第百五十五話 王宮からの便り その一
お疲れ様です。
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人は何かを成し遂げた時の達成感を得る為に困難な、又は馬鹿げた、或いは到底不可能な出来事に挑戦する。
未だ見えぬ到達地点に向かう時は牙を剥いて襲い掛かって来る困難に対して奥歯をぎゅっと噛み締めて耐え続けて進み、その一歩は小さな物だが確実に至高の達成感が待ち構えている到達地点へと向かって行く。
その途中で余りの辛さに心が折れて諦める者や重労働によって若しくは痛みによって命を落とす者も現れるであろう。
しかし、一度決意した心強き者は臥薪嘗胆の心を胸に秘めて茨の道を突き進んで行くのだ。
心が擦り減り、体力が底を付き、魂までもが消失してしまいそうになる悪魔の道を踏破した暁には何物にも代え難い多好感が心を満たし。成し遂げたという達成感が今までの自分よりも一段階強くしてくれる。
踏破した道を振り返ると感慨深く頷き、強くなった自分を見つめ直して肯定し、更なる成長を求めて再び現れた困難な道を見つめる。
山に籠っている修行僧や激動の社会の中で汗を流している人々や化け物退治を生業にしている人は困難こそが最高の御馳走なのかも知れない。
俺は大勢の大蜥蜴ちゃん達に囲まれている中でそんな事を考えていた。
「よぉ、どうしたよ。急にしみったれた表情を浮かべて」
右肩に留まる小鼠が右前足で俺の右頬をちょいちょいと小突く。
「ん?? あぁ、数日前の出来事が嘘の様に社会は上手く動いているんだなぁって思っていたのさ」
「いらっしゃいませ――!! 当店自慢の服は如何ですかぁ――!!!!」
「そこのお姉さん見て行ってよ!! うちの店のお肉はその辺の店とは一線を画すぜ!?」
「さぁさぁどうだい!? この新鮮な野菜は!! 瑞々しさを求めるのなら当店をご利用下さいね――!!!!」
王都に蔓延る数えるのも億劫になる人々を捕まえようと躍起になっている店主達の活発な舌戦。
「ちょっと奥さん聞いてよ!! うちの旦那ったらさぁ――」
「あらぁ、そうなの??」
「そんなだらしのない旦那ならお尻を蹴っちゃいなさいよ。うちはそうやって躾しているわよ??」
裏路地付近で家庭の不満を肴にして盛り上がっている主婦達の井戸端会議。
「ねぇねぇ!! お姉さんこの後暇かな!?」
「ふふっ、慌てん坊さんね。そんなにがっついていたら大抵の女の子は逃げちゃうわよ??」
大蜥蜴の雌の気を惹こうとして必死になる雄の大蜥蜴の雄等々。
ここ王都には輝かしい文明の光が灯っておりその輝きは色褪せる事無く強烈な太陽の下で光り輝いていた。
あの時、俺達が死ぬ思いで東の空へ向かっていなければ今頃此処は焦土と化して大勢の骸が横たわる地獄絵図となっていたかも知れない。
己の命を賭して守った命の輝きを見つめていると感慨深い感情が湧いて来てもおかしくは無いし、それにレシーヌ王女様の姿を元通りの姿に戻せたという途轍もない達成感がいつまでも心に漂っていた。
この成し遂げたって感覚は良いよねぇ……。
困難であればある程その効用は上昇するのだけれども。あれ以上の困難を与えられた場合、俺の命はこの世に生を留めていないのであしからずっと。
「何も知らずにノウノウと生きる庶民か。けっ、どいつもこいつも幸せそうな面を浮かべてら」
「フウタ、世の中には知らなくても良い情報というものがある。もしも王都に暮らす人々が先の出来事を知ってしまった場合、混沌が訪れ街は阿鼻叫喚の混乱状態に陥ってしまう。それだけでは無いぞ?? 行政への不信感が募り王へ反逆の刃を向ける不届き者が出現する可能性もあるのだ」
俺の左の懐からちょこんと顔を覗かせたお尻の可愛い小鼠がそう話す。
「シュレンちゃんの言う通りよ。お母さん達は闇の中で人知れず暗躍する影の者達なのよ」
左の懐から微かに覗く小鼠の頭を優しく撫でてやる。
「や、やめろ。某の頭は撫でる為にあるのではないっ」
あらまっ、引っ込んじゃった。
「それにしても程度ってもんがあるだろうが。ハンナ!! お前もそう思うだろ??」
俺達の後方。
フウタが普段の歩みよりもかなり遅い速度で俺の背に付いて来る彼に問う。
「思わん。立ち塞がる壁が高ければ高い程強くなれるからな」
まぁ相棒の場合はそうなるだろうなぁ……。
誰だって乗り超えるのが難しい高い壁が道の前に現れたら挫折するのだけれども、あいつはニィっと笑って立ち向かって行くだろうし。
「あっそ――。まっ!! 何はともあれ一件落着したんだし、後は何だけ?? ほ、ほ――……」
「褒賞授与ね。いつになるか分からないけど王宮内の残務処理が終わったら用意してくれるんだとよ」
王都に帰還してから二日経っているけどまだその知らせは届かないし。随分先になりそうだよなぁ……。まっ、首を長くして待つとしますかね。
俺達が死に物狂いで魔道水晶を海上投棄して海から陸地に着くと、グレイオス隊長率いる第一班と共に彼等が貸し切り状態で使用している宿屋へと向かった。
全身を覆い尽くす痛みと疲労によって体が悲鳴を上げていたので俺と相棒は宿の部屋に案内されるなり泥の様に眠った。
一つの困難を成し遂げ、何も気にする事無く眠るのはさぞ心地良いものかと思いきや……。
『ズゴゴグゥゥ……』
『ゴゴゴゴッグ……』
『ゴパッ!! ウグヌゥゥ……』
大蜥蜴ちゃん達の鼾が俺達を非情が蔓延る現実の下へと引きずり戻し、眠ろうにも眠れる夜を過ごしていた。
彼等が放つ鼾は空気に乗って伝わり窓硝子を微かに揺らし、ベッドから床へ伝わって地面を振動させていた。筋骨隆々の体から放たれる鼾は相変わらずの威力を備えており休もうにも休めず我慢の限界を迎えた相棒は。
『…………ッ!!』
『わ、わぁっ!! 切っちゃ駄目だってぇぇええ――!!!!』
王都守備隊が常備している剣を無断で拝借。
心地良さそうに睡眠を貪る隊員の胴体へ目掛けて勢い良く剣を振り下ろそうとしてしまったのだ。
あの時の目は本気だったのを今でも鮮明に覚えている。
これ以上彼を王都守備隊と同席させるのは死亡事故を招く恐れがあるので五日間の宿泊を二日に短縮させて頂き。王都守備隊の面々を相棒の背に乗せて王宮に帰還した。
『帰って来たか!! 既に報告は受けているぞ!!!!』
俺達の到着と同時に執務室から駆けつけてくれたゼェイラさんの顔には上空で光り輝く太陽よりも明るい笑みが灯っており、滅多に見せない高揚感溢れる笑みを捉えた俺は若干噛みつつ簡易な報告をした。
『そ、そりゃどうも。報告に記載されていたかも知れませんが俺達はあの魔道水晶を海上投棄して命辛々生還する事が出来ましたよっと』
『危険の周知徹底もあって民間人の被害の報告も無い』
『それは良かったです。所で……、レシーヌ王女様の容体は如何程で??』
『あぁ、今まで日の下を歩けなかった彼女は関係各所に挨拶巡りで忙しい日々を送っているさ』
あの狭い部屋から漸く解放されたのだ。心の奥底から漲って来る行動感の気持ち良さは大いに理解出来る。
良かったですね、レシーヌ王女様。
これからは忙しくも充実した日々を送って下さいまし。
『そうですか。一言挨拶をと思っていたのですが忙しいなら仕方がありませんね』
訓練場から見える彼女の部屋から視線を外してそう話す。
窓は全て解放されており外からの風を迎い入れたカーテンは風の強弱に合わせて優しく揺れていた。
『時間が出来たのなら貴様に礼を伝えたいそうだ。それと……、国王陛下からダンとハンナに褒賞を授与したいという通達も届いている。褒賞授与式は国王の間で執り行われる予定だ。残務処理が終わり次第シンフォニアに連絡を寄越す。それまで心して待っていろ』
『分かりました。それでは自分達はそろそろお暇させて頂きますね――』
ゼェイラさんにそう話すとクタクタに草臥れ果てた足取りで王宮を後にして、安宿に到着すると小鼠の相手もそこそこに睡眠を貪り今日に至るのだ。
「ふぁぁ……。あぁ、眠たい」
体の奥底から自然と湧き上がって来る眠気を誤魔化す為に大きく顎を開いて欠伸をするがこの程度の行動ではしつこい眠気を打ち払う事は出来ず、俺の体にしがみ付いて離れようとはしなかった。
何日か休んだけどまだまだ疲れが取れないや。
王宮側の最後の依頼であるキマイラとの交渉は暫く休ませて頂こう。傷は癒えたとしても目に見えぬ疲労は拭えていないし、相棒の翼の事もある。
「……」
さり気なくハンナの方へ視線を送ると彼は普段よりも遅い歩みで大勢の人々の合間を縫って進んでいた。
相棒も声には出さないけどまだまだ疲れているって感じだよなぁ。
そりゃそうだ。あれだけの速さで飛び尚且つ俺を庇って馬鹿げた衝撃波をその体に受け止めたのだから。
「相棒、体の調子はどうだい??」
「悪くは無い」
その言葉の意味は良くも無いと受け取れるよね??
「今考えていたんだけどさ少しの間キマイラとの交渉は休もうか。傷は癒えたかも知れないけど蓄積された疲労は拭えていないし」
俺がそう話すと。
「分かった」
彼は俺の考えに静かに頷き肯定してくれた。
いつもなら大丈夫だと二つ返事を頂くのですがそれをしないという事は俺の考え通り、ハンナも結構参っているって事だな。
「体力自慢のお前達でも降参しちまう忙しさ、ね。ここの行政の連中は本当に人使いが荒いみたいだな。んぉっ!! ダン!! あの女の子見ろよ!! すっげぇイイ尻だぞ!!」
「向こう側も苦渋の決断って感じだったし。それに一連の流れを切る訳にもいかねぇだろ。鉄は熱いうちに打てって奴さ」
右の前足で俺の頬を勢い良くペシペシと叩くフウタにそう話してやる。
ティスロの救助、彼女の家族を人質に取り悪事を働く反政府組織、そして解除の儀式。
どれか一つでも途絶えてしまったのならレシーヌ王女様の認識阻害の呪いは解けなかったのだ。多少の無理強いは仕方があるまいて。
因みに、彼の視線を追って件の女性の後ろ姿を捉える事に成功した結果。
女好きの小鼠が叫んだ通り彼女のお尻は男性のナニかを多大に刺激する湾曲具合であった。
「そりゃまぁそうだけどさぁ。お前さん達は何もアイツ等に加担する必要は無かったんだろ?? それと、いつか話してくれた旅の目的でもある地図のバツ印の意味の探求はどうするんだよ」
相棒の生まれ故郷であるマルケトル大陸では五つ首が。このリーネン大陸には古代遺跡並びに巨大砂虫の存在が確認出来た。
俺が生まれ故郷を発つ発端となった地図には残り二つのバツ印が刻まれていた。
ここから北西に向かったガイノス大陸南東部分の湖と思しき場所に、そして俺が生まれたアイリス大陸の南西側の森の中に。
残り二つのバツ印の意味を探る為にもそろそろ此処を発つべきかしらね??
その為には俺達に課せられた最後の依頼であるキマイラとの交渉を終えなければならない。
休暇を終えて奴等との交渉を完璧に纏めたら次なる目的地であるガイノス大陸に発つとゼェイラさんとドナに伝えようかな。
あ――……、でも。旅立つ事を両名に伝えると無理矢理拘束されてしまう恐れもあるからさり気なく出発した方が賢明かも。
「勿論忘れていないって。キマイラとの交渉を終えたら向かうつもりさ。お前達はどうするよ」
「あの子の尻も悪くねぇなぁ……」
俺達の顔では無く、街中で行き交う女性達に熱き視線を向けている小鼠の尻尾を指先で突いてやる。
「あん?? 俺様は勿論ダン達に付いて行くぜ!! お前達と一緒に居ると次々に厄介事が舞い込んで来るしよ!!」
「某も帯同させて貰う。修行には持って来いの旅になりそうだからな」
あのね?? 人の事を不幸を呼ぶ体質みたいな言い方止めよ??
好き好んで厄介事を招いている訳ではないのだから。
「へいへい。頼もしい友人を引き連れてガイノス大陸に向かおうとしますかね」
「は――い!!!! それでは進んで下さいねぇ――!!!!」
夕日の赤き日を浴びて顔を真っ赤に染めている交通整理のお兄さんの叫び声を受け取り王都の中央道路を横断。
その足で本日も報酬を受け取りに来た請負人達でごった返すシンフォニアにお邪魔させて頂いた。
お疲れ様でした。
現在、後半部分の編集作業中ですので次の投稿まで今暫くお待ち下さいませ。