第百五十六話 褒賞授与式 その一
お疲れ様です。
本日の投稿になります。
一万文字を越えている為、少々長めの文となっております。予めご了承下さい。
感情と意思を持つ生物は時として己が抱く感情を表に出す場合がある。
時に泣き、時に怒り、時に喜び、そして時に笑う。
胸の中に渦巻く感情によってそれは表情として現れ他者はその者の顔色を捉えてどの様な感情を持っているのかを看破する。
他人と自分は完璧に心を通わせる事が出来ないので顔に浮かぶ表情は一種の精神的交流用途として多々用いられるのだ。
それは多様多種な場面でも用いられ、その場に相応しく無い表情を浮かべていれば人は皆一様に首を傾げる事であろう。
家族を向こうの世界へ送る葬式の場面でニッコニコの笑みを浮かべて居れば不謹慎であると捉えられ、友との別れの場面で怒りの表情を浮かべれば別れが台無しになってしまう場合もある。
要はその場面に相応しい表情を浮かべる事に努めるのが大人の処世術なのである。
「ククッ……。あはは!! ダン、全然似合っていないよ――!!」
「ブフッ!! 何よそれぇ!! 初めて服装規定があるお店に行くお子ちゃまよりも似合っていないわよ!!!!」
「ぎゃはは!! だっせぇなぁ――!! 俺様だってもっとマシに着こなせるぞ!?」
「フッ、馬子にも衣裳とは良く言ったものだな。某の感情を容易く破壊する衣装は初めて見たぞ」
少なくともチミ達は大人の処世術を備えていない事は容易に理解出来ましたよ――っと。
「う、うるせぇな――。これが一番安い正礼装だったんだよ!!」
大勢の大蜥蜴ちゃんが立ち去り、ガランと空いたシンフォニアの広い受付所で笑い転げる馬鹿野郎共を睨みつけてやる。
「大体!! 俺だけじゃなくてハンナも同じ正礼装を着用しているんだぞ!? 笑うならそっちも笑えよ!!」
入り口から向かって左手の机の前で静かに休む相棒に向かって勢い良く指を差す。
「ハンナさんは凄く似合っているもんね――」
ミミュンが微かに頬を染めて相棒の横顔へと視線を送れば。
「そうそう。服に着られているあんたと違ってハンナさんはちゃぁんと着こなしているって感じだしっ」
ドナは目を瞑ってしみじみと頷いた。
な、何で同じ服を着ているのに感想が真逆なんだよ……。
こちとらしっかりと無精髭を剃り、髪型をキチンと決めて身なりを整えているってにぃ!!
「多分、だけど。ダンは普段から髭も余り剃らないし髪型もどちらかと言えば蓬髪気味だから皆はそこに違和感を覚えていると思うわよ??」
唯一の救いの手と言うべきか。単なる感想と呼ぶべきか。
レストが椅子に腰掛けたまま俺の爪先から頭の天辺までに視線を送りつつ口を開く。
「あ――、はいはい。違和感の正体はそこか。俺様達もそこがちょいと気になっていたんだな。道路の道端でうろうろしていたきったねぇドブネズミが突然身なりを整えて現れたら誰だってびっくりするわな」
「鼠はテメェだろうが!! 畜生!! だからこぉんな堅苦しい服は嫌いなんだよ!!」
己の身を包む黒を基調としたまぁまぁ値の張る背広を見下ろして叫んでやった。
くそう、あの店員さんが勧めてくれた通りもう一段階上の正礼装を購入すべきだったかもな……。
昨日の朝一番からお目当ての品を探しに強面受付嬢さんが教えてくれた服屋へと赴き、気の良い店員さんと己の財布と相談しながら取捨選択を開始した。
『お客様。本日はどの様な品をお探しで??』
『正式な場に相応しい正礼装を探しているんですけど……』
『左様で御座いますか。では、此方の品は如何です?? 職人が丹精を籠めて編んだ逸品です。これならどの正式な場に赴いても他の者と見劣りする事は無いかと』
『あ、いや。懐事情もあってかそこまで高価な品はちょっと』
『成程成程。では此方は如何です?? 先程の品よりも……』
気の良い大蜥蜴ちゃんにいきなり金貨五枚の正礼装を提案された時は来た場所を間違えたかと思ったが……。
此方の身なりそして懐事情を察してくれた彼女は庶民の財布に優しい品を次々と提供してくれたのだ。
自分の体に合った服の大きさ、身の丈に合った質感、そして正式な場でも浮かない身なり。それを整えるのに金貨三枚を要してしまった。
たかが正式な場に出るだけで蓄えの殆どが消失。
俺達が経験して来た超危険な依頼が服装に消えたと思うと涙が自然と瞳に溢れて来てしまったのだ。
「まぁでも時間が経つに連れて大分見慣れて来たわね。その靴も結構したんじゃないの??」
ドナが込み上げて来る笑いを抑えつつ俺の足元へ視線を送る。
「あぁ、これは服屋の店員さんが服を買ってくれたおまけとしてくれたんだよ」
あそこの服屋を利用するのは大蜥蜴が主で人間の靴は余り売れないので在庫処分に困っていたそうな。
「へぇ、随分と気前がいいじゃん」
「いつまでも売れない品を抱えていたら倉庫を圧迫するだけだろ。体の良い在庫処分って感じだろうさ。それより迎えの者はまだかな……」
着慣れていない服装を己の体に馴染む様、無意味に体を動かしつつシンフォニアの扉へと視線を送った。
褒賞式の始まりは午後六時って書いてあったし。そろそろ迎えの者が来ないとその時間に間に合わないんだけど……。
「いけ好かない連中達がうようよ居る王宮だし。別に行かなくてもいいんじゃない??」
「そ――そ――。蜥蜴に囲まれていたら饐えた匂いが体に染み付いちまうって」
じゃあ俺達は一体何の為に高い服を購入したのかしら。
これから冒険する上で確実にお荷物になる物を大枚叩いて買った意味が無くなるでしょうに。
「フウタも偶には良い事言うじゃない」
「一言余計だっつ――の」
ドナとフウタの軽い絡みを半ば呆れた様子で見つめていると背後の扉が大変申し訳無さそうな音を立てて静かに開かれた。
「ダン様、ハンナ様はいらっしゃいますでしょうか??」
「あ、お久し振りです。フライベンさん」
柔らかい夕日を浴びて扉を潜り抜けて来たのはゼェイラさんの補佐役を務めているフライベンさんであり、彼は今日も物腰柔らかな感じを体全体から醸し出している。
俺達と同じく正礼装を着用しているかと思いきや、彼はいつも通り真面目な黒の制服に身を包んでいた。
「態々迎えに来て頂き有難う御座います」
「いえいえ、これが私の仕事ですから。しかし……、その……。何んと言いますか……」
彼が微妙に口元を波打たせ、込み上げて来る陽性な感情を必死に抑えながら俺とハンナを交互に捉える。
畜生、どうやらこの人も俺の姿を捉えて込み上げて来る笑いを堪えている様だな。
「皆まで言わなくて結構です。服に着られているとは自分でも理解していますからね」
「あ、いや。そう言う訳では……。オ、オホン!! それでは参りましょうか」
フライベンさんが大変気まずそうに俺から視線を外すと今し方潜り抜けて来た扉へと向かって行く。
「分かりました。よっしゃ、それじゃあ行って来るわ。フウタ、シュレン。先に宿に戻って居ろよ」
「ん――、了解」
「承知」
だらしなく椅子に腰掛けるフウタと背筋をキチンと伸ばして礼儀正しい姿勢を保持しているシュレンに軽く右手を上げるとフライベンさんの大きな背に続いて行く。
「ちゃんと門限までには帰って来るのよ――」
「俺は箱入り娘か」
そして最後の最後に嬉しい揶揄いを送ってくれたドナに笑みを送り届けて表に出た。
「此方の馬車に乗って頂き王宮まで運びます」
「は、はぁ……」
先日迎えに来てくれた馬車よりも一段階高価な造りの馬車を捉えると素直な吐息が口から漏れてしまった。
「うはぁ、すげぇ高そうな馬車だな」
「一体幾らするのやら……」
馬車の淵を彩る黄金の装飾に曇り一つ見当たらない純白の塗装、そして所々に散りばめられた宝石の輝きが街行く人々から感嘆の吐息を勝ち取ってしまう。
御者席に腰掛ける大蜥蜴はフライベンさんと同じく黒を基調とした制服に身を包み、高価な馬車を引く馬の鬣は風にたなびく様に柔らかく体全体の体毛は色艶も良く今も街で走る馬達の視線を独占している。
格式高い白を基調とした木造の馬車には細部にまで素晴らしい装飾が施されており素人目でもアレはそれ相応の値段がするのだと即刻で看破出来てしまった。
「あのぉ。あの馬車は??」
「あの馬車は政府要人若しくは地位のある者の送迎をする時に限って使用される馬車です」
「さ、左様で御座いますか。そんな高価な馬車に一般人を乗せても良いのですかね」
超高級な馬車の扉を開いて俺達を招いているフライベンさんにそう話す。
「国王陛下が是非ともあの馬車で迎える様にとの通達が出ておりまして。ささ、時間が迫っているので御乗車下さい」
「分かりました。相棒、行こうか」
「あぁ、分かった」
高価な馬車の床を傷付けぬ様、そ――と乗車口に足を乗せ。そしておっかなびっくり室内にお邪魔させて頂くとフカフカの席に腰掛けた。
うはぁ……。何だよこの席。まるで空に漂う雲に腰掛けたみたいに柔らかいな。
柔らかい席に腰掛けた瞬間にお尻ちゃんが大変ご満悦な顔を浮かべてしまう。
この席だけでも俺の稼ぎでは数年掛かるだろうなぁっと卑しい庶民の銭勘定を働かせていると。
「おい、出してくれ」
「はっ」
フライベンさんが御者に指示を出し、手綱の指示を受けた馬が本当に静かな歩みで移動を開始した。
「本日はお忙しい中、褒賞式に参加して頂き誠に有難う御座います」
俺達の真正面に腰掛けるフライベンさんが静々と頭を下げる。
「あ、いえ。それは構いませんけど……」
本日行われる褒賞式やこの馬車の迎えも然り。
俺達の様になぁんの地位も持たない一般庶民に対して少々大袈裟過ぎると思うんだけどねぇ。
「何故この様な場を設けたのだ。褒賞を与えるのなら使いの者を寄越すだけで話は済んだであろう」
俺の心に浮かんだ言葉をハンナが代弁してくれる。
「我々は今回の一連の事件、つまりキマイラ討伐からレシーヌ王女様の認識阻害の解除に至るまでダンさん達には途轍もない重労を課してしまいました。どの事件も快刀乱麻を断つ勢いで見事に解決して頂いたお二方の力に国王陛下は大変喜んでおりまして……。使いの者を寄越す案は出ておりましたが、陛下がそれを頑として断り。貴方達に直接褒賞をお渡ししたいとの話でしたのでこの場を設けさせて頂きました」
ミキシオン陛下がご満悦なのは喜ばしい事なのですが、一庶民としては一国の王に会う事自体が億劫になってしまうのですよっと。
それに国王と会うとなればそれ相応の警備体制が敷かれる事だろうし、それに労力を割く者達の苦労も軽視出来ない。
だがまぁ……。正直な気持ちは滅茶苦茶嬉しいかな。
俺達がこれまで得て来た結果が報われたのだから。
「ではこれからの予定を説明させて頂きます」
「宜しくお願いします」
一つ咳払いをした彼に向かって軽く頷く。
「先ずは王の間にて褒賞授与式を行います。褒賞の内容は我々にも知らされていないのでその場で受け取る形となります。国王陛下と王妃様、そして王女様達と面会した後に訓練場へ移動して貰います」
「訓練場へ?? それはまたどうして」
まさかミキシオン陛下を楽しませる為に王都守備隊の連中と一戦交えろとかと言う話じゃないよね??
「褒賞授与式を終えたのなら大勢の人を迎えた晩餐会が行われます。晩餐会の参加希望者が城内では収まり切らない人数に膨れ上がってしまいましたので訓練場が最も適した場所になるのです」
どうせ晩餐会の参加希望者の殆どが王都守備隊の連中だろうさ。
あいつらは常に腹を空かせた連中だからな。
「晩餐会では政府高官達、そしてミキシオン陛下並びに関係者のご家族も参加されますので目に余る行為は控えて頂くと光栄です」
「あはは、弁えて行動しますのでその点に付いては御安心下さい」
俺達ってそんな横着に見えるのかしらね??
まぁこれまでの行為を鑑みたら強ち間違っていないかも知れない……。食事の場に用意されるお酒類は控えよう。
まかり間違って国王陛下の頭の天辺をペシペシと叩いたら確実に断頭台行きになってしまうのだから。
「晩餐会の食事って何が出るのかな??」
「知らん。黙って馬車に乗っていろ」
「うっわ、冷てぇなぁ。多分贅を尽くした料理が出て来る筈だぜ?? 何たってお偉いさん達が同席する場だからなっ」
未だ見ぬ御馳走に夢を膨らませ、徐々に夜の闇に染まっていく茜色の街並みに視線を送っていると馬車が本当に静かに停止した。
「到着しました」
「分かった。では参りましょうか」
御者席から男性の落ち着いた声が響くとフライベンさんが静かに腰を上げて馬車の扉を開き一足先に降りて行く。
「ハンナ、行こうぜ」
彼の背に続く様に今後一生乗る事は無いだろうと思われる高価な馬車から降りて夕日に照らされた王宮へと続く階段を見上げた。
普段着ならこの長い階段を上がるのは辛くないのですけども、本日の服装は生憎運動に適していない正礼装だ。
途中で転んで汚れなきゃいいけど……。
いつもより慎重な歩みで階段へと向かいその脇で警備の任に就いている王都守備隊の両名と鉄製の兜越しに目が合うと、彼等はより姿勢を正して互いに向かい合う体勢を取った。
「掲げ――――……。剣!!!!」
階段の最下層の王都守備隊の一人が街中に轟く大声の号令を出すと。
「「「ッ!!!!」」」
上段へと続く者達が両手に持った剣を体の前で勢い良く掲げた。
「いやいや、何してんの??」
興味本位で号令を出した者へと近付き兜の狭い隙間から覗く爬虫類特有の縦に割れた瞳を見つめる。
「……」
あ、そうか。警備中は私語厳禁だったっけ。
『おい、何か仰々しい迎えだけど何かあったの??』
階段の麓に到着したフライベンさんの様子を見守りつつ小声で問う。
『いいから黙って上がって行けよ。これは政府高官や位の高い者を迎える為に正式な所作なんだから』
『は?? 俺達は別に位が高いって訳じゃねぇけど』
『分からない奴だな!! ダンとハンナのこれまでの功績が認められて今日だけ特別な所作で迎える様に通達が出ているんだよ!!』
おぉ!! そういう事だったのね!!
「ははぁん。ちゅまり今日だけ俺達は特別扱いって訳か」
彼の大きな体を包む鉄製の鎧をペシペシと叩く。
「ダンさん。時間が押していますので行きますよ」
「あ、は――い!!」
「ふぅ――……。漸く行ってくれたか……」
先に階段を上っているフライベンさんからお呼びの声が上がったので堅苦しい所作を継続させている武骨な鎧から離れて彼の後に続いた。
「何もここまで大袈裟に迎える必要は無かったんじゃないですか??」
お疲れさん!!
そんな意味を籠めて今も剣を掲げている王都守備隊の連中に対して軽やかに右手を上げてやる。
「それだけの事を貴方達は成し遂げたのです。もっと誇ってもいいのですよ??」
「誇る以前に俺達は与えられた依頼を達成しただけの事ですので……。逆にここまで大袈裟に迎えられると委縮してしまうのですよ」
「はは、ダンさんは見た目とは違い随分と謙虚な方ですな」
え?? 俺ってそんなに横柄に見えるの??
慎ましい生活及び目上の人にはそれ相応の態度を持つ様に心掛けているのに??
「オホン、失礼。言い方が悪かったですね。これは要するに労働と対価の関係だと思ってくれれば構いません。我々は貴方達に達成困難だと思われる依頼を申し込んだ。大声では言えませんが……。ここだけの話、ダンさん達は帰って来ないだろうと上の者達は判断していた様です」
まぁ当然そう考えるわな。
馬鹿げた力を持つキマイラと対峙にしに向かった俺達は人身御供として送られたのだと判断出来るし。
「所が……」
「死と危険が巣食う死地から帰還してしまった。そしてそればかりでは無くティスロ殿の一件とレシーヌ王女殿の認識阻害の一件も解決してしまった。俺達の力を認めざるを得ない状況に追い込まれてしまったといった感じであろう」
ハンナが得意気に鼻息を漏らしてそう話す。
「仰る通りです。政府高官の中には面白く思っていない連中は居るでしょうね」
「地位の低い連中が我が物顔で王宮を跋扈するのは誰だって面白くないでしょうに」
家名の高さ、これまで築き上げてきた功績。
行政側には実力でのし上がった者も居れば信頼ある家名でのし上がった者も居る。
長きに亘る時間を掛けて昇進した者から見れば、短い期間で国王陛下に認められる偉業を達成した俺達の功績を良く思っていないだろうさ。
「しかし、それでもダンさん達の偉業は認められるべきです。政府高官に対して縮こまって頭を垂れて行動するよりもしっかりと胸を張って真正面を向く。もっと自分達の偉業を誇って下さいね??」
階段を上り終えたフライベンさんが本当に優しい声色で俺達の労を労ってくれる。
「有難う御座います。それでは程々に、そして粛々と誇らせて頂きますね??」
「ふふ、権威を振り翳す者達と違いダンさん達は本当に温かな心を御持ちの様だ。おい、開けてくれ」
彼が城門の上で警備を続ける者に指示を出すと。
「ハッ!! 開門!!!!!!」
王門が初めて左右に開く様を捉えた。
重低音を響かせながら重厚な木製の扉が左右に開き、俺達の真正面に城の姿が現れると素直な感想が口から漏れた。
「はぁ――……。こうして改めて見ると立派な城だよなぁ」
夕日を浴びる石造りの城は物一つ言わず俺達を見下ろし続けその巨大な体を誇示。
王門から足を運ぶ者達を無言の言葉で招いてくれた。
「いつもは脇の扉から見上げているからな。視点が違うからそう見えるのだろう。行くぞ」
「あ、待てよ」
一足先に城へと向かって行く彼等の背に慌てて続き初めて王門を正式に潜り抜けると俺達を色とりどりの花が迎えてくれる。
庭園に咲く花達はきっと驚いた顔で此方を迎える事だろう。
『あはっ、服に着られていますよ??』 ってね。
その事は自分自身が一番深く理解しているのでこれ以上揶揄わないで欲しいのが本音だ。
花達が放つ馨しい香りに包まれ城の門の前に続くとフライベンさんがふと歩みを止めた。
「私の案内は此処までです。後は御自分の足でお進みください」
「中には誰も居ないのですか??」
「警備を続けている者は居ますがこれから始まる褒賞式に参加出来る者は王族の者と関係者、彼等に招かれた御二人のみ」
フライベンさんが少しだけ大袈裟な所作で城の門を開くと正面奥に見える大層御立派な門を指差した。
「あそこの先が王の間です。くれぐれも失礼のない様に過ごして下さいね??」
「釘を差さなくても理解していますよ。よっしゃ!! ちゃちゃっとその褒賞とやらを貰いに行こうぜ!!」
相棒の肩を軽快に叩き厳かな雰囲気が漂う城内にお邪魔させて頂いた。
「貴様のそういう所を懸念してフライベン殿が声を掛けたのだぞ」
「んな事は分かっているって。いつまでも堅苦しい雰囲気に包まれているとど――も肩が凝っちゃうんだよねぇ……」
厳かな雰囲気がそうさせるのか将又この着慣れていない服がそうさせているのかは定かでは無いが、双肩の筋力が強張っているのは確かだ。
「国王との謁見の最中は静かにしていろ」
「う――い。さぁぁって……、それではいよいよ褒賞式の始まりって奴だな」
王の間へと続く門の前で警備の任に就いて居る二名を捉えるとだらしない雰囲気を払拭。
真面目一辺倒な雰囲気を身に纏い王の間へと続く門の前に到着した。
「これより先は王の間である。くれぐれも粗相の無い様、細心の注意を払え」
王都守備隊とは別の部署に所属する者が大変こわぁい顔で俺達二人を睨みつける。
「分かりました。そちらの指示に従います」
「うむ。それでは……、入れ」
俺の言葉を受け取ると彼等が両開きの門に手を掛け、そして本当に静かな所作で門を開いた。
俺達の真正面の一段上がった所に金色の装飾が施された王座と思しき椅子が設置されており、直ぐ後ろの壁にはミキシオンの家紋なのだろうか。剣と槍が交差している紋章が刺繍された立派な綴れ織りが天井から垂れている。
王座へと続く道には目が痛くなる鮮やかな朱色の絨毯が敷かれ、両脇には石造りの天井を支える太い石柱が無言のまま俺達を見下ろしている。
そして王座の少し前の両脇には白銀の鎧を身に纏った二名の戦士が無言を貫いたまま此方を直視していた。
へぇ、初めて中を見たけどこんな風になっていたんだ。
ガランと広い王の間を物珍し気な瞳を浮かべたまま観察し続け、フカフカの絨毯の上を進み王座の前に到着すると。
「間も無くミキシオン陛下が参られる。床に片膝を着けて迎えろ」
「「……」」
白銀の鎧の中から低い声で指示を出して来たのでその指示に従い俺とハンナは一言も発せず無言のまま絨毯の上に片膝を着いて王を迎える準備を整えた。
指示には従いますけどね?? もう少し優しい言い方をしてくれないかしら。
一国の王との謁見に必要な所作を取り御茶らけた軽い雰囲気では無く厳かな雰囲気を身に纏うと右手の扉が静かに開かれ、三名の大蜥蜴が王の間に姿を現した。
「……」
一人は真っ赤なマントを身に纏い男らしく威風堂々とした歩法で王座へと歩んで行き。
「「……」」
残る二人は嫋やかな所作で王座の直ぐ後ろへと向かう。
王座に腰掛けたのはミキシオン陛下で頭部に宝石が散りばめられた女性用の宝冠を着用するのはアルペリア王妃。
そして美しい鱗が更に輝きを増す様に作られた純白の肩掛けを身に纏うのはレシーヌ王女だ。
彼女がアルペリア王妃よりも一歩下がった位置に立ち止まると。
「……っ」
俺に向かって微かな微笑みを浮かべてくれた。
ほっ、良かった。
認識阻害の影響を受けず人の目を一切気にせず行動出来る様になった彼女の元気な姿を捉えると胸を撫で下ろし、彼女の微笑みに応える為に此方も本当に小さな笑みを浮かべてあげた。
「二人共。良く来てくれたな」
「いえ。私共の様な者に対して態々時間を割いて頂いた国王陛下の御心に感謝致します」
第一声を放ったミキシオン陛下に対して頭を垂れて素直な感想を述べる。
「ハハ、随分と遜った言い方だな。娘と接する様に普段通りの話し方でも構わないのだぞ??」
そ、それは流石に不味いんじゃないの??
双方の身分を加味すれば此方側が遜るのは当然の事なんだし……。
「緊張していますのでこれが精一杯の話し方です」
「歴戦の勇士を越える功績を残した者とは思えぬな。まぁよい、それでは褒賞式を始める」
「「「……」」」
ミキシオン陛下が低い声で式の始まりを告げると右側の扉から清楚な漆黒の制服を身に纏った数名の大蜥蜴達が現れ俺達の前で歩みを止めた。
静かに口を閉ざしたまま彼等を見上げると漆黒の制服の中にゼェイラさんの姿を捉える事に成功する。
彼女も俺の視線に気付いたのか。
「……っ」
俺にだけ分かる様にパチンと片目を瞑って合図を送ってくれた。
「キマイラの討伐から始まり娘の認識阻害の解除に至るまでお前達は本当に力になってくれた。此度の一連の事件の解決に繋がる功績は見事の一言に尽きる」
「有難き御言葉で御座います」
静かにゆっくりと頷くミキシオン陛下に対して再び頭を垂れて礼を伝える。
「それでは褒賞の授与を始めてくれ」
ミキシオン陛下が指示を出すと一名の大蜥蜴が一歩前に出て右手に持つ紙に視線を落として口を開いた。
「はっ。此度の事件の解決の褒賞として両名に爵位を与える」
「爵位、ですか」
俺達一般人には全く関係の無い話なので詳細は覚えていないが、確か貴族の段階別を示す称号の事だったよね??
「爵位の位は殆どの場合は世襲だが両名には準貴族としての位が与えられる。だからそこまで身構えなくてもいいぞ」
俺の気持ちを見越してくれたのか。
ゼェイラさんが物腰柔らかな口調で説明してくれた。
「では両名に騎士の爵位を授ける。先ずはダン」
「あ、はい」
彼に呼ばれたので静かに立ち上がり姿勢を正したまま進行役の大蜥蜴の前まで歩みを進める。
「良くやってくれたな。この賞牌は国王陛下の気持ちとして受け取るがいい」
「有難う御座います」
彼から差し出された銀色の賞牌を受け取ると王の間に心地良い柏手の音が鳴り響いた。
うぅ……、こういう雰囲気は苦手だからさっさと元の位置に戻りましょうかね。
「続いてハンナ」
「分かった」
賞牌を右手に持ち、相棒と入れ替わる形で先と同じ位置に戻ると片膝を着いたまま賞牌に刻まれた模様を見下ろす。
賞牌に丁寧に刻まれているのは騎士が着用する兜の横顔だ。
一つ一つの線は滑らかに掘ってあるが目元の部分は男らしく太い線で掘ってありその強弱の使い方が見事であると素人目でも判断出来る。
爵位云々の価値は分からないけどこの銀製の賞牌は中々の価値がありそうだな。ドナ達と会ったら見せて自慢してやろう。
「良くやってくれたな。これからも精進を怠らない様に努めるのだぞ」
「了承した」
ハンナが俺と同じ賞牌を受け取ると先程と同じ柏手の音が鳴り響く。
彼もまた俺と同じでこういう雰囲気に慣れて居ないのか。
「……っ」
賞牌を受け取るとそそくさとした歩調で俺の隣に戻って来てしまった。
「はは、中々笑える歩き方だったぞ」
「喧しい。黙っていろ」
微かに頬を朱に染める相棒を揶揄うと双肩の力が少しだけふっと抜ける気がした。
「では続いて金貨の授与を行う。財務官、前へ」
「はい」
んぉ!? 爵位だけじゃなくて金貨もくれるのですか!?
俺達庶民にとっては肩書よりも今日から使えるお金の方が有難いぜ。
「今回の一連の事件で両名は輝かしい功績を収めてくれた。その報酬として……」
報酬としてぇ?? うふふ、きっと俺達がアッと驚く額の金貨を贈呈してくれるのだろうさ。
ワクワク感を満載した心で財務官なる彼の言葉を待ち続けていた。
お疲れ様でした。
本日は二話分の投稿となります。
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