第百四十六話 許しを請う者 許す者
お疲れ様です。
週末の深夜にそっと投稿を添えさせて頂きます。
俺の体は久方振りに吸い込む城内の空気を大変清らかに感じているのか、随分と御機嫌になってくれるが……。心は体と違って大変正直者であり俺の背に静々と続く彼女の身を案じて不安と緊張感で苛まれていた。
矮小な砂埃が漂う下町特有の空気ならまだしも、静謐と厳格な空気を纏う城内特有の空気の中を一歩また一歩進んで行くと心が悲痛な声を叫ぶ。
その声に従い踵を返して王都に逃げ帰ればどれだけ楽か。
しかしその選択肢を取った場合、筋骨隆々の大蜥蜴が群れを成して俺を探し回り。発見されたのなら首根っこを掴まれて引き戻されてしまうのでどの道意味を成さない。
とどのつまり、俺にはたった一つの選択肢しか与えられていないって事さ。
「ふぅ――……」
俺の緊張感が空気に乗って彼女に伝わったのか。
踏み心地の良い螺旋階段を上っているとティスロの口から矮小な吐息が漏れた。
「緊張しない訳が無いか」
周囲の空気を侵さぬ様、本当に静かな声を出す。
「えぇ、初めて魔法を詠唱した時よりもかなり緊張していますね」
そりゃそうだ。
自分の処遇ならまだしも、家族の処遇が自分の発言及び態度如何で決定されるのだから。
「自分が思った言葉を話せば良いよ。レシーヌ王女様は本当に良く出来た御方だからさ」
「それは承知していますけど……。彼女の信頼を裏切ってしまった以上、重罪は免れないと考えていますので」
うぅむ、極限にまで緊張している彼女をこのまま合わせても良いのだろうか??
自分の心のままに話せなくなってしまう恐れがあるのでちょいと緊張を解してあげるとしますかね。
「俺が彼女から依頼を受ける前にさ。俺達が此処に至るまでの冒険を話してあげたんだ」
「よぉ、ダン。久し振りだな」
螺旋階段の二階出入口付近で警備を務めている顔見知りの王都守備隊員に軽く手を上げてそのまま三階へと上って行く。
ティスロの姿を見付けた彼は刹那に驚いた表情を浮かべたが、ゼェイラさんから事情を聞いたのだろう。
瞬時にその表情を解除して四角四面の面持ちを浮かべて警備を続けた。
「その時の様子と来たら……。眠る前に母親からお伽噺を聞かされている娘みたいに喜々とした様子でさ。話している此方としても嬉しく思っていたんだ」
「ふふ、そういう所は相変わらずなのですね」
「王族として生まれ自分の思うままに行動出来ない彼女にとって俺達の冒険譚はよっぽど魅力的に映ったのだろうさ。それから話を進めて行く内に感じたんだけど……。レシーヌ王女様は覇道を行く王の血を受け継いでいるというよりも、相手の心を大切にする心優しき人だと感じたんだ」
民を抑え付け、重税を課し、自分の思うがままに国を支配する愚劣なる王の覇道。
彼女の心からは微塵もその気配は感じられず、王族という身分の違いがありながらも見身近に感じてしまった。
俗に言う友人感覚って奴だ。
勿論頭の中では彼女と俺との身分の差を理解していたが、心は彼女の存在を友人と捉えてしまっていた。
このあべこべな感覚が時に判断を間違わせようと力を揮いそうになったので、何度言葉に詰まった事やら。
「心優しき彼女に自分の想いを、素直な心を真摯に伝えればきっとレシーヌ王女様も分かってくれるさ」
「そうだといいんですけどね……」
ありゃまっ、また暗くなっちゃった。
これ以上の精神的負荷は彼女にとって重荷になりかねないのでちゃちゃっと会わせてそして真実をその口からスパッと伝えて貰いましょうかね。
「先ずは俺から王女様に今回の事件の詳細を説明するよ。話し終えてから部屋に呼ぶからそれまで外で待機しててくれ」
城の三階に到着すると通い慣れた歩みで王女様の部屋へと向かい。
「おう、ダン。お疲れさん」
これまたいつも通りの所作で三階を警備する王都守備隊隊員に軽い挨拶を送ると、件の部屋の扉を本当に静かに叩いた。
「ダンです。レシーヌ王女様、いらっしゃいますでしょうか??」
俺達の到着を心待ちにしていたし、多分。というか確実に起きていると思うけど……。
美しい木目の扉の前で彼女の返答を待っていると俺の予想よりもかなり早い時間で返答を頂けた。
「ど、どうぞ!! お入りください!!」
お、おぉっ……。すんげぇ元気な返事だな。
「失礼します。それじゃ、行って来るから少し待ってて」
ティスロに軽く頷くと本当に静かな所作で扉を開いた。
夜風を通す為に開けられた窓の側のカーテンが微かに揺れ、月明りを招き入れて部屋全体を淡く照らす。
清掃が行き届ている石造りの床には塵一つ見当たらず、衣服が仕舞われているであろう箪笥にも汚れは見当たらない。
部屋の隅に静かに佇む丸い机の上には綺麗になった食器類が纏めて置かれており、レシーヌ王女様の健康状態を素直に表す。
以前お邪魔させて頂いた時とほぼ変わらぬ部屋の様子に安堵の吐息を漏らしたが……。それはベッドの上の彼女の姿を捉えるまでの刹那の出来事であった。
「……っ」
散歩を心待ちにした愛犬の様にシーツから覗く大きな尻尾は微かに左右に揺れ、今か今かと待ち侘びている雰囲気は何処か人に笑いを誘う。
気の許した友人なら此処で。
『散歩待ちの犬かよ』 と。
鼻で笑って揶揄ってやるのだが、そんな言葉を放てば俺の首は胴体からきれいさっぱりお別れする事になるので此処は我慢の一択だ。
「只今戻りました」
ベッドの側に近付き、薄いベールの向こう側に居る彼女へ向かって静かに帰還の報告を告げる。
「お帰りなさい!! ゼェイラさんから御話は伺いましたけど色々大変だったそうですね!!!!」
お、おぉう……。俺の想像の五倍は元気だな。
「え、えぇ。本当に色々大変でしたよ。では先ず、ミツアナグマの里で得た情報とそれからアーケンスの街で会敵した反政府組織の連中の情報を軽く説明させて頂きますね」
「宜しくお願いしますっ」
「コホン、では……」
今にも膝元に飛び掛かって来そうなワンちゃんを必死に宥める様に、此度の依頼主へ報告を開始した。
ミツアナグマ一族の強靭な肉体、古代遺跡前で遭遇した有り得ない砂嵐、そして古代遺跡内での死闘。
遺跡の最奥でティスロを救助した後にアーケンスの街へ出発してそこで行った潜入活動とジャルガン達との激闘。
レシーヌ王女様が簡単に仰った 『色々』。
そこに含まれているのは簡単な言葉では言い表せない程の情報量が含まれており、俺の口から冒険の経緯を聞くと彼女は驚きの吐息を素直に漏らした。
「――――。と、言う訳で。我々は人質を救出した後に王都へ戻って来たのですよ」
「は、はぁ……。私の想像が及ばない程の大冒険を繰り広げて来たのですね」
「その通りです。一つ選択肢を間違えば即刻死が襲い掛かって来るとても素敵な冒険でした」
今出来る最大限の皮肉をさり気無く言うと。
「むっ。ひょっとして今、私の事を悪く言いませんでした??」
左右に揺れていた尻尾がピンっと垂直に立ち、シーツ越しにでも分かる憤りを放った。
「あはは、違いますよ。真実を告げたまでですからね。さて!! 前置きは此処まで。既に気付いていると思いますが扉の向こうにティスロが立っています。レシーヌ王女様の依頼の内容はティスロを無事に此処に送り届ける事。その依頼を達成しても構いませんか??」
俺がそう問うと。
「ちょ、ちょっと待って下さい。息を整えますので……」
大きなシーツちゃんが己自身の波立つ心を鎮めようとして深呼吸を開始した。
「ふ、ふぅ――……。うんっ、これで大丈夫。彼女を呼んで下さい」
「畏まりました。ティスロ、入って来てくれ」
「失礼します」
レシーヌ王女様の部屋の空気を乱さぬ様にそれ相応の声量を放つと木製の扉の向こう側から彼女のおずおずとした声が放たれ。そして声と同調する様に扉が遅々とした速度で開いた。
「お久し振りです。レシーヌ王女様」
俯きがちなティスロが王女様のベッドの脇に到着するとこの場に相応しい第一声を放ち。
「この度は私の愚行によって御迷惑を掛けてしまい大変申し訳ありませんでした。全ての責任は私が負います」
腰を九十度の角度まで曲げてお手本の様な謝罪の態度を示した。
さぁ、問題は此処からだぞ。
もしも彼女が極刑に処すと言い放ったのなら俺自身が出来る最大限の援護を送ろう。
右の拳をぎゅっと握り締め、何も言わず只ティスロを見つめているシーツの塊の様子を窺っていた。
「積もる話は沢山あると思いますが先ずは王家の者としての言葉を貴女に送ります。貴女はこの国を治める王族に牙を剥き人の目を欺く様に逃亡した。執行部の方々、軍属の者達、そして王都守備隊の方々。彼等に多大なる疲労を与え我々に精神的苦痛を与えた貴女の罪は決して軽くはありません」
さ、流石王家の血を引くだけあって声に重みがあるな……。
俺と交わしていた言葉とは真逆の重苦しい言葉が部屋の空気を刹那に支配。
俺とティスロは彼女から放たれた言葉に囚われ只々その言葉の数々に静聴し続けていた。
「貴女から認識阻害という呪いを受けた私は人の目を避ける様にこの部屋に閉じこもり、信頼していた者からの裏切りによって心に大きな傷を負った。一時期は生きる事さえも苦痛に感じていたのです」
「……ッ」
レシーヌ王女様から悲痛な声色が放たれるとティスロが自分の左手を右手で痛い程握り締めた。
「何も変わらぬ毎日、誰からも見られたくない苦痛な日々が続き負の感情が破裂して自分が壊れてしまうのではな無いかと漆黒の心から目を背けていたそんな折……。彼が黒き感情の中に矮小な光を灯してくれたのです」
え?? 急にどうしたのです??
シーツの塊が此方に向くと今までは打って変わって大変柔らかな口調でそう話す。
「ダンが経験して来た冒険は私の心の闇を少しずつ打ち払い生きる勇気を与えてくれました。彼の口から出て来る御話はどれも素敵で……。まるで自分が経験して来たかの様な錯覚を感じました。彼が経験して来た死を彷彿とさせる恐ろしい体験談を聞くと、私の悩みなんて本当に小さな物であると自覚出来た。そして、チュルが私の部屋に飛び込んで来た時に私は悟りました。彼こそが私の心の闇を払ってくれる真の勇者であると」
「あ、あのぉ――……。自分は只のしがない請負人でして……。レシーヌ王女様が想像している様な良く出来た人じゃあありませんよ??」
分不相応な立場に昇格されるのは勘弁して下さいと声を出したのだが。
「「んんっ!!!!」」
「へ、へいっ!! 分かりやした!! どうぞそのままお続け下さいまし」
口を開くな。
そう言わんばかりに二人から同時に咳払いを放たれてしまったので取り敢えず沈黙を貫いた。
「彼は私の我儘な願いを叶える為、貴女を救助しに頼れる仲間と共に死地へと旅立った。そして完璧に私の願いを叶えてくれた。他の者ではこうはいきません。彼だからこそ成し得た偉業なのです。ゼェイラさんから貴女の事情を聞いた時、私の心は張り裂けそうに痛みました。そして、そして……。彼が連れ戻して来てくれた私の友人は私に対して素直に謝ってくれた。これ以上、私は何も求めませんよ」
お!? と、という事は!?
「ティスロ、お帰りなさい。色々と大変でしたね??」
レシーヌ王女様が相手の傷付いた心を労わる本当に優しい声色を放つと。
「も、も、勿体無い御言葉で御座います。わ、私は……。ヒ、ヒグッ!! ウゥッ……。信頼してくれたあ、貴女を裏切ってぇ……。自分の家族を守る為に傷付けてしまった。御免なさい……。うぅぅぅ……、本当にっ。本当に御免なさいぃ……!!」
今まで堪えていたのだろう。
ティスロの両の瞳からせき止めていた大粒の涙が溢れ出して彼女の頬を伝い落ちて行く。
両手で顔を抑え付けて嗚咽と同調する様に双肩が微かに上下する。
「私の方こそ御免なさい。貴女の心に気付いてあげられなくて。だ、だ、だから……。グスッ。な、泣かないでよぉ……」
その姿を捉えたレシーヌ王女様もまた堪えていた涙を解放して共に頬を濡らした。
共に傷付き、共に苦労して、共に涙を流す。
血が繋がっていない彼女達だが心は強き絆で結ばれている。
本当の家族よりも強力な絆で繋がっている二人の優しい涙を見つめていると俺の心は漸くこれで良かったのだと判断した。
うんうん、良い場面じゃないか。
自分よりも相手の心を労わる両者の姿を捉えると俺の出番は此処までだと悟った。
「自分はゼェイラさんに色々と報告する事があるのでこれで失礼しますね」
「グスッ……。えぇ、分かりました」
「自分に聞かれたく無い話もあると思いますので、後は時間が許す限り好きなだけ積もり積もった話を続けて下さい」
今も涙を流すレシーヌ王女様にキチンと腰を折ったお辞儀を放つと大変柔らかい空気が流れている部屋を後にした。
「ふぅ――……。良かったぁ……。どうやら関係修復は容易そうだな」
心の中の杞憂という文字がサァっと溶け落ちて消失すると巨大な溜息を吐いて石壁に背を預ける。
レシーヌ王女様の性格からして。
『その者の首を即刻刎ねよ!!』
暴虐の限りを尽くす稀代の女王らしからぬ台詞は吐かないと思っていたし。何はともあれ後は王女様に掛けられた呪いを解除するだけか……。
お願いだから何事もなくすんなり終わってくれよな。これ以上の痛みや疲労は勘弁願いたいぜ。
「んっ?? ダン、何だか疲れた感じだけど大丈夫か??」
「ぜ――んぜん大丈夫さっ!! 俺は女王蟻の命令に従い続ける憐れな働き蟻だからねぇ――。疲れたとか、辛いとか。自分の心に浮かぶ台詞は安易に吐けねぇんだよ――っと」
俺の疲れた様子を見付けて心配の声を上げてくれた顔見知りの守備隊員に愚痴を言ってやる。
「ふぅん、そっか。あ、そうそう。ラゴスの奴がまたアレ関係の本を欲しがっていたから兵舎に戻って来る時に用意してやってくれ」
「それはラゴスじゃなくてお前達の間違いじゃないのか??」
大きな口をニィっと厭らしく曲げている大蜥蜴にそう言ってやる。
「無きにしも非ずって感じだな。じゃ、宜しく――」
どいつもこいつも俺に無理矢理依頼を押し付けて!! 俺の苦労は一体誰が労ってくれるんだい!?
このままじゃ本当に過労でぶっ倒れちまうって!!
「畜生……。頑丈な体をこれ程呪いたくなるのは生まれてから初めてかも知れねぇな」
ジャルガンに開けられた傷口を庇い、体が痛みを叫ばない慎重な足取りで階段を下りつつ誰にも叫びようがない愚痴を放つ。それだけ慎重な足取りでも時折ズキンとした痛みが生じてしまう。
この痛みと疲労感からして体と心が休まる安寧の日々は暫くお預けであると、無表情且無感情な表情を浮かべている石壁さんに身を預けながら自覚したのだった。
~おまけ~
ダンが静かな足取りで私の部屋から出て行くとティスロが鼻を啜りながら改めて謝罪を送ってくれた。
「本当に御免なさい。貴女の信頼を裏切る行為をしてしまって」
「ううん、ティスロの事情を知ったから気にしていないよ。でも……。お父様達がどういう反応を見せるのか。それだけが心配ね」
王族の者に牙を向けた者は例えその行為が軽い罪であっても重罪になり得る可能性を秘めている。
今回の場合は私に掛けた認識阻害という呪いの罪と行政側の信頼を裏切った罪の二つ。
ティスロの家族が反政府組織に人質として囚われていた背景を考慮するとある程度は減刑してくれるとは思うけど……。
「私はどんな罪でも受け入れる覚悟で此処に来ましたからね。私の心配は無用ですよ」
「お父様とお母様に私から直接減刑する様に伝えておくわ。二人が首を横に振ろうものならこの部屋から二度と出ないと叫んでやるんだから」
両の拳をムンっと作り体の前で大袈裟に上下させてやると。
「ふふ、相変わらず無茶をしますね」
大粒の涙で目を真っ赤に腫らしたティスロが漸くいつもの柔らかい笑みを浮かべてくれた
良かった……。いつもの優しい彼女が帰って来てくれたんだ。
その笑みを捉えると自分でも意図していないのに口角が微かに上向いてしまう。
ダン、有難う。私の無理な願いを叶えてくれて……。貴方には本当に頼りっぱなしで申し訳無い気持ちで一杯だわ。
いつか機会が出来たのならこの御恩を必ず御返ししますね。
「ティスロを救出する為に無理をしてね?? ダンを無理矢理向かわせたんだけど……。その所為でゼェイラさんとお母様に滅茶苦茶怒られちゃったんだ」
あの時の二人の怒気に塗れた顔は今でも忘れない。
『レシーヌ王女様!! 貴女は一体何を考えていらっしゃるのですか!? 罠である可能性も考慮せずしかも私に無断で部下を向かわせるなんて!!』
ゼェイラさんは本当に疲れた顔で私のベッドの側から怒号を放ち、それでも怒りが収まらないのか。
今にも襲い掛かって来そうな姿勢で怯える私を睨みつけていたもの。
『ダ、ダンとハンナは正式な王都守備隊隊員じゃあないんでしょ?? こ、これはあくまでも私の我儘を聞いてくれたダンが向かった訳で……』
『そういう事を言っているのではないのです!!』
『貴女が気に入っている彼が亡くなった事が世間に広まれば王族の名だけでは無く、行政の信頼を失墜させかねない。貴女の独断で多くの者達が傷付きその職を失うかも知れないのよ??』
『お、お母様まで……。私は何故ティスロが凶行に至ったのか、どうしてもその理由が知りたかったのです。我儘ではある事は理解しているけどお母様やゼェイラさんも理由を知りたいですよね??』
二人の怒りの矛先を少しでも逸らそうとして尤もらしい訳を話すが……。
『いいえ!! 思いませんね!! 奴は我々を裏切った不届き者なのです!!』
『知りたいとは思うけど例えそれを知ったとしても彼女の罪が消える訳でも無いし、新たなる犠牲者を生み出す可能性を秘めている以上。貴重な人材を死地に送り込む判断材料にはならないわ』
二人は私の狙いを瞬時に看破してしまったのか。
怒りの炎の熱量を増して言葉という鋭い刃で私の体と心をズタズタに切り刻んできたのです。
『そ、そんなぁ……』
それからはもう目も当てられない酷い嵐がこの狭い部屋の中に吹き荒び、私は夜が明ける明けないの時間まで二人から苛烈な攻撃を受け続けて再起不能寸前にまで追いやられてしまったのです。
でも……。
私が一歩前に出る勇気を出したからこうしてティスロと彼女の家族が無事に帰って来てくれたんだよね??
だから私の勇気は結果論的には間違っていなかったのですっ。
「ゼェイラさんは予想通りの反応ですが、あの優しき王妃様がですか……」
「ティスロも不思議に感じる??」
細い右手を顎に当てて深く考え込む仕草を取る彼女に問う。
「う――ん……。多分、ですけど」
「ふんふん」
彼女の言葉に合わせて首を数度縦に振る。
「王妃様が叱られたのは恐らくダンさんの事が深く関係しているかと」
「え?? ダンが?? 何故??」
彼が私の無理なお願いを受けた事に対して怒っているのか。
それとも一般人の肩書を持つ彼に重要な依頼を請け負わせた事に対して憤っていたのかな??
「何故と申されましても……。聡明なレシーヌ王女様なら分かるのでは??」
意味深な笑みを浮かべる彼女が微かな吐息を漏らしつつ話す。
「分からないよ。それにティスロに比べれば私なんて全然聡明じゃないからねっ」
さり気なく皮肉の言葉を含ませたティスロに対して噛みついてやる。
「学問や魔法の術式に関しては優秀ですがそちら方面はまだまだの御様子ですね。ふぅ――……。いいでしょう。私なりの考察を述べますね」
宜しく。
そんな意味を含ませて大きく頷いた。
「王妃様がお叱られた理由は恐らく、ダンさんが亡き者になってしまう可能性が含まれていたからでしょう。認識阻害の影響を受けずにレシーヌ王女様の世話を担当していた彼が居なくなれば立ち直れなくなってしまうと王妃様は考えたのです」
ダンが居なくなる。
その言葉を受け止めると胸の辺りがきゅぅっと痛んでしまう。
何だろう、この痛み……。正直嫌いな痛みだ。
「己の殻に塞ぎ込んでいたレシーヌ王女様を殻の外に引っ張り出したのは紛れもなく彼の力のお陰です」
「その殻の中に閉じ込めた張本人はティスロだからね??」
何だか釈然としなかったのでちょっとだけ虐めてあげた。
「も、申し訳ありません。オホンッ!! 王妃様はレシーヌ王女様の心の中で彼という存在がとても大きくなっていると見抜いており、彼の存在が消失してしまえば二度と己の殻の中から出て来ないと考えた。そう考えれば御怒りの理由は矛盾しませんね」
「えっとぉ……。ティスロが話した理由だとね?? 私はダンの事を慕っている若しくは好意を寄せているって事になるけど??」
「そうじゃないのですか?? 扉から漏れて来る二人の話し声からして私はそう捉える事が出来ましたけど……」
そ、そうなんだ……。第三者の視点から見れば恋人の様に楽しそうに話している様に見えたんだ。
「す、好きかどうかはさて置き!! ダンから聞いた話だとまとまり過ぎていたから南の大陸で起こった話の詳細を聞かせて!!」
ダンの姿を想像していると顔がカァっと熱くなって眠れなくなる可能性が出て来てしまったのでそれの代わりと言っては何ですが。彼女達が体験した素敵な冒険の詳細を伺う事にした。
「夜も遅いですし、それに私もこれからの処遇をどうすべきか。その意見を問う為に関係各所へ足を運びたいのですが……」
「駄目ッ!! ほら、いつもみたいにベッドの脇に腰掛けて!!」
私の尻尾で大袈裟にいつもの指定場所をポンポンと叩いてやる。
「レシーヌ王女様の命令なら従いますよ。オホンッ、それでは…………。私は人の目を避ける様にして南へと下りそして海岸線に到達しました。食料もほぼ尽きかけた所でしたので海に出て新鮮な海鮮類を獲りましたよ」
「えっ!? 自分で獲ったの!?」
凄い行動力だな。
私なら何も出来ずに砂浜の上を右往左往してそうだもの。
「他の誰にも頼る人がいませんでしたから。稲妻や結界などの魔法を駆使すれば意外と容易かったですよ」
「それ、魔法が使えない漁師さんからみれば結構迷惑な方法だからね??」
その海域で漁をしている漁師さん達が稲妻を受け取ったら痺れて動けなくなってしまいますからね。
「私以外、誰も居ませんでしたので常日頃から鍛えていた魔法の研鑽が実を結んだとでも言いましょうか。それから東へと移動して川を越えて森の中へ。種類の豊富な被子植物の果実が成っていましたのでそれを採取。ある程度の食料を確保すると誰も足を踏み入れた事の無いと噂される砂漠地帯へ突入して……」
「それはダンから聞いたよ。ウネウネした砂虫?? だっけ。それと強烈な砂嵐も」
「仰る通りです。あそこは生命体がおいそれとは近付いていけない場所でしたね。酷い砂嵐を抜けて、それから断崖絶壁を登って……。そうすると私の目の前に古代の遺跡と思しき入り口が現れました。そこに到達したのはいいのですが、これまでの逃亡生活で疲れ切っていた私は入り口付近で倒れてしまって……」
「それでチュルが王都に助けを求めに来たのね。目を覚ましてからの話も聞かせてよ!!」
「勿論です。目が覚めると使い魔であるチュルの反応が無い事に気付いた私は彼女の存在を探し求めて遺跡の奥へと向かって行きます………」
梟が鳴く事に疲れた深夜になっても彼女達の話し声は止む事は無く、月が呆れた顔で見下ろすも彼女達の口は忙しなく動き続けていた。
「ダンさん達の活躍もあって巨大砂虫を撃退する事が出来たのです。特にハンナさんの活躍が目立っていましたねっ」
「何かさ。ティスロってハンナさんの事を話す時にやたら元気にならない??」
「ち、違います!! 私はあくまでも第三者からの視点で話しているだけで……」
「あはっ、安心して?? 彼には言わないから。でもさ、ハンナさんって確か生まれ故郷に恋人を残して来ているってダンから聞いたけど」
「そ、そうですよ。彼には大切な恋人が居ますのでこれ以上深い関係を持つべきでは無いのです」
「別にいいんじゃない?? 私達魔物は重婚を禁じられている訳じゃないし」
「そ、そういう事ではありません!! 倫理観ですよ!! 倫理観!!」
「うるさっ。もう深夜なんだからもう少し静かにしようよ」
「そ、そういうレシーヌ王女様もダンさんの事を話す時は凄く高揚している様に感じますけど??」
「ち、違う!! これは違うの!!!!」
いつもは静まり返っている部屋から零れて来る女性二人の陽性な感情が含まれている明るい話し声は明け方近くになっても止む事は無く。
太陽が東の空を優しく照らす頃に漸く鎮まり始めた。
そして、彼女達の様子を確かめようとして一人の女性が静かに扉を開いて足を踏み入れた。
「「すぅ……」」
一人はシーツを被ったまま広いベッドの上で横たわり、もう一人の女性は着の身着のまま安寧に包まれた寝顔でシーツを纏う彼女に寄り添い寝息を立てていた。
「まぁっ、ふふ。二人共良く眠っていますね」
彼女達の姿を捉えた女性は微かに口角を上げて柔らかい吐息を漏らす。
激動の日々が過ぎ去り、彼女達の安心しきって眠る姿を捉えた女性は満足気に大きく頷くと彼女達の安眠を妨げぬ様に静かに退出。
「二人共お疲れ様。今はゆっくり休んで体を労わってね」
嫋やかな寝息が静かに響く室内に向かってそう話すと小説の巻末を閉じる様に、感慨深い感情を籠めた指先で静かに扉を閉じた。
「んぐぶぅ……」
そして、王女の部屋の近くで監視の任を放棄して眠りこける兵士を見付けると。
「貴方は眠ってはいけませんっ」
「ギニィア!?!? 王妃様!? こ、これは失礼しましたっ!!!!」
彼の爪先を渾身の力を籠めて踏みつけそのまま四角四面な足取りで自室へと向かって行ったのだった。
お疲れ様でした。
前話だけの投稿だとどうしても流れが悪くなってしまう恐れがあったので、今回は二話連続投稿という形を取らせて頂きました。
約二万文字の投稿により背中の筋肉が捻じ切れんばかりに痛むので来週は少し投稿が遅れてしまうかも知れません。
幸い、本日は休みなのでスーパー銭湯の炭酸風呂に浸かり酷い痛みを除く予定です。
ブックマークをして頂き有難う御座いました!!
間も無く始まるフィナーレに向かっての執筆活動の嬉しい励みとなりました!! 怪我と痛みに負けないように頑張って執筆させて頂きますね!!
それでは皆様、引き続き休日をお楽しみ下さいませ。