第百四十九話 決して失いたくない光景 その二
お疲れ様です。
後半部分の投稿になります。
「下らん事に力を割くな馬鹿者」
「某もハンナの意見に賛成するぞ。貴様はもう少し己の生き方を見直すべきだ」
まぁクソ真面目なコイツ等は絶対そう言うと思ったぜ。
「いいか?? チミ達。男性というのは発散しようにも発散出来ないモノがあるのだよ。それを溜めに溜め続けていると毒となり体を蝕んでしまう。毒になる前に体内から外へ放出すべきなのっ」
「そ――そ――。ダンの言う通りだぜ。そうすれば朝起きて咽び泣き、下唇を思いっきり食みつつ己の下着を洗う必要も無いからなぁ」
フウタは俺の意見に肯定的なのか、体の前で腕を組んで何度もコクコクと頷いてくれた。
「シューちゃんは興味ないのぉ?? 女の子の体はぁ??」
「興味は無い。某が興味あるのは高みへと上る事のみだっ」
あはは、また童貞臭い台詞ですなぁ。
ここは一つ、優しいダンお兄さんが彼の言い分を補佐してあげま……。
「はい嘘――!!!! 俺は知っているぜぇ?? お前さん、生まれ故郷の子に告白されて一瞬だけその気になったけどぉ。いつ戻って来られるか分からないから断ったって!!」
「だ、誰から聞いた!!!!」
「ほら、忍ノ者の登用試験の時に仲良くなった奴が居ただろ?? ソイツから聞いたんだよ」
前言撤回だ。
何があっても俺はシュレンを庇わんっ!!!!
「シュレンちゃん?? お母さんはその事に関して初耳なんだけど??」
左の懐に潜って行ってしまった小鼠の大変可愛いお尻付近を少々強めに突いてやる。
「し、知らん。某は何も知らぬ……」
「まぁシューちゃんの気持ちは分かるぜ。折角恋人が出来ても暫く会えないのは辛いし、それに向こうが浮気するかどうか気が気じゃないからなぁ」
「……っ」
フウタの口から出てきた『浮気』 という言葉に相棒が一瞬だけ反応したのを俺は見逃さなかった。
「相棒、クルリちゃんなら大丈夫だって。今頃お前さんの家で寝泊まりしつつちゃあんと管理してくれているからさ」
彼のざわつく胸の内側を見抜いた俺はハンナの肩に優しく手を置いてやった。
「ふ、ふん。そんな事は分かっている」
「へぇ、ハンナの彼女って結構献身的なんだな。どんな子なんだよ」
「貴様には絶対教えん」
「顔は結構可愛くてぇ、着瘦せする体型だねっ!! たわわに実った果実がもう最高ッ!! って感じさ」
相棒の拒絶の言葉を覆う様に彼の愛しの彼女の特徴を端的に伝えてやった。
「マジかよ!! こぉんなクソ真面目でつまらない奴がモテるなんて世の中どうかしているぜ……」
「至極同意するよ。容姿じゃアイツには絶対勝てねぇから俺達は俺達なりに女の子に強調しようぜ」
「根暗な美男子よりも明るくて普通の男子の方がモテるって証明してやるか!!」
「おうよ!!!!」
「はぁ、好きにしろ……」
本日二度目の柏手を彼と共に奏でると酔っ払い達の陽性な声が飛び交う飲食店街から抜け、静謐な環境が漂う裏路地へと曲がって行く。
徐々に遠ざかる酔っ払い達の声が良い感じに夜を装飾してイケナイ感情を心に湧かせてしまいますが……。
もしもこれから向かう家の女性に手を出したのならとんでもねぇ仕打ちが待ち構えているだろうし。それに明日の作戦参加の口実も考えなければならない。
馬鹿正直に作戦の全容を伝えれば。
『は?? 無理。断れ』
端的な言葉で拒絶されてしまい。それでも向かおうとすれば。
『誰が行って良いと言った』
大型犬の首に嵌める様な首輪を括り付けられてしまう。
下手な嘘は直ぐにバレてしまうし、やはり此処はこれまで通りにキマイラとの交渉に向かうと伝えるのが無難だろうな。
どうして女性は男性の嘘を直ぐに看破出来るのだろう?? 永遠の謎ですよっと。
「ちわ――っす。一日遅れで美男子四名を届けに参りました――」
ドナ達の家に立つと夜の静謐な環境を崩さぬ様に木製の扉を叩いて俺達が到着した事を告げてやった。
「ハンナさんはそうだけどあんたら三人は全然違うからね」
扉を叩いてほんの数秒後にドナが訝し気な表情を浮かべて俺達を迎えてくれる。
「全然とはちょっと酷くない?? そこはせめてお世辞でも良いから及第点を大いに超える顔だと言って欲しかったなぁ」
「馬鹿な事言っていないでさっさと入れ。こっちはもう既に食事の用意は済ませているんだからさ」
彼女の言葉を受け取り試しに鼻をスンっと嗅いでみると……。
おぉ、確かにイイ匂いがするな。
お肉ちゃんの香ばしい匂いと香辛料のピリっとした匂いを捉えた鼻ちゃんは随分と御機嫌になり、嗅覚を大いに刺激された体は素直な反応を見せた。
「あはっ、何ぃ?? 私の手料理がそんなに恋しいの??」
「喧しい。これは普通の生理反応だって」
ググゥと鳴った腹を擦り、口角をニィっと上げている彼女の脇を通って素晴らしい香りが漂う家にお邪魔させて頂いた。
「おぉ!! ダン達やっと来たんだね!!」
「ハンナさん、お疲れ様です」
机を挟んで二対あるソファに腰掛けているミミュンとレストが俺達の姿を見付けると朗らかな笑みを浮かべて迎えてくれる。
そうそう、本来であればあぁやって心休まる笑みを浮かべて客人を迎えるべきだってのに……。
「うひょ――!!!! 超美味そうじゃん!!」
「その意見には肯定しよう」
「腹が空く匂いだな」
「そこの真っ赤な装束を来た雄。燥ぐと埃が舞って料理に入るから静かにしろ。男共はそっちに座って。後、シュレン。いつまでダンの懐に居るつもり?? 食事の時くらいは顔を出しなさい」
これでもかと眉を尖らせ更に強面主婦顔負けの覇気を滲み出して雄共を叱るべきでは無いと思うのですよ。
でもまぁあれ位の圧を放たないと場は締まらないし、それと何より誰か一人位は場を仕切る者が居ないとね。
「承知」
「よぉ――し、じゃあ皆座ろうぜ――」
小鼠が懐から飛び出して人の姿に変わるのを見届けると強面家主の命令通りに片側のソファに腰掛け、改めて料理と対峙した。
んぅっ!! どれも美味しそうじゃあありませんかっ!!
イイ感じに焦げ目が付いた肉からは重度の食欲不振に陥ってしまった者の胃袋を強制的に空腹に陥らせる透明度の高い肉汁が溢れ出し、庶民御用達のパンの一段階上の小麦が使用されたパンさんからは微かな甘い匂いが漂う。
栄養面を考えて作られた根菜類が浮かぶスープに、まだ酒瓶の栓が抜かれていない沢山の果実酒が脇を飾る。
これだけの品をお店で注文したら一体幾ら取られるのやら……。そしてこの場を態々用意してくれた彼女達の労を考えると素直な言葉が口から出てきた。
「有難うね。こんな素敵な料理を用意してくれて」
俺の真正面に座るドナの目を直視して話す。
「べ、別にそこまで苦労していないし……」
あらあら、視線を逸らしちゃってまぁ。
「遜る必要は無いさ。ここは素直に感謝の言葉を受け取る場面だぜ??」
「ふ、ふんっ!! お腹ペコペコだし、さっさと頂いちゃいましょう!! それじゃあ頂きます!!!!」
「「「頂きま――すっ!!!!」」」
恥ずかしがり屋のラタトスクちゃんの言葉を皮切りに素晴らしい宴が始まった。
さてと!! 先ずはパンから頂きましょうかね!!!!
木製の取り皿にパンを乗せて手元に引き寄せたのだが、指先が捉えた触感に思わず唸ってしまう。
「へぇ、凄く柔らかいな」
「そのパンは知る人ぞ知るパン屋で売っているパンでね?? 中々入手出来ないんだよ??」
琥珀色に染まるスープをズズっと啜りつつミミュンが俺の手元に視線を送る。
「そうなんだ。でもドナ達は今日も勤務だったんだろ?? よく買えたな」
拳大の大きさのパンを指先で摘み上げてちょいと押してみると、俺の指先は触感だけで既に旨味を捉えているし。
「ふふっ、ドナは昼休みになると血相を変えてパン屋に駆けて行ったんですよ。今日の食事会にはこのパンが絶対必要なんだからぁ――!! って」
レストが微かな笑みを浮かべて彼女の隠された行動を話す。
「あぁ!! それは言わない約束でしょう!?」
ははぁん、そういう事だったのね。
「ではドナお嬢様の行動に感謝を籠めて頂きましょうか」
「お、おう。私を崇め讃えて食え」
そこまで大袈裟にする必要は無いでしょうに……。
大変柔らかそうな頬を微かに朱に染めた彼女の顔を捉えると、微かな笑みを零してドナ様から受け賜った貴重なパンを口に運んだ。
「フォム……。ふむっ……。美味いッ!!!!」
前歯で柔らかなパンの表面を裁断するとほぼ同時に小麦本来の優しい甘味が口内一杯にふわぁっと広がる。
パンの欠片を奥歯に運んで咀嚼すると唾液と混ざり合ったパンの甘味が更に増して舌が歓喜の声を上げてしまった。
流石知る人ぞ知る名店のパンだな……。咀嚼が止まらねぇや。
「見た目通りに美味しいでしょう??」
使い古された木製のコップに果実酒を注ぎつつドナが笑みを零す。
「あぁ、完璧な美味さだよ」
「そっか、良かった。頑張って走った甲斐があるってもんよ」
この時の為にパンを求めて走り、忙しい受付業務を終えてから料理に精を出す。
俺達が飛行訓練をしている間に彼女達も自分達の主戦場で汗を流していた。
その労働の価値は本当に素晴らしいものであり、宴の場は始まって間もないのに既に最高潮に達してしまっている。
「うひょ――!! この肉うっめぇ!! シューちゃんも食ってみろよ!!」
「急かさなくても食す予定だ。鬱陶しいからそれ以上近付くな!!」
「えへへ、このパンは美味しいから幾らでも食べられそうだよ――」
「あら?? ハンナさん。お肉が切れてしまいましたね。お代わりは如何ですか??」
「むっ……。頂こうか」
各々が陽性な感情を丸出しにして舌鼓を打っている。
最高な雰囲気に包まれて食事の手を進めていると先の死闘がふと脳裏に過って行った。
古代種の力を解放したジャルガンとの壮絶な死闘を制したからこうして気の合う仲間達と笑みを交わせる事が出来ているんだよな??
何気無い日常の一場面だけど改めて感謝しなければならないのかもね。
「ん?? ダン、どうしたの?? 手が止まっているよ」
「え?? あぁ、ちょっと考え事をしていたのさ」
手元のパンをちょいと強引に口の中に押し込み、取り皿の上に一口大に切り分けられたお肉を乗せて話す。
丁度良いや、どさくさに紛れて明日からの予定を話しましょうかね。
「そうそう、明日からまた南に発つ予定だから」
「はぁ!? 昨日も今日もお店に来なかったのにまた来られないって言うの!?」
「し、仕方が無いだろう?? キマイラ達との交渉も大詰めに向かっているから忙しいんだよ」
これは嘘では無く真実です。
キマイラとの交渉は残す所、細かい箇所の修正と契約だけだがその細かい修正に時間が掛かりそうなのよねぇ。
「ちっ、アイツ等と関わり合うと本当にろくでもない事になるわね。それが終わったらちゃんとお店に帰って来るのよ?? ダン達が居ないと仕事がどんどん溜まる一方なんだから」
「俺達以外の請負人達にも面倒な清掃業を斡旋しろよ。埃と塵に塗れるのはいい加減飽きて来たからな」
「誰だって安くて疲れる仕事は請け負いたくないのよ」
それ、俺達にも当て嵌まりますよね??
「でもダンは嫌な顔を浮かべるもちゃんと請け負ってくれるし。それに依頼人達からの反応も上々よ?? 本当に助かっているって」
「街の人々から信頼を勝ち取るのは嬉しいけども、それに見合った依頼料をおくれ」
「あはは、考えておくわね――」
全く……。さり気なく依頼料の増額をおねだりしたのに華麗に躱しやがって。
だがまぁそれは仕方が無い事なのかもな。只の清掃で膨大な成功報酬を設定すればそれに群がる輩が続出してしまうだろうし。
「へへ――。駆け付け三杯目――」
料理よりも酒の味に酔いしれているドナの明るい笑みを眺めていると心に温かな感情が微かに芽生えて来る。
俺達は必ず此処に帰って来るから待っていてくれ。そしてその優しい笑みをまた見せてくれ。
「酒も美味い!! おいおい、今日の宴は最高だなっ!!」
「某に近付くなと何度言えば分かるのだ!!」
「あれぇ?? ハンナさん、さっきもお肉を食べていませんでしたかぁ??」
「ちょっとミミュン、酔い過ぎだって。すいませんね、この子酔っ払うと何度も同じ事を言う癖があって……」
「構わん。それよりももう肉は無いのか??」
「その点は御心配なく。ドナ――、ハンナさんがお代わりだって」
「おっしゃ!! 任せろい!! このドナ様があんた達の口と胃袋を満足させてやるんだからっ!!」
「いよぉっ!! あんたが大将!!!! 俺様にもお肉のお代わり宜しくぅ!!」
気の合う友人達と共に交わす食事の中で俺は一人静かに決意を固めて、己の記憶に確と刻み込む為に彼女の明るい笑みを直視した。
「あ?? そこのしがない請負人。何見てんのよ」
「べ、別に何でもありません……」
「変な奴」
俺の視線の意味を勘違いして受け取った彼女は首を傾げたまま居間の奥へと進んで行く。ドナの女性らしい背に向かってちょいと大袈裟な溜息を吐くと宙を仰いだ。
頼むぜぇ……、幸運の女神様。これが最後の晩餐とならない様に力を貸してくれよ……。
心の中で気紛れで気分屋な彼女に己の切なる願いを唱えると。
『んぅ――……。今回は保留ですねっ』
何とも中途半端な答えが返って来やがった。
強運、実力、時の加護。
様々な要因が複雑に絡み合う最終作戦に臨むのだ。人智を越える力を持つ女神様でさえも俺達の運命がどうなるのか計り知れないのかも知れない。
只唯一言える事は、俺達は何があっても此処に帰って来るという決意だけは揺るぎない。
この友人達との明るい笑みは何物にも代え難いものであり、俺と相棒はその一役を担っている。それを決して欠けさせてはいけないのだ。
夜の暗闇が思わず顔を顰めて背けてしまう明るい宴を見つめつつ一人静かにそんな事を考えていたのだった。
お疲れ様でした。
次話からいよいよ最終の御使いが始まります。ゴールデンウイークの前半中には何んとか書き終えて投稿出来れば良いなぁっと考えている次第であります。
さて、皆様は大型連休の過ごし方はもう既に決めていますか??
私の場合は先日の後書きにも書いた通り買い物に出掛ける予定ですかね。その買い物の問題は量です。
気に入った品があると後先考えずに購入してしまう質なので自制心を保つ事に力を注ぎ、しっかりと吟味をして買い物をする予定です。
まぁそれよりも連休中になんとかこの大陸の最後の話まで書き終えなければいけないのですけどね。
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