第百五十七話 宴の始まり その一
お疲れ様です。
本日の前半部分の投稿になります。
城の出入口を塞ぐ立派な門を開き厳かな雰囲気が漂う城内から花の馨しい香りが漂う庭園に出ると一人の男性が礼儀正しい所作で俺達を迎えてくれる。
「お疲れ様です。どうでしたか?? 褒賞授与式は」
「驚きの連続が襲い掛かって来たという感じですね。と、言いますか。ずっとそこで待機していたので??」
数時間前に別れた位置と何ら変わらない場所で背筋を正して立っているフライベンさんにそう問う。
「はは、まさか。ダンさん達と別れますと訓練場へ赴き到着した事を告げて。それから料理人達にも到着を告げて来ました。それから配膳の知らせに進行役の人との打ち合わせ……。こう見えてかなり忙しい時間を過ごしていたのですよ」
ありゃま、そうだったのか。
深緑の鱗に覆われた顔に汗の一つも浮かんでいないのでそう見えてしまいましたよっと。
「それでは晩餐会が行われる訓練場へ向かいましょう」
彼が一つ小さく頷くと俺達に背を向け訓練場に続く坂へ向かって行く。
「分かりました。相棒……。頼むからいい加減に刀から目を外してくれ」
新しい玩具を手に入れ、日がな一日ずぅっと玩具の相手をしている子供に言い聞かせる親の口調を放つ。
「わ、分かっている。俺は只鞘の位置を気にしていただけだっ」
「嘘付け。鞘はキチっと腰のベルトに収まっているじゃねぇかよ」
横着で不躾で人の言う事を聞かない白頭鷲ちゃんの左肩をちょいと強めに叩き、もう随分と離れてしまったフライベンさんの背を追い始めた。
朱き日が一日の終わりを告げようとして空と大地を真っ赤に照らしていた夕暮れ時からかなりの時間が経過。
空にはまるで宝石と見間違えんばかりの輝きを放つ星達が方々に散らばり漆黒の夜を美しく装飾し、夜空に浮かぶ月が今宵の主役は私であると言わんばかりに妖しい光を放ち続けている。
熱波を帯びた昼の風は鳴りを潜め、夜風は程よく乾燥して肌に嬉しい涼しさを与えてくれている。
これから出会うであろう贅を尽くした料理、風光明媚な景色と環境。
晩餐会が行われる夜に相応しい環境が俺の心を何処までも温め続けていた。
「へへっ、どんな料理が出て来るのかな」
歳柄にもなく若干浮ついた感情のままで口を開く。
「さぁな。適当に食べて挨拶をしたら帰るぞ」
こ、この野郎……。その刀を弄りたいからって直ぐに帰るつもりだな??
「早く帰れる訳ねぇだろ。俺達は一応今日の主役だぜ?? 関係各所のお偉いさん達が酒を持って挨拶しに来るだろうし、それに質問攻めに遭う恐れもある。隙を窺いつつ腹に料理を押し込み、空いた時間で質問してくる大蜥蜴ちゃんに答える。これを繰り返している内に深夜へと突入するのさ」
質疑応答だけならまだマシだろうけど……。
ひょっとしたらその時の動きを見せて下さい!! とか。
もっと具体的な話を聞かせて下さい!! とか。
当時の感想及び行動の詳細を尋ねて来る大蜥蜴ちゃん達が現れる事を想定しておかなければならない。
しかも酒が入った席だ。思わず勘弁して下さいと頭を下げてしまう様な無茶振りやある程度の揶揄いも覚悟しておかなければならない。
相棒はこういう事に関して苦手だし、俺が一肌脱がなければならない事が確定しているのだ。
時間的余裕が見込める晩餐会開始直後を狙ってたんまりと飯を食らおう。そして社交的な大人の余裕を見せつつ好みの料理と酒を狙い時間の合間を縫って腹に収める。
これぞ正に完璧な段取りだと自画自賛しつつ坂を下って行くと、涼しい夜風に乗って美しい弦楽器の音色が俺達の耳に届いた。
「ん?? 誰かヴァイオリンでも弾いているのか??」
凛とした音が風に乗って鼓膜に届き、その音は鼓膜を通り抜けて俺の心を震わせ陽性な感情を与えてくれている。
涼しい夜に美しい弦楽器の音は本当に良く似合うぜ。
「本日行われる晩餐会の余興とでも申しましょうか。王都守備隊の数名の隊員が弦楽器を演奏していますよ」
いやいや!! あの筋骨隆々の蜥蜴ちゃん達が弾ける訳ないでしょうに!!
彼等が得意なのは力仕事や泥仕事ですぜ!?
「今、彼等が弾ける筈無いと思いましたでしょ」
フライベンさんが軽い笑みを浮かべつつ此方に振り返る。
「えぇ、まぁっ」
「まぁ彼等の普段の生活ぶりを見て来たダンさん達ならその考えに至るでしょう。王都守備隊の隊員達はある程度の力を持つ家名から募った者達です。幼い頃から教育を受けて来た中に楽器の演奏も含まれているのですよ」
「英才教育、って奴ですね」
「家名を継ぐ時に何の知識も無いようでは家主は務まりませんから。彼等の教育の賜物もあり本日の晩餐会はかなり豪勢なものとなっておりますよ??」
なだらかな坂を下り切り通い慣れた訓練場に到着すると俺の想像よりも一つ、二つ上の光景が俺達を迎えてくれた。
広い訓練場の奥まった位置には沢山の長机が設置されておりその上には色とりどりの料理が乗せられている。
松明の光と夜空から降り注ぐ月光を浴びた料理が放つ香りを嗅げばきっと墓場に入り立ての死人でさえも驚いて上体を起こす程のものであろう。
離れた位置に立っていても大変腹が空く香りを鼻腔が捉えてしまうと早くあそこに向かって進めと食欲が本能に命令を放ち続けている。
「あはは、まさか。そちらの業務を押し付けないで下さいよ」
「いやいや!! これは本来であれば其方の法務部が行うべき事案なのですからね!!」
「しかし、人が多いですなぁ……」
「王女様の呪いの解決、そして反政府組織の撲滅へ向かっての大いなる一歩。祝いの席なのですから盛大に祝うべきなのですよ」
数十名を超える大蜥蜴達が酒の入ったグラスを片手に談笑を続けており、その笑い声や明るい話し声は酷くこの場に似合っていた。
大蜥蜴ちゃんと人の姿をした関係者達の総勢は凡そ百名前後って所か。
彼等は皆一様に朗らかな表情を浮かべ交わす会話とこの素敵な雰囲気を肴にして心を温め、訓練場の中央から離れた位置で演奏を続けている弦楽器の音色がそれに拍車を掛けている。
贅を尽くした料理、宴の席に相応しい酒の匂い、そして月夜に絶妙に合う弦楽器の美しい音色が俺とハンナを迎えてくれた。
「おぉ!!!! 本日の主役が漸く到着したか!!」
「グレイオス隊長!!」
俺達から離れた位置に居る筋骨隆々の大蜥蜴ちゃんがちょいと心配になる足取りで此方に向かってやって来た。
「お前達遅いぞ!! 俺達はここでずぅっと待っていたんだ!!」
「あはは、悪いね。何せ褒章授与式がぁ……」
グレイオス隊長が息の掛かる距離に到着するとほぼ同時。
「酒くっさ!!!!」
鼻腔にとんでもねぇ酒の香が侵入して来たので思わず叫んでしまった。
ある程度酒に慣れた俺でさえも思わず顔を顰めてしまう酒の息って……。
「まだ晩餐会が始まってもいないのにどんだけ飲んだんだよ」
上空から降り注いで来る酒臭い息を右手でパタパタと払いつつ問う。
「晩餐会が始まるまで待っていようと考えていたのだが……。配膳役の者から食前酒として配られた酒の味が美味くてな!! ついつい飲み過ぎてしまったぞ!!」
成程ねぇ……。御馳走を目の前にして我慢出来ず食らい付いてしまった大型犬って感じだな。
「そんなに飲むと料理の味が分からなくなっちまうぞ」
「わはは!! 記憶を失うまで飲んでいる訳では無いからな!! しっかりとあそこに置かれている御馳走を味わう予定だ!!」
十二分に聞こえているからもう少し静かな声で話しなさいよ。
ほら、周りに居る人達からヒンシュクの目を買っていますでしょう??
ここでそれを伝えたとしてもどうせ右から左に流されてしまうのが目に見えているので他の人達に迷惑を掛ける前に横っ面を一発叩いて目を覚まさせてやろうかしら??
俺の肩を何の遠慮も無しにバシバシと叩く大蜥蜴の目を覚まさせてやろうとして拳にまぁまぁの力を籠めていると。
「――――。グレイオス隊長、晩餐会の場を壊す大声は控えて頂くと幸いです」
トニア副隊長が静かに登場して俺の代わりに彼の行動を咎めてくれた。
「おひょう!! トニア副隊長!! すっげぇ色っぽいじゃん!!」
人の姿の彼女が身に纏うドレスに思わず魅入ると素直な声を上げた。
薄い緑色のドレスは男のナニかを刺激する様に大きく胸元が開かれており、普段はキチンとした隊服に身を包む彼女のふくよかな双丘をこれ見よがしに強調している。
裾の部分も大胆に切れ目が入っており鍛え抜かれたカモシカの様な足ちゃんがその隙間から覗き野郎共から感嘆の声を勝ち取ってしまう。
己の顎に手を当て、真面目なトニア副隊長が着用するとは思えぬ正礼装の姿をまじまじと見つめてやる。
ん――むぅ、やはり彼女は着痩せするようですね!!
こんもりと盛り上がった双丘ちゃん達が是非とも御覧下さいと強調していますもの!!
「そ、そうかしら?? 正礼装はこれしか持っていなくて……。久々に着用したけどちょっと肩回りと足回りがキツイわね」
「それは恐らく鍛えているからであろう。日頃の研鑽が実を結んだと思うがいい」
ハンナがトニア副隊長にチラリと視線を送る。
「褒め言葉として受け取っておくわ。グレイオス隊長はどう思います??」
トニア副隊長がちょいとばかし頬を朱に染め、体の正面で嫋やかに手を合わせて問う。
「あ、あぁ。に、似合っているんじゃないのかな」
「先程からずぅっと私に視線を送っていませんけど??」
「それはき、気の所為だ!!!!」
あはぁん?? 成程成程ぉ……。グレイオス隊長が酔っ払っているその真実が理解出来たぜ。
頑張って見て貰おうと涙ぐましい努力を続けている副隊長を援護する為にも俺が一肌脱ぐとしますかね!!
「総隊長足る者が部下の服装を気に掛けないのは駄目だぞぉ?? お前さん達王都守備隊は鉄の隊律を守るだけじゃなくてぇ、身なりにも気を配らなきゃいけないんだしぃ??」
「それとこれは別問題だろう!! 第一!! 今日は晩餐会の場なのだから!!」
「いんや?? 公私共々隊員の身なりを気に掛けるのは隊長の役目ですぜ?? なっ、そうだろう?? トニア副隊長っ」
「ダンの話した通りです。早く私の正礼装についての感想及び直すべき箇所を伝えるべきだと考えます」
「あ――!! もう!! 分かったよ!! 見れば良いんだろ!? 見れば!!」
グレイオス隊長が顔を覆う鱗を全て朱に染めて降参宣言を放つとトニア副隊長を真正面に捉え、芸術作品を鑑賞する様に鋭い視線を向けた。
「う、うん。服装の乱れも無いしこの場に沿った正礼装だなっ」
「伝える事はそれだけです??」
「そ、その……。何んと言うか……。綺麗だ」
血液全てが沸騰したんじゃないかと、人にそう錯覚させてしまう程に体全体を赤らめているグレイオス隊長から本当に小さな褒め言葉が出て来ると。
「有難う御座います。嬉しいです」
トニア副隊長もまた顔を赤らめ明後日の方向へ視線を向けている彼の横顔に好意の目を向けた。
規律を重んじる王都守備隊の隊員が放つ普段の殺伐とした雰囲気では無く、まるで付き合い始めたばかりの恋人達が放つ甘ったるい雰囲気が俺達の間を包み込む。
この雰囲気に呑まれてしまうと晩餐会の途中で何処かへと姿を消し、後世へ命を紡ぐ行為に及んでしまう恐れがあるので一言注意してやりましょうかね。
「盛った犬みたいにヤルのは明日以降にしろよ??」
「そ、そんな事はしない!! 何を馬鹿げた事を言うのだ!!」
グレイオス隊長の瞳がカッと見開き、力強い腕力で俺の双肩を掴む。
「もう少し優しく掴めって!! 爪がいてぇよ!!」
「貴様がこの場に相応しくない台詞を吐くのが悪い!! 大体、トニア副隊長がそういう行為を望む訳が……」
「しないのですか?? 私は別に構いませんよ」
「「――――――。エ゛ッ??」
一人の野郎と筋骨隆々の大蜥蜴が彼女の思いもしなかった大胆発言を受けて目を点にしていると御馳走が並べられている机の方で動きがあった。
お疲れ様でした。
現在、後半部分の編集作業中なのですが。少々長めの文となっておりまして投稿時間が深夜になってしまう恐れがありますので今暫くお待ち下さいませ。