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今日も今日とて、隣のコイツが腹を空かせて。皆を困らせています!!   作者: 土竜交趾
過去編 ~素敵な世界に一時の終止符を~
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第百四十三話 死闘、決する時 その一

お疲れ様です。


本日の投稿になります。




 夏の空に浮かぶ分厚い雷雲から放たれる雷鳴の如く、体内で心臓が不穏な音を轟かせる。


 己の鼓膜と体内の水分全てを激しく揺らす拍動の音はジャルガンが魔力を高めるに連れてより大きな音へと変化して行く。


 死の恐れからかそれとも強大な力を持つ戦士と対峙しているからか、それは定かでは無いが俺の心と体は安寧の下の日常とはかけ離れた状態に移行。


「すぅぅ……。ふぅぅ――……」


 落ち着いた状態を取り戻そうとして腰を微かに落としつつ呼吸を整えているがその兆しは認められずにいた。



 畜生、あの野郎……。一体どれだけ力を高めて行くつもりなんだよ……。



「グォォオオオオッ!!」



 ジャルガンを中心として風が吹き始め、彼から放たれる常軌を逸した圧を目の当たりにすると怯えという感情が素直に心に浮かんでしまう。


 埋めようの無い圧倒的な力の差をまざまざと見せつけられて怯えるのは生物として至極当然な反応さ。


 誰だって目の前に鋭利な刃物を突き付けられたら体が固まっちまうだろう??


 怯えるのは恥じる事じゃない、抗う事を諦める事が恥じなのだから。



「臆するな。俺とお前なら必ず奴を倒せる」


 俺の状態を見越したのか、ハンナが柄にもなく心配の声を掛けてくれる。


「頼りにしてくれて嬉しい限りだぜ。お前さんのその状態は後何分もつ??」


 今も体内からジャルガンと同等の力の圧を放つ彼の赤き瞳に問うた。


「もって二分だ。その間に決着を付けるぞ」


 つまり、その二分が経過したら俺達は一巻の終わりって訳ね。


「りょ――かい。それじゃあ……。短い様で長い長ぁい二分の死闘を始めるとしますか!!!!」



 ジャルガンの顔がガクっと下がりそして遅々足る速度でゆるりと面を上げると、そこには現世に舞い降りた一体の修羅が存在していた。



「カハッ……。ハァァアアアア……」



 爬虫類特有の縦に割れた瞳は全て朱に染まり、体中の筋肉が隆起して戦闘前よりも一回り体が大きく成長する。


 巨躯に纏う赤き圧は体内を流動する魔力と同調する様に微かに揺れ動き、朱き槍に纏う炎はより熱量を上げて豪火へと昇華。


 敵を屠る為だけの戦闘形態へ移行したジャルガンの意識は既に虚ろなのか、真面に会話出来る状態では無いのは明らかだぜ……。



「クァァアア……ッ」


 そして奴が静かに槍を中段に構えた刹那。



「来るぞっ!!!! 死にたく無ければ絶対に気を切らすなよ!!!!」


「分かっているさ!!」



 二人同時に魔力を高めてその時に備えた。



「グルァァアアアアッ!!!!」


 来やがった!!


 何の工夫もしない一直線の突撃に敵ながら天晴と賛辞を送ってやりたいぜ!!!!


「ふんがぁっ!!」


 俺に向かって突き出された槍の一撃を短剣で逸らし、相手の突撃時の速度を利用して奴の懐に侵入。


「食らいやがれ!!!!」


 右の拳に火の力を籠めて野郎の左脇腹に向かって穿ってやるが。


「カァッ!!!!」


 意識は無くともどうやら戦闘本能は桁違いにまで上昇している様だな。


 槍を器用に回転させて俺の一撃を跳ね除け、更に回転速度を上げた石突きの部分で俺の顎を粉砕しようとして来やがった。


「うぉっ!?」



 直撃されたら恐らく骨が粉々に砕けるであろう強力な攻撃を半歩下がって回避。


 俺の骨を砕く感覚を捉えられなかった事に憤りを感じたジャルガンが俺から更に半歩下がってあのふざけた突き技の構えに入った。



「ギィィイイッ!!!!」


「この野郎!! 二度も同じ技を食らって堪るかってんだ!!!!」


 豪火を纏う槍の突きが放たれるとほぼ同時に半身の姿勢で死の攻撃を回避すると、槍の引きに合わせて足の筋力が悲鳴を上げてしまう力を籠めて前へと飛び出す。


「おっしゃあ!! 貰ったぜ!!!!」



 槍が完全に元の姿勢に戻る前に己の間合いに奴の体を置き、そして期待感を籠めた右の拳を正中線のド真ん中へ解き放ってやった。



 や、やった!! これなら確実に当たる……。


 着弾まで残り一ミリ。


 生肉を思いっきりブッ叩く感触が右の拳に広がると思いきや……。



「グアアアアアアアア――――ッ!!!!!!」


「何ソレ!? うごべっ!?!?」



 ジャルガンが強烈な雄叫びを放つと彼の体内から暴圧的な魔力の波動が放射線状に広がり。その余波を受けた俺の体は勢い良く後方へ吹き飛ばされてしまった。



「い、いちち……。馬鹿みたいに魔力を消費しやがって。テメェの魔力は無尽蔵なのか!? ああんっ!?」


 口の中に不法侵入した小石を吐き出して素直な感想を叫んでやる。



 大体卑怯じゃん!! 高めた魔力だけで相手を吹き飛ばすのなんて!!


 俺だって出来れば強力な魔力を纏いたいっつ――の!!!!



「さぁ来い!! 俺は此処だぞ!!」


「ギシャアアアア――――ッ!!!!」



 ハンナの剣技もそして体術も全て見切っている辺り野郎は本能だけで動いている訳じゃなさそうだな。


 古代種の力を発動させた相棒の剣技は見てから行動している様じゃ防げないし、それと何よりジャルガンの研ぎ澄まされた足運びや体捌きがそれを証明していた。


 無意識の状態でも自分がこれまで得て来た技や技術を披露出来るのは恐らく血反吐を吐く研鑽の賜物であろうさ。


 受けた訓練は決して無駄にはならないと、俺を見下ろしながらいつもハンナは言っていたし。


 奴はそれを体現した正に武の結晶って訳だ。


 あの境地に立つには一体どれだけの厳しい訓練を積まなきゃいけないのか……。考えるだけで頭が痛くなって来やがる。



 しかぁし!! 俺もハンナからほぼ強制的に組手や訓練を課されているお陰で何んとかあの化け物の動きに食らい付いて行けるのだ!!


 ここで萎んでいるようじゃあ皆に指を差されて笑われちまうよ!!



「この蜥蜴野郎が!! いい加減根負けしねぇと鍋で煮て食っちまうぞ!!」



 己の槍術を駆使してハンナの剣技を受け止めているジャルガンの背後から突貫を開始するが……。


 どうやら奴には死角というモノは存在しない様だ。



「グァッ!!!!」


 背後から襲い掛かろうとする俺の胴体を両断すべく、槍の穂先を美しく回転させて薙ぎ払って来やがった。


「チッ!! テメェは後頭部にでも目が生えているのかよ!!」



 短剣と豪火を纏う槍が触れ合うと大粒の火の粉が舞い上がり戦場で死闘を繰り広げている三名の顔を刹那に淡く照らす。


 今の一撃で態勢が崩れちまったが……。お生憎様、テメェをブッ倒そうとする輩はもう一人居るんだぜ!?



「俺に背後を見せるとは良い度胸だ!!」



 そうそう!! 流石ハンナちゅわん!! 


 口頭で伝えなくても俺の気持ちを汲んでくれて嬉しい限りだわ!!


 でもね?? で、で、出来ればも――少し早く助けてくれない!?!?



「ギィィイイイイッ!!!!」


「ひぃああああ!?」


 態勢を崩した俺の胴体に向かって穂先が向かって来ていますからねっ!!!!


 奴の槍が俺の衣服を切り裂き、体内にキチっと収められている臓腑がこの世にお披露目されるかと思いきや。


「はぁっ!!!!」


「シァッ!!!!」



 ジャルガンは俺を屠るよりもハンナの攻撃力を脅威と捉えたのだろう。素早く槍の穂先を反転させて背後から襲い来る剣に向かって突き出した。


 おっしゃ!! 今度はこっちの番だぜ!!



「後ろがガラ空きですぜ――ッ!!!!」


 鍔迫り合いの状態に移行した奴の背後へ向かって鋭く踏み込もうとした刹那。


「ッ!!」



 ジャルガンはハンナから距離を置いて腰を深く落とした。


 お、おいおい。またあの突き技かよ!!



「ハンナ!! 来るぞ!!!!」


「分かっている!! 貴様が受けた技は俺には通用せん!!」



 あ、うん。それは分かっているんだけどね??


 もう少し相棒を労わる台詞を吐こうか。それだと俺がまるで無能みたいな扱いみたいになっちゃうじゃん??


 ハンナが鋭い突き技に対抗する為、微かに腰を落とす。


 それを捉えたジャルガンの目がより強烈に殺意の鼓動を解き放った。



「ウケテミロ……。ワガオウギ!! 乱塊疾走閃らんかいしっそうせん!!!!」



「「ッ!?!?」」



 な、何だよその呆れた速さの突きは!!!!


 俺を捉えた突き技よりも速い動きで槍が何度も前方へ向かって突き出され、更に最悪な事に突出時と同程度の速度で槍が手元に戻り再び常軌を逸した速度でハンナに襲い掛かる。


 一度の突きが三度、四度の突きに見間違える程の速度の突き技はまるで大きな塊の様に見えてしまう。


 アレは武の道に携わる者でも全て完璧に捌き、避け切れる代物じゃねぇよ。



「くっ!!」



 武の達人でさえも抗う事を諦めてしまう暴力的な塊に対して彼は必死に抗っていたが……。



「グァァアアッ!!!!」


「うぉぉおおっ!?!?」


 左の肩口、右足に突き技の直撃を受けてしまった彼は後方へ向かって吹き飛ばされてしまった。


「ハンナぁぁああ――ッ!!!!」



 このクソ野郎が!! 俺の相棒に何しやがる!!


 彼が後方の闇に向かって吹き飛んで行く様を捉えるとほぼ同時に叫び、そして彼が生み出してくれたこの千載一遇の大好機を見逃すまいとして右足に烈火の闘志を籠めた。



 大技の後は必ず大きな隙が生まれるんだ。


 ほらよく見てみろよ。ジャルガンの纏う圧が微かに弱まり両手両足に留めていた魔力が霧散しているじゃねぇか。


 この戦闘中に立てなくなっても良い、戦闘を継続出来なくなっても良い。


 後先考えるのは止めだ。只、目の前に立つ巨大な壁を打ち破る事だけを考えろ!!



「食らえぇぇええええ――――ッ!!!!」



 左足の筋力を最大稼働させて宙に舞い右足に炎の力を纏う。


 野郎の大蜥蜴特有の妙に艶のある後頭部を捉えた瞬間、己自身に秘められている魔力を右足に籠めて回転を始めた。



 相棒が作ってくれた千載一遇のこの好機。


 実ったぞ!! 俺達の勝ちだ!!!!


 空気の壁をブチ破り、ジャルガンの纏う魔力の圧を突き破る感覚を足の甲で捉えた刹那に俺は勝利を確信した。




「――――――。惜しかったな」


「はぁっ!? し、し、尻尾で防御すんじゃねぇ!! このバカタレが!!!!」



 う、嘘だろう!? 反撃する間もない完璧な一撃だったのに!!



「貴様等は本当に強かったぞ」


「過去形にするんじゃ……。グゲェッ!?!?」



 此方に背を向けているジャルガンの右脇から何かが光ったと思ったら途轍もない痛みが腹部に生じて背後に吹き飛ばされてしまう。



「ゴ、ゴフッ!! ゥェェッ……」



 胃袋から湧き上がって来る酸っぱい液体を地面に吐き散らし、呼吸困難に陥っている肺に空気を送り届けようとするが全く機能しねぇ。


 息苦しくてき、気持ちわりぃ……。



「古代種の力を極限にまで解放しても貴様等を倒せなかった。魔力が枯渇する前に抑えて……。グゥッ!!」



 古の力を解放した代償か。


 ジャルガンが戦いの中で初めて自ら地面に片膝を着けた。



「ぜぇっ、ぜぇっ……。よもや俺が膝を着くとはな……」


「ひ、ひ、膝だけじゃなくてその口から降参の二文字を勝ち取ってみせるぜ」



 たった数言話すだけで体中の筋力が捻じ切れそうに痛む。


 ま、参ったな。先程の石突きの一撃で完全にアバラ骨を粉砕されちまったよ……。



「左肩に穴を開けられ、更にアバラを砕いても折れぬ闘志と気力。見事の一言に尽きる」


 野郎が呼吸を整えて立ち上がると赤き槍を携えて此方に向かって静かに歩み来る。


「だがそれもお終いだ。貴様等との戦いは俺の中で未来永劫生き続ける事だろう」



 そしてジャルガンが朱き槍に炎の力を纏うと俺の左足に有無を言わさずに突き刺して来やがった!!



「うぁぁああああああああああ――――ッ!!!!」



 あ、足が燃える様にいてぇ!!!!


 な、何だよ!! この呆れた痛みはぁ!?!?



「俺の槍は貴様の肉を、骨を、そして魂までも燃やし尽くす。心静かに死ね」


 ち、畜生!! 絶対に死んで堪るかよ!!!!


「うぎぎぎぃっ!!!!」


 俺の左足に突き刺さる槍の穂先を掴み上げて必死に引き抜こうとするがびくともしない。


「抗うな、強き者よ。潔く死を受け入れるのだ」


「ウガァッ!?!?」



 ジャルガンが槍を引き抜くと足から大量の血が噴出。


 そして赤き血がべっとりと付着した槍の穂先を俺の心臓に目掛けて狙いを定めた。



「さぁ、終幕の時。さらばだ、戦士ダン」



 クソッタレが……ッ!! 俺の人生も此処までなのか!?


 こんなしみったれた場所で命を落とすなんて真っ平ごめんなんだけど!?


 ジャルガンが右手に持つ炎を纏った槍が空気の壁を突き破り俺の人生の終止符を打とうとして迫り来る。


 その速度は強烈な風を、音を越える速度で向い来るかと思いきや……。



 不思議と速さは感じなかった。



 それ処かまるで己の人生の最後の光景を確と記憶に刻み込めと言わんばかりに遅いものであった。


 あれ?? この感覚って確かキマイラとの激闘の最中に感じたモノだよな??


 あの時は……、そうそう。モルトラーニに毒牙を打ち込まれ丸呑みにされそうになった時にこの不思議な感覚が体一杯に広がったんだ。


 それとも命の危機に瀕した体が緊急事態を想定して感覚を鋭くさせたのか……。いずれにせよ、俺の無意識と体はもっと死に抗えと声高らかに宣言しているんだ。


 テメェの槍が俺の心臓を穿つその時まで抗ってやるぜ。



「……」


 槍の穂先の進行方向と心臓の間に左手をスっと伸ばすと。


「ッ!?」


 ジャルガンの瞳が大きく見開かれ本当に驚く様を表す。



 槍の鋭い穂先が左手の手の平に到達すると研ぎ澄まされた鉄塊は難なく俺の肉を穿ち、槍に押し出された左手が刻一刻と心臓に向かって進んで行く。



 何だ、力が強くなった訳じゃねぇのかよ……。あの時の力を期待した俺が馬鹿だったぜ。


 俺はここまでだけど。ハンナ、フウタ、シュレン。


 コイツをぶっ飛ばして俺の仇を取ってくれ。そしてレシーヌ王女様の下へティスロを無事に送り届けてくれよ??


 そうしないと化けて出てやるからな……。


 槍の穂先が胸部の衣服を穿ち、心臓の直上の皮膚を切り裂くと俺は人生の終焉を厳かに迎える為。



 心静かに目を閉じた。


お疲れ様でした。


これから味噌ラーメンを食した後に編集作業に取り掛かりますので、次の投稿まで暫くお待ち下さいませ。

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