第百六十一話 美味しさの秘訣は友人達との絆 その一
お疲れ様です。
本日の前半部分の投稿になります。
人の肌をジリジリと焦がす強烈な日差しの下に広がる砂浜。
空から降り注ぐ陽光と砂浜から照り返す熱波が人の体から汗を誘発させるので少しでも涼を求めて熱砂の上を進む。
さざ波が押し寄せる波打ち際に何を言う事も無く静かに佇み紺碧の彼方をぼぅっと眺めて居ると心が洗われる様な清く清々しい感情が湧いて来た。
ふぅ――……。
こっちの大陸に来てから色々あったけど、こうして自然の中で過ごしていると今までの忙しさが嘘の様に思えて来るな。
少しでも横着を見せたら炸裂してしまう自爆花の採取、食いしん坊の飢餓鼠の退治にキマイラとの壮絶な死闘。
そして。
「そろそろ焼けますよ――!!」
森の日陰の中から此方に向かって元気良く手を振り続けているレシーヌ王女様に掛けられた呪いの解除。
真面な奴なら良くて過労死の危険で過酷な依頼の数々を運良く乗り切りこの島に訪れる事が出来た。
幸運の神様にはいつも見限られているけど実は裏で俺達の事をこっそり見守ってくれているのかもなぁ。
「あ、はぁ――い!!」
鍔の広い麦わら帽子の奥から素敵な笑みを披露している彼女の下へ向かって砂を蹴って進み、今もモウモウと美味しそうな煙を放っている鉄板の側に到着した。
「おぉっ、どれも美味そうだ」
沢山の石が積み上げられ簡易窯として機能している。
その上には屋敷の裏手にある倉庫から持ち運んだ大きな鉄板が熱せられており、アツアツの鉄板の上で腹の空く香りを放ちながら肉が焼かれている。
庶民がこぞって食する肉とは一線を画す上質な肉が放つ香りは大変宜しく。鼻だけじゃなくて視覚から匂いを感じてしまう程だ。
肉ばかりでは栄養が偏ってしまうので根野菜や葉野菜が主役の脇を飾り、少し離れた位置では飯盒がクツクツと心地良い音を奏でて米が炊かれていた。
「すっげぇ!! さっすが上流階級の方々が食す食材は一味違いますなぁ!!」
中々大きな鉄板の脇に立つと心に浮かぶ素直な言葉を放った。
「ティスロの魔法で氷の箱を作りその中に食材を入れて持ち運んだから鮮度は抜群だ」
大蜥蜴の姿のグレイオス隊長が大きな口から涎が出ない様、必死に堪えつつ鉄板に視線を送る。
その瞳の色は御馳走を前にして我慢が出来ないちょっとお馬鹿な飼い犬って感じだな。
「飯盒の米が炊けるまで後少しって所ね……。それじゃそれまでの間、お肉の味を堪能しようとしますかぁ!!」
鉄板の側に一塊として置いてある食器類の中から箸を取り出して卑しい気持ちを全面に押し出し、ジュウジュウと良い匂いを放っている肉に手を伸ばすと。
「待て。これだけじゃ少し心許ない。貴様は海から何かを獲って来るのだ」
ハンナの箸が軽快に、そして素早く俺の箸の進行を食い止めてしまった。
「はぁ!? 何で俺が海に潜らなきゃいけないんだよ!!」
俺はお前さんの召使じゃあないんだぜ!?
「グレイオス隊長殿達は内陸育ちで泳ぎが余り得意ではない。この中で一番海に詳しいのはダン、お前だ。生まれた大陸で漁の仕事をしていたのだろう?? それに……、その恰好。誰よりも海に入る相応しい姿をしているではないか」
ハンナが俺の服装を下から上まで見つめると鼻で笑う。
膝下までの短いズボンに半袖のシャツ。
そりゃあパパっとシャツを脱いで海に入れる姿をしていますけども!! 休暇の時に態々海に入る理由とはならないよね!?
「そりゃそうだけどよ。今ある食材で我慢しろって」
頬をプクっと膨らませて可愛らしく抗議の声を上げる。
「えっと……。ダン、私からもお願いして宜しいでしょうか?? 折角海に囲まれた島に訪れているのです。それに海の幸を堪能すれば皆の心が満たされる事でしょうし」
え、えぇ……。王女様からの直々の御命令ですかぁ……。
「い、いやぁ――!! 今日は潮の流れが強そうですし!? 海に入るのはちょ――っと危険かも知れないからなぁ!!」
「そんな訳ないでしょう。先程、グレイオス隊長と海に入ったけど本当に穏やかだったわよ??」
「それに水温も温かくて寒さに弱い俺でも余裕で入れたぞ!!」
トニア副隊長とグレイオス隊長が意味深な笑みを浮かべて此方を見つめる。
止めて!! これ以上俺の退路を塞がないで!!
「はいはい!! 分かりました!! 海に入って適当に貝類を獲って来るから暫くお待ち下さいね!!!!」
一塊にして置いてある道具類の中から手頃な大きさの麻袋を手に取り、素晴らしい景観を持つ島に不釣り合いな表情を浮かべて海の方へと向かって行った。
日常生活の中なら上からの指示には従いますけどね?? 何で休暇に来ているってのに漁をしなきゃいけないんだよ!!
大体、俺一人だけじゃなくて公平を期す為にもハンナやグレイオス隊長も一緒に潜ればいいってのにぃ!!
「ったく、ツイないぜ」
美しい海を眼前に捉え男らしくガバっとシャツを脱ぎ捨てて海に入る準備運動を始めると後方から澄んだ女性の声色が届いた。
「ダン、有難う御座いますね」
「あ、いえ。他ならぬレシーヌ王女様直々の御命令ですので、しがない請負人はそれに従う義務があるのですよ」
頭上の太陽に負けない位の明るい笑みを放つ彼女へ向かってちょいと意地悪な台詞を吐いてあげると。
「むっ、何だか棘のある言い方に聞こえましたよ??」
今まで快晴だった空に不穏な重苦しい黒き雲が漂う様にレシーヌ王女様の表情が陰り始めてしまった。
「き、気の所為です!! ではこれから自分は皆様が満足出来る様な食材を確保して参りますので暫くお待ち下さいませ!!」
このままでは黒き雲から放たれる雷に打たれてしまう。
休暇にまで来て叱られるのは御免だと考えた俺は獰猛な肉食獣から逃れる草食動物の様な素早い足取りで海へと向かって行った。
「はぁ――い。溺れない様に気を付けて下さいね――」
「了解しました――!!」
こ、こっわぁ……。レシーヌ王女様って大人しそうに見えてその実、結構怖い一面があるんだよなぁ。
ほら、王女様の部屋で話していた時も俺が意地悪な台詞を吐くと直ぐに怒っちゃったし。
感情を矢面に出すのは年相応と言うべきか、まだまだ幼いと言うべきか……。
まぁそれはさておき!! 折角海に潜るのだから皆が満足してくれる様な食材を確保しましょうかね!!
「この辺りでいいか……」
遠浅の海を沖へと向かって泳いで行き、深い位置にある海底に視線を送ると深く息を吸い込んだ。
透明度が滅茶苦茶高いのが助かるぜ。
それに人が訪れていない無人島だからきっとお宝がたぁくさんある筈。
「すぅ――……。んっ!!!!」
肺の許容量限界まで空気を取り込み、約十メートル下の海底へと向かって潜行を開始した。
おひょう!! 思った通りすっげぇ綺麗じゃん!!!!
海水の中に居る筈なのにまるで地上に居るかの様な錯覚を感じてしまう程に水の中は澄んだ透明度であり、己の手の形や直ぐ先にある岩の形がハッキリと確知出来てしまう。
まぁ水の中なので多少は視界が歪んでいますけども人でごった返す観光地の海に比べれば雲泥の差って奴だな。
「ゴゴブグ……」
水圧が増すにつれて耳がキンッとした痛みを訴えるので鼻を摘まんで耳抜きを行い、取り敢えず身近な岩へと近付きお目当ての品を探して岩の隙間や影に視線を送った。
さてさてぇ、この大きな岩には一体何が棲み着いているのでしょうかねっ。
俺の接近に驚いた青が目立つソラスズメダイが何処かへと泳いで逃げて行き、彼等が周回していた岩の影に手を伸ばすと……。
「ン゛ッ!!!!」
子供の拳の大きさ程度の大きなサザエを捕らえる事に成功した。
でっかぁ!! この大きさなら食欲馬鹿の白頭鷲ちゃんや大蜥蜴ちゃんもきっと満足する事でしょう!!!!
こんな短時間でももう一つのお宝を発見出来てしまった自分の捜索能力に改めて惚れ惚れしてしまう。
潜行可能時間及び卓越した泳力は自画自賛かも知れないが熟練の海女さんを越える技であろうさ。
「ブフフゥ……」
岩肌に張り付いていたサザエを取り外し腰に巻いてある麻袋の中にキチンとしまうと次なる獲物を求めて岩の周りを執拗に探し回り続けていた。
お疲れ様でした。
現在、後半部分の加筆編集作業中ですので次の投稿まで今暫くお待ち下さいませ。