第百四十八話 彼等が召集された理由 その一
お疲れ様です。
本日の前半部分の投稿になります。
夜空に浮かぶ星達が眠りから覚める頃、大地の上に住む人々は明日に備えて床の準備を始める。
ある者は仕事に備え、ある者は家事に備え、又ある者は待ち望んでいた休日に備えて。
それぞれがそれぞれの思惑があり床の準備は多様多種である事は周知の事実である。
俺もその例に従って明日の予定に備えて床の準備に取り掛かりたいが……。まるで丸太の様な太い腕に体を拘束されていればそれは叶わない。
人の予定を完全完璧に無視して剰え拉致に近い形で身柄を拘束するのは知り合いという間柄であっても余りにも理不尽である。
爬虫類特有の匂いと汗の饐えた匂いが入り混じる空間の中で俺はそう確知した。
「はぁっ……。はぁっ……」
「なぁラゴス。いい加減俺達を急に呼び寄せた理由を聞かせてくれるかい??」
息を切らして王宮へと続く長い階段を上り続けている横着な大蜥蜴の顔を見上げて問う。
彼の体を覆う鱗は微かに汗で湿っており饐えた匂いの下を垂れ流し続けていた。
「外では詳細を話せないけど話せる範囲で説明してやるよ」
そりゃどうも。
後、説明してやるじゃなくて。説明させて頂きますの間違いじゃね??
何でテメェは命令口調なんだよ。ここは親切丁寧な口調で説明する場面なんだぞ。
「ダン達が去ってからティスロの処遇が決まった」
「ほう。彼女の進退はどうなったのだ??」
ヴェスコと共に階段を上っているハンナが彼の背に問う。
「俺はてっきり首か、若しくは禁固数年の命が下されるかと思っていたんだけどさ。魔法科学部の最高幹部まで登り詰めた彼女には所属機関の最下級への降格が下されたんだ」
おぉ、斬首という最悪の刑罰は免れた様だな。
意外と軽めな処遇を耳で捉えるとホッと胸を撫で下ろした。
「まぁあれだけの力を持つ彼女を手放しにするのは勿体無いし、野放しにするよりも自分達の目の届く範囲に置いておけば役に立つだろうからね」
聡明な思考に威力抜群の魔法、そしてあの凶悪な二つの双丘っ!!
優秀な人材が失われるのは行政側としても痛手だからな。
「関係各所のお偉いさん達もダンと同じ考えだろうさ。ティスロの事情を知った国王様は己の心を酷く痛めた様で?? 彼女と家族に労いの言葉を送った様だぜ。王女様への罪を問うよりも相手を深く労わる広大な海よりも大きな器……。国王様の広い御心に感謝すべきだな」
その言葉には賛成するけども降格という軽い下命だけではあるまい、王族の者に手を下したのだから。
「破格の処遇だけどさ。それだけで済む話じゃないだろ??」
俺が相も変わらず俺の体を拘束しているラゴスにそう問うと。
「まぁな。暫くの間は屋敷に住んでいる家族を王都に引っ越しさせて監視下に置き、再犯を防ぐ為に認識阻害の術式を有識者達の前で破壊。更に未来永劫王宮に仕える事を宣誓させてこれから数か月の間、ティスロは無給で働いて貰う事になったぞ」
彼は一つ大きく頷いた後に彼女に下された処遇を説明してくれた。
それでも破格の処遇だよなぁ……。きっと彼女の罰が減刑されたのはレシーヌ王女様の言葉添えがあったお陰だろうさ。
国王然り王女然り、この国を治める王族の心はラゴスが言った様に本当に広い心の持ち主なのだろう。
「何はともあれこれにて一件落着って感じか。でも……」
ローンバーク家御一行に対する罰の軽さに安堵の吐息を漏らそうとしたのだが。
「肝心要の緊急招集の理由を聞いてねぇんだけど??」
そう、この拉致騒ぎの核となる理由を未だ聞かされていないのでそれは時期尚早だと思い留まり大変鋭い瞳で俺を運び続ける馬鹿野郎の顔を睨んでやった。
「だからここじゃ話せねぇんだって。グレイオス隊長にそう釘を差されたもん」
という事は隊長からの直々の命令なのだろうか??
それを問うても任務に忠実な彼から帰って来る言葉は同じ答えに辿り着くので問いませんよっと。
「ラゴス!! 帰って来たか!!」
「おう!! 命令通りひっ捕らえて来たぜ!!」
王門の前に到着するとまるで大罪人を捕らえたかの様に俺の体を仰々しく持ち上げてしまう。
「いい加減放しやがれ!! 俺はなぁんの罪も無い善良な一市民なんだよ!!」
嬉しそうに喉をコロコロと鳴らす大馬鹿野郎の脳天を少々強めに叩いてやる。
「いてっ!! まぁ此処まで来たら逃亡する恐れも無いし……。ほら、こっちだ。付いて来い」
「へいへい。ハンナ、行こうぜ」
「あぁ、分かった」
王門の脇の扉を開いて王宮内へ進んで行くラゴスの背に続いて随分と見慣れてしまった王宮に二日振りに帰還した。
「ったく……。人様が良い感じに女の子と話していたってのに……」
庭園に咲く美しき花達へと視線を送りつつこの場に似合わない悪態を付く。
ドナからのお誘いは明日の夜って言っていたけど、これからの話次第じゃ引き延ばして貰う事になるかも知れねぇな。
それを伝えると彼女は目くじらを立ててきっとこう話す筈。
『はぁっ!? 私の方が先に用事を伝えたのにあんたはあの気に食わない連中達を優先するってぇの!?』
うぅ……、あの怒気に塗れた顔を想像するだけで胃がキュっと痛んでしまいますよ。
「あの姉ちゃん結構可愛いよな」
「ラゴスもそう思うだろ?? 名前はドナって言うんだけどさ。竹を割った様な性格で結構気が合うんだよ」
腕っぷしが強い大蜥蜴にも臆する事無く思いの丈を叫び、誰が相手でも自分を通して分け隔てなく接する。
性格、口調、容姿だけじゃ無くてドナの持つ本当の心に惹かれたって感じかしらね。
「へぇ……。その様子じゃあもう既に一度か二度は共に夜を過ごしたって感じか??」
ラゴスが城の大きな扉を開き、そしてゼェイラさんの執務室がある右翼側へと続く廊下に進みながら揶揄って来る。
「ところがどっこい、未だ共に一夜を過ごしていねぇんだよ。機会があれば是非とも御一緒させて頂きたいのが本音さ」
「俺達の仕事はいつまでも命が保証されている訳じゃねぇし。早い内に一発ぶち込んでおけよ??」
「俺もそうしたいんだけど……。ってか、いつの間に俺とハンナは王都守備隊に組み込まれたんだよ」
彼の言葉に思わず頷きそうになるのを堪えて間違いを訂正してやる。
「正式な隊員じゃないけど準隊員って感じじゃね?? グレイオス隊長もトニア副隊長もそしてゼェイラ長官もお前達に全幅の信頼を寄せているし」
「それは喜ばしい事なんだけど命あっての物種と言われている様に、お前さん達からの依頼を請け負い続けていたら命が幾つあっても足りやしねぇよ」
キマイラ討伐に巨大砂虫の撃退、更に超戦士との死闘。
たった二つの依頼を請け負っただけで何度も死神が満面の笑みを浮かべてお迎えに参上しようとしたのだ。
今の俺達の仕事に必要なのは信頼なのですが、その信頼度の上昇と比例する様に危険な仕事が舞い込んで来る。
頼ってくれるのは本当に嬉しいけれども何事も程度ってもんがあると知って欲しいものさ。
「はは、それは聞かなかった事にするよ。うっし!! 到着したぜ!!」
ラゴスがゼェイラさんの執務室の扉の前で歩みを止めると一度呼吸を整え、静謐な空気が漂う廊下の空気を汚さない様。大変静かな所作で木製の扉を叩いた。
「ラゴスです。ダンとハンナの両名を連れて参りました」
「――――。入れ」
「はっ!! それじゃ入ろうか」
ゼェイラさんの声が扉越しに届くと、彼が俺達に一つ目配せをしてデカイ大蜥蜴の手を器用に扱い扉を開いた。
「お邪魔しま――っす。誘拐犯に連行された憐れな人質ですよ――っと」
「「「……ッ」」」
ゼェイラさんのキチンと整理整頓された部屋には俺の冗談が通じるとは思えない緊張感漂う硬い空気が流れており、その空気の中に三名の存在が確認出来た。
一名はこの部屋の主である王都守備隊を統括する女性が執務机の前に置かれている椅子に腰掛け、話し掛けるのも憚れる顰め面を浮かべている。
その脇に立つのは王都守備隊の隊長であり彼は大蜥蜴の姿のままで彼女と同じ位の顰め面で執務机の上に置かれた地図を見下ろしており。
最後の一名は魔法科学部の最下級に降格を決定されたティスロであり俺達の顔を捉えると安堵とも申し訳無さそうとも捉えられる複雑な面持ちを浮かべていた。
「二人共良く来てくれたな。火急の件にて此方の無礼を許してくれ」
ゼェイラさんが礼には礼をの家訓に従い、椅子から立ち上がると礼儀正しいお辞儀を披露してくれる。
「いえ、それは別に気にしていませんが……。揃いも揃って一体何があったというのです??」
執務机の前に到着すると地図を囲むまぁまぁ位の高い三名に今一番問いたい質問を投げかけた。
あ、一名は降格されたから二名のお偉いさんか。
「私から説明します」
ゼェイラさんが椅子に腰かけたのを見届けるとティスロが執務机の片隅に置かれている球体の上に被せていた布を本当に静かな所作で取り上げた。
透明度の高い水晶は周囲の景色を美しく吸い込み素人目でもあの水晶はまぁまぁな価値があると判断出来るが……。
「球体のド真ん中にヒビが入った水晶を俺達に見せたかったのかい??」
そう、中々の価値はあくまでも無傷の場合のみ。
美しい水晶の真ん中に走る亀裂はその価値を大いに下げてしまっていた。
「これは以前にも説明させて頂いた魔道水晶、月下の涙です」
「それって確かぁ……」
彼女が話してくれた水晶について思い出していると。
「術者の魔力を増幅させる優れた物だったな」
ハンナが腕を組みながら件の品を見つめつつ超簡単にアノ存在の正体を説明してくれた。
「ハンナさんの仰る通りです。処罰が決まり私はレシーヌ王女様の認識阻害を解除する為、次の満月の日に備えて月下の涙の様子を確認させて頂いたのですが……。御覧の通り水晶にはヒビが入っている状態でした」
「もしかして……。それ以上使用すると月下の涙が壊れてしまう恐れがあるのかい??」
彼女達が顰め面を浮かべている理由はそこだろうな。
「その通りです。月下の涙が使用出来るのは恐らく後一回が限度でしょう」
ほらね?? 思った通りだ。
しかし、壊れてしまう可能性があるだけでは俺達を此処に呼び寄せた理由にはならないな。
このまま静聴を続けるとしますかね。
「月下の涙は満月の日にその効力を最大限に発揮します。魔道水晶に月の柔らかい光を集め、私の高めた魔力でレシーヌ王女様に掛けられている認識阻害の術式を掻き消す。これが当初の考えでしたが……。ヒビが入った月下の涙では増幅した魔力を抑え込む事は叶わず膨大な破壊力を伴い弾け飛んでしまいます」
「お、おいおい。それじゃあ認識阻害を解除出来ないじゃないか」
「いいえ、解除自体は可能ですよ。月下の涙は、夜の間は安定して機能して内部に留まっている魔力を徐々に霧散させてくれますが……。夜が明け陽の光を浴びてしまうと不安定になってしまいます。ですから国庫内の暗所が保管に適しているのです。つまり私の魔力を増幅させて術式を解除した後、魔道水晶は恐ろしい力を秘めたまま朝を迎える事になってしまうのです」
「えっと……。今の話を要約すると認識阻害の解除自体は可能なんだけどぉ、ヒビの入った不安定な月下の涙では増幅した力を抑え込む事が出来ず。もしもその状態で朝日を浴びたのならとんでもねぇ事になるって事かな??」
今も険しい面持ちを浮かべているティスロに問う。
「はい、合っていますよ。ダンさん達を呼び寄せた理由は……。術式解除後、ハンナさんに夜が明ける前にこの魔道水晶を東の海の果てに投棄して欲しいからです」
「ちょ、ちょっと待って!! 簡単に言うけどね?? 相棒の力でも海出るのは数時間以上掛かるし。それと何より、いつ炸裂するかも知れない危険物を持たせるのはとてもじゃ無いけど了承出来ないぜ!?」
簡単に恐ろしい依頼を投げ掛けてきた彼女に対して少々強めに言葉を掛けてやる。
そりゃそうだ。唯一無二の相棒に危険な仕事を負わせる訳にはいかねぇからな。
「日の光を当てなきゃ月下の涙は安定して動くんだろ?? それなら次の夜になるのを待って日が沈んでから安全な速度で海に向かえばいいじゃないか」
「先程も申した通り、魔道水晶にはヒビが入っており例え日に当てていないとしても増幅させた魔力を抑え付ける事が出来ない不安定な状態なのです。いつ破裂してしまうかも知れない危険物を城の中に置いておく訳にはいきません」
「ち、因みにぃ……。魔道水晶が炸裂した場合の被害範囲は如何程で??」
腰の低い御用聞きがお得意様に対して尋ねる様に恐る恐る彼女に問う。
「魔道水晶が破裂した場合の試算が漸く終わりまして。その結果によると大勢の市民が暮らすこの広大な王都が跡形もなく消し飛ぶ最悪な計算結果が出ました」
「ブフッ!! 超危険じゃねぇかよ!!」
な、成程ぉ――……。そりゃあ血相を変えて俺達を呼び寄せる筈だわ。
「発生した爆風と熱波はこの地で留まらず周囲の街にも影響を与えます。王都に住む市民数十万人は瞬き一つの間に蒸発、当然王宮に居る者達も跡形もなくその存在を消失させる事でしょう。爆風と熱波を受けた周囲の街は崩壊、そこに住む人々の皮膚は焼け爛れ阿鼻叫喚の地獄絵図が王都周辺に展開される予想です」
「被害予想はもう十分だよ。次の満月は確かぁ……。約三日か四日後って感じだったな」
今宵の空の上に浮かんでいた月の形状を思い出して話す。
「正確には三日後ですね」
「この三日で王都に暮らす者達を退避させるのは無理だから、次の次の満月まで待ってみるのは?? 王都に暮らす者達を約一月で全員退去させて限られた人物のみ残って術式解除に臨む作戦はどうだろうか」
「それは余りにも無茶だ。市民にも暮らしがある。我々がそれをはく奪する権利は与えられていない」
ゼェイラさんが深い溜め息を零した後に重苦しい言葉を吐く。
「じゃ、じゃあレシーヌ王女様を海岸沿いに輸送してそこで術式解除に臨むのはどうだろうか!?」
恐らくこれが最も効率的な作戦であろう。
大勢の人が周りに居る中で危険極まりない物体を扱う事自体が間違いだ。それから遠ざけて行えば被害も最小限に抑えられるだろうし。
「我々もその案を思いついたのだが、暗所を確保したとしても魔道水晶を輸送している最中に微かな振動で割れてしまう可能性があり。レシーヌ王女様を移送する際に極秘事項でもある認識阻害の情報が漏れてしまう可能性もある。 今回の事件の発端は反政府組織砂漠の朱き槍の行動によるものでその情報が露呈されてしまったのなら王制側の力の弱体化が指摘され、それに乗じて奴等が反旗を翻す恐れもある。我々は不安要素が幾つも含まれている不確実な作戦を実行するよりも、危険だが確実な成功が保証されている作戦を実行しなければならないのだ」
「ッ!!」
ゼェイラさんが提案した作戦が頭に入って来た刹那。
「ふ、ふざけんなよ!! 俺の家族の命を何だと思っているんだ!!」
自分でも驚いてしまう激昂に塗れた言葉が口から飛び出てしまった。
「危険な作戦になってしまうのは重々理解出来るけどそれに俺の家族を巻き込むんじゃねぇ!! 大体そちら側の不手際が招いた不祥事だろ!? テメェの尻位テメェで拭ったらどうだ!!!!」
駄目だ、必死に体内に留めようとしても一度解き放ってしまった怒りの言葉が次々と出て来やがる。
それもこれも全てこの世界でたった一人の相棒の命を軽んじた作戦の所為だ。
一国の王女と何の肩書も与えられていない一人の男性。
世間にどちらの命が大切かと問うたら十中十、前者を差すであろう。
しかし、俺にとってはどちらも……。いいや、彼こそが俺に残された唯一の家族であり誰しもが大切な命は王女であると指摘される中で俺は何の肩書も与えられていない一人の男性を確実に選択する。
俺の気持ちを無視した作戦に叫ばずにはいられなかったのだ。
お疲れ様でした。
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