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今日も今日とて、隣のコイツが腹を空かせて。皆を困らせています!!   作者: 土竜交趾
過去編 ~素敵な世界に一時の終止符を~
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第百四十七話 有無を言わせない緊急招集

お疲れ様です。


本日の投稿になります。話を区切ると流れが悪くなる恐れがある為、長文となっております。予めご了承下さいませ。




 空を漂う綿雲達は大変御機嫌な表情を浮かべてなぁんの障害物も見当たらない青き空海の中を思うがままに進んで行く。


 青く澄み渡った空に点在する微かな白と地上を強烈に照らす太陽。


 本日も南の大陸は大変な暑さに包まれており熱波が右往左往する地上付近で暮らす者達はその暑さに汗を流しながらもいつも通りの気温に何処か安堵している様子だ。



「よぉ!! ダン!! 久し振りじゃねぇか!!」



 家屋と家屋に挟まれた狭い道の上を俺達の方へ向かって来る顔見知りの大蜥蜴がコロコロと喉を鳴らしながら朗らかな笑みを浮かべる。


 その様子を見れば一目瞭然って奴さ。



「よ――っす。今から買い出しかい??」


 彼の挨拶に応える為、作業の手を止めて彼の大きな体を見上げる。


「まぁな。ハンナも久し振りに見るけど……。そこに居るちっこい野郎二人は一体誰だ??」


「あぁん!? 誰がチビ助だってぇ!?」


「落ち着けって。訳あって知り合った新しい友人さ。口と態度は悪いけど良い奴だぜ??」



 目くじらを立てて大蜥蜴に噛みつこうとするフウタの間に割り込んでやった。



「ふぅん、そっか。最近お前さんが仕事をさぼっていた所為か。うちの町内がかなり汚れて来たからな。しっかりと掃除をしておくんだぞ――」


「俺達が掃除をしなくても良い様、清潔を心掛けておけば此処まで汚れなかったのになぁ」


 王都の主大通りへと向かって行く大きな背中に向かって愚痴を放ってやると。


「ハハッ、俺はお前さんの言う通りにしていたさ」



 後は宜しくっ!!


 そんな感じで軽く右手を上げて大勢の人々が跋扈する南大通りへと向かって行ってしまった。



 俺達が依頼を請け負う前は塵芥が点在する細い道でしたが、朝も早くから清掃作業に取り掛かっているお陰か。それが目立たなくなるまでに作業は進んでいる。


 この調子なら今日一日の間に美しい町内に仕上げる事は出来るだろうが、問題なのは分隊の士気だろうなぁ。


 久し振りの平和的な依頼に目を細めている俺に対し、他の面々は渋い顔を浮かべ続けていますもの。



「嘘くせぇ……。さて皆さん!! 与えられた依頼完了まで後少し!! 気合を入れてこの町内をピッカピカに仕上げましょうねぇ――!!」



 隊の士気を上げようとして威勢の良い声を放つが。



「何故俺がこんな下らん事をせなばならないのだ」


「某は鍛える為に海を渡ったのだ。掃除をする為に来た訳では無い」


「クソ面倒くせぇなぁ……。大体、俺様の腕は箒を持つ為に存在しているんじゃなくて可愛い女の子を抱く為に存在しているってによぉ」



 横着な男三兄弟の士気は上がる事無く寧ろ逆効果を与えてしまったのか、士気は下降の一途を辿っていた。


 全く……。横着な男三兄弟を持つお母さんはこれだから大変なのよ。



「いいか?? 俺達は今現在シンフォニアの強面……。コホンッ、基。大変お美しい受付嬢様からありたがぁい依頼を受けて此処に来ているんだ。与えられた依頼をこなして街の方々の信頼に応えるのが真の請負人の姿だとは思わないかい??」



 人の体を容易く吹き飛ばす強烈な砂嵐、砂の中から人の肉を食らおうとして出現する砂虫、そして人を殺める事に何の躊躇もない悪魔的な強さを持つ武人。


 つい先日まで請け負っていた超絶怒涛に危険な依頼に比べればこの程度の依頼なんて朝飯前でしょう??



「思わん」


「右に同じ」


「なぁ――、女の子をナンパしに行っていいか??」



 こ、コイツ等……!! 人が下手に出たら文句ばっかり叫びやがって!!!!



「そこの我儘野郎共、耳クソを綺麗に掃除して聞きやがれ。俺達は今、経済社会の中で行動を続けているんだ。先日までは異常で、こっちが本来人が過ごすべき社会なんだ。この社会の中では貨幣と言う概念が広がっており人はその貨幣によって潤沢な経済活動を行っている。そして経済社会の中でその貨幣が無ければ人は生きて行けないんだよ!!」



 地面に点在する塵を集める手を止めて渋々と、そして非効率的な動きで塵を集めている野郎三人に向かって叫んでやった。



「ダン達が王宮に戻るのは三日後だろ?? だったらそれまでの間休めばいいじゃん。たった一日程度の休みでよく体がもつな??」


「俺だって休みたいんだよ!! で、でもぉ……」



 フウタが放った言葉を受け取ると意図せぬ涙が瞳の奥にじわぁっと浮かんでしまった。



 レシーヌ王女様の下へティスロを送り届け、そしてゼェイラさんからこれからの日程を伺うと。



『ティスロ及び家族の処遇は関係各所と国王様に意見を伺う。そして王女様に掛けられた認識阻害の解除の方法はティスロと相談して決める。ダンとハンナはそうだな、五日後に戻って来い』



 嬉しい事に四日間の休暇を頂けたのだっ。


 これまでの激務を考えると少々物足り無い気がするけども無いよりかはマシ。


 大変濃厚な疲労の色が浮かぶハンナと共に王宮を出ると足を引きずる様にいつも御贔屓に利用させて頂ている安宿まで移動を開始。


 フウタ達と合流を果たすと次の日の正午前まで深い眠りに就いた。


 命の危険を心配する事も無く安心安全な場所で本当に久し振りの安眠を貪り続けていたのだが……。人は生命活動する上で何かを食さなければならない。


 朝と昼の狭間の時間になると空腹によって目覚めた俺は睡眠を貪る彼等を宿に残して一人食事の買い物に出掛けた。


 人が生み出した文明社会の中を軽やかに移動しつつ街中でたまぁに見かける美女の姿に心を癒されていると聞き慣れた怒号が俺の体を捕縛してしまったのです。



『ああぁぁぁぁああああ!!!! ダン!! あんた帰って来たの!?』


『ひぃっ!?』



 俺達が所属している職業斡旋所の受付嬢であるドナが俺の姿を捉えるなり、悪鬼羅刹も慄く怒気と憤怒を撒き散らして襲い掛かって来るではありませんか。


 彼女達が昼間に街中を移動していたのは恐らく昼休みだったからでしょう。



『何で帰って来た事を私に伝えなかった!!』


『も、物凄く疲れていまして……。コ、コヒュッ。帰還の報告よりも先ずは休息が大事であると判断したからであります』


『出発する時に言っていた政府要人って奴は救助したのよね!?』


『へ、へい。事件は解決に向かって順調に舵を切っていますぜ』


『って事はまだ完結していないって訳か。でもまぁあんたがこうして街中を散歩しているって事は粗方事が片付いた証拠よね。よっし!! 明日からシンフォニアに顔を出しなさい!! 出さなかったらいつもダン達が利用している安宿まで迎えに行って無理矢理引きずって運んであげるからっ』


『ね、ねぇ。ドナ』


『ん?? 何よ、レスト』


『そろそろ手を放さないとダンが失神してしまうわよ??』


『ウグブゥッ……』


『へっ?? あ、あ――ごめんごめん!! 久し振りだから力加減を間違えちゃったぁ!!』



 意外と力持ちのラタトスクちゃんに拘束を解除され、酷く咽たままもう一日だけ休みを頂けないかと懇願したが……。


 それは秒で却下されてしまい、本日。朝も早くからシンフォニアに足を運んで街の依頼に応える為にこうして齷齪汗を流しているのだ。



「女の尻に引かれるのは別に構わねぇけどよ。俺様達まで巻き込むのは勘弁してもらえねぇかな」


「ただ飯を食わせる訳にはいかん!! それに仕事を片付けている内に街中を知れる良い機会じゃ無いか」


 フウタ達はまだ王都に訪れて間もないので尤もらしい理由を言ってやる。


「まぁ――そうかもなぁ。んぉっ、結構片付いたじゃねぇか!!」


 俺達が片付けて来た道にフウタが改めて視線を送ると感嘆の言葉を漏らす。


「な?? 綺麗になると気持ちが良いだろう?? よそ者がそう感じるのなら此処に住んでいる人達はもっと嬉しい筈さ」



 巨大な麻袋の中に纏めた塵を仕舞い込み額に浮かぶ汗を拭いつつ話す。


 今日の依頼料は俺達が一日、二日王都で過ごせば消えてしまう程の額だが……。それ以上の価値があると思う。



「お疲れさん!! 本当に見間違える程に綺麗になったね!!」



 今回の仕事の依頼主である素晴らしい恰幅の持ち主の大蜥蜴のおばちゃんが満面の笑みを浮かべて綺麗になった道を見渡す。


 そうそう、この笑顔こそが本当の報酬って訳さ。


 人の役に立つってのは本当に気持ちが良いぜ。



「漸く終わりましたよ。これからはもう少し綺麗に保つ事を意識して下さいね??」


 依頼成功の直筆の署名を受け取る為に依頼書を彼女に手渡す。


「私は綺麗に使っているけどぉ……。ほら、近所の悪ガキ共が汚しちゃうのさ。ほら、どうぞ」


「有難う御座います。それでは俺達はこれで失礼しますね」


 依頼書を懐に仕舞うと大勢の人々が行き交う大通りへと向かうが。


「あ、ちょっと待った!! お腹空いているだろう?? これを持って行きな!!」


 人の頭部がすっぽりと収まるであろう大きな紙袋を此方に渡してくれた。


「これは??」


「さっき買って来た差し入れさ!! こうして面倒な依頼は中々請け負ってくれないからねぇ……。おばちゃん嬉しくて思わず奮発しちゃったよ!!」


「あはは、有難く頂戴しますね」


「うん!! それじゃまた宜しく――!!!!」



 嬉しそうに喉をコロコロと鳴らす彼女に軽く手を振ると日が落ち始めた大通りへと向かって行った。



「ふむ、偶には人の為に行動するのも悪くない様だな」


 鼠の姿に変わったシュレンが俺の左肩に留まると満足気な声色を漏らす。


「俺様も今そう思っていた所さ。しっかし……。すっげぇ人だよなぁ。この人波の中を歩いているだけで吐き気がするぜ」



 柔らかい影が跋扈する裏路地から出るとほぼ同時に大勢の人々が織りなす生活音が俺達の体を穿った。


 そこかしこで交わされる明るい会話が否応なしに王都の空気を温め、夕食の買い出しに出掛けた主婦達が各々得た戦利品を誇らしげに自慢し合う姿が平和な光景を装飾。


 俺達はその姿を満足気に捉えると強面受付嬢が待機しているシンフォニアへと向けて歩みを進めた。



「お前さんは俺の肩に留まっているだけだろう。歩いているのは俺なんだぞ」


 右肩に乗る横着な小鼠の鼻頭を指で突いてやる。


「いてっ。まっ、取り敢えず今日の仕事は終了。後は依頼料を貰って帰るだけだな!!」


 お前さんの声は馬鹿みたいにデカイからもう少し声量を落として話せよ……。疲れた体に余計に響くじゃないか。


「相棒、夜飯はどうする?? このパンと適当に見繕って宿に持ち帰るか??」


「それで構わん」


「ん――、了解っと」



 まだ疲れが残る彼の声を受け取ると大勢の人達の往来の邪魔にならぬ速度で北上を続けた。



 数日前の死闘が嘘みたいに感じる程に此処には平和が蔓延っていますなぁ。


 ジャルガンが言っていた偽りの平和。


 それを目の当たりにすると彼との死闘が脳裏に過って行く。



 アイツはこの平和な景色の中で暮らす人々に対して過去に起きた怨嗟を思い知らせる為に朱き槍を揮った。



 人々を恐怖のどん底に叩き落として自分の祖先が受けた苦痛、侮辱、憎悪を伝えるのは一見最も有効な方法に見えるが、それでも力を頼りにして伝えるのは愚策だよな。


 何も知らぬ彼等に罪は無いのだから。


 ジャルガン達、反政府組織砂漠の朱き槍は何も知らぬ彼等に一石を投じようとして行動を起こしているのか??


 過去に起きた事実を白日の下に晒して自分達の正当性を主張する。


 例えそれが暴力という間違った伝達方法でも平和に暮らす人々の心には強烈に印象に残るだろう。そして、彼等の間違った行動に共感を得た極僅かな者達が共に立ち上がり王制を覆そうとして刃を手に取る。


 禍々しい巨大な怨嗟は人と人の間を往来して長き年月を経た今でもこの大陸に蔓延る。


 シェリダンは平和を勝ち取る代償として後の世代にまで呪いとも捉えられる怨嗟を残してしまった。


 彼が起こした唯一の間違いはそこだよな。



「はぁ――い!! 馬車が通り過ぎるまで待って下さいね――ッ!!!!」


「ったく……。キマイラの時もそうだったけどよ、お前さんに関わるとろくでもない事ばかりが起きやがるぜ」



 王都の中央で厳かに立つ英雄王シェリダンの石像を見つめつつ悪態を吐いてやった。



「ん?? どうしたよ。怖い顔で石像を睨んで」


 俺の言葉を拾ったフウタが不思議そうな瞳を浮かべて石像を見つめる。


「あの人と関わると毎度毎度大変な目に遭うって思っていただけさ」


「歴史上の偉人が辿った軌跡に足を踏み込めば否応なしにそれ相応の因果に引き寄せられる。長き時の間に因果は力を帯びて現代に生きる某達の力では抗えぬ。先の戦闘で嫌と言う程それを思い知らされたであろう??」


 シュレンが真面目な声色でそう話すと俺は肯定の意味を示す様、静かに大きく頷いた。



 ジャルガンと対峙した時に感じたのは無念を抱いて亡くなった人々の怨念そのもの。


 古の時代から続く怨嗟は俺達の力だけじゃ打ち払えない程に黒く深い闇であった。


 俺達の光では恐らくジャルガン達、砂漠の朱き槍が抱える闇を消失させる事は叶わないだろう。もっと強烈な光が必要になって来る。そう、平和な世の中で光を紡ぎ続ける人々の力だ。


 彼等が少しでも昔の出来事を思い出して弔う事が出来れば、或いは亡くなった人々に祈りを捧げれば怨恨は消えるかも知れない。


 何も知らずのうのうと暮らす権利は平和な世界で当然に与えられた権利だが……。自分達の足元には平和の礎となって命を落とした者達が大勢いる事を忘れてはいけないのだ。



「まっ、俺様達があ――だこ――だ言っても世の中は変わりゃしねぇ。求心力カリスマを持った野郎が声を大にしてこそ初めて人々はそれに着目するんだって」


 フウタが小さな前足を体の前で組んでしみじみと頷くと。


「ほぅ珍しく真面な事を言うでは無いか」


 その姿勢を捉えたシュレンが微かに鼻で笑った。


「んだと!? 俺様はいつも真面目且真っ当に生きているじゃねぇかよ!!!!」



 真面目に仕事をこなす人であれば他所の家の箪笥に仕舞ってある下着を盗みません。


 ティスロは顔を真っ赤にして怒っていたもんなぁ……。



『絶対に返して貰いますからね!! 後!! フウタさんは二度と私の部屋に入らないで下さい!! いいですねっ!?』 って。



 まぁ俺もフウタの立場なら恐らくこっそりと下着を拝借するでしょう。


 金銀財宝と同じ価値を持つ下着を携帯したいのは大いに理解出来るが、俺なら自分の荷物の奥にキチンと仕舞い。誰にも見られていない所で一人静かに鑑賞して感嘆の吐息を漏らすのさ。



「真っ当に生きてるという言葉は肯定出来るが、真面目と言われれば些か疑問が残るな」


「あぁん!? クソ真面目で童貞のテメェにアレコレ言われたくねぇんだけど!?」


 左右の肩から発せられる汚い言葉の応酬に辟易していると。


「はぁ――い!! それでは皆さん進んで下さいね――!!!!」



 本日も緑色の鱗に大粒の汗を浮かべている交通整理のお兄さんから進行許可を頂き、そしてこれまた本日も大盛況の御様子であるシンフォニアの扉を開いた。



「よぉ姉ちゃん。もう少し報酬上がらないの??」


「その件に関してはこれ以上報酬を上げられないと依頼人様から直接の言伝を受け賜っていまして……」


 レストの前に並ぶ列の請負人達は大人しく一列に並び。



「なぁ――。さっきから全然進んでいないんだけど??」


「は、はいぃ!! ちゃんと仕事を進めていますので今暫くお待ち下さいね!!」


 ミミュンの前に並ぶ列は相も変わらず長蛇の列。



 右に出来た二列は大人しめの大蜥蜴ちゃん達が列を成すのですが……。一番左に出来た列は無頼漢共を一手に引き受けているのか。


 只並ぶという行為に憤りを感じている野郎共が思いの丈を叫び尚且つ一触即発の雰囲気を醸し出していた。



「あ、おい!! 抜かすなよ!!」


「テメェがちんたら並んでいるからわりぃんだろうが!!」


「おらぁ!!!! そこの無駄にデカイ大蜥蜴!! ちゃんと一列に並びなさいよね!!!!」



 はは、さっすが物怖じしないドナだな。物々しい喧嘩に発展しそうになる雰囲気を怒号で掻き消しちまったよ。



「うっひゃ――……。あの姉ちゃん相変わらずすっげぇな」


「アイツはいつもあんな感じさ。俺は列に並んで来るからハンナ達はあそこの机で待っていてくれ」



 扉の左手側。


 この喧噪によっていつもより顔を顰めて請け負人達を静かに眺めている机達を顎で差してやる。



「了承した。二人共、行くぞ」


「承知」


「う――い。さっき差し入れで貰ったパンを頂いて行くぜ――!!」


「あ、こら!!!!」



 人の姿に変わったシュレンに続きフウタが右肩降りて人の姿に変わると、あっという間の早業で俺からパンが入った袋を掠め取ってしまった。



「ほらほらぁ、早く並ばないとパンが無くなっちまうぜ――??」



 あのクソ小鼠め、人の好意を仇で返しやがって……。


 絶対に後で酷い目に遭わせてやるからな?? 覚えておけよ??



 美味そうなお肉が挟まれたパンが物凄い勢いで三名の口の中に消えて行く様を後ろ髪引かれる思いで見つめつつ、唇の端をぎゅっと食んで列の最後方に並んだ。



「よぉ――、ダン。景気はどうだ??」


 隣の列に並んでいる顔見知りの大蜥蜴ちゃんが俺の顔を見付けると程々に疲れた顔で我が家の家計事情を問うて来る。


「まぁまぁって所さ。それよりも、随分と顔色が良くなったんじゃね??」



 彼は恐妻に尻を叩かれて多忙な年末年始を過ごし、その疲労度は儲かっているのかどうかさえも己の頭で判断出来なかった程であった。


 顔は重病を患った者でさえも心配の声を上げる程に悪かったのだが……。今現在は肌艶も良く、大蜥蜴の深緑の鱗は滑らかな艶を帯びていた。



「へへっ、御蔭さんでね。今度の休みを利用してカミさんと一緒に北の海沿いの街に出掛けるのさ」


「んだよ、惚気話かよ……」


 こちとら正に死ぬ思いで依頼を完了させたってのに色っぽい話は全然舞い込んで来ないってのにさ。


「久し振りに二人きりで出掛けるから辛い仕事も全然苦じゃねぇよ。知っているか?? 北の海で獲れる幸は絶品なんだぞ??」


「知らねぇし聞きたくもねぇよ」



 最近は内陸で過ごしている所為もあってか、久しく海の幸を口にしていないな。


 炭火で焼いた秋刀魚の香ばしい香り、腹を空かせる音を奏でて勢い良く蓋を開いた帆立、まるで美女が纏う純白のドレスの様に美しい白さが目立つヒラメの刺身。


 頭が確かに記憶している情報を思い出すと勘違いした舌が唾液をジャブジャブと分泌し始めてしまう。


 今度の休暇は相棒と一緒に海沿いの街に出掛けるのも一考だな。


 まぁ……、その休みがいつ訪れるのか不明ですけどね!!



「そう不貞腐れるなって。美味しい土産話を持ち帰って来てやるから」


「絶対に要らねぇ――」


「不要だと言っても無理矢理聞かせてやるって。ん?? おい、もう直ぐ順番が回って来るぞ」



 彼と会話を続けている内に随分と前に進んだようだな。



「報酬を受け取ったらさっさと下がれ!!」


「分かったよ!! 財布の中に仕舞っているんだからそう急かすなって!!」



 最後方に並んでいた時は見えなかったドナの表情が列の合間から見える様になって来たし。


 ってか、アイツ……。何かいつもより気合が入ってねぇか??



「うへぇ……。今日もドナ嬢の快活振りは健在か」


「元気過ぎるだろ。アイツの元気を受け取りたく無くてそっちの列は無駄に長くなっているし」


 彼の後方へふと視線を送ると、ドナの前に出来た列よりも四割増しに長い列が形成されている様を捉えた。


「誰だって疲れている時にあぁんな無意味にデカイ声を受け取りたくないだろ??」


「そういう時は逆説的に考えるんだ。疲れている時こそあの阿保みてぇに元気な声を受けて心と体に鞭を入れて発奮を促すんだよ」



 クタクタに参っている時に萎んだ声を受け取っても元気は出ないし。毒を食らわば皿までと言われているように無理矢理にでも外部から元気の源を注入せねばならないのさ。



「それにしても程度ってもんがあるだろうが」


「それ同感――」


「おらぁ!! そこぉ!! さっきから聞こえてるわよ!?」


「「ッ!?」」



 件の彼女からお叱りの声を受け取ると背筋をピンと正して直立不動の姿勢を取った。



「横っ面を叩かれたくなかったらさっさと受け取りに来い!!」


「へ、へいっ!! 只今!!!!」


「ははっ、まるで尻に敷かれている駄目夫みたいだな」


 彼から揶揄いの声を受け取ると額に美しい汗粒を額に浮かべる彼女の前に颯爽と参じた。



「ほい、これが依頼人からの直筆の執筆ねぇ――」


「おう、御苦労だった」


『お前さんはどこぞの組の頭領かよ……』

「へいっ、滞りなく依頼を終えて馳せ参じた次第であります」



 唇の裏側まで出掛かった言葉をゴックンと飲み込み、違う言葉に変換して口に出したので思わず噛んでしまいそうでしたよっと。



「二日間掛かる仕事をたった一日で終えるなんてねぇ。やっぱり人手は多いに越した事は無いわね」


「相棒だけじゃなくてフウタ達も居るからな」


 受付台に体を預けつつ、彼女の仕事振りを見つめながらそう話す。


「あの二人は戦力になりそう??」


「居ないよりかはマシって程度かしらね」



 今回請け負った依頼はここの請負人達が好んでやりたがらない街の清掃作業だったのだが、俺を除く三名は例に漏れず渋々とそして嫌々ながら作業に取り組んでいたかなぁ……。



「あはっ、その様子だとダンが率先して片付けていた感じね」


 ドナが手元の書類に必要事項を書き記しながら言葉を漏らす。


「御明察。アイツ等、俺が尻を叩かないと全然働きやしないんだから」


 体を預けたまま件の彼等に視線を送ると。



「うっめぇ!! シューちゃんこのパン食ってみろよ!!」


「某は今これを食している最中だ。邪魔をするな」


「ふむ……。これは良い肉だぞ」



 差し入れとして頂いたパンを一心不乱に齧り付いている様を捉えてしまった。


 お、おいおい。俺の分はちゃんと残してあるだろうね??



「ちゃんと手綱を握っておきなさいよ。ダンが居ないと私達も困るんだから」


「汚れ仕事を押し付けてくれるなよ??」


「ふふっ、考えておくわね。はい!! これが今日の報酬よ!!」


「ん――。あんがと」



 活発な声を受けて振り返り、受付台の上に置かれた銀貨八枚を懐に仕舞う。


 さてと、あの大飯食らい立ちを携えて安宿に帰るとしますかね。



「所で、さ……」


 踵を返そうとするとドナが頬を若干赤らめながら俺をこの場に引き留めた。


「どした??」


「明日の夜って暇かな??」


「明日?? また急にどうしたの」



 まさかとは思うけど緊急の依頼を押し付ける気じゃありませんよね!?


 事と次第によっては御断りさせて頂きますぜ?? こちとらまだまだやる事が山の様に積み重なっているのでね!!



「んっとね、ほ、ほら!! レストがさまた皆で一緒にご飯を食べたいって言うから私達と御飯でもどうかなぁ――って」



 ドナがあははと笑い、小恥ずかしさを誤魔化す様に後頭部をガシガシと掻く。


 ふぅむ、健康的に焼けた顔の肌が微かに朱に染まり俺の顔を直視せず無意味に視線を動かす様……。


 これは俗に言うお誘いって奴で合っているでしょう!!


 最近は無理矢理依頼を押し付けられていた所為か、女性の微妙な感情の変化を読み取れずに居たから気付くのが遅くなっちゃっいましたよ。



「勿論。お邪魔させて頂くよ」


 俺が右目をパチンと瞑ってやると。


「そ、そっか!! うんうん!! 皆で御飯を食べれば美味しい御飯はもっと美味しくなるからね!!!!」


「その理論はどうかなぁ――。大体、私はそんな事一言も言っていないわよ??」



 俺達の会話に聞き耳を立てていたレストが意味深な笑みを浮かべて今も羞恥の汗を流しているドナの横顔を見つめる。



「ミミュンと話している所を聞いたんだもん!! 絶対間違っていないしっ!!」


「ふふ、じゃあそういう事にしておきましょうかね」


「じゃあ明日の依頼を終えたらって感じでどうかな?? 明日も依頼を請け負うんでしょ??」


 勝手に予定を決めたらアイツ等の事だ。やれ疲れた、やれ眠たい等々文句の一つや二つを言い出しかねない。


「一応その予定だけど相棒達に一言聞かないと。お――い、ハンナ。ちょっといいか……」


 彼に向かって歩み出そうとした刹那。




「失礼するッ!!!! ダンとハンナは此処に居るか!?!?」




 シンフォニアの扉がけたたましい音を奏でて勢い良く開かれると複数の見慣れた大蜥蜴の顔が店内に雪崩れ込んで来た。



「お――っす。ラゴスとヴェスコじゃん。藪から棒にどした??」


 ハァハァと息を荒げる筋骨隆々の大蜥蜴に軽く右手を上げると彼等の表情が一変。


「訳は後で話す!!!! 今は何も言わずに俺達と一緒に来て貰うぞ!!!!」


「はぁっ!? な、何するんだテメェ等!!」



 ゴッリゴリに鍛えられた大蜥蜴に瞬き一つの間に囲まれてしまうとラゴスが俺を脇に抱えて出口に向かって駆け始めてしまう。


 な、何!? 急に誘拐しないでよね!!



「ハンナさん!! ダンさんと一緒に来て下さい!!」


 ヴェスコが俺の様子を特に心配していない面持ちで傍観していたハンナに向かって叫ぶ。


「それは別に構わんが……。一体何があったんだ??」


「訳あってここでは話せません!!」


「そうか、分かった。フウタ、シュレン。先に宿に帰っていろ」



 彼が荷物を手に持つと静かに立ち上がり、今もモムモムと美味そうにパンを食んでいる両名に指示を出す。



「ん――、わ――ったぁ……ってぇ!! テメェはあの時の大蜥蜴じゃねぇか!!!!」


 ラゴスを捉えたフウタの瞳がキュっと見開かれる。


「お前はあの時の!! こ、此処で会ったが百年目!! この前の借りを返すぞ!!」


 彼の驚きの表情を捉えたラゴスもまた爬虫類特有の縦に割れた瞳をキュっと縦に開き、そしていつでも喧嘩をおっぱじめらる様に拳を強く握り込んだ。


「わぁ!! ラゴス駄目だって!! 俺達の任務はダンさんとハンナさんを連れて帰る事なんだから!!」


 ヴェスコがフウタに向かって進み出そうとするラゴスを必死に制す。


「ちぃ……。今は任務が優先か」


「ギャハハ!! なっさけねぇなぁ――。男だったら任務よりも目の前の仇を優先しろってんだ」


「何だと!?!? 俺達王都守備隊を愚弄する気なのか!?」


「おぉ!! すっげぇな!! 昨今の蜥蜴は人の言葉を理解するのかよ!! こりゃ驚きだぜ」


「き、貴様ぁ……!! そこに直れ!! 俺が成敗してやる!!!!」



 ラゴスが俺を抱えたままケタケタと笑い続けるフウタに向かって一歩進み出すのだが。



「うるさぁぁああああ――――いっ!! そこの阿保大蜥蜴!! 目的の荷物を受け取ったのならさっさと出て行けぇぇええ――!!!!」


「「「ッ!?!?」」」



 ドナが怒号を放つと王都守備隊の面々、そして店内に居る請負人達の表情が驚きと恐怖に染まってしまった。



「フゥッ……。フゥゥウウ!!」



 こ、こっわぁ……。何、アレ。


 地獄で酷い拷問を与え続けている悪魔達も思わず己の手から凶器をポロっと落としてしまう程に恐ろしい顔じゃないか……。


 怒りで顔を朱に染め、双肩は荒々しい呼吸と同調する様に縦に揺れ、纏う圧はあのジャルガンを彷彿とさせる様に圧倒的強者感を醸し出す。


 相変わらず物凄い圧を放ちますねぇ……。受付業よりも無頼漢、若しくは俺達の様に危険な仕事を生業とした方がよっぽどお似合いだぜ。



「は、ハッ!! 立て込んでいる最中に失礼しました!!」


 守備隊の一人が直立不動の姿勢でドナに対して親切丁寧に頭を下げる。


「おう、分かっているのならそれでいい」


「それでは我々は失礼します!! ラゴス行くぞ!!」


「分かった!!」


「明日の件、忘れるんじゃないわよ――!!」


「へ――い……。分かりました――……」



 明るい笑みを浮かべて此方に向かって手を振る彼女に対して乾いた笑みを送ると俺の体はそのまま夜が迫り来る空の下へと運び出されてしまった。


 何で君達は俺の予定を一切合切聞かないの?? まぁ例え予定を話したとしても俺の予定を無視して己の予定を優先させるのでしょうね。


 爬虫類特有の饐えた匂いに包まれ苛まれていると王都守備隊が使用したであろう馬が道路脇に見えて来る。


 俺の姿を捉えた馬ちゃんは。


「……ッ」


 驚きとも呆れとも捉えられる瞳の色を浮かべて俺を見つめていた。


 そりゃあ行きは無かったお荷物が増えたのだ。驚くのは当然でしょう。



 俺達を強制連行する理由とは一体何だろうか??


 有無を言わさず連行するって事はそれ相応の大事が王宮で起こっているのは想像に容易い。


 でもね?? 例えそうだとしても物事には順序ってもんがあるのよ。


 君達は体を鍛えるよりも当たり前の処世術を学ぶべきだ。


「ハァッ!! 行くぞ我が愛馬!! その脚力を存分に発揮するが良い!!!!」


「お、おい。アレを見てみろよ」


「何だ?? 新手の人攫いか??」


 馬の走りに合わせて激しく上下に揺れ動き、街の人々の好奇の目に晒されながら俺は一人静かにそんな事を考えていたのだった。




お疲れ様でした。


さて、本話では軽く触れた程度なのですがこれから始まる御話で南の大陸。砂と大蜥蜴の王国編はフィナーレと向かいます。


その構想は既に頭の中で出来ているのですがそれを文字に出す、そしてそのプラスアルファの執筆で四苦八苦しているのが現状ですかね。相変わらず花粉は飛んでいますし、正に踏んだり蹴ったりの状態ですよ……。



そして、ブックマークをして頂き有難う御座います!!


これから始まる終盤へ向かう執筆活動の嬉しい励みとなりました!!!!



それでは皆様、お休みなさいませ。

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