第百四十五話 海老で鯛を釣ってしまった男
お疲れ様です。
本日の投稿になります。
本日も夜空に光り輝く星達は素敵な笑みを零しており地上で暮らす者達は彼等の姿を見上げて柔らかい笑みを浮かべる。
人々の心に湧く安寧という感情。
それは一日の最後を締め括るのに相応しい感情であり、明日を控えた者達は星達に見守られながら心穏やかなままで床に就くのだ。
家族若しくは気の置ける友人と共に眠り就いた彼等は爽快且素敵な明日を迎えられるが……。一日の行程を全て終えていない気の毒な者共は明日を迎える権利すら与えられていない。
例え大いなる労力を費やして激動の一日を終えたとしても待ち構えているのは激重の明日だ。
疲労と痛みが残る体では満足に眠れず、体力の回復が望めない体で明日を過ごさなければならない。
重傷患者の様に重い体を引きずり、墓場から起きたての死人の様にベッドから這って出る様を捉えた家族や友人達は指を差してこう揶揄うだろう。
『大袈裟な奴』 と。
君達は俺達がどれだけ過酷な日程を過ごして来たのかを知らないからそう笑っていられるのだ。
酷いナリを笑う奴等に俺は声を大にして言ってやりたい。
『それならお前さん達も俺達と同じ苦しみを味わってみやがれ』
親の仇を見付けた時の様に鋭い視線を浮かべて激しい憤りを叫んでも返って来る言葉恐らく……。
『それはお前さんが請け負った依頼だろうが』
そう、正にこの言葉に尽きるだろう。
嫌なら依頼を断れば良かったのにそれをしなかったお前が悪い。
至極真っ当な言葉を顔面に向かってブチかまされてはぐうの音も出ねぇよ……。
だけど、困難を極めた依頼も残り僅かだと思えば俺の体にぎゅぅっとしがみ付く疲労も幾分か軽く感じるぜ。
しかし、それは軽く感じるだけであり疲労そのものが消失した訳ではないのでこれまで通り気を強く持ち続けましょうかね。
「ふぅ――……」
闇を打ち払おうとして地上で光る松明の灯りと何処までも広がる無限の夜空に浮かぶ星達の光に挟まれた空間の中で大きな溜息を吐いて体を弛緩させた。
「ダンさん、大丈夫??」
俺の様子に気が付いたステフィン君が四つん這いの姿勢で近付いて来る。
「ん?? 元気一杯だから気にするなって」
「そっか、良かったです」
年相応の軽い笑みを浮かべた男児の頭をやんわりと撫でて温かな瞳で見つめてやる。
ちょいと丸みを帯びた顔に短い深緑の髪が良く似合うな。
まだまだ遊びたい盛りの年頃だってのにあんな怖い思いをして……。俺なんかより自分の心配をした方が良いのによ。
本当、良く出来た子だぜ。
彼の頭を撫でているとふと昔の出来事が脳裏に過って行く。
俺がステフィン君の年頃の時は何をしていたっけ??
おやっさんの家から子供相手に勉強を教えてくれる塾へ出掛けて、んで帰りに珍しい虫を探す為に野原を駆け巡っていたよなぁ。
泥と怪我に塗れて帰宅するとおやっさんや奥さんに叱られ、寝間着に着替えると明日の新しい発見に備える為に床へ就いたのだ。
子供ってのは目に映る物全てが真新しく見え、そして大人も気付かない発見をする事もある。
それは恐らく凝り固まった固定観念に縛られていない柔軟な思考の持ち主だからであろう。
成長する事によって常識やこの世の理を学んでいくが、それの代わりに子供特有の純粋無垢な心は失われてしまう。
俗に言ういつまでも子供じゃいられないって奴さ。
子供の時は一切気にしなくていいけど大人になってからはこの言葉を心に刻まなければならない。
しかし……、子供心を忘れてしまっては一生くだらねぇ大人の真面目な時間を過ごさなければならなくなる。
この相対的事象に悩まされるのは大人特有の問題であり、それは全世界共通の問題だろうさ。
「何か考え事です??」
「やっぱり大人は大変だなぁって思っていたんだよ」
穢れが見当たらない彼の澄んだ瞳を直視して言ってやる。
「僕は早く大人になってお父さん達やお姉ちゃんを守れる様になりたいです」
「背伸びしたい気持ちは分かるけどさ。今はしっかりと基礎を固めなきゃ駄目だぞ??」
「基礎、ですか??」
「基礎がしっかりとしている建物は崩れ難いと言われている様に戦いの基本が出来ている者はすべからく強い。魔法の基礎が構築出来ている者は誰からも頼りにされている……。相棒や君のお姉さんが強いのも、そしてホービーズさん達が街の人達から信頼されているのにもちゃぁんとした基礎があるからなんだ。だから背伸びしてその基礎を疎かにすると、ふとした拍子に信頼関係が崩れてしまう可能性があるからね。今は子供扱いされてムッとする瞬間があるかも知れないけど、それを堪えて基礎固めをする事さ」
パチパチと瞬きを繰り返している彼に俺がそう話してやると。
「ふふ、ダンさんが仰った事は間違っていないですよ。ステフィン、貴方は苦手な術式構築の基礎を学びなさい」
彼の母親であるウルファさんがやんわりと口角を上げてくれた。
ほほぅ……。ティスロはどうやら母親の血を強く受け継いでいる様ですねっ。
清楚且真面目な服を身に纏っていますが彼女の胸元に居る大変凶悪な二頭の野獣を隠し切れていないのが良い証拠さ。
「えぇ――……。お母さん達が教えてくれる術式は難しいからなぁ」
「こら、ステフィン。お母さん達の指導を蔑ろにしちゃ駄目じゃない」
俺達の会話に聞き耳を立てていたのだろう。
姉であるティスロが少々鋭い視線を浮かべて弟を咎めた。
「お姉ちゃんまで……。あ、そうだ!! ダンさん!! 僕を強くしてよ!!」
「っと……」
ステフィン君が勢い良く俺の体にしがみ付いて来たので思わず姿勢を崩してしまった。
「あの凄く強い人達を退治してくれたダンさんが教えてくれたら絶対強くなりそうだもん!!」
「あ、あのね?? 俺達が戦う場所とステフィン君達の主戦場は全く違うでしょう??」
片や魔法、片や痛みと汗と疲労が跋扈する泥臭い格闘戦。
俗に言う畑違いって奴さ。
「僕も剣を揮ってみたいの!!」
目に見えない剣を天に掲げ、これまた目に見えぬ敵に向かって袈裟切りの要領で叩き込む仕草を取る。
気分はまるで小説の中に出て来る勇ましい主人公って感じかね。
「剣を揮いたいのなら相棒に尋ねてみたら??」
王都の遥か上空を飛翔し続けている巨大な白頭鷲の後頭部に指をクイっと向けてやる。
「ハンナさん!! 僕も剣を習いたいです!!!!」
「そうか。それなら先ずは一日十キロを走りそれが終わったのなら筋力鍛錬だ。体中の筋力を痛め付け、汗も涙も枯れ果てた後に木剣を持たせてやる。基本中の基本の素振りを何千、何万回を行い。手の皮がズル向けて血だらけになり木剣を持てなくなったら一日の終了だ」
あ、あ、あのねぇ。誰が里を守る戦士の訓練を教えろって言ったんだよ。
そんなアホみたいな訓練を常人が受けたら一日たりとも続きやしねぇって。
「え、えぇ――……。それはちょっと厳し過ぎないかな」
「俺はそうして育った。里を守るという使命を与えられた俺にはそうするしか選択肢が無かったからな」
相棒が少しだけ寂しい口調でそう話すと。
「そうだったんですか……。ハンナさんの強さを少しだけ知れて嬉しいです」
胸元に狂暴な二頭の野獣を飼うティスロが彼の羽を優しく撫でた。
「あ、あぁ。そうか」
うっわぁ……。何んとも言えない甘ったるい空気が流れるではありませんか。
このイケナイ雰囲気は相棒の里に立ち寄ったのなら必ず報告してやるぞ。
彼は里の戦士としてあるまじき行為を働き、幾人もの女性を口説き落としていました!! と。
そのついでにクルリちゃんにも告げ口してやろ――っと。
愛しの彼女から強烈な往復ビンタを食らって泣き喚きやがれ。それが女性に対して異常にモテる貴様が出来る唯一の贖罪なのだから。
「お姉ちゃん達って何だか恋人みたいだねっ」
「ちょ、ちょっと!! 違うからね!! ハンナさんには生まれ故郷に恋人が居るんだから」
「はは、まぁいいじゃないか。魔物同士は重婚が禁じられている訳ではないんだし」
ホービーズさんが揶揄いの笑いを放つ。
「お父さんまで!! 駄目なものは駄目なんです!!」
真面目な人ねぇ……。俺がハンナの立場だったら。
『うわぁぁああい!! 両手に華だぁ!!』 って。
下心大全開で美味しそうな女体に突撃をブチかますんだけどさ。
「お、オホンッ!! 間も無く王宮の訓練場に到着する。各々着陸の備えてくれ」
ほぼ童貞の彼が無意味な咳払いをすると大きな旋回行動を開始した。
ホービーズさん達が乗っている以上、毎度毎度の超イカレタ速度での着陸行動は流石に御法度ですよなぁ。
それにそれを助長させる口喧しい小鼠も居ねぇし。気の休まる着陸行動で助かりますぜ。
アイツ、最後まで俺達に付いて来るってぐずっていたもんなぁ……。
ミツアナグマの里から王都周辺に到着したのは大勢の人々が夕食を終え、間も無く床に就こうとしていた時刻だ。
巨大な怪鳥が王都上空を飛翔しては不味いとの考えに至り発見され難い様、時間調整をして到着したのですが。
『うぉい!! 何で俺様達を置いて行くんだよ!!』
『だから何度も説明しただろ?? お前さん達は王都守備隊の隊員に暴力行為を働いて今は超法規的措置によって自由の身になっている。そんな二人が我が物顔で王宮内を移動されたら困るだろう。それにお前さんがブチのめした隊員と鉢合わせたら絶対面倒な事になるし』
『大丈夫だって!! お前の懐の中に隠れているから!!』
『承知。では、ダン達がよく利用している宿屋で某達は休んでいる。用事を終えたら合流しよう』
『ん――、分かった。フウタの面倒を宜しく頼むなぁ』
『こ、この薄情者!! インチキ霊媒師!! ドスケベ変態野郎!!!! 俺様を置いて行った事を後悔するなよ――!!!!』
最終最後まで俺達と行動を共にしようとした横着小鼠を相棒の背から降ろすのに苦労したのだ。
まぁ事の顛末を見届けたいアイツの気持ちは大いに理解出来るけども、犯罪行為を働いた者を帯同させると再び要らぬ事件を起こしてしまう蓋然性がありますのでね。
泣き叫ぶ鼠と別れて今に至るのですよっと。
「ホービーズさん。彼等に話す内容は予め纏めてありますよね??」
旋回行動によって生まれた柔らかな風が吹く中、徐々に近付いて来る王宮を真面目一辺倒な面持ちで見下ろしている彼の背に問う。
「えぇ、勿論です。アーケンスの執行部の方々に話した内容をそのまま話す予定ですよ」
今回の依頼はレシーヌ王女様の我儘……。基、切なる願いによって請け負った依頼だ。
王都に至るまでにホービーズさんと肩を並べて事件の経緯を軽く纏めて話し合っていたのだが、俺達が行政側から請け負ったのは正式な依頼では無く非公式な依頼な為。彼はアーケンスの執行部の方々に俺達の存在は伏せておくことにしたそうな。
何故存在を伏せておく事にしたのか、それは単純明快。
反政府組織の連中に俺達の存在を知られちゃ不味いから。
顔や存在がバレたらこの大陸の何処へ行っても安心出来ないし、街中を歩いているだけで襲撃されてしまう恐れもある。更に最悪な事に俺達と関わった者達が不幸に見舞われる恐れもある。
それを未然に防ぐ為に俺達の存在は暗闇が蔓延る闇の中に沈んで行くのさ。
「そうですか、それは助かります。恐らく街から王宮に伝令鳥で事件の知らせが届いている筈なので事件の詳細を行政執行者の方々に説明して下さいね」
「それは当然なのですが……」
彼がそう話すと。
「……ッ」
これまで見たことが無い程に緊張の色一色に染まっている娘の顔へ視線を移した。
あぁ、はいはい。娘さんの境遇が心配なのね。
「自分からも御言葉添えをさせて頂きますが……。やはり処罰を免れないでしょうね」
誰一人として傷付け殺めていないので罪は軽そうに見えるが、国の最大権力者の娘に対して行った行為自体は軽視出来ないだろう。
『大切な家族を人質に取られた』
凶行に至った理由は証明されたけど罪自体は消える訳では無い。
後は国王様の御心次第、若しくはフウタ達宜しく超法規的措置を願うばかりだな。
「有難う御座います。何から何まで」
「い、いやいや!! 顔を上げて下さいよ。自分達は与えられた依頼をこなしただけなのですから」
静々と頭を下げたホービーズさんに慌ててそう話す。
「今の私には貴方達に頭を下げる事しか出来ませんがいつかお時間が出来たのならこの御恩は必ずお返し致しますね」
「あはは、別に要りませんよ。それにお礼は既に頂きましたから」
「え?? 私共は別に何も……」
「ほら、あの穴だらけになってしまった屋敷で沢山の御馳走を見舞ってくれましたよね??」
肉汁滴るお肉に炊き立ての白米、瑞々しさを感じさせてくれる野菜に舌がホックホクの笑みを浮かべるスープ。
今も思い出すだけで涎が出て来てしまうよ。
「あ、あの程度では恩を返したとは言いません!! いいですか!? ダンさん達に時間が出来たのなら絶対に我々の屋敷に足を運んで下さいね!!!!」
「え、えぇ。分かりました」
ちょいと距離感を間違った場所に身を置いたホービーズさんの威勢を受けて思わず頷いてしまう。
まっ、暇な時にでも屋敷の様子を見に訪れるとしますかね。
「到着だ」
鼻息荒く距離を詰めて来た彼から距離を取ると相棒が静かに着陸行動に入った。
「いつもすまねぇな。あらよっと!!!!」
いつもと変わらぬ翼の動きで逞しい両足を大地に突き立てた彼の背から飛び降りると見慣れた訓練場をグルリと見渡す。
ふぅ――、約十日ぶりに帰って来たけど全然変わっていないなぁ。
そりゃ当然か。十日程度じゃあ何も変わらないよな。
「お母さんお姉ちゃん!! 見てて!! ハンナさんの翼はこうやって滑って降りて行くんだよ!!」
「あっ!! こら!! 駄目じゃない!!」
「そうよ!! ハンナさんに失礼でしょ!! す、すいません。うちの息子が何度も……」
「気にしてはいない」
また分かり易い嘘を付いちゃってまぁ――……。子供の絡みが面倒って顔を浮かべていますぜ??
腕っぷしは間違いなく最強格なのだが、そっち方面は最弱に近い場所に位置付けされている彼の狼狽えを眺めて居ると兵舎の方からけたたましい足音が轟き始めた。
そりゃあこれだけ強い魔力が近付いて来たんだ。
気付かない方がおかしいよな。
「おぉぉおおおおおおおお――――い!!!! 帰って来たのかぁぁああ――――!!!!」
うるさ!!
街の人々が寝静まる時間なのだからもう少し静かに叫べよな!!
「グレイオス隊長!! もう少し静かにっ!!」
キマイラ達との激闘によって疲弊した体は随分と良くなったように見えるが、彼の走る速度は未だ全回復に至らずって感じだな。
ほら、後ろから駆けつけて来た大勢の隊員達に呑まれて行きますもの。
「わはは!! ダン達と少しでも早く話したい……。ぬぉわぁぁああっ!?!?」
あ――あ……。完全に飲み込まれちまったな。
「ダ――ン!!!! やっと帰って来やがったな!!!!」
「ハンナも無事か!?」
「会いたかったぜぇぇええ――――!!!!」
筋骨隆々な大蜥蜴達が巻き上げる砂塵が宙に舞い、つい数秒前まで澄んだ空気が漂っていた訓練場に埃と砂が入り混じった空気が流れ始めてしまう。
それだけなら余裕で我慢出来るのですが爬虫類特有の饐えた匂いだけは勘弁して欲しいのが本音だ。
「アハハ!! 元気そうで何よりだ!!」
「俺達はお前達の武功を聞いて居ても立っても居られなかったんだぞ!?」
「素晴らしい功績を祝して胴上げの開始だぁぁああああ!!」
「お、おい!! 止め……」
「「「それっ!!!! わ――っしょい!!!! わ――っしょい!!!!」
止めろと言ったのに何でお前達は俺の体を掴んで宙に放り上げるんだよ!!
大蜥蜴一体の重さの半分にも満たない俺の軽い体はお調子者のラゴスの号令によって宙を何度も舞い続けそれは終わる様子が見えない。
「いい加減に下ろせ!! 俺はこれからゼェイラさんに色々と報告しなきゃいけないんだよ!!」
「いいじゃねぇか!! 景気付けって奴さ!!」
「そうそう!! 友人が素晴らしい武功を上げたんだから当然の事だからな!!」
何度も上下に舞い続けている内にどっちが空か、どっちが地面か。その判断に迷いが生じて来たぞ……。
抵抗する事を諦めて彼等が疲れ果てるのを待っていると先程筋骨隆々の連中に踏み倒されてしまったグレイオス隊長が物凄い圧を纏って立ち上がった。
「貴様等ぁ……。隊長を踏み潰すとは一体どういう了見だぁぁああああ!!!!」
「「「ッ!!!!」」」
美しい夜空の下に轟いた怒号によって全隊員が気を付けの姿勢を取る。
陽性な感情から四角四面の姿勢に移る早さは流石だと思わず舌を巻いてのだが……。
「いでぇっ!!」
何も俺を宙に放り投げたまま気を付けの姿勢を取る必要は無いよね!?
せめて受け止めて!!!!
「全く……。大馬鹿者共が。ダン、早速だが話を聞かせてくれるか??」
「よぉ、隊長。その発言は俺の状態を鑑みての事かい??」
痛む腰を抑え、目に浮かぶ涙が零れない様に彼を見上げて話す。
「ハハ、話せるのなら大丈夫!! ふぅ――……。久しいな、魔法科学部 魔法指導部門最高幹部のティスロ殿」
グレイオス隊長が本当に険しい瞳でハンナの後方に居る彼女を見つめる。
「お久しぶりです、グレイオス隊長。私達が今日此処に来た理由は……」
ティスロが口を開こうとすると。
「それ以上話す必要は無い。アーケンスの街に居る家族を人質に取られたから王女様に認識阻害の魔法を掛けた。これが真実なのだろう??」
グレイオス隊長がデカい右手で彼女の口を閉ざした。
「おっ、その様子なら街から便りが来たんだよな」
休日の居間で怠惰に過ごす父親の姿を模倣して話す。
「その通りだ。ゼェイラ長官から話を聞いた時は大層驚いたが……。これで彼女が凶行に至った真相が理解出来た。しかし、王女様に牙を向けた罪までは拭い去る事は出来ぬ。罪状はこれから行われる事情聴取によって決まるだろう」
ふぅ、やっぱり俺の想像通りになったな。
「了解っと。それじゃ俺達はゼェイラさんにその事情説明とやらをしてくるわ」
怠惰な姿勢を解除して立ち上がると噂をすれば影とはよく言ったもので??
「帰って来たか!!」
「「どわぁっ!?」」
普段の物静かな歩みとはかけ離れた歩法で件の彼女が王都守備隊の面々の壁を乗り越えてやって来た。
「何んとか五体満足で帰って来る事が出来ましたよ」
珍しく額に汗を浮かべているゼェイラさんを捉えるなり愚痴にも近い言葉を漏らす。
「よくぞ……、よくぞ成し遂げたな!!」
「へっ!?」
俺達が此処を発ってからも激務続きだったのだろう。
かなり顔色の悪いゼェイラさんが清く正しい男女間の距離を容易くブチ破ると女性らしい手で俺の両手を手に取り柔らかい笑みを浮かべて此方を見上げた。
「貴様等が捕縛した反政府組織の砂漠の朱き槍の工作員達に我々は悩まされ続けていた。今回の一件でその最高幹部を捕らえる事が出来たのは途轍もない功績なのだ」
「あ、あぁそうなのですか……」
彼女の体からふわぁっと漂って来る女の香りを捉えると大変我儘なもう一人の俺が首を擡げて出て来ますが……。
ここはそういう場面では無いのでちょっと我慢して貰いましょうかね。
「まさかティスロ救助作戦が反政府組織撲滅に一役買うとはな……。正に海老で鯛を釣るという奴だ」
え?? 俺達ってゼェイラさんから見れば矮小な海老に映っていたの??
「海老って。もう少しマシな言い方で呼んで欲しいんですけど??」
俺の両手を放して通常あるべき位置に身を置いた彼女にそう言ってやる。
「ハハ、冗談だ。ティスロ、そしてホービーズ殿。久しいな」
彼女が俺の後方で静かに佇んでいるローンバーク家御一行に視線を送る。
「お久しぶりです、ゼェイラさん。この度は本当に申し訳ありませんでした」
ティスロが彼女に対して静々と頭を垂れるが。
「それは私では無く、本来下げるべき相手にすべきだ」
ゼェイラさんはふと懐かしい瞳を浮かべるとそれ以上の謝罪は不要だと説明した。
本来下げるべき相手、ね。
その言葉を受けてレシーヌ王女様の部屋の窓に視線を送る。
「……ッ」
あはは、やっぱり俺達を見下ろしていたな。
俺の顔が向けられたと同時に窓のカーテンがサッと揺れたのが良い証拠さ。
「では事件の詳細な話を聞こうか」
ゼェイラさんがいつも通りの冷静な面持ちを浮かべると城へ続く坂道へと向かう。
「分かりました。では、自分達の口から事件の全てを説明させて頂きますね」
「いや、貴様とティスロは彼女の下へ向かえ」
「と、言いますと??」
「貴様等が此処を発ってからずぅぅっと王女様からお前達の安否を問われ続けていたのだ。私に問われても困ると言っても止む様子は見られず、激務と平行して降り続ける質問の雨で私の体力はもう限界を優に超えているのだ」
あぁ、はいはい。そういう事ね。
「相棒悪いけど……」
「分かった。俺とホービーズ殿達で事情聴取を行う」
俺の考えを汲んでくれた彼が静かに頷く。
「悪いね。それじゃティスロと俺は散歩を待ち侘びて居ても立っても居られないワンパクなワンちゃんを宥めに行くとしますかね」
「ダン、口が過ぎるぞ」
グレイオス隊長が巨大な鼻息を漏らして俺を見下ろす。
「少し位いいじゃねぇか。体中に有り得ねぇ傷を負って帰って来たんだからよ。じゃあティスロ、行こうか」
規律を重んじる彼の肩を優しくポンっと叩くとゼェイラさんの背に続いて城へと向かって進み始めた。
「あ、はい。分かりました」
さてと、居ても立っても居られない王女様にティスロの元気な姿を見せて安心させてあげましょうかね。
ゼェイラさんから事情を聞いていると思うけど……。事件の真相を聞いて激昂しないかしら??
王族に牙を向けた罪は重い!! 故に首を刎ねよ!! って言われたらどう対処すべきか……。
全ての罪を受け止める覚悟でティスロは王宮にやって来たけど彼女の事情を知る当事者として極刑は出来る限り回避したいのが本音だ。
もしもレシーヌ王女様の御怒りを買ってしまった場合には硬い床に額を擦り付けて減罪を請おう。これ以上、不要な血を流す必要無いしそれが今俺が出来る唯一の方法だからね。
お疲れ様でした。
本日は二話連続投稿をさせて頂きます。
これから油多めのチャーハンを食した後に編集作業に取り掛かりますので今暫くお待ち下さいませ。
その投稿時間なのですが、普段の感謝を籠めておまけ部分を執筆しますので恐らく深夜になるかと思われます。