまいそうになるのを懸命に堪え、自分なりの考えを伝えた。


『人生は一度きりだからね。想いを寄せる人の前では王女の肩書を捨てるのも大切なのです』


『い、いやしかしそれでは……』


 私の隣に居るティスロが妙に歯切れの悪い口調で話す。


『ティスロ、貴女も良く聞きなさい。互いの体を貪る様に過ごす熱き夜の前では貴女達もそして男性側も肩書なんて無意味に等しいの。自分の素の感情と体を曝け出す。そこに真実の愛があるのよ』


 互いの体を貪る様に過ごす夜。


 その言葉を受けた私とティスロは意中の男性を頭に思い描いたのか。



『『……っ』』


 頬を朱に染めたままコクコクと頷いた。



『相手を包み込む様に抱き締めて愛を囁きなさい。唇を合わせて互いの空気を混ぜ合わせなさい。そして男性のそのものを迎い入れなさい。そうすれば自然と次世代の命が貴女達のお腹に宿るわ』


『お、お母様。男性そのものって……』


『フフ……。初めて見る時は余りの姿に驚くかも知れないけど、慣れてしまえば可愛いものよ?? その時が訪れ、男女の一夜を過ごす事に渋るようであれば……』



 お母様が私達に右手をヒラヒラと動かして耳打ちする真似をするので、それに従いティスロと私はお母様の声が聞こえる位置にそそくさと移動して聞き耳を立てた。



『――――。へっ!? し、し、尻尾でそんな事をするのですか!?』



 とても肉親から出て来たとは思えないテクニックの方法を聞くと頭の天辺から爪先まで一瞬で真っ赤に染まってしまった。


 これが友人から聞いたのなら何て破廉恥な!! と蔑むのですが。今回の場合は実の母親からの口伝なのでき、金言として承っておきましょう。



『これこそが私の家系に伝わる交渉術よ。私もこの交渉術で貴方のお父様を堕としたのだから』


『王妃様ッ!! いけません!! まだレシーヌ王女様には早過ぎます!!!!』


 ティスロが顔と耳を真っ赤に染めたまま叫ぶ。


『遅かれ早かれそういう事をするのだから知っておいて損は無いの。と、言いますかティスロも存外って感じなのは何故??』


『べ、別にそういう訳では……。知識は大いに越した事は無いですし……』


『ダンさんと違ってハンナさんは隙が無さそうだものねぇ。休暇中に隙あらばパクっと食べちゃいなさいっ』



『お母様ッ!!!!』

『アルペリア王妃様ッ!!!!』



 意味深な笑みを浮かべた実の母親に二人が噛みつくものの、年の経験値には勝てず。


 私達三人は夜が更け、夜虫が鳴き疲れた頃までベッドの上での交渉術談義に花?? を咲かせていたのだ。



 ま、まぁ私の場合は未経験ですのでこの知識を披露した場合は耳年増になってしまうので、昨晩得た知識は心の奥底に仕舞っておきましょう!!


 大体、あぁんな事やこぉんな事を男性と交わすなんて無理がありますよ……。



「美味いっ!!!! 肉のお代わりだ!!」


「隊長。それ以上食べたらダン達の分が無くなってしまいます。後、ハンナ。その肉はまだ焼けていないから手を出さない様に」



 グレイオス隊長やトニア副隊長もベッドの上ではそ、その……。互いの肉が溶け合う様な激しい行為をしているのでしょうか??


 でもまだ二人は付き合っていないし、そういう行為はまだシていないのかな??


 男女間の恋の営みは本当に難解且複雑ですよねぇ。



「ふぅっ、お腹空いたな……」


 食の席からふんわりと漂って来る煙の中に混ざる食の匂いを捉えると、お腹がクゥっと可愛い音を奏でてしまう。



 ダン、そろそろ上がって来ないかな。


 ずぅっと前から海面に姿を現さない彼の姿を波間に探していると。



「ぶっはぁぁああ――――!!!! ひゅぅ!! 大量大量ッ!!!!」


「ッ!?」


 波打ち際から少し進んだ先の海面に彼が急に現れたので心臓が飛び出てしまいそうになった。


 び、びっくりしたぁ。急に姿を現さないで下さいよね。


「お疲れ様です。沢山獲れまし……」


「いやぁ、この島には普段人が居ない所為か取り放題でしたよ!! 見て下さい!!」



 う、うん。それは分かっていますけどね?? 一応、私は女性なので身嗜みに気を付けて欲しいのですよ。


 彼は何も気にしていない様子だったが私の視線は彼の体に釘付けになってしまった。



 イイ感じ焼けた肌には彼が物語っていた冒険の勲章としての無数の傷跡が目立ち、海水で濡れた黒き髪と体に太陽の光が当たり反射すると私の女の性をグっと誘う。


 歴戦の勇士も顔負けの体付きなのに彼の顔には優しい笑みが溢れており、その相対する事象が心の熱を沸々と刺激。



「え、えぇ。では拝見させて頂きましょうか」


 己の感情を見透かされまいとして彼の体から懸命に視線を外して麻袋の中を確認した。


「凄い!! こんなに獲れたのですか!?」



 たった数十分の潜行なのに麻袋の中には沢山の巻貝が確認出来た。


 ゴツゴツした殻に少しの苔がこびり付き海水を含んだ硬い殻は生物的な魅力を全面に押し出す。


 彼の卓越した潜水能力と漁師顔負けの技術に思わず舌を巻いてしまいましたよ。



「サザエがメインですけど、砂地に隠れていた帆立も運良く獲れました。いやぁ――、透明度が高くて助かりましたよ」


 ダンが白き歯が見える位にニっと笑う。


「お疲れ様でした。御米も炊けたみたいですし、私達もそろそろ食事にしましょう」


「え?? まさか自分が潜っている間、ずぅっと食べていなかったので??」


 共に肩を並べ、今も陽性な感情を振り撒いている食の席へと向かって行く。


「ダンが溺れない様に監視する必要がありましたので」


「あはは、泳ぎは得意なのでその心配は無用でしたのに。よぉっ!!!! 獲れ立て新鮮のピチピチ海鮮類の登場だ!! 崇め奉りやがれ!!!!」



 彼が鉄板の側に到着すると皆の前で麻袋を盛大に開いて釣果を報告した。



「うおっ!? 何だ!? この貝は!!!!」


「内陸で育った蜥蜴ちゃんには分からないよねぇ――。この貝はサザエといって、蓋にくっ付いている貝肉が絶品なんだよ」



 ダンが鉄板の空いている場所に今し方獲れた貝類を手慣れた手付きで乗せて行く。



「こっちの貝は何。それと、王女様の前なのだからシャツを着なさい」


 トニア副隊長が厳しい瞳の色を浮かべながら箸で帆立の殻を突く。


「今日は無礼講だからいいのっ。そっちは帆立、パカっと貝が開いたら食べ頃だから見逃さない様に……ってぇ!! 肉が物凄い勢いで減っているんですけど!?」


「一応、御二人の分は残しているのですが……」


 ティスロがハンナに何だか申し訳無そうな視線を送ると。


「ふんっ、貴様が帰って来るのが遅いから悪いのだっ」


 彼は特に気にする事無く、肉のみを食らい続けていた。


「あっそう!! じゃあテメェは一切貝を食うなよ!? レシーヌ王女様、馬鹿野郎が肉を全部食らっちまうかも知れないからさっさと食べましょう!!」


「は、はい!!」


「頂きますっ!!」

「頂きます」


 ダンから箸を受け取ると彼と共に食に対しての礼を述べた。



 先ずはちょっと焦げ目が目立つ肉を頂きましょうかね。


 簡易窯から立ち昇る熱気によってゆらゆらと蜃気楼を発生させる鉄板の上に箸を動かし、食べ頃をちょっとだけ過ぎたお肉を取り皿の上に乗せて口に運ぶ。



「んっ!! 美味しい!!」


 うっそ!! 何でこんなに美味しいの!?


 自室若しくは城内の食堂で食べる料理とはまた違った美味しさに舌が素直に驚いてしまった。


「あはは、外で食べる料理も強ち捨てたものじゃないですよね??」


 ダンが大きな口をモムモムと動かしつつ笑みを浮かべる。


「え、えぇ。素直に驚いてしまいましたよ」


 焦げ目があるお肉の味はちょっとだけ苦みがあるのだが周囲の雰囲気もあってか全く苦にならない。


 いや、寧ろこの苦みが敢えて美味さを際立たせているのかも。



 腕の立つ料理人が魂を籠めて完全完璧に仕上げた料理と、気の合う友人がちょっとだけ手を抜いて作った料理。



 どちらの料理が美味いかと問われたら恐らく十中八九前者と答えるでしょうね。


 しかし、今の私は後者の味を選んでしまっていた。



「食の席に雰囲気も大切だと教わりましたが……。成程、確かにその通りですね」


 あっと言う間に取り皿の上から無くなってしまった肉、それでもまだまだ食べ足りないと感じている体の素直な反応が良い証拠だ。


「物凄い勢いで消えてしまいましたね。はい、お代わりをど――ぞ」


「あ、有難う……」


 ダンが私の取り皿の上に焼きたてのお肉を乗せてくれる。


「貝類はまだ焼けていないからもう暫くお待ち下さ……。お、おい!! 相棒!! お前はもう肉を食うなって言われただろ!?」


「これは皆の分では無くて貴様の分だ。それなら問題無いだろう??」


「大有りだよ大馬鹿野郎が!! たった数口しか食っていねぇんだぞ!?」


「ほら、貴様の目の前の野菜が焼けただろ。それを食せ」


「わはは!! 何だ何だ!? 喧嘩かぁ!?」



 ダンとハンナの優しい喧嘩とグレイオス隊長の豪快な笑い声。


 お酒も入っている所為か、普段のそれと比べるとかなりの声量だが私の耳は全く苦にせず、それ処かこの場に誂えた様な音に私は思わず口角を上げてしまった。


 いいなぁ、この雰囲気……。


 可能であればずぅっと感じていたいですよ。



「全く……。どうしてこうも俺が貧乏くじを引かにゃならんのだ……」


 ダンが苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべてカリカリに焼かれた根野菜へと箸を伸ばす。


「うん、焦げ目が美味しいっ……」


「えっと、良ければ私の分を食べますか??」


 兄弟犬に虐められて餌を食べられなかった可哀想な犬みたいにしょんぼりとしている彼に取り皿の上から一枚の肉を摘まみ上げてあげる。


「いいのですか!? それでは!!!!」



 い、いやちょっと!! 取り皿の上に置こうとしたのですけど!?


 ダンが私の了承を得る前に直接私の箸からお肉を食らってしまった。



「うっほぅ!! んまいっ!! 有難う御座いますね!!」


「い、いえ……」



 こ、これは俗に言うあ――んという奴ですよね??


 意図せぬ行為に及んでしまったのでちょっと恥ずかしいですよ……。


 鉄板から昇って来る熱と己の心に湧く羞恥の熱。


 その板挟みにより私の体温が数度程上昇してしまった。



 よ、よしっ。今の流れなら彼に対して自然に食物を譲渡出来ますよね。


 皆の前なのであからさまな行為に及ぶのは一国の王女として恥ずべき行為なのでさり気なく、そしてこの流れで行為に及びましょう!!


 今までの私と違って今年の私はちょっと大胆なのですっ。



「ダ、ダン。この野菜も結構美味しい……」


 常夏の島の力に背を押して貰い大胆な行為に及ぼうとしたのですが。


「ダンさん。サザエはいつ焼き上がるのでしょうかね??」


「あ――、もう全部焼けているな。貝の蓋を外すのはちょっとコツがあるからよく見ておいて」


 ダンが今も皆の食事の世話をしているティスロの下へと向かって行ってしまった。



 む――……。ちょっと機会タイミングがずれてしまいましたね。


 もう少し様子を窺って声を掛けるべきでした。



「ふぁむっ……」


 空になった箸を食み、サザエの食し方の指南を享受している彼等の下へと視線を送る。


「殻は熱せられていて熱いので少し冷まして……。それから貝の蓋を串でくり抜けば……」


「凄い!! 簡単に身が外せましたね!!」


「あはは!! 簡単そうにやっているけど結構難しいんだぞ??」


「ダン!! 俺にもやらせろ!!」


「私も興味があるわ」



 ダンの下に続々と友人達が集まり、彼等は皆一様に笑みを浮かべてサザエの蓋を外しに掛かっていた。


 本当に不思議な人……。彼の周りにはいつも優しい光が集まって来る。


 私もその光の一部なのですが、ダンには人を惹き付ける目に見えない何かが確実に存在しているのでしょうね。



「んっ……。難しい……」


 ティスロがサザエの殻を手に取って蓋を外そうとするが彼の様に上手く行かず苦戦を強いられている。


「後ろから失礼。こうしてぇ……、殻の間にぃ、串をプツっと刺すんだぞぉ」



 それを見付けたダンがティスロの背後から腕を伸ばして彼女の手に己が手を添える。


 別にその行為自体は構わな……、いいえ。構います。


 無意味に近付き過ぎる行為が何だか腹立たしく、しかも!!!!



「へぇ!! 上手ですね!!」


「え、えへっ。いえいぇ――。眼福、じゃなくて!! これは食の指導ですからねっ」



 彼女の死角に居るのを良い事にティスロのちょっと大胆に開いた胸元を見下ろしているし!!


 これは行けませんね。


 飼い犬が他所の家の人を噛まない様に飼い主として教育的指導を施しませんと。



「……ッ」


 麻袋の中から比較的元気な帆立をそ――っと取り出し。


「レシーヌ王女殿、何処へ……」


『静かにっ』


 そんな意味を含ませてハンナに対して人差し指を立てて唇に当ててあげる。


 彼も私の意思を理解したのか。


「奴の背に直接当ててやるのだぞ」


 猛烈な勢いで食を進めたまま的確な指示を私に送ってくれた。



 了解しましたっ!! これから作戦の実行に移ります!!



「貝柱に刺して……。ん――、ここからも難しいですね」


「んふふっ、すっげぇ大盛だよなぁ――」


「大盛?? この貝は大きい方なので??」


「あ、あぁ!! うん!! そうそう!! びっくりする位大きいからネッ!!!!」



 ダンの無防備な背に到達。


 それから帆立さんが再び口を開くのを暫く待っていると……。遂にその時が訪れてくれた。



「……。えいッ」



「いっでぇぇええええええ――――ッ!!!! ナ、何!? 何が俺の背に噛みついているの!?」



 両手が決して届かぬ背の中央に帆立さんをくっ付けてあげると私の期待通りに帆立が大変硬い殻で彼の背の肉を勢い良く、そして苛烈に食んでくれた。



「貴方はもう少し普段の態度を改めるべきですよ??」


「レシーヌ王女様!? わ、分かりましたから背中にくっ付いているナニかを外して下さい!!!!」


「駄目です。そのまま暫く反省していなさいっ」



 両腕を懸命に伸ばして帆立を外そうと躍起になっている彼を冷たい目でジロリと睨みつけてやった。


 ティスロ然り、お母様然り、トニア副隊長然り。


 大体、皆さん大き過ぎなのですよ……。私だってもう少し大人になればきっと大きくなる筈なのです。


 そうすればきっと彼の視線は私に釘付けになってくれるでしょう!!


 問題はそれまでの時間経過ですよねぇ……。彼が旅立つ前に空を支える様な山脈を備える事は不可能ですもの。



「いででで!! こ、コイツ!! 意地でも離れないつもりだな!?」



 砂浜の上で転がり続け、必死に帆立の強襲から逃れようとしている彼の姿を捉えると皆一様に笑い声を放った。



「あはは!! ダンさん頑張って外して下さいね――!!」


「愚か者が。馬鹿な真似をするからそうなるのだ」


「わはは!!!! ダン、俺が蹴飛ばしてやろうか!?」


「無様な姿が良く似合っているわよ」


「て、テメェ等!! もう少し俺の体を労われよなぁぁああ――!!!!」



「ダ――ンっ!! 早く帆立を外さないと御飯が無くってしまいますよ――!!」



 今日一番の陽性を乗せた声でそう叫ぶ。



「そ、そんなぁ――!!!!」


 私は目に涙を浮かべて此方を見つめる彼を捉えるとお腹を抑えてケタケタと笑った。


 私達の笑い声は青空の下に良く映え彼の可笑しな行動はこの明るい雰囲気に酷く似合っていた。


 あぁ、神様。


 願わくば時間を止めて、いつまでもこの楽しい時の中に私達を閉じ込めて下さい……。


 決して叶わない願いを心の中で唱えると私達は明るい声が止まない食の席に着き、彼の行動を半ば放置して舌と心を潤し続けていたのだった。




お疲れ様でした。


後半部分が少々長めの文章でしたので編集作業に時間が掛かってしまいました。


彼等の休暇は残り数話で終わり、その後に新たなる大陸へ向かって旅立ちます。


現在、その大まかなプロットを書いているのですが南の大陸と比べると遥かに短いモノになりそうな気配がしますね。


まぁ南の大陸編は過去編の中で一番の長文にしようと決めていたのでそれは当然と言ったら当然なのですけど……。



本日は昼近くまで就寝して起床したのなら郊外のスーパー銭湯に行って背中の筋肉を癒して来ます!!



それでは皆様、引き続き良い休日をお過ごし下さいませ。

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